・田畑さん、イールドを知った経緯。
イールドというワークを初めて知ったのは、ソマティックリソースラボに掲載されていたリンクからでした。女性が田畑さんに質問を重ねながら、イールドについて紹介していく動画を拝見したのがきっかけです。
わたしは昔から、謎なこと、どこか超現実的ともいえる感覚に惹かれるところがあります。ただし、どのような体験でもよいというわけではなく、自分なりに信頼がおけると感じられること、そして誠実さを感じられる相手であることが、とても大切でした。その意味で、動画越しに伝わってきた田畑さんの佇まいには、どこか静かな安心感のようなものを覚えたように思います。
・スタジオに入ったときの印象。
田畑さんのスタジオに入ってすぐ、ドアに小さな風鈴のようなものが掛けられていて、扉を開けた瞬間に、澄んだ音が鳴りました。その音が、不思議と印象に残っています。廊下には、いくつかの六角形の謎マットのようなものが整然と並んでいました。四つほどだったでしょうか。それが何を意味しているのかわからなくて、ニヤニヤしていました。
・始まった。
最初に、カウンセリングのような時間がありました。案内された椅子に腰かけると、それは半球のような形状をしていて、下にはバネが付いているのか、座ると自然に身体が揺れました。田畑さんによれば、ドイツのメーカーの椅子で、体幹でバランスをとる構造になっているとのことでした。スタジオには、ほかにも興味深いもの(テンセグリティのスカルプチャーなど)がいくつも置かれていましたが、その日は少し緊張していたこともあり、あまり質問はできませんでした。ただ、その空間全体が田畑さんなんだな〜って思っていました。
「今、どんな感じですか?」
セッションの最中、田畑さんから何度か「今、どんな感じですか?」と問いかけられました。そのたびに、わたしは言葉を探しあぐねていました。何が起きているのかを即座に説明できるような明確さはなく、かといって何も起きていないわけでもない。ただ、何かが微細に変化しているような気もする。けれど、その変化をどう名づければよいのかがわからない。
結局、そのときの困惑そのものを伝えたり、少し前の状態と比べて「さっきよりも…」といった相対的な表現で、違いの質感のようなものを、なんとか言葉にしようとしていたように思います。正確なやり取りは、正直なところあまり覚えていません。ただ、言葉にならないものと向き合う時間だった、という印象だけが残っています。
以前、「ひもトレ」とイールドの合同ワークショップで、一度だけデモンストレーションのモデルをさせていただいたことがあります。そのときは、何が起きているのかよくわからないまま、ただ「わからないこと」を楽しんでいる自分がいました。もともと、訳のわからないものに惹かれる性分もあり、とても楽しかったのを覚えています。けれど、今回の個人セッションでは、もう少し違った感覚がありました。何かが確かに起きていたような気がするのです。ただ、それを明確に説明するのはやはり難しい。そこで、感覚の近い体験をいくつか思い浮かべてみました。
・感覚の比喩
1. 保健室にいるような感覚
みんなが授業を受けている時間に、自分だけが保健室で養護の先生と静かに過ごしているような感じ。外では日常が流れているのに、わたしはそこから少し外れた場所で、時間の質が違う空間にいる。そんな感覚に近いものがあったように思います。
2. 喧騒から少し離れた場所
わたしは、大勢が集まるパーティーのような場で社交するのが、あまり得意ではありません。会場の喧騒から少し離れた喫煙所で、少人数で静かに過ごす時間や、メイン会場とは別の部屋でひっそりとくつろぐようなひとときに、どこか心地よさを感じます。
イールドのセッションにも、そうした「距離の取り方」に似た感覚があったように思います。何かから完全に離れるのではなく、しかし、べったりと巻き込まれるのでもない。そのあいだにある位置に身を置くような感じです。
3. 同じ部屋で、別々のことをしている
好きな人と同じ部屋で過ごしていながら、お互いに別々のことをしている時間。言葉を交わさなくても、同じ空間を共有しているという感覚だけで、十分に満たされるような状態。
セッション中の時間にも、どこかそれに似た静けさがありました。何かを積極的に「する」というよりも、ただ共に在ることの中で、微細な変化が起きていくような…。
これらの比喩は、イールドの施術を受けたときの感覚的な印象に、どこか似た質感を持っているように思います。ただ、それが何であったのかを、まだはっきりと言い切ることはできません。けれど、言葉にならないままの感覚を抱えながらも、その場に身をゆだねていた時間は、確かにわたしの中に何かを残しているようにも感じています。
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