Certified Advanced Rolfer, Jeffrey Burch氏の論説をご紹介します。2024年の9月号のDr.Ida Rolf Institeの機関誌 Structure, Function , Integrationに掲載されたもので、その翻訳と使用に関しては、Jeffrey Burchご本人から許可を得ています。
手技療法のルーツ、歴史、そしてオステオパシーとロルフィングの関係性についてうまくまとめられた内容です。
以下の章に従って記述されています。
【スティルから始める】
【オステオパシーの記録を通して】
【ロルフに対するBurchの見解】
【オステオパシーの整理・明確化】
【マニュアルセラピーの未来】
【解剖学へのアンカー】
【用語の定義】
【評価・治療・再評価】
論説全文については以下をclickすれば読むことが出来ます。
Structure, Function, Integration , Sep. 2024
There’s a Place for All of It: A Walk through Manual Therapy Work
どのアプローチにも価値がある – マニュアルセラピーの世界を巡る旅
By Jeffrey Kinnunen, Certified Rolfer®, Jeffrey Burch, Certified Advanced Rolfer
【要旨】
著書『マニュアルセラピストのための評価と治療法(Assessment and Treatment Methods for Manual Therapists, 2023)』について語りながら、Jeffrey Burchは、マニュアルセラピーの技法を学び、教えてきた長年の歩みを振り返る。生涯学習者であるBurchは、Ida Rolf博士、オステオパシー、そして自身のマニュアルセラピーのツールボックスを発展させてきた過程について論じる。
インタビュアーのJeffrey Kinnunenは、マニュアルセラピーにおけるいくつかの用語、すなわちダイレクト/インダイレクト、バリア、リージョン(病変)、アドウヒージョン(癒着)、リストリクション(制限)について、それぞれの違いを説明するようBurchに求める。
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Jeffrey Kinnunen(以下 JK):このたびは、ご著書
『Assessment and Treatment Methods for Manual Therapists(2023)』
についてお話しできる機会をいただき、心から感謝しています。
この本は、ストラクチュラル・インテグレーション分野において非常に重要な貢献だと思いますし、その背景にある動機をぜひ深く伺いたいと思っています。この本を書こうと思われたきっかけを教えていただけますか。
Jeffrey Burch(以下 JB):こちらこそ、お話しできてうれしいです。ご質問ありがとうございます。
私にとって、他者から学んできたこと、そして自分自身で発展させてきたことを次の世代に手渡すことは、とても大きな意味があります。私は永遠にここにいられるわけではありませんが、未来の人々に語りかけ続ける一冊を残すことはできます。
この本は、マニュアルセラピーの仕事をより効果的に行うための可能性を提供するものです。
より少ない労力で、より多くのことを成し遂げる。それは施術者にとっても、クライアントにとっても有益なことです。
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【スティルから始める(Starting with Stil)】
JK:私が『Structure, Function, Integration』誌のために
あなたと話したいと思ったのは、この本が非常に役立つツールだと感じたからです。
マニュアルセラピーの歴史を織り込み、すべてをアンドリュー・テイラー・スティル[オステオパシー医学の発見者、医師・外科医(1828‒1917)]へと結びつけている点を、とても興味深く読みました。
あなたがこれらのことをきちんと書き残そうとした姿勢に深く感謝しています。
私の理解では、スティルは技法を教えることにも、それを記録することにも消極的だったとされていますが、それは正しいのでしょうか?
JB:はい、その通りです。
人々は何年にもわたって、スティルに「あなたがやっていることを教えてほしい」と求め続けていました。
彼は、組織に変化を起こすための非常に優れた方法をいくつも開発しており、しかもそれを素早く行うことができました。
彼は「稲妻のボーンセッター」として知られていました。
それほど迅速かつ効率的に結果を出していたのです。しかし長い間、人々が教えを乞うと、彼の答えは決まって
「自分でもどうやっているのかわからない」というものでした。
彼が60代後半になった頃、ようやくそれが変わります。自分自身の身体能力が少しずつ落ち、臨床に立つ時間も減っていく中で、「これを伝えなければならない」 という思いが強くなったのです。
この話にはもう一つ並行する重要な要素があります。
教え始めた当時のスティルは、驚くほど創造的な人物でした。
彼には、物事を成し遂げるための多種多様な方法がありました。
夜、寝床で目を覚ましながら、新しいやり方を思いついていた、という逸話も残っています。
そして彼は、学生たちも同じように創造的であるべきだという前提と意図を持っていました。
実際、彼の時代以降、彼の後を継いだ人々は数多くの新しい方法を生み出しました。
しかし正直に言って、アンドリュー・テイラー・スティルほど創造的だった人物はいません。
そのため、彼は実際には具体的な技法をあまり教えませんでした。
彼はこう言っています。
「我々の学校には三つの科目しかない。
解剖学、解剖学、そして解剖学だ。」
彼は、物事を変化させるためのいくつかの一般的な考え方だけを教え、
あとは「自分で考えなさい」 と言ったのです。
歴史的に見て、これは問題でもありました。
私たちは、彼が実際にどのように施術していたのかをもっと知りたいと思っているからです。
私の本の中では、彼が誰かの肩に対して何かを行っている唯一残された映像資料について記述しています。
それは10秒ほどの、無声で粒子の粗いフィルムです。
彼は1917年に亡くなっており、当時はまだ映像記録技術がほとんど存在していなかったため、これが私たちが具体的に確認できる唯一の資料なのです。
この流れで、ウェールズのオステオパスであるジョン・ルイス(DO)の著書について触れておきたいと思います。
かなり前の話になりますが、
スティル家は彼の個人的な文書を大量に、カークスビルにあるオステオパシー学校のアーカイブに寄贈しました。
ルイスはそこに赴き、2年をかけてそれらを読み込みました。
これらの資料は、スティルに対する私たちの理解を飛躍的に深めるものでした。
ルイスは、それらを基に、より決定版といえるスティルの伝記を書くことができました。
私は、これまでに出版されているスティルに関する伝記をすべて読んでいますが、ルイスの著書
『From the Dry Bone to the Real Man(2012)』は、スティルとその生涯をはるかに豊かに描写したものです。
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【オステオパシーの記録を通して(Through the Osteopathic Annals)】
JK:2019年7月号の『Structure, Function, Integration』において、あなたはロルフィング®ストラクチュラル・インテグレーションの歴史についての記事を書かれていましたね。その中で、もしご自身がストラクチュラル・インテグレーションの学校を運営するとしたら、「10シリーズ」のレシピを教える代わりに、ジャン=ピエール・バラルDOおよびその協力者たちとの友情と関わりの中で学んだ評価法を組み合わせて教えるだろう、と述べておられました。
その知識に、さらにご自身の長年の経験から生まれた独自の工夫も加えられているように感じます。ご著書は、まさにそのことについて書かれた本だと言えるでしょうか。
JB:はい、その通りです。この本は、そのようなカリキュラムの教科書として使うことができると思います。少し補足しますと、私はジャン=ピエール・バラルから多くを学びましたが、それだけではありません。フランスのオステオパス、アラン・ゲアン、カナダのオステオパス、フィリップ・ドルエルなど、他の多くのオステオパスからも学びました。また、古いオステオパシー文献も大量に読みました。
JK:なるほど。ロルファー®としてのあなたのキャリアで興味深いのは、オステオパシーのマニュアルセラピーの伝統に深く足を踏み入れた点です。私の認識では、私たちがロルフィング・ストラクチュラル・インテグレーションと呼んでいるものは、オステオパシーにまで遡ることができる一つの系譜であり、そこから分岐した枝のようなものです。あなたは、その両方に関わってこられました。
オステオパシーの世界で、ストラクチュラル・インテグレーション側の疑問に対する答えを見つけたのでしょうか。それとも、新たに考慮すべき事柄を発見したのでしょうか。
JB:両方です。私は系譜に対する強い好奇心を持っていました。アイダ・ロルフ[PhD(1896–1979)]が自身の仕事を発展させる過程で、オステオパスたちと広範に学んでいたことを知っていたからです。特に、ロルフはケネス・リトルやエイミー・コクレーン、そしてジョン・ワーナムなどのオステオパスと学んでいました。
オステオパシーの文献を読んでいくうちに、ロルフの治療哲学の中にあるものは、「重力」を前面に押し出した点を除けば、すべてオステオパシーの正典に含まれていることに気づきました。重力は、オステオパシーでは比較的軽視されがちで、時に忘れ去られている要素です。そこで私は、「ストラクチュラル・インテグレーションのルーツとは何なのか」「これはどこから来たのか」という問いを持つようになりました。その探求は、オステオパシーにとどまらず、先史時代から世界各地に存在してきたマニュアルセラピーの伝統へと私を導きました。
これらの伝統は、地域によってさまざまな名前で呼ばれています。イギリスではボーンセッターと呼ばれ、実際に骨折を整復することもありましたが、同時にマニュアルセラピーも行っていました。
ポルトガルではアルジェブリスタ(algebrista)と呼ばれていますが、これは代数学(algebra)と同じ語源を持っています。代数学が方程式を「簡約」する学問であるように、身体の苦痛や問題を「簡約する」存在でもあったのです。ドイツではヴンダルツ(Wundartz)、直訳すると「創傷治療者」。モンゴルではバリアチ(Bariachi)と呼ばれています。
もちろん、古代からのマニュアルセラピーには違いもありますが、同時に世界中で驚くほどの共通点も見られます。私は以前、鍼灸と中医学を学び、実際に中国で施術をしていたアメリカ人と仕事をしたことがあります。彼は、中国には現在私たちが知っている鍼灸の系譜とは異なる、より古い伝統のボーンセッターが存在すると話してくれました。
彼自身がその人たちから施術を受けた経験から、「あなたのやっていることは、彼らのやり方とまったく同じだ」と言ったのです。
JK:それはすごいですね。
JB:ええ。私は、そうした伝統について何が書かれ、何が記録されているのかを探しましたが、文献は非常に乏しいものでした。その理由の一つは、マニュアルセラピーの知識が徒弟制度によって、しばしば家系内で伝えられ、秘密として守られてきたからです。そのため、文献として残っているものは限られています。
再びアンドリュー・テイラー・スティルに話を戻しましょう。彼の父親は医師で、スティルはバージニアで生まれましたが、父はすぐにカンザス準州で仕事を得ました。それは、後のインディアン事務局につながる組織の仕事で、先住民居留地でネイティブ・アメリカンに医療を提供するものでした。
このことは、いくつか興味深い結果をもたらしました。スティルは父の往診に同行していたため、初等教育を受ける前から医学教育を受けていたことになります。また、彼は先住民の言語を学び、彼らの伝統的治療者から学びました。晩年、スティルは「オステオパシーの核心は、ネイティブ・アメリカンから学んだものだ」と語っています。
JK:それはショーニー族の伝統ですね。
JB:そうです、ショーニー族です。
JK:興味深いですね。あなたがスティルを「創始者」ではなく「発見者」と表現しているのも、その文脈で非常に納得がいきます。
JB:それはスティル自身の言葉です。彼は自分を「発見者」だと表現しました。つまり、彼がそれを創り出したのではなく、すでに存在していたものを見出した、ということです。
JK:常にそこにあったものを。
JB:その通りです。
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【ロルフに対するBurchの見解(Burch’s Take on Rolf)】
JK:まとめると、あなたはこれまでのさまざまな関係性の中で、バラルのテクニック、内臓マニピュレーション、そして神経や血管に対するいくつかのマニピュレーションを教えられるレベルまで訓練を積んでこられた、ということですね。また、頭蓋系のさまざまなテクニックの豊富なレパートリーもお持ちです。さらに、ご自身の長年の経験の中で独自の工夫を重ね、あなた自身のテクニックを生み出し、それらに対するご自身の視点を本の中で示しておられます。これらについて、少しお話しいただけますか。
JB:はい。ここでいくつかコメントしたい点があります。まず、ロルファーのトレーニングは、何十年にもわたって大きく変化してきました。正式なカリキュラム設計による場合もあれば、教師が自分のやりたいことを自由にやっていた場合もあります。
私がロルファーとして訓練を受けた1970年代後半の時代には、非常に強調されて、繰り返しこう教えられました。「ロルフィングには特定のテクニックというものは存在しない」と。
ロルフィング(ストラクチュラル・インテグレーション)の目的を達成するために行うことなら、どんなことであっても、それはロルフィングなのだ、と。
これに関連して、アイダ・ロルフとエメット・ハッチンズ[ストラクチュラル・インテグレーション・ギルド共同創設者(1934–2016)]との間で交わされた、少し有名な逸話があります。
ある晩、アイダがエメットの家で夕食をとっていたときのことです。食後にエメットがこう言いました。
「アイダ、質問があるんだ。もし私がクライアントと仕事をしていて、多くの点は改善しているけれど、まだ少ししっくりこないとする。そして、股関節の骨膜が“呼吸”できるようになれば、もっと良くなると分かったとする。もし、その骨膜を変化させるために、魔法の呪文を唱えたり、流行歌を口笛で吹いたりしたら、それはロルフィングになるのだろうか?」
それに対して、アイダは彼女独特の言い回しでこう答えました。
「あなたはどう思う?」
エメットが「ロルフィングになると思う」と答えると、アイダは「私もそう思う」と言ったそうです。
つまり、ロルフィングの結果を達成するために、仮に魔法の呪文を唱えることが合法であるならば、それもロルフィングになり得る、ということです。これは、私たちがどのようにアプローチするかについて、非常に広い自由度があることを示しています。
ロルフはオステオパスたちと学びましたが、主に哲学や理論を学び、テクニックそのものはそれほど多く学んでいませんでした。彼女は自分自身の初期のテクニックを生み出しましたが、率直に言って、それはかなりぎこちなく、結果を出すために多くの力を必要とするものでした。
私が利用可能なオステオパシーのテクニックを学ぶにつれ、より速く、より容易に結果を出せることに気づきました。自分にとっては労力が少なく、クライアントにとっては快適で、結果もより早く現れました。
そして、さまざまな方向からテクニックを学ぶ中で、私はいくつかのパターンに気づき始めました。スティルが非常に創造的で、多くのやり方を持っていたように、
「自分自身でも、もっと多くのやり方を見つけられるのではないか」と思うようになったのです。
例えば、本の中で紹介している私のテクニックの一つに、「アコーディオン・テクニック」と名付けたものがあります。これは、マサチューセッツ州ボストンへクラスを教えに行く飛行機の中で思いついたものです。自分の腕の組織をいじっているうちに、発見しました。
当初は「ボストン・テクニック」と名付けようかと思いましたが、私はより記述的な名前が好きです。このテクニックで行う特定の操作が、アコーディオンの扱い方に似ているため、「アコーディオン・テクニック」と呼ぶことにしました。
その後、ある同僚が「オルタネート・デコンプレッション(交互減圧)テクニック」と改名してはどうかと提案してくれました。こちらの方が、さらに記述的な名前だと思います。
JK:あなたのロルフィングの指導者はどなたでしたか。あなたは、アイダ・ロルフが存命中に当時のロルフ・インスティテュート®(現在のDr. Ida RolfInstitute®)に在籍していましたが、実際に彼女に会う機会はなかったようですね。
JB:1977年に私が訓練を受けていたとき、オーディターとして参加していたクラスでは、マイケル・サルヴェソン(アドバンスト・ロルフィング・インストラクター)が指導し、ニール・パワーズ(ストラクチュラル・インテグレーション・インストラクター)がアシスタントを務めていました。
その後のプラクティショナー・フェーズでは、ピーター・メルキオール[ストラクチュラル・インテグレーション・ギルド共同創設者(1931–2005)]が指導し、ノースカロライナ州出身のロルファー兼心理学者であるキャロライン・ウィドマーがアシスタントでした。
私が訓練を受けていた時代には、テン・シリーズは初心者ロルファーのためのものでしかない、と繰り返し強調されて教えられていました。それは、キャリアの初期に「十分に良い仕事」を行えるようにするためのものであり、やがて各クライアントが本当に必要としているものを知覚できるだけの経験を積むための足がかりでした。
私たちは、ある程度の経験(おそらく5年ほど)を積んだら、シリーズを超えていくべきだ、という使命を持って世に送り出されました。
アイダ・ロルフは私が訓練を受けていた当時まだ存命でしたが、重い癌を患っており、すでに教えることをやめていました。彼女は私が訓練を修了してから約18か月後に亡くなりました。そのため、私は彼女に直接お会いする機会を持つことはできませんでした。
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【オステオパシーの整理・明確化(Clarifying Osteopathy)】
JK: ここで「オステオパスである」ということの意味を明確にしておく必要がありますね。これは混乱を招きやすい点です。DO(Doctor of Osteopathy)という資格を持つ人がいますが、アメリカ合衆国では、DOはMD(医学博士)と同等の医師免許を持ち、医療行為を行うことができます。
一方、カナダでは、オステオパシーの卒業生はDOMP(Diplomate in Osteopathic ManualPractice)と名乗り、アメリカのDOのような医学博士号は持っていません。また、週末の継続教育コースなどでオステオパシーの技法を学んだ施術者もいますが、それはオステオパスであることとは大きく異なります。
JB: その歴史を簡単にまとめてみましょう。アンドリュー・テイラー・スティルは医学博士(MD)でしたが、生涯を通してMDの肩書きを使い続けました。彼自身は、自分の名前の後ろにDOという資格を付けたことはありません。
当初、彼は自分の行っていることを、医学の一部ではなく、独立したマニュアルセラピーの実践として成立させたいと考えていました。最初に教え始めた頃は、実際にそうしていました。
スティルの学校の初期に、ジョン・マーティン・リトルジョン(1865–1947)というイギリス人の医学博士がいました。彼は医学博士に加え、二つの博士号を持っていました。リトルジョンはスティルの評判を聞き、治療を受けに来ました。彼は呼吸に問題を抱えていましたが、スティルはそれを見事に治しました。
その体験に感銘を受けたリトルジョンは、この仕事に強い関心を持ち、スティルの学校に入学しました。彼は学問的な経験が豊富だったため、学生でありながら同時に学生部長にも任命されました。
卒業するとすぐに、リトルジョンはスティルの学校の教員となりました。彼らの間には一種の「交換」があり、リトルジョンは生理学を教える代わりに、オステオパシーを学ぶための授業料を免除されていました。
数年間スティルの学校で教えた後、リトルジョンとスティルの間で大きな対立が起こりました。その詳細はあまり記録されていませんが、非常に激しいものであったことだけは分かっています。ロルファーだけが、こうしたドラマを経験しているわけではない、ということですね。
リトルジョンは学校を去り、イリノイ州シカゴに移って、「アメリカ医学・外科学・オステオパシー学校」を設立しました。そこでは、スティルから学んだことに加えて、医学と外科学のすべてを教えました。これは、スティルがまったく望んでいなかったことでした。
この競争と、学生からの圧力の結果、スティルは最終的にミズーリ州カークスビルの自分の学校でも、オステオパシーと並行して医学と外科学を教えるようになりました。
シカゴの学校を約10年間運営した後、リトルジョンはその学校を閉鎖し、イギリスのロンドンに戻って「ブリティッシュ・スクール・オブ・オステオパシー」を設立しました。そこでは、マニュアルセラピーのみを教えました。
皮肉なことに、これはスティルが当初望んでいたオステオパシーの形でした。このブリティッシュ・スクール・オブ・オステオパシーは現在もロンドンに存在しており、アメリカ以外の世界におけるすべてのオステオパシー学校の「母体」となっています。アメリカ合衆国は、オステオパスが医学と外科学、つまりMDと同等のすべての医学教育を受ける唯一の国です。世界の他の地域では、オステオパシーはマニュアルセラピーのみであり、薬理学も外科手術も含まれません。
これはオステオパシーにおける大きな分断の一つであり、リトルジョンは結果的に、その両側を育てる役割を果たしたことになります。
長い間、アメリカのオステオパシー学校への入学要件は、医学部よりやや低い水準でした。そのため、医学部に入れなかった人々が多く入学してきました。オステオパシーは、医療行為への「裏口」となり、多くの学生はマニュアルセラピーにほとんど関心を持っていませんでした。
その結果、アメリカのオステオパシー教育におけるマニュアルセラピーの比重は低下し、1970年代には、マニュアルセラピーの授業を一切受けずに卒業できるDO学校さえ存在しました。
ジョン・アプルジャー[DO(1932–2012)]は、そのような学校を卒業したオステオパスの一人で、彼自身、博士号取得後に大学院教育としてマニュアルセラピーを学んだと語っています。
JK: とても分かりやすい整理ですね。私はマニュアルセラピーに入る前に、科学に基づく正式な教育を受けてきました。学士号は臨床栄養学、修士号は運動科学です。私はマニュアルセラピーの訓練を受けるためにオステオパスになりたいと思っていました。
私はミシガン州を拠点にしているので、ミシガン州立大学を検討しましたが、そこでは4年間の医学・オステオパシー教育と、3年間のレジデンシーが必要でした。その7年間の訓練の中で、マニュアルセラピーの訓練はわずか3週間しかありませんでした。
つまり、そのルートでは、結局は自分で後から学ばなければならない、という点で、あなたの言っていることと同じ結論に至りました。私はその道を選ばないことにしました。
JB: それは理にかなっています。現代において、オステオパシーは多様化し、人々はさまざまな技法や哲学を発展させてきました。
実際にマニュアルセラピーを行う人々の間には、もう一つの大きな分断があります。それは「構造派(ストラクチュラリスト)」と「エネルギー派」です。
エネルギー派の人々は、手を使って物理的に組織に働きかける施術者を、粗野で原始的だと考える傾向があります。一方、構造派は、エネルギー派の人々に「実際に身体に触れて何かしてほしい」と思っています。マニュアルセラピーのあらゆる分野において、「自分たちこそが正しく、他は間違っている」と主張する正統派が存在し、なぜ相手が間違っているかを説明しようとします。これはごく普通の人間の行動です。
しかし、真実はこうです。
―すべてに居場所がある。時には一つの方法が必要であり、別の時には別の方法が必要なのです。
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【マニュアルセラピーの未来(The Future of Manual Therapy)】
JK:私はロルフ本人や彼女の弟子たちによる古い論文を読み返してきましたが、あなたがおっしゃったように、そこにはさまざまな視点があります。あなたの文章を読んでいると、ロルフィングの仕事は、その「目的」と、私たちの身体が環境―私たちが住んでいるこの惑星を含めて―とどのような関係を持っているか、そして重力が私たちに及ぼす影響によって定義されている、という点で一致しているように感じます。
教育と執筆の経験を踏まえて、マニュアルセラピーの知識において、次に埋めるべきギャップは何だとお考えですか。また、この分野が今後どのように発展していくことを期待していますか。
JB:とても興味深い質問ですね。まず申し上げたいのは、あなたが今言った「ロルフィング(ストラクチュラル・インテグレーション)は方法によってではなく、目的によって定義される」という考え方は、私の基礎トレーニングの中で明確に教えられていた、ということです。私たちはそのように訓練されました。
ですから、他の人と同様に、私も「自分のやり方こそが正しい」と思っていますし、それが当時の訓練の仕方でした。
私が最近とても関心を持っているのは、田畑浩良(Hiroyoshi Tahata)が2018年に書いている、人と人との空間的関係性についての研究です。私たちは皆、他者や集団に対して、どのように座るか、どのように立つかによって、その場のダイナミクスが変化することを知っています。
田畑の文章から学んでいるところによると、日本語にはそれを表す言葉が実際に存在します。それは非常に短い一音節の言葉で、「間(ま)」です(※田畑による「間」についての記事)。これは日本文化において非常に意識されている概念です。
このようなやり方でワークをすることは、私にとってはかなり枠外の発想です。しかし、空間的関係性や、私たちが互いにどのように関わるかによって、構造的・機能的な変化を生み出すための新たなフロンティアがここにあると感じています。
ストラクチュラル・インテグレーターとして、私たちは身体内部の空間的関係、地球や重力との関係に関心を持っていますが、田畑はそこに「対人空間」という新たな次元を導入しています。これは、ぜひさらに探究してみたい分野です。
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【解剖学へのアンカー(Anchoring into Anatomy)】
JK:著者としてのあなたの方向性は、私には非常に「解剖学的」に感じられます。あなたは物事を解剖学的な用語で記述しています。マニュアルセラピストとしての私は、「今触れている具体的な解剖構造をイメージできれば、それが何を語ろうとしているのかを理解できる」と自分に言い聞かせています。すると、たいてい何か興味深いことが起こります。
思考を解剖学だけに限定してしまうのは、あまりにも狭すぎる枠でしょうか。
JB:それは私にとって非常に居心地のよい領域です。ここ、私の左側には、長さ8フィート(約2.4メートル)の解剖学書の棚があり、これまで私はそこに並ぶ本を何時間も、何時間も、何時間も読み込んできました。
私は、身体の「内的ホログラム」を構築することを自分の目標に設定しました。つまり、頭の中で構造物にズームインし、その中を移動し、回転させることができるようになることです。そして、その目標はかなり達成できたと思っています。
これは、人の身体で何が起こっているのか、自分が今どこにいて、何をする必要があるのかを理解するうえで、非常に役立っています。
先ほど触れた、オステオパシーにおける構造派とエネルギー派の分断に話を戻すと、私は完全に構造派です。
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【用語の定義(Defining Terms)】
JK:あなたの文章の中で、私が特に深く評価している点の一つは、さまざまな用語について、あなたが非常に明確に定義しようとしていることです。残念ながら、それが常に行われているとは限らないことを、あなたもよくご存じだと思います。
JB:はい。その点については、本の中でも触れていますし、用語の使われ方が曖昧になっている例をいくつか挙げています。
JK:あなたは、講演者が異なる用語を使う際に、必ずしも自分自身が何を意味しているのかを明確にしていない場合がある、と書いていましたね。私はバイオメカニクスや運動学のしっかりしたバックグラウンドを持っているので、専門家が動画の中で不正確なことを言っていると、違和感を覚えます。あなたも同じような感覚を持つことがあるのではないでしょうか。
JB:あります。私が本の中で挙げている例の一つが、オステオパシー、あるいはオステオパシー由来のテクニックについて語るときに使われる、「ダイレクト-直接法」と「インダイレクト-間接法」という言葉です。
その一つの意味は、「変化させたい部位そのものに直接働きかけている場合がダイレクトで、身体の離れた場所からテコの原理などを使って影響を与える場合がインダイレクトである」というものです。
しかし、別の意味もあります。例えば、可動性テストを行い、エンドフィール(最終抵抗)まで動かしたとき、ある方向にはより遠くまで動き、別の方向では早く抵抗にぶつかる場合があります。このとき、より長く、動かしやすい方向に動かすことをインダイレクトと呼ぶ人がいます。一方、バリアに向かって進み、より早く抵抗に出会う方向をダイレクトと呼びます。
ところが、人によってはこの用語を逆に使います。したがって、誰かがダイレクト/インダイレクトという言葉を使った瞬間に、あなたがまずやるべきことは、「その人がその言葉で何を意味しているのか」を正確に確認することです。多くの場合、話している本人ですら明確に定義できていません。それは、用語が泥沼のように混乱した環境の中で使われているからです。
この用語自体があまりにも曖昧なので、私はそもそもダイレクト/インダイレクトという言葉を使うことを避けています。
JK:なるほど、それはよく分かります。「姿勢(posture)」と「アライメント(alignment)」については、どうお考えですか。
JB:1977年にロルフ・インスティテュート®で教えられていた定義では、「構造(structure)」とは、人がまったく努力をしていないときに、身体が空間の中で自然に存在している位置のことでした。つまり、最小限の努力でいられる場所です。
一方、「姿勢(posture)」という言葉は、「ポーズ(pose)」と同じ語源を持っており、人が多少なりとも意識的に自分を保とうとする在り方を指します。この区別は、非常に有用だと思います。
JK:とても実践的ですね。それでは、「バリア」「リージョン」「アドウヒージョン」「リストリクション」という用語についてはいかがでしょうか。
JB:ああ、なかなか良い取り合わせの用語ですね。
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【バリア(Barrier)】
JB:まずバリアから始めましょう。これは、組織の可動性テストに関係する概念で、非常に小さなスケールのものから、大きな動きまで、あらゆるレベルに当てはまりま可動性テストをゆっくり行うと、速く動かしているときには気づけないことに気づけるようになります。例えば、合成ゴムでできた輪ゴムのように、均一な素材だけでできたものを引き伸ばす場合を考えてみましょう。
ある一定の長さまでは、簡単に伸びます。さらに引っ張ると、より大きな力が必要になりますが、まだ伸びます。しかし、最終的には、これ以上伸びない地点に到達します。
一方、リネンとスパンデックスのように、複数の繊維が混ざった布地を考えてみてください。最初は簡単に伸びますが、ある瞬間から、より大きな力を使わないと変化が起こらなくなります。そこに「小さなバリア」があるように感じられるでしょ
う。さらに引っ張ると、次の素材特性に移行し、また別のバリアに出会います。複合素材では、異なる素材や繊維間の関係性に応じて、複数の移行点が存在します。
人間の組織には、複数の種類のコラーゲン、複数の種類のエラスチンなど、多様な成分が含まれています。したがって、私たちの組織も段階的な力―変形曲線を示します。私たちは、その変曲点の一つ一つを「バリア」と呼びます。
組織を伸ばしたり、曲げたり、圧縮したりするとき、内部に複数のバリアにぶつかっているように感じるのはそのためです。
さまざまな治療テクニックは、この力―変形曲線上の特定の位置、すなわち特定のバリア、あるいはバリアとバリアの間を対象としています。治療を組み立てるためには、自分が今その曲線のどこにいるのかを知る必要があります。
第一バリアを対象とするテクニック、中間バリアを対象とするテクニック、エンドフィールを対象とするテクニックがあります。先ほど触れたハロルド・フーヴァーのテクニックは、第一バリアよりも手前の、非常に特定された力レベルを用いるものです。
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【リージョン(Lesion)】
JB:次にリージョンです。これは非常に幅広く、時に混乱を招く用語です。単純に切り傷を負い、縫合が必要な状態もリージョンです。感染性のリージョンもあります。
例えば、腫れ物(できもの)があれば、それもリージョンです。
私たちの分野でこの言葉を使う場合、多くは「特定の部位で組織が弾性を失っている」ことを意味します。あるいは逆に、弾性が過剰になって、組織の統合性が失われている場合もあります。
広い意味では、「身体の中の局所的な組織機能不全」をリージョンと呼ぶことができます。しかし、この定義は問題を含んでいます。なぜなら、身体のすべては結合組織マトリックスや神経系を通じて互いにつながっており、あらゆるリージョンが相互に関連しているからです。
そのため、リージョンという言葉は、「身体の中で何かがうまくいっていない場所」を指す、かなり曖昧で混濁した用語だと言えます。
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【アドヒージョン(Adhesion)】
JB:アドウヒージョンという言葉は興味深いものです。これには、関連する用語として「拘縮(contracture)」と「線維化(fibrosity)」があります。より一般的な用語は線維化です。
身体のある部位が、直接的な外傷、使い過ぎ、あるいは感染によってダメージを受けると、線維芽細胞が修復を行おうとします。損傷した線維を取り除き、新しい線維を敷設するのです。しかし時に、線維芽細胞は過剰に働きすぎ、必要以上の線維を作ってしまい、その結果、硬さが生じます。
身体の結合組織は、それぞれの役割を果たすために、適切な量と比率のエラスチンとコラーゲンを必要とします。損傷が大きいほど、線維芽細胞はより過剰に反応し、コラーゲン優位の線維を大量に作る傾向があります。弾性を失ったこの状態が「線維化」です。
線維化のバリエーションとして有用な概念が二つあります。その一つが「拘縮(contracture)」です。例えば、胸郭内の胸膜のような膜組織を考えてください。これが摩耗などで損傷し、過剰な線維が増殖すると、拘縮と呼ばれる状態になります。拘縮という言葉は「短縮」を連想させますが、必ずしも短くなっているわけではありません。本質的には、弾性が失われ、伸ばしにくくなっているのです。
また、身体には、潤滑液を挟んで向かい合う二枚の膜が存在する部位があります。そこには本来、機械的な結合は存在すべきではありません。
例えば、肺の外側表面にある臓側胸膜と、胸壁を覆う壁側胸膜の間です。肺が身体のどこかに物理的に付着してよい唯一の場所は、肺門と呼ばれる、内側表面の小さな逆涙滴状の領域だけです。
それ以外の部分では、肺は胸壁に対して、十分に潤滑された滑走面を持つべきです。しかし、胸部への打撲や肺感染が起こると、線維芽細胞が修復を行う過程で、本来は潤滑されていた空間を横切って線維が伸び、二つの膜が縫い合わされてしまうことがあります。これがアドヒージョンです。接着、つまり「糊付け」と考えてください。
近年、拘縮をアドヒージョンと呼ぶ人に、口頭でも文章でも出会うことがあります。これは用語の混乱を招くため、私はその区別を繰り返し強調しています。
多くの場合、アドヒージョンと拘縮に対する治療テクニックは似ていますが、目指す結果は異なります。アドヒージョンの場合、私たちはそれを分解し、線維を破壊して、潤滑された滑走面を回復させたいのです。
一方、拘縮の場合は、弾性を回復させたいのであって、分解してはいけません。そこには構造的完全性が必要だからです。
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【リストリクション(Restriction)】
JB:リストリクションとは、動きが制限されている領域のことです。先ほどの定義から分かるように、それは拘縮である場合も、アドヒージョンである場合もあります。
また、平滑筋細胞が持続的に収縮していることで、その部位の可動性が低下している場合もあります。ここで重要なのは、平滑筋細胞と横紋筋細胞の違いです。横紋筋は間欠的な収縮を行うためのもので、長時間収縮を維持することはできません。腕を前に伸ばして、どれくらい保てるか試してみれば分かります。
一方、平滑筋細胞は、栄養と酸素が供給されていれば、理論上は一生涯収縮し続けることができます。横紋筋ほど強い収縮力はありませんが、多数の平滑筋細胞が集まると、相当な硬さを生み出します。この領域は、私たちが神経系に働きかけるアプローチが有効となる場面の一つです。
JK:ここまで詳しく説明していただき、ありがとうございます。読者の中にはすでにこれらを知っている方もいますが、ストラクチュラル・インテグレーションについて学ぶために読んでいる方もいます。これらは、私たちが日々扱っている重要な要素です。
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【評価・治療・再評価(Assess, Treat, and Reassess)】
JK:マニュアルセラピストとして仕事をしていると、どうしてもテクニックそのものに強く意識が向いてしまう誘惑があります。しかし、あなたの本ではテクニックよりも「評価」に重点が置かれていました。それも、一度評価して終わりではなく、全体像が立ち現れてくるのを待つ姿勢が強調されています。すぐにテクニックに飛びつかない、ということですね。
JB:はい、その理解で正確です。評価には実に多くの方法があります。アイダ・ロルフは、人の身体の輪郭を視覚的に観察するだけで、必要なことはすべて分かると主張していました。そして、彼女はその方法から多大な成果を引き出していました。それは、当時彼女が持っていた最良の評価法だったのです。
ロルフの時代以降、多くの評価法が開発されてきました。そのおかげで、現在では、身体で何が起こっているのかを、より包括的かつ精緻に評価することが可能になっています。それぞれの評価法は、何か一つの側面を示してくれますが、どれか一つの方法だけですべてを把握できるわけではありません。また、どの評価法にも誤差率があります。ですから、似た評価を複数用いることで、より多くの情報を得ることができます。
多くの状況において、私は一つ以上の評価を行うことを勧めています。それぞれが重要な情報を提供し、しかも情報の一部が重なり合うからです。例えば、身体の炎症を評価する方法は少なくとも三つありますが、「今この瞬間」の状態を示すものもあれば、より長期的な傾向を示すものもあります。
私は、本書に記載した19種類の評価法を日常的に用いています。もちろん、すべてを毎回すべてのクライアントに使うわけではありません。頻繁に使うものもあれば、道具箱の隅にある、必要なときだけ取り出すような評価法もあります。
私が勧めているのは、「常に複数使う」ことです。通常、4~5種類の評価を組み合わせると、何に取り組んでいるのかについて、はるかに完全な像が浮かび上がります。これらの身体的テストは、クライアントへのインタビューと組み合わされ、病歴や本人の主観的な理解と統合されていきます。
ロルフは身体の輪郭を見ました。それは確かに価値ある情報ですが、それだけでは十分ではありません。
JK:あなたの哲学は「評価し、治療し、再評価する」という流れにあるように感じます。
再評価して、何が起こったかを見るまでは終わらない、という姿勢ですね。
JB:まさにその通りです。ジャン・サルタン[上級ロルフィング・インストラクター]は、私が彼の継続教育コースやアドバンスト・トレーニングを受けたときに、この点を強く印象づけてくれました。
「治療する前に評価すること。そして、治療の直後に再評価すること。」
これによって、自分の治療が何をもたらしたのか、即座にフィードバックを得ることができます。これは、セラピストとして成長するために非常に重要なプロセスです。自分の一つひとつの行為が、どんな結果を生んだのかを学べるからです。治療しながら、「すべてが思い通りにいった」と感じることもあれば、「何も起こらなかった」、あるいはその中間であることもあります。もし望んだ変化がまったく得られなかったなら、別のテクニックが必要でしょう。
私たちがこれほど多くのテクニックを持っている理由の一つは、ある瞬間には、あるテクニックが、特定の人にとって最適だからです。時には「方向性としては良い変化が起きたが、今日はもう少しここをやろう」と判断することもあります。
ここで、評価と治療を理解する上で、もう一つ重要な点があります。特に、非常に線維化した組織を扱っている場合、一日で完璧にしようとしないことです。
ある地点を超えると、組織を柔らかくしようとしているつもりが、実際には損傷を与えてしまいます。一時的には可動性が増したように見えても、数週間後には線維芽細胞が再び働き、以前よりも悪い状態になることがあります。
身体は、「今日はここまで」という明確なサインを出します。熟練したマニュアルセラピストは、それを読み取ることができます。
人の身体は、セッション後も何週間にもわたって変化し続けます。すべてをセラピストがやろうとするよりも、身体自身に変化させる余地を残した方が、クライアントはより良い結果を感じます。
JK:そうですね。統合は自宅で起こる、ということですね。ロルファーにとって必読だと考える参考文献は、他にありますか。
JB:本の巻末に、いくつかのページにわたって推薦図書を挙げています。その中には、整形外科的テストを学ぶための本も含まれています。
そして、もう一度強調したいのが、ジョン・ルイスによるアンドリュー・テイラー・スティルの決定版伝記『From the Dry Bone to the Real Man』です。これは特に価値の高い一冊です。
他にも多くの本が思い浮かびますが、とりわけルネ・カリエ[MD(1917–2015)]の著作群は重要です。彼は7冊の本を書き、それぞれ異なる身体部位や症候群を扱っています。評価の観点を学ぶうえで、非常に有益です。
JK:素晴らしいですね。40年以上ロルフィング(ストラクチュラル・インテグレーション)を実践してこられて、ロルフィングは痛いものだ、という神話をそろそろ払拭できるでしょうか。
JB:はい、それはできます。数年前に世論調査を行ったことがあります。一般の人々に、歯科治療、鍼治療、ロルフィング・ストラクチュラル・インテグレーションについて、どれくらい知っているかを尋ねました。
歯科治療については、ほとんどの人が経験しており、ある程度理解していました。鍼治療については、知識は少なめでした。ロルフィングについては、言葉を聞いたことがある人が約10%、実際に何か説明できる人は1%程度でした。
そして、その説明内容はこうでした。
「高価で、とても痛い。」
この「痛い」という評判は、アイダ・ロルフの初期の、かなり強引な治療法に由来しています。私たちは、いまだにその時代の評判を引きずっています。
現在では、痛みを伴わずに、望む結果をすべて達成する方法があります。
JK:確かに、慢性疼痛を抱えている人にとっては、どんな触れ方や動きでも不快に感じることがありますね。それは、もともと存在している不快感であって、施術そのものが乱暴だからとは限りません。
JB:その通りです。そのような場合、直接触れる代わりに、長いレバーを使うテクニックが適していることもあります。身体の別の部分を箸のように使って間接的に影響を与えることで、より快適なプロセスにすることができます。
あなたは、この本とマニュアルセラピーの仕事について、多くの重要な側面を引き出してくれました。最後に、この記事と本を読む読者へのメッセージを一つ。より穏やかなやり方へ移行するとき、あるいは実験としてでもよいので、施術中はできるだけ自分の身体をリラックスさせてください。これは、最近の指導経験から得た知恵です。
人々がこの教材を学ぶ様子を見ていると、強い力で働くことに慣れているため、肩甲帯や体幹を固めてテクニックに入ることがよくあります。それでは、組織はうまく反応しません。
この本は、私が「Functional Methods(機能的方法)」というタイトルで教えてきた一連の講座の教材から発展したものです。これらのクラスでは、本書の内容をほぼそのまま教えており、多くのテクニックは非常に軽い力で行います。
面白い実験があります。例えば、手首の可動性テストを行うとき、自分の身体ができるだけリラックスしていれば、ある可動域が見えます。そこで、意図的につま先をぎゅっと緊張させて、もう一度試してみると、手首の可動域は小さく見えるでしょう。
自分の身体で、相手の身体に起こってほしい状態を「モデル化」してください。そして、施術中は自分自身がリラックスしていることが大切です。
JK:それだけで一つの大きなテーマになりますね。最後に何か一言ありますか。
JB:結局のところ、「知れば知るほど、自分が知らないことに触れるようになる」ということに戻ってきます。内側だけでなく、外側にも目を向けてください。そして、私たちが発見し続けているこの世界の壮麗さと不思議さを、どうか楽しんでください。
JK:とても美しい言葉です。本当にありがとうございました。
JB:こちらこそ、ジェフ。大きな喜びでした。ありがとう。
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【注釈(Endnotes)】1.詳細については、オステオパシー医学博物館に、広範な資料コレクションがあります。
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【著者略歴】
ジェフリー・バーチは、オレゴン大学で生物学と心理学の学士号、カウンセリングの修士号を取得した。1977年にロルファーとして認定され、1990年にアドバンスト・ロルフィング®ストラクチュラル・インテグレーションの認定を修了。フランスのオステオパス、アラン・ゲアンを含む三つの異なる学校で頭蓋マニピュレーションを学んだ。1998年以降、ジャン=ピエール・バラルDOおよびその協力者のもとで内臓マニピュレーションを学び、指導資格を得た。現在はバラル・インスティテュートとは提携していないが、内臓マニピュレーションを教える許可を得ている。
複数のオステオパシー系教育機関で評価・治療法を学び、既存の方法とともに、自身で開発した新たな評価法・治療法を指導している。近年は、関節包、滑液包、腱鞘における線維化を評価・リリースする独自の方法を開発し、指導を始めている。
IASI Yearbookの創刊編集者として、また他の専門誌にも定期的に寄稿している。
ジェフリー・キンヌネンは、認定ロルファー、米国スポーツ医学会認定臨床運動生理学者、米国運動協会認定ヘルスコーチである。クライアントがよりよく生きる可能性に気づけるよう支援することを目標としている。