ロルフィング体験

Rolfing Experiences with Rolfer Hiroyoshi TAHATA

作者別: rolfinger Page 1 of 8

RolfingxRolf Movementシリーズを終えた方のCS60体験

Rolfingシリーズ終了に続いて、Rolf Movementをその後月一回のペースで8回終えられた方が、何か新しいことをということで、CS60を使った施術を希望。以下、そのご感想です。

今回の施術は最初の立ち位置を決める時から、空間がすでに出来上がっていて、CS60を体に置く時には既に意識が半分の状態になっていた気がする


CS60を置いて、コロコロ動かしたりすると 手の指先かがピリピリし始め、そのうち温泉にある電気風呂に浸かっているようなピリピリ感! 時々少しピリッと感じる箇所もでてくるが、痛さはなかった
そのピリピリ感を楽しんでいるうちに、いつからロルフィングが始まっていたのだろう? CS60を使いながらの、ロルフィングの手技をはっきりと感じ始めた


体の中の空間が拡がっていく感じ、肋骨の自由度が増して、呼吸と共にゴムのように伸び縮みする感じ、体の自由度がどんどんあがっていく


気がつけば、背中はベットにしっかりと委ねられ、椎骨が頭まできれいに並んでいる感じ


右の足首、膝、股関節の関係がいつもは、しっくりきていないのだが、今日は 〰️この感じが欲しかった❗という収まりかたになっていた


最後に歩いてみて背骨と頭のつながりの感じ、骨盤と背骨の収まり方の感じ、がとても気持ち良く、骨で立っている感じを強く感じ、楽しめた


翌日、軽く走ってみた上半身は背骨と肋骨にしっかりと支えられ、肩甲骨が下がって、とても呼吸しやすくなっていた息苦しくなく走れたのは生まれて初めてだった

股関節と足首、足裏の関係も昨日の心地よさを覚えていて、膝がうまく足にのれて気持ち良かった


以上

「統合」ということを深掘りしたかった、という方のAdvanced5シリーズの感想

Rolfingトレーニング中の方からAdvanced シリーズの体験レポートが届きました。

◯セッションを申し込んだ経緯、理由

 「統合」ということを深掘りしたかった。そう考えた時に、田畑さんにお願いしたい、と言う直感やご縁を感じて申し込んだ。

 費用的、時間的側面からも、セッションの申し込みには少し決意が必要だった。しかし、その時点ですでにロルフィングのプロセスは始まっていたのだと思う。

 地元でロルフィングの10シリーズ、ムーブメントの5セッションを半年ほどかけて受けた後に、3ヶ月ほど間を空けて申し込んだ。それまでの過程でも、長らく抱えていた身体的な課題(腰痛や頭痛)、そして精神的な課題(イライラしやすい、疲れを感じやすい、など)には大きな変化を感じていた。

 しかし、そこでの変化をさらに進めたい、確かなものにしたいと感じたこと、さらに、「統合」という言葉に、何かもっと探求してみたくなる可能性を感じていたので、田畑さんへセッションの相談をした。メールで経緯を説明すると、アドバンスト5シリーズを勧めてくださり、お願いするに至る。

 田畑さんに相談したのにはいくつかの経緯があった。

 元々、10シリーズを受ける前、ロルフィングが気になって情報を集めていた時に、田畑さんのホームページの言葉や他の方の体験談を読んで参考にしていたこと。

 田畑さんの「間」のワークショップに参加した時の経験が素晴らしかったこと。このとき、クライアント役の方との間に、ほんとうに豊かな、”いのちの流れ”という風にしか言い表せない空間を感じられた。こういう場こそ自分が求めていたもので、またこんな場に帰ってきたい、創れるようになりたいと直感した経験がある。

 そして、自らの人生の岐路に立っていたこと。直接関係ないようだけれど、かつて吉本ばななさんや吉本隆明さんから、岐路になるタイミングで影響を受けていたことも、何かご縁があるのでは、と感じられる背景にあった。

 そうしたものが組み合わさった結果なのか、どうしてもセッションを受けてみたいと感じる、何か惹きつけられる思いを抱いていた。これが一番重要だったと思う。

◯セッションの時期、受け方

 2018年1月5、6、18、19日、2月6日の5日間。

 遠方に住んでいること、諸々の事情で東京に5回往復することが大変だったことから、相談の上、二日連続×2回、プラス一日の5回で完結、と言う予定でスタートした。

 また、セッションの時間は、じっくりと体に起こることを味わいたいと感じて、毎回2時間でお願いした。

◯セッション中、印象的だったこと

・田畑さんの働きかけと自分の反応

 セッション開始時から、田畑さんの立ち位置によって、体の感じ方が大きく異なっていたこと。そしてその最初に感じた感覚がセッションの間に起こる変化を象徴していたり、プロセスに織り込まれていくこと。

 例えば、セッションの最初に仰向けに寝ていて、左右の足元側に順番に立たれた際、田畑さんが立つ右側の脇腹が暖かく感じられたり、逆に左側に来られると左肩と側頭部の間の空間がやけに冷たく感じられたりする。田畑さんにそのままを伝えると右側に立たれてセッションが進む。

 右脇腹にあった暖かさが、順に体を伝わって左肩に届いていく。すると左肩と頭の間にあった冷たい空間が次第に広がってきて、その空間に押されるように頭が右に傾き左肩が下がる。さらに左腕にうねうねとした動きが起こってきて指先まで伝わる。落ち着くと、胸郭にそれまでなかったスペースが生まれていることにふと気づき、目一杯空気が入ってくる。

 その過程での田畑さんの働きかけは、その存在で、私が落ち着ける場所を創ってくれること、何か動き出しそうだけれど滞っている箇所に言葉やタッチで変化のきっかけを与えてくれること。そういう風だったように感じる。

 そう書くとふわっとしたセッションを予想される方もいるのではないかと思うが、あくまで私個人の体験だけれど、自分の内側に溜め込まれていたものがどんどん引き出されて、むしろ、とてもダイナミックな体験だったと感じる。自分の中から起こる強烈なレスポンスに驚き、ときに振り回されそうになるほど。田畑さんに見守られていると、私自身よりも私の体を(ある意味での厳しさも感じるほど)真摯に、深く見つめてもらっているようにも感じた。

・閉ざしていた感覚に気づく、骨盤が動き出す、脚を信頼し始める

 強く記憶に残っていることの一つが、2回目か3回目のセッションで、右の体側を下にして横向きに寝ていたときのこと。足の裏や右脚の内側などに意識を向けたりした後に、ここの重さを感じてみてください、と右坐骨の内側を軽くタッチされる。すると、骨盤の左右の骨達が、滑らかに、”溶ける”ように動き出すのを実感する。

 それまで私の中では、骨盤というのは一つの固まった存在だったので、そんなことが起こるとは夢にも思わず、ほんとうに驚いた。

 ふと、幼少期に工事現場の大きな駆体の上を飛び回って遊んでいた時に足を踏み外して恥骨を強打したことを思い出した。骨盤自体は自由に動ける可能性があったんだけれども、いつからか、ずっと骨盤を”固めて”いたんじゃないだろうかと。テーブルから立ち上がって歩いた際に、脚と骨盤、骨盤と体幹との関係性が新しくなっていて、感動したことを覚えている。

 その前のセッションで、15年ほど前に手術した右膝のあたりが扱われたとき、最後に立ち上がって歩いてみると、右脚への信頼感が生まれていることに驚いた。歩く時に、右脚の周りを心配せずに足を踏み出している。むしろ、それまで無感覚すぎて、自分が右膝の周りの空間をずっと心配しながら一歩を踏み出していたことに、そのときようやく気づけたくらいだ。こうしたことが重なって、イールド=委ねるということや、自分と周りの空間との関係性、ということの意味が深く感じられるようになった。

 セッションを重ねるにつれ、反応は段々深まっていった。あるセッションの前に、そのセッションのテーマとなる箇所が疼いたり痛みを感じたりすることもよくあった。セッションの日の朝起きたとき、腰のだるさや痛みを感じていたら、その後そこがまさにテーマになったり。次第に、深いところからの自発的な反応も現れてくる。

・ディスチャージ

 4回目のセッションでは、うつ伏せの状態でスタート。冒頭、ヘッドレストに頭を入れていると強いめまいがして寝ていられず、頭をテーブルの上に横向きにして伏せることでなんとかうつ伏せになることができた(そんなことは初めてのことだった)。

 セッションが進む中で右肩の周りの空間に意識を向けていたら段々と右肩が自発的に動き出し、激しく右腕全体をバタバタと振り回すことに。あまり激しい動きにこの後どうなるのかなと思っていたら、少し離れて見守っていた田畑さんから、お臍のあたりにその感覚を集めてみてください、との言葉。すると、右肩や腕に集中していた”動きの衝動”が、お臍に伝わり、それが頭に昇ってくるのが感じられた。

 その衝動がめまいのように頭の中でぐるぐる回りながらも、”それ”がどこに行きたがっているのかを感じて、そのままに許していると、背骨から下にまで伝わってきて、段々、体全体がうねうねと動き出す。腕や足もそれにつられて動く。最初はとてもぎこちなく、アメーバのような動きだったが、次第に動きの流れが現れてきて、テーブルの上にいながら、まるで水の中を魚がうねうねと泳いでいるようだなと感じていた。

 動きの衝動は、お臍から出発して頭に昇り、首、胸から腕、お腹を通って骨盤、そして脚へ、と言う風に全身を伝わっていく。そのサイクルが何度も繰り返され、動きの流れがハッキリしてくる。自分を観察する余裕があるようでいながら、自分の中の動きの衝動の力強さに促されるようにプロセスが進んでいった。絶妙な間合いで田畑さんにサポートされ、促されながら。

 おたまじゃくしが陸に上がり始める時のように、手をついて上半身を反り起こしながら頭から足まで体を揺する。さらに四つん這いの姿勢になり、体を揺する。体のパーツを頭からそれぞれ、順に大きく揺するような動きだ。

 その頃、田畑さんがマッサージテーブルの高さを下げ、ゆっくりとテーブルから降り、床の上に敷いたダイセムシート(滑り止めマットのようなもの)に手や足を置くように促される。四つん這いでしっかりと大地に出会えた感覚がした。大地を得た事で、体を揺する動きに細やかさも加わってくる。頭に浮かんだのは、水に濡れた犬が頭から順に全身を震わせ、水しぶきを飛ばす様子だ。手や足の指先まで動きは伝わっていく。汗も大量にかいた。

 四つん這いから、ゆっくりと起き上がり、二足で立ち上がっていく。その間にも、臍→頭→全身→足の先へという揺れる動きは続く。セッションのクロージャーに向けて、田畑さんから、手も使いながらお臍の周りに感覚を集めて”漏れない”ようにすること、衝動を感覚で追いかけながらなるべくゆっくりと小さな動きにしてみることを提案され、動きがようやく小さくなり、外に出て帰ることができそうな状態になった。

 1時間以上は震えていたのではないかと思う。そうしたことは全て初めての体験であったし、アドバンストシリーズを受け始めた時には予想もしていなかったことだ。驚きつつも、しかし、田畑さんのサポートの中、体から自発的に起こってきたことをそのまま進めることができた。それにしても、水の中にいる感覚から二足で立ち上がるまでを経るというのは、まるで生命の進化を追いかけてきたような体感だった。

 セッション5では、セッション前にいつもより口をすぼめる動きが気になるということを申し出ると、口の中のワークも行うことになった。いつものようにとても優しく、でも触れられた場所の感覚が確かに目覚めるタッチで、歯茎や軟口蓋を触ってもらう。そうした場所の重さを感じてみたり、軟口蓋に太鼓の皮のような張りを感じみたりしていると、口の中から先回と同じような動きの衝動が起こり、最初はぎこちなく、しかし徐々にはっきりと、消化器をスパイラルのように通り抜けていく流れが、実際の体の動きを伴いながら感じられた。

・日常、統合へ

 各セッション後には、体のどこにスペースが生まれているのか、全身がいかに重力の中で調和して立てるようになっているのか、セッション前後の立ち姿の写真を見比べながら確認をした。

 体のアライメントなど構造的な変化に加え、周囲の空間との関係性が変わっていたり、無感覚になっていたところに感覚や信頼感が生まれること、さらに、視界が広がり明かりがすごく快く感じられるというような感覚器官の変化までもが、セッション後には感じられた。

 変化のプロセスは、最終セッション後の日常でもしばらくハッキリとした形で続いた。夜中に突然目が覚めて、体の動きが色々と起こる日が続いた。セッション中にお臍→頭→全身へと巡っていた動きの衝動は、体表、筋骨格系、消化器系、脳脊髄系でも起こった。それに伴い、体の繋がりが弱いところ、滞っているところをストレッチしたり。体に任せていると、今まで一度もとったことのないポーズ、動きで組織が伸ばされていく。中には、ヨガにありそうな姿勢や動きも含まれていて、何年も前に参加した初心者ヨガを思い出したり。自分の動きを追いながら、ヨガが生まれた背景が勝手に感じられてくる。

 また、時に自分の腕で自分をハグする動きもあった。”自分をこんな風に大事にしたかったんだ、今まで気づかなくてごめん、ずっと一緒にいてくれてありがとう”、という気持ちが湧いてくる。そうこうするうちに、ひとしきり済んだかなという感覚が生まれ、またぐっすりと深い眠りにつく。

 日中、嗚咽の衝動が起こったり、これまで言えずに溜め込んでいたであろう言葉を連呼したりすることもあった。吐瀉物は全くないのに嗚咽の衝動が続いて辛いなと感じられた頃に、田畑さんに相談した。

 相談のメールを書くだけでも少し反応が落ち着いてくる。そのお返事のアドバイスはどれも助けになったが、特に、自然に触れ合う、浸る、ということがとても響いた。

 日中、一人で車を運転していると、当初予定していたルートにはどうしても体が行きたがらない気がしてくる。代わりに、手がハンドルを操り、目が行きたがる方向に任せて運転していくと、これまで一度も訪れたことのない、気持ちの良い丘の上に出た。草むらが続いていて、少し先には雑木林が見える。通り抜ける風も、太陽の光も、全てが心地よい。そこでぼーっと散歩したり、好きなようにストレッチをしていると、狼か馬になってそこを歩き、走るイメージが浮かぶ。たまたま訪れた場所なのに、ずっと来たかった場所、もともと居た場所であるかのように感じて暖かい涙が流れる。

 そうして、一つ一つの体験を経るたびに、統合、ということが実感されてくる。身体それ自体の繋がり、心と体の繋がりの感覚、起こってくることへの信頼感が深まっていった。

 その少し後だろうか、結構頻繁に感じていた目眩(当然のことになっていて問題視もしていなかった)が少なくなっていたり、以前は疲れたらすぐ横になるといったように休憩を必要としていたのが必要なくなっていたりすることに気がつく。自己調整力のようなものがついてきていることが感じられた。

◯今になって振り返るアドバンスト5シリーズについて

 「体は賢い」ということに、思わず頭が下がるようなセッションだったように思う。大きく、深く、いつまでもそのプロセスが続いているように感じられてきた。

 その間、学びを続けたり、間を空けて他の方からロルフィングやSEのセッションも受けたり、その時必要と思われる事を探求してきた。そして1年半以上を経て、一つの区切りが来たのかもしれない、と思えるようになった。

 その間の気づきを短く表現すると、呼吸器系を通り抜ける動きが起こる、いろいろなものが直線ではなく螺旋状に振幅している、振幅=上下/前後/左右/内外の両方向を持ちながら循環・往復すること、体を動かす衝動の奥深くには(いつも)静寂・呼吸がある、自分と他者へのコンパッション、といったこと。

 それらが全て、自分と繋がり直し、世界と繋がり直すことに結びついているように思う。ロルフィングを受け始めてから体験した沢山の事が、まるで一つの大きな物語の伏線だったかのように感じる。

 今回、何とか自分の中で言葉にしてみたけれど、これからも身体の、自然の賢さに驚かされ、探求する旅を続けていきたい。

 その大きな転換点を共に創ってくださった田畑さんには感謝の念が絶えない。

クライマー

※10シリーズ後、クライミングのパフォーマンスを上げたいという希望と、より探求を深めるために、Rolf Movement®のセッションにいらしています。

セッションの次の日です。昨日はありがとうございました。
セッションの最中には、色々気づくこともあり、後で伝えようと思うのですが、終了直後には、かなりぶっ飛んでしまって、しばらくしてから思い出すことが多々あります。
昨日も指先から手の骨、肩甲骨、肋骨、背骨へと動きの連動を感じる中で胸骨の横のところの肋骨の動きを感じた時に、そここそが、日常の動きや、クライミングで、上手く動かせなくて、模索していた場所だったので、ビックリしました。


体の側面を収縮させるときにいつも反対側の伸展する部分に意識をおいて動いていたので、脇の下のあたりの肋骨のあたりを動かそうとしてもなかなか出来ず、胸骨をスライドさせて、そこを収縮させたらいいのかなぁと考えていたところでした。


それが小指、肩、肩甲骨、鎖骨、座骨とのつながりでもっと楽に動かせることを学習しましたそしてその動きが首の辺りの緊張感を緩和することも学習しました。


そして、その一連の動き流れをかんじることができるようになりました
懸案の動きだったのでタイムリーでとても嬉しいです。


ありがとう


田畑さんのイールドの手法はやはり前提条件として、バックグラウンドにあるロルフィンクの知識がかなり大切なんですね。


私は、なんとか空間を感じること、自分の安心安全を保つこと、に関しては、いつかはすこしは近づけそうですが、
何を観察するかという所は果てしなく遠いなぁと感じています。
今は取り敢えずは、空間と安心安全に注意を払えるようになりたいです。

Rolfer’s note:  毎回ハンズオンする前に、お互いに”いい間合い”を見つける時間をしっかり取ります。この方の印象では、毎回、その間合いから受ける感覚が全く違うそうです。同じ施術者と受け手の組合せで同じセッション空間なのに、毎回異なるという現象はとても興味深いです。セッションがそれだけクリエイティブで、その時だけのもので、しかも身体が望む変化が起きているというのは、理想とするセッションだと思います。

今回のセッションは指から触れていったのですが、そこから反応が肘、肩と波及して、胸郭にも至り、流動性と繋がりが再構築されたのがこちらからも観察できました。左右対称に働きかけずとも、片側の空間的拡がりが次第にとなりにも移る統合が比較的短時間で起こって、うまくまとまったプロセスも興味深かったです。

自分というものを認識するのに良い機会としての10シリーズ

10 回目

セッションが始まって、じっと横たわっているとお腹がぽかぽかしてくる。
頭の中心は、勢いよくどんどんと沈んでいく。
手先足先はじんじんしてくる。
胃腸がきゅるきゅると鳴り始める。
左半身の存在が強い今日。
左半身が浮いて、膨張しているかのよう。
右半身は、おとなしい。
額にじんじんと強い感覚がやってくる。
色々なイメージや色彩を帯びたものたち。
その内に頭の中は光でいっぱいで明るい、集まってくる感じ。
今セッションは始終、心地よかった。
セッション直後、以前より顎が引いている。
右の肩周りが前にせり出している感じ。
バランスボードに乗ると、右半身がどんどん沈んでいき、先ほどの違和感はもうない。
帰り道、しあわせ感。
のどから胸、みぞおちへと心地よさが流れていく。
体の内側からくるぽかぽか感。
とは別にある一時、肺や右脇腹、内臓に鋭い痛みが走る。
後日、歩いていると嬉しくなってくることがある。
体をつかうことがたのしい、そこに心地よさを感じるように。
そういえば、今まで体をつかうことはどこか修業だという感覚でいた。
日々の生理的現象も含め、体をうごかすことが面倒。
いつ頃からだろうと思い返すと、小学生低学年で既にそう感じていた。今は、体がおだやかでここにいることにやすらいでいるよう。

今回のRolfing10シリーズを終えて、
その人にとっての「すこやさかさ」って何だろう?
これだけきちんと変化みられる…、ということは、
それだけ産まれてから(産まれたときから)、日々積み重なっていくズレみたいなものがあるということだよな~、と。
そのように思い巡らせているときに、産まれてくることをイヤだと感じていたことを思い出しました。
この器におさまることに俄然不満だったようで、窮屈だと感じていました(笑)
このときの感覚が今生きていく嗜好性にも影響しているようです。。
色々あっておもしろかったです、どうもありがとうございました!

9回目

<7/31 セッション9回目の当日>
セッション中、頭、首に指をあてられているととても心地よい。
振動が伝ってきて、どんどん強く感じるように。
手先までじんじんしてくる。
額がぐわんぐわん大きく波打っている。
頭をめぐっている思考もしずかに…。
様々な領域のイメージの断片が混じってくる。
うつ伏せの体制で気付くと右肩が接地面より下へめり込んでいて、体が斜めに。
平衡感覚溶解。
お腹から押し出されるように、のど、頭へと込みあげてくるもの、
胃の中のものを戻しそうな感覚。
セッション後、体を今は動かしたい、もう少し歩きたいという気持ち。

翌朝、額がぐわんぐわんと波うっている。
それに伴い肉体の平衡感覚もいつもと違う。

ここ数日は、毎朝起きると、穏やかでしずかな心持ち。
至福感を感じるときも。

体の疲労時とテンションが高い時のギャップが小さい。
どこか肉体のリズムに安定感。
また、日々様々な感覚や感情があるけれど、それらのエッジがはっきりしている。
以前は、もっともやっとしていて、地続き。

8回目

<7/23 セッション8回目の当日>
朝から体が軽やか。

電車の座席から降り立ったとき、体がスムーズ。
長い間、じっと座っていた後の歩き始めは、体がだるいのだが、
今日は、動作の移行がすんなり。

頭がぐわんぐわんしている。

セッション中、足首が包まれているとき、
足裏に何かをあてられているとき、
とても心地よい、やすらぎ感。

ある時、左肩がガクンと沈む
一時、意識が遠のいた。

セッション直後、頭の左右から上方に向かってのスペースに強い存在感。

歩いていると、視界がクリア。
前面の頭上高くまで柱が立ったように、
頭上方にスペースを感じる、ひらけている。

翌日、今まで熱心だったコトに気持ちが動かない。

気持ちが動くコト・モノがない。
気持ちの腑抜け状態なのだろうか。
心身の状態は悪い感じはしない、いつもの空虚感とは全く異なる。

<7/25~>
ここ4,5日間は夜、ほとんど寝付けず。
眠気なし、体がそわそわしている。
夕方になると、頭が重く、体に強いだるさが出てくる。
夜になるとそれもどこかへ。
朝夕は、ところどころ、
特に顔から首、胸の上部にかけて、皮膚がヒリヒリした。
日ごとにその箇所は減っていく。

その後は、ぐっすり眠れる日が続き、皮膚のヒリヒリ感もなし。
目が覚めてから夜寝るまで、何をするにも動作がすんなり。
気持ち、気力、体力のどれかがついていかないことってあるのだが、
ここ数日は、それがない。

ここにきて、
ロルフィングを始める前と後(今現在)での違いが、
とてもわかりやすく観ていておもしろい。
肉体面・生理的な部分の変化。
出来事に対する反応の変化。(ちょっとしたことだけれど、とても大きい)
環境(家⇔外など)、モード(動⇔止)が切り変わってもそこにギャップを感じない、すんなり、などなど。
ギャップを感じないというこの感覚は、
内や外が、右や左が交流している、連動している、ということなのかなと。

7回目

<セッション7回目の当日>

今朝は、楽しい気分。

セッション開始、横たわっていると背中がぽかぽかしてくる。

体の左右が少し内側に巻き込まれている感覚。

その包み込まれている感じがとても心地良く、安心感がある。

頭に手をあてられている時に、左右の骨盤が動く。

背中側に巻き込むように少し傾いた。  「コマク」云々との声掛けがあったときに、「コマク」って何だっけ? と、

その言葉の意味にまで頭がまわらない。  

頭に振動が伝わり始める。頭頂まで。 この頃には、完全に意識が遠のいていた。

あごの内側。今まで、ここを意識する機会は全くなかったな~と。

初めは、体が緊張していた。

この後、体がクの字になっているように感じる。

左半身側は、小さくて暗い。 右半身側は、明るくて広いスペース。肩甲骨から腰にかけて意識を向けると、一気に沈み込んで意識が遠のく。

セッション終了直後、視線の位置が変化(アゴが下がっている)。みぞおちからお腹にかけてオープンなスペース、軽やか。

約1時間のセッション。でももっと長く漂っていた感じ。

翌朝、 全身がひとつのまとまった感覚、穏やかさの中にある。

安らいでいて、心地よい。時々、動作がとまる。頭空っぽ。

日々のことを楽しいと感じるように。

セッションが始まってから、色々とバラバラに感じていた感覚や混在していた意識が、ここにきて、ひとつのまとまりとして感じるようになってきた。  

<7/21> 夕方より、強い眠気。

6回目

<7/2 セッション6回目の当日>
セッション中、その場にとても心地良くいた。
呼吸の度に内臓の伸縮を大きく感じる。
胴体全体で呼吸しているかのように。
後頭部を伝っていく振動が心地良い。ボールに両手で重心をかけている時、前面が突然、パキッと開けた感じがした。
セッション後、何かをしたり考えているとき、断続的に頭が空白に。
帰り道、ふと体の前身に大きなボールに支えられているかのように、
ゆるいカーブができているのに気づく。姿勢の変化。
この日は朝から、感情の揺れ幅がとても大きかった。
ここ最近、下半身の軽やかさは、セッション後だけではなく、
いつものことになってきた。
そして、日々日課、習慣になっていたことをしなくなってきている。
することが減った分、時間にもスペースができる~。
日々のスケジュールの変動スパンも短い今日この頃…。

5回目

<6/26 セッション5回目の当日>
今朝は、気分上々。
「主体的」に取り組むことへの気持ちが強く出てくる。

セッション中、
右半身と左半身の差を今日はところどころで強く感じる。
喉の右半分を通って上へ、すぽっと何かが抜け出てくる。
喉のイガイガ、右目のじんじん、喉か鼻の空洞が鳴っていたような。
頭部がむずむず。

セッション直後、後頭部の付け根に広いスペースを感じる。
ひとつながりの範囲が、上下左右にさらに大きくなっている感じ。
腰から肩の上部、体の少し外側まで。

帰り道、体はへばっている。
気持ちは、それとは裏腹にじっとしていたくない、動きたいモード。

何だか不穏。
頭のむずむずと、胴体の内側の具合いが変で心地悪し。
夜は寝付けない。
寝返りをうって、収まり良い体制をさがすが落ち着くところなし。
2、3日、この状態が続く。

翌朝、軽い頭の痛みとだるさ。
胸はむずむずしている、こちらはくすぐったいような気持ちよさ。

今セッション前後は、日々のことで、
整備されたもの、穴があいたもの、変わって動かしてみたもの。
今、振り返ると多々、動きがあったなぁ、と。

<6/30>
久しぶりに、ぐっすりとよく眠れる。
身体の内も外も軽やか。
空気が切り替わった。

4回目

<6/19 セッション4回目の当日>
セッション早々に、緊張していた左足が面白いぐらいに一気に軽やかに。
左向きの体制時、体が背中側から前面へ押し出される感覚。
今日も足先から頭に向かって、顔面を振動が伝っていくのを感じる。
次は逆で足先、手先に向かっていく。肩周りは、円を描くように。
腰の左部分が動いたような。位置が少し上に。
時々ある田畑さんの案内に従って、そこに意識を向けていくのがおもしろい。
「それ」の度に、その部分が沈んでいく。
ある時、それを機に突然、川が流れ出したかのように、
下半身から腰を抜けて上半身へ抜けていく。
腰は水門だったのだなぁ、と実感したこと。
終了時、開始からほんの数分しか経っていないような感覚。腰と背(胴体)がひとつのつながりとして感じる、在る。
どっしりと、ドラム缶みたいに。
<6/22>
嵐の日。内側の。
日々あることのひとつやふたつに、とても大きく揺さぶられる内側。
今迄もあったけれど、今回は休火山が活火山になったかのよう。
煮えたぎり、身悶えする内側の何か。反乱中。
何かすごかった。
翌日は、ケロッとしている。台風一過のしずけさ。

3回目

<6/11 セッション3回目の当日>
朝方、右足がつる。
昨日は、両足がつった。
セッション2,3時間前からだるさと強い眠気、歩いていてもへとへと。
セッション中の横の体制は、とても落ち着く、心地よい。
振動が伝っていく。ふくらはぎ、首から頭上にかけて、背中、腕。
腰上部が大きくなった感じ、床との接地面が広い。
とても安堵感のある心地よさ。
セッション直後、まとまっている感。
その日の就寝時、おなかがとてもあたたかい。
それと、頭蓋骨、背中、顔面を伝っていく振動。
<6/12>
翌日、体に意識向けると、まだ昨晩のセッション時にあった振動が背中を上腕を伝っている。
肉体の少し外側の部分がブロックの組み換えしています、というような感じで動いていて、それが何だか落ち着かない。
気持ちと思考は、散乱状態。焦点を合わせにくい。
思考は常に揺れ動いている、やじろべえみたい。
<6/14~>
寝起き時、イマイチな気分とは別に、頭(思考)はどこか落ち着いている、さわやか。
そして、心の奥にはしずかなわくわく感が。

2回目

<6/6 セッション2回目の当日>
朝、体がだるい。
セッション中、
腰上部から頭に向かって、左右の振動が体内の中をつたっていく。
ふくらはぎを刺激されているとき、時々、頭を突き抜ける感覚。
これらは、ちょっと気持ち悪い。
頭の中心(おでこの後ろ)でとどまることもある。
こちらは、しっかりホールドされた感じの心地良さ。
セッション直後、頭のぼーっと感なし、クリア。
今朝までの鬱っぽさはどこへやら。
感情が動き始めた。
<6/9>
自分の中心軸みたいなものがしっかりしてきている、
その存在が際立っている感覚。
夕方になると、今日の活動は店じまいモードになるのだけれども、
今日は、肉体的にも気持ち的にも衰えない。

1回目

<5/27、28>
頭痛、人の言っていることを何度も聞き返す。
時々、何と言っているのかわからない、ある部分だけ。
そこだけ何度も聞き返す。
夕方に耳鳴り。

<5/29 セッション1回目の当日>
朝から頭がぼーっとする。

質問票、書こうと思っていたことがさっぱり思い出せない。
質問票の内容に対して尋ねられると、ガーッとしゃべったかと思うと、
時々、ピタっと止まる。

今の肉体の感じは、
ふくらはぎがぱんぱん。
おなかの腸あたりもぱんぱん。

セッション中、右半身の所々がピシピシいっている。
眉感、おでこがぎゅーとなる。

鳩尾からおなかにかけて、とても心地よい。
大きな球体を抱えている感じ。ふわっとしたベージュピンク。

セッション終了直後は、
バラバラ感、まとまりがない。
首から頭にかけては、空気みたいに軽くなっている
下半身は軽やか、ふくらはぎのぱんぱんはどこへやら。


身体と空間のワークショップのレポート

2019年8月12日のロルフムーブメントワークショップ:シリーズ空間と身体〜喉を通して共鳴する、に参加された方から、体験レポートが届きました。

空間を扱うワークの意味と可能性を示唆する貴重なレポートです。ご本人の許可を得て掲載させて頂きます。尚、参加された方とペアを組みワークを受けた後の感想です。

8/12のWS以降スッキリと軽くなったと私が感じている左顔面の部位(眼輪筋、前頭筋周辺)にずっと意識を向けているうちに、そこが9歳で左眼球の摘出手術をした時に気絶しそうな程痛かった部位だと思い出しました。
私の意思では制御できない身体の感覚が、どうやらその痛みの記憶を手放したようなのです。
3歳で左眼球に針金で受傷し2度の手術後、角膜が白濁し慢性的に結膜炎を患い、9歳で眼病を発症し右眼に転移する虞があり、小学4年の冬休みに急遽左眼球を摘出することになりました。左眼を摘出することは、結膜炎でかかりつけの眼科医が私の精神状態(白濁した左眼を隠すために眼鏡をかけ、それを級友にからかわれいじめられるために常に引っ込み思案で、医師に質問されても何一つ答えられないこと)を見かねて眼鏡の不要な生活に変えようとする意図もありました。私の代わりに医師の質問を常に引き取って答えようとする母に、「お母さん、僕はお母さんに質問しているんじゃないんだよ、この子に答えて欲しいんだよ。この子はこのままじゃだめだ、今の年齢を逃したら手遅れになる」と医師が言ったことがありました。

1974年当時、現代の医療とは異なりひどいゴム臭のするマスクで全身麻酔の薬剤を吸うときの不快感(耐え難くて口で呼吸した)その臭気にラベンダー、紫色のイメージが浮かんだこと手術室から病室のベッドに戻され、左手の甲の静脈(今も針の傷跡が残る)に入れられた点滴を看護婦が外すとき、全身麻酔で痺れ切っており身体に触れられた感覚が全く無いことこれほど麻酔が効いているのに、うっかり右眼の視線を動かすと突然左眼とその周辺に顔の内側から激痛が起こり声も出なかったこと子供なりに考えて右眼を動かさなければ良いと気付いたが、眼を閉じていると眼球はいくらでも動いてしまうこと
気を付けていても廊下の足音や病室を出入りする人の気配に気を取られ、眼球が動いてまた激痛に襲われることうぉー痛いよ、痛くてもう顔の左側半分いらない、助けて、助けて・・・  と思いながら、付き添う母が心配するだけだと思い黙っていたこととうとう病室の天井に嵌められた穿孔板に気付き、この板の、上から何番目、右から何番目の1点だけを見つめ続けることで激痛を回避したこと当時の全身麻酔施術の副作用で必ず催す嘔吐 
戻しながら、気分が悪くなるのは感じる、吐瀉物が食道をせり上がるのも感じるそれなのに、食道が胃液で傷みひりつく感覚は無い麻酔って不思議だなあ・・・と思ったこと

身体の中でそれらの激痛の記憶が、先日のWS後に無くなったことに気付きました。頭で思い出すことはできますが、感覚は曖昧になりとても気持ちが楽になりました。物理的に顔半分を切り捨てることができない代わりに、感覚ではとっくに捨ててしまって、身体を閉じていたのでしょう。今まで左側の空間を認識できていなかったので、床に落とした物を拾おうとして屈んだ拍子に頭が跳ね返るほど家具に左顔面をぶつけたり、他の部位に予想外の打撲を負うことが何度もありました。
今は身体の左側の空間を感じることができています。まるで身体に風が良く通るような感覚です。ベッドから左側の壁までの距離や、右半身を下にして横になっているとまるで天井がやさしく見下ろしてくれているかのように天井までの空間を感じます。9歳からの今日まで、長い年月だったと感慨深く思います。
おかげさまで、私にはとてもパワフルな間合いのワークの体験になりました。田畑先生やパートナーを組んで下さった方にありがたく御礼申し上げます。このWSシリーズは何度でも体験してみたいです。

17回目の感想

10シリーズ終了後、月一回の割合でムーブメントを受けに入らしている方が、初めてセッションのご感想を寄せて下さいました。ご本人の許可を得て掲載させて頂きます。

↓↓↓

Rolfing session with sensation of pituitary gland.

昨日はセッションありがとうございました


ここやそこが違和感があると種々あったのですが、頭触ってもらいたいなぁって思っていたので、頭を触ってもらった時にはよしっ
と思いました


昨日の今日ではありますが、何となく意識が身体の中にようやく納まった感じがしています
とても新鮮な感じでワクワクしています
ひと昔前は肉体なんてなくて、意識だけだったら、もっと楽で楽しいのになぁって思っていたので、
自分にとっては初めての感覚楽しんでます松果体で見るとか、忘れちゃったりするかも知れませんが
このワクワクはしばらく楽しめそうです
ありがとう


あまりにも嬉しくて、お礼まで

Rolfer’s note: 17回目セッション前の状態として首から下まではとてもつながりがいいけれどもその上がついてきていないように感じるとのことでした。目の使い方に関して、対象を掴みにいくような使い方:いつも先走っているような感覚で、たとえば何かを食べるときも、実際食べる動作をする段階には、意識はすでに食べ終わっていて体験済みなので、さっぱり楽しめていないことに気がついたそうです。
まずムーブメントで目の使い方から入っていって、ある層からつながりが追跡できなくなったので、切口を変えて、松果体の位置を感覚で辿ってもらって、その位置から観ることを試してもらったところ、それがヒットしたようです。

ロルフィングで目指していることと、健康ビジネスとの違い

先週のRolf Movement認定ワークショップに参加された方のうち、お一人だけ、ロルファーではない方が参加していました。その方からの質問から、統合についてのディスカッションになりました。

ロルフィングの基本方針として、クロージャー(終結)があります。ロルフィングでは、自分のバランスに責任をとってもらうことを目指してワークします。個々の状況が違いますが、最終的にロルファーの手助けが必要とならない状況がゴールなのです。

一方、健康ビジネス、商業的目的のセラピー・トリートメントも含まれますが、その商品・その施術を常に消費者が必要となるように、言葉を換えれば、常にお金を落としてくれることが目的になっているかもしれません。

セラピーに限っていうと、今行っている施術が次につながるような目的が含まれるセッションと、今できることは限られているけれども、将来的にクローズできる状況をゴールとしてワークしているセッションでは、その意味が根本的に異なり、そのことがセッション全体に影響しないわけはありません。

施術者が、クライアントを顧客として囲っていることになるとしたら、受け手がすごく調子よくなることを心の底から願っているとはいえないからです。そういう場所にいくと、何となく次の予約を当然のように取らされるたり、後で連絡するように振り切ろうとしても、何となく後髪ひかれるような感じが残ったりします。悪徳セラピストの中には、何かが改善しないのは次に来ないあなたのせいだと脅すケースもあるようです。

世の中の流れも、単体購入から、毎月ちょっとずつ支払う定期購入型の商品やソフトも増えているように感じます。1回限りの購入だと、安定性も少ないのも事実。

セッションに例えると、ロルファー一人の見立てだと、見落としている問題や制限に、別のロルファーだと容易にそれに気づきワークできるため、さらに統合することがあります。よほど、毎回そのセッションが本当の意味での即興的なライブなものであれば、同じロルファーから複数回セッションしても勿論意味があるし、ましてや、セッションを重ねて息も合ってきたレベルであれば、それはそれで大切にしていいと思いますが、ロルファーと受け手はその関係性を作ること自体はセッションのゴールではないことを覚えておく必要があります。

 

10シリーズの継投

遠方の方で東京に出てくるついでがあったために、 10シリーズを途中で引き継ぐ形になりました。それまでのセッションも有意義だったご様子でしたが、そのロルファーからの推薦ということでお引き受けすることにしました。

以下、ご本人の了承を得て、お送り頂いた感想をシェアさせた頂きます。

ロルフィング を受けて、よくも悪くもそれを過程として捉えるということで、何か自分の中でどう表現していいかわからないという状況にあるため、田畑さんからどうですかと尋ねられて、どう答えていいかわからない自分がいました。ジャッジしない、中立であることが大切だなぁと思ったら、よかったと、素直に喜んだりしてはいけないような気がしたり。

ですが、逆にすぐに言葉が出なかったということはマイナスではなかったかも、むしろ、体に焦点がよくいくようになったのかもと勝手に自分でよく解釈しました。

また、体の痛みから解放されたり、思った以上に体のスムーズさが起きたから、一体、自分はどこに不調があったのかということがわからないというような気になったのかもしれなかったかと後から思いました。

体の痛みは少し出るときもありますが、体に柔軟性が生まれたり、姿勢の変化も感じられます。

まず、自分の状態を記述する作業ですが、今まで振り返ったことがないなぁと改めて、体について考える機会がありました。それは具体的にしていくことが、さらに自分の体について敏感になることへのアプローチであったり、気付きにつながる第一歩なのかなぁと思うのと、改めて、体がこれまでいろいろとありながらも、頑張ってきてくれていたんだなぁと思うきっかけにもありました。

初めて受けた田畑さんのセッションはある意味、驚きました。というのは、本当に、触れたかどうかの距離感というか、触れ方が何か物足りなさを感じるんだけれども、それを充足させようと、今度は自分の内側からそれを補おうというものが引き出されているものを感じたからです。

また、姿勢が自分の心の癖を表しているんだという気づきがあったり、それに気づいたら、自分の中で、許可をだし、そして、新しい選択をしようという気持ち、行動に結びつけることができたように思います。

私のパートナーも外国人でロルフィング をアメリカで受けているのですが、今回、私がロルフィング を受けてから、さらに、何か間合いが以前より取りやすくなっているように思いました。

体の内側だけでなく、外の世界でも、不思議となにか、気づくようになったからなのか、自分が欲しい情報を心の中で思っているとそれに関したことが、いろいろと起きたり、出会いがあったり、シンクロが起きやすい状況になっています。

いろいろと今は変化の時で、新しく決めないといけないこともたくさんあるのに、なかなか決まらない状況ですが、以前よりも焦らず、そして、何か目先だけではなく、大きな見方で、情報をキャッチしたり、流れを見ながら進んでいるような気もします。

人間関係の変化もあります。自分に無理しない生き方をそして、楽しもうとさらに思うようになりました。

これからの変化も楽しんでいきたいと思います。

ありがとうございました。

その後のメールで:
田畑さんがブログで書かれていた間合いは、あのときのセッションで身につけていると自覚があります。さらにさまざまなしがらみから解放された気がします。
何だか、ロルフィング って合気道みたいだねぇと私がいうと、表現はいろいろとあるけれども宇宙の真実は一つだからね、と言っていました。
ロルフィング についてはよく知らないのですが、だとしても、私たち日本人はこういった武士道や茶道などの道と呼ばれる文化や、禅や間を大切にした石庭などの文化を持っているので、優劣ではないけれども、日本人であるということは大きいなぁと。

迷走電流に敏感な方への10シリーズ with CS60

ほとんど手を使わず変則的にCS60だけを用いての実験的な10シリーズです。

セッション1

当日は、足が重く感じられ
身体がいつもより
動きづらいように感じました。
左足裏の指の付け根の痛み
仙骨上部の違和感

翌日
腰椎と腸骨のつなぎ目の左上部
違和感
この部分は長年、圧痛があります。

6〜7日目
左側腸骨のあたりが
モヤっと重いです。

セッション2

施術後、左足親指とその付け根が
より明確に意識されました。
数日間、右足骨頭とその関節が
違和感がありましたが
治っています。

セッション3

施術当日
数時間、右膝から下が、今まで感じたことがない違和感があった。
右足骨頭と関節の部分も、氣になる。
左の肩に意識を感じず左腕が動かせる。
2日目
左の肩が軽い。
右肩関節内部の迷走電流が感じられない。
3日目
左耳、一日中耳閉している。
施術の影響ではなく、花粉症による
後鼻漏のためかも。数日間耳閉続くも
改善する。
左肩は軽い。右肩違和感無し。

セッション4

前回の施術後
左の腰に痛みを感じて
腰の上げ下ろしに不自由でした。
数日続きましたが
今は、だいぶ改善しています。
CS60 に関しては申し上げたように
施術中、一度も痛みを感じたことは
ありません。
でも、私は、もともと身体の中に
滞っている微弱電流を感じやすい
のですが、モニターを始めてからは
身体の中が、スッキリしています。
これまでのロルフィングのアプローチは主に外面なのに
Cs60 で同時に内部の雑物を取っていたのでしょうか。

セッション5

施術後、骨盤内の内臓が本来あるべき位置に整った感覚でした。
腸の動きが良くなったようです。
長年の左腰の違和感も数日無くなり、座骨の安定感が増しました。
長年くの字型に
バランスを取っていると思われる私の身体(くの字の曲がっている部分が左腰)ですが
その後、左腰の違和感は
若干戻りました。が、
全体的な骨盤内の内臓のバランスは以前よりも
良くなっていると思います。

CS60で受ける施術として
体内の迷走電流が排除され
身体の中が、より静かです。
この状態が続くと
内臓の感覚を、よりキャッチしやすくなるかもしれないですね。

セッション6

施術後、前回に増して骨盤が安定したと思います。左腰の違和感は、ほとんど無くなり
以前より仙骨の柔軟さを感じます。結跏趺坐の時の両脚の開き具合、骨盤とのバランスも
より安定したと思います。
前回に引き続き
腸の調子も良いです。
体内の迷走電流は静かです。

セッション7

今回は施術後すぐに、身体の後ろ側全体が放射線状に拡がった感があり、感激したのですが、
それから、その状態に慣れたのか、安定感はあり
違和感なく過ごしています。

一度、風呂掃除中に身体を
捻ったらしく、ギックリ腰様に
なりそうだったのに
不思議な動きで?調整されて
大丈夫でした。

ただ、右肩関節の辺り
(私の身体で一番電流が溜まるところ)と
胸中央部から左右脇にかけて
チリチリ、ピリピリと
雨天の気圧の頃に感じました。

ロルフィングでの効果は感じているものの
CS60 の効果は、どうなのか
わかりません。

セッション8

施術後の週末から法事や親の様子見に数日旅行しました。
実家は処分して、ホテル滞在でしたが、ベッドが合わず、肩や腰が歪んだ様で、コリや圧痛を感じました。
2日間睡眠も浅く、3日目滞在地移動でホテルも変わり、睡眠も取れて、体調復活しました。
一日中歩いていたので連日1万歩
以上の運動をしていたこともあるのですが、自己修復力を感じた体験でした。

迷走電流は少しずつ体内に溜まっている様です。
私の場合は、スマホやPCを見る時間の積み重ねかと思います。
後頭部の下部から首の後ろに軋みが出てきました。

様々な違和感があり、様々な療法を試みた方への10シリーズ

5回目を過ぎたところで、以下のようなメールを頂きました。
”まだ10セッションの半分を過ぎたところですが、一回一回非常に多くの体験が起きており、それを自分の外にも出しておきたいと思い、言葉にします。
まとめて感想を書こうと思ったのですがまとまらず、日々自分用にメモしていたものをそのまま転記しました。
改めて全部を書き直してみることで、1つ1つの気づきを俯瞰して全体のプロセスとして見ることにも役だったため、かなりの長文かつ個人的体験で恐縮ですが、このまま送らせいただきます。”

※公開するかしないかは別として、身体感覚を言語化するプロセスには意味がありますので、セッションをお受けになっている方は、ご自分のためにこのようにジャーナルを書き留めることをお勧めします。

■【1回目】
◇セッション中
・初回で緊張の中スタート。
最初に、落ち着く場所(境界)の確認から丁寧に時間をとってもらえたことで安心した。思考から体へ戻りやすかった。
・首の後ろ緊張・硬直が気になりそこばかりに意識が行きがちだった。
・足裏に気づきを向けていると、みぞおちで何かもやっとした感覚が一瞬あり、すぐそれが過ぎ去り呼吸がひとつ大きく入ったのに気づいた。

◇セッション後
・「背が高くなった感じ。見える景色がいつもより位置が高いと感じた。
腹背が広くなり伸びているのに、何も頑張って伸ばしていないという感覚が新鮮だった。
・「体の幅感覚が広い」と思った。
「自分の体と認識する領域」の幅が広いことを感じた。
特に肋骨回りにとても広い空間があるのを感じた。呼吸がとても楽に入る。
・足裏が広い。着地面が広くしっかり地面についているのを感じた。
・左腕が水平より少し上に上がるようになった。
・目に映る世界が変わったようなワクワクする感覚と、内から湧いてくる活力を感じた。

◇翌日
・朝目覚めた時のスッキリ感に気づく。
・左腕が昨日より更に上がる。1年半上がらなかった腕が真上まで上がる。
・体の快調さ・立ちやすさは昨日より薄れている。体の癖が戻ってしまったのかと気になる。
・丹田への気づきが「全くお留守」になっていることに気づく。
普段、重心が上に上がりっぱなしで、お腹、腰、足裏への感覚が全くなかったことに気づいた。
・体に活力と歩きたい気持ちが湧いてくるのを感じて、歩く。

*気づき
・一切の判断批判も非難もされないことに、体の中心が広がる感覚がした。心底ほっとしていることに気づいた。これを感じて、
思った以上に、他のセッションで体へのジャッジや批判を受けたことがこたえていて、自分が自分の体への自信を全く失っていたことに気づいた。
しかしそう気づくと、自分の体への判断基準が外にあったことに気づいた。
「私が私の体に気づきを向けること」を、「気が済むまで」味わえる時間と空間があることが何より自分の栄養になった。

◇2日後
・既に体の快調さが薄れている。
・肩が内旋し首が前に出ている。
首で姿勢のバランスをとって、首で踏ん張っていることに気づいた。
・首の力みに気づいてそれに意識を向けると、首の力みが自然と抜け、首の前傾が戻って顎が引く感じで、首が背骨の上に乗る。と背骨が骨盤に乗る感じ。と、自然と丹田に気力が集中し、お腹が充実する感覚がある。普段、肚に気づきが全くお留守だったと気づく。
・姿勢は既に戻っていることに落ち込むが、そういえば呼吸がしやすい、息苦しさや「吸えない感じ」がないことに気づく。

—–
■【2回目】
◇セッション中
・うつぶせで首の痛みが強くそこばかりに気が行ってしまう。力を抜こうにもますます力が入り硬直していることに気づいた。
・足裏に気づきを向けるとスーと力みが抜け→首〜肩甲骨が開き→硬直した体がベットに沈んでいく変化に気づいた。胸肩が開いたことで首の頑張りが緩み痛みが減った。
・踵を自力で微細に動かすのがとても難しい。足首の固まりを感じた。
・左足首上に触れらるとそこに痛みがある事に初めて気づく。
痛みは強いが止めてほしい痛みではない感じがした。むしろもう少しそこにいてみたい感じ。
とそのタイミングで「ここ大丈夫ですか」と田畑さんからのお声掛けがあり、一人で探求し向き合っているのではないことを感じた。その為安心してそのまま痛みを痛みのまま感じる時間をとれた。そして痛みが薄らいていく感覚にも気づいた。

・仰向けでの右肩甲骨〜肩〜胸のワークの際。
肩と肩甲骨下に手を感じながら十分時間をもらえると、
鎖骨下〜肩関節方向へ何かが広がっていく感覚がし、そのままその動きに気づきを向けていた。
表層よりもっと奥の奥。深部の、感覚としては鎖骨下か小胸筋辺りから腕骨方向への微細な広がるような感覚。
とても微細で、その中に入っていくような同時に外から観察しているような不思議な感覚。自分の体というより何かそれ自体が意図をもった有機体のような感覚。(ごく微細ながら)ただそこに共にい共にそれを体験していた。
田畑さんがパっと離れ距離を置いてくれていることに気づきはしたが、私は私のその体験にいることだけに没頭していて、ただ空間を与えられたことへの有難さをぼーっと外側で感じていた。
その、大きな海で漂っているようなゆっくりとした時間と空間の中で、私の体が体自身のワークを存分にできた。そしてそれを「私が」見守ることができたことが大きい。
体の力を信頼し直していける気がした。
これが十分に行われたそのタイミングで、「今どうですか」とお声がかかり大きなサポートを感じた。
それがあったことで、自分内の体験で終わらず外側とつなげられたようにも思う。

◇セッション後
だるさと疲労感。前回のワクワクと活力が湧く感覚はなく早々に寝た。

◇翌日
・歩きやすい。踵から楽につけて足裏を使える。
・右胸の解放を感じる。
・驚く程、右肩の内旋がない。右肩甲骨の傾きがない。
あれほど、長年、自他共にさじを投げられていた右胸〜肩の萎縮がスペースと時間を与えられたことで、自ら解放が起きていることに、体が広がる感覚がする。
胸という体を守る部分の固まりに体が気づき解放していくプロセスを、あのゆっくりした時間、自分が見守れたのかもしれないとの思いがわき感慨深い。
1つずつ、体との信頼関係を取り戻していく過程にいることを感じる。

*気づき
今回のセッションは、
左アキレス腱と、右胸肩部の2か所のワークが私には大きな体験だったが、
それぞれ違うサポートのされ方だったことがとても助けになった。
左アキレス腱の痛みの部分は、長年違和感がありつつスルーしてきた箇所で、しっかりとフィジカルな体に触れられることで、そこに十分気づきを向けることができ、よりそこへ探求を向ける機会を持てたと思った。
一方右胸肩は、より繊細で深い部分に触れることだった為、もし体に直接触れるサポートであったら、多分TOO MUCHだったように思う。あの時は。
見守られることのこれ以上ないサポートをあの時感じていた。
それがあって、体は体のワークを自ら安心して自分のペースで進められたように感じる。
本当にとても大きな助けだった。

—–
■3回目】
◇セッション中
今回は、いつもより体への気づきと集中が薄いことに気づいたまま終わった。

◇翌日
きのうは大きな体への気づきがなかったが、1日経ってみて明らかな体の変化を感じる。
座りやすい。体側が伸びていて胸が開く。腕を上げた際の肩甲骨の動きと肋骨周辺の空間を感じる。

—–
■【4回目】
セッション前、骨盤の左右差、傾き感を特に感じる。
◇セッション中
・骨盤底へのアプローチの際、
骨盤内のもの(内臓?)がだらっと重みでベット方向に重力に従ってリラックスして下がってくるような感覚がし、骨盤内のものに重みがあることに初めて気づいた。

・仙骨と後頭下に手が当てられた際、
背骨やそれに付随するいろいろな液や波?等が、一気に調整され、体が自ら整っていく感覚を感じた。
仙骨と頭蓋骨のつながりを感じた。

・今までよりも更に、足裏がべったりと、しっかりと地面についている感覚に気づいた。
足裏がしっかりと地面と接し、地面を捉えてその上に体という重さを乗せる土台になっている感覚。

◇翌日
・非常に座りやすいことに気づく。
座骨の下、骨盤底にスペースができて、骨盤の動きに自由さがある感覚。
セッションを受けるたびに、使えなかった所が再び使えるようになる感覚を体験し、一つ一つ体との信頼関係を築き直している感覚。

—–
■【5回目】
2日前に首寝違え、せっかくのワークの機会なのに首が動かず十分味わえないかもしれないと、残念な気持ち。

◇セッション中
お腹へのワークの際、大腰筋に気づきが行くと、ふと「体のことじゃない」という思いがわいた。もっと深くの、体そのものでなく体にため込んだ感情や人生の癖などなど?の、何か深いところに「自分が」触れているという感覚を、体で感じていた。

セッション後、非常に疲れとだるさ、眠気を感じた。夜早々に寝る。

◇翌日
体の重さだるさ。左足の座骨神経痛。

◇2日後
体の痛み、だるさ重さ。しんどい。寒さで気分も重い。体との信頼関係にバラバラ感を感じる。
セッションを受けているのにと自分を非難し落ち込む気持ちに気づく。
強制や矯正されるのを嫌いつつ、自分の中に自分を強制しようとする気持ちがあることに気づく。

(6回目以降に続く)

—–
■全体の気づき
初回後感じたことは、
ロルフィングはかなり能動的なセッションだということ。主体は受け手で、受け手が自分の体のワークを進めるものであること。(私個人の感想です)
またそれを実際体験してみると、体にコンタクトすることは単に物理的な体や個人の体にとどまらず、
カラダという有機体としての意図や流れの中でのことでもあって、
治す変えるでは得られない全体としての健全性のようなことが、本当に今ここで行われているということを、
頭でなく体で、体の内からの実感をもった体験として知ることができた。
これは、自分の体への何にも基づかない信頼を生み、
少しずつ自分の体との信頼関係を取り戻す過程を始められたように感じる。

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