足首までをベッドから出した仰向けの姿勢でセッションが始まりました。左膝を立てた姿勢で、丹田周りに触れていただきました。その後両足を調整しながら、膝を立てた方の足の角度を変えていきました。右膝を立て、逆の姿勢でも施術していただきました。最後に両膝を立てて、胸部を外側へ開くように押していただきました。
施術後ベッドに座った姿勢で「どんな感じがしますか?」と聞かれましたが、その時はあまりよく分かりませんでした。息を吸うと、両肩がスムーズに開くのに気づいたくらいです。
立って歩いているとだんだん変化が感じられてきました。最初に膝から下が気持ちよく前に出るのを感じました。次に骨盤がしっかりと立っているのを感じました。普段より骨盤が前傾しているようで、身体が立体的になっているように感じ、歩く際のストレスがかなり減っています。
施術を受けている時は、それ程特別なことをされている感じはしないのですが、施術を終えるとはっきりと変化を感じます。好奇心が抑えきれず、田畑さんに「不思議なのですが、どのようなメカニズムなのですか?」と思わず不躾な質問をしてしまいました(失礼しました、、)。「不思議は不思議のまま味わっていただいて」というお返事でした。残り2回のセッションも身体の不思議をしっかり味わって、少しずつ勉強していこうと思います。
投稿者: rolfinger Page 24 of 34
ずっと続いている膝の痛みが結果的に施術の後になくなるのですが、
施術ルームに到着するまでの間に、足が重くてしょうがなくなり、NIKEのランニング用のスニーカーを購入してしまった。
それ程足が重かった。
NIKEにはきかえると足は軽くなった。
施術ルームに入ると、左膝は存在感を増して膝のまわりだけが大きく腫れたように感じたが、痛みは薄らいだ。
仰向けにベッドに横たわり、今日のメインは顔というか口腔内と鼻の穴。
口の中に指が入り、頬骨の下あたりに指が置かれ、その指に頬骨を預けるようにして頬全体の重さを載せた。頬の所へ顔面の重さをかけようとすると身体全体の重みもそこに横たえるような感覚だった。
眉間に皺が寄る。これは癖なのだが、顔面を土俵にしてシコを踏むような感じで難しい。しかし、意識的に、頬に重さをかけることで、いらない緊張や重圧を、要らない部分にかけていたことに気付くのであった。
頬骨から喉、気管、食道から腸までが弛緩していく。
顔面の肉と骨の間の空間が開いて、そこに風船がひろがっていくようだ。
身体の外が身体の中にある。口から肛門まで、が、ゆるゆる広がって涼しい風が吹き抜けるようだ。この感覚を知ることで、そして意識的に緊張を緩めることでたくさんのストレスから救われるであろう。
そして鼻の穴。指が入るという事実に緊張する。
緊張していたはずなのに、鼻の穴から肺、そして全体へと酸素がジュワ~と広がって、お腹を通って太ももから足の先までがあたたかい。鼻の穴は開放感と栄養を身体へ送り込む働きがあったのだ。いつも軽い鼻炎で鼻水が予測不能なタイミングで垂れてくる鼻の穴を、恐怖の出口として捉えていたのは間違いだった。鼻は幸せ、多幸感の入り口だ。
膝や首、肩の痛みを感じている時は狭い部屋に閉じ込められているようだが、セッションの最中には身体の外と内に広がる空間に風船が浮いているようでちょっとした無重力状態だった。痛みや疲れが溶けてなくなり身体が浮いている。
施術が終わり、ベッドに座った時に、自分の今の年齢の身体をしっくり纏っている感覚になった。大人っぽくなった気がした。
歩行してみると上から吊されているように身体が軽く、同時に、床がいちいち身体の重さを受け止めてくれている感覚もあって、安心して歩けた。
12月15日から痛み出した左脚、膝は、セッションの後に良くなってはまた痛み出すの繰り返しで、
今日も午前中に正座をしないといけない打ち合わせがあり、セッションの前に、腿と脹脛が膝の所で分断されているような感覚になっていた。
施術ルームに入ってから歩くと、毎度のことだが
ギクシャクしていた左脚に一体感が生まれる。
場の力だろうか?
歩く床を信頼しているからなのか?
素足で歩くと床に足の裏が着地することも意識しているのに気づく。
今まで、靴を履いて地面を歩く時は、足が接地する面を意識していなかったのかもしれない。
セッションはうつ伏せから始まって、左のお尻を
さすられていると、右脚の足首と足先に刺激を感じた。
不思議だが、うつ伏せになって左のお尻をさすられて、その対角線上にある右の足首、足先、ふくらはぎに電気が走る感覚があったのに、なぜか、このところ痛みを感じ続けている左脚に刺激をうけている気になっていた。
とはいえ、身体の中のどんなネットワークで、左のお尻とその反対の脚が繋がっているのだろうか? という思いと、このビリビリする感じはただの思い違いというか、偶然感じていることなのだろうか? とわけがわからないなあと思っていたら、左のお尻から、次の施術はビリビリと刺激を感じていた、お尻と反対の脚へと移動となった。
田畑先生の施術が、、お尻への施術で刺激を感じていた場所へピンポイントで移動したことで、ビリビリという感覚は身体のネットワークで起きていたのだという確信とともに、田畑先生は、どういう考えで施術をすすめているのだろうとそれがとても知りたくなった。
身体のネットワークという考え方をとってみても、自分は今まで、身体をぶつ切りに考えていて、お尻や太ももはないも等しいくらいその存在を無視していた、と気付いた。改めて、身体は全部繋がっているんだなと感じた。
脚への施術で、首の方まで刺激を感じたりもして。
この感想文を書きながら、床を素足で歩いている時だけでなく、靴を履いて外を歩いている時にも、足が踏みしめている場所を感じて歩いてみようという気になった。
歩く地面、脚の下に広がる空間を感じながら、歩いてみると膝の痛みもあまり感じない。地面を感じて歩いてみると、一体今までどういうつもりで歩いていたのだろう? と不思議になった。
地面を感じながら歩くと、歩きやすかった。
今日も遅刻か? と思ったら、
渋谷駅に着いた時に約束の時間まで20分あった。
代官山駅から向かうより、渋谷から向かった方が早く着くと思って歩いてみたら、左脚が上手く前に出ず、階段を降りる時には、膝が痛んだ。脚の不調でたっぷり20分つかって、ドア前で予約時間ジャストのタイミングになっていた。
左足の膝の外がわに不具合を最初に感じたのは、12月15日、玉川大師訪問の際、正座を組む時だったが、放っておけば治ると思っていたが、一週間後、12月21日の玉川大師への二度目の訪問で、正座を組んだら、更に痛みは増していたことに改めて気付いた。
12月21日の玉川大師には、大晦日の儀式を生配信するため、真言密教の大僧正が洒水の儀をしている様子を見学にいったのだ。洒水の儀の最中だけは集中していたので、痛みが遠のき、御利益で痛みが消えた気になっていたが、左脚の痛みは増すばかりだったのだ。
施術ルームに入る時には、考えてもいなかったが、
今日のセッションは左脚の施術だけにしてもらって、セッションとは別枠にしてもらった方がベーシック10を続けるあたっていいのでは?という台詞が口から出た。
しかし、セッションの流れの中で起きている出来事で、セッションがすすんだらまた違った展開があるかも、ということで、第4回目のセッション開始となった。
施術前の写真、そして、歩行。
田畑先生の見ている前で歩くと、膝まわりのこわばりを感じず、安定して歩けた。ロルフィングの場の力か?
入室時に、1番の痛みを感じたにも拘わらず、歩行を見てもらっているだけで身体に安定感が出る不思議。
仰向けからスタート。
左膝をベッドの縁に置いて脚を床に向かってたらす姿勢。左脚の下にボールを置いてもらうと脚の重みを感じず、ベッドの上に脚を置いているより楽に感じた。
骨盤の内側をさすってもらっていると胴体の中に縮こまっていた脚がのびていく気がした。脚をCS60でもこすってもらい、筋肉のこわばりがとれて、脚の内側がゆるゆる溶けていくのを感じた。脚の表面積も伸びていく感じ。
施術が終わって立って歩いてみると、重心を預けられなくなっていた左の脚にも身体を預けて歩くことができた。左の骨盤に体重を乗せられる感覚があった。左半身が一本の木のように太く強くなった気がした。
歩行の途中で、頭を支えられて、「骨を探してください」と言われた。頭を乗せる首の辺りの骨のことかなと思って、頭と首の辺りを意識したら、はまった、というポイントがあった。
自分で自分にとっていいポイントをみつけて繋ぎ方を変更できるんだと思うと、前向きな気持ちになれた。
自分ではいつも身体のバランスを崩すような姿勢をとってしまうばかりで、身体が楽になるポイントを探すことはしてこなかった。
首の上というか背骨に頭が乗ったタイミングで、「頭の上の空間を意識して」と言われ、首と頭の繋ぎに集中していた意識を外側に向けた。
身体の内側で起きることに意識を向けてばかりだったが、身体のまわりも自分の空間なのだと感じた。頭の上の広がりを感じると頭が楽になった。
2回目のセッションの後で、頭の上にも空間があることに気付いたら、頭が軽くなり、首の痛みも消えたことを、すっかり忘れていた。
自分で意識していい具合のポイントをみつけたり、身体のまわりの空間を意識することで緊張が溶ける。自分の意識で変化を起こせることに気付いて前向きな気持ちになった。
頭と首の位置の調整後、楽にはなったが、自分としては、身体は前のめり、首も前に傾げている気になっていたが、そこが私の真っ直ぐポイントだった。
今までかなり反り返っていたのだ。
首が反り返った位置から、首の上というか、首が身体の真ん中に戻ったところで、
改めて、わざと反り返ってみると、いつも痛みを覚える首の付け根が痛い。痛みのあった場所を支点にして、頭を背中の方へぶら下げていたからかもしれない。
よく足許のものにぶつかっていたのも、首が後ろに反り返って見えていなかったのかもしれない。
視界も広がった。気分がいい。
帰りも渋谷の駅まで歩いたが、脚の緊張も大分抜けて楽だった。
レポートと関係ないことですが、
施術の前日、田畑先生が紹介してくれた安田登さんの能を収録に立ち会って、耳なし芳一の創作能を拝見し、ものスゴい般若心境を唱える安田さんの声を聴いたことをお話したい気持ちだったのですが、その場にいない方のことを話すのも良くないかも? と思いつつ、入室してから、少し経って、配達されてきた荷物が、安田登さんからの本だったということがわかって、シンクロニシティーか?
と思いました。
ちなみに、施術前日に拝見した安田さんの能はそもそもユング研究所で披露するはずだった・・・という経緯に由来した演し物で、ユングだし、シンクロニシティーだし、と思ったりして、こんな驚きもロルフィング由来なのだろうと感じました。
アイダ・ロルフにも興味を持ちました。
セッション7回目、はじめに田畑さんに「今回は口と鼻を内側から広げます」と言われ、どんなことをするのだろう?と思いつつ、仰向けのまま覚悟を決めました。
右足の方から順に触れていただき、準備が整ったところで口の中の施術へと進みました。手袋をした田畑さんに、歯茎の根本に触れられるのは、歯医者さんに行った時の感覚に似ていました。軟口蓋や舌の下(舌骨周辺)にも触れていただきました。続いて鼻の中に触れられながら、副鼻腔から肺までを意識しながら呼吸しました。
これまでのセッションを通して、触れられると、その部位や、広い範囲がゆるむ感覚が分かってきました。(逆に状況によっては、触れられると強張る場合もあると思いますが。)そして、触れられたときではなく、日常生活の中で触れられたことを思い出したときにも、感覚に変化が起こるような気がします。
施術を終えて歩いてみると、わずかに頚椎上部の動きが感じられました。田畑さんに伝えると、頭蓋骨と頸椎が繋がる位置を教えてくださいました。普段イメージしていた首よりも、頸椎は上の方まであることが実感できました。
副鼻腔や頸椎など、普段のイメージと、身体の構造のずれがはっきりと感じられたセッションでした。両者のイメージが一致してくると、楽に動けるのだと思います。セッションを通して、自分の体と出会い直しているという思いがますます強くなりました。
次回からは「全身の統合」に進むとのこと。まだまだ楽しみが続きます。
横向きからスタート。
右側面をベッドに当てた時は、身体を支えている部分が、ほぼ直線に近い印象で、支点が見つからず安定感がなかった。左足とベッドの間にテンピュールのクッションを入れてもらって少し安心して身体をベッドに任せることができた。
昔テンピュールのベッドマットを使っていた頃、飼っていたミニチュアシュナウザーがテンピュールのベッドの上に飛び乗って顔の近くで丸くなっていたことを思い出して懐かしい気持ちになった。
座骨への施術と「骨盤を意識する」という声がけで、ベッドにあたっている身体の側面が骨盤あたりから広がっていった。身体の側面が溶けて広がっていく感覚。
ベッドにあたっていない頭の左側をこすられると、ベッドにあたっていない左側面が腰の辺りから背骨が伸びて丸まっていく感覚を覚えた。
向きを変えて、左の側面をベッドに当てると、ベッドにあたっている範囲は狭く、やはり線で支えている感覚。安定感がなく緊張した身体は、右足とベッドの間にクッションを入れてもらって、やっと、ベッドに身体をあずられると安心したようだった。
座骨への施術と骨盤を意識することで、左側面のベッドに接している範囲が広がった。左側面への施術にしたがって、身体の右側面の上においていた右腕と肩甲骨の繋ぎ目が緩んで、右腕が自由になった。自由になった右腕が動きたがっているのに任せて、身体前方から後方へと動かせておいた。身体の中に縮まるように詰まっていた右腕がするすると身体の外へのびていく感覚もあった。
ベッドにあたっていない頭の右部分をこすられると、腰から頭へ向かって背骨が伸びていく感覚は同じだが、今回は、ベッドにあたっていない右側面は、丸まっていくのではなく、反り返って伸びていく感覚だった。
施術が終わって、歩いてみると、足の裏と、膝、お尻の下あたり、そして背骨から肩、首、頭へ振動が伝わって身体全体へ動力が吊った割っていく感覚があった。頭が首に乗り、首が肩にのり、腰の上に頭を置いている感覚もあった。頭と肩の間に首があるという感覚とともに前回に続いて首がまたのびたと感じた。首と肩の間に緊張たまっている範囲が狭まった。
今までの施術の後はトロンとしていたが、今回はパキッとすっきりだった。
身体の色んな部分が身体全体の調和のために連動しているんだと感じた。
今回の施術は、身体の側面を施術台に乗せて開始だった。
施術台につけた脚を曲げたのかな?
と疑問に思うのは、
施術台に最初に接地したのは右側だったことは覚えているのだが、
左側を施術台に接地させた際、曲げる脚を間違えて、自分が身体のどこを
どう動かしたかが思い出せないまま、曲げていなかった方の脚を曲げて、伸ばしていなかった方の脚を伸ばすように言われた、ことだけ覚えている。
それくらい、身体の各部分がばらばらになったように感じていた。
身体はばらばらになって、新たに組み立てられて繋がった。
施術後、歩いてみたら、右脚を出すと右半身全体で、左足を前に出すと左半身全体が前に進むように感じた。
歩くことが施術前よりも楽だった。
歩く時に足裏にかかる重みが減った。
今回の施術の後に、すぐに感想を書こうという気になれずにいたら、
ほぼ全部のことを忘れてしまった。という感じ。
覚えているのは、
頬骨のあたりを施術された時に、頬が首や肩に大きな力をかけて
のっかっている、と気づいたこと。
そして、もう1つ覚えているのは、
「寝る時にどうやって寝ていますか?」 と訊かれたこと。
「仰向けに寝ています」
と自信を持って答えた。
なぜなら、毎夜、意識的に仰向けに寝ているからだ。
小学校の終わりの頃からの、林間学校とか
修学旅行とかいった強制的な集団での宿泊時、
一人ではなく大勢で一緒に同じ部屋で寝るという自分にとって
不自然は状況で、寝るために、
仰向けに寝て目を閉じて寝たふりをしていると
寝られるということを発見した。
それ以来、「仰向けに寝る癖」がついたというかつけた。
仰向けに寝てすぐに熟睡することを覚えて以来、夢を見る回数も減った。
ほとんど見なくなった。
悪夢からの解放でもあったので、良いことでもあるようで、ちょっと
つまらない。
今回の施術の後、
寝返りをうったり、横向きに寝ていることに
気が付いた。施術を横向きで始めたからだろうか?
寝た後の髪の毛の寝癖もすごい。
仰向けになって寝たふりをして入眠する癖をつけて依頼、髪の毛に
寝癖がつくこともなくなっていたことに改めて気付いたほど、最近の寝癖のすごさは、お見事だ。
12月2日の施術以来、寝ている時の自分はかなりアクティブになった。
かかなかったいびきもたくさんやっている。
毎夜、「スリープサイクル」というアプリで記録をとっているので明かだ。
今まで1ヶ月に1度、いびきをかけばいいほうだったのに。
そして、夜眠くなるようになったのもスゴい変化だ。
鼾はそのうちおさまってほしいのだが、なにかの解放になっているような気がして、いいぞ!と思っている。
夢も見るようになった。
仰向けに固定、で、鼾もかかず夢も見ないミーラのような自分が生き返った
ように感じる。夢も見るようになって嬉しい。
前回の施術の後、首のしつこい痛みがすっぱり取れたと思った翌日、ものすごい頭痛に見舞われた。この頭痛、もしかしてずっとあったのに首の痛みが
すご過ぎて、この頭痛に気付かずにいたのかもしれない。怖ろしいことだ。
1日寝ていたら頭痛もとれた。
今回の施術の後、首と肩の痛みもとれたのだが、一週間経った頃、また痛みが顕れた。奥から盛り上がってきたような痛みだ。
前回の施術の後に感じた、肩と首のまわりに広がる空間、それを感じると痛みはとれる。
今までと違う。
自分が自分の身体を牢屋に閉じ込めていたように感じる。
鼾や夢も含めて施術のおかげさまで、解放された気がする。
鼾も寝癖もいいぞと思う。寝ている間の自分も生きている感じだ。
前回の施術以来、大分楽になった首の左右側面と首と肩の接地点が、
施術前日の夕方から首をふると右側に痛みを感じるようになっていました。
痛みがあるとは言え、「動かすと痛い」というのは、
前回の施術前の「何もしない状態で痛い」
に較べると随分と楽な状態でした。
今回の施術は、うつ伏せから始まりました。
向けたい方向に顔を向けてのうつ伏せ
ということで顔は右へ向けました。
案の定、右の首の付け根に痛みを感じたのですが、
そもそもの痛みというより、首の置き方が悪いことによる痛みだと感じていました。
痛いのにもかかわらず、ポジションを変えようとは思いもせず、
田畑先生の手で足の甲を支えられつつ、痛いけどいいやと思っていましたら、、、
「今どんな感じですか?」
と声をかけられました。
状況に全く関係ない気がしつつも
「首が痛いです」と答えました。
うつ伏せで上を向いた足の裏に、ボールを置かれました。それまで足の親指だけで支えていた足が地面に触れた気楽さになって肩の力が抜けました。
その後、右脚のふくらはぎの辺りをクルクル小さい円を描く感じでさすっていただいていたら、首から足先までつながるゴムのイメージが頭に浮かび、ねじられてピンと張ったゴムが、円を描くようにさすっていただくことでネジれがとれて緩んでいく感じがしました。
「痛い」と言った途端に首の痛みはとれていたのですが、
ピンと張ったゴムが緩んでいく感覚につれて、首と肩の間がどんどん伸びて、右半身もどんどん伸びて、右脚が左足より20cmくらい長くなってしまったという感覚を覚えていました。
頭の右側と左側をさすっていただいているうちに、左右の脚の長さがそろってきたと感じました。
施術後、立ち上がってみると腰から上の
上半身が軽く感じました。
今までは、自分の身体にしがみつくように
体重をかけてくる上半身を背負っていたんだと思いました。
田畑先生の「身体を動かして感覚を味わってみてください」という言葉に従って、
色々身体を動かしてみましたら、
全身の各部分の接合点の癒着がとれたのか?
身体のそれぞれの部分が、1つの身体としてコラボする位置関係に変化をつけたり、重心をかける位置も
意識的に工夫出来るようになったと思いました。
今までは硬い1つの固まりだった身体に色んな部分が出来たというか、柔らかい繋がりで動きに自由が生まれたと感じました。
立ち上がってみて、頭の上に空間が広がっていることも感じることができました。大発見でした。
左右上下から壁が迫り来る
狭い場所に閉じ込められていた身体が広々
とした空間に、伸び伸びと居る感覚を味わってウキウキという言葉があう心持ちになりました。
施術後の正面からの写真では、亀が甲羅にひっこめていた首を出したくらいに、首が伸びていました。
施術後、電車に乗って移動中、首の右の付け根に施術前より範囲は小さいですが痛みが出たので、右首のまわりに広い空間を感じてみたら痛みがなくなりました。
症歴:頭部トラウマがあり、顎関節症手術、腹部内視鏡術を経て、鬱傾向が有り。
ロルフィング10シリーズ初回
施術のベッドに寝転がり、施術の開始を待ちました。
「施術の開始を待つ」
という感覚を持ったことも、
その時にそう感じた、と意識していたこと
も自分の中に芽生えた感覚ながら面白い
と、施術台の上で感じていました。
ベーシック10コースの最初だったわけですが、今までにロルフィングやロルフィングと
CS60のミックスを田畑先生に施術していただいたことが、あり、その度に、身体の微細な変化へ意識を向けているからなのか、
心の変化をくっきりと見つめていることに気がつきます。
10月31日は、施術台から1メートルくらい
距離をとった場所から、田畑先生の立ち位置への感覚を確認してくださる、田畑先生の声かけに、自分の存在がその場所に在ることへの赦しを得た安堵を覚えました。
施術台の上での存在を空間からOKをもらって
「お任せします」という気持ちになりました。
右足の甲の施術中に右肘から下が施術台より
少し浮くようになりそれが最後まで続いたのですが、腕には痺れたという感覚も全くなく、施術前にあった右手首の凝りのような感覚がなくなっていました。
右足はたまに痛くなるような負傷経験の
ある場所で、覚えているだけでも3箇所。
右足の親指: 素足の状態で鉄の扉に挟まれる
右足親指の付け根: 捻挫
右足の甲: 車に轢かれる(骨折はせず)
右親指と甲の痛みはなくなりました。
それから常にある首の痛みが軽くなりました。
最初の施術が
足の部分に集中していたのは
立つ土台ということだったからと施術後、
施術前と後の写真を見ながら
伺いました。
施術前後ろから撮影された
左に傾き縮んでいた私の首は
息を吸いこんだままつぐんだ口元のように
縮こまっていた私の首は、「はぁ〜」と
息を吐いたようにリラックスして見えました。
施術後の首は
また、いっぱい息が吸い込める余地が生まれたようでした。
気がつかないで縮まっていた身体の色々な部分が伸びたようで翌日から2日間は一日中
すごく眠くて、眠りにつく度に
深い眠りを経験しました。
セッション6回目、10シリーズ後半開始です。
今回は左右へ重心を移す動作を確認してから、施術が始まりました。
器具を使用してさすりながら、調整をしていただきました。セッション後にお聞きすると、CS60とのこと。名前は知っていましたが、実物を見るのは初めてでした。これまでのセッションでも、おそらく使われていたと思います。
調整を終えて仰向けになった時に、背中が充実している感覚がありました。
座った姿勢で両腕を前に伸ばし、まっすぐに上げる動作を確認していただきました。力の伝え方がイマイチ上手くできていない気がしました。腕を使うという単純な動作に、下半身や胴体を効果的に参加させられると良いのですが、なかなか難しいです。
歩いてみると、骨盤が左右へ流れるように動くのが感じられました。上体と下半身が気持ちよく分かれている感じです。この感覚を大切に味わいながら、次回のセッションを待ちたいと思います。