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空間身体学的 共生感覚

どこに自分を位置するか? とは、空間的にどこに自分を配置するか? ということになる。相手がいる場合、位置関係によっては、圧を感じて居心地悪い配置もあるし、理由はわからないが、相対している感覚を想起される配置もある。そのどちらでもないけどさらっとしていて安心できる関係性、社会生物学的な共生関係を築きやすい位置感覚、共生感覚を養うことは、持続可能な関係性を築くヒントになる。

一方、欧米の植民地支配の考えには、共生という概念がない。その土地のバランスされた生態系を含む社会秩序に、無理矢理介入して混乱を生じさせ、文明や医療を立てに、その土地の資源を搾取する。外来種の魚や虫が、現地の生態系を蝕んで、その結果、精妙にバランスされた全体のシステムを破壊する。最終的には侵略者自らもそこに留まれない状態に追い込まれてしまうことになる。そこで反省することなく、次の搾取対象を見つけるという膨張思想を持っているが故にたちが悪い。それは周囲との関係性を失った無限増殖を続ける、癌細胞と同じふるまいである。植民地化を正当化する思想の根源には、選民思想、優性学がある。人間には優劣があるというヒエラルキーをよしとする考え方である。

そもそも、共生感覚をベースにしていれば、他者の空間に浸食して 争ったり搾取するという生き方から外れることができるのではないだろうか。

先日の晴れ豆での安田登さんとのコラボレーションイベントでは、安田さんが、ここっという位置を見つけた瞬間が最大の山場だった。だが、実はその安田ポイントを見つける過程で、謡の女性が、安田さんがそこにくるなら、ちょっと位置を変えたい、と言って微調整した瞬間があったが、そこが肝だった。空間身体学的なベストポジションを見つけることが目的なのではなくて、それはあくまで手段と過程で、謡担当の彼女に「その感覚」がでてきたところがポイントなのである。その感覚を育むことができれば、別の場所、別の関係性になった際に、その感覚を指標に新たな位置関係へと調整することができる。その場所は、身体全体が響きやすく呼吸も楽にできて、身体の使い方も楽にしやすい位置である。そこを基準にできるとき、関係性の中で、ムダな衝突や争いも起こりにくい状況に条件化されると考えられる。

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