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ロルファーとクライアント – ① 相性

クライアントの方は,どうロルファーを選んだらいいんでしょうか?

たまにメイルで質問されますが,最優先はロルファーのセンス!と答えてきましたが,単純に,そこに足が向くかどうか?という感覚は大切だと思います。うまくロルファーとクライアントがマッチングするのは,タイミングがあるはず。

そのロルファーのオフィスに足が向く。写真をみて,モヤモヤしたり,必要以上に惹き付けられたりせず,抵抗がない。

実際に対面した時に,ロルファーに対して身体が向こうとしない,避ける感じが身体になくある程度安心できる。間合いが取りやすい。

実際にワークを受けて,よく分からないなりにも,クリアでいい感じになっているのか?で判断してもいいと思います。

新しい試みとして

元々ロルフ・ムーブメント認定プログラムのイールドによるロルフィング10シリーズの翻訳クラスではすでに行っていたことですが,セッションとセッションの間を数日空けずに,連日セッションを行っていくということもメニューにいれようと思います。

ロルフィングの基本の考えは,ワークによる変化を消化して,プロセスを時間をかけて体感するために,少なくとも2,3日は空けながらシリーズを進めます。

一方で,ソマティック・エクスペリエンスのセッションは,連日行うことも珍しいことではなく,介入と介入との間を必ず空ける必要がない場合もあります。

では,イールドの技法を用いて,セッションする場合はどうでしょう?

身体が最も安全と感じる間合いと,休息できることを優先して進めていくということは,無理な変化は強要しないということです。しかも,安全というリソースが確保されていれば,介入によってフリーズするような好ましくない反応も回避できます。それまで,トレーニングの中では,9日間で8セッション,時には一日に2回セッションを受けることもありますが,6回のクラスの中で問題が起きたことは一度もありません。

遠方からの方や,出産後の変調と過去のムチウチの影響があるクライアントの方からのリクエストもあって,イールドを用いた集中シリーズ,空けることによる負担より,進めた上で,終了後にまた変化していくのを見守ってもらう選択もありではないかと思っています。

では,なぜ基本ロルフィングは,間隔が必要なのか? 時間が料理する部分と気づきの時間を得るため,というプラスの側面もあります。もう一つの解釈として,Basicシリーズは,働きかける領域を割とはっきり決めて,その領域の変化に身体が消化する時間をしっかりとるということだとすると,最初からそれぞれの介入が全体とのつながり,統合を意識していれば,必要以上に時間をかける必要がない可能性があるということになります。

私は一つ一つの工程には意味があると思いますが,常に検証し,自分で納得できることだけを取り入れたいと思っているので,実際に試して検証したいと思います。

今のところの感触としては,歪みが多い状態を長く放置しておくよりも,負担は少ないばかりか,身体がバランスを取り戻す方向性と力が強いとすれば,空けない方がいいかもしれないとさえ思っています。

治療ではないという意味

ロルフィングは身体の再教育であって,治療ではない,といいますが,決して,「治そうとしない」わけではありません。つまり,施術者が症状の改善だけを見て治そうとするマインドで処置をするのではなく,その手前にある,治ろうとする力に受け手の方がつながる手助けをすることが,ロルファーの仕事なのだと思います。

経験を積んだロルファーなら,ここを広げると痛みはすぐ緩和されるだろうとかあたりをつけることはできるでしょう。でも,ひょっとすると,その場所から遠いところに触れることが,そこが変化する準備になって,痛みを一時的に和らげるより,痛みを通して何かと向き合う必要があったり,或いは,身体全体としては休息する必要があって,生活全般を考え直す時期なのかもしれません。

ひょっとすると,ですが。もちろん検討違いの下手な施術だと,何かの反応はでるけど,それは好転反応ではなくて,身体がバランスを取り直すための仕方なくの再調整だったりすることもあります。

そういったこととは別のレベルでの話ですが,ロルファーが真摯にクライアントに向き合って,その場所を制限があると分かっても,どうしても触れることができない,という感覚になって,それに従った時には,余計な介入のない,正しい判断となるはずです。その場所にあえて触れないことで,別の場所が変わることで問題と思っていた箇所が変化する体験をすれば,受け手が身体のつながっていることをその過程を通して理解する貴重な時間となります。

ロルファーが自分の肚とつながり,受け手と深く共鳴しているときに,その流れや文脈に従って,触れたり,或いは十分に変化を離れて見守るとき,必要なことが必要なだけ起こるのだと思います。その流れにあれば,何かを治す,治さないというマインドではないはずです。

ムチウチに対するセッション

長年ムチウチによる体調不良で,いろんな治療の末にロルフィングを見つけたクライアントの方は,少なくないです。

多くの場合,整形外科的な牽引,背骨矯正などを受けています。牽引は,一時的に圧迫を解放しますが,伸びきった結合組織はその後支えとして機能しづらくなります。また,背骨だけで頸部が支えられているわけではなく,頸椎の前側の内臓空間に縦横に張り巡らされた堤靱帯のことを考える必要があります。

そうした身体を機械的に見て,施術者が何かを正そうと矯正した結果,新たな歪みを生んでしまい,字体が複雑化することがあります。

いろいろ受けすぎていると,何もしていない人よりバランスの回復に時間がかかったり,回数もそれなりに必要な場合もあると感じています。

いろいろ試すのはいいと思いますが,何かそれを受けていて,アレ?何か変な感じがすると思ったら,それを伝えて加減してもらったり,中断する勇気がないと,身体を痛める原因になり,後々リカバーに時間とお金がかかったり,或いは,違和感と慢性的に付き合う羽目になってしまうリスクがあることを忘れてはいけないでしょう。

 

脳梗塞による後遺症に対して

先日,脳梗塞後の後遺症が残る人にもこのロルフィングは適用して効果はあるのか?

という御質問を受けました。
度々受けるお問合せなので,コメントできる内容を以下に示します。
今まで3例ほど経験があります。
そのうちのお一人はご自身のブログでセッションの体験を綴っていらっしゃいます。
 
お二人目は,半身麻痺の度合いが大きく発作も複数起こしている例でした。開頭手術もお受けになっていました。
発作を起こす数年前に10シリーズを終えられた方で,その有効性は身をもって体験しているので,後遺症に対しても改善を期待され,月一回のペースで長く通っていらっしゃったのですが,写真での変化は毎回得られましたが,ご自身が自覚できるような改善は得られなかったようです。
三人目の方は,長年麻痺に悩まれているという例で,11年前に13セッションお受けになりました。終了された後にブログに書いた内容を以下に示します。
”数年前に脳梗塞で倒れて,回復したものの半身の痺れに悩む方へのロルフィングが,2ヶ月ほど前に終了しました。左半身に麻痺があるので,右半分の頭蓋内部の広がりを引き出すようにワークしましたところ,左手に力も入るようになり,食事も容易になったとのことです。身体として楽になる以外に,気持ちがとにかく前向きになったといううれしい報告もありました。一ヶ月後も多少のしんどさはあるにしても,以前のような何もしたくない希望のない状態とは明らかに違い,効果は持続しているようです。身体がとにかく重く,動いた方がいいとわかっていても,つらさからそんな気にもなれず,周囲からはなかなかその理解を得られない,それは想像を超えた苦悩だと思います。同じようなつらさを抱えた方も少なくないでしょう。
このような方に対しては,conventionalな医者は悲観的なことしか言わないし,その他の療法を試しても,可能性のないことしか言われないというのが現状のようです。ロルフィングは勿論すべてのケースに有効ではないとしても,この恩恵をうけられるケースは多いと思いますし,そういう方がロルフィングを活用する機会が増えるといいなと思います。”
この方は興味深いことに,気持ちが前向きになり,奄美大島の方に引っ越しをされました。
 
後遺症の程度によって,快復の度合も異なると思いますので,あくまで参考として捉えて頂ければと思います。

苦手克服に意味はあるのか?

最近よく考えるのは,苦手克服って必要ないんじゃないのかということ。

一芸に秀でたり,一つのことしかできない人に対して,あれもこれも周りは要求しすぎなのではないのかと思う。人間らしさとか自分という存在を理解するためには,

好きなことをする,というより,自分がしないといられないことをする。

やろうと思えばできるけど,気が乗らないのだったらしない選択を考える。

苦手なことは他人は得意で任せた方がいい場合がある。

余裕があっても,嫌なことや苦手な人と過ごすことで埋めない。

 

時間が無限にあるわけではないことを考えると,わざわざ抵抗のある方に向かう必要はないんじゃないかと思う。そこに何か目的や体験してみたいという興味があれば話は別だが。そうしないと,本当はオレって何がしたいのか? やりたいことをやっているときの充実感から遠ざかったしまい,わけがわからなくなってしまうような気がする。

そうしたことに無自覚だと,自分の本来使いたいセンサーの感度が鈍ってしまい,結果運気が下がるような状況を引き寄せてしまうのではないだろうか? 思考を停止させることなく,人間らしく自分らしく生きるには?ってなことを考えると,巷でいうような上昇志向とか苦手克服という言葉に惑わされないように用心する必要があるように思う。

そんなことを考えています。

一般に発達障害と診断される人々は,それ以外の人間ができることができないことをクローズアップしがちだが,それをそのままにしておくことを許さないことが多い。少なからず人間はデコボコしているわけだから,大きな支障がない限り,無理に克服しなくていいのではないか。上昇志向も問題だ。その状況を味わうことなく,常に何かを漁っているギラギラした前のめりの姿勢,そんな人が近くにいると落ち着かない。もっときっとその状態を味わった方がいいこともある。

そんな風に感じています。

コラボレーション

先月末は,ヒモトレの小関勲トレーナー,古武術の甲野善紀先生と鼎談,その2日後は身がまま整体の片山洋次郎先生とのワークショップと立て続けに大きなイベントが続いた。

私がコラボして楽しいのは,上記の方々のような,決められたことを決まったように行う枠にはまったものではなく,その場に応じて新鮮さを失わず,臨機応変に対応してもらえる方々との組合せである。

それ以外の組合せには興味がない。というか時間の無駄なのだ。ロルフィングの教員でも恩師のキャロル先生ほど自由にやらせてくれる懐の広さを持つ教員は珍しい。

そんなことを考えている中で,今年のコラボはよかったとしみじみ思う。

それと,協会主催の私が講師をしたワークショップも,いい人材が集まってくれて有意義な学びの場を共有できた。この先いつまでもいい状態でワークショップができる保証はないし,相手の方がどんな事情で一緒にできなくなるかわからない。

実際に,10月に予定されていたハンナソマティックスのワークショップが講師の体調不良が原因でキャンセルになったことを目の当たりにして,クラスが無事開催され成功のうちに終わるということは,いろんな要因が不備なく揃う必要があって,ある意味運がなければ成り立たない。

どのイベントも,日々のプラクティスにいいフィードバックをもたらす意味のあるもの揃いだったと思う。

ありがたいことです。

統合セッション(8-10)の理解を深める

ロルフィング10シリーズの8,9,10回目では,統合を扱います。

統合とは何ぞや?という問いかけに対しての答えは,言葉での説明には限界があって,こういう”感じ”としか伝えられないところがあります。

昨日までの4日間のロルフ・ムーブメント認定クラス〜SI10シリーズのイールドワークへの翻訳では,まさにこのテーマに取り組みました。

同テーマでこれまで,5回クラスを行ってきましたが,今回突然閃いたこと。それは,つながりをつくる主体は,受け手であって,それをプラクティショナーはコントロールできない,こと。できるとすれば,つながりが引き出されるような,条件や場を提供することだけであること。それを踏まえた上で,講義したり実習するととても楽で居ることができました。

今回のクラスで興味深かったのは,最終日の10セッション目としての生徒さん同士の交換セッションが,施術者の介在度合いが最も少なかったにも関わらず,もっとも変化した印象が強かったことです。

私のワークショップでの最も大切にしていることは,最終日に参加生全員の心身のバランスが整って,統合された状態で終えることです。

クラスの内容が情報として優れていることと,実習の成果がそれに比例していなければ,意味がない。ボディワーカーは身体が資本ですから。

 

 

 

ワークの質を上げるために

いくつかの体験と仮定を元にイールドアプローチや間合いのワークを発展させ,実践してきました。

◎施術は相互の作用〜対人のみならず空間の中での関係性・共鳴から成り立つ。つまり,一方向の反応ではない。

・施術者は,出来るだけ力みのない状態が望ましい。

・施術者の力みが抜けた時に,それに受け手は呼応する。

◎触れている時より手を離してから反応が進むことがある。

・触れ過ぎ,間を詰めすぎが,受け手の反応を抑制する。

◎施術者がいいと思っていることを押しつけない。

・オプションとなる提案はできるが,絶対的に正しいことはない。

・受け手が望んでいない余計な反発的な反応が起こり,時に害となる。

・施術者は,受け手の身体が望む働きかけと同期する必要がある。

◎受け手の身体が,”安全”を感じている時に,入力を受け容れ可能。

・深く安全を感じている時に,自ずと統合への変化を開始する。

◎セッションで目指していない余計なことをしない

・施術者は,隠れて支配的な意念や霊的なことをやり取りしない。

・変化の結果よりその過程で気づくことに意味があるとすると,違和感が減ることが,すべてのケースでいいこととは限らないかもしれない。

◎受け手の存在とその状況は尊重されるべきである。

◎定着する,意味のある変化は,時間をかけゆっくり進む。

・ゆっくり進む,いい変化は,変わったことすら気づきにくい。なぜなら,定着して馴染んでいく変化はちょっとずつ進むから。

・逆にわかりやすい変化は,それが定着するのか観察が必要。

◎施術者はあらゆる変化にオープンである必要がある。

・働きかけによって,受け手がどう変化するかどうかはわからないという前提が必要。こう入力したらこうなるというのはこじつけであることが多い。むしろ,施術者側の知覚が狭いことで,様々な可能性が狭められるリスクがある。

・起きたことの説明や解釈は断定的であってはいけない。断定はできないが,施術者の感覚としてはこういうことかもしれないというスタンスでのコメントはできる。

 

以上のようなことを考えてきたので,一方的に受け手に強引に変化させるようなワークとは別の方向性を探ってきました。

このワークの種類に関わらず,施術の「強引さ」は一番避けたいことです。自分の流儀のみならず,私自身が他者からワークを受けるときに優先的に考えることです。逆にいえば,強く圧を加える技法を用いていても,こちらのシステムを思い込みではなく,しっかり読み取った上での施術であれば,身体はすんなりその入力を受けとるはずです。

上のことが保たれているとき,施術者側と受け手側相互に健全さが保たれるはずです。

 

 

 

Rolf Instituteの教員会議での発表

9月中旬にボールダーにあるロルフ・インスティテュートで開かれた教員会議に出席してきました。

私がロルフィングトレーニングを受けた旧校舎。

パールストリート沿いにあって,裏の公園にも隣接していた校舎のロケーションは最高でした。現校舎のある場所は,ダウンタウンからも遠く,車なしではアクセスできず,馴染めません。

旧校舎裏のレッドロック

トレーニング中何度も昇った岩。

Rolf Institute最初の校舎

ここで学んだことはありませんが,ロルフ博士が教鞭をとった場所としても有名です。

ムーブメント教員仲間

一番左のノルウェー人でサンタクルーズ在住のペレとも仲良くなりました。左から3番目は,私のUnit1の講師もしてくれたスーザン。ムーブメント仲間ならではの,親密感もあります。

会議も終わってやれやれの表情。教員のみの集合写真です。

やれやれでした。

デモンストレーション中。

これはエキサイティングな体験でした。一切触れないワークの紹介。多分,インスティテュート歴史上稀なプレゼンだったと思います。

詳しくは,雑誌ソトコトで紹介します。