ロルフィング体験

Rolfing Experiences with Rolfer Hiroyoshi TAHATA

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大学院で舞踏を専攻されたヨガ教師(Advancedシリーズ)

10シリーズに引き続き、Advanced5シリーズのモニターに応募頂いた方のレポートです。

セッション1/5

何かの調子がいい、悪いというのは一概にも言えないもので、
調子の悪さがもたらしてくれるきっかけや気付きもある。
けれどそれを差し置いても、アドバンスを受けようと思いその波にふと乗れたのは
2年前に10シリーズを終えてから、身心ともに次のフェーズに入っていることを自覚していたからだと思う。
心の準備ができていなくとも、エスカレーターに乗ったように自然と体が運ばれて部屋に着き、
口をついて出る近況説明には、話をしている私自身が驚いた。それほどの無意識。
今回は思いもかけずロルフィングではなく、CS60を使ったセッションになった。
骨のきわに 「生体に蓄積している有害な迷走電流を排出する 」器具が当たると、鈍い錆がこすられるような感覚だったり、まったく違う部位が痺れたり、
全身がかっと熱くなって奥から汗が噴き出たり、細かい火花がちらつくようだったり、内臓がぎゅっと奥からねじれるようだったり…
痛みに強い自信があった私も悶絶するほどの痛みが走る。
けれど何かが響き、何かが放出されていくのは、まったく未知の感覚につま先を忍ばせて、わくわくとのぞき見するような楽しさがあった。
うつ伏せで仙腸関節に器具を当ててもらった時には、直後脚をまったく持ち上げることができなくなった。
けれど少し大腰筋を意識ようにすると、まるで歩いたことのない道をたどるようにして脚が持ち上がった。
今まで使う必要のなかった部分を酷使していたことが分かるとともに、こんな風にして動きを修正できるのかと、新しい光を見た気がした。
大腰筋の起始がアイデンティファイされたからなのか、最後に起き上がって歩き始めると、まるで新しい自転車に乗っているかのよう。
その身体には慣れないほどの脚のリーチの伸張があった。
どんなセッションであれ、そこには田畑さんとの信頼関係があるのは間違いないのだけれど、
今回一番大きかったのは、その関係性がまるで新たなものに感じたこと。
あんなに言葉数多く、笑ったり冗談を言ったりしながらセッションを受けたことはなくて、
その変化がおかしくてうれしくて仕方ない。
自分の体にものすごく集中して向き合っているのに、そこには軽やかさと無邪気さがあった。
数日経っても施術で痛みが噴出した部分には、変わらず筋肉痛や打撲のような痛みがある。
けれど少しずつ、骨を洗ったような心地よさとスペースが生まれつつある。
頭ではなく、体が了承している何事かの中に
堂々と立っていられる、そんなセッションが始まった。

セッション2/5

今回はうつ伏せで片脚ずつを90度に折り曲げ、CS60をほぼ当てるように使うセッションとなった。
前回からの間に衝撃的な出来事があったけれど、今までとは違ってそれを流せている感覚はある。
前回とても痛かった仙腸関節周辺はある場所にCS60を当てるだけで、足の先や腕まで痺れてくる。
坐骨周辺に関しては全く何も感じないけれど「出てますね」という。
私の感覚がすべてではないので、そこはお互いが呼応して出てくるものに委ねていた。
頭部に丁寧に当ててもらっているとき、あまり劇的な感覚はなかったのだが、耳の穴に当ててもらっていると蝶形骨の前辺りの広い空間を感じ、鼻がすーっと通ったことに驚いた。
統合はなかなか難しく、立ち上がったときには体全体がカチッとした箱のような感覚だったのが、歩きながらゆっくり馴染んでいった。
腕とのつながりを引き出すだめに少し胸骨の回旋を促すようなムーヴメントもした。
セッション後の写真は左右ふたつのシリンダーがかなりはっきりしていて、いままでずっと気になっていた右半身への傾きが解消され、脊柱のカーブが出ていたことが意外でうれしかった。

セッション3/5

この1週間はとても心が揺さぶられ、それに耐えることで必死だったためよく横になっていた。そのせいか体が起き上がることを拒否するように、ずっと脊柱起立筋群にだるい痛みがあった。
脊柱が動きと新しいつながりを欲しているようだった。
そのためか、今回は横向きで、CS60は使わないことになった。
珍しく体の感覚にフォーカスしにくく、思考が巡ってしまうことを伝えると、少し頭蓋へのアプローチが始まった。
そこではクレニオのようなタッチと、イールドが何とも言えない場を作り、頭を支えてもらっている安心感から、見事に脊柱がうねうねと動き始めた。
急激な変化というよりは、ゆっくりゆっくり。そして頭頂から、新しい頭がずいっと現われていくようだった。
 
一番不思議だったのは、セッション中ずっとシンギングボールのような金属の響く音が聞こえていたこと。
どこかで工事をしているのかと思うくらい遠くの音で、あまり幻聴の経験はないのでとても変な気分だったけれど、嫌な感覚はなかった。
けれど、今回頭蓋に働きかけてもらっていることと無関係ではない気もして、かといって因果関係もないような感じ。
実際立ってから、その音は聞こえなくなっていたけれど、あの音のおかげで聴覚器の周囲は意図しない空間を得たような気がする。
 
今回のハイライトは喉元の空間に初めて光が当たったこと。
そこでの支え方が変わると、今まで20年間くらいは課題だった胸椎の3,4番目が動きやすくなった。
起き上がってからベッドに座り、脊柱をひとつずつ動かす動きをやってみると、日々やっているはずだったそのクオリティがまったく変わっていた。
そして脊柱の動きに両掌を連動させていくことで、さらに上肢のつながりが引き出され、歩いた時にはもう元からその体で生きてきたかのようにとても自然で楽にいられた。

セッション4/5

これまでの3回で、骨盤内の空間が生まれて胴体と下肢のつながりが変わったり、左右のシリンダーがしっかりしたり、2次カーブがはっきりしてきて、それぞれ気がついてみれば長い間じんわりと気にしてきたことがひとつひとつ解消されてきた。
ここまでの変化を受け取るように、今回は頭蓋骨がうまく脊柱の上に乗っていない感覚があり、何かあるたびに感じてきた頚椎2-3番周辺の辛さを伝えた。
しかし最初に触れてもらったのは指の関節。
そこを支えてもらいながら抜けるところを探っていくと、ぶわぁっと手の記憶が蘇ってきた。
手で触れたもの、握ったもの、あらゆることを手で行ってきた。その強い余韻が広がってただ涙が流れるままに、その波が引くのを待った。
口の中に指を入れるマウスワーク。
前回頬骨を休めたときに前頭葉が広がってきたのと似て、奥歯に触れた指を軽く噛みながら上顎と下顎を緩めていくと、頚椎と頭蓋骨がじりじりと新しいつながりを探していった。
起き上がり、立ち上がるのはとてもスムーズ。
新しい体のバランスだけれど、それが元々そうであったように、今回は自然に歩き始めた。

セッション5/5

2年前に10シリーズを終え、まさかアドバンスまで受けることになるとは思わず、大きなものにぽいっと放り込まれるように始めたけれど、気がつけばそれは迷走神経の存在をはっきりと感じ、仙骨前面から腹腔、胸腔、頭蓋腔…と体の空間への響きを味わいながら、四肢と脊柱の自由さを取り戻す旅だった。
最終日。
不思議なことにこれと言って大きな主張は体から聞こえてこない。頭部の乗り方にも違和感はないし、歩いてみても、田畑さんも「四肢もよく動いているし、うーん…どうしましょう?笑」と言われてふと気がついたのは、最近こうなりたいというビジョンがまったくないということ。そして現状の把握も非常に境界が曖昧だということ。それが悪い心地はしないのだけれど。
「ノープランなんですけど」と言われて始まったけれど、もちろんそこに不安はない。
仰向けで腹に触れられそこと仙骨の間の空間に意識を向けると、そこには感じたくないものがたくさんあることに気がついた。
涙が流れるけれどその記憶にはフォーカスしないよう努める。体を他人のために使ってきたこと、それくらいしかできないと投げやりに自分を卑下していたこと、そしてもうそんな必要はないのだと体がささやいた。
その空間のエネルギーがなかなか行き場を見つけないので膝を立てた。足場をもらい、少しずつ骨盤内の空間は気にならなくなっていく。左肩に触れていてもらうと、左側の空間のエッジがはっきりしてきた。
首周りの静脈を休めながら胸腔の入り口に触れてもらうと横隔膜が大きく動き始めた。心臓の輪郭がはっきりする。
劇的な時間の波ではなく、濃い時間が筒状に流れていく。部分ではなく、構造が静かに変わっていく。
起き上がってからの体もとても安定していたけれど、腰を掛けて首の両脇、後頭骨と環椎の間に触れられると、一気に横隔神経が感じられて胸郭の内側の壁がはっきりとし、頭蓋骨と椎骨の間にも今まで気づかなかったスペースが開いたために、眼球がどこにどんな大きさでどんな風に乗っているのかがはっきりわかった。
立ち上がった両脚は二軸がしっかりとし、その支えを受けて骨盤の内側の空間が広く、しかし充実したまま動きのある腹部を支えている。
意図はしていなかったのにずっと気になっていた肩甲骨は羽のように広がって胸椎にも優しいカーブ、そして開いた鎖骨が喉元をしっかりと支えて話す、息をする、ものを食べるその通り道に安心感。コンテンツの多い頭部も広がりとまとまりを備えていた。
ああこうなりたかったんだ、そんな体だった。
親和で繊細、わずかなわずかなtouch.そうでなければ扉を開いてくれないほど深層にある感覚。
「よくなる」ということさえ望まないくらい、現状をすべて受け容れる訓練をしてきたけれど、それでは停滞してしまう何かがあった。自由になればなるほど、手放せば手放すほど、どこかに沈めた感覚の残骸があった。
奥深いそれに気づきながら、掬いながら、撫でては流していく。留めなくていい。融解しなくていい。
少なくとも私は今生きていて、この血は流れ続け、細胞のひとつひとつは生死を繰り返している。
私はいきいきと動いていたい。
交わり流れる、躍動するそのすべてを包み込む体でいたい。
セッションが終わってエレベーターホールに出ると、嵐が過ぎたあとの眩しい夕焼け。その光に呆然としていると、それを見に来た田畑さんと鉢合わせした。
二人で静かに屋上に上がった。
空と地面の間に自分という存在があった。
今度は溶けながらも、しっかりと。

 

ボディワーカー(SI)へのAdvanced5シリーズ

四谷でロルフィングを受けられた後に、Structural Integrationに興味を持たれて、SIのプラクティショナーになられた方です。

セッション1回目

施術前(カウンセリング)

身体の症状の中で、胸のつまりや、左膝に違和感があったので、その旨をお伝えさせて頂きました。
でも、本当の理由は20年ロルフィングをしている人への好奇心がほとんど。
あとは、身体がバージョンアップすればいいかな?という、あいまいな目的でのセッション希望でした。

セッション開始

まず、ベッドから離れた場所に、田畑さんが立ち、その位置によって何を感じるのかを味わう時間でした。

感覚に注意が向くことで、感じるということや、その場所にいるということを確認している時間だった気がします。

この過程で、施術者の立ち位置で、居心地は良くもなるし、悪くなることも実感出来ました。

田畑さんのタッチは、身体の緊張しているところに手を置く。
触れる程度の圧で、身体の緊張に気づける様、促してくれているような感じです。

手を置くといった感じの表現が一番合うような気がします。

置かれた手から、緊張が取れていき、足の位置や、手の位置を微調整されていく。
そして、身体が伸びやかでいれる場所を見つけていく。

そんな感じで、セッションが進んでいきます。

その過程で、身体の内側から伸びていくこと(緩んでいくこと)に気づけました。

居心地良く伸びていく感じです。

緩むことにより、身体に空間を作る。

その後は、身体に任せると言った印象です。

(後から教えてもらったのですが、イールドワークと言うそうです。)

セッションを終えて。

問題だった左ひざの感覚が変わりました。

帰り道に、足の裏に注目しながら帰ったということもありますが、足裏のつく位置が変わったことで、膝の感覚が良い方向に進んでいることに気づけました。
例えるならば、緩やかな矯正を受けた後で、そこにあれば心配ないという感じです。

次は、胸のつまり。
セッション後、みぞうちがリラックスし、伸びがでて、胸が楽にリフトアップしている様に感じます。
(最後、写真で見比べて頂きましたが、かなりリフトアップしていました・・・)
自分自身、胸にばかり注目していたが、実は溝うちの緊張に注目すれば、この問題は解決するかも?なんてことも気づかせてもらえたのは、とてもうれしい気づきです。

この変化を楽しめた帰り道、とても楽しい時間でした。

セッションで得る感覚を大切に、注意深くこの5シリーズを受けたいと改めて感じました。

セッション2回目

前回からの経緯

身体が変容している過程を感じる一週間。

今までとは違う足のつき方だと感じました。
上に伸びるような感覚があり、それが薄れない様、歩行していました。
左膝に良い違和感を感じ、その後、左母指球にその違和感が移行しました。

2回目セッション後

外側のサポートがテーマ。

骨盤底筋や、内側にアプローチがあり、足の運びがスムーズなりました。
踵の内側を感じ、骨盤がサポートされているのを感じます。
骨盤の位置が定まることにより、上半身が詰まっていたことにも、気付かされました。

最後、左右の顔面(眼球周り)に、優しいタッチでワークを受け、全体が休まっていくことができました。

心理的な作用としては、セッションルームからの帰り道、なんだか「安心感、落ち着き」のよの様な感覚を得ました。
その言葉が適切な表現かはわかりませんが、今はそう表現したいと思います。

田畑さんのワークは、休んでいないことに、気づかせて貰えます。
身体という物質に対してアプローチしているが、奥底の何かに気づき、休息を促す。

休息があるからこそ、身体の変容があるという、今までの自分には無い何かを得た様な気がします。

セッション3回目

テーマが背面のサポート。

前面、側面、背面の三回で足のつき方と骨盤のあり方に対して、アプローチでした。

正しい足のつき方(感覚的に不都合を感じていた、上手く自分では探せなかった足のつき方)を提示してもらえた気がします。

セッションの最後は、座りながら身体の感覚を確かめるのですが、いつも何かが違います。
今回は特に、不思議な感じがしました。

自分の足を見下ろすと、「これっ!、この足のつき方が欲しかった。」というのが正直な感想です。
なかなか解決しなかった場所…
これから、膝への違和感が解消していく感じがしています。

腰椎と骨盤の滑らかさも格段にアップしています。
地面からの力をスムーズに上げてくれるこの骨盤と腰椎…ものすごく滑らかな動きをしてくれています。

セッションルーム内の立位、歩行で、感じたこと。

安定感を感じたが、下半身を重たく感じました。
その旨を伝えると、田畑さんが股下の空間に手を置き、それを感じることと、頭の上に手をかざし、同じく感じる事を促しました。
すると、身体に軸を感じることが出来、一気に身体が楽になり、居心地か良くなりました。
手をかざして、感じるということをするだけ。
あまりに感覚が変わったので、思わず質問をすると・・・
答えは、「上と下に二方向性ができた」との事。

二方向性を感覚から引き出すって事に、また新しい体験です。
知らないことばかりで楽しいです。

最後に、左背面に何か昔の古傷があり、そこにアプローチしたということを教えてもらいました。
そういえば、セッション中、左の腰から下に、ずっと不快感のようなものがありました。
何かズーンと重たい何か・・・
そんなことを見つけられる人から、ワークを受けれるのは、改めて貴重な体験だと感じます。

セッション4回目

3回目セッションを終えてから。

仙骨に動きを感じる一週間でした。

下半身の滑らかさと、強さを感じることができ、歩く事をサポートされていました。

また、自身のクセが、仙骨周りに力を入れること、それに伴い尾骨周りにも力が。。。
大きな気づきです。

心境の変化。

古傷?下腿のセッション?からなのか、とにかく気分が上がりませんでした。
20代に感じた意味もない焦燥感…そんな不思議な感じです。

4回目セッション。

骨盤底、尾骨周り、再度アプローチがあり、その後、内臓のアプローチ。
首から下を再度、整える様なセッション。

首から下に強さと、軸の様なものを感じました。

セッションルームにて歩行した際は、首から下がひもになった感覚で、胸部の下から二手に分かれるようにぶらぶらしながら歩いてる事に気付きました。
「しっかりとつながっている。」
そんな感覚です。

今回は、cs60を使用した施術。
田畑さんが扱うcs60は、当ててて、優しく促すような使い方でした。
(以前、cs60を受けた事があるのですが、悶絶するほど痛かった…)
組織が緩んでいくことを感じながら、身を任せている時間。
特に、尾骨を中心とした骨盤を感じることが出来たのは、新鮮でした。

内面で感じたこと。

内臓アプローチの際、何かいやなものを感じ、自分のダークな部分、自分があまり会いたくない人に会っている様な、なんとも言えない不思議な感覚になりました。

尾骨をアプローチされている際は、幼少期滑り台から落ちた記憶が、ぽっと出てきました。
そんなことと向き合いながら、受けるセッション、とても面白かったです。

帰り道

前回は仙骨周りの動きを感じたが、今回は尾骨周りが自由になり、内臓?腹部の支えを感じます。
その支えがある、妙な安心感。
首から下の繋がりを感じながら歩き、紐が垂れているような感覚に。

自分にスペースが出来、他者との距離が取りやすくなった様に感じます。

田畑さんからセッションを受けたことが、今後に大きな影響を与える様な気がしています。
次回、最後のセッション、宜しくお願い致します。

セッション5回目

2,3日前に風邪が悪化し、峠は過ぎたものの・・・という状況で、当日の体調はあまり良いとは言えない状態でした。

今回のセッションは、上半身のセッション。
手の甲から肘、指まで十分なスペースがなかったとのことです。

最近の指の感覚が身体全体に影響するのでは?
なんてことを思っていたので、「指の感覚はどうですか?」と聞かれた時に、ドキッとしてしまいました。
たまたまかもしれませんが、見透かされているような感覚でした・・・

そして、自身が抱える指の問題、その影響があるのかなどの質問をし、そのままセッション開始。

今回のセッションについては、最初指と手にアプローチされていたことは覚えているのですが、後はあまり覚えていません。
体調が良くなかったということを加味しても、なんかもったいないことをした様な気がしています。
ただ、身体が緩んでいく過程で、海でただ浮かんでいるようになっていたことが、とても印象的でした。
どこにも力を入れずにゆったり寝ているそんな感じです。

帰り道

歩行していると、肘が楽になっていることに気づき、その肘が楽になっていると、上半身にゆとりを感じました。
そして、肩肘に力が入っていることに初めて気づかされました。
また、肘の力が抜けると背中の自由さを感じます。
肘の重要性に納得するような帰り道でした。

田畑さんは、何かを直接的に指摘するようなワークではなく、そっと気づきを与えてくれるそんなロルファーさんだと思います。
長年ワークに携わっていくと、このような感じになるのかな?なんて垣間見れた様な気がします。

今回の5シリーズ、多くの学びと、良い経験をさせて頂き、ありがとうございました。

 

パニック発作がある方への遠隔セッション

2018年6月4日に遠隔セッションをお受け頂いた方からの感想を紹介します。
セッションの感想をお送りしたく、メールをさせて頂きました。
以下、感想です。
自室のベッドに腰かけた状態でセッションがはじまりました。
初めに両腕、それから胴回りのあたりに遠赤外線みたいなホカホカしたものを感じました。
それがだんだん上半身のほうに上っていき、頭のほうまで達しました。
その後頭の左側から左半身を中心に温かいものが広がっていき(私は、左目に眼瞼下垂があり、頭の左側や、左半身に、色々な症状や、違和感があるのです)
今度は、足先のほうが温かくなりました。
足先が温かくなると同時に眉間のあたりが、つまりがとれるというか「通った」感覚があり足先と、眉間の感覚は、セッションが終わったとのメールを頂いた後も続きました。
セッションの後、1週間ほどは特に変わったことは感じなかったのですが
1週間後くらいから、パニック発作で大変だった外出が少しずつ楽になってきたのです。
薬をいつもより余分に飲み、パニック発作が出たら車を止めて家族に電話し休まないと仕事にも通えませんでしたが、パニック発作自体がだんだん出なくなってきたのです。
家族に電話で助けを求めずとも今は仕事に行けます。
大阪の 浜野さおり先生の量子波セッションが、週1ずつ3回受けてから,間隔を開けていくというお話を聞いていたので
正直に言うと、田畑さんにお願いしながらも、きっと1回受けたくらいではだめだろうと思っていたのです。
でも、そういう期待が無かったのがかえって良かったかもしれないとも思います。
私は、ここのところ3年に1度くらいの間隔で夏にひどいパニックを起こしそうすると夏中、一人で外出できなかったり、薬を多く飲まなければならなかったりしていたのですが、今回は、量子波セッションのおかげで短い期間で、パニックを乗り越えることが出来そうです。
セッションをして頂き、本当にありがとうございました。

間合いのワークの感想

私のセッションを世界で一番受けているクライアント,Kさんから,触れずに間合いだけで受け手自身のプロセスに任せるという,”何もしないことを敢えてする”ワークの感想を頂きました。Kさんには,Rolfing,Somatic Experiencing, CranioBioなどなどすべて体験して頂いています。以下ご本人の許可を得て紹介します。

“立つ位置を決める段階で、すぐに身体の先生のいる側がじんじんと反応したり、頭、首、胸部が先生のいる頭頂方向に伸びていって首が楽になったりと、いつもより違いがハッキリとしかもすぐに出ました。首がセッション開始直後からこんなに楽になることはこれまでほぼ無かったと思います。立つ位置を決める際、身体がじんじんしたりすることも初めてでした。以前は変化のための準備として少しでもリラックスできる位置を感じて判断していましたが、今回は反応や変化が身体のどこに、どれだけ、どんなふうに起こるかの違いを判断している感じでした。それとうっすら残っていた喘息も5,6分で楽になっていました。

今回はいつもより反応がすぐに始まってするするとスムースに進んでいき、変化が途切れそうな感じや、見失いそうな感じが全くなかったので常にリラックスして身体の変化や反応を味わえたこともあり、すごく楽しかったです。

なにかのエネルギーが滞るというか行き先を探りながら同じところでぐるぐるとうねっていたりすることもなく、範囲の広がらない同じ部分での反応でも常にその反応、変化が進んでいる感覚がありました。変化しているところで感じるエネルギーもよりクリアで軽く、もたれない感じでした。

意味のある深い変化が軽く楽に起こり、スムースに進んでいくことはこれまでもありましたが、それのもっと良いものという感じがしました。しかも今回はそれがセッション冒頭から最後までずっと続いたので、変化を簡単に把握できることもあり、変化に夢中になっている内にあっという間に終わってしまい、先生が直接体に触れた時間が実は無かったことに言われるまで全く気づかなかったほど充実したセッションでした。量子波以外でこんなに身体の中に人を元気にするような陽性のエネルギーを感じる時間の多かったセッションも初めてでした。

終了直後も体が軽快で、頭の中も身体の感覚もクリアでした。(セッション自体も軽快さに溢れていたと思います。)考えがまとまりやすく読むスピードも理解力も良くなった、と自分では思います。”

長年不具合を感じていた方のその後

10シリーズごとの体験記は以下に載せています。

頸部・腰背部に痛みがある方 (月一ペースで)

原因不明の出血と腰に慢性的な痛みがある方

[10シリーズ終了一ヶ月後頂いた感想]
5月〜8月にベーシック10シリーズを受けました〇〇〇〇です。
ご無沙汰しております。お元気ですか?
その後、予感していた通り、左腰の痛みは徐々になくなり、
今は芯のようにわずかに残るのみとなっています。
不思議なことにリンゴを丸のまま食べるように周りから
時間をかけて少しづつ引いていきました。
お神輿を担いだのに、従来持っていた腰痛は出ていません。
左足の人差し、中、薬指から出ていた出血も、ロルフィングの終わりとともに終息しました。
体の不思議を感じます。
このことをお伝えしたいなと思っていたら、先月末、幡ヶ谷のショーゴズキッチンで奥様にお会いし、お話できました。
ロルフィングを受けていた期間は、通常より敏感に体の声を聞き、体ファーストに過ごした特別な時間でした。
[10シリーズ終了半年経過して]
その後の経過についてお知らせいたします。
まず、いつも疲れるとでていた左腰の痛みはあれ以来でていません。
昨年10月頃
*りんごの芯のように残っていた左腰の鈍い痛みがいつの間にか消えていました。
*証明写真を撮るとき、いつも顔の歪みを直されていたのですが「直す必要がありません。まっすぐです」と言われ、すぐにロルフィングだ!と思いました。
昨年11月頃
*身体検査で背が伸びていました。1㎝。2回別のところで測ったので間違いありません。
今年1月
*気がついたら、長い間できていなかった階段をたたっっと降りることができていました。(あまりよくはないですが)
以上、簡単ですが、本当に施術が終わってから後々も
影響するんだなと感慨深いです。(とくに階段たたた)

チネイザン施術者の体験

10回終了後,10ヶ月後に最後のレポートです。

田畑さんのロルフィングを受けてから
身体に対する、自分に対する変化として一番おおきなことは、信頼するのだと腹の底で思えるようになったことです。
何かが良くなったから信頼してよいと安心できるようになったのではなく、とにかく今のこの状態、今の私、今の世界を信頼できる私がいる、
ということがロルフィングを受ける前の自分を眺めて思うことです。

色んな変化はあったのだと思います。
選択の仕方も変わったし、考え方も少しは広がって楽になったと思うし、人生に対する力みが和らいだと思います。

なのですが、そのひとつひとつの変化を生んだのは、ちいさな根っこができたから、だと思っています。

私がロルフィングでもらったものです。

私には私にしかないものがあって、
まわりの皆にもそれがあって、ただそれだけのことなのに、
何であんなに比べたり競ったり喜んだり悲しんだりしていたのだろうと思います。

私の身体が昨日より心地よくなることより、
人より機能や見た目に優れていることに価値があると思っていたことに気付きました。

これからやっと自分をただ生きるのだと思います。

9月に、産後初めて生理が戻りました。
それは身体のひとつの大きな変化だったと思います。
ロルフィングを受けなくても生理は戻ったかもしれませんが、
それに対する感じ方は全然違ったろうと思っています。

もらったものがじわじわと私をあたためるのですが、
治してもらったり、良くしてもらった、というよりは、そもそもあるものをあるよと言ってもらったように感じています。
それは、ここにあるじゃない!と指差して大きな声で指摘されるようなことではなくて、
そっと触れてもらったような感覚です。

もっと先になって気づくこともあると思います。
きっといつになっても大切な、受けとることの尽きない体験をしたのだと思います。
不思議なワークだなぁと思います。
田畑さんのロルフィングを受けられて幸運でした。
ありがとうございます。

ロルフィング講師の感想 その2

the Photo before and after the session with Ma

The second time I remember you physically touching me during the session was, near the end of the session, when you asked me to bend my knees so my feet were on the table. You adjusted the placement of my feet and then touched the bottoms of my feet.   What happened then, was an amazing feeling of a flow from my left visceral side, diagonally across connecting with a flow around L3 down the spine and through my pelvis and into my right leg, flowing down and through the entire leg.  My lumbar curve shifted, increasing – returning to it’s more natural way, and with it a beautiful sense of relief, welcoming and ease. I felt more sinuous like a stream in its natural course.  I felt very whole and integrated.

私がセッション中に私に物理的に触れたことを覚えている2回目は、セッションの終わり近くに、私の足がテーブル上に来るように私の膝を曲げるように頼んだときでした。あなたは私の足の配置を調整し、その後私の足の底に触れました。その後、左内臓側から、L3の周りの流れと脊椎を通って、そして骨盤を通って、そして右脚に流れ込むように、対角線上を流れる驚くべき感触が、脚全体に流れ落ちました。私の腰部のカーブは、それがより自然なやり方に戻り、癒され、歓迎され、楽になります。私は自然の流れの中で川のようにより滑らかに感じました。私は非常に全体的で統合されていました。

Standing, you asked me what I was noticing…. I don’t completely remember what I said… I think I mentioned feeling more ease, more anterior-posterior movement of my right illia, more of a lumbar curve, clearer connection to earth, and more open…. and what was most significant for me was the prominent sense of joy.  I clearly remembering sharing that I wanted to dance. – an expression of my joy. Right then!  Dance! The sense of joy was deep, profound, and gentle.  It was a sense of joy within me and around me.  A feeling of connection and belonging – physically, spiritually, and emotionally.  This was a very profound session, Hiro.  Thank you ever so much.

立ってみて、あなたは私が気づいていたことを私に尋ねました…。私は私が言ったことを完全に覚えていない…私は、私の右の腸骨、腰椎のカーブが増えて、地球へのより明確なつながり、よりオープンな、より多くの前脚の動きを感じると述べたと思います。私にとって最も重要なことは、”Joy – 喜び”の顕著な感覚でした。私は踊りたいと思っていたことを覚えています。 – 私の喜びの表情。そう!ダンス!喜びの感覚は、深く、深く、優しいものでした。私の中や私の周りの喜びの感覚でした。身体的、霊的、感情的なつながりとそれを自分にあるという感覚。これは非常に深遠なセッションでした。本当にありがとうございます。

Months after the session, I continue to play with, embody, and evolve the work.  I re-visit “that lying supine with knees bent, Hiro touching my feet…flow of connection and shift of lumbar curve”. I feel even more the vitality it brought and still brings.  I continue to welcome back my lumbar curve.  I remind myself of the joy, the letting go, the allowing. Over these months, I notice that a constant systemic static is diminishing.  I feel more peaceful.  I feel more at ease being seen, being in front of people.  I bring into my practice, and into my life in general, the concept of MA.  And I curiously ask myself,  “What is this work that we call Rolfing Structural Integration?”

Again, I thank you, Hiro.  I hold you and this experience in my heart.

セッションの数ヶ月後、私は仕事を続け、体現し、進化させていきます。私は “膝が曲がって仰向けに横たわっている、ヒロは私の足に触れている…つながりと腰のカーブの移動の流れ”をもう一度感じてみる。私はさらにそれによってもたらされた活力を感じています。私は腰椎のカーブをよろこんで受け容れ続けています。私は喜び、諦め、許すことを思い出します。この数ヶ月にわたって、私は、ある一定したシステムのやる気のなさ(constant systemic static)が減少していることに気付きました。私はより平和を感じます。人々の目の前にいて、もっと見やすく感じます。私は私のプラクティス、そして一般的に私の人生にMA(間)の概念を持ち込んでいます。そして私は不思議なことに、「私たちがRolfing Structural Integrationと呼んでいる仕事は何なのか?と自分に興味深く問いかけています。

再び、私はあなたに感謝、ヒロ。私はあなたと私の心の中でこの経験を持ち続けます。

Note by Lisa : I’d like to provide you with a little more background information, if it is helpful.  About eleven years ago, I had a spinal cord injury.  All my lumbar discs herniated and my L5-S1 disc shattered and migrated up my spinal cord.  I was not able to walk, sit or stand for more than 5 minutes.  I lost the use of my right leg for 1 month until I received surgery to remove the shattered disc from my spinal cord.  In order to remove the disc pieces which were applying pressure and blocking my spinal cord, the surgeon had to remove approximately 3/4 of an inch of bone in the right sides of vertebral  bodies L3 and L4, removed the associated facets on the right side, and parts of the discs.  This intervention returned neurological flow along the spinal cord and I then was able to partially use my leg and begin to learn to walk again.  I am very thankful for the surgery.  The surgery also introduced much instability and new, different, flatter spinal curves.   During the three years that followed surgery, as I gained feeling and strength, I broke my right leg three different times in three different places.  Again, I am thankful for so much.  I have much support and skills, from within myself and with my family, friends and community, that overtime I heal. As you notice, I walk quite well now. I continue to find ways to awaken my body and connections, to find easier movement, to remember joy.  I feel our session together help me find connections and ways of being in my body and spirit that were previously dampened or obscured, perhaps from my injuries.

ノート:もし私が助けになればと思い、もう少しのバックグラントとなる情報をお伝えしたいと思います。約11年前、私は脊髄損傷を起こしました。すべての腰椎椎間板がヘルニアになり、私のL5-S1椎間板が壊れて脊髄に移行しました。歩いたり、座ったり、5分以上立つことができませんでした。私は、脊髄から粉々になった椎間板を取り除く手術を受けるまで、右足を1ヶ月間使い果たしました。外科医は、圧力をかけて脊髄を閉塞するディスク片を取り除くために、椎体L3およびL4の右側の約3/4インチの骨を除去し、右側の関連する側面を除去しなければならなかった、およびディスクの一部。この医療的介入は、脊髄に沿った神経学的な流れを戻し、私はその後、部分的に私の脚を使用して、再び歩くことを学び始めました。私は手術にとても感謝しています。手術はまた、多くの不安定性と、新しい、異なる、よりフラットな脊柱のカーブをもたらしました。手術後の3年間で、私は感情と強さを得て、3つの異なる場所で3回、右足を骨折をしました。再び、私はそのことに感謝しています。私は自分自身の中から、そして家族、友人、そして地域社会から多くのサポートとスキルを持っています。あなたが観ると、私は今かなりよく歩いていることが分かるでしょう。私は身体とのつながりを目覚めさせる方法を見つけ出し、動きを容易にし、喜びを覚えていきます。私達のセッションが、私の身体や精神に繋がりを感じさせてくれるようになりました。

I’d also like to share of how the feelings I experienced during and after our session (those of connection and belonging – physically, spiritually, and emotionally; and the deep, profound sense of joy and peacefulness) were very similar to the feelings I experienced in a near death or “death and back again”  drowning episode years ago.  During that episode, when I realized that, no matter how much I struggled, I could not free myself of the ropes that held me under water, I became very clear.  I let go. I felt free and fluid.  I felt a sense of connectiveness within and around me.  A profound sense of joy enveloped me.  It was lovely.  I do not know how my drowning experience that included near death or death relates to our MA Rolfing session.  I image it may be in the commonality of fundamentally experiencing profound joy and ease, albeit in different manners.  Or perhaps, as I am just beginning to understand, it is MA – the pause, the space, the relationship – that is the commonality.

私はセッション中やセッション後に経験した感情(身体的、霊的、感情的なつながりと帰属感、そして深く深い喜びと平和感)が私が数年前に水難事故で経験した,臨死体験或いは蘇生体験とどんなに似ているかをシェアしたいと思います。そのとき私がもがいても、水の中に閉じ込めたロープから自分を解放することはできませんでした。その時私は,自由で流動的であると感じました。私は、私と周りとのつながりの感覚を感じました。私たちのMA(間)の Rolfingセッションには、異なるやり方ではありますが、(臨死体験と) 基本的に深い喜びと容易さを経験するという共通性があるかもしれません。おそらく私は,MA (間) – 休止、空間、関係 -について,理解し始めたばかりです。

ロルフィング講師の感想 その1

ロルフィング教員会議でデモンストレーション


2017年にRolf Instituteのボールダー本部で開催された教員会議で,間を用いたデモンストレーションを行いました。その際にデモクライアントとなってくれた,ロルフィング講師のリサ(写真上)がその時の体験を送ってくれましたので,ご本人の了解を得て掲載します。

 I am grateful that I stepped forward for the opportunity to be your, Hiro’s, demonstration client for 2017 faculty meeting.  This was a courageous act for me – sharing myself in this way in front of a group – as I am a rather private individual.  My curiosity to understand and experience the work that Hiro brings forward was compelling.  I wanted a felt-sense exploration.  The session proved to be one of my more profound Rolfing® Structural Integration experiences.

私は、2017年のRolf Instituteの教員会議でヒロのデモクライアントになる機会を得たことに感謝します。これは私にとっては勇敢な行為でした – グループの前でこのように自分自身をシェアする- 私はむしろ私的な存在です。ヒロがもたらす仕事を理解し経験する私の好奇心は魅力的でした。私はフェルトセンスを探求したいと思っていました。セッションは私にとって,より深いRolfing®Structural Integrationの経験の1つであることが証明されました。

In response to your question, Hiro, of what I was noticing as I stood in front of the group at the beginning of the session, I verbally shared that I felt a notable and long-lived discomfort deep in my right hip and that I felt more weight in my left side and through my left leg.  When walking, I felt more ease, fluidity, and more anterior:posterior motion of my left ilia relative to my right.  There was a “hitch in my giddy-up” on my right side and my low back ached.

あなたの質問に応えて、セッションの始めに私がグループの前に立っていたときに私が気づいていたことについてコメントしましたが、私の右の股関節の深いところで顕著で長い期間そこにある不快感を感じ、私の左側と私の左の脚を介してより重さを感じました。歩いているとき、私はより快適、流動性、およびより多く前側を感じた:私の左の腸骨の後ろの動きは、私の右と相対的です。私の右側には “ぎこちなく痛い”があり、腰に痛みがありました。

While lying supine on the table, eyes softly closed, I gradual became more peaceful and much more aware.  The growing rich awareness included the physicality of my body, the spaciousness of my being, and a novel type of dialog . I remember a gentle curiosity as I felt into and within my cells. I noticed the space and texture between cells.  There was time of discomfort around the left side of my peritoneal bag – internally with organs and also with visceral connections inside and outside of peritoneal bag.  Some time passed and what I remember next were very intense connections and attentions at my right side in and around L3 to L5 and the associated areas of my spinal cord and dural tube.  It felt like very specific and refined palpations that keenly invited my attention.  The refined “palpations”, connections and attention had a quality of accuracy, clarity and refinement that I do not remember ever experiencing before when touched.   I recall a feeling of building focus and sense of sorting that brought ease and relief.  During this entire time lying supine I believe you physically, hands on, lightly and briefly touched me once on my leg.

マッサージテーブルに仰向けに横たわっている間、目はやわらかく閉じ、徐々に穏やかになって、はるかに認識しました。意識が豊かに広がり、私の体の肉体、私の存在感は広がり、そして新しいタイプのやり取りが含まれていました。私は自分の細胞の中と内部で感じるような穏やかな好奇心を覚えています。私は細胞間の空間と質感に気づいたのです。私の腹膜の左側には不快感がありました。臓器が内部にあり、腹腔内および腹腔内に内臓のつながりが感じられました。いくらか時間が経過し、私が次に覚えていることは、腰椎3番から5番までの私の右側の脊髄と硬膜菅の関連領域に非常に強く結びついていました。私の注意を惹きつけたのは、非常に特異的で洗練された触診を受けている時のような感覚でした。洗練された「触診」、つながり、注意は、実際に触れときにこれまで経験したことのないような精度、明瞭さ、洗練されたクオリティを持っていました。私は、心地よさと安らぎをもたらしたフォーカスと感覚を築く感覚を思い出します。私が仰向けになっている間、物理的に短く一度だけ私の足に触れたと思います。

この後,テ−ブル上でのワ−ク後,深い気づきについての記述があります。

遠隔セッションの感想 – 2

ぼーっとしてしまうためレポートを書くのに時間がかかっていたKさんでしたが,十数行前に書いたことでもかなり思い出せるようになって、考えもまとまるようになったとのコメントと共に,先の体験のその後についてレポートしてくれました。

その後も変化が続いています。たぶん頭の血流量が増えました。セッションの翌日の夜には銭湯から濡れた髪のまま自転車に乗っていて、その次の夜には部屋より寒い台所に出ただけで、頭の筋肉がギューッと縮んで、こめかみの血管が波打つようにドクンと血が流れました。初めてのことでした。いつもそうなるので怖くなり帽子を被るようにしたらほぼ大丈夫になりました。そのときの縮んだ状態が遠隔の前とほぼ同じでした。手で触れるとかではなく普段の生活のなかで常に頭の筋肉が柔らかくなったのを実感しています。そして力んでいても意図的に力みを減らせます。それから徐々に記憶力がよくなった気がします。ありがとうございました。

 

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