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能∞ロルフィングのイベント後に寄せられた感想

先日3月8日に代官山ライブハウス,晴れたら空に豆まいてに於ける,安田登さんとのイベント後に寄せられた感想をご紹介します。

「8日のワークショップは、気づきと気持ちよさの宝庫でした。
田畑さんが安田さんに施術されている時はあまりの気持ちよさに
目を閉じてしまい、自分が受けているかのような錯覚に陥りました。
自分が初めて受けた時は、ロルフィングのロの字も知りませんでしが、
田畑さんが左に立たれた時は怖くて泣いたことを、
右に立たれた時は怖さはそれほどでもなく、安心したこと
などを思い出していました。
自分が受けていた時、いつも目をつぶっていたので、田畑さんは
一体何をされているのだろうとワークショップでは頑張って
目を開けようとしていたのですが難しかったです。
安田さんと間を図っていらっしゃるのを「見ていて面白いですか?」と
安田さんは仰いましたが、「いつまでも見ていられる」と思いました。
始めのスライドも、お言葉の中に真髄がいっぱい詰まっていました。
また、ロルフィングだけでなく、能も好きで時々見に行くので
シテ、ワキのこと、冥界とのことなども知れてうれしかったです。
成長のブレイクスルーは突然起こること、全身全霊で何も
しないこと、自発が起こること、滲み出ることなどキーワードが
目白押しですが、あわててメモしなくても、必要なものは必要なときに
出てくるのかなと思っています。」
–  Iさんより

 

先日の安田さんとの対談とセッションは、対談として想像していたのと全然違う感じでしたけれども、とてもよかったです。お二人でずっと楽しげにいろいろされていて、後ろのほうから見ている私は置いて行かれてる感満載でしたが、それがいつの間にかこちらも体が整ってきて楽になりました。帰り道は足が前に出やすくなっていて恵比寿まで歩くスピードが早くなりました。

職場で人が立て続けにやめてしまいまして、今年に入ってから残業続きとストレスで、夢にも仕事が出るし胃も胸もつねに詰まっている感じで割と追い込まれている状態でしたが、安田さんと田畑さんが距離や向き合い方をいろいろ試されていたあたりから、はっきりと楽になっていると自覚し始めたなと思います。上にあがってつまっていたものが久しぶりに、下におりてきてくれて楽になったのを感じました。
2年ほど前から能の謡のお稽古を初めてまして(先生は安田さんではありません)、たまたま対談翌日の昨日がひと月ぶりのお稽古でした。しばらく仕事にかまけて自主練もできず、このまま先生の前で謡ったらのどがしまりそうだなと思っていたのですけれども、声を出してみたら意外にも楽だなと感じ、次にこれならのどがしまらずにやれそうだから、下に下げて響かせられるかもと思って、肚まではさすがにいけませんが下のほうに下げてみたりしました。田畑さんのセッションの後に安田さんが謡を謡われた時、いろいろ試しましたと話されたのをと思い出しました。比べ物にもなりませんけれども、あれ、なんかいけそうと思ってそのままなんとなく試したくなる感じや、後から、対談セッションと自分のお稽古が発声でいつの間にか結びついたことなどに気づいて、いろいろ物事は面白いなと思いました。また安田さんとの対談第二弾がありましたら必ず参ります。お二人が楽しそうにいろいろされているのを拝見できますから。そして自分にもいいことがたくさんあります。ありがとうございました。
–  Kさんより
その他にも,デモのお裾分けで調子がよくなったという方や,もう一度セラピストを目指そうと思われた方もいたりで,反響が大きいトークショー?でした。

能楽師の安田登さんとのイベントを終えて

3/8に,代官山ライブハウスで,下掛宝生流ワキ方の安田登さんとのイベントがありました。たくさんの収穫があった今回のコラボでした。

深いセッションをしていると,自分が憑依性を帯びてくることがあります。自分であって,自分でないような感覚です。それは,スピリチュアルと言えばそうなのですが,特別なわけでもないし,かといって意味不明の怪しさでもないけど,確実に起こることです。

ワキという役割は,積極的に霊を呼び込みながら役を演ずるそうですが,憑依されてしまうのを避けるために,肚に力を入れるそうです。

肚に力を入れるというのは,力むこととは違うので注意する必要がありますが,要するに様々な情報に気づくために知覚は拡大しながらも,自分がお留守になって,乗っ取られてしまったり,他人の感覚と自分との境が曖昧になって精神的に不安定にならないようにするためには,肚に意識を向けることがことさら重要ということです。

これは,セッションで体験的に分かっていることですが,肚が感覚で満たされていないと,ワークの効きも悪く,セッション自体がどよ〜んとしてくるので,肚は常に重要だと思っていたことと,安全にセッションを進めるためにも押さえるべきツボ中のツボです。

あ〜久し振りの安田さんとイベント楽しかった〜。

能楽師の安田登さんとのイベント

こんどの3月8日(木)夜の代官山ライブハウス「晴れたら空に豆まいて」にて能楽師の安田登さんとイベントします。

このイベントを前に,安田さんご自身のブログの中で,ロルフィングと能におけるシテの役割,そして何もしないことの意味について解説されています。一時期ほんの短い時間でしたが,安田さんから能を習ったことがあります。当時,シテの役割について伺ったことはあるものの,今その役割がはっきりわかった気がします。そしてそれは,自分がロルファーとしての役割とすごく重なる部分があることも理解できました。

すでに現役バリバリの能楽師として活動されていた安田さんが,時間とエネルギーを捻出して日本初となるロルフィングトレーニングを推し進めつつ全課程を修了された意味が,今となってはわかる気がします。身体について深く学ぶことが安田さんにとって必要なんだろうなあとだけ思っていたところがありますが,実は,ロルファーの仕事は,能におけるシテの役割と,同じということ。

そして,シテを演じきることは,聴衆が知覚を拡大したり,ものの観方をシフトさせるきっかけになることができる。結果として,教育という分野にも関連してきます。安田さんの多岐に渡る才能や自由な活動は,矛盾なく,大きな一つの流れに沿っているんだろうなと思います。

また,能の舞台を通じて,修練されてこられた安田さんですが,何かの技法を修練していく過程で,技法を成熟し分化させて型から離れる時期が訪れたときに,本質は押さえたままで”離”の状態にどう移行するのか,この辺りも安田さんに伺いたいところです。

 

 

 

回復にはいろんな道筋があるはず

本来は,治癒や回復を促すための医療や援助の仕事が,その目的に反して,かえって被害にあってしまうこともあります。

ある技法でうまくいかなかったとしても,その技法で受けた被害は,その技法を通してしか回復できないと助言するような浅はかで経験値の足りない輩の言葉が頭から離れず影響を受けてしまうこともあるようです。

ある技法で受けた被害は,その技法を通してしか解放できないというのは何の根拠もない戯言です。
受けた苦痛は同種の苦痛を通してしか解決できないというような身体技法もあるようですが,害ある思い違いです。

人は観たいものしか観ないということの反映だったりして,でたらめな考え方は多く存在します。じゃあ,強烈な整体で骨折した怪我は,同じ技法でしか治せないといっているのと変わらないです。

なぜなら,治る主体はあくまで受け手にあるので,そのきっかけはどんな方法でも構わないのです。

トラウマについて,一見全く関係のないことをしていて,例えばあるマンガを読んだことによって,嘘のように深刻なトラウマの事件への捉え方が変わってしまったというクライアントの方もいました。ただ,3ヶ月して理由なく泣いたら,痛みがなくなった方,2年かかって気がついたら変化していた方もいます。

回復の過程には様々な角度からの可能性や時間の介在があるのだと思います。

ですから,それがまともなアドバイスであれば,腑に落ちる感覚があるのと,それを打開しようとする行為自体に周りもサポートしてくれる自然な流れがあるはず。それがないようでしたら,とりあえず,一息ついて,他人のいうことは他人事の戯言として聞き捨てることも時には必要です。

あくまで,あなたの生き方や考えは誰に支配される必要もなく,主体はあなた自身にあって,決定権はあなたにあるのです。

10シリーズ終了4ヶ月後に頂いた,心に響く感想

 

月一のペースで遠方から通って頂いた方が,10月にロルフィングシリーズを終了。それから4ヶ月経って,その後について感想を送ってくれました。

ロルファーとして感じていたのは,セッションをすごく大切に,そして感謝と共に受けて頂いていたことです。私もそのことに対して,敬意を覚えたことを記憶しています。 頂いた体験記を拝読して,提供する側として受け手がどうそれを捉えようとも,一つ一つ大切にセッションをしなければいけないと改めて感じたい次第です。

ともすると,施術者側からすると,複数のクライアントの中の一人ですが,受け手からすれば,ロルフィングを受ける私という人間は,複数とは関係のない,たった一人の自分であることを忘れてはいけないのです。

長年不具合を感じていた方のその後

仕事

仕事に関して,英語ではいろんな単語がある。

work,business, labor, profession 。。。

businessとして割り切り,お金メインで忙しく詰め込むセッションには隙間がない。余裕や一つ一つのセッションへの丁寧さや,受けに来てくれることへの感謝が薄らいでしまう。

研修で習ったことを鵜呑みに忠実にするあまり,task化してしまうと飽きがきていたり,身体に負担があるのにそれを推して行うと,きつい労働Laborになる。

援助職の本来目指す意味での仕事は,workだろう。いろんな側面があって,結果的にお金に結びついたりしているが,バランスをとるためのお金の交換であって,お金優先でクライアントのサポートが二の次になってしまうとしたら,方向性が間違っていることになる。

さらにお金だとわかりやすいのだが,援助職というその立場を悪用して,クライアントよりも高い位置に自分を置く欲求を満たそうとする行為,つまりマウンティングのためにその職業を選んでいるんじゃないのか?と疑いたくなるおうな輩もいる。

立ち直ろうとする受け手は,元々元気いっぱいではなく弱っている場合が多いので,容易に無神経な言葉の投げかけで傷つきやすい。さらには個人情報も握られているのでつけ込まれやすい。

その人の仕事の姿勢,マウンティングや営利優先なのか?チェックする必要がある。悲しいかな,そういう輩は少なくないので注意が必要だ。

そこで本当に必要なことを終えるまでは,通うことに意味があるが,健全な関係性とは,いつでも止めることができるけど,そこでまだワークする価値がある,好奇心があるからセッションするという関係性であって,永続的に通い続けるように囲い込もうとする縛りに念や重さはないはず。

人格が伴わない中途半端に勘がある輩は,巧みに方向づけしたり,今とりあえず扱う必要のない,あるいは元々ない問題を作って,気になるように仕向けたりする。そうした行為は,もほや,workではない。ワクチンを売る業者が,そのウイルスも製造してばらまいて儲けるような行為とおなじである。

 

 

 

 

 

動的で健全な関係性とは?

つながり,の大切さを強調されすぎると,今度は一度つながった関係性から離れるのが難しくなる。そうなるとしがらみや囚われの中での関係性となり,結果として,次に出会うべき人や行くべき場所にアクセスするチャンスを逃してしまうことになる。

例えば,分子と分子にしても,一旦結合したらもはや離れない,共有結合もあるが,結合力は強固ではないけれども,その代わり,離れたり,またくっつくことが動的にできる,水素結合のようなつながり方もある。

人と人,人と場所も,必要なときにつながり,そうでないときには離れることができるような,ゆるい遊びのある関係性が健全だ。

固定化されていない,動的な状態,いったりきたりできる自由な関係性をつねに築きたいもの。

ネットでつながったり,いろんなつながり方があるけれども,つながりを強調しておけば,離れることに罪悪感を持たせたり,本能的な帰属欲求を刺激することで,グループやコミュニティから離れる動きを抑え込むことができる。

会社を辞めるときに加入していた生命保険を辞めようとしたときに,保険の担当のおばさんが,いつもニコニコ対応していた顔から一変して鬼のような形相と対応になったことを覚えている。

うちの親父は90才で一人暮らしだが,孤立して孤独なわけではなく,独りを楽しんでいる。そのような状態をloneiness ではなく,solitudeというらしい。人によっては誰かと群れていたい人もいれば,ほっておいてほしい人もいる。ほっておいてもらう自由があるはずなのだ。

しがらみの中でのネットワークやグループに籍をおくことで,漠然とした不安を誤魔化しているとしたら,とりあえず距離を置いてみる。会合を休んでみる。行くのを延期してみる。そのコミュニティが健全であれば,その自由を認めてくれるはずだ。
そうでないとしたら,その関係性は健全ではない。そこから離れようとした瞬間,搾取する側は供給されるモノが絶たれてしまうため,あるいはその脱退の連鎖がおこるのを押さえるために,別の顔を現す。

あなたをケアしているはずのセラピストや所属しているグループから,そこでできることを完了して,次のレベルに移行する時にその人達はそれを心から喜んでくれるだろうか?

それとも,何か理由をつけて囲いこもうとするだろうか?

必要な時に出会い,つながることも大切だが,離れるタイミングがきたら,離れる自由を確保していたい。なぜなら次に出会うべき人や機会が遠ざかってしまう。それでもそこに留まったり通い続ける場合,自分が何を得ようとしてそこにいっているのかが明確で自覚できていればいいと思う。

移行期,大きくシフトするタイミングが人生には何度か訪れるが,今までのパターンを捨てて慣れないやり方になるので,不安になったり,混乱を感じたり,という時期が必ずある。

そこは焦らず,長い目でみて,躍動する時期もあれば充電期もあるとして,じっくり進むしかないのだろう。

統合するということは,一貫性をもっていろんなレベルを一致させて行くということ。身体の整合性や内側の関係性が変わっていくと,身体の外との関係性にも影響が及んでくる。

SE同期の高田美和子さんを偲ぶ

一番右が高田美和子さん

高田美和子さんが1月13日に亡くなられたそうです。

同じSomatic Experiencing(SE)トレーニングの東京1期生として,ご一緒させて頂きました。

美和子さんとの思い出は,東日本大震災の2ヶ月後に,一緒に宮城県七ヶ浜を訪れた時のことです。SE第一人者藤原千枝子さんの呼びかけで,Ale Duateを団長とする震災支援チームが結成されました。

震災の影響からフェリーで仙台入りすると,驚いたことに現地を牛耳るとんでもない教育マフィアのおっさんがいて,にわかには信じられないかもしれませんが,こちらの活動に対して露骨な妨害をしてきたのです。チームが機能しないように二分しようとしたり,現地の方々に提供しようと考えていたワークショップを自分のグループ向けに変更しようとしたり,会場に届くように手配した書籍はほったらかし,空きスペースを利用して会場の方々に提供し始めたSEセッションに横槍をいれてきたりと,やりたい放題 – 想像以上のワルでした。

妨害やら様々なストレスの中,チーム全体がダウンしかけたときに,そんな状況に左右されず,キラキラとしたエネルギーを維持したまま,一番活躍したのが,紛れもなく美和子さんだったのです。

美和子さんの辛抱強い電話交渉の末,行方のわからなかった書籍も回収できて間に合い,横槍が入る前にチームメンバーが現地の方々に提供し始めたSEセッションの受付も待ちがないように滞りなく段取りよく振り分けてくれたのも美和子さんでした。

普段研修中で自分が知ってたはずの美和子さんから想像もできないほどの活躍ぶりに,

“美和子さん,すごいですね,”

というと,

”毎日の暮らしの方がいろんなことを感じすぎて,大変だから,この状況は特別ではなく,むしろ大丈夫なんです,”

と。

”そうか!ってことは美和子さんは平時より,”有事に強い”ってことですね,”

というと,ニコニコ笑っていました。

チームメンバーがセッションを進める中,完全に裏方に回ってもらったので,そのことに対して申し訳ない気持ちを伝えると,またもやキラキラと,

“私が信頼する最高のプラクティショナー達からワークを受けてもらうお手伝いができるのは本当にうれしい。”

と心から仰っていました。

美和子さんはその空間の隅々まで細かく感じて受けとっていて,私達が想像できないくらい密度の濃い体験の毎日だったのかと思うと胸が痛みます。

生の笑顔をもう拝見できないのはとても寂しいですが,精一杯生きられた美和子さんのご冥福をせめてお祈りしたいと思います。

合掌

 

 

 

本物の一流とは?

先日の代官山ライブハウス晴れ豆でのイベントで,私のワークは,スランプの人にいい,と甲野先生が仰っていた。身体の筋緊張のトーンが一気にリセットされるので,スランプから脱するのには効果てきめんということだ。小関さんからは,一流のアスリートだと,変化に対してオープンなので,自分が知らない新しい状態になることに対して,恐れではなく好奇心で臨む姿勢があるということを仰っていた。

確かに,ロルフィングに限っていえば,最初何が起きているかわからず,頭で自分が把握できるところで判断しようとして,–よくわからないので・・・といって10回の途中で止めてしまう人が稀にいる。 シリーズ半ばでなんやらそこから先に進むのを躊躇しはじめて,止める理由付けをしてしまう人もいる。

自分の把握できる範囲を超える新らしいものに本当に開いていたら,ロルフィングを途中で辞めようなんて思わないはず。(注:よっぽど,スキルがないとか,相性がめちゃめちゃ悪い場合は,ロルファーを変えた方がいいですが。。)

思い返してみると,本物,一流の人は,これだ!と思ったら躊躇なく,最初から10回すると決めて,変な遅刻やキャンセルもなく,ただただ完結する。もう20年くらい前のことですが,教授や妻はそうだった。自分が経験していないことに,チャレンジする気持ちをわすれず,そのことに時間とお金を真っ直ぐに投資をする。そういう姿勢があるからこそ,成功するのだと思う。

気を悪くする人もいるかもしれませんが,本当のことだからしかたない。

 

インタビュー記事和訳

 

サンフランシスコのベイエリアで活躍するロルファーKathy McConnell女史が,田畑にインタビューしてくれた記事です。Structural Integration / November 2015に掲載された記事をgoogle翻訳の力を借りて,適当なところも含みつつ訳してみました。

Rolf Movementインストラクターである田畑浩良が開発した「イールドのアート」は、メアリー・ボンドによって「完全に存在し、何度も何度も観察する」という方法として記述されています。

私は2015年4月に田畑浩良を講師とする「イールドのアート」に関するワークショップを終了しました。それ以来、私は彼のイノベーションのさまざまな側面を良い結果でセッションに組み込んでいます。彼の方法では、セッションは施術者が自分の身体感覚に意識を持ち、その後自分自身を接地させ、クライアントと部屋のスペースを含めるように意識を広げることから始まります。これはすべてクライアントとの物理的なタッチの前に行われ、 ‘フィールド’を創るための手順です。施術者は、「コンディショニング」という技術を採用しています。コンディショニングは、身体の様々な場所で、手の甲側で軽く触れ、ほとんどの場合は体を変化させるための準備になります。目的は、クライアントを回復し、細胞の足場を提供し、微細な動きの波を生み出すことです。この最初の部分が完結すると、残りの介入は同じように進められますが,行程としては優しく短くなります。一つ一つのタッチの後、施術者はテーブルから離れたところから変化をスキャンして追跡します。施術者が鋭敏に受容しているときに、クライアントのシステムは次に行くべき場所についての指示を与えるでしょう。典型的には、イールドのセッション中に身体に実際に触れるよりも、身体から離れた時間が費やされます。

私自身の練習では、変化を創造するという意図を持ってセッションを始めることが、セッションを通して豊かな存在を維持するのに役立つトーンを設定することが分かりました。私が自分の意識を体,とりわけ丹田に戻し続けている限り、私は場の中でその流れに任せることができます。時間はゆっくり進み、私の直感的な知覚が現れます。私の手は、私が達成したいことについての考えが空間に侵入する前に、どこに行くべきかを知っているようです。私の呼吸、私の身体、そしてとりわけ、クライアントの組織,すべてが従順に感じられます。私の思考心で戦略を立てることは、存在を維持することに比べれば,二の次となっています。

クライアントからのフィードバックは,各々の関係は固有なものですが,非常に肯定的です。彼らは私と同じように軽いタッチがいかに効果的かに驚いています。私の長年のクライアントのひとりは,このように表現しています:「あなたがすることをしなければしないほど,より多く感知できる,ような気がする。」と。私のプラクティスの本質は,新しい方向に進化していると言えます。そのワークはいま、自分自身、クライアント、そして関係性(フィールド)によって活性化される第3の有機体と共に存在しています。

このインタビューは電子メールで行われました。英語は田畑浩良の母国語ではないため、わかりやすく編集されています。

Kathy McConnell(以下KT):あなたが開発したRolng ®Structural Integrationへのこの「イールドのアート」のアプローチの特徴を教えてください。

田畑浩良:「イールドのアート」は、生きている組織における動きの反応を刺激し、それは深い変容の可能性を持つシステム全体の一貫した動きを促進します。施術者のタッチは、身体全体のマインドシステムで非常に深いリラクゼーションを招き、関節の減圧とコアスペースの拡張を容易にします。これは、一般にRolng S.I.で使用される古典的筋筋膜解放の手法に耐えられない人々に構造的身体統合法を提供する必要性に対応して進化しました。「イールドのアート」は、穏やかで簡潔で正確なタイミングを持つタッチによって効果的な構造変化が達成できることを示しています。それは、プラクティショナー(のマインド)が必要と考える何某かの変化を強制するのではなく、クライアント自身の自己調整的知性を利用することによって、変更がより永続的で意味深くなるという概念に基づいています。

施術者の知覚状態がこの作業の鍵です。あなたの内部の感覚だけでなく、セッションを通した一貫してクライアントを含むあなたの周りの空間の感覚にも注意することが重要です。この状態によって明白な流れが可能となり,施術者が表れてきたモティリティ(微細な動き)の波を捉えやすくします。さらに、内側への感覚と同時に周囲に感覚を方向づけることは、本質的なプレゼンスにつながります。

KM:「イールドのアート」はどのように進化しましたか?

田畑:私は圧力に比較的敏感なので、私は自分が触れられたい様に,人に触れる方法を探していました。私は多くのロルファーが自分のプラクティスの中で肘や拳、または指に過度の圧力を加え,自分自身を傷つけているのを見ました。私たちは身体の健康に従事する専門家で、他者に対して、より楽に,暮らし動くための方法を教えています。私がやっていることと私がクライアントを教えていることとの間に一貫性があるはずです。もっと楽に仕事をする方法を見つけたかったのです。

1998年に認可されたロルファーになったばかりの私は、80年代の男性に10シリーズを提供しました。耳鳴りが改善されたので、彼は非常に満足していました。しかし、彼はシリーズが終わっても,完結していないと感じていたようです。私はイールドのタッチのプロトタイプを使ってポスト10セッションを行いました。私は単に台上に横たわっている彼の身体の下に指を置き、そこで感じられる微細なモティリティと呼ばれる動きに従ったのです。彼は本当にそれタッチを感謝し、私は、意味のある構造変化をもたらしたシリーズの本当の「完結」を感じました。まもなく、別のクライアントが私のところに来ました。彼は重度の便秘に悩まされていた。彼の肌はすごくツルツルしていてワックスがついているような感触で、私は構造に働きかける手技的に働きかけることを諦めなければならなかったので、独特のムーブメントを使って10シリーズを行わざるを得ませんでした。興味深いことに、結局、彼の便秘は解消され、彼の肌はより正常になった。これらのケースによって、皮膚状態または直接的な筋膜解放による働きかけを容認できない様な様々な理由のある人々と共に、私が即興的にその場に応じた対応を余儀なくさせたわけです。それらのことすべてが、「イールドのアート」の発展のためのすばらしい資源になってしまったことになります。

[その他の影響] 2002年の私の上級トレーニングでは、左肩を壊していたので、練習中に私の肘を使用するのは難しかったです。幸いにも、トレーニングの聴講にきていたVivian Jayeから,Rolf Movementの個人セッションを受ける機会に恵まれました。そのセッションの間、上腕骨の骨端は大きなバキッ!!☆/(x_x)という音と共に「戻るべき場所」を見つけ、肩は完全に治りました。それは劇的な変化であり、私は非常に深いやり方でムーブメントのパワーと潜在力を体験することができました。その前に、1999年に私のロルフ・ムーブメントトレーニング中にある出来事が起こりました。講師のキャロル・アギネッセンス(Carol Agneessens)は、とりわけ伸ばしたり圧縮を解いたりせずに、やさしく背中と頭に触れました。私は背骨が自発的に伸びるのを感じました。私がこの種の動きの反応を感じたのは初めてのことでした。この経験は私の好奇心を刺激して、この種の反応をより頻繁に呼び起こす方法を見つけたいと思うようになりました。

また、Rolf Movementトレーニングでは、すべての動きの根底にある最初の動きとしてイールドという概念が紹介されました。この新しい基礎的な理解によって、私は細胞生物学における私の経験と構造統合の実践の間の橋渡しになると認識したのです。このタッチが,細胞の集合的応答を刺激して、運動性を高めるための足場を提供するように作用するかもしれない,とわかり始めたのです。

それが私のロルフィングのキャリアの転換点でした。その授業以来、私は自分のプラクティスでイールドを積極的に試すようになりました。私は意図的に細胞性の足場を提供する意識でこのタッチを使用すると、クライアントはより簡単に応答することを見出しました。

KM:なぜこの最小限の介入がこのような重要な変化を生み出すと思いますか?

田畑:ジグソーパズルのように体を想像してください。 ロルファーとして、私たちは、絵の全体を含まずに1つだけを変更すれば、変更は成立しないことを知っています。私たちがワーク中にジグソーパズルを追跡しようとすると、私たちが生きている全体を呼吸するのを妨げる可能性があります。細胞レベルで作業することで、パズルの個々の部分をバイパスすることが可能になります。 1つの小さなセルは、すべてのセルに情報を送信し、ホログラフィックで全フィールドを処理します。これは体系的なコヒーレンシー、あるいは私が「パリトニック・ハーモニー」と呼ぶものをもたらします。セルはジグソーパズルのピースとは異なり、よりダイナミックで反応性があります。

KM:「イールドのアート」は伝統的なロルフィングパラダイムの中にフィットさせていますか?

田畑:私はStruractural Integration,Rolf Movement、そして 10シリーズの中での「イールドのアート」をブレンドして、セッション前後の写真を比較しました。「イールドのアート」は、クライアントのシステムを使って,どこへ行くかの決定を下すことで、構造的な変化と統合を新しい方法で呼び起こします。私は触れている部分だけを変化させようとするのではなく、セッションの古典的なバウンダリーをその系の扉として使用します。私たちは、あなたがどんなロルフィングセッションでもそうするように、セッションの始めに機能的なゴールを確立します。しかし、私は変化を創り出すための主要なツールとして、自分の内的感覚とフィールドの意識を使用します。私が体に触れるたびに、私はその場所で体全体の共鳴を感じています。例えば、私が膝に軽く手を置くと、膝を通るすべての隔膜(ダイヤフラム)の共振が感じられます。私は、体から手を離して波を観察するために,身体から離れることで変化が始まります。

KM:あなたがシェアしたいことは他にありますか?

田畑:よく,この介入がエネルギーワークであるかどうか質問されます。非常に軽くて簡単な介入ではありますが、エネルギーワークではないと認識しています。私はムーブメントの介入として「イールドのアート」を理解しています。それは、より広範な変化を見分け、それに従う。初期の段階では、圧力感受性の人々にのみ「イールドのアート」を適用すると思っていましたが、時間の経過とともに、それは誰にとっても適した方法であると思っています。

Tahata Hiroyoshiは、認定アドバンストロルファーであり,ロルフムーブメント施術者です。 Rolferになる前は、林原生化学研究所で生化学研究員として働き、細胞のコロニー形成行動に親しみを感じました。彼の現在の仕事の発展に関連するものは、2011年に日本で修了したSomaticExperiencing®のトレーニングです。彼は親愛なる妻、息子、2匹の犬、2匹の猫、そしてカメと東京に住んでいます。もっと詳しく調べるには、https://rolfinger.com/にアクセスしてください。

R.C.S.T.(認定クレニオセイクラルセラピスト)のKathy McConnellは、認定アドバンストロルファーであり,ロルフムーブメント施術者です。彼女はまた、バイオダイナミッククリニオセイクラルセラピーと医学気功でも認定されています。彼女は2000年からサンフランシスコベイエリアでプラクティスしています。

1. 「イールドのアート」アプローチは、いくつかのRolf Movementトレーニングで教えられている「イールド」のタッチから派生しています。重要な違いは、田畑のアプローチの不可欠な点は、ワークが行われるフィールドを作成するプラクティショナーの知覚の継続的な関わりです。

詳細は、2012年6月号のStructural Integrationの記事「Yielding」を参照してください。その記事から: “イールドは最初の発達段階の動きです。受動的な降伏や「何もしない」と誤解されることがよくありますが、イールドは実際には積極的な関係性にあり、他のすべての根底にある基本的な動きの振る舞いです」と述べています。あなたは彼のプロセスについてより多くのことを読むことができ、前に彼のクライアントの写真を見ることができます。

参考文献

Agneesens、C. and H. Tahata 2012年6月「収穫」構造統合:RolfInstitute®40(1):10-16のジャーナル。

Tahata、H. 2012年6月「イールドを用いたケーススタディ」構造統合:RolfInstitute®40(1):31-33