心身に様々な症状を抱えた方のシリーズ終了後の感想

11回の治療を終えた後、しばらくバランスのとれた身体感覚を体験していたのですが、間もなく強い頭の痛みと揺れが始まり、足裏への荷重の仕方なども、いったん見失った感じになりました。

それがしばらく続いた後、覚醒時の多くの時間、意識の中で過去の記憶が再生されている感じで、その時間を生きているようでした(でも同時に、コロナで世の中の空気が変わっていく苦しさも感じていました)。

過去の出来事の中で、充分に感じられていなかった感情を感じ直したり、現在の視点から過去の様々な状況を捉え直す作業を行っていたのだと思います。十数年分くらいの、私が強くは問題視していなかった期間でした(でも、たくさん気づきがありました)。
その期間の後に交通事故に会い、頭も心も体もばらばらになるという、難しい時間に入って行くので、この2つの時間を繋ごうとする意識の動きなのかな、とも思いました。

現在は、その難しい時の自分の状態を少しずつ思い出してきています。自分に何が起きていたのか把握出来ない、大きなブランクのようなのものなので、怖いけれど良かったと思います。

このような時間を経て、気づいたら、常に頭の上に強い圧力がかかっている感じが無くなっていました。この強い圧力は、「地球に適応できない」と感じる苦しさの原因のひとつだったと思います。まだ、頭、喉、胸、の症状は強いですが、精神的にゆとりが出来て、ひとつ大切なものが解決した気持ちです。

治療の内容はもちろんのこと、治療中に、私の変わった感覚のことを、ごく普通のことのように聞いてくださったり(このことに関して劣等感で一杯だったのです)、いつでも安心、信頼でき、そのままの自分で存在できる時間を過ごさせていただけたことが、どれだけ私に力を与えて下さり、大きく励まされた思いだったか、言葉ではとても表現出来ません。私が体験したことのない、でも、本当に必要としていたことでした。

前述した心身の様々な動きも、受け止める土台を作っていただいて、初めて出てこれたのだろうと思います。
そして、安心感を体験出来たおかげで、自分を守りながら、人や周囲の状況を判断する基準のようなものが、少しずつですが、育ちつつある気もします。年齢的にはとても遅い学びでも、やはり幸せなことだと思います。

本当にどうもありがとうございました。

もう少しだけ、自分のことに専念出来る時間が持てそうなので、焦らず、出来るところまで、自分を理解したいと思っています。

また、先生の治療を受けられる時が来ることを楽しみにしています。
その時は、どうぞよろしくお願いいたします。

様々なジャンルを手がけるプロデューサー Rolfing 10/10

ベーシック10の最終日、最後の写真を見た時に、自分の躰が「塔」のように見えた。閃いた言葉はエッフェル塔。二等辺三角形の頂点に頭がのっかっているように見えた。まとまっている印象です。

いつも写真をとっていただく時は、脱力した状態で臨むのに、施術後はピシッと決まった感じで写る自分の姿に驚かされますが、最終日の施術後の写真には感動しました。

セッション1の施術前の写真と最終日の施術後の写真のなんと違うこと。

セッション1の施術前は、見るからにグチャグチャの印象で、身体の各部位は、「自由」というのではなく、方向性がバラバラ、顔も歪んでいる。おまけに髪の毛もグチャグチャだったので、全体的にひどい印象。心も荒れていそうな印象。

最終の写真では、顔も小さくなっていて、リフトアップしていた。整った印象で、精神も落ち着いているんじゃないか? という雰囲気がでており、

ついでに、腰の位置も上に上がって、身体全体が上に引き上げられた感じになりました。

前回の、セッション9の後、膝に抱えていた痛みは全くなくなり、右の首と肩の痛みや緊張に気が付いてもすぐほぐれるという状態でしたが、施術後一週間経った頃に、左の肩から肩甲骨にかけてが、セメントのように固まって重いと感じるが日があり、身体が左に引っ張られている気がしました。

左半身の痛みに身体が引っ張れている感覚は、身体が左へ傾いてしまうんじゃないだろうか? ベーシック10のコースが終わるというのに、せっかくいい感じになったバランスが崩れてしまうのでは? と不安になった。が、

セッション10の施術後に、田畑先生が「自分で自分を治せるようになります」とおっしゃってくださったので、安心しました。

自分で自分を調整できるって便利だ。

しかし、ヤバいと思ったら施術していただこうと思います。

ベーシック10を受けていて、毎回、色々と印象深い内容の施術が多々あって、、、

その内容を、1回目、2回目は、施術の内容と、その時々の身体の反応や意識の変化を覚えていたのに、3回目になったくらいから、施術後、これがすごかった! あれがスゴかった! と心の中はカーニバル状態で帰宅するも、

さあ施術の内容を書きだそうという段になると、すっかり忘れている、ということが続きました。

年齢とともにすすむ健忘症か? という気もするのですが、施術によって、身体がごっそり変わってしまうことで、身体にあった痛みや不快感についての記憶もごっそり消えてしまうのでは? という解釈を、言い訳風だけど、採用することにしました。実際、身体の仕組みや、身体ネットワークがあるなら、その連結方法、身体の各部位の立地条件や、その動きのコンセプトも毎回変化したように感じました。

例えば、歩くということ1つとっても、両脚と足の裏くらいで歩いていると感じていたのに、セッション3くらいで、上半身と連動して右、左と動いて推進していくような···またセッションが進んでいく中で統一感がとれていったり、頭まで連動して動く感じとか、変化していったのです。

身体収の変化が激しくて、それにプラスして頭部も施術を受けるので、脳がつくりだした妄想的な不快感の記憶などもごっそり消えてしったのではないか? と思って忘れる自分を許しています。

とは言え、覚えていることもあります。

最終日、最後に、教わった極めつけに大切なこと。

呼吸は、横隔膜とお腹の両方に同時に入れてOKということです。

合唱の時には、お腹、普段は横隔膜、という風に分けて入れないといけないと思っていたので、セッション中に指示を受けた時に、コンセプト自体を理解できなくて、ガタピシと呼吸を入れることに手間取っていたのですが、

これは、すんなりできるように練習しながら毎日やっていきたいと思います。

あ、、、これを覚えているのは、この呼吸がまだすんなりできる身体に変化していないからなのでしょうか? 

解釈に励むのは中断して、呼吸をすることにします。

この呼吸によって、胴体全体に酸素を行き渡らせることができて、肩の内側や腕にまで酸素が行き渡って膨らんで、凝りもとれる感じです。

施術を通して、身体の周り、頭の上や身体の横、脚の下に広がる空間も感じることができるようになりました。呼吸によって身体の内部に広がる空間も感じることができました。

歩くことも楽になりました。

なんというか、気をつけて歩かないと変な風に歩いているかも? と長年気にしていたのですが、脱力状態でも、自然に歩いていれば大丈夫だという気になり楽に歩けています。

窮屈な場所を脱出して広々とした空間に出て晴天を楽しんでいるという感じ。

そして、雨や曇りもゆったりとあたたかくして楽しめる感じです。

ありがとうございました。

身体への理解を深めると共に、身体や空間について学びたいダンサー

2019年12月に片山洋次郎先生とのコラボワークショップで御世話になった方です。ダンスを実践している中で、セッションを通して自身の身体への理解を深めると共に、身体や空間について学びたいとのお考えでセッションに臨まれました。

身体への理解を深めると共に、身体や空間について学びたいダンサー – session7

セッション7回目、はじめに田畑さんに「今回は口と鼻を内側から広げます」と言われ、どんなことをするのだろう?と思いつつ、仰向けのまま覚悟を決めました。
右足の方から順に触れていただき、準備が整ったところで口の中の施術へと進みました。手袋をした田畑さんに、歯茎の根本に触れられるのは、歯医者さんに行った時の感覚に似ていました。軟口蓋や舌の下(舌骨周辺)にも触れていただきました。続いて鼻の中に触れられながら、副鼻腔から肺までを意識しながら呼吸しました。
これまでのセッションを通して、触れられると、その部位や、広い範囲がゆるむ感覚が分かってきました。(逆に状況によっては、触れられると強張る場合もあると思いますが。)そして、触れられたときではなく、日常生活の中で触れられたことを思い出したときにも、感覚に変化が起こるような気がします。
施術を終えて歩いてみると、わずかに頚椎上部の動きが感じられました。田畑さんに伝えると、頭蓋骨と頸椎が繋がる位置を教えてくださいました。普段イメージしていた首よりも、頸椎は上の方まであることが実感できました。
副鼻腔や頸椎など、普段のイメージと、身体の構造のずれがはっきりと感じられたセッションでした。両者のイメージが一致してくると、楽に動けるのだと思います。セッションを通して、自分の体と出会い直しているという思いがますます強くなりました。
次回からは「全身の統合」に進むとのこと。まだまだ楽しみが続きます。

様々なジャンルを手がけるプロデューサー Rolfing 4/10

横向きからスタート。

右側面をベッドに当てた時は、身体を支えている部分が、ほぼ直線に近い印象で、支点が見つからず安定感がなかった。左足とベッドの間にテンピュールのクッションを入れてもらって少し安心して身体をベッドに任せることができた。 

昔テンピュールのベッドマットを使っていた頃、飼っていたミニチュアシュナウザーがテンピュールのベッドの上に飛び乗って顔の近くで丸くなっていたことを思い出して懐かしい気持ちになった。

 座骨への施術と「骨盤を意識する」という声がけで、ベッドにあたっている身体の側面が骨盤あたりから広がっていった。身体の側面が溶けて広がっていく感覚。

ベッドにあたっていない頭の左側をこすられると、ベッドにあたっていない左側面が腰の辺りから背骨が伸びて丸まっていく感覚を覚えた。

 向きを変えて、左の側面をベッドに当てると、ベッドにあたっている範囲は狭く、やはり線で支えている感覚。安定感がなく緊張した身体は、右足とベッドの間にクッションを入れてもらって、やっと、ベッドに身体をあずられると安心したようだった。

 座骨への施術と骨盤を意識することで、左側面のベッドに接している範囲が広がった。左側面への施術にしたがって、身体の右側面の上においていた右腕と肩甲骨の繋ぎ目が緩んで、右腕が自由になった。自由になった右腕が動きたがっているのに任せて、身体前方から後方へと動かせておいた。身体の中に縮まるように詰まっていた右腕がするすると身体の外へのびていく感覚もあった。

 ベッドにあたっていない頭の右部分をこすられると、腰から頭へ向かって背骨が伸びていく感覚は同じだが、今回は、ベッドにあたっていない右側面は、丸まっていくのではなく、反り返って伸びていく感覚だった。

 施術が終わって、歩いてみると、足の裏と、膝、お尻の下あたり、そして背骨から肩、首、頭へ振動が伝わって身体全体へ動力が吊った割っていく感覚があった。頭が首に乗り、首が肩にのり、腰の上に頭を置いている感覚もあった。頭と肩の間に首があるという感覚とともに前回に続いて首がまたのびたと感じた。首と肩の間に緊張たまっている範囲が狭まった。

 今までの施術の後はトロンとしていたが、今回はパキッとすっきりだった。

身体の色んな部分が身体全体の調和のために連動しているんだと感じた。

様々なジャンルを手がけるプロデューサー Rolfing 3/10

今回の施術は、身体の側面を施術台に乗せて開始だった。

施術台につけた脚を曲げたのかな?

と疑問に思うのは、

施術台に最初に接地したのは右側だったことは覚えているのだが、

左側を施術台に接地させた際、曲げる脚を間違えて、自分が身体のどこを

どう動かしたかが思い出せないまま、曲げていなかった方の脚を曲げて、伸ばしていなかった方の脚を伸ばすように言われた、ことだけ覚えている。

それくらい、身体の各部分がばらばらになったように感じていた。

身体はばらばらになって、新たに組み立てられて繋がった。

施術後、歩いてみたら、右脚を出すと右半身全体で、左足を前に出すと左半身全体が前に進むように感じた。

歩くことが施術前よりも楽だった。

歩く時に足裏にかかる重みが減った。

今回の施術の後に、すぐに感想を書こうという気になれずにいたら、

ほぼ全部のことを忘れてしまった。という感じ。

覚えているのは、

頬骨のあたりを施術された時に、頬が首や肩に大きな力をかけて

のっかっている、と気づいたこと。

そして、もう1つ覚えているのは、

「寝る時にどうやって寝ていますか?」 と訊かれたこと。

「仰向けに寝ています」

と自信を持って答えた。

なぜなら、毎夜、意識的に仰向けに寝ているからだ。

小学校の終わりの頃からの、林間学校とか

修学旅行とかいった強制的な集団での宿泊時、

一人ではなく大勢で一緒に同じ部屋で寝るという自分にとって

不自然は状況で、寝るために、

仰向けに寝て目を閉じて寝たふりをしていると

寝られるということを発見した。

それ以来、「仰向けに寝る癖」がついたというかつけた。

仰向けに寝てすぐに熟睡することを覚えて以来、夢を見る回数も減った。

ほとんど見なくなった。

悪夢からの解放でもあったので、良いことでもあるようで、ちょっと

つまらない。

今回の施術の後、

寝返りをうったり、横向きに寝ていることに

気が付いた。施術を横向きで始めたからだろうか?

寝た後の髪の毛の寝癖もすごい。

仰向けになって寝たふりをして入眠する癖をつけて依頼、髪の毛に

寝癖がつくこともなくなっていたことに改めて気付いたほど、最近の寝癖のすごさは、お見事だ。

12月2日の施術以来、寝ている時の自分はかなりアクティブになった。

かかなかったいびきもたくさんやっている。

毎夜、「スリープサイクル」というアプリで記録をとっているので明かだ。

今まで1ヶ月に1度、いびきをかけばいいほうだったのに。

そして、夜眠くなるようになったのもスゴい変化だ。

鼾はそのうちおさまってほしいのだが、なにかの解放になっているような気がして、いいぞ!と思っている。

夢も見るようになった。

仰向けに固定、で、鼾もかかず夢も見ないミーラのような自分が生き返った

ように感じる。夢も見るようになって嬉しい。

前回の施術の後、首のしつこい痛みがすっぱり取れたと思った翌日、ものすごい頭痛に見舞われた。この頭痛、もしかしてずっとあったのに首の痛みが

すご過ぎて、この頭痛に気付かずにいたのかもしれない。怖ろしいことだ。

1日寝ていたら頭痛もとれた。

今回の施術の後、首と肩の痛みもとれたのだが、一週間経った頃、また痛みが顕れた。奥から盛り上がってきたような痛みだ。

前回の施術の後に感じた、肩と首のまわりに広がる空間、それを感じると痛みはとれる。

今までと違う。

自分が自分の身体を牢屋に閉じ込めていたように感じる。

鼾や夢も含めて施術のおかげさまで、解放された気がする。

鼾も寝癖もいいぞと思う。寝ている間の自分も生きている感じだ。

様々なジャンルを手がけるプロデューサー Rolfing 2/10

前回の施術以来、大分楽になった首の左右側面と首と肩の接地点が、

施術前日の夕方から首をふると右側に痛みを感じるようになっていました。

痛みがあるとは言え、「動かすと痛い」というのは、

前回の施術前の「何もしない状態で痛い」

に較べると随分と楽な状態でした。

今回の施術は、うつ伏せから始まりました。

向けたい方向に顔を向けてのうつ伏せ

ということで顔は右へ向けました。

案の定、右の首の付け根に痛みを感じたのですが、

そもそもの痛みというより、首の置き方が悪いことによる痛みだと感じていました。

痛いのにもかかわらず、ポジションを変えようとは思いもせず、

田畑先生の手で足の甲を支えられつつ、痛いけどいいやと思っていましたら、、、

「今どんな感じですか?」

と声をかけられました。

状況に全く関係ない気がしつつも

「首が痛いです」と答えました。

うつ伏せで上を向いた足の裏に、ボールを置かれました。それまで足の親指だけで支えていた足が地面に触れた気楽さになって肩の力が抜けました。

その後、右脚のふくらはぎの辺りをクルクル小さい円を描く感じでさすっていただいていたら、首から足先までつながるゴムのイメージが頭に浮かび、ねじられてピンと張ったゴムが、円を描くようにさすっていただくことでネジれがとれて緩んでいく感じがしました。

「痛い」と言った途端に首の痛みはとれていたのですが、

ピンと張ったゴムが緩んでいく感覚につれて、首と肩の間がどんどん伸びて、右半身もどんどん伸びて、右脚が左足より20cmくらい長くなってしまったという感覚を覚えていました。

頭の右側と左側をさすっていただいているうちに、左右の脚の長さがそろってきたと感じました。

施術後、立ち上がってみると腰から上の

上半身が軽く感じました。

今までは、自分の身体にしがみつくように

体重をかけてくる上半身を背負っていたんだと思いました。

田畑先生の「身体を動かして感覚を味わってみてください」という言葉に従って、

色々身体を動かしてみましたら、

全身の各部分の接合点の癒着がとれたのか? 

身体のそれぞれの部分が、1つの身体としてコラボする位置関係に変化をつけたり、重心をかける位置も

意識的に工夫出来るようになったと思いました。

今までは硬い1つの固まりだった身体に色んな部分が出来たというか、柔らかい繋がりで動きに自由が生まれたと感じました。

立ち上がってみて、頭の上に空間が広がっていることも感じることができました。大発見でした。

左右上下から壁が迫り来る

狭い場所に閉じ込められていた身体が広々

とした空間に、伸び伸びと居る感覚を味わってウキウキという言葉があう心持ちになりました。

施術後の正面からの写真では、亀が甲羅にひっこめていた首を出したくらいに、首が伸びていました。

施術後、電車に乗って移動中、首の右の付け根に施術前より範囲は小さいですが痛みが出たので、右首のまわりに広い空間を感じてみたら痛みがなくなりました。

様々なジャンルを手がけるプロデューサー Rolfing 1/10

症歴:頭部トラウマがあり、顎関節症手術、腹部内視鏡術を経て、鬱傾向が有り。

ロルフィング10シリーズ初回

施術のベッドに寝転がり、施術の開始を待ちました。
「施術の開始を待つ」
という感覚を持ったことも、
その時にそう感じた、と意識していたこと
も自分の中に芽生えた感覚ながら面白い
と、施術台の上で感じていました。

ベーシック10コースの最初だったわけですが、今までにロルフィングやロルフィングと
CS60のミックスを田畑先生に施術していただいたことが、あり、その度に、身体の微細な変化へ意識を向けているからなのか、
心の変化をくっきりと見つめていることに気がつきます。

10月31日は、施術台から1メートルくらい
距離をとった場所から、田畑先生の立ち位置への感覚を確認してくださる、田畑先生の声かけに、自分の存在がその場所に在ることへの赦しを得た安堵を覚えました。

施術台の上での存在を空間からOKをもらって
「お任せします」という気持ちになりました。

右足の甲の施術中に右肘から下が施術台より
少し浮くようになりそれが最後まで続いたのですが、腕には痺れたという感覚も全くなく、施術前にあった右手首の凝りのような感覚がなくなっていました。

右足はたまに痛くなるような負傷経験の
ある場所で、覚えているだけでも3箇所。
右足の親指: 素足の状態で鉄の扉に挟まれる
右足親指の付け根: 捻挫
右足の甲: 車に轢かれる(骨折はせず)

右親指と甲の痛みはなくなりました。
それから常にある首の痛みが軽くなりました。

最初の施術が
足の部分に集中していたのは
立つ土台ということだったからと施術後、
施術前と後の写真を見ながら
伺いました。

施術前後ろから撮影された
左に傾き縮んでいた私の首は
息を吸いこんだままつぐんだ口元のように
縮こまっていた私の首は、「はぁ〜」と
息を吐いたようにリラックスして見えました。
施術後の首は
また、いっぱい息が吸い込める余地が生まれたようでした。

気がつかないで縮まっていた身体の色々な部分が伸びたようで翌日から2日間は一日中
すごく眠くて、眠りにつく度に
深い眠りを経験しました。

身体への理解を深めると共に、身体や空間について学びたいダンサー – session1

ロルフィングセッションを受けるのは初めてなので、楽しみでしたが、少し緊張していました。田畑さんには、子どもの頃、海の岩場で右足の親指を切り、今も右側にうまく体重が乗せられないこと。そのせいか首・肩周りが疲れやすく、左腿裏側が固いことをお伝えしました。
姿勢、歩行の確認をして、ベッドへ横になると思ったよりも柔らかい。楽になれる首の位置を探すと、少し左を向いた角度になりました。
体や空間を丁寧に感じ、呼吸が深まる時間を経て、田畑さんが右足からセッションを始めてくださいました。
ふにゃふにゃのボールを足裏と手に当てられると、つられるように全身の力が抜けました。右足の位置を調節されるのに誘われて、頭の角度が右の方に変わっていきました。足先や脛に丁寧に触れられたのが印象的でした。
続いて左足へ。右足も短い時間の施術だったと思います。両膝を立てると、どんどん左側へ傾いていく。バランスを崩してしまいそうでしたが、それならそれで良い、受け入れようと思いました。傾く動きが落ち着いたところでセッションは終了しました。
歩いてみると、踏み出す足に重みがありました。呼吸は普段より深い。身体の各部に迷いがない感覚。子どもの頃の怪我が、傷はすっかり治っているのに、影響が残っているのは考えてみると当たり前。ですが不思議だとも思いました。田畑さんにそのことを伝えると「再教育することができる」との言葉が返ってきました。治療ではなく、再教育。セッション中は筋肉や骨よりも、微細な組織に働きかけられているように感じていたことを思い出しました。帰り道でも、足取りがしっかりしていて、頭はすっきりしていました。

翌日も右足の親指が以前より使えていると感じました。少し古傷が疼く感じはありますが、嫌な感じではありません。翌々日には、なぜか左足の親指が同じように疼きましたが、すぐに治りました。全身が右足に合わせて変化しようとしているのだと思います。次回のセッションが楽しみです。

呼吸の浅さとお腹の異様な固さを根本的に改善したい編集業の方

”2年ほど前から月1,2回のペースでCS60に通っていて、ずいぶん楽になってきているのですが、呼吸の浅さとお腹の異様な固さはなかなかよくならず、根本的にどうにかしたいけれど、どうしたらいいのだろう、という状態のなかにいます。ほかに自覚している症状としては、職業柄、慢性的に首と肩、最近は腰と背中も凝っています。”

[第1回目 202063日]

 とにかく、足の裏が地面をしっかりと踏みしめている、というのが一番の感想だ。帰り道に並木橋の交差点で信号待ちをしていたら、自分が内側からじんわりと満たされるような、「幸せ」と呼ぶしかない何かが下のほうから湧いてきたのをよく覚えている。それがまだお腹の下の前のほうに溜まっている。家の廊下(すごく短い)を歩いたり、シャワーを浴びているときにもやってくる。

 なぜこうした感覚になっているのだろうと考えると、足の付け根が安定している感じがある。それは、膝が真っ直ぐで力があっちこっちにいっていないからなような気がする。きっとそれらのあいだも、足以外の場所も、さまざまな事柄がそれらを支えているのだろうけれど、いまのわたしにはそれくらいしかわからない。

 いつもそうなのだけれど、あまり知識がない状態で体験してみて、あとから考えたり、調べたりするのを好むため、今回もよくわかっていない状態でなんとなく申し込んで施術を受けてみた。ただ、健やかな身体、生き方ってどんな状態なんだろう、という疑問はぼんやりとあって、それだけはきいてみたいなと思っていた。でも、答え合わせのようになってしまってはつまらないなと、その質問を飲み込んだのだけれど、帰り道に、自分が在りたい状態というのはこういう感じなのかもしれない、というのをふわっと感じた。

 ついどこが痛い、違和感があると、一点に意識が行きすぎてしまうけれど、一枚の葉っぱが無数に集まって木になり、森をつくるように、あらゆるものが小さく、繊細に、複雑にかかわっていて、その全体性やそこでの流れが止まらないことが大切なんだろうなと。自分の身体のなかにおいても、この世界のなかにおいても。これは初めて感じたり、考えたことではないけれど、すとんと自然な感じで、全身で理解した感覚があって、いまもそのなかにいる。それは、たとえ体調が悪かったり、困難な状況のなかにいたとしても、あまり変わらないのだろう。

 初回でこういう感覚がやってきてしまって、早すぎやしないかというか、一体これからどんなふうになるんだ? と思ってしまうけれど、もしかしたらこの感覚をより微細に見ていくことになるのかもしれない。先の話はあまり意味がないなと思いつつ、忘れるためのメモ。

 あとは、家でK-POPなんかをかけてよく踊っているのだけれど、異様にからだが動きやすくなった。腰のあたりはしっかりしているけれど、ほかはふんわりしている。首はこれまでいつも左を向きにくかったけど、未だにスムーズ。逆に、手首がいつも緊張しているから(これは明らかにPCの使い方のせい)、そこに気を取られやすい。背中と肩甲骨のあたりはまだもやっと変な感じがあって、横になっていると、たまにそれが気になって目が覚めることがある。

2020年6月7日

[第2回目 2020年6月10日]

 いま思うと、前回はあまり集中できてなかったなと思う。生理でからだがぼんやりしていたせいかもしれない。いま起きていることよりも、初回の施術のことをよく思い出していた。レポートに書いて固定してしまった事柄以外の忘れていた出来事を思い出すというか。

 思い出したのは、父や中学時代の友人のことがぼんやり浮かんできたことだ。次の日だかその次の日だかには、最近あまり会えていない20代の頃にずっと一緒にいた友人も出てきた。いまも昔もすごく大切な存在の人もいるし、たいしてかかわらなかった、どう考えても重要じゃないだろうと思う人もいて、そのランダムさに驚いた。それだけの人が自分のなかにいるということだろう。そう考えると、過去の記憶や傷、癖などが自分の身体のなかに眠っていて、それが現在に何らかの作用を及ぼしているという考え方には、頷ける気がする。そんなことをつい考えてしまって、あまり自分の内側に意識が向かなかったように思う。

 そんななか感じたこととして、頭をさわってもらったあとに、左足のふくらはぎが作動する感じがあったことだ。ゴムボールが入って、ふれられて振動が起こった感覚が再生されて、5、6回まだゴムボールがあるような感触で揺れた。そういえば、初回も同じようなことがあったけれど、こんなにビビッドではなかったので興味深かった。ほかの場所でも同じようなことが起きているのかもしれないけれど、どうやら頭をさわられたあとに、足に起こりやすいようだ。

 また、最後のほうと、歩いたときに、電車や風の音が気になった。時間帯のせいかもしれないし、集中力がなかったからかもしれないけれど。自分の身体のことを見ようとしていると、外の情報が入ってきて、それに伴って、自分がいる部屋や8階にいること、この建物の大きさなどに意識がいった。身体のことはよくわからなかった。

 土曜の朝、起きたらまたいつものように左の首が少し痛くて、酷使した覚えも、寝違えた覚えもないのになと思っていたら、日曜の朝には治っていた。左を向くと、まだ肩の後ろのほうにうっすら力が入る感じがあるけれど、痛くはない。こうやって、何かあっても勝手に治ってくれたらいい。

2020年6月14日