「習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば人生が変わる。」

“合氣道を5年稽古し、
受け身をする時に首がついてゆかない事や、身体が連動していないことに原因があるのではないか?と思っていた時に、姿勢や身体を統合する、というロルフィングの事を知った。”

【ロルフィング10シリーズ終了後の変化】

・自身、空間、他者とのバランスを感じ取りやすくなり、動きやすくなりました。

・日常生活万般の中で、無意識で今までの身体の使い方に戻っている時に、その事に気が付けたり、身体のどこを使っている、どこで力んでいる、などを感じたり出来、そのような時に施術時の体感覚に戻れる感覚があります。

・施術時に感じたつながりは、以降そのつながりを感じる事ができる事。

・不思議なのですが、施術時に触れていただいた箇所を自身で触れると施術いただいた位置?本来の自然の位置?に身体が自然と戻る感覚があります。

・施術前は身体のバラバラ感。首が重く前へ出ている感じ。左右のアンバランス感。首の上下のバラバラ感。腰の上下のバラバラ感。などを感じておりましたが自分ではどうすることもできませんでした。

10シリーズ終了後、首の重さ・前傾は感じなくなり身体がつながりました。また、頭のてっぺんから足の指先までつながった感覚があり、本当に有難いです。

ゆえに、この身体(体感覚)をベースに各動き、日常生活万般、合氣道の動き、身体、体感覚を新たな水に柔軟に適応しながら創ってゆく事ができるようになってきていると感じ、日々感謝です。

・体内外の空間、流れ、を体感。

・施術時の体感覚はその後も感じ取ることがしやすくなった感覚があります。(道ができた感覚)

・“腰が立つ”という感覚が持てるようになったと感じます。(以前はその感覚がよくわかりませんでした。)

【ロルフィング10シリーズ中の変化】

【初回】

田畑先生が立たれている位置により自身の身体の感じる強さが違うことに驚きました。

施術中には体の中のバイパスが開いてゆく、流れる、通る感覚を感じたり、重力を味方にする?という感覚を少し味わえたように感じました。

とても楽しく驚きの時間でした。

施術後も自身で施術時の体感覚に戻る事ができる感じがあります。

学び深く、興味深い時間でありました。

何より、毎回の施術後に“味わう”を田畑先生が導いて下さり、その時間・体感覚は味わい深く豊かな、大好きな時間となりました。

毎回の施術後は体の変化を感じることが楽しみでした。施術後は何故か歩きたくなりました。

【体の変化】

回を通して徐々に統合されてゆき、流れたり、広がったり、開いたり、つながったり…たくさんの面白い体感をいただきました。

各回を重ねるにつれて体の各部分、全体がつながってゆき、自由になってゆき、楽になってゆくと感じておりました。

そして、施術後に座位から立位になった時の感動!

8回目では体が一つにつながり、

9回目では体と空間のさかいめがなくなり、

10回目ではの中心から外空間へ向かって放射している、

…そのような感覚を味わいました。

【精神面の変化】

途中4回目~8回目くらいの間、体が統合されてきているのに、心と行動にエラーが出、何故?と自問自答しました。

掘り下げてゆき気づいた事は、体がバラバラだったのは、習慣もあるけれど、実は心と行動がバラバラだったからだと。そして、体が統合してゆくと心も行動も統合してゆく方向へと流れだし、動き出すこと。そのメッセージであること。

体が整うと心も整う。心が整うと体も整う。そのどちらからのアプローチでもOKなのだなあと。

知識でわかっていたつもりでも行動が伴っていなかった事を身をもって実感いたしました。

グラデーションがあること。

新たな水をもって創ってゆく事。固まらないこと。

自身の潜在意識。視点。習慣。。。などなど。

体が整ってゆくにつれ、現在地、心が整ってゆくために必要な事がエラーとして心身作用に現れたと感じます。

そして、この事は次ステップへ私自身が進むために大変有難い時間であり、気づきへと、次へと変化してゆきました。

そして氣付き実践してゆく中で迎えた9,10回目では健やかに穏やかに日常生活を重ねてゆくことを楽しんでおります。。

このような貴重な有難いご縁。経験。時間。空間。

人の本来の生命力、姿勢を発動する事ができるように導いてくださる事が出来る田畑先生とロルフィングの素晴らしさに、その可能性に、心が震えました。

「習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば人生が変わる。」を感じます。

今後益々のご活躍とご発展を祈念申し上げます。

~感覚を味わう事が出来るこの時間が大好きでした。そして、可能性に満ちた身体への変化を有難うございました。~

田畑先生、全てのご縁に心より感謝御礼申し上げます。

ピラティス講師の方

5月にCS60セッションを受けてから、モニタープログラムにお申込みになったピラティス講師の方の体験レポートです。2020年6月から開始して8月に終了されました。

セッション初回

◯セッション中に感じたこと。

台に仰向けになった状態で目を瞑る。田畑さんの立つ位置によって、身体の感覚が変わることへの気づき。右足の方は安心感、左は距離のとりづらいような嫌な感覚がある。どの方向もそちらの方向へも呼吸が深まる。それに必要な時間は少し違う感じがする。

田畑さんの手が身体の下へ軽く挟まれるだけで、自分の重さを感じるスイッチが入り、からだはベッドへ沈むように感じる。

足裏にボールが接地していると足の感覚が立体的になる。手のほうにボールは自分の腕の緊張に気づくことになる。足へ触れられるのはお腹に呼吸が広がる感じがする。首へ触れられるのは背部に呼吸が広がる感じがする。膝に触れられるのはどこへつながるかわからない感じがする。足をたてるとお腹に呼吸が入るのを感じる。足の関節に触れられると手の関節にも何かしら変化があるのだが、詳しくは見ることができなかった。距骨と脛を触られると、床からの反力を感じて流れが通るような感じがする。

左胸と左顔面、左目の奥のこわばりを感じて、それは右側の身体に触れられている最中も、ずっとピクピクしているようだった。頭のリリースはとても痛い。耳を塞がれると、最初は慣れない感覚にとまどうがすぐに安心感を感じてゆるみを感じた。

◯帰り道からその後

フットセンター、足の立体的な積み上がりを感じる。背が高く、視界が広がる。

左の鼓膜が震えている。そして左後ろの音や気配を感じとりやすい。

電車で座るときに、セッションを受けていたときのようなプロセス(呼吸や足)をふたたび感じる。

左腕を背中へ回すのが動きやすい。

立つときに、距骨と脛のつながりを探すことを自然にしている。左側が探しづらいようだ。

◯1日後

左の背中にぎっくりのような痛みを感じる。

ピラティスのエクササイズをするために、仰向けに寝るとき、足が軽いような印象がある。

◯2日後

立っているときに左の距骨見つかる感じ。股関節、体幹までのつながりを探っている。ピラティスのリフォーマーでのFoot workを行うときに、無理が少ないように感じる。

左の首はつまりを感じた。

セッションのときと同じように、膝立てて仰向けだとまだ呼吸が深まるようだ。

少しのだるさがある。左側の内臓が居場所を探しているような感じ。

内面では不真面目さが必要だという気づきがある。少々の物足りなさ。頼りなさを感じている。

立って、歩いているときに膝裏に近いハムストリングの張りを感じる。左の顔、セッション後はリリースされていたが、こわばり少し戻ってきている。

◯3日後

立っているときはほとんどセッションのようなプロセスを感じなくなった。電車で座っているときにプロセスを感じる。足を探しているようだ。呼吸はお腹へ広がる呼吸が残っている。メンタルは落ちている。頼りなさ。眠るとき、左目の奥に空間の広がりを感じる。

◯4日後

あまり身体に意識が向くことなく1日が過ぎていった。眠気が多く移動時間ではよく寝てしまう。

◯5日後

セッション後はじめてサーフィンをした。腕と体幹のつながりが持続するのでパドリングが楽だったように思う。ボードから降りたときに、左後頭部をボードで打撲する。出勤時に入口ドアに右側頭部(サーフィンで打撲したところの対角線)を打撲する。夜になるにしたがって腫れが増している。

◯6日後

左首、左肩甲骨の内側。右眉の外あたりが晴れて目が見えづらい。左手首の痛みと、胸骨左側に強ばりを感じる。

セッション2回目

セッション中

立っている場所。右側。右表面に意識が向いて、呼吸が広がる様子。左側、嫌な感じ。右の頭側、首がつまる感じ。右の足側、右足がちりちりする。

重さ。右腕がふくらんでいる感じ。肩は感じやすい。右足の重さは感じにくい。頭も感じにくく、ゆっくりと重さが感じられてくる。

右のももうら。悲しい感じ。無力な感情。首に向かって呼吸が通る。首がつながりでもぞもぞ動く。

右のふくらはぎ。「ゆかりさん」という先輩の名前を思い出す。胸回りに呼吸が通る。

右の外くるぶし。腸腰筋から側頭部まで呼吸が通る感じ。

右の内くるぶし。よくわからない。

右の外おしり。側面に呼吸。首に動き。

首。内臓へつながる。

右側全体が縦長になり、足元から頭まで呼吸が通る感じ。

左側、あまり印象がない。眠っていたのかも。左側も同様に縦長。尾骨の右側痛い。

仰向け膝立てて。首が伸びた印象。

右の腹部が固いような、居場所が分からない感じ。鎖骨の重さ、左首つけね後ろのゆるみ。内臓の動き。

座り。首の位置、なにより目線への戸惑い。

歩き。顎の居場所、目の居場所。

安定感。

その日のあと

背中の強ばり。歩きやすさ。

右ハムストリングのつり。

体幹の回旋しやすく。

1日目

首の位置。目線の高さ探し。

左のきょこつ探し。

肋骨下うしろの少しの疲れ。

背骨の伸び。手首痛くない。

背中のつかれ。目線の窮屈さ。上が見辛い感じ。

2日目

右足関節の動き、背中のぎっくりぎみ。後頭部の窮屈さ。右股関節の窮屈さ。

首の筋肉のこり。回旋するときの痛み。

右膝の違和感。歯の居場所。

3日目

背骨の伸び。右の鼻の穴と左との大きさがそろってる。右の股関節、腹部の強ばり。痛み。

左の上歯のむず痒さ。動いてる?

4日目

右仙腸関節、腸骨筋、膝裏に向かって鈍痛。

生理前の変化のように思う。右の顔が小さくなっているように見える。目線は落ち着いてきた。肋骨下の背中は強ばり。

レッスン後やデスクワークのあと、首が戻っているような感覚。目と首の後ろ、前歯のあたりに疲れ。

5日目

右の鼻の穴戻る。右の顔も再び大きさが戻る。

サーフィンをしていると、左の肩甲骨内側の筋に痛みのような強ばりがある。

後頭部に引っ張られるような感覚。目線は維持されている。が、視界が狭まってしまうような窮屈さ。

6日目

サーフィン、ボードの上バランスとりやすい。

鎖骨の様子が違う。

セッション3回目

セッション中

歩く。

右足のアーチの場所が不明。左は比較的しっかりしているように思う。

腕上げ。

左の肩甲骨のひっかかり。上方回旋しきらない?

右下横向き。落ち着くところを探すのが、仰向けとは違う感じ。下のうちくるぶし。脚内側を通ってお腹まで呼吸通る。少しピリッとしそうな感覚がある。上の外ライン、肩回りが開き、そして首の位置がもぞっと変わる。

外ラインは便意が促される感じがする。

腰。特に感じるところがない。頭、押されしずむ、そして呼吸とともにリリースされて伸びる方向をもぞもぞ探すのを、繰り返し。耳の後ろ。力が入っていることへの気づき。目も力が入ってる。その内側の頭は力を抜くことが難しい。顎。ぶらさがるような重さを感じる。

立って、歩いて見る。

世界が傾いている。真っ直ぐ歩くのが難しい。

バランスを探しているときの体の様子。

左下横向き。上の脚外側。やはりトイレにいきたい感じになる。そして呼吸はお腹の呼吸。内側脛骨内側はそれなりに痛い。足指が反応してピクピクする。アーチが出来上がっていく様子。頭。こちらは首がつっぱる感が大きい。

左の背中。とても痛みが強い。痛すぎると笑いたくなる。呼吸はうまく入っていかない。

座る。腕を上げる。

左は可動域や重さにいい変化を感じる。

右は股関節周辺できれてしまう感覚。

それも広背筋の下へ誘導されることと、首の位置でつながりができてくる。探している。

背中が広い。足が立体的。

胸椎屈曲すると痛みがある。

リュックを前にかけても、背中にかけても不快。セッション後は人の気を受けやすくなる感じ。

1日目

左の首後ろに広いスペース。顔の傾き、目の水平ラインを探していて、世界が少し傾くような状態。左の内踝沿いが場所を探している。首の骨がさまざまな動作のなかでポキポキ動く。

右顎、歯に矯正のときに動いているような痛み。右の咬筋と首が硬い気づき。

うつぶせ、足を中央へ寄せやすい。パドリング、薬指に力や意識が集まっている。

2日目

立ち上がる瞬間に動作がとても軽い瞬間がある。

左側半身が長く、持ち上がる感覚。

背中がないような、軽い感覚はなくなってきている。特に右側。

しゃがむと踝に無理があるような感じがする気づき?

3日目

手がとても暖かい。指先がチリチリする、気が通っている感覚が常にある。

左が持ち上がる感覚薄く。右の顔は口角が上げやすい。視力がよくなっている感じ。遠くが見える。

リュックが不快なのは続いている。どんなカバンなら快適なんだろう。

4日目

左足が中央へ寄ってきている感じがする。

立っているときも足を寄せやすい。

右の内腹斜筋が筋肉痛?

5日目

左の足の甲が高くなっている感じがする。

鎖骨、肩甲骨が横へ広く、背中がないような感覚は維持されている。

とても眠い。

電車で座る時、落ち着く足の場所を探っている。立ち上がるときには体がリセットされるように思う。

体の変化の観察がやや難しく感じるのは月経による変化もプラスされるからなのだろうか?

6日目

眠い。起きるのに時間がかかる。

左の足のアーチを感じながら、歩くことができている。脛がたまに痛いような気もする。

右の股関節つまりは続いている。脚をぶらぶらさせたり、ヤムナボールでリリースしたりするが変わりない。腰椎真ん中あたりが少し疲れているような感じ。左の胸鎖関節のあたりにつまり。手がじわじわする感じは続いている。

振り返ったりすると、首がポキポキなる。

セッション4回目

セッション中

歩く。左右、上下とも重心のブレが少なく、ふらつきが少ない。

右下

上半身は沈んでいくが、下半身は沈みにくいように感じる。首、緩むのに場所をみつける時間が長く、触って場所を見つけてもらってやっと緩む感じ。上の首に空間ができて呼吸が通る感じがする。膝や下肢、くすぐったい感覚、一瞬からだが警戒するがだんだんゆるみ、左の骨盤のなかがフっと緩む。右の坐骨周辺、寛骨全体を感覚でとらえるのが難しい。恥骨に向かって、段々緩んでいく。股関節内側大腿骨、股関節に向かって、微かな痛み。右の腹部周辺が緩むように思う。右のPSIS周辺、鼻がムズムズする感覚。仙骨から頭、呼吸が全体的に入っていく、そして沈む。尾骨仙骨、あんまり感覚がないかもしれない。

左下

体は重たくなっている。最初よりは早く重さが感じられていくが、左下はどこか硬い感じがする。右の大転子周辺、鈍い広がる痛み。リンクして左の内果。その痛みがどこから来ているのか?腸骨筋?腸腰筋?きょうようきんまく?ふくおうきん?よくわからない。でも緩みができた。左の坐骨、恥骨、股関節近く、ぼんやりとした感覚。PSIS周辺はやはり鼻がムズムズして、こちらは左の上顎、目のあたりまでムズムズ。尾骨、仙骨に弾力が少ないような呼吸が入っていかない感じがある。腎臓?へのキューがあったのだった。緩まりづらい様子。首まわり、硬さ、息がとまる感じ。左肩甲骨周辺、胸鎖関節にも向かって嫌な感じ。悲しみのような感じ。肺の重さ、イメージしづらい。心臓の重さ、なんとなく。そのあとなにかがあって、重さが感じられるようになって、緩んでいった。

仰向け、首の動き。なめらかに大きく可動域があるように思う。右の首の少しのひっかかり。

お腹、内臓の重み。骨盤のほうへ沈むように感じる。

座る、骨盤が広い感じ。

歩く、右半身の伸びをクリアに感じる。骨盤はやはり広い感じ。

立つ、お腹がやわらかい感じ。

体の右半身が上に伸びた感覚。

お腹がやわらかく、骨盤が横に広い。

帰り道

左の右半分が上に伸びて、左の前頭部がもぞもぞする感覚。矯正中。骨盤が広く、右股関節が特に切り離しやすいように感じる。

階段、左足のふらつきが少なく登れている。

長座左股関節がクリア。手を後ろに回す、胸のストレッチやりやすい。

1日目

寝ている最中に右股関節に使いすぎたときの痛み。起きると背中がいたい。

眠たくやる気がでない。

パドリング、腕とコアのつながりはいまいち。

立ったバランスはいい。

突発的に断続的にとても悲しくなってしまい、涙がこぼれる。頭が少し痛い。

電車で座りは、左股関節が屈曲しやすい。なにもつまりがない感じ。

何かの折りに腹部をぐっと固めていることに、何回も気がつく。

2日目

眠さがものすごく、波もいいので普段の自分であればサーフィンに出掛けていくところだが、どうしても起き上がれずに12時間以上寝た。キッチンに立つと、グラウンディングする感覚が深い。

出勤して、頭の痛さに気がつく。もともと頭が痛いことは少ない。そのなかでも経験することがあまりない頭痛。頭前側。偏頭痛とはこんな感じだろうか?退勤して家に帰る途中もずっと痛い。そして吐き気も感じる。収まるのだろうか?

3日目

短い睡眠時間だったけど、頭は軽くなっている。目の辺りの頭が膨張している感じがする。

他はあまり変化なし?歩くときは股関節軽く、重心移動がスムーズ。首の疲れが少ない感じはするけど、頭が膨張してボーッとする。

4日目

頭の痛さや膨張感は消えている。が、不機嫌感が止まらない。仕事のセッション中以外は、スタッフともあんまり話したくない。骨盤なかは広い感覚が続いている。その上の横隔膜が窮屈な感じがしている。

5日目

やはり不機嫌のまま。首の背骨が伸びていて、目を閉じると青い光を見る。左内果が不安定で、くすぐったい感じがする。

歩くと右の股関節から下が自分に統合されていない感覚。

たまに骨盤のなかのお腹がきゅーっと部分的に痛くなる。

目の周辺がおもだるく、平衡感覚がなくなる瞬間があって、その感覚を見ていくと、瞑想中に起こるような錐体路運動?首ふりが起こる。

6日目

眠い。お腹はまだ広く、肩ものびのび広がっている感じがする。左内果の頼りない感じも続いている。長座は左股関節が感じにくくなっているが、坐骨周辺の力を抜くとその感覚は戻ってくる。横隔膜が硬い感覚がある。

お昼頃、眠いんじゃないけど、ぼーっとして視界が定まらなく、考えられない緩み方をした。この1週間たまにあった現象。

朝マットピラティスをしたけど、そのせいで胸椎左側前面後面とも固くなってる気がする。いい動きのパターンとはいえない。

セッション5回目

歩く

安定感があり、足首もよく動いている。早足になっている。

腕動かす

左側肩甲骨の動きがついていかない感じ。

右足伸ばして、左足立てる

立ち位置の感じ、左側足元。以前より不快感はない。左内腿、左胸郭に意識が向く。右足元。不快感はない。腕の外側に意識が向く。右横、少し圧迫感。左横、嫌ではない。頭側。心地がいい感じ。頭の後ろが広がる。頭側近く、すこし圧迫感。

右目の重さを感じる。肝臓からだいようきん、股関節に縦に広がりができる。

左目の重さを感じる。横隔膜が緩む感覚。

左足をごりごり。親指中足骨周辺は左胸郭後ろがゆるむ感じがある。薬指中足骨周辺は側頭部がゆるむ感じがある。

しょうてんし、腸骨筋へ引き込んで、だいようきんへ引き込んで、骨盤を動かし、リリース。ピラティスのしすぎだな、もう止めようという言葉が頭に浮かんで消える。

横隔膜の上下がしやすくなっている気づき。

左肩回り周辺、三角筋停止部が痛いことへの気付き。どんどん胸郭まわりは外へ緩んでいく。

右足をごりごり。右胸背部がゆるむような感じはするけれど、左よりもだいぶ繋がりを感じない。そのせいか、浮かぶ雑念の量が多く、だんだん微睡んでいく。右肩回り、広がっていく感覚がうすい。鎖骨下胸まわり。痛い。

右股関節周辺、動きでのリリース。手でのリリース。だんだん胸背部に緩み、しずみ。そして右首回りが緩まないことへの気づき。

右首のリリース、中指へのつながりの動き。つながる方向がぼんやりして見つからない。だんだんわかるような分からないような。右上から下までベッドへしずむ感覚がある。

左首のリリース。なんでだか大丈夫だろうと思ってたけど、物凄く物凄く痛い。

座る

背中が横に広い感覚。

歩く

歩幅が広く、勢いがある。雑にアッパー気持ち。首は安定。左側が伸びて、右側が違和感。世界の傾き。

止まる

体が前後左右ゆらゆらと重心の場所を探している、気づき。目の力、目も場所を探している。目線が下がり、首のバランスが変わる。

また目線が上がってくる

歩く

グラウンディングされて、気持ちは落ち着いている。

帰り道

左目の緊張への気づき。背中の広がり。左側はすこしピリピリしている。

1日目

背中と左肩周辺にもみかえしっぽい感覚。

眠かったり、だるかったりは少ないので家事にとりかかることができる。

サーフィン。パドリングはしやすいけど、セッション1,2回目くらい軽くはない。立ってバランスをとるとき、体幹はFluidにバランスをとる感じがする。いつもはSolid。

目の場所は、ご飯のときが一番楽かもしれないと定食屋のテーブルで思う。

ピラティス。体幹がいつもよりフワフワしている。Reformer でのTeaserの体幹屈曲から下りるのとき、体幹の左右のねじれが大きくなる。

2日目

お腹の調子があまりよくない感じ。

朝は背中が痛いような、おもだるい感じ。

サーフィンのパドリング中、目を下へ緩ませると、腕が楽に動く気づき。股関節はどうか?うまく感じられない。

3日目

背中はおもだるい。引き続き。

眠さはなく、しっかりとした目覚め。

呼吸が深いように思う。

マシンピラティスの実践をした。

Hip workの時に、左側の腸骨筋や大腰筋がしっかり収縮するのを感じた。

4日目

仕事中、首のポジションが楽。背中も楽。

横隔膜がのびのび動くように呼吸ができている感覚。歩いていて、左踝の不安定を感じる。

5日目

左きょうさかんせつ、きょうさにゅうとつきんあたりに違和感。サーフィンのせいかもしれない。

左目のほうが重たいような、腫れているような感覚。

しゃがむと、仙腸関節、仙腰関節周辺に固さを感じる。

6日目

朝キッチンに立って、骨盤下半身がどっしり広く、上半身が上にのびて、胴体が長く感じられる。

左の目を緩めてみるように試みる。左目から、左股関節、左のきょうさかんせつのつながりを感じる。

歩いていると、左足距骨か関節?動きをとても感じる。

セッション6回目

セッション中

歩く

足関節がよく動き、背骨がふわふわ回旋している様子

横重心移動

右はがしっとするが関節がつまっている安定、左は股関節内旋して不安定に感じる

うつぶせ

ボールへの反応、からだが立てにのびる。

まっすぐ寝ても、左顔面のほうがベッドに当たってる。

左のハムストリング外側、反応が薄い感じだが、胸郭が右へずれたがってる。のと、右腕にエネルギーが通る感じ。

左のふくらはぎ、胸椎がのびる。

左の腕、肩、心地がいい。

左の仙骨横、股関節よこの力が抜ける感じ。

左側は長く、ベッドへしずむ感じ。

右おしり周辺、この辺からだんだん眠くなってしまう。

仰向け、首が伸びた感じ。

親指内側、痛い。足の甲周辺、左の頭蓋につながり、呼吸が入る。

セッション後

座る、上半身が浮くような感覚。

ロールダウン、引き伸ばされて心地がいい。

立つ歩く、首が後ろから引き出された感じ、上半身が浮くように伸びている、目線が自然に下がる。

1日目

ピラティスをすると、股関節の屈曲が楽。つまる感じがない。首のポジションもすっと決まる感じ。階段を下りているとき、左の下の視界があることに気がつく。私にとっていつもは死角で、ボールのキャッチをミスするところ。寝ているときの歯軋りが減っているような感じ。

2日目

足、さらに中央へ寄せやすい。

後頭部は夜になっても持ち上がっている。

口角の形が変化している?

ピラティスをすると、胸椎から腰椎が少し反らせづらく、仕事終わりあたり、胸椎下部が窮屈に疲れた感じ。

仕事中に首を左に向けて、人の仙骨を触ったら、首にぎくっとした感覚が走る。

3日目

朝、首のポジションが上へ伸びて楽であることを感じる。仕事前ピラティスをする。そのあとは、上へ伸びた感覚が減る感じがした。仕事終わりごろ、腰が少しおもだるいような感覚。仕事での姿勢か、動きを見るときの目の使い方によるのか。左目が少しこわばっているように思う。

4日目

右の股関節前側につまりを感じて、なんだか中央に移動してきてるような感じを受ける。

AO関節付近が引き出されるのとは逆の感覚になっていて、同時に胸椎上のほうが後ろに引っ張られている。

5日目

夜まですっと軸が通る感じがつづいている。が、ここのところ疲れがたまっていて、大腿四頭筋が重ため。左のきょうさかんせつ、胸椎まわりがこわばり。AO関節のつまりは継続。目の使い方を探っている。

身体学習としてピラティスエクササイズを行うときには、スプリングの負荷は重すぎないほうが身体の反応がいいなあという気づき。

6日目

背骨が上へすっと延びる感じはつづく。今日はAO関節あたりは気にならない。

階段で左足を踏み込むのが、少し怖い。これは割りとずっとあったなあ、という気付き。セッション直後は気にならなかったような。どうだろうか、はっきりしない。左側に空間がないような空間認識。足が絡まりそうになる。

左腕がうまく体幹に統合されない感覚と、肩甲骨内側に近い胸椎がぎっくり腰のようなこわばりが少し。

セッション7回目

セッション中

今日は気持ちも体もまずまず調子がいい。左頭前がすこし痛み。

歩く

ふらつきや迷いなく、静かに一歩一歩歩ける感じ

仰向け

右足裏、足の方から頭まで背面が緩む、頭が右へ行きたがっている。

右腕、重さが少しずつ増していく

右膝、股関節内側から脚が引き出されるように感じる

左足裏、頭までの背面が緩む。が右より反応が静か

左膝、右よりもくすぐったさに意識がむく

左腕、緩む場所をみつけるのがゆっくり

左胸肩甲骨まわり、静かにゆっくり緩んでいく、背面がつながって少しこわばり

右胸肩甲骨まわり、反応がかなりかなりゆっくりでほとんどどんな緩みか感じられなかった

口の上歯の右や左まわり、頬骨のゆるみ、左側緩み感じづらい

口の下歯の右や左まわり、顎の骨につかれがあることに気づく

口の天井、鼻に向かってのゆるみ

口の床、舌やぜっこつ感じづらく、ゆるみづらい

右の鼻のなか、鼻腔から気道、肺までなんとなーくつながりを感じる

左の鼻のなか、右よりは通り道を感じづらい

目や頭蓋、

首後ろまわり、どこかでみぎがいか、左どこか

せきがでそうになる

第一胸椎まわりがきょうさ関節うちがわにのわばり、心臓への負担、左背面がこわばっていることへの気づき

ぜっこつ、左顔面のゆるみ、左肋骨の誘導

当日セッション後

眠くなりながらも、つきあいでクライミング。腕を上へあげやすい。左手首はたまに違和感を感じる。壁を見上げるために、首が過伸展せざるを得ない。辛い。

1日目

朝起きて、背中まわりがおもだるい感じ。

サーフィン中、腕が動かしやすいような気がする。あとは左右の重心のブレが少ない。

ピラティス中、立位で軸をとりやすい。Foot work中に足を見ると、足が長細くなっている様子。縦アーチができたから?

2日目

眠い。左頭が痛いような感じは月経前症状であった。PMSの気持ちの荒れがほとんどなく、気がつかなかった。仕事のレッスンでデモをしていると、腕を上げやすく、回旋がとてもしやすい。Rollingも自然な脊柱屈曲がでて、転がりやすい。

3日目

昨日は働きすぎたにも関わらず、目覚めがよい。肩まわりが広く楽に感じられ、気持ちもすっと安定している。

4日目

朝から眠さがMaxで、疲れがたまっている感覚。何も食べる気がしなくて、職場付近の松屋で朝食を急いで食べた結果、一日食あたりのような状態。それでも背中は広く、脚は軽い。とくにシューズのなかで足の甲は細く、靴がゆるく感じられる。

5日目

ゆっくり寝られた分、気持ちが落ち着いている。腕や背中は横に広く、楽。

ピラティスの実践を真面目にしたら、右の股関節につまるような感覚。

6日目

ピラティス中、左股関節がスムーズである気づき。肩は少し閉じている。骨盤周辺に捻れるような筋肉痛

7日目

サーフィン、立っているバランスがとりにくくなっている。ふらつく。流動体としてバランスをとっていない感じ。不器用なかたまり感。

セッションお休みをした1週目後半に鼻風邪をひいて、ずっとダルさが続いていた。2週目も風邪のままで、できるだけ早く帰って寝るのを続けた。今日ようやく体調が戻ってきた。のでレポートが飛んでます。胸椎したのほうが硬く、呼吸が浅くなりつつある。左腕の不調。左胸まわりの硬さ。股関節周辺の重さ。

セッション8回目

セッション前

立つ 目玉の置き所が定まらないけれども、不安定ではない、ちょっと自分のからだと意識が遠いような感じ。

歩く 軸があるけれども、左足は内側にぱたんと倒れるような、左足親指の広がりがないような感じ。

うつぶせ

膝裏のあたりはとてもくすぐったい。部分部分でとても痛く、最近仕事で立っているときに膝が疲れるような感じがあったことや、自分の膝が伸びにくいことを思い出す。

そのあとはとても眠くなってしまい、首の向きをかえるときに意識が戻ったが、また眠ってしまった。

座る

首のいちが楽。どっしりとグラウンティングする感じ。

立つ

膝が伸びて、膝上の筋肉がきゅっと動員されるのを感じる。軸はすっと伸びる感覚。

歩く

歩幅が広がり、重心の移動がスムーズ。

1日目

立つときの膝の感覚が不思議。

サーフィンはテイクオフが良くなっているといわれた。バランスもとりやすい。

2日目

ピラティスをすると、背骨がやわらかく動くことに気づく。

3日目

働きすぎて、からだの様子がわからない。

グループレッスンを教えた後は首が伸展方向に引っ張られて深い。

4日目

朝は肩まわりが広く楽な立ち姿勢。

夜ピラティスを実践するときは背中の真ん中が強ばっていたことに気づく。テーブルトップは相変わらず楽。股関節のスペース。

目の向きで遊んだムーブメントで背骨がよく動いた。

5日目

少し肩周りが内に入ってきたので、ヤムナボールでリリースをした。首はすっと伸びた状態が続く。少し頭痛があり、月経前の様子。夜は貧血かわからないが、めまいが起きていた。

6日目

月経のせいでダルさはあるが、イラつきはない。股関節や足周りは楽。ちょっと胸椎の強ばりを感じる。そしてちょっと呼吸がしづらい。

セッション9回目

セッション前

立つ 目線は落ち着いて、軸がしっかりしている感じ

歩く 安定感があり、足首の動きもスムーズ。少し右股関節がつまる

セッション中

仰向け 左上、左顔面の強ばり。右上、右後頭部に圧。左下、股関節の広がり、胸の圧。右下、股関節の広がり。右足首と、手がちりちり。

右下、感覚を向けると、緩むプロセスがどんどん進み、ある程度で感じられなくなる。

重さ、どの部分も感覚向けやすく、力が抜けやすい。

左足を下ろし、右足を立てる。

首の位置、探しにくい。目玉がだんたんと緩む。

左骨盤周辺の筋をおさえられると、おなかにつながりを感じる。少しくすぐったいような感覚。その少し下に、変わった痛み。押されている圧は大きくないのに、しっかり痛い。からだの側面内側を通って、左顎の下、耳までつながり。

頭、頭頂しゅうへんを押さえられた時に鼻から耳までのラインが緩む感覚。

骨盤を持ち上げる、そしてかかとで押す動きはつながりが見つけづらい。

右足を下ろし、左足を立てる。

右股関節がだんだんと緩む。

左足の置き所、ずっと探している。

頭しゅうへん、眠くなってしまった。

頭への圧がとても心地がいい。

どんどんお腹はやわらかく、呼吸が入る感覚になっている。

胸周り、おしてもらうと肋骨の動きが少し目覚める感じ。

セッション後

座る。

首の乗り方がしっかりして、楽。

股関節まわりが軽く、広い。

歩く。

楽。さらに軸が安定している。

顔の感じは感覚が向けづらい。

頭が左側へ回りたがっている。

1日目

調子がいい。ピラティスのプライベートレッスンを受講すると、体重が左に乗りたがっているということで、右に意識をもつように修正される。それが少し不快。ストラップを足にかけたワークでは右足と体幹のつながりが薄い。クリック音。

2日目

朝歩くときに回旋のうごきがスムーズに感じる。レッスンのあと、そんなに首の後ろにつまりは感じない。しかし、股関節屈筋につまり。

3日目

楽な気分で1日働けた。しかし、お互いに邪魔だと思うような距離感で働くことや、声が緩衝してしまうことはそこそこストレスになる。

4日目

疲れはたまっているが、体や心は安定感がある。人に圧迫感なく伝えるとか、疲れかけている人に伝えるというときにどんな佇まいならいいのかを考えてしまった。

左下に眼球を休ませることを思い出す。

5日目

胸椎まわりがかたまっている感じなので、回旋や伸展を沢山したけれど変わらない。グループレッスンのあと、首が痛くなった。自分は動かずにティーチングしてるので、動きを観察しているときの目の使い方だろうか?

1日通して楽で疲れにくいように思う。

6日目

鏡で見る胴体は右のくびれが強く、左右差が大きく見える。が、歩くときに全身がうまいこと統合されているように感じる。

たまに右の股関節屈筋と寛骨全体や仙腸関節、左の鎖骨下肋骨あたりに違和感を感じる。

気づくと手首を掌屈させて休んでいる。

セッション10回目

歩く

安定感も進む力もある。

左足首にたよりなさ、右股関節の余り。

仰向け

重さを感じる。

右側のすねとふくらはぎ、股関節が引き出される。もも、お腹のなかが縦にゆるむ。お腹、緩むのがゆっくり。

胸、うでに向かってチリチリ。胸後ろ側、右側面、ベッドへしずみ横へ広がり、呼吸がしやすくなっていく。首周辺、目の裏側は白い光、右鼻から気道までしっかりした道を感じる。

左側首、胸回り、胸後ろ側。肺のあたりに悲しみ。だんだん緩むが、鼻からのど、鎖骨、肋骨裏側に何かかたまり。肋骨側面、心臓の近くが縮んでリリースされたがっている。

アゴ、楽しい気分になる。頭、上へ引き出される。

座る

体が上へ自然に伸びる感覚

歩く

一歩一歩に安心感がある感じ

良いとか悪いとか、矯正するとかではなしに、体がどうしたがっているか、その声をその流れを聞くことなんだろうなあ、と思う。

1日目

歩くときに体が軽い。サーフィンでパドリングも腕とコアがつながる感覚が長時間保たれる。

2日目

グループレッスンあと、首は痛くならなかった。そして疲れにくいし、10回のセッション前と比べると、レッスン中にイライラしてしまうことがないなあという気づき。

3日目

睡眠時間は少ないけれど、回復度合いが高い気がする。肩甲骨の上方回旋、下方回旋が見れるようになっているし、自分の動きもスムーズであるという気づき。痩せたね!といわれた。体重はあんまり落ちてないけど、シェイプが違うのだと思う?

4日目

胸椎左胸骨の後ろのこわばり、右股関節まわりが少し気になっているので、手を当てたり、ヤムナで脱力したり、呼吸したり。よくわからない。

鏡で自分を見ると、肩幅が広くなっている。

5日目

レッスンが2本キャンセルになって、時間ができたのでセラバンドで肩まわりのワークで遊ぶ。

左腕は胴体にはりついている感があった。左脇の下胸郭あたりのかたまり。外へ伸ばすと心地がいい。

体のセンターを夜まで感じて立てていた。疲れにくい。

6日目

疲れがたまっているけど、立っている歩いている感覚は楽。レッスンのデモ中に首が、首まわりの筋肉がつっぱる感覚になった。これは久しぶり。受講者にも共鳴してしまってるだろうなあと焦り。ハードなエクササイズを楽に行うための実験が必要。

意識的ないいモードから無意識ないいモードへ意向するために、正しい動きのパターンを何度も繰り返すとピラティスのプロセス自体に?を見つける。関節の分化みたいなところには部分のレベルにはいいような気がするが、体の統合というレベルになると?。無意識な体への介入でないと、無意識なパターンは書き換えづらい気がした。

クライマー

※10シリーズ後、クライミングのパフォーマンスを上げたいという希望と、より探求を深めるために、Rolf Movement®のセッションにいらしています。

セッションの次の日です。昨日はありがとうございました。
セッションの最中には、色々気づくこともあり、後で伝えようと思うのですが、終了直後には、かなりぶっ飛んでしまって、しばらくしてから思い出すことが多々あります。
昨日も指先から手の骨、肩甲骨、肋骨、背骨へと動きの連動を感じる中で胸骨の横のところの肋骨の動きを感じた時に、そここそが、日常の動きや、クライミングで、上手く動かせなくて、模索していた場所だったので、ビックリしました。


体の側面を収縮させるときにいつも反対側の伸展する部分に意識をおいて動いていたので、脇の下のあたりの肋骨のあたりを動かそうとしてもなかなか出来ず、胸骨をスライドさせて、そこを収縮させたらいいのかなぁと考えていたところでした。


それが小指、肩、肩甲骨、鎖骨、座骨とのつながりでもっと楽に動かせることを学習しましたそしてその動きが首の辺りの緊張感を緩和することも学習しました。


そして、その一連の動き流れをかんじることができるようになりました
懸案の動きだったのでタイムリーでとても嬉しいです。


ありがとう


田畑さんのイールドの手法はやはり前提条件として、バックグラウンドにあるロルフィンクの知識がかなり大切なんですね。


私は、なんとか空間を感じること、自分の安心安全を保つこと、に関しては、いつかはすこしは近づけそうですが、
何を観察するかという所は果てしなく遠いなぁと感じています。
今は取り敢えずは、空間と安心安全に注意を払えるようになりたいです。

Rolfer’s note:  毎回ハンズオンする前に、お互いに”いい間合い”を見つける時間をしっかり取ります。この方の印象では、毎回、その間合いから受ける感覚が全く違うそうです。同じ施術者と受け手の組合せで同じセッション空間なのに、毎回異なるという現象はとても興味深いです。セッションがそれだけクリエイティブで、その時だけのもので、しかも身体が望む変化が起きているというのは、理想とするセッションだと思います。

今回のセッションは指から触れていったのですが、そこから反応が肘、肩と波及して、胸郭にも至り、流動性と繋がりが再構築されたのがこちらからも観察できました。左右対称に働きかけずとも、片側の空間的拡がりが次第にとなりにも移る統合が比較的短時間で起こって、うまくまとまったプロセスも興味深かったです。

大学院で舞踏を専攻されたヨガ教師(Advancedシリーズ)

10シリーズに引き続き、Advanced5シリーズのモニターに応募頂いた方のレポートです。

セッション1/5

何かの調子がいい、悪いというのは一概にも言えないもので、
調子の悪さがもたらしてくれるきっかけや気付きもある。
けれどそれを差し置いても、アドバンスを受けようと思いその波にふと乗れたのは
2年前に10シリーズを終えてから、身心ともに次のフェーズに入っていることを自覚していたからだと思う。
心の準備ができていなくとも、エスカレーターに乗ったように自然と体が運ばれて部屋に着き、
口をついて出る近況説明には、話をしている私自身が驚いた。それほどの無意識。
今回は思いもかけずロルフィングではなく、CS60を使ったセッションになった。
骨のきわに 「生体に蓄積している有害な迷走電流を排出する 」器具が当たると、鈍い錆がこすられるような感覚だったり、まったく違う部位が痺れたり、
全身がかっと熱くなって奥から汗が噴き出たり、細かい火花がちらつくようだったり、内臓がぎゅっと奥からねじれるようだったり…
痛みに強い自信があった私も悶絶するほどの痛みが走る。
けれど何かが響き、何かが放出されていくのは、まったく未知の感覚につま先を忍ばせて、わくわくとのぞき見するような楽しさがあった。
うつ伏せで仙腸関節に器具を当ててもらった時には、直後脚をまったく持ち上げることができなくなった。
けれど少し大腰筋を意識ようにすると、まるで歩いたことのない道をたどるようにして脚が持ち上がった。
今まで使う必要のなかった部分を酷使していたことが分かるとともに、こんな風にして動きを修正できるのかと、新しい光を見た気がした。
大腰筋の起始がアイデンティファイされたからなのか、最後に起き上がって歩き始めると、まるで新しい自転車に乗っているかのよう。
その身体には慣れないほどの脚のリーチの伸張があった。
どんなセッションであれ、そこには田畑さんとの信頼関係があるのは間違いないのだけれど、
今回一番大きかったのは、その関係性がまるで新たなものに感じたこと。
あんなに言葉数多く、笑ったり冗談を言ったりしながらセッションを受けたことはなくて、
その変化がおかしくてうれしくて仕方ない。
自分の体にものすごく集中して向き合っているのに、そこには軽やかさと無邪気さがあった。
数日経っても施術で痛みが噴出した部分には、変わらず筋肉痛や打撲のような痛みがある。
けれど少しずつ、骨を洗ったような心地よさとスペースが生まれつつある。
頭ではなく、体が了承している何事かの中に
堂々と立っていられる、そんなセッションが始まった。

セッション2/5

今回はうつ伏せで片脚ずつを90度に折り曲げ、CS60をほぼ当てるように使うセッションとなった。
前回からの間に衝撃的な出来事があったけれど、今までとは違ってそれを流せている感覚はある。
前回とても痛かった仙腸関節周辺はある場所にCS60を当てるだけで、足の先や腕まで痺れてくる。
坐骨周辺に関しては全く何も感じないけれど「出てますね」という。
私の感覚がすべてではないので、そこはお互いが呼応して出てくるものに委ねていた。
頭部に丁寧に当ててもらっているとき、あまり劇的な感覚はなかったのだが、耳の穴に当ててもらっていると蝶形骨の前辺りの広い空間を感じ、鼻がすーっと通ったことに驚いた。
統合はなかなか難しく、立ち上がったときには体全体がカチッとした箱のような感覚だったのが、歩きながらゆっくり馴染んでいった。
腕とのつながりを引き出すだめに少し胸骨の回旋を促すようなムーヴメントもした。
セッション後の写真は左右ふたつのシリンダーがかなりはっきりしていて、いままでずっと気になっていた右半身への傾きが解消され、脊柱のカーブが出ていたことが意外でうれしかった。

セッション3/5

この1週間はとても心が揺さぶられ、それに耐えることで必死だったためよく横になっていた。そのせいか体が起き上がることを拒否するように、ずっと脊柱起立筋群にだるい痛みがあった。
脊柱が動きと新しいつながりを欲しているようだった。
そのためか、今回は横向きで、CS60は使わないことになった。
珍しく体の感覚にフォーカスしにくく、思考が巡ってしまうことを伝えると、少し頭蓋へのアプローチが始まった。
そこではクレニオのようなタッチと、イールドが何とも言えない場を作り、頭を支えてもらっている安心感から、見事に脊柱がうねうねと動き始めた。
急激な変化というよりは、ゆっくりゆっくり。そして頭頂から、新しい頭がずいっと現われていくようだった。
 
一番不思議だったのは、セッション中ずっとシンギングボールのような金属の響く音が聞こえていたこと。
どこかで工事をしているのかと思うくらい遠くの音で、あまり幻聴の経験はないのでとても変な気分だったけれど、嫌な感覚はなかった。
けれど、今回頭蓋に働きかけてもらっていることと無関係ではない気もして、かといって因果関係もないような感じ。
実際立ってから、その音は聞こえなくなっていたけれど、あの音のおかげで聴覚器の周囲は意図しない空間を得たような気がする。
 
今回のハイライトは喉元の空間に初めて光が当たったこと。
そこでの支え方が変わると、今まで20年間くらいは課題だった胸椎の3,4番目が動きやすくなった。
起き上がってからベッドに座り、脊柱をひとつずつ動かす動きをやってみると、日々やっているはずだったそのクオリティがまったく変わっていた。
そして脊柱の動きに両掌を連動させていくことで、さらに上肢のつながりが引き出され、歩いた時にはもう元からその体で生きてきたかのようにとても自然で楽にいられた。

セッション4/5

これまでの3回で、骨盤内の空間が生まれて胴体と下肢のつながりが変わったり、左右のシリンダーがしっかりしたり、2次カーブがはっきりしてきて、それぞれ気がついてみれば長い間じんわりと気にしてきたことがひとつひとつ解消されてきた。
ここまでの変化を受け取るように、今回は頭蓋骨がうまく脊柱の上に乗っていない感覚があり、何かあるたびに感じてきた頚椎2-3番周辺の辛さを伝えた。
しかし最初に触れてもらったのは指の関節。
そこを支えてもらいながら抜けるところを探っていくと、ぶわぁっと手の記憶が蘇ってきた。
手で触れたもの、握ったもの、あらゆることを手で行ってきた。その強い余韻が広がってただ涙が流れるままに、その波が引くのを待った。
口の中に指を入れるマウスワーク。
前回頬骨を休めたときに前頭葉が広がってきたのと似て、奥歯に触れた指を軽く噛みながら上顎と下顎を緩めていくと、頚椎と頭蓋骨がじりじりと新しいつながりを探していった。
起き上がり、立ち上がるのはとてもスムーズ。
新しい体のバランスだけれど、それが元々そうであったように、今回は自然に歩き始めた。

セッション5/5

2年前に10シリーズを終え、まさかアドバンスまで受けることになるとは思わず、大きなものにぽいっと放り込まれるように始めたけれど、気がつけばそれは迷走神経の存在をはっきりと感じ、仙骨前面から腹腔、胸腔、頭蓋腔…と体の空間への響きを味わいながら、四肢と脊柱の自由さを取り戻す旅だった。
最終日。
不思議なことにこれと言って大きな主張は体から聞こえてこない。頭部の乗り方にも違和感はないし、歩いてみても、田畑さんも「四肢もよく動いているし、うーん…どうしましょう?笑」と言われてふと気がついたのは、最近こうなりたいというビジョンがまったくないということ。そして現状の把握も非常に境界が曖昧だということ。それが悪い心地はしないのだけれど。
「ノープランなんですけど」と言われて始まったけれど、もちろんそこに不安はない。
仰向けで腹に触れられそこと仙骨の間の空間に意識を向けると、そこには感じたくないものがたくさんあることに気がついた。
涙が流れるけれどその記憶にはフォーカスしないよう努める。体を他人のために使ってきたこと、それくらいしかできないと投げやりに自分を卑下していたこと、そしてもうそんな必要はないのだと体がささやいた。
その空間のエネルギーがなかなか行き場を見つけないので膝を立てた。足場をもらい、少しずつ骨盤内の空間は気にならなくなっていく。左肩に触れていてもらうと、左側の空間のエッジがはっきりしてきた。
首周りの静脈を休めながら胸腔の入り口に触れてもらうと横隔膜が大きく動き始めた。心臓の輪郭がはっきりする。
劇的な時間の波ではなく、濃い時間が筒状に流れていく。部分ではなく、構造が静かに変わっていく。
起き上がってからの体もとても安定していたけれど、腰を掛けて首の両脇、後頭骨と環椎の間に触れられると、一気に横隔神経が感じられて胸郭の内側の壁がはっきりとし、頭蓋骨と椎骨の間にも今まで気づかなかったスペースが開いたために、眼球がどこにどんな大きさでどんな風に乗っているのかがはっきりわかった。
立ち上がった両脚は二軸がしっかりとし、その支えを受けて骨盤の内側の空間が広く、しかし充実したまま動きのある腹部を支えている。
意図はしていなかったのにずっと気になっていた肩甲骨は羽のように広がって胸椎にも優しいカーブ、そして開いた鎖骨が喉元をしっかりと支えて話す、息をする、ものを食べるその通り道に安心感。コンテンツの多い頭部も広がりとまとまりを備えていた。
ああこうなりたかったんだ、そんな体だった。
親和で繊細、わずかなわずかなtouch.そうでなければ扉を開いてくれないほど深層にある感覚。
「よくなる」ということさえ望まないくらい、現状をすべて受け容れる訓練をしてきたけれど、それでは停滞してしまう何かがあった。自由になればなるほど、手放せば手放すほど、どこかに沈めた感覚の残骸があった。
奥深いそれに気づきながら、掬いながら、撫でては流していく。留めなくていい。融解しなくていい。
少なくとも私は今生きていて、この血は流れ続け、細胞のひとつひとつは生死を繰り返している。
私はいきいきと動いていたい。
交わり流れる、躍動するそのすべてを包み込む体でいたい。
セッションが終わってエレベーターホールに出ると、嵐が過ぎたあとの眩しい夕焼け。その光に呆然としていると、それを見に来た田畑さんと鉢合わせした。
二人で静かに屋上に上がった。
空と地面の間に自分という存在があった。
今度は溶けながらも、しっかりと。

 

シンガーソングライターの方からのお便り

ピアノ弾き語りで歌うスタイルのアーティストの方からお便りを頂きました。以下了解を得て転載させて頂きます。

田畑先生

こんにちは。ちょうど昨年の今頃からセッションを受けていた○○△です。その後の経過とお礼をお伝えしたくメッセージしました。

 

セッション終了後1ヶ月くらい(12月)の時点で腰や首の痛みがとても軽くなったのを感じました。以前のような腕の痺れも今はなくなり、全体的に体が良い方向へ向かっているのを感じています。

セッションを通して体を丁寧に優しく扱う事や体の繋がりを学び、自分の演奏する音楽についてももう一度見直すとても良い機会を与えて頂きました。これからもセッションの時の感覚を思い出しながら、力みのない良い演奏を目指してゆきたいです。ほんとうにありがとうございました。

どうぞ素敵な夏をお過ごしくださいませ。

○○△

違和感は悪いものではなく、より自分らしく戻っていくための、ヒントみたいなもの

遠方から通って頂いた,ピアノ演奏家の方から,体験記が届きました。ご本人の許可を得て,以下ご紹介します。

初めてロルフィングを受けたとき、まず一番に感じたのは、こんなふうに繊細に、感覚を大事にしてほしい、という身体の声でした。
いろんなものがこみ上げてきて、泣きそうになったのを覚えています。

外側のことはきっかけにすぎず、自分を縛っていたのは、だれでもなく自分だったんだな、と思います。

最初は、痛みで日常生活もつらく、しっかり寝ることもできない状態でした。田畑さんが、繊細に誠実に身体に接してくださる度に、身体が安心していくようでした。
そしていろんな違和感もゆっくり聞こえるようになり、子供の頃に感じていたことをたくさん思い出すようになりました。

締め付けが嫌で、パンツを履くのが嫌いでよく怒られていたこと。
集団の中で同じ動きをするのが苦手だったこと。
ひとりで何かに向かう時間が好きだったこと。
山でいろんなものを見つけては、感動していたこと。
ピアノを弾くことや、土を触ること、自分が好きなことをするのは、ただシンプルな身体の欲求だったこと。

そんな小さないろんなことが、ふっと出てくるようになって、ゆっくり自分の感覚が戻ってきたように感じています。
大人になるにつれて、少しずついろんなことを我慢したり、周りに合わせなきゃと思いすぎていたり、自分とは違う方向に、気づかないうちにずれていっていたんだなと思います。

痛みが出ることに対しても、自分の身体を無意識に責めてしまっていたんだなと気づきました。その痛みは身体を守って、そっちは違うよーと知らせてくれていたのにな、と。

今は、痛みもだいぶ和らいできていますが、痛みが出ているときも、あ、何を言おうとしてるのかな?とそれを感じながら受けとめて、心地よい感覚を探りながら、今どうしたい?と、ゆっくり身体を見守れるようになってきたように思います。
ときどき不安になったり、イライラしてしまうときも、まぁそんなときもあるよね~と、焦らず気持ちを感じていけるようにもなってきています。
こんなふうに自分のいろんな面に対して大丈夫だよ、と言ってあげられるようになったのは、とても大きな変化でした。
違和感は悪いものではなく、より自分らしく戻っていくための、ヒントみたいなものとして感じるようにもなってきました。
そして心地よい方に意識を向けていくことが本当に大事なんだなと。

自分のことも人のことも、弱い存在として心配の目で見るのではなく、自分で良くなる力を持っている存在として信頼の目で見ていくほうが、どんなに心強いことかと感じています。

ロルフィング中、田畑さんに、今はどんなかんじですか?と聞かれたとき、最初は言葉にしていくのを難しく感じたこともあったのですが、途中から(日常生活でも)すぐに言葉にしようとするのではなくて、自分の感覚をゆっくり見てあげて、それを自分なりの言葉になるまで待ってから、ゆっくり出してあげようと思うようになりました。自分の言葉も、拙くてもいいから大事にしてあげようと。

そうしているうちに、自分はこう思う、と言うこと(嫌なことを断ることや、私は違いますと言うこと)も、身体が一緒に手伝ってくれて、前よりも自然に外に出せるようになってきたように思います。

自分の心地いいペースは、自分が思っていたよりも本当にゆっくり、ちょっとずつだったんだなぁということにも気づきました。
やってみて、なんか違うなと思ったら、いったん止まってまた身体に聞いてみる。やめたいと言ってきたらやめる。嫌な場所からは離れる。そんなふうに、生活の中でだんだんと身体の声を尊重していけるようになってきました。それも、ゆっくりちょっとずつです。

また、周りにいる人たちがそれぞれに心地よくいるかんじが、なんかゆるむし嬉しくなるな~と、こんなふうに心地よさは自然と伝わっていくんだな~と、いろんな場面であらためて感じています。
その度に、自分にできることは、やっぱり自分の感覚を大切にすること、どんなときでも、心地よい方に意識を向けていくことなんだということも。

セッションではいつも、その方向に自然と向かえるような、静かなきっかけをいただいたように感じています。
自分の感覚に気づいて、それをちゃんと自分で信じてあげること。そして自分で進んでいけるように、感覚を通して、身体の深くに届けてもらっているような感じでした。

ゆっくり感じていった自分の感覚は、本当はこんなふうに生きたい、と内側で少しずつ広がっていっている気がしています。
ただじんわりあったかくなるような感覚で生きていきたい。それだけなんだな~と。

これからは、身体の声と自然な流れにまかせつつ、ゆっくりたんたんと、心地よくいることに心を置いて過ごしていきたいなと思っています。
小さく楽しみながら。

たくさんの気づきのきっかけや、あたたかいサポートをいただき、本当に感謝しています。

ありがとうございました。


Rolfer’s perspetive: 上の方がいらしているときに書いたものです。

人生の流れに乗る

心臓開胸手術をされた方

心臓の手術を受けてから、さまざまな体の不調がでてきました。

術後回復は順調だったとはいえやはり大手術でしたから、その影響から立ち直るには多くの時間と段階が必要なようで、体の動きが悪くなったり、寝返りが打てず腰痛になったり、湿疹ができたりしました。

それぞれに治療やリハビリをしてある程度症状は落ち着きましたが、手術前の体のスムーズさを思い出すとそれとは随分違うように感じたので、もう少しそれを取り戻したいと思いました。

そうした経緯で今回ロルフィングを受けたのですが、結果的にとても良かったです。
体が深いところまで平穏さやリラックスを取り戻し、
より順調に生活できているように感じます。

静かに休息している時の安らぎが一番の変化です。
おそらく体には逞しいところと繊細なところが並存していて、逞しい部分は自然に回復してこれたけれど、
繊細な部分はまだ立ち直りきっていなかったのだと思います。

田畑さんのワークがその立ち直るきっかけを与えてくれたと感じています。

どうもありがとうございました。

 

膝を故障された方

体験記として書かれたわけではなく,自分のために書かれていたもので,膝に故障を持たれている方へのロルフィングの可能性を示すいい例になると思い,今回掲載の許可を頂きました。下腺がある箇所は田畑が補足させていただいたものです。

ロルフィング10セッション後3ヶ月経過して

ロルフィング10セッション終わって、ちょうど3ヶ月たちました。

私は以前よりずっとたくさん歩くようになりました。近所のコンビニに行くのさえ、車を出していたのがうそのようです。歩くことが全く苦にならなくなったし、むしろ歩くことが楽しくなっています。

 

歩くことが嫌いだったころは、いつも自分の足もとを見ていましたが、今は目の高さより少し上あたりに視線が上がり、歩きながらの視界がまったく変わりました。ウィンドウで自分の立ち方、歩き方を確認する癖がついて、人の歩き方が気になるようにもなりました。

 

第1セッションの後から、呼吸が入らなかったり背中が痛くなったりしたことは一度もありませんでした。いつも楽々と、十分に胸一杯に息を吸い込んでいます。

 

膝関節自体に問題があって、常に痛みを伴い、まっすぐ伸びないし90度くらいまでしか曲がらないし、半月板の損傷で膝から下が外側に大きく歪曲している左足でしたが、驚いたことに、今では足を伸ばして座ると膝の下に手が入らないくらいまっすぐ伸びています。(以前は拳が入ったほどでした)もう少しで完全にしゃがむことができるほど足が曲がるようにもなり、立つと両足のかかとがつくくらいまで曲がった膝下が改善されてきています。

 

関節の可動域が極端に狭かったために、左足を伸ばしたまま引きずるような歩き方で、消炎鎮痛剤を常用したり、ヒアルロン酸の関節注射を何回も受けていました。今は痛みもほとんどなく、両足の力を同じように使って歩けるようになっていますし、階段を普通に下りることができます。10セッション受けている途中から気付いて、自分でもびっくりしました。薬もずっと飲んでいません。

 

 

どうしてももう一度テニスをやりたくて、東大病院をはじめ、日赤、JR病院など大きな病院の整形外科、スポーツ整形などを5つも受診してまわって、中には膝専門と言われる医者もいましたが、どの先生もレントゲン、MRIの画像を見て、この関節はもう改善不能で悪化の一途をたどるしかないだろうから、あとは無理をしないで大事に使って、年をとって歩けなくなったら人工関節にするしかない、と悲観的な診断ばかりでしたもちろん膝の治療のためにロルフィングのセッションを受けていたのではありませんから、膝の症状が改善されたことは、私にとっては、予想外の嬉しい結果になったと言えます。

 

膝関節のように、目にも見えて使い方にもはっきり違いが表れるような変化と比べれば、セッション後の身体の変化は、それが何週間もかけて徐々に起こっていることなので、自分の身体の情報は、どんどん上書きされ古い情報が削除されていくように、その時はあまり顕著に感じることはなかったように思えます。

 

でも、今は身体が少しレベルアップした、と言う感じがして、快適に生活しています。ロルフィングのセッションでよく言われる「統合されてバランスがよくなる」ということは、

ただ単に身体の構造上のバランスがよくなってまっすぐ立てるようになる、

というようなこととは別のように思います。これは私の感覚なので、うまく説明できないのですが、自分の身体が一番喜ぶ状態を常に自分で無意識で作り出すことができる、というような感じが一番近いかもしれません。ロルフィング10セッションはとても興味深い体験でした。もう少し自分の身体を探求してみたいので、これからもムーブメントやアドバンスロルフィングにもトライしてみたいと考えています。できれば近い将来、もう一度テニスコートで思いっきり戦う、という希望もまだ捨ててはいません。

 

 

第1セッション:呼吸 2003.4.15

初めて代官山のセッションルームに行った。
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心肺停止になったことのある気功実践家

《きっかけ》

 

書店で、ふと覗いた雑誌の記事からでした。「秘伝」という武術の雑誌です。その後、インターネットで、いろいろと調べるうちに、田畑さんのウェブサイトにめぐり合いました。ピンッ!と来るものがあり申し込むことにしました。

 

昨年6月、突然倒れて救急車で病院へ担ぎ込まれました。検査の結果、過労、過ストレスによる一時的な心臓停止ということでした。長年、体を無視して無理を重ねてきたことを思い知らされたのでした。

 

倒れたときムチウチ症になり、その後、整体、鍼灸、カイロなどいろいろ経験するのですが痛みはとれず治したかったこと、そして体をもっといたわりたいという気持ちが大きな動機でした。

 

3年半ほど前から太極拳を始めているのですが、今思えば体が欲していたのだなぁ、と痛感しています。

 

 

《施術風景》

 

施術はとても柔らかいタッチでしたが、その感触はとても興味深いものでした。田畑さんが体の一部に触れると、体を含む空間全体がねじれ、力を抜くとその中に体が自然と滑り込んでいくような感じでした。

 

毎回施術が終わっての帰り道は、体がリラックスして普段より視線が高くなった感覚が心地よいものでした。

 

Basic10を受けましたが、記憶に残ったところをいくつか...。

第1回

 

ロルフィングという言葉さえ初めてでしたので、どうなることかとても楽しみでした。施術は柔らかいタッチで、あっという間に終わってしまった、という感じでした。ところが帰路、だんだんと後頭部から頭頂、眼窩にかけてズキンズキンと痛み出しました。家に着くころには目を開けていることもできないほどになり、そのまま寝てしまいました。翌日は痛みもなくすっきりと目覚めました。これがロルフィングというものか!?…と妙に感心しました。

第6回

 

推手(太極拳)の練習中、「姿勢がよくなりましたね。安定してますよ。」と先生に言われました。太極拳を始めてまだまだ日の浅い私には嬉しいお言葉でした。このころから、站功[たんとうこう](正しい姿勢を身に付けるため一定の姿勢を保つ練習)のとき、体の内的感覚の変化が大きくなり始めました。

第8回

 

腕と胴のつなぎ目辺りを開放してもらった時でした。いつものように歩くと両手のひらがビリビリと痛いくらいの気感を感じました。指先と腹部がつながった感じとでも言いましょうか。

第9回

 

喉を開放してもらいました。この日の就寝時は体が布団にベタッと沈み込むようで、とても気持ちよく寝入りました。こんな感覚は小学生以来かもしれません。

 

 

Basic10を終えて

 

現在、Basic10を終えて2週間ほどになります。ムチウチ症の頸部の痛みは消えたままです。今は肩甲骨と背骨の間に痛みがあります。施術中も体の各部にそうした痛みが起こりましたが、その強さ、部位が変化していくので興味深く見守っています。

 

田畑さんからの、「喉を開放することが、私の体の『鍵』になっている」というご指摘は、とても興味深いものでした。自分自身では、まったく意識できないことでしたから。

 

日常生活での変化は姿勢にとても気を配るようになったこと、それに歩くことがとても楽しくなったことです。今まで気がつかなかった体の微妙なストレスや、体内部から導かれる姿勢のあり方に敏感になりました。

 

また、驚いたことは、このシリーズが終わる頃、不思議な感覚を覚えたことです。昨年、倒れたとき周囲の者は皆、ショックを受けていましたが、当の本人は意識不明だったためショックも何も覚えていないと思っていました。体の内部の感覚を聴くうちに、普段は意識できないとても不快な感覚を意識していることに気がつきました。今でも体の調子は悪くはないと思うのですが、少しでも疲労すると動くことがとてもつらくなります。体は過労で倒れたときのことを、よく覚えていて似たような感覚を捉えると過剰に反応しているのではないかと感じます。

 

体と心は分けることのできないもの。当たり前のことなのかもしれませんが、私は気づくことができて、とても良かったと思っています。田畑さんにとても感謝しています。

 

 

 

・・・・・以上です。

ムーブメント

Basic10を終え、続いてムーブメントのセッションを受けました。セッションの間隔は、Basic10はだいたい1回/週でしたが、ムーブメントは1回/月のペースで受けました。

田畑さんから、Basic10は身体の構造に重点をおきますが、ムーブメントは動きに重点をおくことになります、と聞いていました。どんなふうに違うのだろう?と興味深々でしたが、実際、セッションを受けての感想は両者とも感触的には同じように感じました。しかし、ムーブメントに入ってから、身体の変化はより大きく、そして徐々に自分自身の姿勢の問題点をはっきりと意識できるようになりました。

特に大きな変化は、5回目のセッションを終えてしばらくした頃でした。

上半身と下半身が、例えれば外れたコンセントがカチャッと接続するように、腰椎の辺りでつながるような感触を味わうようになりました。今までに比べて無駄な力が腰から抜け、胸を自然に楽に開くことが出来るようになり、身体的にも気分的にも心地よくなりました。

当初、ムーブメントのセッションを何回受けるか判断できなかったのですが、姿勢がある程度の統一に達したと感じ、結局6回目を受けて一旦セッションを終わらせることにしました。

《ムーブメントを終えて》

ロルフィングを最初に受けた頃、問題となっていたムチウチ症の痛みは今もありません。

日常生活でも、たとえばパソコンを使っているとき「右肩が上がっている。」とか「腰椎の右側の背筋が緊張している。」など自分でよく気が付くようになりました。以前にはなかったことです。

私は趣味で気功をやっています。「形不正即気不順 気不順即意不寧」(体の形が正しくなければ気は順調に流れない、気が順調に流れなければ意識は安定しない。)。気功の言葉です。身体、気、意識を合わせることは気功の基本である、と言うことだと思います。ロルフィングのセッションを受け始めてから、このおよそ1年間、楽な良い姿勢をとれるようになったことは、私の気功にとても良い影響を与えているようです。

私にとってロルフィングは、より良い姿勢を探求することでした。健康はもちろんのこと、身体の形と内面のつながりを大切にするような気功や、(おそらく)ヨガなどをやっている方にはなかなか面白いものだと思います。少なくとも私はとても楽しむことが出来ました。

大学院で舞踏を専攻されたヨガ教師

セッション1

10年以上、受けたいと思いながら踏み出せなかった10シリーズの扉を開けるのはとてもエキサイティングで、けれど自然なことでした。

そのスタートは「開く」と「開ける」のちょうど真ん中にありました。

 

セッションがまず田畑さんの立ち位置を決めていくことから始まるのに、うっすらと感動しながら、自分の中の感覚にフォーカスするのは意外と集中力を要し、すぐに深い意識下まで降りていかなければならないのは大変だと思いながらも「その場にゆだねる」ことに徹しました。

 

体に触れる圧も範囲もとても少ないものながら、確実に変化は起きました。

触れられた場所が膨らむような、沈むような、あるいは力が抜けていくような…様々な感覚がもたらす変化です。

そこから、大きな波が他の部分へと伝わっていきます。呼吸をガイドにしながら深く広く体のネットワークが伸びていくようでした。

ハイライトは2つあり、左肋骨がすうっと閉まっていったことと、右足と右後頭部が左側に互いに伸びあいながら弧を描いていったことです。

体は、自分の意志で自然にある方向へ伸びてからもとに戻りつつ、自分の居場所へ還って行くようでした。

 

見守ってもらえている、十分な時間と空間を与えられ、完全に安全である、その条件の下で、体が自身の意志と知恵で新しいつながりを見出していく場でした。

2時間があっという間で、心地の良いふんわりとした感覚で起き上がりましたが、いつまでもまどろんではいられないという現実。

そこで骨盤の前側〔下腹部)と仙骨の間に自分の軸を見つけ、横隔膜の動きを感じながら、のどの前側の神経を休ませる、鎖骨を心臓の方へと沈めていく…自分は自分の足で、自分の軸で立つという覚悟を再び取り戻していくとき、また意識と体が一致していきました。

 

・セッション直後

少し頭がふんわりとしつつも、頚椎の後ろ側がすっと伸び、骨盤が左右均等の高さになっている写真を見て、その変化が穏やかながら大きなものだったことを実感しました。歩きながらも、新しい体になったことを受け入れられるような、半信半疑のような。けれどその変化が優しすぎて、何かを暴力的に変えられたわけではないことに、自分の権利が守られ、尊重されていることに、穏やかな喜びを感じていました。

セッション中に体が求めれば動いてもいい、目を閉じてもいいのだとうかがって、「その衝動に従う」ということが、次回から私のひとつの課題になるだろうと感じました。

帰宅すると、少し体はだるく眠りたい感じでしたが、横になっても眠れず意識ははっきりしていました。しかし夜は21時には眠りについてしまいました。

 

・セッション1日後

後頭部の広がりと、頚椎ひとつひとつの間が空いているような感覚は新鮮で、呼吸も深すぎず穏やかな波が続いています。

何よりも、日中心理的に辛い感覚が襲ってきたときに、それを追っていかなくてもよいのだ、心地よさを見出しそれをよく感じていけばよいのだ、とセッション中に繰り返していたことを実践するのが、その場をしのぐ助けになりました。

今までは、どうしても辛さや痛みを凝視し、分析してしまう癖がありました。けれど、私には心地よさにとどまる自由がある。制限ではなく、豊かさへと続く道を選ぶのも私自身なのだと改めて感じています。

 

・セッション2日後

珍しく深夜1時まで眠れず、また3時半に起きてしまいました。その時に、自分の呼吸へと意識を向け、鎖骨を休ませる感覚、足が伸びていったときの記憶をたどって、自分で自分を「安全な状態」へと導いていくと、自然にまた眠りにつけました。

私自身が私のよりどころとなる、そんな安心感を作ることができる、新しい感覚でした。

自分自身のために守り守られる体の感覚と意識を、訓練し再習得しているような感じです。

頚椎右側に少し硬さが戻っていましたが、声の出方はいつもより深く、背面の広がりも相変わらず続いています。

 

・セッション3日後

朝、頚椎5番付近に少し筋肉痛のような軽い痛みがありましたが、次第に消失しました。この部位にそのような感覚があったのは初めてです。右の腰部にもいつものだるさが戻ってきました。両足のかかとの当たり具合が少し気になり始めました。

 

・セッション4日後

左骨盤の前傾、右骨盤の後傾、脊柱のねじれ、頚椎の右側の痛みが気になり始めましたが、なるべくセッション後の感覚をもう一度再現するようにしていました。

 

・セッション5日後

横隔膜から腸骨あたりにかけて、胴体部を深くリリースしたので早い時間から眠たくなり、ぐっすりと眠りました。体はいつも通りの自分の体感に戻っています。

 

セッション2

うつ伏せで始まるセッション。田畑さんの姿が見えなくとも、声のする場所や体の存在が心理的に影響を及ぼすことを感じながら、自分がうつ伏せだと意外と体の全面の凹凸をうまくテーブルにゆだねられずに、やりにくいことに気が付きました。

 

また、顔の全面に感覚が集まって頭が痛くなっていきます。と、同時に意識がかなりぼんやりしてほぼ寝ているような感覚で、うつ伏せのセッションは終わってしまいました。

そのせいか、あおむけになった時にはかなり手足がだるく、頭もいたく、やっと視界が開けたことにとても安心していました。

しかし、足へのアプローチだと知っているものの、その変化や反応を感じづらく、自分の感覚もうまく口では伝えられませんでした。膝を立てていると、股関節の感覚がとても気になるので、なかなか落ち着く場所を探すのに苦労しましたが、目線や膝の位置を変えていいということで、ぴたっと何かがはまる場所を見つけることができました。

 

「各パーツの位置はそれでいい気がするけれど、ひとつひとつがバラバラになっているようだ」という感覚があった時には、それを「これでよし」とすることはできたかもしれないけれど、自然のどこか「違う」と感じている違和感を言葉にできることに少し驚き、またその違和感をきちんと掬い取ってもらえたことも、さらに田畑さんへの信頼が深まり、静かに感動していました。言われたとおり、呼吸の心地よさに身をゆだねていると、自然にその感覚のかけらが統合されていきました。

前回、セッション後の「衝動に従うことを許す」という気付きを、今回は目を閉じたくなったり、自然と心地の良い場所を探してみたり、と目の使い方に活かせたと思います。

 

今回のハイライトは、身を起こしてから座っていた時の事、奥歯や耳が広がっていく感覚でした。自分の右に何か自分の感覚が開きたくない部分があったんだ、と思いながら、それが何なのかまるで分らず、けれどそれを追う必要がないことに安心していました。心地のよいところに目を据えたまま、見たくないものを見ないままに、その「少し怖い右」へと感覚を開いていくことで、必要な手綱はしっかりと握ったまま、知らないところへ分け入っていくようでした。

また、座ってから寝ていた時の股関節の心地よさを最初に再現しようとすると、力が少し入って腹部から上に引き上げる感じがありました。けれど、膝から下にはあまり感覚がなく、そのままで「いつもの体」を再現すると、骨盤が左右前後に少しずれていく感じがしました。けれど、そのまま敢えてそのずれたい衝動に沿っていくよう言われました。その変化に従ってから大腿骨を座面に落ち着かせていき、そのずれていきたい感覚が満たされ、収まっていくと、自然と体は正面に戻りたくなってきました。

まったくの新しい感覚(体)を大げさに喜び、それに一足飛びに飛びつくのではなく、今まで共に生きてきたこの体とそれを統合していく。その丁寧な作業が必要なのだと気付き、はっとしました。きっとその時に、今まで置いてきぼりにしてきたものと、きちんと対峙できるのだと思います。

戻ってきた後は、胸が上にふわりと引きあがっている感覚で骨盤がもっと軽く伸びていました。

 

体の変化は前回よりも感じにくく、私は脚に色々な思いを持って生きてきたので、果たしてこれでよいのかどうか少しだけ不安がよぎりましたが、これは理性で捉えるものではない、と田畑さんと自分の体を信じることにしました。

セッション後の写真では、両方の脚にきちんと支えてもらって立っている、という2本の軸ができていました。

 

・セッション1日後

首を左に傾けたくなることが多く、その際大きな音がよく鳴ります。

後頭部はまだ上に伸びてる感じがして、日中いつもの体に戻りそうになった時は、目を据えたまま右の空間を感じた、あの瞬間を再現してみると、少し体が落ち着きます。

呼吸が普段よりも、もう少し上部にまで入ってきて、腰のだるさがほとんどありません。

 

・セッション2日後

逆転のポーズ(逆立ち、三点倒立など)をとった時、軸が両脚にある感覚でした。

相変わらず右に傾けるとよく首が鳴ります。

しきりに脚を組みたくなり、その衝動には従っています。

 

・セッション3日後

体調が悪いのか、手足の冷えがひどくなっていますが、それ以外の変化はありません。

 

・セッション4日後

右手のしびれが出てきましたが、思い当たる理由もなく、セッションとの相関関係も不明です。

 

・セッション5日後

手足の異常な冷えと、右手のしびれが続いています。セッション後1度も右の腰のだるさを感じていないことに気が付きました。

 

セッション3

 

今日は横向きからのスタートで、体の重さをベッドに預けて行くと上側になった腰が後ろに倒れそうになると、腰、背中、肩甲骨の辺りに支えを入れてくれたが、そのほんの少し体を安心させていられるという実感が、体全体に伝わっていきました。手を柔らかいボールの上に置いているときは、どうしても腕は親指側にロールしてしまうので、真下に力を落としていく感覚がつかみにくいと感じました。

 

―喉の前の血管を休ませるようにする。静脈の血が心臓に戻っていくように―何度か繰り返してきたこの誘導は、私の頚椎の空間を変えていきました。今日はさらに、手を触れずに、あご下に置かれた手の存在をただ感じるという指示でまたひとつの統合が導かれました。

たった一滴の指のタッチで脊椎が動き始めます。皮膚が広がって、体中の知恵が発動します。ただ心地よい呼吸をするための時間をとってくれる、そしてそれを全身で味わう。それはまさにヨーガと同じ体験です。言語化をしなければならないという壁がありつつも、そこで出てくる言葉は適切なワードであろうがなかろうが、その言葉のもつ意味よりも、どんな形であれ出てくるものを認め、そこからほんの少しだけ手を添えるように方向を与えてもらっているように感じました。そしてこのロルフィングのセッションの場合は特に、その時間共にいていくれる、見守っていてくれる人がいるということが何よりも大きいのです。

体を起こしてから、ベッドに腰を掛け、股関節から前に体を倒していき、その分だけ足に体重をかけていくと、どうにも足の裏に力を感じたくない自分がいました。そこで太ももと脛の外側を張り出すようにして足の接地面を意識すると一度脊椎が伸び、そこから脚に向かって力が流れ落ちてきました。

 

今回は、歩きながらの統合にいつもよりも多くの時間をかけていたように思います。あごの下の空気の密度とともに歩く、横隔膜を水平に保ち、そこから足が伸びているように歩く、頭の上の空間も意識して…。いくつかのサポートをもらいながら、もはや自分の体が勝手に全体をまとめようとしていくことに、私は歩きながらついていく感じでした。

 

・セッション1日後

ひどい頭痛で目が覚めました。座り姿勢でいることが多かったので、セッション最後に行った、座位での調整を意識して行いました。足の裏へ体重を預ける感覚が少し弱いと感じました。けれど、ふたつの座骨の上に心地よい軸があり、体はとても落ち着いていました。

 

・セッション2日後

真夜中に目が覚めてしまい、眠いのになかなか寝付けなかった時、繊細な羽のようなタッチを思い出し、体を布団に預けるようにすると、どこを触られていると具体的に想像しているわけではないのにセッション中のように、体の中が自然と広がり始め、あるところに落ち着いていく感覚がありました。そうすると、体が落ち着き、再び楽に眠りに落ちることができました。ヨーガのあと、いつもより肋骨全体が軽く、特に背中側がリフトしているようでした。

 

・セッション後3日目

そういえば、と思い出したのが、ロルフィングを受け始めてから眉間の右側にずっと吹き出物が出来ていて、それがとてもひどくなりました。左右に頭を振ると、ひどいめまいがしたのに驚きました。今回は頭がぼんやりすることが多い気がします。

 

・セッション後4日目

1日中歩いているか立っているかでしたが、体がほとんど疲れていませんでした。肋骨が静かに下に向かって閉じている感覚が、重力と体が親和しているようで心地いいです。

 

・セッション後5日目

しばらく続いている「肋骨が閉じている感覚」が、腕を上げるときに体の中心から腕がつながって伸びていく感覚にリンクしていると思いました。右の臀部が少し筋肉痛のような痛みがあり、右の腰がいつもよりも縮んで右肩が下がっているように感じました。吸う息がいつも左ばかりで感じられているのだと気が付きました。体の右側では、あまり呼吸を捉えていないようです。ほんの僅か(1ミリくらいの体感)ながら、脊椎の柔軟性が増しているような気がします。

 

セッション4

セッション開始直後、田畑さんの場所を決めるときに、頭の延長線上でも足元でもなく、少し頭上斜め上にいてもらうことにすると気持ちが落ち着きました。「そこがいい、というのはどんな感じですか?」と聞かれて「存在感を確かに感じるけれども意識に介入しすぎない感じ」と答えた途端、自分のその言葉にはっとして、まるでそれを自分が日常でも望んでいたことかのように感じて、涙が出始めました。また、「それをどこで感じていますか?」と聞かれて「こめかみ」と答えた自分にも驚きました。感情をこめかみで感じていると気付いたのはまったく初めてだったからです。悲しみではなく、ただ体の反応として、涙がよく出るセッションでした。しかし、そこで体の感情を深追いせず、理由づけもせずに、純粋に体の反応を味わい続けるというのは心地のいいものでした。

横向きに寝て、腕をボールに預けることにも前回より慣れ、骨盤が垂直に立たなくとも行きたい方向へと体を倒して行けました。体がうつ伏せに近くまで倒れていったとき、仙骨付近に手を当ててもらい、そちらに少し広がっていくようにすると、体の安定だけでなく心も落ち着いていきました。なぜか、体に従っていくと時々頭では「これでいいのか?」という疑問が浮かびます。その時にそのことを正直に話すと、それをいいとも悪いともせず、わずかな言葉やタッチで、おのずから体がしっかりと心とも融合する場所へと導いてもらっているように思います。今回のセッションでは完全に田畑さんと私の「共同作業」であると感じていました。

今回は骨盤底に働きかけていたので、座骨がふわっとしていく感じや、骨盤底が水平であるという感覚が多く、それは全身にとても優しい安定をもたらしてくれました。

 

・セッション後1日目どこにも流れを妨げるものがない感覚。非常にニュートラルで、すっとしている体と感情。そして足の裏が柔らかくて、床にふわっとつき、体重をかけなくとも接地面が広がっていく感じがしています。骨盤底が水平な感覚と後頭骨が水平な感覚がリンクしていました。

 

・セッション後2日目仕事であったり、子どもに本を読んであげているときにふと、声の出方が変わったと感じました。腹の奥の方から声が少し響くような感じで、それまでコンプレックスであった声の出にくさが、ほんの少しだけ心地よさに変わったようでした。

 

・セッション後3日目疲労がピークに達していることもあり、体は依然として何も変化していないのではないか、とすら感じました。ただ、それは気分によるものであることや、「これをしたのだからこれだけ変わったはず」という思い込みは不要だということもわかっていたので、それについて何も思いましせんでした。

 

・セッション後4日目今週はあまりにもレッスンが多かったせいか、体の精密度が増していて、左の背中にも清々しい芯を感じました。上蓋と横隔膜と骨盤底の水平な広がりが一致すると、背中がもっとストンと後ろに落ちて何かに預けられる安心感が得られました。

 

・セッション後5日目駅のホームで電車を待っている際、私の2倍以上の体重であろう男性が転倒したのに巻き込まれて、私もともに倒れ、その直後から右大転子周辺が痛くなり歩く際にもびっこをひくほどになりました。その後痛みは仙骨の右周辺から、長趾伸筋にまで及びましたが、おそらく炎症だけだろう、ととても冷静に痛みの場所や状態をはっきり把握できたので不安にはなりませんでした。

 

セッション5

立ち位置を決める時、左上にいられると全身が引き上がって頭の方に近く感じるのと同時に身近に感じ、右側だと脚が伸びた。頭部に少し触れられると、こめかみ辺りに当たる手の温かみに涙が出た。圧というよりは、その温度に何かが溶かされるような感じだった。

骨盤を左右に分けて、前後や上下に回転させたりねじったりする動きをしていると、左右に一度分離された体が、自発的にひとつになろうと繋がっていく。見たことのないところに目線が止まった時、後頭部が伸び始めて統合が完了した。

片脚をたらして腸腰筋の伸びを感じると、それは後頭部とリンクしていた。左の肋骨が閉まっていく時、頭を左に向けたくなり、右後頭部の苦しさがぱかーんと開きながら出て行った。いつもは寝ころんだまま足の裏をつけて膝を曲げている体勢が、膝の置き所が難しくてあまり好きではなかったのが、それがサポートとなり他の部分を伸ばしていく体験があった。

起き上がってから座ると、左右の腹横筋を横に張り出すようにすると、胴体部の支えを感じるのか、肩が開いたまま下に落ちた。歩き始めた時には胸郭を左右から誰かに持ってもらっているようなサポートを感じた。その支えが少しくすぐったくて、そして嬉しかった。また胸の真ん中には確かに「中心」があった。そこに支えを感じて歩いてもいいのだという感覚が。

実は今回のハイライトは終わってから何気なくした質問に対する答えだった。次回のセッションまでに少し時間があくので、今回のセッションで心地よかったり、変化があった体の動きや感覚を次のセッションまでの間、復習のように再度たどってみても良いかと聞いたとき、それがいい感じになる間はやってもいいが、体は変化し続けるし前の感覚に固執するようになるからあまりお勧めしないという返事をもらい、そうか、それはそうだと妙に納得すると同時に、いつも体の内側の感覚に目を向けてばかりなのに、「こうあるべきである」という方向にベクトルを向けてしまって、どうしてその瞬間瞬間の体を大事にしようとしていなかったんだろう、と自分自身を振り返った。

 

・セッション後1日目

あまり変化を感じられず、どこかで焦りがあるような感覚。

 

・セッション後2日目

張り出していく腹横筋の中に透明な軸ができていき、その張り出した皮膚の感覚も溶けていく。

 

・セッション後3日目

右頚椎の痛みがひどくて呼吸が浅い。

 

・セッション後5日目

おそらく6時間以上歩き続けていたけれど、疲労感はまったく無し。

 

・セッション後2週間

 

今回は次のセッションまでに5週間空くというスケジュールなので、念のため記録を残しておくと、肩が外に開いて程よく肩甲骨が下りている感覚と、大腿骨の外側に強さを感じる。顎の位置がしっくりせず、もう少し胸椎の上部と頚椎の2~3番あたりの連携を感じたい。

 

・セッション後4週間

Rolf Movementのワークショップを受けていたので、緩めたり繋げたりする流れが自動的に起こるようになっていて、とても快適。とにかくこの体で生きていることが幸せで幸せで仕方がない。いつもある息苦しさ、息をすることをどこかで制御している感じや首の不快感が、気付けばまったく無くなっていた。

 

セッション6

今回は寒気と歯痛があって、どうやら軽く風邪を引きかけているようだったことと、連休が明けてから普段の生活のリズムに戻って疲労があったことからコンディションはあまりよくありませんでした。

しかし、うつ伏せから始まるも、今までよりも力が抜けるのが早く、今回はただただ自動運動が大きく続いていました。

皮膚が広がっていく感覚というよりも、もっと奥の方、筋肉や関節がもこもこと動いてその波が伝わっていく感じです。

大きな動きが起こるとき、それに体を任せていると波に飲み込まれそうなことが何度かありました。

自分の体が自分のものではないことをはっきりと感じながら、ただ「それ」に持っていかれそうなことを怖がらずに向かい合ってみようとするとき、必ず潮は満ちたら引くのだということを思い出す、そしてその満ち引きの間に深い呼吸がある。ー

そんなことを繰り返していた時間でした。

 

座骨に意識を向ける課題が今回はキーとなっていて、その感覚を誘導された時に体全体が大きく変化しようとしていました。

この2時間はそこに向けてデザインされていたように思うし、またそこからなだらかに収束していくカーブさえ完璧に計算されていたような弧を描いていました。

 

何度か左目のみから涙が出ました。それはまったく感情と結びついていない生理的なもので、鼻も同様に左の鼻腔のみが何度かツーンと通ることがありました。

それを繰り返しながら、体が崩した左右のバランスを取っていくようでした。

 

立ち上がって歩いたとき、大きく鎖骨が開いていて、耳や顎といった頭下部の空間を広く感じました。

意外と顎関節は力を入れる・抜くといった上下の感覚のみだったので、それを味わったときにさらに鎖骨や肩甲骨が下に下がり、同時に首が上に伸びていく、とても心地のいい感じがやってきました。

そして再び、自分の脚は2本あるのだ、という喜びで歩き始めました。

 

セッション7

今日は久しぶりに首の後ろがとても張っていて、少し痛みがあった。

やはり、仰向けに寝たときは首を大きく左に向けていたほうが体の力が抜けていくようだった。

その時に左の膝裏が少しぴりぴりして、その感覚と頭から体中の力がベッドにゆだねられていく重さを感じていた。

その次は右に顔を向けたくなり、右腰のだるさを右股関節が頭方向に近づきながらどうにかしようとしているのを眺めていた。

 

内臓頭蓋から呼吸器、消化器官をつなげていく。

上歯茎に触れられているときは上蓋が頭頂方向に広がるように力が抜けていって頭蓋骨の内側全体の空間がふわーっと新たなスペースを獲得していった。

下歯茎の時には後頭部が膨らみ、少し首筋が伸びていくとともに、後頭部が丸みを増していく。

この感覚が欲しかったものだ!と気付きながら、もっともっととその感覚を欲する自分がいた。

初めて、触れている手をしばらくそのままにしていて欲しいと思った。

歯茎の内側に触れられているときは、なかなか力が緩められず、ここでもまだ指を口の中にいれたままにしておいて欲しかった。

けれど、タッチは入口に過ぎないので物理的にそれが無くなった後も反応は続いていく。

ただ左右の鼻腔に指が入っているときも同様に、片鼻が塞がれていて呼吸がしにくくなっているにも関わらず、息は深く入っていたし、

鼻腔が塞がれているはずの半身がそれぞれまぶしい明るさを取り戻していった。

左鼻に指が入っているときは、明らかに左が真っ白で右半身は暗く影のようになっていたが、

次に右鼻に指を入れられたあとは、しっかりと左右が同じ明るさになっていたのに驚いた。

 

体にまとっていた薄い衣がいつの間にか消えていたかのように、少し新しい体で、けれど肩と腸骨がベッドにしっかりと落ちて安定と調和を作りあげているので不安がない。

しっかりとした自分の体がありつつも、気付けば新しい体になっているような感覚は、内部と肘から先にあった。

 

後頭部の広がり、丸みがとても大きくて、首や背骨の存在を忘れるような立ち上がりだったが、

しばらくチューニングボードに乗っていくととても内またになっている気がして、意識しないときはただ乗っていればそこで安定して何の動きも生じないようだったが、力を緩めようとすると、急に難しさがやってきた。

1段階目は仙骨が閉まり、尾骨が垂れてきてよい感じだったものが、2段階目から先に進まない。右の仙腸関節と膝を緩めようとするとうまくいかない。

もどかしさと困難を感じていると、上半身の心地よさを感じて、という田畑さんの言葉ではっと我に返る。

そうだ、眉間にしわを寄せて、自らが作りだした問題とにらみ合う必要などない。息をつめてしまう状況に、わざわざ突進していかなくてもいい。

いつだって体は今の瞬間に最適なバランスを見つけ、この全体性を保っていてくれる。

どんな一瞬にもその美学があり、ただその営みをそのままに、おいしく味わっていればいいのだ。

そうだった、そうだった。

 

セッション後3日目

セッションを受け始めてからほとんどなかった頚椎の張りや痛みが戻ってきていて、ロルフィングをやる前と何も変わっていないような気さえする。

 

セッション後5日目

今日のヨーガの最中に、いわゆる丹田と呼ばれる部位と第4回目のセッションで触れられた恥骨下枝と坐骨枝の感覚がつながって、そこから上歯茎を触られた感覚や、舌の下の柔らかい部分から内臓に至る道筋がすべて体の内側にあたらしい空間をもたらして、体感が一気に変わった。

自分の膝下へのネガティブな意識が思い出箱を開けるようによみがえってきて、ここから何かが変わっていく予感すらした。

 

セッション8

 

第8回目は全体の統合プロセスに入ると聞いていたので、どんな風に来るかと思っていたが、それよりも頭の中がざわざわしていて、膝下も午前中からむくんで重く、全体的に落ち着いていない自分をsettle downさせる方が目前の問題になっていた。

 

仰向けになって頭を左右に振るだけで後頭部の重さが感じられて、思い切り頭を横にして、その重さを台にゆだねていると、まもなく肩や背中が広がっていった。今回は何よりも内臓がよく反応した。胃のあたりから大きな動きが始まって、その動きをよくよく感じていると、すぐに自己が融解していき体が流れに乗りやすくなった。

 

ロルフィングはいつも「集中力」を有すると感じていた。意識を完全に体全体に向けるのはそれなりの感覚の「体力」がいる。しかしそれは「自分」の意識を集めるというよりは、集めてから、自分を構成する諸要素の概念をぱっと手放すことが重要なのだと改めて感じた。

 

上半身の重たさとは対照的に意識のない胴体から、完全に自分の体ではないように感じる下半身。それが胴体の中に納まっている内臓の活発な動きからだんだんと爪先まで呼吸が入ってきた。首を横に傾けたまま、目を水平に動かすように指示されたが、なんと目の動かせる範囲の狭いことか。少しでもその範囲を超えると目の奥がちかちかして目を開けていられないほどのぐらぐらを感じる。けれど相変わらず果敢にそこに向かっていく必要はなく、落ち着く場所で呼吸を繰り返し、片膝を立ていている足の位置を微調整したり、立てた膝のサポートをしてもらったりしながら、とにかくそこで「感じる」「呼吸をする」、それに徹しているだけだった。何かを問いかけられたり、何かを指示されたりしても、今日はほとんど言葉にならない、あるいはしたくなかったり、うまく指示に従えない感じだった。どこか「しない」「できない」ことを肯定する強さがあるようだった。

 

起き上がり、歩き始めると、目は嫌な感覚がないのに前を向けない。少し止まってみると、目線は下にしていたい。目をあまり開きたくない、使いたくない。後退も前進もしないように、目もちょうどいい力で少し開いたまま、体の欲求に従って呼吸をしたり、少し左側に体をねじったりしていると、少しずつ目が明るくなってきた。目線もあがり、少しずつ歩き始めると、膝から下が自主的にしっかりと指1本1本を伸ばして床を押していた。腸骨が広く、耳が顔よりも離れてついているかのように、遠くの風の音が耳の中を貫いた。

 

・セッション後1日目

 

どっと眠気が来ることはなかったけれど、翌朝はなかなか目が覚めなかった。後頭部がとても苦しく、目の奥が目ヤニでどろどろになってコンタクトレンズをはめられない!という不快な夢を見ていた。後頭部と目の違和感は、起きて動き始めるとまもなく無くなった。

 

・セッション後5日目

 

この1週間は寝不足が続いてまともな状態ではなかったが、昨夜はある程度睡眠時間を確保できた。しかしずっと首の不快感が取れない。今までは首を横にぼきっと振って、骨を鳴らせば解消できていた感覚が、音が出ないためずっと詰まったままの木管楽器のようになっている。

 

セッション 9

首はすでにこの10セッションを始める前とは明らかに違っていて、それぞれの頚椎の間に空間を獲得しているのだけれど、時々その一つ一つの水平方向の回転角度がずれている感覚は残っていて、今日も伸びてはいるのにどこか不快感があった。そしていつものように朝からむくんでいて、下半身の中で特に主張をするふくらはぎ。けれどここまでのセッションの中で得た肩や胸の広がりが、それらのアンバランスを包んで補えるだけの余裕を確保していてくれる。

 

右側を下にして右腕を背中側に伸ばし、左手をバランスボールの上に預ける。右ひざを曲げて、左脚はクッションの上に置いて伸ばしている。左手をボールの上に置いたまま前に伸ばしていくと同時に、右手も後ろに向かって伸ばしていくと、だんだん肩回りの力は抜けて台に体が沈んでいく。しかし胴体の力が抜けて左半身が前に倒れていくとともに、右臀部が伸ばされてどんどん痛みに変わっていく。

今回ほどセッション中に痛みが強かったことはなく、ただそれがどのように変化していくか見守りたいと思っていた。また、呼吸やゆだねる感じは普段と変わらなかったので、起こることについていけるような気がしていた。時間がたち、いろいろな刺激を受けながら脊柱の回転や胴体部のつながりが変わっても痛みはまったく減らなかった。

しかし右仙腸関節はこりやすい部分であったので、そこが刺激を受けて大きく反応しているのであれば、それは歓迎したいことだった。おでこに手を当てられたとき、その手の柔らかさと温かさが尋常ではなかった。首の角度を探すのが難しい。ほんの少し顔を動かすだけで、一つ一つの頚椎が組み変わる。最初はどこかどこかと0.1ミリ単位で適切な場所を探していたけれど、それもだいたいのところでやめてしまった。胸椎4番に触れられたとき、重力に従って体の全面に飛び出してくるように感じていた左の浮遊肋骨がすうっと体の中心に吸い込まれるように収まっていった。ちなみにこの左の浮遊肋骨は常日頃前に突き出しているように感じ、不快感があったところで、「飛び出している飛び出している」と自分の身体イメージに過ぎないものだと知りながらも感じていたところが、ドラマティックに収束した。

何度か促されたが、頭頂方向に伸びていくのが難しい。右臀部が完全に感覚を失うほど痛みが強いため、右坐骨を触られても、どうにもすることができない。とても不自由でぎこちない体の中で何とか動きを起こそうとするとき、本当にどこかにゆだねていることが土台となることを感じた。

 

左足の爪先側を伸ばし、右膝を体側に引き寄せながら両手を水平方向に伸ばしていく。が、右臀部が痛みでまったく動かないので膝を引き寄せられず、左足を伸ばそうとすると、体が台から持ち上がってしまう。少し前に倒れた体を垂直に起こすとなんとかできるようになったが、指示された動きがこんなにできないのは初めてだった。

体勢を変えるのにもイテテテとなるが、体を反対側に向け、左側を下にして、まったくおなじ体勢を取る。頭を左下にして寝るのが苦手なため、こちらの方が不快かと思いきや、体全体は楽でこちらでは何の問題もなかった。指示された動きもやりやすく、ただただ心地よさの中にいた。が、痛みを感じないうちに、実は右半身を下にしていた時と同じように、完全に左臀部も伸びきっていた。左半身が前に倒れていたのを垂直に立てようとしたときには、左脚は完全にしびれ、臀部も痛くてしばらく動かせない状態だった。

 

右膝から立て、仰向けになっていると少しずつ左脚が落ち着いてきた。左膝を立て首を左右にゆっくり振ると、どうやら死角があるらしく、視線がスキップする空間があった。指で誘導してもらい、ある地点(顔の真上よりはほんの少し左上方)を見ていると、またたく間に仙骨が開いてきて両股関節のスペースを広げ、爪先までがつながり、下半身が安定してくると今度は上半身を、脊柱を中心につながりが伸びてきて、首の位置が変わった。首の位置と視線が変わると、またつながりを下半身に求めるように両ひざが円を描くように動き、また足裏の付く位置を変えて脚全体が居場所を探していった。左脛が左に倒れたがっている。左側の空間を感じていると両ひざが円を描くように動いて居場所を少し感じているとだんだんとその動きが収まり、足の裏の位置を変えたい衝動が起きたので、それに従うと体全体が落ち着いた。

 

体全体が台に深く根付いていくと、肩関節と股関節が外に向かって開き始め、同時に以前のセッションで得た恥骨下枝&坐骨枝と舌下を緩める感覚を思い出していたら、骨盤内、ちょうどへその下(丹田と言っても可)にぐーっとエネルギーが集まってきて、そこに小さな自分の体全体が収まっていくようだった。

これほど下腹部が充実したことはなかったし、そこに自分があるという感覚が、(「この世界全体と自分は同じものである」という梵我一如の概念に似ていて非なるものだが)自分の中に自分が入っている、また別の入れ子ができていることが面白かった。このまとまりが作られていくときは完全に愛する人とつながっているとき、ひとつになっているときの感覚で、自分が完全に何かと一致して柔らかい光になっているようで、もう少しこのままでいたいと頼んだ。

 

立ってみると、その下腹部の充実感は何でもないかのようにほぼ消えていたが、それは失われて空っぽになったものではなく、その充実感が吸収されたような感覚だった。帰り道、歩いていると仙腸関節の空間がとても広くなっているのに驚いた。あれだけセッション中に痛かった股関節はほとんど何の痛みも感じなかった。

 

・セッション後1日目

左太ももの膝あたりが筋肉痛。仙腸関節が昨日とはうって変わって痛い。首がよく鳴る、以前の状態に戻った。

 

・セッション後2日目

首がとても痛い。久しぶりの右後頭部の凝る感覚。あぁ、まだあるのかという感じ。この日から眠気がきた。

 

・セッション後3日目

移動が多かったせいか、21時には就寝。体は辛くないが、心がざわざわして重たい。

 

・セッション後4日目

頭痛がひどい。特に後頭部蝶外骨のあたりが鈍い痛みで包まれている感じ。一日中眠くて何度も居眠りをする。

 

・セッション後5日目

眠る前も、目覚めてからも、涙が出る。頭痛は消えていて、少し視界はクリア。

 

セッション10

今日はセッションルームに向かう足取りから少し違って、寝不足なのに感覚はクリア、膝下が少し長くなっていて地面よりも一段下にまで伸びている感じだった。ただ最終セッションだからといって期待はしたくないし、終わるのが寂しいとも思いたくない、これが終わることも、そしてそこからまた今まで通りの日々が始まることも、どちらも楽しみだった。

 

台の右端にうつ伏せになり、右腕を下にぶら下げて、右脚をボールの上に預ける。この時の顔の向きが問題だった。うつ伏せになるときは左向きになるのが癖だが、その偏りを無くしたいから右に向けたい。どちらが自分の体の願いなのかわからなかった。従って、直観。いつもこちらが気持ちいいから、ではなく、今こうしたいという衝動に従って、癖とは違う右向きになった。首の角度に安心感があるわけではないけれど、力の抜きづらさもなく、左頬骨の当たりを少し気にしながらも体を台にゆだねていった。後頭部に触れられて、その温かさや柔らかさを感じるのだけれど、そしてそれをもっと感じたいと思うのだけれど、私の頭はそれになじんでいかない。頭頂部に伸びていく動きを促されてもあまりうまくいかない。けれど、次第に左頬骨が右股関節とつながり引き込まれていく感覚が起こり、坐骨や仙骨のあたりに触れられるとともに脊椎が少しずつ動いていった。ひとつひとつの椎骨が右に回転して独立していく感じでどんどん動きが沸いてくる。その動きを実際に体を動かすのではなく、イメージの中でついていくようにすると、今度は内側からの動きは左回転、体は右回転をしたがっていることが分かった。腰椎→胸椎ときた回転が頚椎までこない違和感はその両方の感覚を味わってあげることで緩和していった。

今度は左端で左半身を下に降ろす時にも、顔の向きは自由だったが、その時左向きになるには首が痛かったこともあり、頭ではアンバランスかもと思いながら、体が堂々とまた右向きを選択した。先ほどとは違い、こちら側では全身が割と落ち着いていて、あまり動きが起こらなく、ずーっと深く沈んでいる感じだった。今思えば、右向きの首もそこでこの体に包含されていたのだと思う。

 

仰向けになって左膝を立てる。左右の半身差が大きく、左足の置き位置もなかなか決まらない。そうこうする内に胃や腸がぼこぼこと激しく動きだした。右脚をなるべくゆだねようとすると、右半身が真ん中からどんどんと外側に開いていきたがる。目線が落ち着く場所を探しながら、右手を腹部に置いて内臓の動きを感じていると、どんどんと右脚が落ち着いていった。「右脚の接地面が広がっているように見えますが、どうですか?」と聞かれて同意すると、その瞬間。バーンという大きな音がしたかのように仙腸関節が大きく左右に広がっていった。今脚が落ち着いているって言ったばかりなのに!!という驚いた心の叫びを伴いながら、出産のときの骨盤の広がりを思い出すくらい強力な力でどんどん開き、どうなってしまうのかと思わず眉間に力が入る。骨盤の中にある人の顔がバン!と入ると、少しその動きが収まってきて、今度は右後頭部がぱかーんと口を開くように首が左に傾いていった。左半身を軸にしながら首がどんどん左に伸びていく。その動きに、イメージの中だけでついていくと、それは右から左に水平にうねっていった。蛇の動きのように頭蓋骨が左、右、左…とカーブを繰り返している。とてもダイナミックで、頭につられて脊柱が動いているのも感じられた。

 

今度は左脚を伸ばし、右膝を立てる。膝を立てるのはとても難しくて、なかなか足の置き位置が決まらない。右脛や大腿骨で支えるように、右内転筋も少し感じて…と言われるがなかなかうまくいかず、結局少し手に預けるようにする。右股関節も感じてと言われるが、どう大転子が収まればいいのか頭も体もわからない感じでもやもやする。股関節を腹部と背部から包まれて、この間の空間を感じて、と言われるが意外と下腹部の内側に意識は集まらない。右膝は自分が置き場を決めようとするよりも、外に預ける感覚で落ち着いてくると、左半身にはびくびくざわざわと動きが起こってきた。ぶるぶるっという痙攣のようなものが何度か起こりながら左半身が落ち着いていくのを見守っていた。頭は大きく左に向いていたのだが、左の肋骨は体の中心に向かって回りながら、右腹部はその左肋骨を覆うように左側へと回っていった。

 

その時々に合わせて大きく右や左に向いていた首が真上を向き、正面に目線が戻っていきながら内臓の動きも収まり、両脚をのばす。体全体が台の上で広がり、落ち着いていくと右耳の穴が大きくなったような感覚で、遠くの風の音まではっきりと聞こえるようになった。その右耳の広がりに体をゆだねていると、背中側から皮膚が脚に向かってめくれるように、新しくなっていくようだった。それは足裏から今度は体の前面に。体が大きく脱皮していくように、全体がべろーんと真新しい皮膚になった。

 

座ってから、最初はくらくらしていたものの、下半身の感覚はしっかりしており、何よりも目線がとても広い水平性を獲得していたので、それを心の底から味わった。横に広がっていく世界はとても穏やかで、心地よくて、目の前にはビルがあるのだが地平線や水平線を見ているようだった。しばらくそこでじっとしていると、今度はその真ん中に垂直線が表れてきて、大きな大きな十字の中で、自分の体にもその両方があるような感覚になった。促されて、右足の位置をほんの一ミリ動かした時、普段はそのほんの少しの動きや目線が大きな変化を起こすのに、今回直後はほとんど変化もなく、それを意外に思いながらそう伝えた後、瞬く間に右後頭部がまた先ほどのように左上方に伸び始めた。右後頭部がぱかーんという大きな口を開け、ほとんどの頭部が左側に寄っているように感じながら、その動きについていくと、だんだんその右後頭部が大きくぐるぐるという回転を始めた。もちろん、その通り動くことはせず、イメージの中でついていくのだけれど、そのとき急によく知りもしないホ・オポノポノのことを思い出した。田畑さんがリストバンドをしていた記憶から、よく知らないままに「ありがとう」「ごめんなさい」「許してください」「愛しています」とその回転に対して心の中で繰り返していた。どこで覚えていたのかもわからない、そんな記憶を引っ張り出し、注ぎ込む、それほどに体が動揺していたのだと思う。次第にその大きな回転は不規則で速度を落とした動きになっていき、だんだんと小さくなって、螺旋を描きながら右耳から出ていった。右後頭部はずっと長い間、詰まりやすい場所だった。

立って歩きながら、左半身はどーんと軸のある直線、右は首や腰にカーブのあるS字ラインを描いているように感じたけれど、その左右の違いも含め自分自身であることを心身が納得しているように感じた。違和感というよりもそれが私なのだという自信、そしてなによりもこの体、人生、今ある命を全肯定したいような気分だった。もはや何が起きたのかも知る必要がなかった。そして、ずっと葛藤し苦悩してきたこの自分の体を大好きだと感じていることが、何よりも私がこのセッションを受けた証だと思った。

 

・セッション後数日間の様子

 

何日も忙しく寝不足の日々が続いたり、心が大きく動揺するような出来事もあったりしたが、風通しの良い体の快適さがあればほとんどのことは「大丈夫」だった。無理をする瞬間にも体や呼吸を固めることもないし、疲れたことにも、泣きたいことにも素直でいられる。不快さを感じているときにも心地よい部分に意識を向けたり、今体がどうしたがっているのかを毎瞬間追うことで再び体の有機的なつながりを取り戻したり…このセッションを受けて何かが「完成」「解決」したのではなく、刹那滅するこの存在において、どうやってその変化し続ける瞬間の連続にい続けるか、その在り方を学んだような気がする。そしてそれは、開かれたこの体の智慧に付いていくこの経験と、そこで感じた命と自分に対する絶対的な肯定感が土台となっている。

 

約10年ぶりに数100人の前でやるパフォーマンスに参加した。

踊ることを自分に許せたのもきっとこのタイミングだったのだと思うが、そこで久しぶりに会う友人たちに「とても印象が変わった」と言われて結婚、出産、ヨーガの深まり…と経てきた変化も思い返しながら、それでも一番今の自分に大きかったのはこのロルフィングであったことが口をついて出ていた。「今までの人生も、自分も全肯定できているんだよね。」そう返すと、聞く人誰もが目を丸くして、「それ、すごいね!」「ちょっとすごいわ…。」突拍子もない、大げさにも聞こえるかもしれないこの言葉を、衝撃と納得でみんなが受け取ってくれたのは、きっとそれが私から出た真実だったからだろう。もう一つ驚いたのは、後で自分の踊る姿を映像で確認したときに自分だとは気づかなかったことだ。こんなにも動きが変わっていたなんて…。柔らかくなった脊柱に、音が流れていた。