田畑さんのマンション近くのビルのガラスに映った自分の姿が、以前より少し痩せて見えた。その瞬間、思わずセルフィーを撮っていた。単純に、嬉しかったのだと思う。

一方で、やはり写真を撮られることには独特の違和感がある。どうしてこんなにも落ち着かないのだろう、と改めて考えた。おそらく、カメラを向けられると、「見られている」「評価されている」という感覚が立ち上がるのだと思う。普段は忘れていられても、意識に浮上すると、その感覚から完全に自由ではいられない。

たぶん私は、長いあいだ社会からジャッジされることを恐れていて、その視線をカメラのレンズへ投影しているのだと思う。

そして今、この文章を書きながら、さらに気づいたことがある。写真を撮られる瞬間、私はいつも「外見」のことばかり考えている。本来なら、その場で起きている感覚や気分を感じ、そのまま存在していればいいはずなのに、「ちゃんと写っているだろうか」「ブスに見えていないだろうか」とばかり気にしている。つまり、カメラを向けられた瞬間、私はその場からいなくなってしまっている。

さて、施術が始まる。

今回は、うつ伏せで首を左に向けるバージョンと右に向けるバージョン、その後に仰向け、さらに膝を立て、両手を天井方向へ上げた姿勢を一定時間保つ、という流れだった。

印象的だったのは、そのポジションへ入っていくまでの田畑さんのガイドの繊細さだった。身体を無理に「形」に合わせる感じではなく、導かれるまま委ねていると、自然とちょうど良い場所へ収まっていく。すると、自分では力を入れていないつもりなのに、腕がその位置に静かに存在し続けている。それは私にとってかなり不思議な体験だった。

もしかすると、「委ねる」ということが、以前より少しずつできるようになってきているのかもしれない。……まあ、わからないけれど。

途中、脇の下に触れられた時、ものすごくくすぐったかった。

田畑さんと話していると、毎回なにかしら新しい発見がある。なのに、その場では確かに掴んだはずのものを、あとになると驚くほど忘れてしまう。それが少しもったいなくもあり、同時に、このプロセスらしい気もしている。