免疫」カテゴリーアーカイブ

感染したとしても、重症化するかどうかが、問題だ

政治的には、ロックダウンした意味が全くなかったことを曖昧にしたいのか、「夜の街」を標的にして、測定数を上げることで、感染者数を稼ぎたいようにみえる。

東大の児玉教授による研究結果:ノイズを拾わない精密度の高い抗体検査だと、市販のキットより感染自体が少なく、東アジア地域では広範囲に既知のコロナウイルスに既に罹っている可能性が高い、という知見から、日本人は、仮に新型コロナウイルスに感染しても、重症化率や死亡率は低いので、欧米で取られているような過剰な自粛や政策は必要ない、という結論にいくのではないかと、推測していた。しかしながら、児玉教授の最近の国会答弁や意見を見ると、その方向性ではなく、警戒を一層高める必要有りと考えているようだ。

私としては、さして重症化しないような「風邪」を敢えて、指定感染症に設定できるのか?そこから甚だ疑問を感じている。早急に感染症の指定を解除して、インフルエンザや他の肺炎と同様の医療処置に戻すことが、医療現場や社会経済を復帰させるためのシンプルな解決策だと思っている。

検査を増やせば、当然感染者数は上がる。武田邦彦先生のブログでは、重症化数は7月に入って、より減少傾向にあるという。

結局のところ、検査を受けたりワクチンに幻想を抱くのではなく、大切なことは、自前の自然免疫を維持することしかない。

国際医療福祉大学の高橋泰教授が、とても参考にすべき記事を書かれています。

https://toyokeizai.net/articles/-/363402?page=3

日本を含む東アジアは、コロナウイルスにすでに免疫がある可能性

精密定量型抗体検査法を確立された、東京大学の児玉龍彦教授の報告によると、日本、韓国、台湾、中国沿岸部の東アジアに住む人々が、欧州に比べ、新型コロナウイルス感染に対して、人口百万人当たりの死亡率が少ないという事実が明らかになっている。

東アジアの地域では、すでに過去において、既知の風邪コロナウイルスに罹っており、免疫がある可能性が高いということである。それを裏付けるデータとして、

通常の感染が起こると、まず、血中に病原体の抗原分子が増えてきて、炎症が起こり、それに伴って、初期防御のために、IgMという抗体が産生され、炎症が治まり、回復に向かうと、IgMから、IgGという種類の抗体が作られる。さらに、身体の中ではより、病原体の抗原と特異性の高い中和抗体がつくられるという過程を経て、この段階になると、もはや感染することはなく、免疫が確立する。これは、生体が、新しくウイルスや細菌などの病原体と出会った時に起こる順当な過程である。

一方、新型コロナウイルスの場合、上の順番とは異なり、IgMが立ちあがる前に、IgGが出現するという。

つまり、このパターンから、新型コロナウイルスと共通の抗原性を持つ、既知のコロナウイルスにすでに罹ったことがある可能性が高いということである。一方、欧米では、ウイルスに対して初遭遇であると、全くの未知の敵ということになり、免疫系の反応も当然異なってくる。

つまり、多くの日本人は、すでに必要な免疫を新型コロナウイルスに対しての免疫を持っているので、欧州と同じ捉え方をする必要はなく、脅威に感じることはないということになる。

加えて、日本小児学医会は、2歳児未満は、マスク使用は危険として公式に発表している。

2歳までの乳幼児は、抗体による獲得免疫が確立しておらず、ほとんど、自然免疫によって、感染を防いでいる。その乳幼児が、新型コロナウイルス感染によって重症化する例は極めて少ない、ということがわかってきた。つまり、新型コロナウイルスに対して、乳幼児のような抗体による免疫系が確立していない存在であっても、自然免疫でこと足りているということになる。つまりは、抗体産生を促す目的の”ワクチンは要らない”ということに他ならない。ワクチン開発を待つ必要もなく、自然免疫が落ちている方々は引き続き注意をするとしても、そうではない、働き盛りの人材は、自然免疫を落とさないように、普通に生活すればよいということなのだ。

「新型コロナウイルス、恐るるに足らず!」 (東アジア地域の人達はね)

※ 児玉龍彦先生のご報告を勝手に引用させて頂き、解説させて頂きました。元情報は、以下の通りです。


児玉先生のご報告で、重要なコメントがあった。それは、ある福島の病院で、簡易抗体キットで680人の患者さんを測定したところ、58人が陽性だったとのこと。しかし、児玉先生らが確立した精密定量型抗体検査法で測定すると、6名のみが、真の陽性として測定されたという。つまり、52名も擬陽性だったことになり、ノイズが多いことになる。政府が今大規模に抗体検査をしようと考えているのは、この簡易キットを用いて測定しようとしている。つまり、擬陽性が7.64%もでてしまい、ノイズが大きすぎる。単純計算すると、1万人測定すると実際には感染していない、764人が感染扱いされてしまう。

感染がさも拡大しているように見せかける意図があれば、その格好の材料になるが、すべて嘘のデータということになる。児玉先生の主張通り、大規模に測定するなら、精密な測定方法で行わなければ、お金のムダと自粛死を誘導する有害政策となる。

抗体検査は、決して安くない。一検査8千円程度とすると、検査キットを販売する製薬会社は莫大な売上げとなる。そのことも忘れてはいけない。恐怖を煽れば、検査キットが売れ、擬陽性で感染者が多く見積もられれば、ワクチンを求める声も大きくなるだろう。

けれども、そもそも、風邪なら2,3日寝ていればよいし、ワクチンなどなくとも、免疫確立途中の乳幼児でさえ、自前の自然免疫で重症化リスクも小さい。そんなウイルスに、これ以上大袈裟で過剰な反応と、科学的根拠より、一度口にしたことを修正しない見栄を重んずる感染症専門家会議や、 行動自粛しても食いぶちに困らないお立場の行政の戯れ言自粛に付き合う必要があるわけがない。 

自粛はあくまで”要請”であることを忘れてはいけない。

まともな情報

コロナ脳から、まともな心身を取り戻すには、プロパガンダーラのサブリミナル効果から頭を洗い直し、まともな情報を仕入れて、筋が通った科学的に自分の頭で考えることだと思います。

政府発表の抗体検査結果は、ノイズに隠れて擬陽性を拾っているゴミデータ。これでは考察も何もできないので、S/N比の高い精密測定結果から、検討すべきということが、よく理解できます。

児玉先生すばらしい解説! 

PCR検査の意味についての考察。確かに検査すれば何かデータはでるけれども、検査の精度と特異性が高くなければ、検査の意味がない。PCR検査にはそれなりの費用がかかり、それによって収益を得ることも忘れてはいけない。

https://www.yushoukai.org/blog/pcr

スウェーデン方式に対するマスメディアの報道はやはり偏向。マスコミは筋書きと違う事実だと取り上げないようです。

日本の報道についての特徴だが、物事を曖昧にしたり、特別な印象を与えるには、元々ある日本語を敢えて使わず、横文字、カタカナ英語を使用する。

例)ローン;昔は月賦(げっぷ) といって、その響きから、人々が敬遠しそれをできればしないような生活を送っていた。が、カード会社も、ローンをいうなんとも素敵な響きで仕切りに借金を勧めている。TVCMも昔は、その手の広告は、深夜にしか放映されなかった。

クラスター ;本来は、集まり、集団という意味しかない。感染という意味は元々ないので、含めるなら、infective cluster とする必要有り。以前、吸収がいいということでクラスターが小さい水がいいというような宣伝を目にしたことがある。低分子クラスター水は、低分子感染者集団水となるのか?危なくて飲めやしないぞ!

ステイホーム、ステップ1,ステップ2, ロードマップ;(大衆は大人しく)家にいろ、手順1、手順2, 工程表でいいではないか・・

アジェンダ;行動計画 。

要は高品質のワークを提供できるか、にかかっている

身体の状況によってオフィスに来てもらうということに、何らかのリスクが伴う場合もある。しかし、そうしたリスクを上回るような、その人自身が、セッションに価値を見出してくれている場合には、何はともあれ、受けに来てくれる。

「自粛警察」なる暇な人種がいることを知ったが、県によっては、ウイルス感染ゼロ(それは喜ばしいことだと思うが)で、なぜか、感染者が既に存在する東京などの地域に移動することを躊躇する傾向があるという。私には理解できないが、移動したことで万が一感染したら、白い目で見られるらしい。

しかし、どんな状況、どんな理由があったとしても、セッションを受けに来る人は来る。気持ちだけではなく、実際に来てくれる人は、それだけ、セッションを受けることに価値を置いている、というシンプルなことだ。

あるクライアントは、医療処置により免疫が低下している状況にも関わらず、実際に足を運んでくれた。彼女にとっては、感染リスクより、実際にセッションを受けることに価値を置いているということなのだ。

様々な事情があったとしても、こちらで提供する中身が、それらを上回る価値をしっかり持っているなら、クライアントは必ずやってくる。丁度いいタイミングで。

外部がどんな状況であろうとも、本当は関係ない。要は、こちらが価値あるものを提供しているかどうかなのだ。

ロルフィング – 変化の持続性 酸化ストレス動向 Part2 の続き

前の投稿の続きですが、酸化ストレスの値をお知らせするために、ご家族に数年ぶりに連絡したところ、以下のメールを頂きました。偶然が重なり、以心伝心というか、何かのシンクロが起きていたようです。

「先週、母から電話があり、
今だから言うけど、2月中頃から血尿が毎日続き、ガンかなと思って、
心配で受診したら、特に血液や他の異常が全く無く、
医者も原因が判らずとにかく水を沢山飲んで汚いものを出しなさいとだけいわれたそうです。
本人も貧血なし、気持ち悪さなし、食欲も体調も変わらず、
水もそんなに飲めないし…お茶か白湯を少しずつ飲んで、血尿を毎日観察していたそうです。(呑気な人で)

お腹の中の汚いものが剥がれていくようで、ピラッとしたもの、血の塊、などなど凄い量が毎日4月末まで2ヶ月以上も続いた後に
ピタッと止まり、いきなり綺麗な尿になって、
お腹の中の場所替え移動があり、膀胱が動いた感じがして、背中が真っ直ぐになったそうです。
(残念ながら姿を見てないのです❗️コロナ予防の為、実家へは暫く行ってません…私が菌を運んでしまう可能性もあるかもと)

恵比寿の先生の教えてくれた事※は、本当だった、(失礼な母ですみません)
上記の様な不思議な事があってと語り、
骨は3ヶ月に一度変わって元にもどると骨の模型を使ってわざわざこんなお婆さんに丁寧に教えてくれて〜と
有難がって電話してきたのが先週です!」

※骨の細胞が3ヶ月周期でリニューアルされるので、骨といっても固定されたものではなく、変化するものというご説明をした記憶があります。

Rolfer’ note

最後にワークさせてから7年経過して91歳になられた今でも、身体が自分で調整する力を発揮して、背骨が真っ直ぐになる変化が引き出さえたことに感動しました。酸化ストレスをバイ・デジタルOリングテストで評価する意義があることを実感しました。そして、ロルフィングのシリーズを受けることの意味も再確認できました。

ロルフィング – 変化の持続性 酸化ストレス動向 Part2

ロルフィングには、姿勢や形状を変容させるだけでなく、万病の元となる酸化ストレスを軽減させる可能性がある。」

バイ・ディジタルOリングテスト認定医の先生との共同研究により、次第にロルフィングのプロセスが酸化ストレスにどう影響するのか、についての知見が集まりつつあります。

ロルフィングは、治療的な処置ではなく、その予後の時間軸も包括したプロセスです。ロルフィングのシリーズ中または直後に変化を実感する方がほとんどですが、稀にシリーズ終了後からの変化に驚かれる方もいます。写真で追跡すると、確かに後戻りするような退行的変化ではなく、統合が進む進化的な変化を示唆するケースもあります。

BDORTによる酸化ストレスレベルの測定で、ロルフィングシリーズ前後で違いがないケースが稀に存在します。ご本人に変化の実感があるにも関わらずです。

以下は、慢性的な便秘をお持ちだった80代女性のケースです。

Effect of Rolfing 10 series on the level of an oxidant stress by B-Digital O-Ring Test.

ロルフィング10シリーズ前と直後を比較しても、酸化ストレスマーカーの値は、+10のまま変化が認められませんでしたが、半年後+5に下がり、さらに調整セッションによって、0に減少しています。これは、時間をかけて酸化ストレスがちょっとずつ減少する方向に向いていたことが示されているのと、11回目の介入に対して受容性が高まっていたことになります。ご感想頂いた内容から判断すると、ロルフィングによって、生活のパターンにも変化が生じ、活動的になったことも酸化ストレスと深く関連しているように感じます。

10シリーズを受けて頂いた7年前当時は84歳でいらっしゃいましたが、2020年現在91歳になられて、いろんな体調変化がありながらもご健在と伺いました。嬉しい限りです。

2015年;10シリーズ終了から2年後には、以下のような感想をお送り頂きました。(引用許可を頂いてます)

↓ ↓ ↓

田畑先生、ロルフィングに巡り合う所から、不思議な事がいっぱいでビックリ感動、感謝しております。

長くなり申し訳ございませんがお礼と感謝を込めて、書きます。
お時間の許す時にでも、目を通して頂ければ…ありがたいです。

これまで母とは仲良しではなくて距離を置いてきたのですが、
田畑先生のセッションを受け始めてすぐに、これは母に受けてもらいたい!
何故か私がロルフィングを勉強してからじゃ間に合わない!と思いました。
(50歳超えてロルファーになりたいなと無謀にも思って調べたらとんでもなくて…)
でもあの母が行くかどうか、10回続けられるのか?もわからず、
とにかく話してみたらOKで、10回の途中で嫌になったらやめてもいいからと言って連れて行きました。

初回は、まだ電車の西武線が東横線と繋がっていなくて、恵比寿駅からタクシーか、渋谷駅から乗り換えて代官山駅から徒歩と同行して、
高齢の母には大変で続けられるのか?と思いましたが、

2回目からは、なんと東横線が西武線と繋がって、楽々一人で通える状況になって、このタイミングの良さにビックリです!

10回終えて、ちょうど待っていたように遷宮のタイミングで伊勢詣りへ、
母も私も行った事がなくて、今迄2人で旅行した事も無くて、こんな事になるなんてビックリです!
ツアーで他の方々について行くのが大変だったんですが、楽しくて、
出雲大社詣り&厳島神社のツアーにも参加してしまいました。

翌年(2014年)5月には、千葉県の神崎寺の主催する西国33観音巡りツアーで兵庫、大阪の9ヶ寺を訪ねました。
山登りの所はバスの中で待っていたりしましたが、必死で楽しく付いて行けました。

先生のセッションを受けていなければ、この様な素敵な出来事はあり得なかったと母共々、この不思議な流れに驚き深謝申し上げております。
そしてロルフィングの本に載せて頂き世界デビューとは凄い母⁉︎です。

そして、私ですが、初回セッション受けて、ロルファーは無理、どうしようかなと(事務職をしているのに)何故か思ってしまいました。

急に、ハワイは凄い所だな世界の人が癒されに行くなんて他には無いなとふと思って、
…今迄アンチハワイでその上、新婚旅行のカナダ帰りに寄ったオアフ島で元夫が(8年前離婚したんですが)、結婚指輪をハナウマベイで落として無くすなんて事もあり…

ホ・オポノポノのモーナ・ナラマクシメオナさんを調べたらカフナで州宝でロミロミの原型を行っていたと知り、
1回目のセッション後、2013年1月からロミロミを学び始めました。
通っているスクールで9月にハワイ島のハワイアンのクムさんの所へ約1週間学びに行く企画があり、仕事を辞めて行ってしまいました。

戻って10〜12月先輩のロミロミの店を手伝ったんですが、
翌年2014年1月から3月はハローワークの職業訓練校で介護の勉強をして、資格取得し4月から訪問介護のヘルパーとして働き始めました。

ですが、4月半ばに又ハワイ島のクムさんの講習に何故か1週間前に急に参加したくなり、行ってしまいました。
それが3月にクムさんの元へ戻ってきたヘイアウのある土地でプライベートビーチで皆既月食の時に行われる最初の講習だと行ってわかりました。

介護で勉強した心と身体の事が、ロミロミとも繋がって何故か楽しく訪問介護ヘルパーの仕事を今しています。
ロミロミは出張で将来できればいいなと思ってます。

何故、介護なんだろうと自分でも?でした、一番苦手な所と思ってました、母もなんで?あんたが?とビックリ!
そしてまたちょうど待っていたように、母のすぐ下の妹が4月に介護が必要な状況になり、
私の学んだ事がすぐ役立ってスムーズに事が運び、母も(私の妹と同居しているのに)介護の申請ができ支援が受けられました。

なんだかわからない物事の自然な流れがあるんだなと感じる毎日です。
巡り合うタイミングの物凄さにビックリする出来事がまだまだあって生きることが楽しくなってきました。
心と身体と魂との繋がりの不思議さを感じるようになりました。

長くなって申し訳ありません、読んで戴きありがとうございます。

先生に巡り合えたお陰様で、母に思いもよらぬ親孝行ができて嬉しく、深く感謝申し上げます。
ありがとうございます。
また、宜しくお願いします。

ロルフィングのプロセスが、家族の関係性や人生の流れに影響を与える可能性を感じます。

No session, No life

ソーシャルディスタンスなる言葉の影響によって、人と人との関係は疎遠になり、顔から読み取るコミュニケーションも妨げられ、様々な関係性が希薄になり身体性を失いつつある。

パンデミックによるストレスは、人類が直面してきた遺伝子に刻まれ、原初的に避けようとする本能的な恐怖があるのかもしれない。そこにつけ込んだ形で、マスメディアによる恐怖を煽る報道が繰り返され、身体は警戒モードに陥りやすい。

しかしながら、人と人との交流は、そもそも皮膚を通しての築かれるものである。

こんな状況だからこそ、様々な関係性を回復するには、原初的なコミュニケーションとしての、タッチが間違いなく威力を発揮する。そこで人は、直接的なタッチを通してのやり取りに対して躊躇が生まれやすい。敢えて、対面でボディワークのセッションをするということは、癌やエイズのクライアントにマッサージするということに似ている。

マッサージという物理的な刺激を通して、腫瘍細胞が活性化して転移や再発が促されてしまうので避けた方がいいという考え方と、マッサージによってリラックスすることで神経系が鎮静したり、オキシトシンが産生されるなど、プラスの恩恵があるので、マッサージした方がいいという二つの考え方がある。

前者のリスクは、可能性としてゼロではないが、そのリスクと受けることによる恩恵を秤にかけた時に、どちらを選択するかということになる。

パンデミック状況下では、対面でのセッションを実施すれば、感染(正しくは発病)リスクは、ゼロではないが、そのリスクを低いものになるよう注意した上で、セッションを受けることによる恩恵・メリットがリスクを上回ればいいわけである。

結局、健康に対する考え方だったり、何に価値を置き、日々をどう暮らすか?という価値観に関わってくる。そして、どんな状況でも身体はどうすべきか、どこに行くべきかを知っている。誰でも、その身体からのサインを汲み取るだけで、様々な可能性が開けてくると思う。

皮膚感覚、重力との関係性、空間との関係性、それらがストレスからの回復の鍵になるだろう。

暖かくなれば

気候が暖かくなれば、風邪も引きにくくなる。自粛してたから、感染が抑えられた調になっているけど、実際のところ、単に暖かくなってきたから、免疫が上がってきた可能性は大いにあると思うが、governmentの自粛要請が功を奏したようにしたいのかもしれないが、本当のところは曖昧なままである。

献血等でサンプリングされていた抗体検査結果がやっとでた。5月1日で公表される予定だったのに2週間も遅れた背景には、データが想定されたような結果ではなかったことが予想される。

0.4%程度の抗体陽性率で、昨年(新型コロナウイルス感染報告前)の血液サンプルもほぼ同じ%の抗体が検出されたという。これは海外で報じられた結果よりかなり低い。しきりに、検査キットに問題があって、データが信頼性に欠けるといっていたが、まず検査キットはかなりコストが高いので、何の解釈もできないような検査だったとすると、とんでもない損出である。責任者だったら、降格少なくとも始末書もんの大失態だ。でも、そんな信頼性の低いものをこのような状況下で製品化して世に送り出すだろうか?企業としては信用問題なので、正式なコメントをしてほしいと思う。

一方、得られた結果が試薬キットや操作、サンプリングに問題がなく、信頼できる結果だったと仮定すると、

  1. 今年と昨年の抗体陽性率が、同等でだったということから、”covid-19は今年から広まったわけではなく、つまり新型ではなく少なくとも昨年にはすでに広まっていた。”という可能性。
  2. 0.4%の抗体陽性率という低い値であることから、”PCR検査や報道された感染者数より遙かに下回る感染しかおきておらず、covid-19は感染拡大してなかった”という可能性。
  3. 仮に感染拡大は起きていたが、”covid-19に対する抗体ができにくいという性質があるなら、ワクチンを作ったとしてもムダ”という可能性。(生のウイルスは最も優れたワクチンである。通常、感染力を下げるために、弱毒化したり不活性化したり、一部の抗原を使ったりして作製するのが人工のワクチン)

が考えられる。

ワクチン産業の人達にとって都合がいいのは、多くの人が感染の証である抗体を持っていたが、追跡すると抗体が維持できないので、ワクチンでたまにブーストする必要ありとしたいところが、そもそもの抗体陽性率が想定より大幅に低くかったために、公表を2週間も遅らせてどういう見解にするかを検討したのではないかと勘ぐってしまう。次に規模を大きくして抗体検査したとして、どんな結果がほしいのだろうか?

BCG接種や海藻や発酵食品を多く摂る日本人にとって、ひょっとすると抗体に頼るような免疫を獲得する必要もなく、自然免疫だけで、covid-19に対応しているという可能性はないだろうか?

結果はどうあれ、私にはワクチンは不要で、自然免疫でなんとかできると信じているし、それを信じられる状態でいられるようにすることにエネルギーを使いたい、と考えています。

これから暖かくなっていけば、特定のウイルスとは関係なく体調はよくなり、緊急事態が解かれれば、全体が回復に向かっていくと思います。

ただ、問題はこうした緊急事態宣言によって、自由が奪われる可能性がこれからも起こり得ます。少なくとも、夏を越え、気温が下がって風邪を引きやすい気候になってきた時に、二次パンデミックに備えたいところです。

ハダカデバネズミの生き方に学ぶ

自然の知恵を学び、生かそうとするなら、すでに生物が行っている智慧に倣うことが手っ取り早く、生体模倣-バイオミミックリーの考え方があります。その中でも、強欲な人間にとってはなんとしても手に入れたい能力の多くをハダカデバネズミは持っています。

その並外れた特徴は

1)低酸素耐性 息を止めててもすぐ死なない

2)疼痛耐性 -痛みに強い

3)長寿 

4)老化しない

5)がんにならない

6)接触阻害に高感受性。 密集することに敏感

正常な細胞には、適切な組織の増殖の調節に役立つ「接触阻害」という現象があります。 隣接する細胞とのコンタクトにより、増殖を停止する(秩序を維持)タイミングを知っ ています。癌細胞は、本来の接触阻害の性質を失っていることが、よく知られています。 隣接する細胞同士が互いに接触しても、単層培養で分裂し続けます。Seluanovら (2009)は、ハダカデバネズミの線維芽細胞が、非常に低い細胞密度にもかかわらず、 接触阻害 になることを報告しています。したがって、この長寿命のハダカデバネズミの線維芽細胞 は、他の短命の齧歯類の線維芽細胞よりも、周囲により多くの空間を必要とし、隣の細胞を離れたところから知覚し、密集または過密になる前に成長を停止します。空間身体学的にいうと、ハダカデバネズミの線維芽細胞はいい「間合い」を知っているように見えます。

接触阻害という性質は、栄養分を奪い合うことなく効率良く秩序を保つために隣同士の細胞とうまく共存することを意味します。これは、「接触」に対する感受性が生命の秩序に関係していることを示唆しているのかもしれません。また、正常細胞には「足場依存性」という性質があり、生存し増殖するためには、拠り所となる足場に接地することが必要です。足場とコンタクトする、関係性を持つことが正常細胞の生育に必須なのです。また、細胞には、それぞれ一つずつ「一次繊毛」と呼ばれる物理刺激を感知するセンサーがありますが、癌細胞は一次繊毛が消失していることがわかっています。これらの関係を 以下の表にまとめています。

ハダカデバネズミ正常細胞がん細胞
(1)足場依存性++
(2)接触阻害+++
(3)一次繊毛++

Table1:正常細胞、癌細胞、およびハダカデバネズミ

 1)足場依存性 は、細胞と細胞外マトリックスとの関係を示します。 

2)接触阻害は、隣接する細胞同士の関係を示します。 

3)一次繊毛は環境に対する反応性を示唆しています。

癌細胞は周囲との関係性を失った無秩序な暴走状態にあります。このことから、周囲との相互作用が低下した細胞が、もし周囲の細胞外マトリクス或いは近くの細胞との関係を再構築できれば、再び生命の秩序の中に参加し直すことが可能なのではないかと想像します。

相互の関係性 = 秩序、正常化 

 様々なセラピーや身体技法が、身体と重力・空間との関係性や、他者との関係性を扱いますが、関係性の改善によってクライアントが回復する手助けになります。

さて、コロナパニックによって、人と人との距離がソーシャル・ディスタンスなる言葉で、遠ざけられ、言葉や表情から読み取るコミュニケーションもマスクされ、スキンシップも憚れるようになり、本来働くべき場所ではない処に止まるように強制され、思い切り働くことすら制限されている状況が今起きています。

この自粛ストレス下では、ハダカデバネズミとは真逆の生活を強いられ、実際、クライアントの中には、自粛ストレスで心身のバランスを崩す方も少なく有りません。

ハダカデバネズミは、真社会性の社会構造で生活することが知られています。それぞれに振り分けられた役割をこなしながら、コロニーを形成し、巣の中で互いに密に接触しながら生活する。草食で、繁殖をめぐっての争いもなく、平和的な生活を営むことが知られています。

1)コミュニティの中で、自分の役割をやり遂げる。

2) 人との適当な距離間と必要なスキンシップを保つ。

こうした生活様式が、長寿や癌にならないことにつながっていることが推測されますが、興味深いことに、飼育されたハダカデバネズミにはがんが見つかったという報告があります(😿)。人工的な環境で自然のコロニーから離した形で飼育してしまうと、本来の真社会性のコロニーでの暮らしとは異なり、自分の仕事の役割もなく生き方も変わってしまうのかもしれません。適所で働けないストレスなのか?或いは、本来の社会で働く自由を奪われることが、がん化を招いてしまうということなのでしょうか? 

いずれにしても、他者との相互の関係性は、長寿や健康に大きく関わっているようです。また、社会における自分の役割を果たすこと、他者とのスキンシップや適度な間合いも大切ということもいえそうです。

ハダカデバネズミの生活様式は、私達に多くのヒントを与えてくれているように思います。

ポイントは、薬いらず医者いらず

緊急事態宣言で自粛が必要な理由は、ウイルス感染後発症〜重篤下して入院者が増えると、受け容れ容量を超えてしまい、本当に医療を必要とする患者さんが適切な医療を受けられないという点にある。パワープレイしますが、自粛行為は、ウイルス撲滅でも感染防止とも無関係である。

(私はむしろ、自粛ストレスによって、本来の免疫系が下がって、感染後重篤化するリスクが上がることを懸念している。)

要するに、医療体制というコップの水が溢れなければ、ムダな感染防止キャンペーンはやめて、免疫のためにも、感染しておくことが、必要な備えになる。麻疹やおたふく風邪が、成人になって罹ると、かなり重症になることは知られているが、それと同じ原理である。

仮にウイルスが変異しても、変異に関わらず共通の抗原はあるだろうから、決して無駄にはならない。風邪は冬に大流行することを考えると、それまでに罹っておくことがいい準備になる。だから、もうマスクをしたり、過剰な殺菌・抗菌行為はやめて、普通の暮らしをすることが、1番いいと思う。免疫が維持されている状態で僅かな量の病原菌に接することが、免疫を獲得するのにベストである。

(最近スーパーにしてもマスクなしだと入店できないこともあるので、仕方なく装着してますが、人混みじゃなければ、お散歩はマスクなんてしてませんよーだ!)

とにかく、1番大切なのは、病院にいかなくていい身体でいることで、そうであれば、医療体制を圧迫することもない。本当に調子が悪ければ話は別だが、検査結果を知ろうとするエネルギーを自分の免疫が信じられるように保つためにできることに向けた方がいい。

とにかく、漠然とした恐れに対して、それを誤魔化そうとして、常に何か外のものに頼ろうとする、そのパターンから抜け出すことが、自由な生き方につながる。

今日来てくれたクライアントは、自粛で動かない生活にしてしまったことが、調子を崩す原因になったとのことに気がついた。どこかが悪いから、調子を崩すのではなくて、問題をつくるような生活パターンが、その修正のために身体に違和感を創るようなケースは、珍しくないと思う。

身体の声に耳を傾け、外の雑音をシャットダウンして、小さく反逆することが、自由と健康を手にする秘訣だと思う。

Hey Hey Hey, I was born a rebel, down in Dixie on a Sunday mornin’

Yeah with one foot in the grave and one foot on the pedal

I was born in a reble.