お臍をワークする

例えば、お臍周辺のお腹が何か脱けているような感じだと、背骨だけが支えすぎて、身体の前の支えが充実していないことがあります。そのような場合、大腰筋・腹横筋・脊柱起立筋の張力バランスのような筋骨格的な観点も大切ですが、それだけでは、うまくバランスされないことがあります。

出生時にいろんなストレスがかかった可能性があるとすると、臍帯は身体の全養分を供給してもらう入り口なので、そこへの負荷は命に関わることなので、機能している間にそこが遮断されるような介入は大きな出来事になることが容易に想像できます。そこが未だにショックを受けたまま時間が止まっていると、当然腹部全体は、偏りのある張力でのバランスのままということになります。

臍帯から全身の血管系とのつながりを捉えて、放射状に連携を引き出すようなワークを行うと腹部全体の状態が変化します。お腹が安全を感じるということは、お腹の内側の組織の張りが落ち着いていて丁度いいということと関係しています。

従って、お臍と全身の血管系との連携を意識したワークにはかなりのインパクトがあります。

血管系、肚、内臓全体にも大きな影響を与える可能性があり、血液の供給先である、様々な臓器も影響を受けることになります。

ただ、どのようなストレスが過去にかかったとしても、身体に元々ある柔軟な適応力が、なんとかしてきた完全性がそこには存在しています。その健全な力とアクセスすることが大切で、医療処置全般を敵視したり、トラウマ追跡モードに入ってしまうと、セラピストとクライアント共々袋小路に入ってしまうので注意が必要です。

共鳴現象を使う

最近ようやく施術者の立ち位置、望ましい状態がはっきりしてきた。

施術者がどこに自分の波長・波動を合わせて、どこからワークしているか?ということが本質で、テクニカル的なことはあとからついてくる。

トラウマあるいは不具合とワークするのか?

それともその人の健全な部分とワークするのか?

自分の健全なところに波長を合わせているのか?

マニピュレート(一方向的に操作)するのか?

それとも共鳴を使うのか?

これらの問いかけをしていくと、自分が何を目指しているのか明確になるかもしれない。

他者に何かを与えて(自分が与えたような気になることで)、何かをやった感や優越感を満たしていないだろうか?

自分はトラウマや病気の波動に合わせることで、それによって得るものがあるのではないか?

共鳴を使うということはそれらを手放すこと。自分が健全なところにアクセスしながら、そこに同調してくるのを待つ。

或いは相手の中にある健全な波長にフォーカスをずらさずに、そこを観続け、広がってくるのを待つ。

受け手が、受け手のつながりの甘いところや感覚が行き届いていないところが、健全なところに共鳴してくるのをひたすら待つ。

統合のための本質はそこで、それぞれの施術者の入り口や切り口が違うだけなのかもしれないと思う。

出来事をトラウマではなく体験として捉える

Somatic Experiencing(SE)は,文字どおり,”身体を通して体験する”こと”です。

プラクティショナーが,ある出来事を体験として捉えるのか?それとも,セラピストが出来事をトラウマとして捉えるのか?には,深くて埋められないほどの大きな溝が存在します。

出来事は出来事であって,そこに余計な意味づけや勝手なイメージをセラピストが持っているとしたら,スタートの時点で,セッションの文脈が方向付けられてしまいます。

クライアントである本人が,そうでもないことを,大袈裟に大変なこと,その診断名に打ちのめされてしまうようなラベリングをされると事態はややこしくなります。

出来事をただの出来事として,捉えることができないなら,セラピストはそのことを扱ってはいけないと思います。なぜなら,問題はクライアントではなく,セラピスト側にあるから。当事者そっちのけで,クライアントをだしに使って,自分の問題をなんとかしようと試みたり,(〜これだと見当違いなのでご本人の回復にはなんの貢献もありません)。或いは,何か習いたてのテクニックを練習したいあまり,目の前で起こっていることより,練習台にしたくてしょうがない幼稚な欲求を満たす遊び相手になってしまうかもしれません。

例えば,あなたの健康な腎臓,でもちょっと疲れているから少し弱って本来の動きが足りない時もあるでしょう。でもそれを,家族に問題があって,愛着がどうのこうので,トラウマがある(そもそも,完璧な親なんているわけないし),な〜んて見方をされてトラウマタッチをされたら,どうなりますか?

たまったもんじゃない。悪くもない腎臓さんが,”問題のある臓器として”見立てられて,必要のない余計でお節介なことをされちまいます。

なぜこんなことを書いているかというと,身体へのタッチについて初級レベルのセラピストが,注意を要するケースにも関わらず,安易にセラピーしたことにより,日常生活が送れなくなってしまい,心療内科〜疼痛専門医と転々としつつ,長期に渡って引きこもりになったという重篤なセラピートラウマに陥ったケースが複数実際にあるからです。

SEというのは,受け手の様子をつぶさに観察する能力が必要ですが,それなしに無防備な状態に過剰な入力を行うと,タッチの圧力とは関係なく,悪影響を受けてしまうリスクがあるということです。

受け手として,敏感な方は特にセッションを受ける場合は,決定的なダメージをうける前に,ちょっと??と思ったら,我慢して受け続ける忍耐は必要ありません。身体がそこに居心地良く落ち着けるか? 肚はどう感じているか?常にそれを大切に自分を守る必要があります。

そのセラピストに,出来事を出来事としてニュートラルに捉える観点があるのか?何が起きているのか説明はできなくてもそれを感じ取ってもらえるだけの追跡と観察能力があるのか? あなたを使ってセラピスト自身の問題を解決するための道具になっていないのかどうか?

セッションを受けているときに何かがおかしいと思った時にチェックしてみてください。お金と時間を払って,心身を悪くするボランティアをする必要はないのです。

とかく弱っていると,判断能力が低下しがちなので,必要であれば,大丈夫な家族に付き添ってもらってもいいかもしれません。

戦争を体験した先達は,トラウマ療法を受けて回復したわけではない。

セッションや治療はあくまで補助として使うもの。セラピストに支配されないように気をつけましょう。適当な距離感といつでも自分が選択して主導権が常に自分にあることを思い出しつつ,それでも,自分をエンパワーしてくれそうな機会になりそうだったら,試してみよう!というくらいのいい加減さがいいのでは。

一番大切なのは,その選択に,狭いところに閉じ込められるような感覚ではなく,広がるような感じと,「希望」が感じられるかどうか? それが鍵だと思います。

消し去りたいような酷い体験でも,捉え方が変わるタイミングがくると,そのこと自体が自分を支える出来事になるかもしれない可能性があります。

身体の回復と統合のために

回復への働きかけには,主に2つの切り口がある。

1.要らないものを除く

身体は,よどみなく流れがあり,動的に移り変わっていく方向性があるとするとそれを妨げる余分なエネルギーや滞りを解放したり,除くという切り口。本来要らないものだとしても,それを抱えることで保っている平衡状態があるので,急激に無くしたりすることはバランスを崩すことになる。

2. 健全な状態に調律する

元々細胞や組織が持っている,生きものとして成り立たせている,健全な波動に共鳴させる。

1.に関して,有効な方向としては,西村氏の開発した器具を用いる方法がある。細胞の中に蓄積している,余剰の迷走電流を除くというもので,これは細胞をリフレッシュさせ,かなりの有効な方法である。難点は,その迷走電流の蓄積の度合いが強いと,それが出て行くときに激しい痛みを伴う。その痛みの質は,痛いところを圧されて痛いという感覚とは異なるものである。恐らく,いらないものを除くという点において,地球上で最も優れた器具であると思う。除去率に加え,施術者側もその余剰電流を同時に吸い出してくれるというメリットもあり,施術によって施術者が悪影響を受けてしまうリスクからも回避できる。

最近この器具に興味を持ち,ワークに取り入れ始めている。

2.に関して,様々なエネルギー療法がある中で最高峰は,小林健自然療法医の提唱している量子波ヒーリングだと考えられる。通常のエネルギーワークでは,施術者と受け手とのエネルギーの交換になる。善くも悪くも交換という枠から外れることがない。さらには施術者の意図や在り方が大きく反映する。小林健先生のいうところによると,皮膚の下にある内側のもう一つの皮膚に鍵があり,そこが元々健全な波動を有し,全体の連携をとって体液の循環に関わっているらしい。施術者がどれだけ,健全な波動に焦点が合っているかどうかが,施術の質を左右する。受け手がそのタイミングでどれだけそこに共鳴できるかにかかっている。単にエネルギーを交換するレベルに留まるとプロセスはあるところから進まず,ただのやり取りになるか,施術者の波動が低い場合には,それがセラピートラウマになるリスクが伴うのでエネルギー療法は甘く捉えない方がいいだろう。

以上の二本立てでかなりの回復が促されるが,復元するのではなく,さらに統合するという第3の切り口がある。つまり,滞りを生じ難い,環境からの悪影響を受けにくい,受けてもすぐ排泄することのできる身体構造に整えるという考え方である。

それには身体の肚の容器としての骨盤を身体構造の要として,整えておくこと。それと肚と他の部分が機能的に連携していれば,迷走電流も溜まりにくい流れが常にある状態となる。

何かバグが出たら,その都度バグを除くという考えではなく,そもそもバグがでないようなOS自体を一新してしまおうというのが,統合の考え方であり,ロルフィングはそこに位置していると考えている。

現代は,人類がかつて経験したことのない電磁波等のテクノストレスや,保存添加物や抗生物質などによる薬剤の影響を受けているため,その影響が強すぎる場合には,自覚的な変化が表に出るまでにどうしても時間がかかる。1や2はプロセスを加速させてくれるものとして,意味がある。

6月10日福島県郡山市でのワークショップ&Rolfing

13回目となる郡山でのイベント。午前の部で肘をテーマとして,デモのクライアントになって頂いた方から感想を頂きました。

先日は参加させていただきありがとうございました。
ロルフィングは名前は知っておりましたが
施術を受けるのは初めてでした。
始め、身体のどこが気になるかと聞かれ、
度々起こる首の後ろから両肩、背中にかけて何か乗っかる感じの重さと答えました。
そして、ではまず歩いてみてと言われ
2~3往復してみたところ
何に気付くか聞かれ、
歩いてる時も止まっている時も目線が顔ごと足元よりも1歩先を見ていることに気づきました。
前を向いていてもすぐ下を向く。
施術が始まり、まずは仰向けに楽に横になってくださいと言われました。
首は向きやすい方へと。
なので右を向きました。
天井を見ながら寝るより楽なのです。
(ちなみに寝る時はいつも横向きに手足を縮めて寝ます。(退治のポーズ))
施術者が右と左どちらにいた方が落ち着くかと聞かれ、左と答えました。
右だと私と目が合い、見られてる感がすごくして落ち着かないからです。
左だと視界の端に入るのでいるというのがわかり、落ち着きます。
施術は身体にそっと触れるだけ。
ただ身体にある管を通すようなイメージで
無理につなげなくてよい
つながるのを待つということをおっしゃいました。
何箇所か触れた後、時間にして10分~15分経ったぐらいでしょうか
顔が天井を向いても苦しくなくなりました。
しっかり両肩と腰が地面についている感じがします。
足を触れたあと、ゆっくり起き上がり歩いてみると顔がまっすぐ前を向けて歩けました。
先程まで下を向いて歩いていたのに。
ただ触れただけなのに不思議な感じがしました。
その後は皆さんがしているワークを見ていました。
眠くて身体を動かすのが億劫だったのです。
しかし、ワークショップ終了後、いつもは10分も歩かない私がお昼を食べるために往復1時間歩きました。
しかも足も痛くならずに。
また一緒に参加されてた方にも施術前と後では顔の色が違うと言われました。
自分ではわからなかったのですがこれも不思議な1つです。
先生、スタッフの先生方々、ご一緒にさせていただきました皆様ありがとうございました。
とても不思議で楽しいワークショップでした。

午後の部,キッズロルフィングのセッション前後の写真データ。

ロルフィングがお子さんの成長を促さないわけはない,という感じです。

喧嘩両成敗?

日本語には,たくさんのいい言葉とコンセプトがある。基本的には弱い立場の側を応援する「判官贔屓」という言葉。弱気を助け強きを挫く,という考えにも共通している。

一方,ちょっと気になる喧嘩両成敗という言葉がある。紛争が起きたときに,片側だけが悪いということはなく,双方に責任があるということだが,これはあくまで,双方が同等の力を持っているということが前提になる。

であるから,立場が明らかに違うケースにはこれは適用されるべきではない。裁判をして闘っているからといって,その双方に同じだけの担うべき責任があるだろうか? 列強国が,植民地化しようとして,抵抗する弱者である国との戦争が果たして喧嘩両成敗を適用していいんだろうか?

そんなはずはない。

何か事件が起きたり,ハラスメントの訴訟が起きたときに,必ず被害車に非があったような意見がでるが,そもそも立場が異なったり,パワーバランスが明らかに異なる場合には,もめ事の原因を弱い側にも負わせるのは,悪しき「勝てば官軍」的な発想と同じタチが悪い倫理感だと思う。

強い立場ということをうまくベールに包みながら,それを利用する輩に注意しなかればならない。

一般に職業や学歴が,”ごりっぱ”な方々の中には,実にトンデモない輩が潜んでいます。油断は禁物なのだ。

 

Be aware of Darkness

これは,ジョージ・ハリスンの名曲の題名です。

いろんな出来事で調子を崩す場合がありますが,人間の悪や闇にあまり触れたことがない方に多いのですが,悪意にやられることがあります。

普通そんなことないだろう?と信じたくない気持ちも解りますが,実際に悪い人は実際に存在します。

一見それとはかけ離れてそうな職業でも実際に中身や印象が異なることがあります。それは,たとえばセラピストだったりすると,彼あるいは彼女の期待通りの結果がでているうちはいいのですが,そこから外れるとイキナリメッキがはげて正体を現します。

そもそもその職業を選んでいる動機付けが,人より優位な位置に身を置きたい,とにかくマウンティングしたい欲求が強いと非常にタチが悪い。

そんなことしないだろう?そんなはずない!と思いたい気持ちも山々だし,そう思うことは裏を返せば,育ちがいいということです。育ちがいいというのは,この上ないメリットで,基本は人を信じているということですから。

問題なのは,そこにつけこむような輩、悪人が確かにいるということです。そんなときは,潔くその関係性を断つこと。寄生虫みたいなもんですから,あなたから吸い取ったり利用できなくなることを恐れてあの手この手を使います。

最近,いろんなセラピーを受けてかえってバランスを崩したという方が複数いらしています。未熟なレベルでの腎臓へのタッチやある種のエネルギー療法,家から出られなくなる程深刻なダメージを受けたケースもあります。

何かを改善したいという弱った状態でそのセッションに来ていると,セラピストの思惑や押しつけの強いワークに”あたる”こともあります。様々な刺激に感受性が元々高い人は,要注意です。影響しやすいことを自覚した上で臨まないと,セラピストが望む変化がなかった時に,さもそれが受け手側に問題があって,異常だとジャッジされてしまいます。 その場で起こるあらゆる反応に対してオープンに” そのまま観る” ことができない未熟なセラピストに起こりがちな対応です。未熟とは経験があったり資格があるということではなく,何を目指してそもそもその仕事をしているのか?ということにも関係してきます。心の底で他者を援助しようと思っているのか?それとも別の思惑や,その場を通して,施術者の何かを満たそうとして(満たせるわけないんですが),周りを巻き込んでいるだけなのか?

それに付き合うことはない。

問題と思わされていることが,別の見方をしたら自分のリソースだったり,その手法やその人を通さなくても,回復や治癒に向かう方法は無限にあるはずです。全然その事柄と関係のないことに集中していたらいつの間にか何かが改善していたこともあるでしょう。

時間とお金を使って,そうした輩を応援する必要はないし,かえってそうした行為を認め助長することになってしまいます。

健先生のいうように,

病気どころか,トラウマなんかないんだ! 粒々なんだから!!

と思ってみると,なんだかゆるくていい感じに私はなります。

 

腸内環境を整えるために

最近耳にしたのですが,小麦粉にはかなり防腐剤が含まれている可能性が高いので,その影響で便秘になる人が多いということ。

ちょっと調べると,ポストハーベスト農薬,つまり収穫後に虫がついたりカビや菌が生えないように防腐剤が輸入小麦の場合はほとんどのケースで使用されるそうです。

http://kimamalove.blog94.fc2.com/blog-entry-3014.html

農薬や抗生物質の大切な特徴として,選択毒性があります。つまり,ヒトには害がないけど,他の生きものには生育阻害や抑制効果があるということ。だから使っていいという考えの大元になっています。

ところが,腸内の免疫細胞が積極的に腸内細菌から刺激を受けて,賦活化されている,相互作用しているという知見が最近得られました。これは非常に大きな意味を持つ発見で,上記の抗菌剤・防腐剤を使ってOKという考えを根底から揺るがします。

つまり,菌をお腹の中で飼っている以上,その増殖を抑えるような食品や薬剤は,我々の免疫系に重大な悪影響を及ぼすことが予想されるということになります。

風邪やウイルス疾患時の抗生物質の服用や輸入小麦を使ったパンやパスタや加工されたお菓子類,あるいは食中毒防止のために添加されたお惣菜や弁当などにより,とうに母乳から受け継いだ有用菌群は,息絶えているはず。

したがって,できることは,菌を補うために生きた発酵食品を摂る,防腐剤ができるだけ含まれていない食品を選ぶ,むやみに抗生物質を服用しない等でしょうか。

ロルフィングセッションによっって腹部内臓空間にゆとりができて,消化管の動きが活発化することでお通じが改善するケースは多いのですが,それでも違いがでないような場合は,腸内環境からも一考する必要がありそうです。

怖いのは,大手の製粉会社とか有名商社は,CMのスポンサーになっているため,こうした都合の悪い情報は表にでてこないことです。

多数が共有しない情報が正しくても,ランキング上位に権威を持たせるような風潮があるためか,いつの間にか”ないことに”なってしまうことが多いような気がします。本当のことは,だいたい差し障りがあることで,埋もれやすいですが,それを判断できるセンサーを養うしかないです。

腸内菌叢の重要性とロイテリ菌について
藤田先生の動画とその次に自動的に流れるロイテリ菌についての動画も参考になります。
https://youtu.be/vlO4e79AQOI
ロイテリヨーグルト
タブレットの方は,人工甘味料として,ハロゲン化合物であるスクラロースが入っているため,お勧めしません。

「間を用いてワークする」という記事を投稿

Rolf Instituteの機関誌Structural Integrationに,記事が掲載されました。

Working with Ma Further Refinement of the Yielding Approach through Time, Space, and Intersubjectivity

という題で書いています。結構力を入れて書きました。空間に対する捉え方やワークでの活用等,ここ最近考えていたことを盛り込めたと思います。

同号のコラムで,Footについての考察も書いています。こちらも上記論説とつながる内容になっています。

 

 

 

 

フィンランドのロルファー

先週3泊5日で,フィンランドに行ってきました。少し前から,何か縁のようなものを感じて,何の仕事や知っている人もいないのに,ただ惹かれるから異国の地を訪れるという体験は初めてだったと思います。

ムーミンや北欧のデザインには魅力を感じていたのですが,天候が,那須の寒さと松江の天気が混ざった感じで懐かしい感じがしました。それから,あからさまにセンスの悪いどぎつい広告やデザインのものが,目に触れないことで,まず気分がいいこと,それから,人々も優しいというのが印象に残りました。あと,国旗の色に代表される紺色を昔から好きだったこと,食事の際のお皿にのる料理の量も丁度よくて,過ごしやすかったです。

飛行機のチケットを手配してから,フィンランドにロルファーいないかなあと思い検索したところ,一人だけいることがわかりました。連絡をとって,美術館のあるキアズマという場所にある現代美術館のカフェで待ち合わせしたのですが,現れたJussiさんは,がたいのいい真面目な方でした。彼はまさに,フィンランドのロルフィングのパイオニアです。

彼と話して印象に残っているのは,「ロルファーは,その時のトレンドを学んだりするけど,自分は,常にロルフィングの根本に立ち戻ってワークしたい。」といっていました。欧州のロルファーは,全員内臓マニピュレーションなどのオステオパシーの技法を学ぶものと思っていたので,私にとっては新鮮に思いました。

とかく”学び続ける”という言葉の陰で,外から情報を収集することだけに気を取られてしまうと,自分の内側からにじみ出てくる独自性や,学びたいという気持ちよりも,何か乗り遅れてしまうような不安から習いにいってしまうように方向付けされていることもあるかもしれません。外側にソースを追い求めるより,目の前のクライアントと向き合って,その実践から学ぶ尊さに勝るものはないわけですが,それをトップに置きながらも,誰からか学ぶタイミイングがやってくれば,必要な縁だと思うのです。

Jussiさんのロルフィングの根っこにあるものを掴んで離さない姿勢は,いいなあと思いました。