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インタビュー記事和訳

 

サンフランシスコのベイエリアで活躍するロルファーKathy McConnell女史が,田畑にインタビューしてくれた記事です。Structural Integration / November 2015に掲載された記事をgoogle翻訳の力を借りて,適当なところも含みつつ訳してみました。

Rolf Movementインストラクターである田畑浩良が開発した「イールドのアート」は、メアリー・ボンドによって「完全に存在し、何度も何度も観察する」という方法として記述されています。

私は2015年4月に田畑浩良を講師とする「イールドのアート」に関するワークショップを終了しました。それ以来、私は彼のイノベーションのさまざまな側面を良い結果でセッションに組み込んでいます。彼の方法では、セッションは施術者が自分の身体感覚に意識を持ち、その後自分自身を接地させ、クライアントと部屋のスペースを含めるように意識を広げることから始まります。これはすべてクライアントとの物理的なタッチの前に行われ、 ‘フィールド’を創るための手順です。施術者は、「コンディショニング」という技術を採用しています。コンディショニングは、身体の様々な場所で、手の甲側で軽く触れ、ほとんどの場合は体を変化させるための準備になります。目的は、クライアントを回復し、細胞の足場を提供し、微細な動きの波を生み出すことです。この最初の部分が完結すると、残りの介入は同じように進められますが,行程としては優しく短くなります。一つ一つのタッチの後、施術者はテーブルから離れたところから変化をスキャンして追跡します。施術者が鋭敏に受容しているときに、クライアントのシステムは次に行くべき場所についての指示を与えるでしょう。典型的には、イールドのセッション中に身体に実際に触れるよりも、身体から離れた時間が費やされます。

私自身の練習では、変化を創造するという意図を持ってセッションを始めることが、セッションを通して豊かな存在を維持するのに役立つトーンを設定することが分かりました。私が自分の意識を体,とりわけ丹田に戻し続けている限り、私は場の中でその流れに任せることができます。時間はゆっくり進み、私の直感的な知覚が現れます。私の手は、私が達成したいことについての考えが空間に侵入する前に、どこに行くべきかを知っているようです。私の呼吸、私の身体、そしてとりわけ、クライアントの組織,すべてが従順に感じられます。私の思考心で戦略を立てることは、存在を維持することに比べれば,二の次となっています。

クライアントからのフィードバックは,各々の関係は固有なものですが,非常に肯定的です。彼らは私と同じように軽いタッチがいかに効果的かに驚いています。私の長年のクライアントのひとりは,このように表現しています:「あなたがすることをしなければしないほど,より多く感知できる,ような気がする。」と。私のプラクティスの本質は,新しい方向に進化していると言えます。そのワークはいま、自分自身、クライアント、そして関係性(フィールド)によって活性化される第3の有機体と共に存在しています。

このインタビューは電子メールで行われました。英語は田畑浩良の母国語ではないため、わかりやすく編集されています。

Kathy McConnell(以下KT):あなたが開発したRolng ®Structural Integrationへのこの「イールドのアート」のアプローチの特徴を教えてください。

田畑浩良:「イールドのアート」は、生きている組織における動きの反応を刺激し、それは深い変容の可能性を持つシステム全体の一貫した動きを促進します。施術者のタッチは、身体全体のマインドシステムで非常に深いリラクゼーションを招き、関節の減圧とコアスペースの拡張を容易にします。これは、一般にRolng S.I.で使用される古典的筋筋膜解放の手法に耐えられない人々に構造的身体統合法を提供する必要性に対応して進化しました。「イールドのアート」は、穏やかで簡潔で正確なタイミングを持つタッチによって効果的な構造変化が達成できることを示しています。それは、プラクティショナー(のマインド)が必要と考える何某かの変化を強制するのではなく、クライアント自身の自己調整的知性を利用することによって、変更がより永続的で意味深くなるという概念に基づいています。

施術者の知覚状態がこの作業の鍵です。あなたの内部の感覚だけでなく、セッションを通した一貫してクライアントを含むあなたの周りの空間の感覚にも注意することが重要です。この状態によって明白な流れが可能となり,施術者が表れてきたモティリティ(微細な動き)の波を捉えやすくします。さらに、内側への感覚と同時に周囲に感覚を方向づけることは、本質的なプレゼンスにつながります。

KM:「イールドのアート」はどのように進化しましたか?

田畑:私は圧力に比較的敏感なので、私は自分が触れられたい様に,人に触れる方法を探していました。私は多くのロルファーが自分のプラクティスの中で肘や拳、または指に過度の圧力を加え,自分自身を傷つけているのを見ました。私たちは身体の健康に従事する専門家で、他者に対して、より楽に,暮らし動くための方法を教えています。私がやっていることと私がクライアントを教えていることとの間に一貫性があるはずです。もっと楽に仕事をする方法を見つけたかったのです。

1998年に認可されたロルファーになったばかりの私は、80年代の男性に10シリーズを提供しました。耳鳴りが改善されたので、彼は非常に満足していました。しかし、彼はシリーズが終わっても,完結していないと感じていたようです。私はイールドのタッチのプロトタイプを使ってポスト10セッションを行いました。私は単に台上に横たわっている彼の身体の下に指を置き、そこで感じられる微細なモティリティと呼ばれる動きに従ったのです。彼は本当にそれタッチを感謝し、私は、意味のある構造変化をもたらしたシリーズの本当の「完結」を感じました。まもなく、別のクライアントが私のところに来ました。彼は重度の便秘に悩まされていた。彼の肌はすごくツルツルしていてワックスがついているような感触で、私は構造に働きかける手技的に働きかけることを諦めなければならなかったので、独特のムーブメントを使って10シリーズを行わざるを得ませんでした。興味深いことに、結局、彼の便秘は解消され、彼の肌はより正常になった。これらのケースによって、皮膚状態または直接的な筋膜解放による働きかけを容認できない様な様々な理由のある人々と共に、私が即興的にその場に応じた対応を余儀なくさせたわけです。それらのことすべてが、「イールドのアート」の発展のためのすばらしい資源になってしまったことになります。

[その他の影響] 2002年の私の上級トレーニングでは、左肩を壊していたので、練習中に私の肘を使用するのは難しかったです。幸いにも、トレーニングの聴講にきていたVivian Jayeから,Rolf Movementの個人セッションを受ける機会に恵まれました。そのセッションの間、上腕骨の骨端は大きなバキッ!!☆/(x_x)という音と共に「戻るべき場所」を見つけ、肩は完全に治りました。それは劇的な変化であり、私は非常に深いやり方でムーブメントのパワーと潜在力を体験することができました。その前に、1999年に私のロルフ・ムーブメントトレーニング中にある出来事が起こりました。講師のキャロル・アギネッセンス(Carol Agneessens)は、とりわけ伸ばしたり圧縮を解いたりせずに、やさしく背中と頭に触れました。私は背骨が自発的に伸びるのを感じました。私がこの種の動きの反応を感じたのは初めてのことでした。この経験は私の好奇心を刺激して、この種の反応をより頻繁に呼び起こす方法を見つけたいと思うようになりました。

また、Rolf Movementトレーニングでは、すべての動きの根底にある最初の動きとしてイールドという概念が紹介されました。この新しい基礎的な理解によって、私は細胞生物学における私の経験と構造統合の実践の間の橋渡しになると認識したのです。このタッチが,細胞の集合的応答を刺激して、運動性を高めるための足場を提供するように作用するかもしれない,とわかり始めたのです。

それが私のロルフィングのキャリアの転換点でした。その授業以来、私は自分のプラクティスでイールドを積極的に試すようになりました。私は意図的に細胞性の足場を提供する意識でこのタッチを使用すると、クライアントはより簡単に応答することを見出しました。

KM:なぜこの最小限の介入がこのような重要な変化を生み出すと思いますか?

田畑:ジグソーパズルのように体を想像してください。 ロルファーとして、私たちは、絵の全体を含まずに1つだけを変更すれば、変更は成立しないことを知っています。私たちがワーク中にジグソーパズルを追跡しようとすると、私たちが生きている全体を呼吸するのを妨げる可能性があります。細胞レベルで作業することで、パズルの個々の部分をバイパスすることが可能になります。 1つの小さなセルは、すべてのセルに情報を送信し、ホログラフィックで全フィールドを処理します。これは体系的なコヒーレンシー、あるいは私が「パリトニック・ハーモニー」と呼ぶものをもたらします。セルはジグソーパズルのピースとは異なり、よりダイナミックで反応性があります。

KM:「イールドのアート」は伝統的なロルフィングパラダイムの中にフィットさせていますか?

田畑:私はStruractural Integration,Rolf Movement、そして 10シリーズの中での「イールドのアート」をブレンドして、セッション前後の写真を比較しました。「イールドのアート」は、クライアントのシステムを使って,どこへ行くかの決定を下すことで、構造的な変化と統合を新しい方法で呼び起こします。私は触れている部分だけを変化させようとするのではなく、セッションの古典的なバウンダリーをその系の扉として使用します。私たちは、あなたがどんなロルフィングセッションでもそうするように、セッションの始めに機能的なゴールを確立します。しかし、私は変化を創り出すための主要なツールとして、自分の内的感覚とフィールドの意識を使用します。私が体に触れるたびに、私はその場所で体全体の共鳴を感じています。例えば、私が膝に軽く手を置くと、膝を通るすべての隔膜(ダイヤフラム)の共振が感じられます。私は、体から手を離して波を観察するために,身体から離れることで変化が始まります。

KM:あなたがシェアしたいことは他にありますか?

田畑:よく,この介入がエネルギーワークであるかどうか質問されます。非常に軽くて簡単な介入ではありますが、エネルギーワークではないと認識しています。私はムーブメントの介入として「イールドのアート」を理解しています。それは、より広範な変化を見分け、それに従う。初期の段階では、圧力感受性の人々にのみ「イールドのアート」を適用すると思っていましたが、時間の経過とともに、それは誰にとっても適した方法であると思っています。

Tahata Hiroyoshiは、認定アドバンストロルファーであり,ロルフムーブメント施術者です。 Rolferになる前は、林原生化学研究所で生化学研究員として働き、細胞のコロニー形成行動に親しみを感じました。彼の現在の仕事の発展に関連するものは、2011年に日本で修了したSomaticExperiencing®のトレーニングです。彼は親愛なる妻、息子、2匹の犬、2匹の猫、そしてカメと東京に住んでいます。もっと詳しく調べるには、https://rolfinger.com/にアクセスしてください。

R.C.S.T.(認定クレニオセイクラルセラピスト)のKathy McConnellは、認定アドバンストロルファーであり,ロルフムーブメント施術者です。彼女はまた、バイオダイナミッククリニオセイクラルセラピーと医学気功でも認定されています。彼女は2000年からサンフランシスコベイエリアでプラクティスしています。

1. 「イールドのアート」アプローチは、いくつかのRolf Movementトレーニングで教えられている「イールド」のタッチから派生しています。重要な違いは、田畑のアプローチの不可欠な点は、ワークが行われるフィールドを作成するプラクティショナーの知覚の継続的な関わりです。

詳細は、2012年6月号のStructural Integrationの記事「Yielding」を参照してください。その記事から: “イールドは最初の発達段階の動きです。受動的な降伏や「何もしない」と誤解されることがよくありますが、イールドは実際には積極的な関係性にあり、他のすべての根底にある基本的な動きの振る舞いです」と述べています。あなたは彼のプロセスについてより多くのことを読むことができ、前に彼のクライアントの写真を見ることができます。

参考文献

Agneesens、C. and H. Tahata 2012年6月「収穫」構造統合:RolfInstitute®40(1):10-16のジャーナル。

Tahata、H. 2012年6月「イールドを用いたケーススタディ」構造統合:RolfInstitute®40(1):31-33

Post 10 調整セッションについて

髪の毛を切ってもらうために,床屋さん若しくは美容師さんにお願いする場合に,上手な美容師さんに切ってもらうと,髪がの伸びた時まで,両サイドや前後のバランスがよくて,数ヶ月先まで長持ちするのですが,一方,安いけど下手なお店で手早く済ませると,結局のところ,すぐ左右の違いや,粗が目立ち始めて,すぐまた切る必要が生じたりします。

身体アプローチも同じで,セッションしたすぐ後だけいいけど,長持ちしないところに通う回数が多くなると,回数と時間をかけると,単価は安いかもしれないけど,時間のロスや快適度合いを考えるとトータルにお得とはいえないことになります。

以前は,単発の調整Post10セッションは,通常より料金を低く設定していたのですが,クオリティの高いものを提供できれば,それだけ,長い時間快適でいられることになるから,下げる必要はなくて,むしろそのクオリティを上げる方に集中とエネルギーをかけた方がいいと今は思っています。

これにはいろんな考え方があるので,どれがいいとかはないです。10回せっかく通ってくれたから,メンテナンスは安く気軽に来て貰える設定にしています,という考えもOKだと思うし,何となく顧客を大事にしているニュアンスも出せるのでそれも一つの考え方ですが,それだと,どこかで顧客を囲うことにもなります。

Post10には,10回後の状態に維持するという意味で使われるのですが,身体の分子は3ヶ月あれば置き換わってしまうことを考えると,ある状態を保つこと自体が難しいわけで,変わり続ける中で,ベターな状態を探せるように,プラクティショナー側も進化し続けなければ,対応できないでしょう。

料金は厳密な意味でいろんなものをダイレクトに反映します。安いことにも高すぎることにも隠された意味があるので,丁度いい,交換ができるように設定するのは意外と奥深い作業です。

 

ロルファーとクライアント – ②関係性

ロルフィングは,クライアントの身体を自由にする手助けをするのが仕事です。ところが,それがワークではなく,ビジネスだとすると,クライアントは,縁で出会うのではなく,獲得される獲物。いろんなことを直感に従って試す自由がある存在ではなく,囲っておいてリピーターとして定期的にマネーを供給するカモでなければいけません。

少々言い方がきつくなりましたが,本当にクライアントの健康と幸せを願っていたら,多方面から働きかける必要があるだろうし,本当に出会うべき施術と施術者に出会うまでの橋渡しになる役目かもしれない。大きな流れにゆだねるべきで,常に次に来てもらうように,依存させるのはもっての外です。

もちろん,信頼関係が築かれて,長い関係性の蓄積の上でしか,為し得ない深いセッションも確かにあります。ですが,その場合も,1回1回のセッションで終結していて,次来てもいいけど,来なくてもいい,という間にあるスタンスでこそ成り立つのではないかと思います。

SNSやメールマガジンなど,ネットワークで常時つながるのはいいけれど,いつでもそこから離れられる距離感,間合いがあるかどうかが大切だと思います。

現代社会は関係性が希薄になってきていて,寂しいという感覚にいくらでもつけいられるリスクがあります。

ロルファーとクライアント – ① 相性

クライアントの方は,どうロルファーを選んだらいいんでしょうか?

たまにメイルで質問されますが,最優先はロルファーのセンス!と答えてきましたが,単純に,そこに足が向くかどうか?という感覚は大切だと思います。うまくロルファーとクライアントがマッチングするのは,タイミングがあるはず。

そのロルファーのオフィスに足が向く。写真をみて,モヤモヤしたり,必要以上に惹き付けられたりせず,抵抗がない。

実際に対面した時に,ロルファーに対して身体が向こうとしない,避ける感じが身体になくある程度安心できる。間合いが取りやすい。

実際にワークを受けて,よく分からないなりにも,クリアでいい感じになっているのか?で判断してもいいと思います。

新しい試みとして

元々ロルフ・ムーブメント認定プログラムのイールドによるロルフィング10シリーズの翻訳クラスではすでに行っていたことですが,セッションとセッションの間を数日空けずに,連日セッションを行っていくということもメニューにいれようと思います。

ロルフィングの基本の考えは,ワークによる変化を消化して,プロセスを時間をかけて体感するために,少なくとも2,3日は空けながらシリーズを進めます。

一方で,ソマティック・エクスペリエンスのセッションは,連日行うことも珍しいことではなく,介入と介入との間を必ず空ける必要がない場合もあります。

では,イールドの技法を用いて,セッションする場合はどうでしょう?

身体が最も安全と感じる間合いと,休息できることを優先して進めていくということは,無理な変化は強要しないということです。しかも,安全というリソースが確保されていれば,介入によってフリーズするような好ましくない反応も回避できます。それまで,トレーニングの中では,9日間で8セッション,時には一日に2回セッションを受けることもありますが,6回のクラスの中で問題が起きたことは一度もありません。

遠方からの方や,出産後の変調と過去のムチウチの影響があるクライアントの方からのリクエストもあって,イールドを用いた集中シリーズ,空けることによる負担より,進めた上で,終了後にまた変化していくのを見守ってもらう選択もありではないかと思っています。

では,なぜ基本ロルフィングは,間隔が必要なのか? 時間が料理する部分と気づきの時間を得るため,というプラスの側面もあります。もう一つの解釈として,Basicシリーズは,働きかける領域を割とはっきり決めて,その領域の変化に身体が消化する時間をしっかりとるということだとすると,最初からそれぞれの介入が全体とのつながり,統合を意識していれば,必要以上に時間をかける必要がない可能性があるということになります。

私は一つ一つの工程には意味があると思いますが,常に検証し,自分で納得できることだけを取り入れたいと思っているので,実際に試して検証したいと思います。

今のところの感触としては,歪みが多い状態を長く放置しておくよりも,負担は少ないばかりか,身体がバランスを取り戻す方向性と力が強いとすれば,空けない方がいいかもしれないとさえ思っています。

治療ではないという意味

ロルフィングは身体の再教育であって,治療ではない,といいますが,決して,「治そうとしない」わけではありません。つまり,施術者が症状の改善だけを見て治そうとするマインドで処置をするのではなく,その手前にある,治ろうとする力に受け手の方がつながる手助けをすることが,ロルファーの仕事なのだと思います。

経験を積んだロルファーなら,ここを広げると痛みはすぐ緩和されるだろうとかあたりをつけることはできるでしょう。でも,ひょっとすると,その場所から遠いところに触れることが,そこが変化する準備になって,痛みを一時的に和らげるより,痛みを通して何かと向き合う必要があったり,或いは,身体全体としては休息する必要があって,生活全般を考え直す時期なのかもしれません。

ひょっとすると,ですが。もちろん検討違いの下手な施術だと,何かの反応はでるけど,それは好転反応ではなくて,身体がバランスを取り直すための仕方なくの再調整だったりすることもあります。

そういったこととは別のレベルでの話ですが,ロルファーが真摯にクライアントに向き合って,その場所を制限があると分かっても,どうしても触れることができない,という感覚になって,それに従った時には,余計な介入のない,正しい判断となるはずです。その場所にあえて触れないことで,別の場所が変わることで問題と思っていた箇所が変化する体験をすれば,受け手が身体のつながっていることをその過程を通して理解する貴重な時間となります。

ロルファーが自分の肚とつながり,受け手と深く共鳴しているときに,その流れや文脈に従って,触れたり,或いは十分に変化を離れて見守るとき,必要なことが必要なだけ起こるのだと思います。その流れにあれば,何かを治す,治さないというマインドではないはずです。

ムチウチに対するセッション

長年ムチウチによる体調不良で,いろんな治療の末にロルフィングを見つけたクライアントの方は,少なくないです。

多くの場合,整形外科的な牽引,背骨矯正などを受けています。牽引は,一時的に圧迫を解放しますが,伸びきった結合組織はその後支えとして機能しづらくなります。また,背骨だけで頸部が支えられているわけではなく,頸椎の前側の内臓空間に縦横に張り巡らされた堤靱帯のことを考える必要があります。

そうした身体を機械的に見て,施術者が何かを正そうと矯正した結果,新たな歪みを生んでしまい,字体が複雑化することがあります。

いろいろ受けすぎていると,何もしていない人よりバランスの回復に時間がかかったり,回数もそれなりに必要な場合もあると感じています。

いろいろ試すのはいいと思いますが,何かそれを受けていて,アレ?何か変な感じがすると思ったら,それを伝えて加減してもらったり,中断する勇気がないと,身体を痛める原因になり,後々リカバーに時間とお金がかかったり,或いは,違和感と慢性的に付き合う羽目になってしまうリスクがあることを忘れてはいけないでしょう。

 

脳梗塞による後遺症に対して

先日,脳梗塞後の後遺症が残る人にもこのロルフィングは適用して効果はあるのか?

という御質問を受けました。
度々受けるお問合せなので,コメントできる内容を以下に示します。
今まで3例ほど経験があります。
そのうちのお一人はご自身のブログでセッションの体験を綴っていらっしゃいます。
 
お二人目は,半身麻痺の度合いが大きく発作も複数起こしている例でした。開頭手術もお受けになっていました。
発作を起こす数年前に10シリーズを終えられた方で,その有効性は身をもって体験しているので,後遺症に対しても改善を期待され,月一回のペースで長く通っていらっしゃったのですが,写真での変化は毎回得られましたが,ご自身が自覚できるような改善は得られなかったようです。
三人目の方は,長年麻痺に悩まれているという例で,11年前に13セッションお受けになりました。終了された後にブログに書いた内容を以下に示します。
”数年前に脳梗塞で倒れて,回復したものの半身の痺れに悩む方へのロルフィングが,2ヶ月ほど前に終了しました。左半身に麻痺があるので,右半分の頭蓋内部の広がりを引き出すようにワークしましたところ,左手に力も入るようになり,食事も容易になったとのことです。身体として楽になる以外に,気持ちがとにかく前向きになったといううれしい報告もありました。一ヶ月後も多少のしんどさはあるにしても,以前のような何もしたくない希望のない状態とは明らかに違い,効果は持続しているようです。身体がとにかく重く,動いた方がいいとわかっていても,つらさからそんな気にもなれず,周囲からはなかなかその理解を得られない,それは想像を超えた苦悩だと思います。同じようなつらさを抱えた方も少なくないでしょう。
このような方に対しては,conventionalな医者は悲観的なことしか言わないし,その他の療法を試しても,可能性のないことしか言われないというのが現状のようです。ロルフィングは勿論すべてのケースに有効ではないとしても,この恩恵をうけられるケースは多いと思いますし,そういう方がロルフィングを活用する機会が増えるといいなと思います。”
この方は興味深いことに,気持ちが前向きになり,奄美大島の方に引っ越しをされました。
 
後遺症の程度によって,快復の度合も異なると思いますので,あくまで参考として捉えて頂ければと思います。

苦手克服に意味はあるのか?

最近よく考えるのは,苦手克服って必要ないんじゃないのかということ。

一芸に秀でたり,一つのことしかできない人に対して,あれもこれも周りは要求しすぎなのではないのかと思う。人間らしさとか自分という存在を理解するためには,

好きなことをする,というより,自分がしないといられないことをする。

やろうと思えばできるけど,気が乗らないのだったらしない選択を考える。

苦手なことは他人は得意で任せた方がいい場合がある。

余裕があっても,嫌なことや苦手な人と過ごすことで埋めない。

 

時間が無限にあるわけではないことを考えると,わざわざ抵抗のある方に向かう必要はないんじゃないかと思う。そこに何か目的や体験してみたいという興味があれば話は別だが。そうしないと,本当はオレって何がしたいのか? やりたいことをやっているときの充実感から遠ざかったしまい,わけがわからなくなってしまうような気がする。

そうしたことに無自覚だと,自分の本来使いたいセンサーの感度が鈍ってしまい,結果運気が下がるような状況を引き寄せてしまうのではないだろうか? 思考を停止させることなく,人間らしく自分らしく生きるには?ってなことを考えると,巷でいうような上昇志向とか苦手克服という言葉に惑わされないように用心する必要があるように思う。

そんなことを考えています。

一般に発達障害と診断される人々は,それ以外の人間ができることができないことをクローズアップしがちだが,それをそのままにしておくことを許さないことが多い。少なからず人間はデコボコしているわけだから,大きな支障がない限り,無理に克服しなくていいのではないか。上昇志向も問題だ。その状況を味わうことなく,常に何かを漁っているギラギラした前のめりの姿勢,そんな人が近くにいると落ち着かない。もっときっとその状態を味わった方がいいこともある。

そんな風に感じています。

コラボレーション

先月末は,ヒモトレの小関勲トレーナー,古武術の甲野善紀先生と鼎談,その2日後は身がまま整体の片山洋次郎先生とのワークショップと立て続けに大きなイベントが続いた。

私がコラボして楽しいのは,上記の方々のような,決められたことを決まったように行う枠にはまったものではなく,その場に応じて新鮮さを失わず,臨機応変に対応してもらえる方々との組合せである。

それ以外の組合せには興味がない。というか時間の無駄なのだ。ロルフィングの教員でも恩師のキャロル先生ほど自由にやらせてくれる懐の広さを持つ教員は珍しい。

そんなことを考えている中で,今年のコラボはよかったとしみじみ思う。

それと,協会主催の私が講師をしたワークショップも,いい人材が集まってくれて有意義な学びの場を共有できた。この先いつまでもいい状態でワークショップができる保証はないし,相手の方がどんな事情で一緒にできなくなるかわからない。

実際に,10月に予定されていたハンナソマティックスのワークショップが講師の体調不良が原因でキャンセルになったことを目の当たりにして,クラスが無事開催され成功のうちに終わるということは,いろんな要因が不備なく揃う必要があって,ある意味運がなければ成り立たない。

どのイベントも,日々のプラクティスにいいフィードバックをもたらす意味のあるもの揃いだったと思う。

ありがたいことです。