月別アーカイブ: 2018年6月

身体の回復と統合のために

回復への働きかけには,主に2つの切り口がある。

1.要らないものを除く

身体は,よどみなく流れがあり,動的に移り変わっていく方向性があるとするとそれを妨げる余分なエネルギーや滞りを解放したり,除くという切り口。本来要らないものだとしても,それを抱えることで保っている平衡状態があるので,急激に無くしたりすることはバランスを崩すことになる。

2. 健全な状態に調律する

元々細胞や組織が持っている,生きものとして成り立たせている,健全な波動に共鳴させる。

1.に関して,有効な方向としては,西村氏の開発した器具を用いる方法がある。細胞の中に蓄積している,余剰の迷走電流を除くというもので,これは細胞をリフレッシュさせ,かなりの有効な方法である。難点は,その迷走電流の蓄積の度合いが強いと,それが出て行くときに激しい痛みを伴う。その痛みの質は,痛いところを圧されて痛いという感覚とは異なるものである。恐らく,いらないものを除くという点において,地球上で最も優れた器具であると思う。除去率に加え,施術者側もその余剰電流を同時に吸い出してくれるというメリットもあり,施術によって施術者が悪影響を受けてしまうリスクからも回避できる。

最近この器具に興味を持ち,ワークに取り入れ始めている。

2.に関して,様々なエネルギー療法がある中で最高峰は,小林健自然療法医の提唱している量子波ヒーリングだと考えられる。通常のエネルギーワークでは,施術者と受け手とのエネルギーの交換になる。善くも悪くも交換という枠から外れることがない。さらには施術者の意図や在り方が大きく反映する。小林健先生のいうところによると,皮膚の下にある内側のもう一つの皮膚に鍵があり,そこが元々健全な波動を有し,全体の連携をとって体液の循環に関わっているらしい。施術者がどれだけ,健全な波動に焦点が合っているかどうかが,施術の質を左右する。受け手がそのタイミングでどれだけそこに共鳴できるかにかかっている。単にエネルギーを交換するレベルに留まるとプロセスはあるところから進まず,ただのやり取りになるか,施術者の波動が低い場合には,それがセラピートラウマになるリスクが伴うのでエネルギー療法は甘く捉えない方がいいだろう。

以上の二本立てでかなりの回復が促されるが,復元するのではなく,さらに統合するという第3の切り口がある。つまり,滞りを生じ難い,環境からの悪影響を受けにくい,受けてもすぐ排泄することのできる身体構造に整えるという考え方である。

それには身体の肚の容器としての骨盤を身体構造の要として,整えておくこと。それと肚と他の部分が機能的に連携していれば,迷走電流も溜まりにくい流れが常にある状態となる。

何かバグが出たら,その都度バグを除くという考えではなく,そもそもバグがでないようなOS自体を一新してしまおうというのが,統合の考え方であり,ロルフィングはそこに位置していると考えている。

現代は,人類がかつて経験したことのない電磁波等のテクノストレスや,保存添加物や抗生物質などによる薬剤の影響を受けているため,その影響が強すぎる場合には,自覚的な変化が表に出るまでにどうしても時間がかかる。1や2はプロセスを加速させてくれるものとして,意味がある。

6月10日福島県郡山市でのワークショップ&Rolfing

13回目となる郡山でのイベント。午前の部で肘をテーマとして,デモのクライアントになって頂いた方から感想を頂きました。

先日は参加させていただきありがとうございました。
ロルフィングは名前は知っておりましたが
施術を受けるのは初めてでした。
始め、身体のどこが気になるかと聞かれ、
度々起こる首の後ろから両肩、背中にかけて何か乗っかる感じの重さと答えました。
そして、ではまず歩いてみてと言われ
2~3往復してみたところ
何に気付くか聞かれ、
歩いてる時も止まっている時も目線が顔ごと足元よりも1歩先を見ていることに気づきました。
前を向いていてもすぐ下を向く。
施術が始まり、まずは仰向けに楽に横になってくださいと言われました。
首は向きやすい方へと。
なので右を向きました。
天井を見ながら寝るより楽なのです。
(ちなみに寝る時はいつも横向きに手足を縮めて寝ます。(退治のポーズ))
施術者が右と左どちらにいた方が落ち着くかと聞かれ、左と答えました。
右だと私と目が合い、見られてる感がすごくして落ち着かないからです。
左だと視界の端に入るのでいるというのがわかり、落ち着きます。
施術は身体にそっと触れるだけ。
ただ身体にある管を通すようなイメージで
無理につなげなくてよい
つながるのを待つということをおっしゃいました。
何箇所か触れた後、時間にして10分~15分経ったぐらいでしょうか
顔が天井を向いても苦しくなくなりました。
しっかり両肩と腰が地面についている感じがします。
足を触れたあと、ゆっくり起き上がり歩いてみると顔がまっすぐ前を向けて歩けました。
先程まで下を向いて歩いていたのに。
ただ触れただけなのに不思議な感じがしました。
その後は皆さんがしているワークを見ていました。
眠くて身体を動かすのが億劫だったのです。
しかし、ワークショップ終了後、いつもは10分も歩かない私がお昼を食べるために往復1時間歩きました。
しかも足も痛くならずに。
また一緒に参加されてた方にも施術前と後では顔の色が違うと言われました。
自分ではわからなかったのですがこれも不思議な1つです。
先生、スタッフの先生方々、ご一緒にさせていただきました皆様ありがとうございました。
とても不思議で楽しいワークショップでした。

午後の部,キッズロルフィングのセッション前後の写真データ。

ロルフィングがお子さんの成長を促さないわけはない,という感じです。

喧嘩両成敗?

日本語には,たくさんのいい言葉とコンセプトがある。基本的には弱い立場の側を応援する「判官贔屓」という言葉。弱気を助け強きを挫く,という考えにも共通している。

一方,ちょっと気になる喧嘩両成敗という言葉がある。紛争が起きたときに,片側だけが悪いということはなく,双方に責任があるということだが,これはあくまで,双方が同等の力を持っているということが前提になる。

であるから,立場が明らかに違うケースにはこれは適用されるべきではない。裁判をして闘っているからといって,その双方に同じだけの担うべき責任があるだろうか? 列強国が,植民地化しようとして,抵抗する弱者である国との戦争が果たして喧嘩両成敗を適用していいんだろうか?

そんなはずはない。

何か事件が起きたり,ハラスメントの訴訟が起きたときに,必ず被害車に非があったような意見がでるが,そもそも立場が異なったり,パワーバランスが明らかに異なる場合には,もめ事の原因を弱い側にも負わせるのは,悪しき「勝てば官軍」的な発想と同じタチが悪い倫理感だと思う。

強い立場ということをうまくベールに包みながら,それを利用する輩に注意しなかればならない。

一般に職業や学歴が,”ごりっぱ”な方々の中には,実にトンデモない輩が潜んでいます。油断は禁物なのだ。

 

Be aware of Darkness

これは,ジョージ・ハリスンの名曲の題名です。

いろんな出来事で調子を崩す場合がありますが,人間の悪や闇にあまり触れたことがない方に多いのですが,悪意にやられることがあります。

普通そんなことないだろう?と信じたくない気持ちも解りますが,実際に悪い人は実際に存在します。

一見それとはかけ離れてそうな職業でも実際に中身や印象が異なることがあります。それは,たとえばセラピストだったりすると,彼あるいは彼女の期待通りの結果がでているうちはいいのですが,そこから外れるとイキナリメッキがはげて正体を現します。

そもそもその職業を選んでいる動機付けが,人より優位な位置に身を置きたい,とにかくマウンティングしたい欲求が強いと非常にタチが悪い。

そんなことしないだろう?そんなはずない!と思いたい気持ちも山々だし,そう思うことは裏を返せば,育ちがいいということです。育ちがいいというのは,この上ないメリットで,基本は人を信じているということですから。

問題なのは,そこにつけこむような輩、悪人が確かにいるということです。そんなときは,潔くその関係性を断つこと。寄生虫みたいなもんですから,あなたから吸い取ったり利用できなくなることを恐れてあの手この手を使います。

最近,いろんなセラピーを受けてかえってバランスを崩したという方が複数いらしています。未熟なレベルでの腎臓へのタッチやある種のエネルギー療法,家から出られなくなる程深刻なダメージを受けたケースもあります。

何かを改善したいという弱った状態でそのセッションに来ていると,セラピストの思惑や押しつけの強いワークに”あたる”こともあります。様々な刺激に感受性が元々高い人は,要注意です。影響しやすいことを自覚した上で臨まないと,セラピストが望む変化がなかった時に,さもそれが受け手側に問題があって,異常だとジャッジされてしまいます。 その場で起こるあらゆる反応に対してオープンに” そのまま観る” ことができない未熟なセラピストに起こりがちな対応です。未熟とは経験があったり資格があるということではなく,何を目指してそもそもその仕事をしているのか?ということにも関係してきます。心の底で他者を援助しようと思っているのか?それとも別の思惑や,その場を通して,施術者の何かを満たそうとして(満たせるわけないんですが),周りを巻き込んでいるだけなのか?

それに付き合うことはない。

問題と思わされていることが,別の見方をしたら自分のリソースだったり,その手法やその人を通さなくても,回復や治癒に向かう方法は無限にあるはずです。全然その事柄と関係のないことに集中していたらいつの間にか何かが改善していたこともあるでしょう。

時間とお金を使って,そうした輩を応援する必要はないし,かえってそうした行為を認め助長することになってしまいます。

健先生のいうように,

病気どころか,トラウマなんかないんだ! 粒々なんだから!!

と思ってみると,なんだかゆるくていい感じに私はなります。