医療処置による影響がある方

セッション3

セッション2

まず、前回のレポートで書きそびれてしまった印象的なことを2つ書き添えます。
確か、左腕あたりをタッチしてもらっている時に、何故か左眼から涙が流れました。左眼だけだったので不思議に思い感情を探ってみたのですが、特に何かを思った訳ではなかったので何だったのか分からずじまいでした。
普段、何度言っても聞かない子どもに声を荒げることがあるのですが、帰宅してから2〜3日は特に、声を出しているのが上の空のようでした。声を出している自分と意識を持っている自分が別人のようでとても不思議な感覚でした。それは1週間ほどで段々おさまって行きました。

さて、本題のセッション2回目についてです。
今回はうつ伏せからスタートし、下半身と骨盤を中心に整えて頂いたようです。
セッション前にちょっとしたハプニングがあったこともあり、始まりの頃は頭がザワザワしてなかなか落ち着かない感じでした。
場所を移動して声をかけられるのですが、なかなか意識が向かず、どここら声をかけられているのか分からなくなる時もありました。
その中で、恐らく左足の方から声をかけられた時、そちらに引っ張られているような感覚がありました。同じような感覚になった時があったのですが、どこからか分かりませんでした。
前回はどんな感じですか?と質問をずっと受けていたのですが、今回はほとんど質問がなく、穏やかに身を任せられる心地良さと同時にレポート書く時に忘れてそうだなぁとぼんやり思っていました。
脚をタッチされているせいか、顔から胸にかけて沈み込んでいくような感覚が多かったです。床との一体感は前回と同じでしたが、そこから更にめり込んでいく感じ。今まで味わったことのない感覚でした。
また、確か右脚をタッチされていた時だと思うのですが、呼吸がものすごく大きくなっていきました。息苦しさは全くなく、うつ伏せなのに腹式呼吸になる不思議。
この辺りから、かなり無に近い瞑想状態に。寝ているわけではなく意識はあるものの、何も考えを巡らせることなく過ごしていました。
この状態になるのは久しぶりだったので、とても心地良い時間でした。
骨盤のあたりを調整されている時は、お腹のあたりがじんわり温かくなり、空間がとても広く開放的に感じました。まるで雲の上に横たわり空に浮かんでいるような感じでした。
脚をタッチされている時は、骨盤がどんどん拡がっているような感じだったのですが、いつの間にか締まっていたのですね。
セッションが終わり歩いてみると、背筋が伸びている感覚があり、土踏まずのアーチがしっかりあって指で床を踏みしめているようでした。

今回は心地良さをしっかり味わってしまったので、セッション中のことをあまり覚えていませんが、セッション後の生活で、大きく変わったことが3つありました。
1つ目。子どもと丸一日出かけると、いつもは疲れて翌日はグッタリ、下手すると数日ダメージを受けていましたが、それがなくなりました。翌日もいつも通りの生活を無理せずできるようになりました。
2つ目。長年、肩甲骨の凝りが酷く鉄板のようにカチカチだったのですが、それがない日がありました。この数十年で肩甲骨の軽さを感じたことはなく、大きな喜びでした。
3つ目。恐らく骨盤が締まってしっかり立っていること。普段は骨盤サポートのショーツを履いているのですが、セッション後に履くと窮屈だった箇所がピッタリ収まり気持ち良く履くことができました。

疲れにくい身体を目指して始めたのですが、こんなに早く効果が現れるとは思っていなかったので本当に嬉しいです。
ここ数年、今日は元気!と思える日がなく(全然労ってこなかったので当然と言えば当然なのですが)、何とか過ごしてきましたが、これからどんな身体になっていくのか本当に楽しみです。

セッション1

整体・リンパマッサージはしたことがあったものの、ロルフィングという施術がどんなものか全く未知の世界の扉を開く少しの不安と、10シリーズを終えた友人の驚くべき変化を目にしたことから期待を膨らませ、訪れました。
前日夜に激しいスタンディングライヴへ行ったので、コンディションはかなり悪かったです。

ベッドに横たわり目を瞑ると、全身が薄い膜に包まれたような感覚になり、じんわり温かくなってきました。まだ母親のお腹にいた頃、羊水に入ってるってこんな感じかなぁとぼんやり思っていました。
最初は右脚側に立たれていたのですが、左脚側に立たれた途端、身体中が熱くなり動悸が激しくなって少し息苦しくなってきました。私は乳がんで右乳房を全摘しており、リンパ節生検の後遺症か右腕が鈍痛したり浮腫むこともあり、てっきり右側が弱いと思っていたのに左側がこんなに弱いとは思わず驚きました。
ベッドを感じ、その下の床を感じてと言われた時、ベッドではなく直接床に寝ているような、床と一体化しているような感覚になったのがすごく不思議でした。
いよいよ右脚から直接身体にアプローチをして頂いたのですが、軽く触れただけなのにふくらはぎの筋肉がポコポコと足首から上に動き出しました。お湯が沸騰するときのような感じで、内から外へ、下から上へポコポコするのです。
これは初めての体験で、とっても面白かったです。このポコポコは、セッション後に友人と食事をしている時や、帰りの新幹線でもありました。

セッション半ばあたりでは、お腹の中心から熱が出ているようにじんわり温かくなってきました。初めの方は床と一体化している感覚だったのが、今度は宙に浮いているような感覚になりました。それも羽毛布団のようなフワッと柔らかくて温かいものに包まれているように。
最初は肌の近くに膜を感じていたのに、その空間が広がって境目がなくなってきていることがとても心地良かったです。

そして、セッション後半になると首の頸椎の歪みからくる痛みを調整して頂いていたようで、調整して行く中で痛みはだんだん薄れていき、痛む場所もだんだん下に下りて行きました。
直接首を触らず、どちらかというと下半身からのアプローチでの変化がとても不思議でした。

セッション後は、身体が緩んでいるせいかとても眠くなってしまいました。寝不足もあったでしょうが。
そして、歩くのに重かった足取りがとても軽くなり、足に合わない靴を履いていたにも関わらずあまり痛めることもなく帰宅できました。

私は呼吸が浅く、鼻炎のせいで口呼吸も多いのですが、普段から過呼吸ぎみです。セッション前に伝え忘れていたのですが、乳がん手術中の麻酔のコントロールがあまり良くなかったようで、手術中の医師の会話が聞こえていたり、麻酔から覚める時に意識が先に覚めてしまい、人工呼吸器を外してもらうまで呼吸ができずとても苦しい思いをしたことがトラウマになっています。それ以降、過呼吸になることが増えて普段から吐くことを意識しないとなかなか深い呼吸ができないのです。
それが、セッション途中から意識しなくても吐くことができるようになり、とても感動しました。これはずっと続いていて、今では意識しなくても、かなり吐くことができていると感じています。

また、体重を片側にかけて立つ癖があったのですが、今はそれをやると気持ち悪くてすぐ止めるようになりました。帰りの新幹線を待っている時に最初に気づいて、歯磨きしている時やドライヤーをかけている時など、やっていると止めるを繰り返してきたので頻度も減ってきました。
セッション当日の夜から、両肩がものすごく痛くなりました。今まで痛いと感じたことがない場所で、ライヴの後遺症なのか、首の痛みが下りてきたことに対する反応なのか、数日経っても消えなければ相談しようと思っていましたが、そのまま消えて行きました。

初回から、とても不思議な体験をたくさんしたので、今後どのような変化が起きてくるか、本当に楽しみです。
不思議と言えば、帰りの新幹線は乗る直前に指定席を取ったのですが、3人がけの通路側が珍しく満席だったので、窓側を取りました。品川駅から乗ったのですが、通路側も真ん中も誰もおらず、一緒に乗る人はおらず、新横浜からも乗ってきませんでした。
車内は割と混んでいて、2人がけはほぼ満席、3人がけも満席の場所もあるのに私の隣はガラガラ。お陰でぐっすり眠ることができたのですが、セッションと無関係とは思えない出来事でした。

CGデザイナ

セッション5

ピンポンをおすと前のクライアントさんがまだ最期の画像確認中であった準備をしていると入り口のチャイムがなり次のクライアントさんも来た、どうやら時間を間違えたらしい
そんなこんなをしているうちに今日の立ち位置はどこでも受け入れられるなぁと思っていた。
撮影ルーティーン後仰向けで施術台に重力を預けるすぐに身体の左側から施術にはいる今回は腸腰筋周りと聞いていた
特に頭、首周りに多くの時間が使われたように思うじわーっと圧をかけ頭や身体が広がって行く感覚足元に移動し施術時折身体の反応を見てまた頭、首
仰向け時は特に溶けやすい脱力そのものだそのうち脚の感覚が無になる
1日に何人の施術をおこなうのかこの過密さでこのクオリティの高い施術的確さ、知識、集中力、ミクロとマクロの視点誠実さ、精神性、積み重ね、探究心数え上げたらきりが無い程に高い位置で結実しているとしか言いようがない核心に触れているもう愛しかないと言えなくも無いような
右半身も施術を行い最後に腰のあたりをグイッと押されつつ指示が入ったので意識をしつつ腸腰筋を 左右を自身で動かす。
ゆっくりと身体を起こす頭はものすごくひろがってボンヤリだが首から下はスッキリしている脚は関節に高性能の油をさされたかのごとく軋みなく動く
施術後の写真確認にて身体のバランスを確認毎週のセッションでバランスが良くなるものの1週たつと身体がどこかの方向に傾くものですねと質問すると今は身体に対して緩める、広げるということをやっているので本来自身が持っている、あるいはつけてしまった癖が出やすい(傾きやすい)とのこと
ふわふわした頭で帰宅
その夜就寝中頭から胸、背中に施術後の調整がものすごい#1の時を超えるような寝返りを何度もうつ目覚めると上半身はキシキシと調整を続ける
さらにその夜は物凄い頭痛で本当に久しぶりにアスピリンなどしてみるほどの調整が入った以前と同じような歩くと左足の甲の痛みも1日だけまたでる(以前は治るのに5日かかった)
ロルフィングセッションは中盤を迎えここより徐々に上半身へと移行していくのだろうか楽しみである

セッション4

いつもの写真ルーティーン
今回は4回目の施術で骨盤の調整の回(施術内容に個人差あるかと)
前回同様横向きに身体を寝そべる半身を重力に逆らわずに施術台に
いつもの立ち位置は今回は足元前側前回は前側が気になったのでその日で自分の気分も変わるタイプと思う
まず足元から全身を調整して行く脚に触れている時間は短い時折離れる(離れているときは私は目を閉じているので何が起きているかわからないが、こちらはひたすらに身体を重力に預けているだけ)脚の付け根に指を触れてまた距離をとる。身体ではない身体の部分に変容を促すのか
その後は頭部に多くの時間が割かれた骨盤と頭はリンクしているのか
グーっと手のひらを軽く当てたりあなたの位置はココですよと言った様子後頭部、側頭部を施術頭がぐいーんと持っていかれるイメージ
時折脚に戻っては頭へ帰ってくる
体勢を変えて反対側も施術
施術後頭が持っていかれる感覚はあるが毎回施術後のスッキリとした感覚
施術後
画像確認で上半身の伸びと左右のバランスを確認
下半身は初回のような大幅な変化は少なくなりいい位置でだいぶ安定して来た感はあるがまだまだ変化、変容する
ここまでの変化をみると身体というものはすこぶる素直で実直なやつだとよくよく思わされる。日々の暮らしの負荷も簡単に受け入れ、耐える耐えすぎて病気になったりするのだが身体はとことん素直である(脳は騙すが)
就寝後
かなり骨盤から上が調整されている感じで背中、肋骨周辺、頭と 軽いムズムズ
寝返りもたくさんうつ
寝起きに朝は顔が一回り小さくなった感覚上半身は継続して調整中といった感

セッション3

施術

今回は施術台に横向きの位置で横たわるまず右側面を下に(任意で)施術台に重力に任せて楽にする。
左膝を折りクッションの上へ右脚は真っ直ぐ
田畑さんの位置はまず足元背中側次に前側前側には圧を感じたので後ろ側を
まず足元から触れるように施術が始まる脚の内側面と続いて行く触れる 軽く掴む 圧をかけると言った流れ(実際はここに書いた文字で想像するよりも繊細な施術でマッサージという類のものでは全くない)
次は頭部触れるから掴むとゆーっくりと圧をかけるその後首へ触れるこの辺りからお腹がゆるみ全身が楽になってゆく
二の腕、 脚側面と施術その後反対側も同じく施術
施術後
施術台に座る前回同様に呼吸は深く肩、首まわりが柔らかくなる
画像にて上半身の伸びを確認
椅子に座った際の姿勢が変わってきたように思う以前は浅く腰掛け、骨盤が寝てしまっていたがいまはそちらの姿勢の方がつらく自然と背筋が伸びるまた、長時間歩いても脚、腰に痛みがでることは無くなって来たようにおもう
聞けばこの3回を通して骨盤周りの調整をおこなってきたとのこと正しい位置で身体を支える地盤が出来上がりつつある
仙骨の位置、形も確認した。
帰宅途中いつものように背が伸びた感覚下半身もしっかりと身体を支えている
生来後頭部の右側が凹んでいたが#2でだいぶ左右のバランスがとれてきたようにかんじていたが本日の施術でよりしっかりと丸みを帯びてきた
翌朝腰、右上腕、左右二の腕に調整の痛み
長時間机に噛り付いて帰宅するも一晩睡眠で調整される
調子は上々である
柳家小三治のファンなのです。彼は昨年大きな手術をした死ぬまで現役ならばぜひにロルフィングをお勧めしたい。

セッション2

施術
今回はうつぶせ踵を施術台から少し出す
田畑さんの立ち位置足元左足側足元両脚真下
両脚に少し気配を感じる方が楽であった
施術前にウォーキングをして右足側が外に向いてしまいがち#1の2日後からの左足甲の謎の痛みも共有した今回は下半身を中心としたアプローチとなった
左胸が少し高くなるように柔らかいものをはさむ今回も体重を施術台へナチュラルにあずける意識
アプローチは左脚から指先で触れる感じ途中鎖骨への重さへの意識脚と鎖骨は繋がっているのだろうか耳の後ろが少しピリつく頭の上にアプローチ、若干の頭痛
仙骨を意識普段意識していないので頭で捉える体内での位置が希薄
再度左足へ触れるから掴むその後ゆるーく移動させるような動きに変化。太極拳をよりゆっくりとしたよう動いているのかいないかくらいの感じで移動してゆく脚
自身では脚に対して緩んでくださいの司令を送るも上半身に対して脚はなかなか手強く緩む感覚がこない普段身体全体を支えているためか筋肉、関節共に頑なだなと思うと同時に黙って全体重を支えてくれているのだなと感謝
右脚に対しても同様のアプローチ
施術最後の方で#1同様に重さが無くなる感覚脚に無駄な力が入っていないことに気づく
座りの姿勢では腰にしっかりと体重が乗り正しい姿勢でより安定している
立ち上がった際安定して大地に立っている感覚ブレなく立っていられる感覚
ウォーキングでは右足はまっすぐな感覚となり同じく背が伸びた感覚
写真確認では脚はまっすぐに腹部、背中が上に伸びスッキリした
頭痛はありますか?の問いその時点ではまだ無く後ほど少し現れた


施術後
帰りの電車の中で鎖骨へのピリつき頭部の少々の頭痛その後腹部左右のピリつきと身体の反応が随所にみられる#1より身体からの反応が早い模様水を多めに摂取する

施術後1日目
朝目覚めると腹部が調整されている感覚少し痛みもあるが全体的にスッキリしている目元周りも普段よりスッキリしている本来の身体の位置に対して全身が総出で馴染ませようとしてくれているようである。
その後仙骨の位置を調べる 今回の調整されている感覚は仙骨へのアプローチから来ている部分があるのかもしれないと思う(無論その要因のみではないとはおもうが)後日質問してみることにする。

セッション1

施術

全身の力を抜いて楽になる場所をさがす
なるべく余計な思考しないように頭と背中を地面に全ての重力を任せるようにした。
田畑さんの立ち位置は右足後方何も感じない、いやな感じじゃない右側側面、気配が感じとれるがわからない左足後方 右足後方同様左側側面 右足後方同様どれも嫌な感じはしなかった結果右足側面、気配はあるが楽にはいられた。
身体に触れた部分でいうと身体右側に多くの時間がつかわれたようだった(目を閉じていたので)
何度か意識は落ちていた(眠る)
1時間の施術のうち30分くらいのところで上半身が無になる瞬間があった、軽くなったような、(身体の変化のタイミングだったのだろうか)首元、頭に手をあてている際は頭、顔が縮んでいく感覚があった
その後段々と血流が良くなっていく感覚。

施術後
ベッドに座った際身体に頭がちゃんと乗ったったかもしれないと思ったが日頃の身体への意識不足のためかボンヤリと確信できない
歩いた際にあ、なんか上半身が頭が身体にちゃんと乗っかっているなという感覚
腕上げは施術前より確実に楽にあがる
写真画像をみて目視にてより明確に納得
自分の身体への感覚の遠さ感じる
帰りの電車で有り難みを感じるひとりではできないことだ
翌日
その日の睡眠はすこぶる良かった朝、目覚めた時はいつもの身体のダルさや眼の重さはほぼ皆無新しい朝を迎えた気分
呼吸が深い幼少期より鼻が悪く口呼吸が多かった上半身全体で呼吸ができている?
座った体勢で長くしごとをしているので腹部が硬くなり膨満感をずっと感じていたが目覚めた時はスッキリと腸が動いている感覚
施術中にも感じていたが体温が安定しているような感覚血の巡りがよく身体にしっかり巡っている自分に合う温泉に浸かった後のような
左足首、右手首、肩甲骨、右鎖骨付け根あたり筋肉痛のような関節が調整されている感
調子も良く行動的床に座って立つのがしんどくなっていたウェイトの増加のためかとおもっていたが身体の錆つきもあったということかと納得歩くのが楽、身長が伸びたような感覚子供が嬉しそうに夢中になってどこまでも歩いて行ってしまう理由が世界への好奇心の他、ナチュラルな錆つきのない身体の嬉しさや喜びからもきているのだろうとも思った。

RolfingxRolf Movementシリーズを終えた方のCS60体験

Rolfingシリーズ終了に続いて、Rolf Movementをその後月一回のペースで8回終えられた方が、何か新しいことをということで、CS60を使った施術を希望。以下、そのご感想です。

今回の施術は最初の立ち位置を決める時から、空間がすでに出来上がっていて、CS60を体に置く時には既に意識が半分の状態になっていた気がする


CS60を置いて、コロコロ動かしたりすると 手の指先かがピリピリし始め、そのうち温泉にある電気風呂に浸かっているようなピリピリ感! 時々少しピリッと感じる箇所もでてくるが、痛さはなかった
そのピリピリ感を楽しんでいるうちに、いつからロルフィングが始まっていたのだろう? CS60を使いながらの、ロルフィングの手技をはっきりと感じ始めた


体の中の空間が拡がっていく感じ、肋骨の自由度が増して、呼吸と共にゴムのように伸び縮みする感じ、体の自由度がどんどんあがっていく


気がつけば、背中はベットにしっかりと委ねられ、椎骨が頭まできれいに並んでいる感じ


右の足首、膝、股関節の関係がいつもは、しっくりきていないのだが、今日は 〰️この感じが欲しかった❗という収まりかたになっていた


最後に歩いてみて背骨と頭のつながりの感じ、骨盤と背骨の収まり方の感じ、がとても気持ち良く、骨で立っている感じを強く感じ、楽しめた


翌日、軽く走ってみた上半身は背骨と肋骨にしっかりと支えられ、肩甲骨が下がって、とても呼吸しやすくなっていた息苦しくなく走れたのは生まれて初めてだった

股関節と足首、足裏の関係も昨日の心地よさを覚えていて、膝がうまく足にのれて気持ち良かった


以上

「統合」ということを深掘りしたかった、という方のAdvanced5シリーズの感想

Rolfingトレーニング中の方からAdvanced シリーズの体験レポートが届きました。

◯セッションを申し込んだ経緯、理由

 「統合」ということを深掘りしたかった。そう考えた時に、田畑さんにお願いしたい、と言う直感やご縁を感じて申し込んだ。

 費用的、時間的側面からも、セッションの申し込みには少し決意が必要だった。しかし、その時点ですでにロルフィングのプロセスは始まっていたのだと思う。

 地元でロルフィングの10シリーズ、ムーブメントの5セッションを半年ほどかけて受けた後に、3ヶ月ほど間を空けて申し込んだ。それまでの過程でも、長らく抱えていた身体的な課題(腰痛や頭痛)、そして精神的な課題(イライラしやすい、疲れを感じやすい、など)には大きな変化を感じていた。

 しかし、そこでの変化をさらに進めたい、確かなものにしたいと感じたこと、さらに、「統合」という言葉に、何かもっと探求してみたくなる可能性を感じていたので、田畑さんへセッションの相談をした。メールで経緯を説明すると、アドバンスト5シリーズを勧めてくださり、お願いするに至る。

 田畑さんに相談したのにはいくつかの経緯があった。

 元々、10シリーズを受ける前、ロルフィングが気になって情報を集めていた時に、田畑さんのホームページの言葉や他の方の体験談を読んで参考にしていたこと。

 田畑さんの「間」のワークショップに参加した時の経験が素晴らしかったこと。このとき、クライアント役の方との間に、ほんとうに豊かな、”いのちの流れ”という風にしか言い表せない空間を感じられた。こういう場こそ自分が求めていたもので、またこんな場に帰ってきたい、創れるようになりたいと直感した経験がある。

 そして、自らの人生の岐路に立っていたこと。直接関係ないようだけれど、かつて吉本ばななさんや吉本隆明さんから、岐路になるタイミングで影響を受けていたことも、何かご縁があるのでは、と感じられる背景にあった。

 そうしたものが組み合わさった結果なのか、どうしてもセッションを受けてみたいと感じる、何か惹きつけられる思いを抱いていた。これが一番重要だったと思う。

◯セッションの時期、受け方

 2018年1月5、6、18、19日、2月6日の5日間。

 遠方に住んでいること、諸々の事情で東京に5回往復することが大変だったことから、相談の上、二日連続×2回、プラス一日の5回で完結、と言う予定でスタートした。

 また、セッションの時間は、じっくりと体に起こることを味わいたいと感じて、毎回2時間でお願いした。

◯セッション中、印象的だったこと

・田畑さんの働きかけと自分の反応

 セッション開始時から、田畑さんの立ち位置によって、体の感じ方が大きく異なっていたこと。そしてその最初に感じた感覚がセッションの間に起こる変化を象徴していたり、プロセスに織り込まれていくこと。

 例えば、セッションの最初に仰向けに寝ていて、左右の足元側に順番に立たれた際、田畑さんが立つ右側の脇腹が暖かく感じられたり、逆に左側に来られると左肩と側頭部の間の空間がやけに冷たく感じられたりする。田畑さんにそのままを伝えると右側に立たれてセッションが進む。

 右脇腹にあった暖かさが、順に体を伝わって左肩に届いていく。すると左肩と頭の間にあった冷たい空間が次第に広がってきて、その空間に押されるように頭が右に傾き左肩が下がる。さらに左腕にうねうねとした動きが起こってきて指先まで伝わる。落ち着くと、胸郭にそれまでなかったスペースが生まれていることにふと気づき、目一杯空気が入ってくる。

 その過程での田畑さんの働きかけは、その存在で、私が落ち着ける場所を創ってくれること、何か動き出しそうだけれど滞っている箇所に言葉やタッチで変化のきっかけを与えてくれること。そういう風だったように感じる。

 そう書くとふわっとしたセッションを予想される方もいるのではないかと思うが、あくまで私個人の体験だけれど、自分の内側に溜め込まれていたものがどんどん引き出されて、むしろ、とてもダイナミックな体験だったと感じる。自分の中から起こる強烈なレスポンスに驚き、ときに振り回されそうになるほど。田畑さんに見守られていると、私自身よりも私の体を(ある意味での厳しさも感じるほど)真摯に、深く見つめてもらっているようにも感じた。

・閉ざしていた感覚に気づく、骨盤が動き出す、脚を信頼し始める

 強く記憶に残っていることの一つが、2回目か3回目のセッションで、右の体側を下にして横向きに寝ていたときのこと。足の裏や右脚の内側などに意識を向けたりした後に、ここの重さを感じてみてください、と右坐骨の内側を軽くタッチされる。すると、骨盤の左右の骨達が、滑らかに、”溶ける”ように動き出すのを実感する。

 それまで私の中では、骨盤というのは一つの固まった存在だったので、そんなことが起こるとは夢にも思わず、ほんとうに驚いた。

 ふと、幼少期に工事現場の大きな駆体の上を飛び回って遊んでいた時に足を踏み外して恥骨を強打したことを思い出した。骨盤自体は自由に動ける可能性があったんだけれども、いつからか、ずっと骨盤を”固めて”いたんじゃないだろうかと。テーブルから立ち上がって歩いた際に、脚と骨盤、骨盤と体幹との関係性が新しくなっていて、感動したことを覚えている。

 その前のセッションで、15年ほど前に手術した右膝のあたりが扱われたとき、最後に立ち上がって歩いてみると、右脚への信頼感が生まれていることに驚いた。歩く時に、右脚の周りを心配せずに足を踏み出している。むしろ、それまで無感覚すぎて、自分が右膝の周りの空間をずっと心配しながら一歩を踏み出していたことに、そのときようやく気づけたくらいだ。こうしたことが重なって、イールド=委ねるということや、自分と周りの空間との関係性、ということの意味が深く感じられるようになった。

 セッションを重ねるにつれ、反応は段々深まっていった。あるセッションの前に、そのセッションのテーマとなる箇所が疼いたり痛みを感じたりすることもよくあった。セッションの日の朝起きたとき、腰のだるさや痛みを感じていたら、その後そこがまさにテーマになったり。次第に、深いところからの自発的な反応も現れてくる。

・ディスチャージ

 4回目のセッションでは、うつ伏せの状態でスタート。冒頭、ヘッドレストに頭を入れていると強いめまいがして寝ていられず、頭をテーブルの上に横向きにして伏せることでなんとかうつ伏せになることができた(そんなことは初めてのことだった)。

 セッションが進む中で右肩の周りの空間に意識を向けていたら段々と右肩が自発的に動き出し、激しく右腕全体をバタバタと振り回すことに。あまり激しい動きにこの後どうなるのかなと思っていたら、少し離れて見守っていた田畑さんから、お臍のあたりにその感覚を集めてみてください、との言葉。すると、右肩や腕に集中していた”動きの衝動”が、お臍に伝わり、それが頭に昇ってくるのが感じられた。

 その衝動がめまいのように頭の中でぐるぐる回りながらも、”それ”がどこに行きたがっているのかを感じて、そのままに許していると、背骨から下にまで伝わってきて、段々、体全体がうねうねと動き出す。腕や足もそれにつられて動く。最初はとてもぎこちなく、アメーバのような動きだったが、次第に動きの流れが現れてきて、テーブルの上にいながら、まるで水の中を魚がうねうねと泳いでいるようだなと感じていた。

 動きの衝動は、お臍から出発して頭に昇り、首、胸から腕、お腹を通って骨盤、そして脚へ、と言う風に全身を伝わっていく。そのサイクルが何度も繰り返され、動きの流れがハッキリしてくる。自分を観察する余裕があるようでいながら、自分の中の動きの衝動の力強さに促されるようにプロセスが進んでいった。絶妙な間合いで田畑さんにサポートされ、促されながら。

 おたまじゃくしが陸に上がり始める時のように、手をついて上半身を反り起こしながら頭から足まで体を揺する。さらに四つん這いの姿勢になり、体を揺する。体のパーツを頭からそれぞれ、順に大きく揺するような動きだ。

 その頃、田畑さんがマッサージテーブルの高さを下げ、ゆっくりとテーブルから降り、床の上に敷いたダイセムシート(滑り止めマットのようなもの)に手や足を置くように促される。四つん這いでしっかりと大地に出会えた感覚がした。大地を得た事で、体を揺する動きに細やかさも加わってくる。頭に浮かんだのは、水に濡れた犬が頭から順に全身を震わせ、水しぶきを飛ばす様子だ。手や足の指先まで動きは伝わっていく。汗も大量にかいた。

 四つん這いから、ゆっくりと起き上がり、二足で立ち上がっていく。その間にも、臍→頭→全身→足の先へという揺れる動きは続く。セッションのクロージャーに向けて、田畑さんから、手も使いながらお臍の周りに感覚を集めて”漏れない”ようにすること、衝動を感覚で追いかけながらなるべくゆっくりと小さな動きにしてみることを提案され、動きがようやく小さくなり、外に出て帰ることができそうな状態になった。

 1時間以上は震えていたのではないかと思う。そうしたことは全て初めての体験であったし、アドバンストシリーズを受け始めた時には予想もしていなかったことだ。驚きつつも、しかし、田畑さんのサポートの中、体から自発的に起こってきたことをそのまま進めることができた。それにしても、水の中にいる感覚から二足で立ち上がるまでを経るというのは、まるで生命の進化を追いかけてきたような体感だった。

 セッション5では、セッション前にいつもより口をすぼめる動きが気になるということを申し出ると、口の中のワークも行うことになった。いつものようにとても優しく、でも触れられた場所の感覚が確かに目覚めるタッチで、歯茎や軟口蓋を触ってもらう。そうした場所の重さを感じてみたり、軟口蓋に太鼓の皮のような張りを感じみたりしていると、口の中から先回と同じような動きの衝動が起こり、最初はぎこちなく、しかし徐々にはっきりと、消化器をスパイラルのように通り抜けていく流れが、実際の体の動きを伴いながら感じられた。

・日常、統合へ

 各セッション後には、体のどこにスペースが生まれているのか、全身がいかに重力の中で調和して立てるようになっているのか、セッション前後の立ち姿の写真を見比べながら確認をした。

 体のアライメントなど構造的な変化に加え、周囲の空間との関係性が変わっていたり、無感覚になっていたところに感覚や信頼感が生まれること、さらに、視界が広がり明かりがすごく快く感じられるというような感覚器官の変化までもが、セッション後には感じられた。

 変化のプロセスは、最終セッション後の日常でもしばらくハッキリとした形で続いた。夜中に突然目が覚めて、体の動きが色々と起こる日が続いた。セッション中にお臍→頭→全身へと巡っていた動きの衝動は、体表、筋骨格系、消化器系、脳脊髄系でも起こった。それに伴い、体の繋がりが弱いところ、滞っているところをストレッチしたり。体に任せていると、今まで一度もとったことのないポーズ、動きで組織が伸ばされていく。中には、ヨガにありそうな姿勢や動きも含まれていて、何年も前に参加した初心者ヨガを思い出したり。自分の動きを追いながら、ヨガが生まれた背景が勝手に感じられてくる。

 また、時に自分の腕で自分をハグする動きもあった。”自分をこんな風に大事にしたかったんだ、今まで気づかなくてごめん、ずっと一緒にいてくれてありがとう”、という気持ちが湧いてくる。そうこうするうちに、ひとしきり済んだかなという感覚が生まれ、またぐっすりと深い眠りにつく。

 日中、嗚咽の衝動が起こったり、これまで言えずに溜め込んでいたであろう言葉を連呼したりすることもあった。吐瀉物は全くないのに嗚咽の衝動が続いて辛いなと感じられた頃に、田畑さんに相談した。

 相談のメールを書くだけでも少し反応が落ち着いてくる。そのお返事のアドバイスはどれも助けになったが、特に、自然に触れ合う、浸る、ということがとても響いた。

 日中、一人で車を運転していると、当初予定していたルートにはどうしても体が行きたがらない気がしてくる。代わりに、手がハンドルを操り、目が行きたがる方向に任せて運転していくと、これまで一度も訪れたことのない、気持ちの良い丘の上に出た。草むらが続いていて、少し先には雑木林が見える。通り抜ける風も、太陽の光も、全てが心地よい。そこでぼーっと散歩したり、好きなようにストレッチをしていると、狼か馬になってそこを歩き、走るイメージが浮かぶ。たまたま訪れた場所なのに、ずっと来たかった場所、もともと居た場所であるかのように感じて暖かい涙が流れる。

 そうして、一つ一つの体験を経るたびに、統合、ということが実感されてくる。身体それ自体の繋がり、心と体の繋がりの感覚、起こってくることへの信頼感が深まっていった。

 その少し後だろうか、結構頻繁に感じていた目眩(当然のことになっていて問題視もしていなかった)が少なくなっていたり、以前は疲れたらすぐ横になるといったように休憩を必要としていたのが必要なくなっていたりすることに気がつく。自己調整力のようなものがついてきていることが感じられた。

◯今になって振り返るアドバンスト5シリーズについて

 「体は賢い」ということに、思わず頭が下がるようなセッションだったように思う。大きく、深く、いつまでもそのプロセスが続いているように感じられてきた。

 その間、学びを続けたり、間を空けて他の方からロルフィングやSEのセッションも受けたり、その時必要と思われる事を探求してきた。そして1年半以上を経て、一つの区切りが来たのかもしれない、と思えるようになった。

 その間の気づきを短く表現すると、呼吸器系を通り抜ける動きが起こる、いろいろなものが直線ではなく螺旋状に振幅している、振幅=上下/前後/左右/内外の両方向を持ちながら循環・往復すること、体を動かす衝動の奥深くには(いつも)静寂・呼吸がある、自分と他者へのコンパッション、といったこと。

 それらが全て、自分と繋がり直し、世界と繋がり直すことに結びついているように思う。ロルフィングを受け始めてから体験した沢山の事が、まるで一つの大きな物語の伏線だったかのように感じる。

 今回、何とか自分の中で言葉にしてみたけれど、これからも身体の、自然の賢さに驚かされ、探求する旅を続けていきたい。

 その大きな転換点を共に創ってくださった田畑さんには感謝の念が絶えない。

クライマー

※10シリーズ後、クライミングのパフォーマンスを上げたいという希望と、より探求を深めるために、Rolf Movement®のセッションにいらしています。

セッションの次の日です。昨日はありがとうございました。
セッションの最中には、色々気づくこともあり、後で伝えようと思うのですが、終了直後には、かなりぶっ飛んでしまって、しばらくしてから思い出すことが多々あります。
昨日も指先から手の骨、肩甲骨、肋骨、背骨へと動きの連動を感じる中で胸骨の横のところの肋骨の動きを感じた時に、そここそが、日常の動きや、クライミングで、上手く動かせなくて、模索していた場所だったので、ビックリしました。


体の側面を収縮させるときにいつも反対側の伸展する部分に意識をおいて動いていたので、脇の下のあたりの肋骨のあたりを動かそうとしてもなかなか出来ず、胸骨をスライドさせて、そこを収縮させたらいいのかなぁと考えていたところでした。


それが小指、肩、肩甲骨、鎖骨、座骨とのつながりでもっと楽に動かせることを学習しましたそしてその動きが首の辺りの緊張感を緩和することも学習しました。


そして、その一連の動き流れをかんじることができるようになりました
懸案の動きだったのでタイムリーでとても嬉しいです。


ありがとう


田畑さんのイールドの手法はやはり前提条件として、バックグラウンドにあるロルフィンクの知識がかなり大切なんですね。


私は、なんとか空間を感じること、自分の安心安全を保つこと、に関しては、いつかはすこしは近づけそうですが、
何を観察するかという所は果てしなく遠いなぁと感じています。
今は取り敢えずは、空間と安心安全に注意を払えるようになりたいです。

Rolfer’s note:  毎回ハンズオンする前に、お互いに”いい間合い”を見つける時間をしっかり取ります。この方の印象では、毎回、その間合いから受ける感覚が全く違うそうです。同じ施術者と受け手の組合せで同じセッション空間なのに、毎回異なるという現象はとても興味深いです。セッションがそれだけクリエイティブで、その時だけのもので、しかも身体が望む変化が起きているというのは、理想とするセッションだと思います。

今回のセッションは指から触れていったのですが、そこから反応が肘、肩と波及して、胸郭にも至り、流動性と繋がりが再構築されたのがこちらからも観察できました。左右対称に働きかけずとも、片側の空間的拡がりが次第にとなりにも移る統合が比較的短時間で起こって、うまくまとまったプロセスも興味深かったです。

自分というものを認識するのに良い機会としての10シリーズ

10 回目

セッションが始まって、じっと横たわっているとお腹がぽかぽかしてくる。
頭の中心は、勢いよくどんどんと沈んでいく。
手先足先はじんじんしてくる。
胃腸がきゅるきゅると鳴り始める。
左半身の存在が強い今日。
左半身が浮いて、膨張しているかのよう。
右半身は、おとなしい。
額にじんじんと強い感覚がやってくる。
色々なイメージや色彩を帯びたものたち。
その内に頭の中は光でいっぱいで明るい、集まってくる感じ。
今セッションは始終、心地よかった。
セッション直後、以前より顎が引いている。
右の肩周りが前にせり出している感じ。
バランスボードに乗ると、右半身がどんどん沈んでいき、先ほどの違和感はもうない。
帰り道、しあわせ感。
のどから胸、みぞおちへと心地よさが流れていく。
体の内側からくるぽかぽか感。
とは別にある一時、肺や右脇腹、内臓に鋭い痛みが走る。
後日、歩いていると嬉しくなってくることがある。
体をつかうことがたのしい、そこに心地よさを感じるように。
そういえば、今まで体をつかうことはどこか修業だという感覚でいた。
日々の生理的現象も含め、体をうごかすことが面倒。
いつ頃からだろうと思い返すと、小学生低学年で既にそう感じていた。今は、体がおだやかでここにいることにやすらいでいるよう。

今回のRolfing10シリーズを終えて、
その人にとっての「すこやさかさ」って何だろう?
これだけきちんと変化みられる…、ということは、
それだけ産まれてから(産まれたときから)、日々積み重なっていくズレみたいなものがあるということだよな~、と。
そのように思い巡らせているときに、産まれてくることをイヤだと感じていたことを思い出しました。
この器におさまることに俄然不満だったようで、窮屈だと感じていました(笑)
このときの感覚が今生きていく嗜好性にも影響しているようです。。
色々あっておもしろかったです、どうもありがとうございました!

9回目

<7/31 セッション9回目の当日>
セッション中、頭、首に指をあてられているととても心地よい。
振動が伝ってきて、どんどん強く感じるように。
手先までじんじんしてくる。
額がぐわんぐわん大きく波打っている。
頭をめぐっている思考もしずかに…。
様々な領域のイメージの断片が混じってくる。
うつ伏せの体制で気付くと右肩が接地面より下へめり込んでいて、体が斜めに。
平衡感覚溶解。
お腹から押し出されるように、のど、頭へと込みあげてくるもの、
胃の中のものを戻しそうな感覚。
セッション後、体を今は動かしたい、もう少し歩きたいという気持ち。

翌朝、額がぐわんぐわんと波うっている。
それに伴い肉体の平衡感覚もいつもと違う。

ここ数日は、毎朝起きると、穏やかでしずかな心持ち。
至福感を感じるときも。

体の疲労時とテンションが高い時のギャップが小さい。
どこか肉体のリズムに安定感。
また、日々様々な感覚や感情があるけれど、それらのエッジがはっきりしている。
以前は、もっともやっとしていて、地続き。

8回目

<7/23 セッション8回目の当日>
朝から体が軽やか。

電車の座席から降り立ったとき、体がスムーズ。
長い間、じっと座っていた後の歩き始めは、体がだるいのだが、
今日は、動作の移行がすんなり。

頭がぐわんぐわんしている。

セッション中、足首が包まれているとき、
足裏に何かをあてられているとき、
とても心地よい、やすらぎ感。

ある時、左肩がガクンと沈む
一時、意識が遠のいた。

セッション直後、頭の左右から上方に向かってのスペースに強い存在感。

歩いていると、視界がクリア。
前面の頭上高くまで柱が立ったように、
頭上方にスペースを感じる、ひらけている。

翌日、今まで熱心だったコトに気持ちが動かない。

気持ちが動くコト・モノがない。
気持ちの腑抜け状態なのだろうか。
心身の状態は悪い感じはしない、いつもの空虚感とは全く異なる。

<7/25~>
ここ4,5日間は夜、ほとんど寝付けず。
眠気なし、体がそわそわしている。
夕方になると、頭が重く、体に強いだるさが出てくる。
夜になるとそれもどこかへ。
朝夕は、ところどころ、
特に顔から首、胸の上部にかけて、皮膚がヒリヒリした。
日ごとにその箇所は減っていく。

その後は、ぐっすり眠れる日が続き、皮膚のヒリヒリ感もなし。
目が覚めてから夜寝るまで、何をするにも動作がすんなり。
気持ち、気力、体力のどれかがついていかないことってあるのだが、
ここ数日は、それがない。

ここにきて、
ロルフィングを始める前と後(今現在)での違いが、
とてもわかりやすく観ていておもしろい。
肉体面・生理的な部分の変化。
出来事に対する反応の変化。(ちょっとしたことだけれど、とても大きい)
環境(家⇔外など)、モード(動⇔止)が切り変わってもそこにギャップを感じない、すんなり、などなど。
ギャップを感じないというこの感覚は、
内や外が、右や左が交流している、連動している、ということなのかなと。

7回目

<セッション7回目の当日>

今朝は、楽しい気分。

セッション開始、横たわっていると背中がぽかぽかしてくる。

体の左右が少し内側に巻き込まれている感覚。

その包み込まれている感じがとても心地良く、安心感がある。

頭に手をあてられている時に、左右の骨盤が動く。

背中側に巻き込むように少し傾いた。  「コマク」云々との声掛けがあったときに、「コマク」って何だっけ? と、

その言葉の意味にまで頭がまわらない。  

頭に振動が伝わり始める。頭頂まで。 この頃には、完全に意識が遠のいていた。

あごの内側。今まで、ここを意識する機会は全くなかったな~と。

初めは、体が緊張していた。

この後、体がクの字になっているように感じる。

左半身側は、小さくて暗い。 右半身側は、明るくて広いスペース。肩甲骨から腰にかけて意識を向けると、一気に沈み込んで意識が遠のく。

セッション終了直後、視線の位置が変化(アゴが下がっている)。みぞおちからお腹にかけてオープンなスペース、軽やか。

約1時間のセッション。でももっと長く漂っていた感じ。

翌朝、 全身がひとつのまとまった感覚、穏やかさの中にある。

安らいでいて、心地よい。時々、動作がとまる。頭空っぽ。

日々のことを楽しいと感じるように。

セッションが始まってから、色々とバラバラに感じていた感覚や混在していた意識が、ここにきて、ひとつのまとまりとして感じるようになってきた。  

<7/21> 夕方より、強い眠気。

6回目

<7/2 セッション6回目の当日>
セッション中、その場にとても心地良くいた。
呼吸の度に内臓の伸縮を大きく感じる。
胴体全体で呼吸しているかのように。
後頭部を伝っていく振動が心地良い。ボールに両手で重心をかけている時、前面が突然、パキッと開けた感じがした。
セッション後、何かをしたり考えているとき、断続的に頭が空白に。
帰り道、ふと体の前身に大きなボールに支えられているかのように、
ゆるいカーブができているのに気づく。姿勢の変化。
この日は朝から、感情の揺れ幅がとても大きかった。
ここ最近、下半身の軽やかさは、セッション後だけではなく、
いつものことになってきた。
そして、日々日課、習慣になっていたことをしなくなってきている。
することが減った分、時間にもスペースができる~。
日々のスケジュールの変動スパンも短い今日この頃…。

5回目

<6/26 セッション5回目の当日>
今朝は、気分上々。
「主体的」に取り組むことへの気持ちが強く出てくる。

セッション中、
右半身と左半身の差を今日はところどころで強く感じる。
喉の右半分を通って上へ、すぽっと何かが抜け出てくる。
喉のイガイガ、右目のじんじん、喉か鼻の空洞が鳴っていたような。
頭部がむずむず。

セッション直後、後頭部の付け根に広いスペースを感じる。
ひとつながりの範囲が、上下左右にさらに大きくなっている感じ。
腰から肩の上部、体の少し外側まで。

帰り道、体はへばっている。
気持ちは、それとは裏腹にじっとしていたくない、動きたいモード。

何だか不穏。
頭のむずむずと、胴体の内側の具合いが変で心地悪し。
夜は寝付けない。
寝返りをうって、収まり良い体制をさがすが落ち着くところなし。
2、3日、この状態が続く。

翌朝、軽い頭の痛みとだるさ。
胸はむずむずしている、こちらはくすぐったいような気持ちよさ。

今セッション前後は、日々のことで、
整備されたもの、穴があいたもの、変わって動かしてみたもの。
今、振り返ると多々、動きがあったなぁ、と。

<6/30>
久しぶりに、ぐっすりとよく眠れる。
身体の内も外も軽やか。
空気が切り替わった。

4回目

<6/19 セッション4回目の当日>
セッション早々に、緊張していた左足が面白いぐらいに一気に軽やかに。
左向きの体制時、体が背中側から前面へ押し出される感覚。
今日も足先から頭に向かって、顔面を振動が伝っていくのを感じる。
次は逆で足先、手先に向かっていく。肩周りは、円を描くように。
腰の左部分が動いたような。位置が少し上に。
時々ある田畑さんの案内に従って、そこに意識を向けていくのがおもしろい。
「それ」の度に、その部分が沈んでいく。
ある時、それを機に突然、川が流れ出したかのように、
下半身から腰を抜けて上半身へ抜けていく。
腰は水門だったのだなぁ、と実感したこと。
終了時、開始からほんの数分しか経っていないような感覚。腰と背(胴体)がひとつのつながりとして感じる、在る。
どっしりと、ドラム缶みたいに。
<6/22>
嵐の日。内側の。
日々あることのひとつやふたつに、とても大きく揺さぶられる内側。
今迄もあったけれど、今回は休火山が活火山になったかのよう。
煮えたぎり、身悶えする内側の何か。反乱中。
何かすごかった。
翌日は、ケロッとしている。台風一過のしずけさ。

3回目

<6/11 セッション3回目の当日>
朝方、右足がつる。
昨日は、両足がつった。
セッション2,3時間前からだるさと強い眠気、歩いていてもへとへと。
セッション中の横の体制は、とても落ち着く、心地よい。
振動が伝っていく。ふくらはぎ、首から頭上にかけて、背中、腕。
腰上部が大きくなった感じ、床との接地面が広い。
とても安堵感のある心地よさ。
セッション直後、まとまっている感。
その日の就寝時、おなかがとてもあたたかい。
それと、頭蓋骨、背中、顔面を伝っていく振動。
<6/12>
翌日、体に意識向けると、まだ昨晩のセッション時にあった振動が背中を上腕を伝っている。
肉体の少し外側の部分がブロックの組み換えしています、というような感じで動いていて、それが何だか落ち着かない。
気持ちと思考は、散乱状態。焦点を合わせにくい。
思考は常に揺れ動いている、やじろべえみたい。
<6/14~>
寝起き時、イマイチな気分とは別に、頭(思考)はどこか落ち着いている、さわやか。
そして、心の奥にはしずかなわくわく感が。

2回目

<6/6 セッション2回目の当日>
朝、体がだるい。
セッション中、
腰上部から頭に向かって、左右の振動が体内の中をつたっていく。
ふくらはぎを刺激されているとき、時々、頭を突き抜ける感覚。
これらは、ちょっと気持ち悪い。
頭の中心(おでこの後ろ)でとどまることもある。
こちらは、しっかりホールドされた感じの心地良さ。
セッション直後、頭のぼーっと感なし、クリア。
今朝までの鬱っぽさはどこへやら。
感情が動き始めた。
<6/9>
自分の中心軸みたいなものがしっかりしてきている、
その存在が際立っている感覚。
夕方になると、今日の活動は店じまいモードになるのだけれども、
今日は、肉体的にも気持ち的にも衰えない。

1回目

<5/27、28>
頭痛、人の言っていることを何度も聞き返す。
時々、何と言っているのかわからない、ある部分だけ。
そこだけ何度も聞き返す。
夕方に耳鳴り。

<5/29 セッション1回目の当日>
朝から頭がぼーっとする。

質問票、書こうと思っていたことがさっぱり思い出せない。
質問票の内容に対して尋ねられると、ガーッとしゃべったかと思うと、
時々、ピタっと止まる。

今の肉体の感じは、
ふくらはぎがぱんぱん。
おなかの腸あたりもぱんぱん。

セッション中、右半身の所々がピシピシいっている。
眉感、おでこがぎゅーとなる。

鳩尾からおなかにかけて、とても心地よい。
大きな球体を抱えている感じ。ふわっとしたベージュピンク。

セッション終了直後は、
バラバラ感、まとまりがない。
首から頭にかけては、空気みたいに軽くなっている
下半身は軽やか、ふくらはぎのぱんぱんはどこへやら。


身体と空間のワークショップのレポート

2019年8月12日のロルフムーブメントワークショップ:シリーズ空間と身体〜喉を通して共鳴する、に参加された方から、体験レポートが届きました。

空間を扱うワークの意味と可能性を示唆する貴重なレポートです。ご本人の許可を得て掲載させて頂きます。尚、参加された方とペアを組みワークを受けた後の感想です。

8/12のWS以降スッキリと軽くなったと私が感じている左顔面の部位(眼輪筋、前頭筋周辺)にずっと意識を向けているうちに、そこが9歳で左眼球の摘出手術をした時に気絶しそうな程痛かった部位だと思い出しました。
私の意思では制御できない身体の感覚が、どうやらその痛みの記憶を手放したようなのです。
3歳で左眼球に針金で受傷し2度の手術後、角膜が白濁し慢性的に結膜炎を患い、9歳で眼病を発症し右眼に転移する虞があり、小学4年の冬休みに急遽左眼球を摘出することになりました。左眼を摘出することは、結膜炎でかかりつけの眼科医が私の精神状態(白濁した左眼を隠すために眼鏡をかけ、それを級友にからかわれいじめられるために常に引っ込み思案で、医師に質問されても何一つ答えられないこと)を見かねて眼鏡の不要な生活に変えようとする意図もありました。私の代わりに医師の質問を常に引き取って答えようとする母に、「お母さん、僕はお母さんに質問しているんじゃないんだよ、この子に答えて欲しいんだよ。この子はこのままじゃだめだ、今の年齢を逃したら手遅れになる」と医師が言ったことがありました。

1974年当時、現代の医療とは異なりひどいゴム臭のするマスクで全身麻酔の薬剤を吸うときの不快感(耐え難くて口で呼吸した)その臭気にラベンダー、紫色のイメージが浮かんだこと手術室から病室のベッドに戻され、左手の甲の静脈(今も針の傷跡が残る)に入れられた点滴を看護婦が外すとき、全身麻酔で痺れ切っており身体に触れられた感覚が全く無いことこれほど麻酔が効いているのに、うっかり右眼の視線を動かすと突然左眼とその周辺に顔の内側から激痛が起こり声も出なかったこと子供なりに考えて右眼を動かさなければ良いと気付いたが、眼を閉じていると眼球はいくらでも動いてしまうこと
気を付けていても廊下の足音や病室を出入りする人の気配に気を取られ、眼球が動いてまた激痛に襲われることうぉー痛いよ、痛くてもう顔の左側半分いらない、助けて、助けて・・・  と思いながら、付き添う母が心配するだけだと思い黙っていたこととうとう病室の天井に嵌められた穿孔板に気付き、この板の、上から何番目、右から何番目の1点だけを見つめ続けることで激痛を回避したこと当時の全身麻酔施術の副作用で必ず催す嘔吐 
戻しながら、気分が悪くなるのは感じる、吐瀉物が食道をせり上がるのも感じるそれなのに、食道が胃液で傷みひりつく感覚は無い麻酔って不思議だなあ・・・と思ったこと

身体の中でそれらの激痛の記憶が、先日のWS後に無くなったことに気付きました。頭で思い出すことはできますが、感覚は曖昧になりとても気持ちが楽になりました。物理的に顔半分を切り捨てることができない代わりに、感覚ではとっくに捨ててしまって、身体を閉じていたのでしょう。今まで左側の空間を認識できていなかったので、床に落とした物を拾おうとして屈んだ拍子に頭が跳ね返るほど家具に左顔面をぶつけたり、他の部位に予想外の打撲を負うことが何度もありました。
今は身体の左側の空間を感じることができています。まるで身体に風が良く通るような感覚です。ベッドから左側の壁までの距離や、右半身を下にして横になっているとまるで天井がやさしく見下ろしてくれているかのように天井までの空間を感じます。9歳からの今日まで、長い年月だったと感慨深く思います。
おかげさまで、私にはとてもパワフルな間合いのワークの体験になりました。田畑先生やパートナーを組んで下さった方にありがたく御礼申し上げます。このWSシリーズは何度でも体験してみたいです。

17回目の感想

10シリーズ終了後、月一回の割合でムーブメントを受けに入らしている方が、初めてセッションのご感想を寄せて下さいました。ご本人の許可を得て掲載させて頂きます。

↓↓↓

Rolfing session with sensation of pituitary gland.

昨日はセッションありがとうございました


ここやそこが違和感があると種々あったのですが、頭触ってもらいたいなぁって思っていたので、頭を触ってもらった時にはよしっ
と思いました


昨日の今日ではありますが、何となく意識が身体の中にようやく納まった感じがしています
とても新鮮な感じでワクワクしています
ひと昔前は肉体なんてなくて、意識だけだったら、もっと楽で楽しいのになぁって思っていたので、
自分にとっては初めての感覚楽しんでます松果体で見るとか、忘れちゃったりするかも知れませんが
このワクワクはしばらく楽しめそうです
ありがとう


あまりにも嬉しくて、お礼まで

Rolfer’s note: 17回目セッション前の状態として首から下まではとてもつながりがいいけれどもその上がついてきていないように感じるとのことでした。目の使い方に関して、対象を掴みにいくような使い方:いつも先走っているような感覚で、たとえば何かを食べるときも、実際食べる動作をする段階には、意識はすでに食べ終わっていて体験済みなので、さっぱり楽しめていないことに気がついたそうです。
まずムーブメントで目の使い方から入っていって、ある層からつながりが追跡できなくなったので、切口を変えて、松果体の位置を感覚で辿ってもらって、その位置から観ることを試してもらったところ、それがヒットしたようです。

ロルフィングで目指していることと、健康ビジネスとの違い

先週のRolf Movement認定ワークショップに参加された方のうち、お一人だけ、ロルファーではない方が参加していました。その方からの質問から、統合についてのディスカッションになりました。

ロルフィングの基本方針として、クロージャー(終結)があります。ロルフィングでは、自分のバランスに責任をとってもらうことを目指してワークします。個々の状況が違いますが、最終的にロルファーの手助けが必要とならない状況がゴールなのです。

一方、健康ビジネス、商業的目的のセラピー・トリートメントも含まれますが、その商品・その施術を常に消費者が必要となるように、言葉を換えれば、常にお金を落としてくれることが目的になっているかもしれません。

セラピーに限っていうと、今行っている施術が次につながるような目的が含まれるセッションと、今できることは限られているけれども、将来的にクローズできる状況をゴールとしてワークしているセッションでは、その意味が根本的に異なり、そのことがセッション全体に影響しないわけはありません。

施術者が、クライアントを顧客として囲っていることになるとしたら、受け手がすごく調子よくなることを心の底から願っているとはいえないからです。そういう場所にいくと、何となく次の予約を当然のように取らされるたり、後で連絡するように振り切ろうとしても、何となく後髪ひかれるような感じが残ったりします。悪徳セラピストの中には、何かが改善しないのは次に来ないあなたのせいだと脅すケースもあるようです。

世の中の流れも、単体購入から、毎月ちょっとずつ支払う定期購入型の商品やソフトも増えているように感じます。1回限りの購入だと、安定性も少ないのも事実。

セッションに例えると、ロルファー一人の見立てだと、見落としている問題や制限に、別のロルファーだと容易にそれに気づきワークできるため、さらに統合することがあります。よほど、毎回そのセッションが本当の意味での即興的なライブなものであれば、同じロルファーから複数回セッションしても勿論意味があるし、ましてや、セッションを重ねて息も合ってきたレベルであれば、それはそれで大切にしていいと思いますが、ロルファーと受け手はその関係性を作ること自体はセッションのゴールではないことを覚えておく必要があります。

 

10シリーズの継投

遠方の方で東京に出てくるついでがあったために、 10シリーズを途中で引き継ぐ形になりました。それまでのセッションも有意義だったご様子でしたが、そのロルファーからの推薦ということでお引き受けすることにしました。

以下、ご本人の了承を得て、お送り頂いた感想をシェアさせた頂きます。

ロルフィング を受けて、よくも悪くもそれを過程として捉えるということで、何か自分の中でどう表現していいかわからないという状況にあるため、田畑さんからどうですかと尋ねられて、どう答えていいかわからない自分がいました。ジャッジしない、中立であることが大切だなぁと思ったら、よかったと、素直に喜んだりしてはいけないような気がしたり。

ですが、逆にすぐに言葉が出なかったということはマイナスではなかったかも、むしろ、体に焦点がよくいくようになったのかもと勝手に自分でよく解釈しました。

また、体の痛みから解放されたり、思った以上に体のスムーズさが起きたから、一体、自分はどこに不調があったのかということがわからないというような気になったのかもしれなかったかと後から思いました。

体の痛みは少し出るときもありますが、体に柔軟性が生まれたり、姿勢の変化も感じられます。

まず、自分の状態を記述する作業ですが、今まで振り返ったことがないなぁと改めて、体について考える機会がありました。それは具体的にしていくことが、さらに自分の体について敏感になることへのアプローチであったり、気付きにつながる第一歩なのかなぁと思うのと、改めて、体がこれまでいろいろとありながらも、頑張ってきてくれていたんだなぁと思うきっかけにもありました。

初めて受けた田畑さんのセッションはある意味、驚きました。というのは、本当に、触れたかどうかの距離感というか、触れ方が何か物足りなさを感じるんだけれども、それを充足させようと、今度は自分の内側からそれを補おうというものが引き出されているものを感じたからです。

また、姿勢が自分の心の癖を表しているんだという気づきがあったり、それに気づいたら、自分の中で、許可をだし、そして、新しい選択をしようという気持ち、行動に結びつけることができたように思います。

私のパートナーも外国人でロルフィング をアメリカで受けているのですが、今回、私がロルフィング を受けてから、さらに、何か間合いが以前より取りやすくなっているように思いました。

体の内側だけでなく、外の世界でも、不思議となにか、気づくようになったからなのか、自分が欲しい情報を心の中で思っているとそれに関したことが、いろいろと起きたり、出会いがあったり、シンクロが起きやすい状況になっています。

いろいろと今は変化の時で、新しく決めないといけないこともたくさんあるのに、なかなか決まらない状況ですが、以前よりも焦らず、そして、何か目先だけではなく、大きな見方で、情報をキャッチしたり、流れを見ながら進んでいるような気もします。

人間関係の変化もあります。自分に無理しない生き方をそして、楽しもうとさらに思うようになりました。

これからの変化も楽しんでいきたいと思います。

ありがとうございました。

その後のメールで:
田畑さんがブログで書かれていた間合いは、あのときのセッションで身につけていると自覚があります。さらにさまざまなしがらみから解放された気がします。
何だか、ロルフィング って合気道みたいだねぇと私がいうと、表現はいろいろとあるけれども宇宙の真実は一つだからね、と言っていました。
ロルフィング についてはよく知らないのですが、だとしても、私たち日本人はこういった武士道や茶道などの道と呼ばれる文化や、禅や間を大切にした石庭などの文化を持っているので、優劣ではないけれども、日本人であるということは大きいなぁと。