The 10th session 2025.03.19
今日は感覚がクリアで、右に立たれるとグイグイそちらへ引っ張られる感じがした。左はスーッと呼吸が楽だった。仰向けで左ひざを立ててはじまる。左足首に触れると外へと引っ張られる感じ。足を置いたところをもう少し外側にすればよかったと思っていたので、ちょうどよかった。でもまだ横へ広がりたい感じがした。横に伸ばされていく。足と腰を触っているのに肩がぐーっと広がる感じがした。前に入っていたんだな、と気づく。一緒に胸も開いていく。開くと左奥歯の歯茎も伸ばされている感じがした。痛みが少しずつ楽になった気がした。背中がベッドに広がっていく。左が下がって、右と違う。腰の辺りを触っているとき、そこに何か感情が残っているのを感じた。子宮の辺り。10年前の体外受精のことを思い出した。残念な結果を電話で告げられて、ただ呆然として、何やってんだろ、初めから違和感があったのに、、だからこれでよかったんだ、という気持ちと、今まで感じたことのない虚無感でただぼーっと佇んでいた。人に言うことでもないから、あまり話すこともなく、夫にもどんな風に話したのかも覚えていない。ショックではあった。もがいて必死で、心がぐちゃぐちゃだった。でもそこに重い重い蓋をして、無かったことにしていたのかもしれない。もっとしっかり二人でそのことについて話し、ちゃんと受け止めたらよかった。頑張ったよね、と話せばよかった。タブーのようになってしまったそれは心の奥のほうにべっとりと残ったまま腐敗していた。その蓋が開いた。あれはひどいエゴだったかもしれない。あの当時私は幼く、ただがむしゃらで、無理やりにでも自分のやりたい方向へ前進させていく、という頑なさがあった。互いの心を慮り、愛を持って接する、ということが、関係が近い人にこそ出来ていなかった。愛をもってエゴを手放していく、ということこそテーマだと受け取った。
左がおわり、右も同じくらいやるのかと思ったら、少し腰に手を当てたくらいで終わり。それでも右はスーッと広がっていった。
座って左の大腿骨に触れ、骨のなかの重みを感じてと。すると坐骨がしっかり下がって安定した。立ち上がるとまたしっかり足裏に体重が掛かり、背骨は腰の上にきちんと乗り、背筋は上へと伸びて、肩は下がり、胸は広がって呼吸がしやすかった。腕の痛みも感じず、歩行もスムーズだった。意識が広がった感覚がした。しっとりと落ち着いた感覚。俯瞰する視点があった。重心が下がったからだろうか。
最後のインタビューで、ロルフィングの気づきでよかったことを聞かれた。
その一つとして、微細な違いに気づくことに敏感になった、と答えた。本当によくよく意識を向けないと流してしまうような変化や気づき、違和感。そこにアンテナを立てながら、じわじわ体が反応して広がったり、動いたりするのを味わう。ただ意識を向けただけなのにそんなことが起こる。すべては自分の感覚のなかで起きているけれど、確実に変化していることも見て取れた。最後の写真では背筋がピンと上へ伸び、体は横に広がっていた。縮こまっていた体は緩んで広がったのだ。内臓もゆったりと動くことができるだろう。呼吸も楽になっている。あとは日々これからも意識的に体を使い、忘れないでいること。変化は半年ほど続くらしいので、まだこれからも楽しみだ。
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