The Art of YieldのRolfingへの応用

この技法は,生きている組織が持っている微細で自律的な動きの応答性を刺激し,深い変容をもたらす力を秘めたcoherentな状態 (全体が一体となってゆらぐ状態)へと誘います。
 
施術者のタッチは,心身のシステムに非常に深いリラクゼーションを導き,関節内とコアの空間に広がりをもたらします。ロルフィングを行う上で,典型的によく用いられる古典的な筋膜リリースの手法を受け容れられない人々に対してもワークが提供できるように,この技法が開発されました。 この技法においては,とても繊細簡潔なタッチが適切な間合で用いられますが,効果的に構造の変化がもたらされます。しかもクライアント自身が持つ自己調整の知性を動員することによって,変化が持続的で意義のあるものとなることを目指したコンセプトに基づいています。それは施術者の思い込みがそうなることを必要とするような,変化を無理強いする志向とは,対極にあるものです。
このワークの鍵となるのは,施術者の知覚状態です。セッションを通じて,内側の身体意識のみならず,施術者のクライアントを含む周囲の空間に対する感覚を持ち続けることが,重要となります。この知覚状態は,発生した微細で自動性の波を捉えている時に,施術者がうまく”流れ”に入るのに役立ちます。さらに,身体の外側と内側を同時に感知することによって,本質的な施術者のあり方,プレゼンスをしっかりさせることになります。
 
The Art of Yield stimulates the motility response in living tissue, which promotes a system-wide coherency that has profound transformative potential. The practitioner’s touch invites a very deep relaxation in the whole body-mind system, facilitating decompression of joints and core-space expansion. It evolved in response to the need to provide structural integration to people who could not tolerate the classical myofascial release techniques typically used in Rolfing SI. The Art of Yield demonstrates that effective structural change can be achieved through gentle and brief, but precisely timed, touch. It is based on the concept that change becomes more lasting and meaningful by engaging the client’s own self-regulatory intelligence, rather than forcing change that the practitioner believes needs to happen.
The perceptual state of the practitioner is key for this work. It is important to attend to your internal sensations, as well as the sensation of the space around you, including the client, consistently throughout the session. This state enables a palpable flow that assists the practitioner in tracking the emergent wave of motility. In addition, orienting around perception and interoception engages presence, which is essential.

細胞と細胞外マトリックスとの関係

細胞の外と細胞の内側は,途切れることのなく,つながっています。細胞表面にはインテグリンという細胞接着分子が,細胞の外のコラーゲン繊維と細胞の中の細胞骨格のアクチンファイバーをつなげています。例えば,線維芽細胞は,細胞外マトリックスに埋め込まれた状態で周囲から情報を受けとりつつ,自らもコラーゲン繊維を産生することで,細胞の外の空間の張力維持に積極的に関わりつつ,全体の構造をバランスさせるという優れた自己整合のシステムを形成しています。細胞外マトリックスの配向や張力のバランスに焦点を当てることが,ロルフィングの基本ですが,細胞に焦点を当てて,その知覚や振る舞いに影響を与えることができれば,身体構造のバランスを決めている筋膜のネットワークにも変化を与えることができると考えています。

アート・オブ・イールドとは?

1999年にRolf Movement認定トレーニングがワシントンDCで開催され,その時に発達の過程で最初に起こす原初的な動き,イールド(=ゆだねて落ち着く)が紹介されました。その後,実践の中でこの"動き"をセッションの中で用いると,構造的な変化がさらに促され,しかもセッション終了後も変化が持続することがわかってきました。そして,10シリーズのロルフィング自体をこのイールドを用いたムーブメントに置き換えることを追求してきました。恩師Carol AgneessensとRebecca Carliが紹介してくれたこのイールドを,およそ10年かけて,従来とは異なる切り口でデザインしました。主に個人セッションの実践を通して,このワークを練り上げてきました。

生存に必要な本質的な動き〜イールド

ヒトは母胎で育つ段階で,まずやることは自分の重さを母胎にゆだねる,イールドという「動き」が最初にあると考えられています。押す,伸ばすなどの基本的な動きは他にもありますが,すべての動きはこのイールドが基になっています。何かをしっかり押すためには対象物にしっかりコンタクトしてイールドする準備が先立ち,手を伸ばす際には,その土台となる足/座面が,床/椅子に対してしっかり接地し落ち着いて (=イールド) いる必要があります。このイールドの質が,そこから派生する他の動きの質を決定しています。仰向けで休息するというのは床に対するイールドであり,ヨガでいうところの死体のポーズに該当しますが,これはかなり奥深いポーズと位置づけられています。
 日々の疲れをどれだけ次の日に持ち越さずにリセットできるかどうかは,寝ている間に床あるいはベッドにどれだけ身体を預け,脱力して上手に休息できるかにかかっています。
 
イールドは,試験管内の培養細胞の振る舞いにも観察され,ほとんどの正常細胞は, 生存と増殖のためには, まず落ち着くための足場を要求します。これは足場依存性と呼ばれ,細胞生物学ではよく知られた,基本性質です。いくら栄養が足りていても,まず足場に委ねる動き,そしてさらには周囲の空間に対して広がろうとする動きを通してはじめて,生存と生育が可能となります。細胞レベルでも,生命が育まれるためには,周囲と物理的に接触して支えられる必要があるというのは興味深いことです。イールドは,神経や脳の形成が進む以前に必要とされる原初的な生命に不可欠な動きといえます。

なぜ,このワークを?

様々な技法を体験してみて気がついたのですが,一部の侵襲的な手法の考えとして,身体のバランス回復のためには,受けた衝撃と同じ痛みを再体験する必要がある,とか,痛い思いをしてこそ治る!というような乱暴な概念が存在します。
こうした傾向には,当初から真っ向から抵抗があり,根拠がある筈はないとずっと感じていました。 そして,セッションを成功させるためには,きっかけとなるようなわずかな刺激で十分にも関わらず,過剰な介入はむしろバランスを崩すことになる。 では,偶然ではなく,わずかな介入でも変化をしっかり引き出すにはどうしたらいいのか?ということを探求してきました。その一つの答えが,生き物が細胞レベルで必要とする普遍性のある性質を利用すること,つまりイールドを用いることです。 自然界に元々普遍的にある身体の生物学的な性質を利用する,これほど確かなことはありません。
さらに,この繊細な働きかけは,圧力に敏感な受け手のための恩恵にもなります。骨粗鬆症の方や,妊産婦の方,慢性的な炎症や人工関節置換術を受けた方など,元々強い圧力を伴う施術が受けられないケースにも応用が広がります。
 

多くの教員も共感するワーク

どんなに独創的なワークであっても,それが個人レベルに留まってしまうとしたら,ワーク自体に普遍的なエッセンスは含まれていないことになります。このワークは,客観的にどのように評価されているのでしょうか?
 
2013年Rolf Instituteの教員が集まり,エネルギーワークについて話会う機会がありました。その時にこのワークを紹介する機会があり,教員のほとんどが,このワークに何かを感じたようです。翌年の2014年春には,彼等の招きによって,3日間のワークショップを教える機会を得ました。 ロルフィングシリーズの1~5セッションに応用する内容でした。さらにその続編についても,2015年にカリフォルニア州サンタクルーズに招聘され,4日間のムーブメント認定を伴うクラスとして開催されました。20年あるいは30年教鞭をとりつつロルフィングを実践しつつ繊細なワークに共感する教員も評価する信頼性のあるワークです。

 
また,このイールドワークについては,日本で開催しているロルフ・ムーブメント認定ワークショプを通じて日本のロルファーにも紹介しています。ロルフ・ムーブメント認定ワークショップの10シリーズ翻訳PartⅠ〜Ⅲのクラスに参加されたロルファーから受けることができます。特に新しい30日間認定プログラムを日本で終えられたロルファーの方々は深くこのワークを理解しています。

膝関節の故障,人工股関節置換術後のロルフィング

重度の膝の故障へのロルフィング


Before Rolfing :50代女性。過去にテニス歴,ウエイトリフティングが趣味。左関節に慢性的痛み。膝の可動性は,90度以上屈曲不可で,伸展は膝裏に拳大の隙間が生じる程度にしか伸ばすことができない。整形外科,スポーツ整形,膝専門医を含む5つの大病院で,X線やMRIによる解析から,どの医師も膝関節の改善は不可能との診断。歩行困難となった場合には,人工関節を勧める所見もあったとのこと。 左膝関節の可動域が極端に狭いため,左足を伸展したまま引きずるような歩行様式。消炎鎮痛剤の常用とヒアルロン酸の関節注射を高頻度で行っていた。

ワークの意図と介入:
ワークに関しては,比較的基本的な10レシピに沿って行った。 深刻な痛みが,膝と背中にあったものの,1回目 セッション後呼吸が背中に入ることで痛みはかなり軽減した。 シリーズが進むにつれ,Lumber lordosisに長さが生まれ,下肢のサポートの質に変化がでてきた。4回目で,midlineのサポートが充実し,受け手自身にその感覚がでてきたことが,重要だったと思われる。8回目以降は,下肢のコーディネイションを引き出すムーブメントワークを多用した。また,足/膝のサポートの仕方が急激に変わることにクライアントが順応して新しいバランスを見つけやすいように,膝に対して,counter rotationの動きを教育することが有効であった。つまり,膝が屈曲する際に大腿骨は外側に回転し,頸骨は内側に回転するという動き(膝にとってのnormal motion)を入力すること。その動きの教育を,まず,仰向けで受動的にそのcounter rotationの動きを数回与えてから,立って歩く動作に移ってもらうことで,転倒せずに安全に新しいバランスを見つける手助けとなったようである。クライアントは,シリーズ進行中でも,日常の中でウエイトリフティングを継続し,スポーツマッサージも受けていたが,それらが,プロセスの妨げになったという印象はなかった。また, シリーズ中に知的レベルでの理解のために解剖運動学的情報は提供していないので,タッチによるインプットのみで,変化が定着したものと考えられる。ウエイトリフティング時の身体の使い方に由来すると考えられる背中を反らせるパターンは, 10シリーズ後のロルフムーブメントにより,リセットされている(写真.参照)。Lordosis全般を包括的に捉え,膝関節への動きの教育が機能を回復する上で重要だったと考えられる。


After Rolfing: 膝の屈曲はしゃがむ程度に曲がるようになり,仰向けの状態で膝をほぼ真っ直ぐにすることが可能となった。左膝下の改善が顕著で,痛みがほとんど消失し,両脚の力を同様に使って歩行することが可能。階段も普通に下ることが可能となり,鎮痛剤の服用も不要になる。Rolfingシリーズ終了後3ヶ月経過しても効果は持続されていた。 開始前と10回目の後で比較すると顕著にサポート様式に違いがでているのが分かる(写真)。さらに10回目終了後に15週間経過した後もバランスの持続性が認められる。

半月板除去術を受けたセミプロフェッショナルのサッカー選手


Before Rolfing: 20代女性。セミプロフェッショナルのサッカー選手。歩行時に慢性的痛み有り。両膝の半月板の完全除去術を行っている。サッカーのプレイ中にはさらに痛みが大きく感じられるとのこと。


ワークの意図と介入: 初回のセッションは,膝を中心としたサポートに焦点を当てた。膝関節内のdecompressionが起きるように,Lordosis全体のyielding。その膝内部に拡がりがある状態で,toe hingeやankelのムーブメントワークを行う。サポートにおける膝への信頼ができると共に,歩行時の痛みが消失した。2回目は,hip jointに焦点を当てた。つまり,身体全体がyieldされた状態で,関節内に生じるmotile responseに従うことで再配置された。タッチしている関節を通して,全体の関節との関連性を引き出すことが重要だと考えられる。クッション材としての半月板が全くない状態でも,関節面に対して均等に負荷がかかることで,日常生活レベルで膝痛から解放される可能性があることが示された。

After Rolfing : 一回目,2回目のセッションで歩 行時には痛みを伴わない状態に回復した。膝の支え方がバランスされていることが観察できることから,負荷が軽減されたのではないかと推測される。

左股関節が人工股関節に置換されているケース

Before Rolfing : 左股関節に人工股関節置換術,さらに左膝には半月板除去術が施されている。膠原病からくる関節リュウマチにより,全身に痛みのある60代の女性。医師からは,股関節が外れるリスクがあるため,股関節を開く動きをしないように強く指導されているためか,過度に内側で支えようとする傾向が認められた。写真のBefore 1のデータが示すように,左股関節への信頼がなく,サポートがないことがわかる。歩行も不安定。


ワークの意図と介入:
1回目のセッションでは,左股関節が現状より支えやすい位置に配置されるように,motile responseにlisteningしながら,repositioningを行った。また,膝に対しては,ケースBと同様のアプローチ。仰向けで立て膝の姿勢で,自己イメージよりも少し外側で支えられる安全で可能な位置があることを体感してもらうワークも有効でだった。1回目のセッション後に,左下半身のサポートが充実し,一週間経過後もバランスの維持が確認されている。前後のバランスは,1週間経過後の方がむしろ骨盤に水平性が得られているのがわかる。全身に痛みがあるということもあり,シリーズを通して,用いる圧力は最小限にして,Yieldingによる安全な環境とmotile responseに従う極めてgentleなムーブメントのみを用いた。


After Rolfing : 両脚のサポートが充実し,コアも充実している。ご本人の感想としては,元気になったとのこと。歩行も安定し,Contralateralな動きも引き出された。また,3回目の後,ご本人の都合により,4回目まで約5ヶ月の間隔が空いたが,その間も左半身のサポートは維持され,統合への変化が継続していたことが分かる。

Rolfer’s Note:

上記3つの実施例ともに,supportの充実がテーマであり,そのために関節のdecompressionとムーブメント教育が有効であった。また,変化が全体と調和するのに十分な時間を確保した。また,自己調整機能が機能しやすい環境,つまりyieldingが十分引き出されるような場を提供した。このことが,クライアントがリソースに繫がり,内側からの自発的なdecompressionを引き出すことにも繫がった。どのケースも故障や痛みが広範囲に認められるので,圧力に依存せず,特に故障箇所の変化を強要しないことに注意を払った。また,セッションの最後,立ちあがるまでに,念入りにトラッキング等,重力への適応の為に統合の時間を十分とる必要があった。

 
10回終了後も,高頻度でお受け頂く必要のある方や18歳未満と80歳以上の方に対して,こちらで研究対象として指定させて頂いた場合に限り,セッション料金を変更させて頂くことがあります。