小林健医師に学ぶ

先週末に行われた小林健先生の量子波講座・上級編に参加してきました。

治す医学から,治る医学,それが量子医学であることを何度も強調されていた今回の講座。従来型の医療が本来の治癒力を削いで,逆に患者を弱らせてしまうか。病気はない,それを医者が作り出しているという考えは,臨死を5度体験して,自ら余命宣告された患者さんらを何百何千と救っている臨床実績に裏打ちされている。

小林医師の説明する内容は,とてもシンプルである。どんな分野,それがヨガであっても身体技法であっっても,突き詰めると,細かい技術的なことより伝えるメッセージはシンプルになってくるという。120名という人数を前に,実習内容に複雑さはない。

技法を極めていくと,どんどん筋力を使う方法から,繊細なタッチに変わってくる。それによって,効きの質が変わってきて深まるのが,進化の方向性になる。その際に受け手と深い共鳴が起こりやすくなるので,施術側も相互に影響を受け合うことになる。病気の根本原因がWHOの見解でも9割以上が霊障であるという。流行る治療院はそこの先生が健康を害してすぐ潰れてしまう,という話はよく耳にする。

確かにセッションの体験は何かしら深いのだけれど,受け手と同調し過ぎて,影響を受けてしまう施術者は少なくない。

こうしたジレンマは,施術側と受け手のuncleanな霊の受け渡しによるものらしい。まず,第一に施術側が霊をつけない状態になることが先決となるが,小林医師はこのチューニングができるらしい。

ここで紹介された内容を活かせるのかどうかは,今後の実践と経験の積み重ねによって見ていく必要があるが,少なくとも小林医師の主張には一貫性がある。本流となっている医療処置に矛盾と実際助けなっていないことを現場の医師が痛烈に感じている今,医療や健康について,パラダイムシフトを起こす必要がある時期にきているのだろう。

小林医師が正式に認定した,量子波ヒーラーは現在5名いるが,どの方々も芯があって,巷でよくみる大先生を取り巻くエロい女性アシスタントや受付嬢などの,何かを狙っている”タカリ”目的の取り巻きは一切いない。小林医師は,健康の観点から性の重要性を説くことはあっても,何かギラギラしたものを感じさせるような輩を寄せ付けないのは,本当に珍しく,それだけに信用できる。

昨年秋から3段階で進んできた養成講座だったが,とりあえず今回で一区切り。

治すから,治る医学へ,これはロルフィングと矛盾しないコンセプトである。まだまだ彼から学ぶことは山盛りありそうだ。

バリの兄貴といい,小林先生といい,この先長い付き合いになりそうな縁のある方々と出会えてなんとも有り難いことです。

 

 

 

ロルフィング体験ダイジェスト 

写真データ提供のための整理をしています。

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喘息傾向があり,特に冬に辛くなるということで,お母様に連れてこられた小学生。
セッションが進むにつれ,体育の授業でのかけっこが上位になったとのこと。
お母さんの談:
“先生のお蔭で、この冬も喘息でゼーゼー苦しむことなく元気に外を走り回っています。”
喘息の発作もなく毎冬を越せるようになったそうです。
近況報告として,
”今年高校受験です。勉強をせずに、都内某私立高のサッカー推薦入学を狙っております。お陰様で180センチになりました。”とのこと。

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お母様からのメール)
身体の変化は見てのとおり、すごくしっかりしてきたと思います。
呼吸も以前に比べ深くなっているような気がしています。
それに加えて、変わったと思うところがいくつかあります。
娘はあまり感情を出さない、出せないタイプなのか、親である私達にもどこか遠慮しているようなところがあるのですが、最近は自分の気持ちを素直に話してくれることが多くなったように思うのです。
個性が出てきたとも思います。
それに伴い、この娘は大丈夫なのかなぁ、なんだか頼りないなぁとなんとなくいつも心配だった私の気持ちも、全然大丈夫だ、この子は、と思えるようになってきたのです。
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社交ダンス,山登りと活動的な80代男性。10シリーズ終了後,坐骨神経痛は,ご本人の感覚で95%減少,右足にあった麻痺の感覚は完全に消失したとのことです。
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10シリーズ終了後半年経過して頂いたメール
•歩くのが楽。

•体調が良いとき、悪く感じるときの差がはっきりしてきた。

•以前とは違う感覚で自分の感覚(感性?体質?)を理解出来るようになってきた。

•自分を観れる自分がいる。

•以前より自分の個(孤)がはっきりしてきた。

•休む時間が増えた。

ロルフィング終了、半年後の感想

ロルフィング10シリーズを終えて半年経過した後のご報告。健康についての深い洞察です。

ロルフィングの感想

ロルフィングを受けて、月日が経ち、一番役に立ったと思われるのは、その考え方に接し、学べたことだったように思う。
自分の身体は、大地も同じように自分を支えてくれていることを味わったり、それを通じて、安心感を得たり、いろいろなことに目を見開かれ、大地が与えてくれる慈愛を感じ、味わうようになったというか、、、。
もっと、自分が大きなものに抱かれているような感覚を持つようになったことだろう。
このことには、とても感謝している。

身体のある部分に痛みがあり、それだけを治そうとしていても、また治そうと期待しても、人生は思い通りにはいかない。
誰かにやってもらえば治るのではないかと、医者を探し、お金をかけ、人によっては治療費のお金を稼ぐのに翻弄され、いつの間にか、お金を稼ぐ人生と、いろいろな医院を探す人生に明け暮れる人生に転落し、お金=生き延びる、みたいな、本当の人生の意味がわからなくなってしまうこともある。
人生は喜びを味わうために生きているのに、そして人生もどのくらいあるかわからないのに、その時間を犠牲にして、インターネットで情報を探すのに人生の貴重な時間を費やし、治療費を稼ぐのに睡眠時間を削ったり、生活が荒れたり、不規則になったり、医院を探し回り、通うのに疲れ、良くなるかどうか一喜一憂するので1日が終わってしまうことの連続で、いつの間にか、それで一生を終えてしまう人もいるだろう、
世の中には、難病もあるし、癌に至っては、高額の、保険が適用されていない治療もあるし、世の中、お金、お金、老後はこれだけ入りますと、宣伝するし、不安もかきたてられる。でも、それを追いかけてもキリがない。
完璧な健康を求め、完璧な健康でいることが、そのまま幸せなのだろうか。だとしたら、その幸せのために、残りすくない人生を家族との会話や、自分が大好きなことを犠牲にして、治療費を稼ぐのに明け暮れるのも意味はあるかもしれない。
治療に明け暮れるのも人それぞれだが、収入や自分の幸せとのバランスを考えながらするのがいいのではないかと思う。

私にとって本当の幸せは、人との愛や、自然への愛や、美や調和に接し、愛を感じ、生きていてよかったと心から思える瞬間であり、それは、自分の体がどのような状況であろうと、心が健康であれば、感じられるものである。
私は、ロルフィングで、自分の身体の重さを感じたり、力を抜いたりして、自分の体を観察することにより、自分をいたわり、味わい、愛していくことを学んだように思う。
大地からの反発というか、支えを感じたりすることで、自然の慈愛を感じた。
その、一見、小さく見える経験が、実は大きな幸せだということをこの数ヶ月、とても感じた。

私がこのように思ったのは、手術を受け、入院していて、いろいろな病気を抱えた患者を観察する機会もあったからだ。
病院なので、死んでいく人もいるだろう。親戚、家族と思われる人たちが、廊下で言い争い、いがみ合っているのを目の当たりにしたり、中には、看護婦さんにあたる人や、付き添いの人に暴力的な言葉を吐いて、病のストレスを発散している人もいた。
その人たちは、自分たちの感情しか見えないけれど、他の患者さんがいて、他の患者さんは、今、自分の病や痛みと闘っていて、穏やかな気持ちでいたいということに気がまわらない。さらに、余命、いくばくかの人にとっては、見ず知らずの他人の怒鳴り声や、相続争いの前哨戦の会話で、貴重な生きている時間を無駄にするは辛いことだ。人生の最後くらいは、美しい愛に満ちた思い出で終えたいものだ。
自分が病で辛い、かわいそうだという気持ちでいっぱいで、他人に暴力的な言葉を吐いたり、悪態をついたり、不愉快な気持ちにさせていることに気づかない。
また、中には自己憐憫に陥り、看護婦さんにべったりで、看護婦さんが他の患者さんを見るのにも障害になるような、依存症の人もいそうな感じもした。
病気や身体が動かなかったり、痛みがあることはもちろん、不安だし、辛いことではあるが、だからと言って、苦しんでいるのは自分だけではないわけだし、思いやりや、日々の小さな幸せを感じながら生きるのが良いのではないかと思った。
私が入院中、ベットでしていたのは、ロルフィングで習った、身体の重さを感じ、味わい、大地からの反発を感じることだ。病院では孤独だという人もいるが、私は自分の身体の重さを感じるようにしていたので、そういう風には感じなかった。自分を支えてくれる大地というものがあり、それから深い慈愛を感じる。それを落ち着きに変えていけるのは素晴らしいことだった。生きてここにいることが、それだけでも美しく思えた。

体を健康体に治すという気持ちに集中すると、人生はうまくいかないこともある。
お金をかけて、高い治療を受け、健康にはなったが、家族や親戚との間には愛がなかったり、権力関係であったりするのは悲しいことでもあろう。
自分が、どのように生きたいかとことをはっきりさせ、それがぶれない上で、いろいろな治療を試みたりするのがいいのではないかと思った。
そういう意味で、ロルフィングを受けるのも、治してもらうという受動的態度で常にいるのではなく、自分がそこから何が学べるかというのをよく考えながら、受けるのが良いと思った。

最終セッションは一切触れずに完結

セッションを重ねていくにつれ,ロルファーと受け手との共鳴が深まります。いわゆる打てば響くようなやりとりが円滑になってきます。

前半は,間合いを慎重にとったりして,お互いに無理のないところを探りながら,居心地よくいられる状態を見つける作業,これが無意識に行われていると思います。

やりとりは,即興要素の強い掛け合いという感じだと思います。

ロルフィングで,この関係性が深まり円滑になってくると,ロルファーが触れなくても,その場所に意識を向けるだけで,変化するというフェイズに入っていきます。

実際に先週のセッションにおいては,かなり統合がうまく進んだケースで,一切触れることなく,意図を向けるだけでプロセスが進んでいきました。

そんなセッションが一つの目標でしたが,一つの山頂にきた感じがしました。