ロルフィング体験

Rolfing Experiences with Rolfer Hiroyoshi TAHATA

カテゴリー: Advanced Page 1 of 2

CGデザイナーのアドバンスト8シリーズ体験 (4/8)

【4回目】

今回はこれまでのセッションで培われた身体が、一挙にまとまる回でした。

開始からすでに身体は緩み始め背中全面に微小なゾワゾワ(細かい振動)を感じていた。

自身の身体の傾向として足首から脛に負荷がかかりがちなのかそちらに疲れを感じやすい。田畑さんもその部分が気になったとの事で入念に調整をしてくださった。

各パーツがカチャーンと本来あるべき場所に収まった印象でかつやわらかい。

まさに田畑さんが提唱している身体の統合が訪れたことを実感できた。恐るべしロルフィング(イールディング?)

回数を経て耕された大地にすくすくと育つ植物のようにしなやかな身体が私に訪れた。

古い身体を脱ぎ捨てて生まれ変わったような感じで、喜びしかない(感動)

その後3週を経ても身体の中心の軸を感じる。

張りがちな足首上や大転子から膝の外側部分が良い張力でキープされている。

特に左右腸骨がしっかり且つしなやかに安定している感覚でそちらを中心に上半身下半身すこぶる調子が良い。

次回も楽しみです。

CGデザイナーのアドバンスト8シリーズ体験 (3/8)

【3回目】

うつ伏せ

これまでのセッションにて全体の方向としては上々。

精神的な疲れから自身のからだとのつながりの感覚が遠く、あまり定まらずといったところでスタート。

田畑さんの声に従い身体の周りのスペースをイメージし感じてゆく。

質の高い誘導瞑想を受けているのと同じで、身体の前面背面横面が緩んでゆく。

肩甲骨の下から横にかけてのタッチで

上半身内側が大きく変化、血流の流れを感じ、呼吸もしやすくなった。

その後も内部でのダイナミックな変化を感じつつも緩やかに穏やかに時間が過ぎた。

今回は上半身から全身に広がってゆくイメージで、内臓の位置的な変化も感じられた。

セッション前の状態のヒアリング時に

精神的なところから、身体の中心にギュッとしてしまっている。というコメントをした。

田畑さんが私のボディの状態も鑑みて、今回のセッションの方向性が生まれたように思える。

コメントからのみ推察した流れではなく、クライアントの状態とプラクティショナのうける感覚が一致した上で、セッションの方向性が自然に立ち上がったように思えた。

クライアントの状態をコメントの抽象的な観点と自分の感覚的な観点を瞬時に捉え、実行できることは大事な要素であることが学べた回でした。

次回もたのしみである。

CGデザイナーのアドバンスト8シリーズ体験 (2/8)

【2回目】

仰向け

ヒアリングにて背骨の固さや肩周りの可動域の制限など違和感を伝える

右手に触れられると

指の疲労感をより感じる。

肘周辺→上腕とタッチは続く

どれもしっかりと触れているが軽いタッチの絶妙な感覚(ひとことで言葉では伝えづらい感覚の領域)

反応がじわりと立ち上がる

再度指周辺に触れられると坐骨→右脇腹→指先と軽い痛みの訴えが身体から届く。

酷使してます、すみませんねぇと心の中で身体に応えてみたりする。

鼻周辺、頭部にタッチされることで

上方向に伸びる感覚と顔の皮膚の少し内側、そして鼻腔の広がりなどが緩むのを感じる。また、固かった頸椎がいつの間にか緩みベッドの面に多く接地しているのを感じられた。

睡眠と覚醒の間を波のように漂う。

頭部を扱うことで

身体を起こした際に自分の身体に戻ってくるのに時間がかかる傾向にあるが、深くなりすぎずちょうどよく戻ってこられた。

上半身は無理な力がかからずにとても静かで非常に軽く呼吸もしやすい。

現在曲げると痛みのある人差し指第二関節の痛みは奥の方にあるものの90%の回復を感じる。

癖がついて痛みの出やすい左の肩甲骨周り左腕がよく上がり制限が解放されている。

身体のトーンも無理に上げられた感じではなく全体と協調して纏まろうとしているのを感じた。

若い頃は筋肉量も代謝も高く、怖いもの知らずであるが、歳を重ねると身体は消耗品であると実感できる。

日常生活を送る人々はもちろんのこと、

クリエイターや数ミリ単位で影響の出るアスリートなどにおすすめである。

今回のセッションも素晴らしかった。

感謝。

CGデザイナーのアドバンスト8シリーズ体験 (1/8)

プロのCGデザイナーでイールドの技法の担い手でもあるクライアントのAdvancedロルフィング8シリーズ体験レポートをご紹介します。すでに2019年に10シリーズを終了されており、その体験記は以下にアップしています。

Advanced Rolfing 8 シリーズ

【1回目】

ロルフィング10セッションの後

イールドワークのプラクティショナとしての学びがひと段落つきそうなところで、

再度身体を整えること、体験から学びを深める意図のもとロルフィングアドバンスドセッションのため、約5年を空けてのシリーズセッションである。

普段長く歩いていることと身体へ負荷のかかる作業が日常的なため、関節が錆びついている感覚と、全身かなりの疲労。

年数日のWSとロルフィング10の後統合が進んでいるためか、持病の左肩、多少の制限は感じるが、痛みはなし。

仰向け

踵に紐トレを装着。

右脚にタッチされると(膝だったかな)

身体の硬さと疲れがより意識できる。

振動を伝えているのか感じているかのようなしっかりとしたホールド。

その後もタッチのクオリティは同じで

しっかりと触れてはいるが、寄り添っているような一体化しているような不思議な感覚。

そうです。そこなんです。

とても疲れていました。

という場所を的確に触れていただく。

次第にコヒーレントな状態へと移行してゆく。

脚→腕→頭部と

振動が全身に拡がり右半身がじわじわと繋がりを構築してゆく。

トピックは顎下をホールドされていたタイミングで左骨盤周辺がセンセーショナルに緩んだ。

セッション中盤からオーブンの中でパンがふくらむような感覚があり、カチカチの身体が張力のある状態へと変化するのが感じられた。

今回は主に右側に働きかけるセッションであったが身体の左右にちょうど良い統合が引き出された感覚。

全身はダイナミックな反応をしていたが、重くなり過ぎず、どこかに過度な負荷がかかることもなく自然なまとまりを観察できた。

セッション後

身体全体の調子は上向き。

負荷をかけ曲げると痛みが生じていた人差し指の第二関節が8割ほど回復。

この後のセッションも楽しみである。

Rolfing10 + Advanced5シリーズ後の感想

アドバンスト5シリーズのまとめのレポートをお送り頂きました。

ロルフィング アドバンストコースまとめ
2021年11月〜2022年7月(全5回)

2018年から2019年にかけて、田畑さんのロルフィング10シリーズをモニターで受けました。そのときから二年ほど経ち、なんとなく必要性を感じたため、軽い気持ちでロルフィングのアドバンストコースを受けることにしました。
結果として、環境や身体、感情の面で、どれも大きな変化がありました。

・環境
前回の10シリーズのときも受けている途中で人間関係に変化が起き、仕事が変わりましたが、今回もまた結果的にお仕事が変わることになりました。前回のセッション時の変化も、精神的にとても辛かったですが、今回は特に苦しかったです。それはたぶん、私が頭で考えた道を進もうとしていたからなのだと思います。
今思えば、アドバンストコースを受けることによって、身体がより私に合う場所に導いてくれたのだと思います。

今のお仕事は偶然いただいたお仕事ですが、元々勤務していたところでした。ただ今回の職場は、なぜかその場に居るとしっくりし、さまざまなタイミングも最終的にちょうどよく合うことが多いです。
今回あらためてこれまでのレポートを読み返してみたところ、1回目のセッションを受けた後に、自分が居て心地よい場所として、今の職場のあるキャンパスを訪れていたことに気づきました。
また、今のお仕事が決まる一ヶ月前くらいから部屋の照明が壊れてしまい、しばらく暗い部屋で過ごしていたのですが、お仕事が決まった日に、修理してもらえる電器屋さんが見つかり、翌日直りました。

また、これまでずっと展覧会をしてきたギャラリーで、創作のワークショップを定期的に開催させていただくようになりました。これもすっと決まりました。

・身体
前職に勤務するようになってからまもなく、なぜかお腹だけが異常に太ってきていましたが、辞めてからは自然に痩せていきました。特に今のお仕事をするようになってからは食生活も変わり、自然と玄米や納豆、味噌汁を好んで食べるようになり、下半身のむくみも取れてきました。先日、靴がとてもゆるく感じたため、靴のかかとに手を入れると、指一本分くらいの隙間ができていました。

大学を出て働くようになってから、いつのまにかひどくなっていた猫背も、久しぶりに会った友人から、ずいぶんよくなったと言われました。小学生の時の自分は猫背ではなかったことに気づき、大学を出てからずっと、絵を描く自分を隠したいと思って猫背になっていたことに気づきました。

・感情
少しずつ自分の自然な気持ちの流れを否定しなくなりました。休みたいときは休み、合わない方とは無理に会おうとしなくなりました。しばらく会っていなかった穏やかな友人と、自然とまた会うようになったり、お仕事で出会う方々もふしぎと穏やかな方が増えました。同じ場所に勤めていても、なぜか以前は、憎み合っていたり、性格的にも激しい方々とお仕事をすることが多かったので、驚きつつどこか納得もしています。
また、今まで自分に向けられた愛情を受け止めることがとても怖かったのですが、少しずつですが、大切に受け止めるられるようになってきました。
日常のなかで、静かな幸せを感じることが多くなりました。

偶然ではありますが、前回の10シリーズのときも、今回のアドバンストコースのときも、最終回の日にクートラスという画家の展示を見ていました。クートラスは、私がとても大切に想っている画家です。

こうして振り返ってみると、さまざま辛いこともありましたが、視点を変えてみれば、私にとって本当に居心地のよい場所に運ばれただけのようにも感じます。

これからもまだ変化していくとは思いますが、身体の流れを信頼して、変わり続けていけたらと思います。

今回の変化は思いがけず本当に辛い道のりになりましたが、毎回強すぎもせず、弱すぎもせず、ちょうどよい距離感で見守り続けてくださった田畑さんには、本当に感謝しています。ありがとうございました。

以前のレポート:10シリーズ〜Advanced 5のレポート

遠方からゆっくりペースでアドバンスト5シリーズ 

10回のベーシックシリーズを終えた方が、Advanced 5回シリーズを開始しました。前回に引き続き、モニターでのお申し込みです。

アドバンストコース 1回目


2021年11月20日(土)

【セッション前まとめ】

・体調はほぼ良好。現在の仕事(美術館事務)は、業務量が多く、ほぼ毎日締め切りがあり時間に追われるためハード。昨年の方が非常に多忙だったが、今は慣れてきた。ただし、月一回くらいのペースで吐き気と頭痛で寝込むことが増えてきた。また昨年は忙しさのためか、生理がほとんどなかった。昨年後半からプリミ恥部さんの遠隔宇宙マッサージを受けたところ、昨年末から生理が来るようになった。
昨年見た夢で、私または誰かが、女であることを捨てたかったと泣いている夢を見た。ふしぎな夢で今も印象に残っている。

・昨年6月くらいから、腹部のみが太ったようになり、違和感を感じている。通勤で毎日一時間ほど歩いている。食欲も普通。

・コロナウイルスワクチンは、気持ちに違和感があり受けていない。ただし職場では受けなくてはならないような雰囲気も感じる。

・昨年末に階段を踏み外し、正座をするように転んでしまう。その時、特に左足首の筋をおかしく伸ばしてしまい、両方の足首と足の甲全体がぱんぱんに腫れ、しばらく正座ができなかった。また、歩けるが、階段がまっすぐ降りられなかった。今は痛みはないが、歩いていると左足の膝?からぽくぽくとへんな音がする。

・今年度になってから、お仕事に障害が何度も現れるようになった。そのためこれからのお仕事のことをよく考えるが、うまくまとまらない。二つのうちどちらかを選ぼうとしている。画家と美術館の教育普及など。美術館の教育普及をして、前のようにのめり込みすぎて体を壊したらと思ってしまう。
また、昨年夏から、尊敬する方と美術館教育や美術について定期的にメールでやりとりを続けており、とても大切に思っている。

・全体的に、仕事でも体調や気持ちの面でも、前に進もうとしているのにうまく進めないような滞りを感じている。

①セッション中に感じたこと移転後のセッションルームは、落ち着いていて広く温かな感じがし、とても心地よく感じました。
いつものように部屋の中を歩くことから始まり、その感覚を田畑さんから聞かれました。私からは、以前よりも安定して体ごと進んでいるように感じるとお伝えしました。
今回は仰向けに寝ることから始まり、左足首を少し高さのある台に乗せました。その後なぜか、痛めたほうの左足の親指に次第に痛みを感じ、だんだん痛みが強くなってきたので、田畑さんにもお伝えしました。その後もセッションは続き、脚全体から上半身に移っていきました。セッションの途中で、田畑さんから身体の状態を問われたとき、左足親指の痛みは落ち着き、脚全体が痛いような、温かくなるような、何かが左足の痛いところからぐるっと脚を巡ったように感じることをお伝えしました。また田畑さんから、肩や呼吸はどうですかと聞かれ、そういえば、上半身がさっきよりもセッション台の表面に落ち着いている気がすることと、呼吸が深くなっていることをお伝えしました。
セッション後に見せていただいた写真では、セッション前の私の姿勢がかなり猫背になっていて驚きました(自分としてはまっすぐ立っているつもりでした)。セッション後の写真では、少しゆったりして、全体的に自然な感じになっていました。
②セッション後に感じたこと
セッション直後は、まだ左足首にほんのりとした痛みが残っていました。なぜこんなふうに痛みが戻ってきたのか、とてもふしぎでした。
その後家に帰ってから、夜寝る前に両足が長時間強くつり、なかなかおさまらず、とても痛く苦しかったです。こんなに足がつるのは、久しぶりのことでした。またセッションの翌日は、結局ほぼ一日じゅう深く眠り続けました。
ふしぎだったのは、行こうかどうかずっと迷っていたことが、セッション後、自然と行けなくなったことです。行けなくなってどこかほっとしている自分に気づき、自分が少し無理をしていたことに気づきました。
左足首の痛みはまだ少し残っていますが、歩く時の関節音はなくなりました。
きのう、吉本ばななさんとサイキックカウンセラーのえいじさんのお話会にオンラインで参加し、そのときにえいじさんが、脚の骨折は生き方を見直すときとおっしゃっていたのが、心に残りました。足首を痛めたときの私も、朝の出勤時で、痛みを感じるよりも、遅刻しないようにと走ってしまったりしていました。転んだことも、今の状況を見直すサインだったのかもしれないなと気づきました。
また、これは関係がないのかもしれませんが、これまで自分がいかにいろんな方に助けられてきたかを、何度も思い出すようになりました。
今回のセッションでは、そうした私が見逃してきたことを思い出すような意味があったのかなと思います。
最近は、意味がないけど、自分がいて気持ちがいいと感じるところに行くようにしています。おとといは、京大の湯川記念館に行き、先生が晩年を過ごされた部屋で、先生の愛蔵書を眺めていたら、とても静かで満たされた気持ちになりました。
セッションを通して、ゆっくり体と気持ちの変化を味わっていけたらと思います。

アドバンストコース 2回目


2022年1月7日(木)

【セッション前まとめ】
・1回目のセッションから左足首の痛みはほぼなくなり、歩く時の左膝の音もなくなった。
・12月と1月は、毎月起こっていた体調不良がなかった。
・年末年始に続けて夢を見る。毎回、ある場所に行かなければと思っているが、たどり着けない夢。起きると汗をびっしょりかいている。
・お腹だけが異様に張っている。腹筋などもしてみたがあまり改善されず、不快に感じていた。

①セッション中に感じたこと

今回は、私の都合で11月の1回目セッションから、2か月開けての2回目となりました。

はじめに田畑さんから現状を聞かれ、
気になっていた左脚首の痛みは、ほとんどなくなったことをお伝えしました。
また、なぜかお腹だけが出ることもお伝えしました。

今回は横向きから始まり、途中で、太もも側面や臀部に、とんとんと何か叩くように器具を使ってワークが進みました。
いつもこの器具を使うときは、そうだ、そこが詰まって苦しかったんだ、というようなところを田畑さんに押していただきます。その場所に滞っていた何かを放出しているような感覚があります。

その後、仰向けになり、田畑さんからは、腸骨まで呼吸が入るようにと言われ、とても新鮮に感じました。これまで息が体のどこまで入るか、意識したことはありませんでした。自分の体のなかをひとすじの青い線が貫くようなイメージをして、深く呼吸をしました。最後は骨盤の底部を軽く押していただき、ワークが終わりました。

終わってから感じたことは、骨盤が安定していて、歩いていても安心感があるということでした。

最後に見せていただいた写真では、腰のあたりの空間が広がって、縦に伸びていました。最近、ずっと隠れたいような気持ちがあり、いつのまにか猫背がひどくなっていたのですが、その前傾の姿勢が、改善されていました。

②セッション後に感じたこと

帰り道で、なぜか左足の靴下だけが靴の中にずれ落ちていき、歩きながら何度か靴下を履き直しました。さっきロルフィングを受けたばかりなのにどうして?と、とてもふしぎでした。また、同じく帰り道で、靴のかかとの減りを強く感じました。来るときは全く感じていなかったので、ロルフィングによりその歪みを感じられるようになったのだと思いました。最近あらためて確認してみたところ、靴の左足かかと部分の外側だけが異常にすり減っていました。こんなにすり減っていたのに、傾きを感じていなかった自分に驚きました。

セッションの翌日は、ほぼ一日眠るように過ごしました。足が筋肉痛のように張ったり、なぜ自分はこんなにゆっくりとしか動けないのかと落ち込みもしました。
また、同じ日の夜に便秘が解消され、お腹の異常な張りも次第に改善されました。

あとは関係がないのかもしれませんが、セッションの帰り、夜遅くにコンビニに寄ったら大学生の男の人たちがたくさんいて、なぜか怖く感じました。お酒を飲んで酔っていたようでした。
最近、なぜか時折男の人が怖く感じるときがあります。 

その後ふと、小さい頃に、普段はおとなしい親戚のおじさんが、お酒を飲むと大声を出して人が変わったようになり、とても怖かったことを思い出しました。そのおじさんが来ると、押入れで姉と震えていたのを覚えています。

また、気がつけば年末から続いていた苦しい夢を見なくなり、異常なほどの寝汗もかかなくなりました。

セッションを受けると、自分にとって都合のよい反応だけではなく、一見ネガティブなことも起こってくるように感じます。それも変化の過程のなかで起こってくることとして、捉えていければと思います。

オンラインワークショップ
2022年1月22日(土)

田畑さんの、休息のためのオンラインワークショップにも参加しました。

①ワークショップ中
前半、床に仰向けになっているとき、しばらくしてから何度もお腹が鳴りました。寝ているだけでこんなに鳴ったことはなく、体の内部が温かくなったからだろうかと思いました。

また後半は上半身がしだいに温かくなり、不安だった気持ちも落ち着きました。終わった後は手がぽかぽかし、気持ちもふんわりしました。

ワークショップ前までは、コロナの報道や自分のこれからのことを考え、気持ちがわーっとなり身動きが取れずにいましたが、上に上がっていた気持ちが、足元に降りてきた気がしました。

今回ワークショップを受けられたみなさんのお顔を少し拝見できましたが、みなさんヒーラー体質というか、すばらしい感じの方ばかりだった気がします。みなさんから出ている落ち着いた雰囲気を見ているだけで、心が落ち着くような気がしました。

②ワークショップ後
ワークショップ後に自然な排泄があり、気になっていたお腹の張りが改善されました。

またワークショップ中に、田畑さんがワークのイメージを伝える際に、体を委ねて、自然に流れていくように、とおっしゃっていたことが、終わってからも心に残りました。私はいつもこわがって頭で考えたことにしがみついていたけど、体の力を抜いて自然に流れていってよかったのだなあと思いました。
そのことを言葉だけでなく体の感覚として体感できたことが、とてもよかったです。体ごと安心を感じるということが、今の状況の中ではなかなかむずかしく、本当に必要とするときに、いちばん安心できる場所から参加できてよかったなあと思いました。

アドバンストコース 3回目

2022年3月18日(金)

①セッション中に感じたこと

今回も当初予定していた2月にコロナが流行ってきたため、私の希望で3月にずらしていただき、前回同様2ヶ月ぶりの対面セッションとなりました。
その間に、田畑さんのオンラインワークショップを3回受けたため(1/22、2/5、2/28)、ちょっと苦しいかなと感じるタイミングで、ちょうどよく体を休息させながら変化を見守ることができました。

ちょうど2月の初めに精神的にとてもショックなことがあり、これからの環境も変わらざるを得なくなりました。今回のセッション時には多少落ち着いてはいましたが、まだ気持ちは、怒りや落ち込み、自己否定が入り乱れ、私自身とても疲れている状況でした。

この日、東京は珍しくとても寒い日で、雪まじりの雨が降るような日でした。なぜかこの日だけが寒い日だった気がします。思えば前回の1月のセッションのときも、東京に雪が積もるようなとても珍しく寒い日でした。今思えば、どこか私の体や気持ちの状態と似ていたなあと思います。

今回もはじめに田畑さんから現在の状況を問われ、前回気にしていたお腹のはりはなくなったことをお伝えしました。
ふしぎですが、気持ちは混乱しているのに、身体のほうは、気になっていた便秘やむくみが自然となくなり、どこかすっきりしたように感じていました。

今回のセッションでは、はじめ私の身体の緊張がなかなか解けず、あれ、ずっと力が入っていておかしいな、どうして抜けないのだろうと思いながらワークを受けていました。イメージとしては、自分の身体が、冷凍したお肉のようになっている感じです。ですがセッションが進むうちに、だんだんと体が開くような落ち着くような感じになっていきました。今思えば考えすぎで、安心して自然な流れに委ねることができなくなっていたのだと思います。
そうした状態だったせいか、いつもはだいたいワークの流れを記憶しているのですが、今回はほとんど具体的に思い出せませんでした。
ただ、セッションの最後のほうで、田畑さんが、首の裏側に少し強めにワークされたとき、ああこれは大事だなと思ったことが、印象に残っています。

セッション後に見せていただいた写真は、腰のあたりがとても伸びやかになっていました。

②セッション後に感じたこと

東京から帰ってその夜は、足がぱんと張りました。その日はよく歩いたからかもしれませんが、痛みはなく、なにかを排出しようとしているのかなと思いました。
セッション翌日はほぼ一日中眠り続け、時折頭痛を感じました。また、夜中に便秘が解消されました。

今回のセッション後、何か劇的によくなったとか、何かを得たということはなかったですが、気がついたら自分のまわりの環境が変わっていました。合わない場所にはどうやっても居れなくなりました。

対面セッション後、田畑さんの地震対策のオンラインワークショップにも、2回とも参加しました。2回目の時に、しっくりこない場所も、しっくり来る場所を感じてからだと、少し居やすくなることに気づき、そうか、今まで私はいやな感じにばかりフォーカスしていたのだなと気づきました。いまは、安心を感じること、そしてそこから生まれてくる自然な流れを大切にしていきたいと思います。

アドバンストコース 4回目

2022年5月21日(土)

【セッション前まとめ】
・3月末に、田畑さんの地震対策としてのオンラインワークショップを2回とも受けました。このときは地震と身辺の変化で非常に不安定な状況にありましたが、この2回のワークショップのおかげで、まず体を安定させることができ、乗り切ることができました。

・その後4月末に身体が安定してきた頃に、記憶のフラッシュバックが起きるようになりました。田畑さんにご相談したところ、連続遠隔ヒーリングのモニターセッションをご提案いただき、各回10分間を3日連続で受けました。そのときは無我夢中でしたが、いま思えばぎゅうぎゅうだった身体がゆるんで、少しすき間ができていたのだなあと思います。自分の体に休息と安全を実感させることで、自然と向かうべき方向に進めたのだと思います。本当に感謝しています。

①セッション中に感じたこと

3月末に退職してから、初めてのセッションとなりました。始めに田畑さんに、前職のことを思い出すとなぜか背中の後ろ下側がまだ少し痛くなることや、退職してから自然と痩せてきたことなどをお伝えしました。また、気持ちの上で葛藤が強く、行動できないこともお伝えしました。
今回は仰向けで始まり、ふしぎと右側の方に圧迫感を強く感じたため、田畑さんには左側からアプローチしていただきました。左の足首からゆっくり包むようなワークが進むうち、なぜか両肩のきわに温かさとじわじわした痛みのようなものを感じました。そのときは、今思えば、肩から白く光る電気のようなものを放出しているような感じでした。
左足全体から右足へワークが進むにつれ、首の根元の骨→頭全体の力が抜けて、温かさを感じるようになりました。
ちょうどセッションの前の晩に、寝る前でもなぜか首や喉のあたりにぐっと力が入っているなと気づいていたので、頭全体から余計な力が抜けて、とても楽に感じました。
またワーク後は、脚全体が毛布に包まれているような柔らかさと温かさを感じました。そのときはあまりうまく言えませんでしたが、何かお腹に確かな温かさのようなものを感じました。またふしぎですが、セッション中だけ強い雨が降りました。

②セッション後に感じたこと

いま、セッションから一週間経って、背中の痛みはほぼ感じなくなりました。たまに私が違う方向に進もうとすると、ほんの少し痛みを感じます。

気持ちの葛藤については、迷いながらも少しずつ行動に移せるようになってきました。少し前からも感じていましたが、私が本当に望んでいないことは、どうやってもうまくいかなくなり、本当に望んでいることは向こうからもやってくるようになりました。うまく言えないのですが、完全に受け身ではなく、私自身と天の両方のタイミングで手を伸ばす感じです。
今回のセッション後に、ずっとお世話になっているギャラリーでワークショップをさせていただくことになりました。これも無理がなく、自然な流れで決まりました。

今思えば辛かったときは、身体はまだ過去の時間にいるのに、気持ちは前のめりでばらばらだったように思います。身体と気持ちが同じ場所にあれば、必要なことは自然と起こってくるように感じました。

まだまだ迷いや失敗もありますが、自分の身体の声を信頼して、もうしばらく自分の変化を見守っていきたいと思います。

心身を根本から見直す必要を感じて セッション13 (Mさん)

遠隔セッション後の変化についてお話したあと、仰向けの状態からスタート。

セッション13回目

‐開始直後に、どんな感じかのお尋ねがあり、その時、擬音語でいうと、スパッ、とか、シュッ、シャキッ、みたいな白と青の映像が浮かんでいて、口をついて出た言葉が、「自立する」であった。そのあと、腕をぐるぐると回しながら浮かんでいた映像は、オレンジ味の強い赤色で、エネルギーに満ちた何かが、腕の動きと同じくしてくるくる回っている絵。その力に支えられて自分の足で立って歩んでいくようなイメージが浮かんでいた。

‐その後すぐに、なぜかじんわりと涙が滲んできた。今回、記憶がとても曖昧なのだが、身体を丸くして胎児になったり、また、手を軽く握って肘から折り返し、新生児になったような体感が頻繁にあった。涙は、最後に大きな声で笑ってしまうまで、セッションを通して、ずっとこぼれたままであった。

‐先日訪れた三千院にある阿弥陀様に迎えられる。そのあと、木々に覆われた山の姿が現れ、その緑の中に白いものとなって吸い込まれていく。そのあと、叩かれて強さを増していく熱い鉄のような、また、焼きしめられて、堅く丈夫になっていくレンガのような、赤茶色のもののイメージが浮かび、そんなふうにして自分が鍛えられていくのだ、という気持ちが沸き起こった。同時に、両手と、頭のあたりがじんじんとしびれているのを感じた。

‐そのあと、三千院から京都駅に向かうバスで出会った赤ちゃん~そのお子さんは、内から放つ光が強烈で、エネルギーの塊、と感じた~の顔が大写しになって、私は、見事にその赤ちゃんに自分をオーバーラップさせ、嬉しくてしょうがない気持ちでいっぱいになる。

そして、口に手をあてて、笑いを止めることができなかった。

‐セッション後、田畑さんに歩いてみるように促されたが、その子が現れた嬉しさを止めることができず、私はスキップをしてしまう。セッション直後でも、両手のしびれている感じがずっと続いていた。

新幹線から降りた時、身体全体が、ちょっと、きゅっとまとまって凝っているような感じがした。そして、家にたどり着いてみると、何故か、今日のセッションが、ずっと前のことのように思われて仕方がなかった。東京に出かけたのは本当に今日だったのだろうか、とちょっと疑ってしまうみたいな心持ちであった。セッションの時は、いつもの日常の次元とは違うところで田畑さんにお会いしている感は常にあるのだが、それとはまた違って、ちょっと遠い日の記憶、みたいな感じがとても強かった。

‐セッション翌日、起き抜けに感じたことは、のびやかな気分、うまい具合に生きる力が身体にいきわたっている感じ。程度の差はあるけれども、セッション10回目の後に感じた、弾力のある、躍動するような身体の一体感。首から上は上方に伸び、肩から下は、下方に向かう感じがある。とても生きやすい感じがしている。

心身を根本から見直す必要を感じて セッション12 (Mさん)

セッション12回目

往路、新幹線の冷房が効きすぎていてそれにうまく順応できず、東京に到着したときには体がふわふわとして、足取りがおぼつかないような体感のままセッションに入ることとなってしまった。

‐両足をセッション台に立てた状態でスタート。就寝中に右耳が痛くなるほど右あごを強く噛みしめていたことが数日つづいたことも関係するのか、歯が欠けてしまったことをお話しすると、最初に口の中を施術してくださる。指示に従って田畑さんの指に力を委ねていったのち、口から手を離された瞬間、酸素がぶわっと一気に体に流れ込んでくる。ちょっとふらふらした気分だったこともあり、ひたすらにその酸素をむさぼるように吸い込む。私はMRIが苦手で、以前検査のときに酸素ボンベのお世話になったことがあるが、その時吸った酸素と同じだ、という感覚が呼び起され、ああ、生き返った、助かった、という気持ちになった。右腕の落ち着き具合がいまひとつ、というお話をセッション前にさせていただいていて、「右腕の様子はどうですか?」というお尋ねがあったが、身体は、今はとにかく酸素を吸い込みたい、の一択で、言葉を発する余裕がまるでなかった。

このあと、右腕をぐるぐると回すなどしたのち、お尻のあたりから両脚にかけて一気に脱力する。その時の力の抜け具合は、いままでの11回のセッション中、いちばんだ、と感じたほどで、お尻から下が、まるでスライムになってセッション台に広がっていったかのような感覚があった。続いて、左腕の助けをかりて思いっきり首を右側に向ける動き、そのあと、体を丸めていると、ぶるぶるとした震えがきた。

しばらくして浮かんできた情景。うすいピンク色、柔らかい黄色、透明感のある水色が、光に溶けて空間を彩っている。そしてそこには、茎からのびた蓮の花。花は咲ききって、台座のような形をしており、その花びら一枚一枚は、柔らかくてふっくらとした白い羽から出来ている。そして、その台座にのっているのは、ふっくらと丸くて、やはりそこの空間を彩っているのと同じ色からなっている生きた何か。絵文字によくある、目を閉じてニッコリしている顔をしている。向かってちょっと左側の頭部には、王冠のような形をした頭飾りのようなものを備えている。そのものを目にした瞬間、なんの疑いもなく、「あ、私だ!」と確信する。なんて愛らしいのだろう、穏やかな雰囲気を醸し出しながら、“ただただそこに在る”、という表現がぴったりの佇まい。

場面は変わり、こんどは、真っ白の空間。木の原型を想起させるやわらかい緑色のものが、地表面にあらわれる。それがあっという間に普通の木へと成長、そしてその幹の部分が、長方形の扉へ、と変化していく。その扉は、色はアイボリー、大きさの割にはしっかりとした厚みがあり、表面にはちょっとした装飾も施されている。目を引くのは、そのドアノブ。温かみのある、すこし焦げ茶色の混じった茶色で、いい具合に丸みを帯びている。手でつかんだら、間違いなく手にフィットするのが見ただけで想像がつきそうなもの。

扉に目を奪われていると、前述の「私」の座っている台座の部分をなしている、白い羽が大量にふわふわと上から舞い降りてきて、こんどは木の葉っぱの部分を、あっという間に覆いつくしていく。葉の部分が全く見えなくなると、今度は地面もその白い羽で埋め尽くされる。葉っぱの部分と地面とが完全に白い羽で覆いつくされ、残ったのは扉のみ。先ほどは気が付かなかったが、扉が少しだけ開いていて、向こう側の様子が黒く見えた。

また場面が移り変わる。光に満ちた空間のなかで、私は、体の前に両腕をそろえて突き出して、手のひらが上になるように腕を返している。その両腕から透明なやわらかい何か、がこんこんと湧き出している。その何かを、私は、「正真正銘の幸せ」、と感じている。私はわけもなく、ただただ嬉しくて、その幸せをありとあらゆるものに分け与え続けているが、でも差し出したそばから、また湧き出してきて、減ることが一向にない。私は分け与えている間、ずっと笑みを浮かべている。とても豊かで、ふんわりとしたひろがりのある感覚が体に満ちている。かなり長い間、それを繰り返した後、ふっと上を見上げると、大きな白い鳥が、光を背景にして羽を思い切り広げ、空中に浮かんでいる情景が視界いっぱいにひろがった。

しばらくその白い鳥を見つづけていると、それまでに起こったすべての出来事が、きゅっとまとまりをつくり、なにかに収められていく感覚が立ち上がる。場面がかわり、情景の上半分を占めて大きく目に映ったのは、セリフの吹き出しが真ん中で上下にわかれたうちの、下半分の線、で、その吹き出しの先に繋がっていたのは、短い草があちこちに残る広い地面に、手足を少し大の字のように広げて、目を閉じてあおむけに寝転がっている私自身、それが情景の下半分。いままでの出来事は、私が見ていた夢だったのだろうか、と思わされる光景だった。

そのあと、セッション台から床に転がり落ちる。体全体がじんじんとする感覚をしばらく味わったのち、視界に映ったものは、カブトムシの幼虫が地面のなかに横たわっている姿を断面からみたもの。幼虫は、地面の中で、柔らかく、おだやかな光に照らされている。落ち着いた静けさのなかで、体の周りの土とうまく折り合っている感じ。どちらか一方が寄りかかっているのではない、互いに信頼しあって、必要な時には申し分のないタイミングでお互いが助け合う感じ。絶妙なバランスを保って横たわっている感じ。全体の姿、すべてのパーツの形、色、どれをとっても申し分のない、幼虫のなかでコンクールをしたら、上位入賞間違いなし、というイメージ。幼虫を取り囲む土は、均一の細かな粒子からなっていて、その質感と色が、前述の扉のドアノブのものと、見事に重なってくる。生育環境としては、これもまた申し分ない、というイメージ。その光景を目にしている私は、とても悠々として、ちょうどいい具合に落ち着いた心持でいる。そしてなによりもあたたかな、じんわりとした幸せに満ちていた。

ほどなくして視界にあらわれたのは、大きくて立派な、オスのカブトムシ。角があまりにもりっぱで、私は右手を前に突き出して、手指を動かしながら、その形をおもいきり表現しようとしていた記憶。自分はカブトムシとして生まれるのだな、と思った瞬間、そのとなりに並ぶようにして現れたのは、オスのクワガタ。形状は明らかにオスなのだが、わたしは、メスのイメージを重ねて見ている。自分は、このクワガタとして生まれるのだ、と思った。

それに続く光景。私は、アイボリー色の、適度に明るくて、そんなに狭くなく、柔らかいイメージをもった場所にいて、そこから、外に抜け出そうとしている。出口を求めてひたすら進むのだが、ここかな、と思って進むと、やわらかな弾力のあるものにやんわりと押し返されてしまう。何度も何度も出ようと思って挑戦するのだが、同じことの繰り返し。外に出ようとする私自身の意志に全く揺らぎはないのだが、何度やっても出られないので、その場所で体育座りをして、さてどうしたものか、と思案しはじめる。その時点では、苦しさや、辛さといったものは全く感じていなくて、なんだか解けないパズル前にして、どこから取り掛かったらよいのだろうか、と考えている気分。

出ようと思っても出られない、ということを田畑さんにお伝えすると、私の頭に両手を添えて動きを助けて下さる。助けていただいたことで、外に出ようとする頭部の感覚が少し鮮明になる。上述の場所からはすでに出ているようだが、どこを進んでいるのか、まったくわからない。なんでもよいから、とにかく出ようと無我夢中な気持ちでいっぱいになっている。

うまく出られたのかどうか確信がないまま、しばらく動きを止めてじっとしている自分に気が付く。田畑さんに「どうですか」と声をかけていただいたときに浮かんできた自分の姿,それは、首を右に捻じ曲げ、体は奇妙な形にねじれている。大きな不規則な形をした黒い溝が二ヶ所見えて、全体が三つにバラバラになっている。頭は鮮明に働いているのだが、身体感覚からすると、ヒトとして生まれてきた感覚がおよそ浮かんでこない。仮死状態のような気分。そのことを自分で認識すると、姿、形はともかく、とにかく外に出られた、というなんだか少しほっとしたような気持ちがこみあげてきて、「生まれてくるのが苦しかった」といって号泣してしまった。

‐セッション後丸2日間、問いかけられるときちんと答えられるのだが、自分から言葉を発することがなかった。それは、話をしたくないから話さない、というのではなく、しゃべる言語を持ち合わせていない、といった感覚だった。

‐セッション翌日、右側の骨盤のすぐ上あたりがとても自由になった感じで、背骨を中心にして左右に腰をとてもスムーズに回転できるようになっている。背面右側に隙間ができた感じ。

‐セッション数日後、明け方に見た夢。知らないものどうしが何人かで集まって、孤児院のようなところを訪問する。道幅があまり広くなくて、すこしくねくねとした車道沿いを、まあまあ長い時間をかけて、てくてく歩いていく。広くない道だが、白いガードレールが歩道と車道をしっかりと分けている。孤児院は、そんなに大きくはないが、つくりがしっかりとした印象の建物で、入り口の前にはかなり年配の、園長と思われる男性が立っている。ちょっといかめしい顔をして、私たちが到着してもなにもしゃべらない。入口から中に皆で入っていくと、そこには満面の笑みをたたえて、私たちを歓待してくれる女性が一人。「ようこそいらっしゃいました、ここの子供たちは、めったに訪れる人もないものですから、今日は皆さんが来てくださって、みんな泣いて喜ぶと思いますよ!」と声をかけてくださる。私は、ふーん、そうなんだ、と特段感情を動かされることもなく、中に入っていこうとする。入口に深みのある黄色をしたスリッパがいくつも並べられていることに気がつき、あ、履き替えなくちゃ、と思う。中にはいってみると、小さい子からそこそこ大きい子まで、何人もが列をなして立っている。泣くかもしれない、と聞かされていたので、ちょっと身構えた感じでいたが、泣く子は一人もおらず、私がその子たちの前を通過すると、なんと、一人一人が、小さな贈り物のようなものや、折り紙でおった何かを手渡ししてくれる。私は拍子抜けしてしまい、え?あ、くれるの?と、ちょっとあっけにとられた感じで受け取りながら、皆の前を通り過ぎていく。子どもたちの表情からは、なんだか、意を決してあなたにプレゼントを渡しているのだよ、と私にそれとなく伝えたいような、そんな印象を受けた。

‐心身ともにとてもいい感じで過ごせていたのだが、セッション1週間後くらいに、道路の側溝に自転車のカギを落としてしまい、拾おうとして側溝のおおいを持ち上げたときに、左足のお尻のすぐ下あたりで、ブチっと何かが切れたような感触があった。それから一気にバランスが崩れてしまい、左脚で痛みがあちこち動くような状態になってしまった。特に膝内側、お尻に痛みがたまることが多く、バランスボードでなんとかしのいだが、なんとなく不具合が残った状態でいる。

‐この後、歯磨きをしていたら、突然左上の顎がとてもゆるんだり、散歩で腕をふって歩いていたら、うまい具合に左ひじが緩んで、左肩の後ろの可動域がぐっとひろがったり、アクシデントをカバーするようなよい動きが起こっていたのだが、こんどは、歯医者で、右側のかみ合わせがほんの少し高かったのを調整したとたん、本当に不思議なのだが、首の力が一気に抜けて、しばらくうつむいたままでしか頭を保てないようになってしまった。そのあと、あんなに深くできていた呼吸ができなくなったり、気分が悪くなったりと大変だったのだが、しばらくして身体がうまいバランスを見つけて再び整ってくると、今まで感じたことのなかった、口の中の位置感覚、特に右側の歯の感覚がはっきりとわかるようになってとても驚いている。それと、右側手術跡あたりにはっきりとした体の支えができたのを感じている。

‐右腕の収まり具合は、一進一退という感じできたが、数日前から、急に上腕部が後ろに引ける感覚がめばえてきて、それとともに、肘から上と下の動きは違うのだ、ということが初めてはっきりと意識されてきた。右上腕部の変化とともに右肩あたりが緩んできて、それにつれて左下肢がまた緩んできた感じがある。

私は、今回のセッションで、あの愛らしい存在に会うことができて、ただただ幸せです。

田畑さん、本当にありがとうございます。

心身を根本から見直す必要を感じて セッション11 (Mさん)

セッション11回目

田畑さんと対峙すると、私は毎回ただただ‘無’になる。セッション台に体を横たえて目を閉じると、始まりがどこで、終わりがどこなのか、またそれさえもあるのかないのかわからない、広大ななにかを覗き見る感覚が、すっ、とやってくる。ひたすら‘無’となった自分は、ずっとあるがままで、やがてそのなかにどっぷりと浸りだす。

その感覚に戻りたくてしょうがなかった。やっと戻ってくることができて、今回はかなり気分が高揚していたように思う。

‐顔を左に向けて目を閉じていると、浮かんできたのは海のイメージ。見た瞬間に、わっ、と心奪われる、青の色。深みがあるけれど重くなく、言葉には表しがたい絶妙な色、その青が、波を思わせる、こちらもまた落ち着きがありながらも軽さも感じる、とても好ましい白、と層をなしている。私はその情景を目にするやいなや、体を伸ばすだけ伸ばして、元気いっぱいに泳ぎだす。泳ぎながら、その青と白の景色の質感が、これもまた自分の好きな感じ~高級な画用紙、高級なカンバス、のような、しっとりとして落ち着きの感じられる質感~であることに気づくと、体中にエネルギーがどんどん満ちてくる。気分は絶好調、言葉にすると、「よっしゃーっ!!」とでも例えることができそうなほど。

しばらくすると、今度はエメラルドグリーンの海の中を、海面に向けて思いっきり体を伸ばしながら昇っていく体感、幾つもの細かい泡の粒が立ちのぼっていたから、ダイビングでもしていたのだろうか。そのエメラルドグリーンの色を見た瞬間思い出したのは、高知県へと向かう旅の途中、ふと車窓に目をやったときに、思いもかけず視界に飛び込んできた川の色。そのなんともいえない美しい色に釘付けとなった、あの川の色とおんなじだ、と思いあたると、とてもさわやかで軽やかな気分に満たされる感じがした。

その後しばらくすると、こんどはおぼろげな島の姿が浮かんでくる。ぼんやりとした景色なのに、それを感じた瞬間、私は、‘あ、江の島だ’、と思う。子どものころ、海水浴といえば、江の島海岸だった。自分が子どもだった時の記憶は、写真でみる以外にないけれど、自分が親になってわが子を何度か連れていったときの記憶がよみがえる。最寄りの駅までの電車の中から、すでに海水浴気分の乗客たち、人々で溢れかえる砂浜、カラフルなパラソルの色、水着の色、砂の上をあるく足裏の感覚、お世辞にもきれいとはいえない海水の色、午後になると適度に波がでてきて、浮き輪をつけてその波と戯れる楽しさ。なにより、ふと視線を上げると、右前方にいつも江の島がいてくれることの、大きな安心感。

関西や日本海の、人の多さも適度で、透き通ってきれいな海も知っているわが子は「人が多すぎてうまく泳げないし、潜っても水が汚なくてなんにも見えないよ~」とよく言っていたけれど、私は「海水浴は、やっぱり江の島がいつも見えるところにいてくれる、江の島海岸が最高さ!」と思っている、そんな気持ちにずっと浸っていると、江の島の奥に、オレンジ色の夕焼けが水平に広がりだす。徐々に涙があふれてきて、少しだけ声をあげて泣いてしまうが、最後には笑みも浮かべていた。

そうこうするうちに、こんどは上体を起こそうとする動き。今回起こそうとする動作のときに、例えると、適当な厚みのあるバームクーヘンを4つ位に切って、左右は解放、上下のカーブだけが残っている形をしているものが目の前にあらわれる。私は、それを、なんだか橋のようだ、と感じている。その曲がりに沿って、その形の真ん中に、黒くて、弾力が感じられる、ゴムのような質感のものが集まってできたような物質、決して太くはないけれども、十分な太さと強度がある、とかんじられる1本のものがある。そのものが、私が起き上がろうとする方向に力強く安定感のある流れをつくっていて、起きようとする私は、その流れにそって自然と体を起こすことになる。10セッション中、体を起こす動きのとき、「体のどこにも力を入れていないのに、どうしてこんなことがスムーズにできるのだろうか」と、身体の不思議さにいつも驚かされていたけれど、今回のこの出来事に、「起き上がる動作は、自分ができるとか、やっている、ではなくて、そちらに流れがあるから、ただそちらに自然と移っていっているのだ」という気持ちになり、なんだか大きな発見をした気分であった。

起き上がって、セッション台に腰を下ろす。両腕を、肘からだっただろうか、後ろに引いて、肩甲骨を動かしているような動きをしながら、上半身を起こしたり、腰から前かがみになって広げた足の間にうずめていくことを交互にしている感覚。上半身を起こしているときには、ただ真っ白な情景がうかぶ。その白は、最初に出てきた波の白とは対照的に、無機質で、なんだかとても冷たい印象の白。両足を広げ、その間に上半身を倒していく動きの時には、ただ真っ黒な情景。のっぺらぼうな黒、なにも語りかけてくる気配のない色。

これらの動きを何度か繰り返したあと、上半身を起こしたままにしていると、目の前の情景は、上半分は白、下半分は黒、と真ん中から真っ二つにわかれたものとなる。その景色を目にしていると、涙があふれてきて、いや、そうじゃないんだ、これは違う、という強い気持ちが湧いてくる。涙を流しながら、どんどんとその気持ちが強くなっていき、涙とともに、こういう状況は払しょくするのだ、この情景とはきっぱりと決別する、という気持ちが、腹の中から湧き上がってきた。

田畑さんに促されて歩いてみると、上述の強い気持ちが歩みにそのまま乗り移ったかのようで、一歩一歩が力強く、腹のすわった歩みだな、と感じていた。

‐今回のセッションでは最初から最後まで、息を吐くことに重きを置いていたようで、途中、呼吸に意識が向くと、いつも深く息を吐いていた。10セッション中では、自分が呼吸をしているのか、していないのかがわからなくなって、‘ん、私は生きているのだろうか?’と、意識して息を吸ったり吐いたりして、大丈夫なことを確かめることが度々あったが、吐くことにここまで重きをおいていたのは初めてのことだった。

‐不思議だったのは、どのタイミングだったか、上体を起こして白い情景を目の前にしていたときに、何かの匂いを感じたこと。なんだろうか、としばらくその匂いを感じていると、それは、前のセッションルームで一度だけ感じたことのあったアロマ?の香りへと変化し、しばらくその匂いを感じていたが、すっと消えていった。

‐セッション後、自分の思いをただただ語ってしまった。帰途、山手線で品川に着く2,3駅手前で、マスクをしていないことにはっと気づいて慌ててしまった。その時点までセッションにすっかり浸りきっていたようであった。

‐セッション翌日からしばらく、首の右側、そこから少し下がった肩、背中のあたりが強烈に凝った感じだった。10セッションの時にもこのあたりが凝った感じはあったが、そのときよりもすこし範囲が狭まって、そのぶん凝った感じの強度がかなり増した感触。あ、ポイントはここなのだな、と身体に教えてもらったようで、なぜか、一緒に頑張ろう、と身体に自然と話しかけていた。

‐セッションから2週間後くらいに、左の鼻から出血、左鼻の奥から、血とともになにかが流れ落ちていった感じがした。

‐セッションから3週間後くらいに、椅子に座っていたら、腰の上に上半身がうまく乗って、体がぎゅんと上に伸びていくことを体感する。その少し前から、肋骨の下の線に沿って、腹側、背中側、左右体側とも、動きの自由度がかなり増していることを感じていた。それにともなって、着地面の足の安定感が一段と増した感じがする。

‐そのころみた夢。幾つか短い夢をまとめて見ていたようで、ごちゃごちゃとして、内容ははっきりと覚えていないのだが、結論として、「自分で決めこんで、だからこうなるんだ、と勝手に思っているだけなんだ、実際は、流れとしてこんなにうまく事が運んでくれるんだ」、という感想を持って目が覚めた。

‐最近、こころのバランスボードに乗ると、右足をおもいきり外側に開き、右肩をしばらくいろんな形で回してから、足を戻し、そのあと、両足の間隔を狭める動きをして、上方に伸びていく、というのが続いている。

‐5月の連休中に、小田和正さんのコンサートが放映されることにたまたま気づいて、最近聴いていないなあ、久しぶり、と思いながらチャンネルを合わせた。穏やかな表情で、自分の気持ちを素直に歌詞にして、それを音に乗せて、語りかけるかのようにすっと届けてくれている小田さんの歌声を、耳ではなく、身体が受け止めている気がして、なぜか涙が止まらなくなってしまった。

途中インタビューがあって、「自分はとにかく人と話をすることが嫌でしょうがなかったが、コンサートを続けているうちに、何故か歌いながら振りのようなことを思いもかけず自然としてしまって 、‘おれ、何してるんだ?!’と自分でも思うことがあったり、ふとステージから降りてみると、みんなの笑顔があふれていることに気が付いたりして…」自分が変わっていった、というようなことを、ほんとうに穏やかな表情で語っていた。学生の頃、解散間近か、といわれていたオフコースのコンサートを見にいって、ただただストイックに曲を重ねていく小田さんの姿がなんとなく思い出されて、ああ、あの頃はそうだったんだ、でも人はいくつになっても鮮やかに変わることができるんだ、と思わされ、その姿を今の自分に重ね合わせてしまったための涙、だったのかもしれない。

適応障害と診断された方への5Advancedシリーズ

[Advanced 5シリーズロルフィング・モニター 1回目 2020/8/22(土)感想]

数年前にRolfing 10シリーズを受診し、長年苦しんでいた腰痛は完治したものの、昨年適応障害を患い数ヶ月休職した頃から、首周辺の流れが悪く頭が働かず、疲れやすくなっておりました。頭脳労働に偏った仕事をしており、頭が働かないと差し支えがあるため、Advanced5を受診することにいたしました。
治療中も身体が少しずつ緩んでいくのがわかりましたが、治療を受けた後に、治療前の写真と比較していただくと明らかにバランスが変わり、腰の反りが治って身体の負担が減っているのがわかりました。また、来院の際は重く感じて肩に掛けられなかったトートバッグを、帰りには肩に掛けて歩くことができるようになっており、バランスが修正されたのを感じました。
治療から4日経ちました、頭がすっきりとし、以前のように働き始めたのを感じています。

[Advanced 5シリーズロルフィング・モニター 2回目 2020/9/2(水)感想]

今回は、現在痛みの出ている、頭や首を中心にケアしていただきました。かなり以前の交通事故の後、首に違和感が残り、首や肩のこりが慢性的に出ていました。   治療後は、痛みが首筋から肩甲骨のあたりへ移動したような不思議な感じでしたが、   3日くらいで、肩甲骨の痛みも無くなり、首筋も楽になりました。   身体のバランスがとれたようで、疲れにくくなってきました。

[Advanced 5シリーズロルフィング・モニター 3回目 2020/9/11(金)感想]
治療後すぐに感じたのは、ねじれていたり、反りすぎて疲れやすかった身体の歪みが取れてきて、足の裏から骨盤、上半身に正しく乗るようになったようだ、ということでした。
その後数日経ちましてから、目の疲れが軽減されていることに気付きました。ここ1、2年、元々乱視のある右目の疲れが酷く、体調によってPCの画面が見えにくくなり、そのために集中力を保つのが難しいことが増えていたのですが、治療前よりバランスが取れるようになってきたのを実感しています。

[Advanced 5シリーズロルフィング・モニター 4回目 2020/9/19(土)感想]

今回は、手と腰、お腹周りなどを中心に治療していただきました。
治療後は身体が軽く、別の身体に入ったような不思議な感じがしました。負担がかかっていた部分に、余計な力が掛からなくなったのかもしれません。
また、昔から手はいつも冷たく、真夏でも氷のようだと言われていたのですが、翌日から手が温かく、酷い肩こりもさらに軽減されました。仕事や創作に対する持久力も戻ってきており、大変ありがたく思っております。

[Advanced 5シリーズロルフィング・モニター 5回目 2020/10/2(土)感想]

5シリーズ最後ということで、全体の統合をしていただきました。受診後、5シリーズを受ける前と受けた後の写真を見せていただきましたが、明らかに姿勢が変わり、縮まっていた背骨がゆったりと伸びているのがわかりました。
今日でシリーズ終了してから1週間ほどになりますが、柔軟性が上がり、今まで柔らかくなったことのない股関節が柔らかくなっており、スポーツをしていても、前より格段に身体が動きやすくなったことに驚いております。
また、受診前は首、肩に違和感があり、一日中首を回していたのですが、首を回して骨を鳴らしたいと思わなくなったことに気付きました。この違和感で何をしていても集中が難しかったのが、凝りが解消されたことで、集中力も上がりました。
ありがとうございました。

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