ご夫婦で遠隔セッション

セラピストで一度遠隔セッションをお受け頂いた方から2度目のセッションのご希望と、ご主人にご紹介頂き、ご夫婦で遠隔セッションを行いました。ご主人には英語でセッションさせて頂きました。

↓ ↓ ↓

夫はとても楽しかったと、そして、リラックスできたと申しておりました。僧侶である夫はボディスキャンメーディテーションみたいだと。(何かアメリカの仏教でそういった手法があるようです。)

セッション後、いつもより、ぐっすり眠っているようにも思われました。

私は前回のセッションと今回のもの、そして、今勉強している心理系の学びにリンクしている情報が出てきたり、体の痛みが自分の姿勢から来ており、それが、子供時代につながったという、そして、それが自分にとってどういう意味があったかという気づきにも繋がりました。

面白いです。10年若かったら、ロルフィングも学べたらよかったなぁと。ただ、生物や医学的、科学的なことはとても苦手なので、私には難しいかもしれません。(笑)

また、最近、我が家のスローガンは柔軟性で、今まで田畑さんのセッションを勧めたことがあったのですが、今回、やってみると言って、無理強いしたのではなければと思いつつ、私も少し恐る恐るでした。

ただ、この体験について夫はオープンになって観察してみるということで、少し、時間をおいて二人でセッションを振り返りました。

ただ、自分の体験や夫の体験を二人でシェアして話ができたこともよかったです。

田畑さんのセッションは私たちの体に触れていないのに、田畑さんのガイドで自分で自分にアプローチ、マッサージしているというのがいいなぁと夫とも話しました。

また、いろいろと自分たちの中で熟成していってみます。

ありがとうございました。

別で10シリーズ終えた方への10シリーズ再挑戦

セッション1

前日まで、本当に今、ロルフィングを受ける意味はあるのか、と思っていたが、田畑さんに料金を事前に振り込んだ時点で、腹が決まった感覚があった。

右か、左か、どちらか気になっていたかというと左。
これは、5歳の時に左(おそらく)の鎖骨を骨折したという事実があるから?

田畑さんが左に立つと、右より嫌な感じがした。首も右側より左側は可動域が狭い。

左側のなにかを避けるように、右側に身体が畳まれていく動作が無意識にでていた。

同じような身体の場所でも、左側を触わられるとビクッとなった。右側だとそのような反応はなかった。

田畑さんが左の鎖骨に触れるか触れないかのタッチで触ると、両膝を立てた足を伝って、お尻がどんどんマットに沈んでいく感覚があった。カエルが足を折り曲げているみたいだと思った。
目をつぶっていたので、どれくらいの動きあったのか正確にはわからないけど、体感ではかなり動いている感覚があった。びっくりした。

翌朝起きると、ピースフルな感覚があった。
左の鎖骨が、赤く浮き上がっていた。

セッションの後は赤くなっていたかはわからない。

赤みは午前中には消えていた。

関連性はわからないけど。
セッション中、お尻がどんどんベットに沈んでいく感覚があったのは、少々思い当たる節がある。
私が、鎖骨を骨折したのは、砂場のへりの段差に手を使わずに突っ込んでいったから。
もしかしたら、骨折した時、おそらく、お尻が砂場にめりこんでいったことと関係がある?
その時のことは、本当に記憶がないので、推測でしかないけれど。

自分の静かさと一緒にいたいと思った。
それが叶っているかは?
でも、そうあろうとはしたな。

セッション2

うつ伏せから始まった。
最初、田畑さんはあまりタッチをしなかった。していなかったが、身体は変わっていくのを感じた。左半身がとける感じ。右半身はよくわからなかった。

その後、本当に触れるか触れないかの感じで下半身をチョンチョンと触られた。

頭を触られる。これは、痛くはないが、ちゃんと触られている感覚があった。

うつ伏せが続いたせいか、首の付け根がいたくなる。
それを伝えると、仰向けになった。 

また、おしりが沈む感じが一瞬あった。

首の施術。これもソフトタッチ。

どのタイミングか忘れたが、右手が開いた感覚があった。手放す。
手放したら、落っこちちゃうと思ったけど、宮崎アニメのラピュタの最初みたいに、飛行石が助けてくれるかもと思った。
左手が開く感じはあまりなかった。

今回のセッションは、前回のセッションに比べて、田畑さんから、どうですか?と声をかけられても、言語化できなかった。
変わっているような、変わっていないような。

セッションが終わった直後、歩いてみて。

腰がいつもより、前にある気がする。
ふとももの中に木がある気がした。
それを使って、足を動かしている感じ。

セッション2が終わって、電車待ってる時。

ボーッとする。口がとじない。リュックを前側に抱えたくない。
首が伸びている。腰まわりが軽い感じ。

思い出したこと。
私のこれまでの怪我は、左側に出てくることが多かったようだ。
鎖骨、臀部、足首。
あと、中学の頃、左側の顎がよく外れていた。
ついでに左目の視力は右より悪い。
何か関係ある?

翌朝

足首から力が抜けていることを感じる。

頭を触ってみると、きれいな形になっている気がした。私の頭はいびつな形をしていたと思ったのだが。

その後、幾日か経ち。
人に頼れないという自分を発見した。
どうせ、他人は自分を助けてはくれないと思っている。

セッション3

最初はいつもどおり、動いて、写真撮影。

手を前から、横から上へと動かした。どうですか、と、田畑さんに聞かれた。
何か、すくい取ることが出来る体感であったが、ピンとこないと咄嗟に答えた。
脇が気になると言えば良かったと、後悔した。

今日は横向きのセッション。
自分で好きな方を選んでよいということで、左をなんとはなしに選んだ。
セッションの時は、いつも寝るとき下にするから選んだのだろうと思ったが、よく考えてみると、私が下にするのはたいがい右だ。
理由なんてないのか?

最初は、田畑さんは触らずに施術をしていたように感じた。その後、右足に繊細なタッチ。微調整されているという気持ちになった。
どんどん身体が沈んできて、意識も深いところに潜っている感覚があった。
目をつぶっていると、黒や深い青色のイメージが浮かんできた。
田畑さんにどうですか、と聞かれたことによって意識が戻った。その前に何か思っていたこともあったのだが、忘れてしまった。
右足にワークをしていのに、左側の身体がどんどん沈んでいくのが面白かった。

次は右を下にする。
左を下にするのと、右を下にするのでは、随分と身体の印象が異なる。
腰に違和感が生じたので、それを伝えると微調整をしてくれた。

右側が下の時は、頭を中心にワークが行われた。噛み合わせが変わり、奥歯をより感じるようになった。

右側を下にした時は、意識が深いところには落ちなかった。

次は、仰向けになった。
首がいつもと違う位置にあると気づいた。頭の下の方までベッドについているイメージ。

この辺りになると、田畑さんの問いかけに答えるのが大変だった。ボーッとして、言葉がすぐに出てこない。

足をベッドの上に立てた。
右足を若干左側によせると力が足の方から、体幹に戻る感覚があった。お腹が充実している気がした。
呼吸を続けると、お腹は充実しているが他の部分は軽い感覚があった。

ベッドに腰掛けた。
そうすると、お腹の充実感をあまり感じられなくなった。

施術が終わり、歩いてみて。

足が一直線に出ている気がした。
足が前に出やすい。

着替えてみると、前面が一直線な気がした。
手も伸び伸び動く。

とにかくぼんやりした。
軸が一本すっと入っている気がする。

あまり早くは歩けない。

翌日。
座っていて、腹に充実感を感じている時間が長かった。安心する。

季節も春の兆しを感じるようになってきて、希望があるなぁと感じた。

なんだか、なにかをやりたいし、変わりたいんだけど動けないなぁ。

首が前よりよく動くことに気付いた。

セッション4

セッション当日の朝、秋頃に引越しを検討していたエリアから、物件が空くとの情報を得た。

引越しは、望んでいたことのはずだが、今の環境から変化することに対してとても恐れを感じていることに気付いた。

セッションについて。

横向きになる。最初は右を下にした。
最初の田畑さんのタッチは、水紋のようだと思った。

田畑さんの声掛けと共に骨盤周りを動かす。
途中、フィンランドの石の教会と、草津温泉のカフェが頭に浮かんだ。
連想という感じではなく、唐突に。
田畑さんのタッチは繊細であるが、意図を持っているから、きちんと必要な箇所に働きかけがあると感じた。

次は、左を下にした。
同様に、田畑さんの声掛けと共に、仙骨まわり、尾骨まわりを動かす。
途中、私の動かし方に自信がなくなったが、大丈夫といわれてほっとした。
右を下にするよりも、左を下にした時の方が、ワークしてもらって嬉しい気がした。
やっとここにワークしてもらえたという喜びがある。特に坐骨周り。
とても効いている気がした。
左側のお尻は、交通事故や怪我の影響か、時々痛みが発生する場所である。だから、そう感じたのかもしれない。

最後に、仰向けになる。
最後に骨盤周りに音叉の振動の働きかけがあった。
左側に振動がある時に、骨盤全体が響いている感覚があった。

立ち上がり、歩いてみると、仙骨まわりが、いつもよりスッキリしているのを感じた。今まで、こんなことはなかったので静かな感動があった。

尻餅はトライアンドエラーの証と田畑さんにいわれて、そういう見方もあるんだと思った。

帰り道、歩いていると歯の噛み合わせが変化しているように感じた。
首の納まりが良い。

翌日。
いつもより、空気が胸に入っていると感じた。
左足がいつもより地面についている気がする。

セッション5

ベッドに横たわり、田畑さんが場所を移動する。私からみて、右下にいる時に森の中から見守られているような感覚があった。

ベッドに仰向けに横たわり、左足裏をベッドにつけるように膝を立て、右足をベッドから出して、ベッドの下にあるボールを踏むような形から始まった。

まずおへそ周りを触られる。
その後、右側のどこかにそっと触れられたのだが、何故か左側の足の角度に影響があった。いつも内側の角度に傾けがちであるのだが、自動的に外側に足が移動した。

なんだか、自分が見えない糸に操られている操り人形のようだと思った。

田畑さんの微細なタッチが続いていくと、なんだか顔を動かしたくなったので、動かした。顔をしかめたり、すぼめたり、舌で歯の位置を確かめたり。

田畑さんにどんな気分ですかと尋ねられたので、小さい頃の積木遊びの気分と答えた。家にかつてあった積木の質感や色さえも同時に思い出した。ずっとあの積木を思い出すことなんてなかったのに。

今までも、しかめつらや、歯の位置を舌で確かめたことは何度もあった。しかし、この動きをして、知っているはずなのに、知らないことをしている気分になった。

反対側も同様に右足を立て、左足をベッドから下ろした。

こちら側をやっている時も、やはり自分自身の噛み合わせが気になった。
奥歯をずっと噛み締めていたい気分になった。

最後に、両足をベッドに立てた状態で、施術を受けた。胸骨と喉のあたりに微細なタッチがあった。

セッションが終わり、腕を動かしてみて。
胸まわりも同時に動いていることに気づいた。

今日のセッションは、頭部にワークがなかったのにも関わらず、噛み合わせがとても気になったセッションであった。
田畑さんにそれを伝えると、今回は消化器周りに働きかけをしたので、消化に関わりがある歯のあたりも影響があるのかもしれないとのことであった。

噛み合わせについては、まだ調整中という感覚がある。

セッションが終わり、帰りの電車内で感じたこと。
左足に体重をかけても大丈夫だと思った。

次の日。
ずっと書き物をしていたが、あまり腕が疲れない。痛くなるのは、肩甲骨であった。

物事を困難に感じていたのは、私の在り方がそうであったに過ぎないと感じた。
私が落ち着けば、周りも落ち着いた状態になる。

セッション6

世間は騒がしいが、私自身は落ち着いているという状態にあると感じている。

セッションの前に、新しい動きの提案があった。
体重を右左に移動させる動き。
左足に体重をかけるのは、前より嫌でなくなったが、やはり右足に比べると左足は心許ない気がした。

今回はうつ伏せから始まった。

左足首にクッションを入れてスタート。
足首あたりや膝下あたりへの繊細なタッチがあったように思う。

そうこうしているうちに、何故か肩周りが気になって、動かしてみた。

頭へのワーク。
いろいろな箇所を触られたが、なぜか舌が縦横無尽に口内を動いていた。どこにいたらよいか、ポジションを探していたように感じる。

左腿裏、左坐骨を繊細にタッチされた。何故かくすぐったいと感じた。

次は右足首にクッションをいれた。
左足首と、同様に足首や膝下への働きかけがあったと思う。お尻まで、その動きの波が来ているように感じた。
やはり、肩周りが気になった。

仙骨や骨盤、坐骨へのワーク。左右どちらにも働きかけがあった。
最後に、頭から仙骨まで、呼吸を通すように言われてたのでやってみた。

仰向けになるように伝えられたので、仰向けに。首のカーブが変化し、頭がついている箇所が変化したような気がした。

両膝を立てた状態になる。

左足首側にワークされていくうちに、上半身が勝手に右側に捩れてきた。
田畑さんから首をゆっくり左右に動かすように言われ、しばらく行っていたら収まってきた。

左足首をこすられる。確認しなかったが、何かの器具をあてられていた?(うわさのCS60?)痛くはない。
左足首をかつて捻挫したことを思い出していた。それからしばらく、ヒールの高い靴を履くと、左足首が痛くなっていたことも思い出した。
足を元の位置に戻すと、お尻がよりベッドの方に沈んでいるように感じた。

ベッドの脇に腰掛けると、お腹に充実感があると感じた。

セッション前に教えてもらった左右の体重移動をまた行ってみる。
セッション前より、左足首が頼もしくなった。細い足首が太くなった感じ。

セッションが終わって。
やはり、噛み合わせがまた変わっていると感じる。奥歯がちゃんと噛み合っている感じ。

足がまっすぐ前に出る。

首の付け根と頭蓋骨の接点の様子が変わった気がする。

翌日。
椅子に腰掛けると、うまくお尻が座面に接地している感覚がある。腰に手を当てると、骨盤の角度が変化しているように感じた。

人の目を気にして生きていたなぁと思った。好きに生きようと心に決めると、口の中が緩む。口の中に感じる苦い味がなくなる。

左足に体重をかけても大丈夫な感じって、本当にずいぶん長い間感じていなかったことに気づいた。今までよく頑張ってたな。私の左足。

セッション7

うつ伏せからスタート。
田畑さんが触らずにスタートの位置を探している時、ロルフィングセッション開始時よりも身体がすぐに反応する感じがするなと思った。

まずはチョンチョンと肩など軽いタッチがあった。
なぜか奥歯を噛みしめたくなり、噛みしめた記憶がある。

ついに口の中への働かきかけがあった。顎の骨の重みを感じるよう促されたが、よくわからないなぁと思った。そもそも顎の骨の重さに意識を向けたことなんてこれまでない。

歯ぐきの外側のところに指を入れての施術があった。上顎、下顎、それぞれに。
施術をうけるだけで、口の中の強張りが取れた。また、噛み合わせも変わっていった。
歯ぐきの内側のところにも施術を受けた。口内が緩んでいった。私の口の中って強張っていたんだなぁと気付いた。

鼻にもワーク。
まずは左の鼻。
ちょっとだけ指を入れられた。呼吸をしていた時、お腹が動いていることに気づいた。いつも、お腹が動いていることに意識がいかないのに。次は同様に右の鼻。
鼻が終わると、鼻通りが良くなったことに気づいた。

口と鼻が終わり、右側に首を向けた。
CS60を用いてのワーク。
首や頭部を擦られた。左顎の関節のところも。前回と同様痛くはない。左側の首か肩を擦られた後、何故だか左手の力が一気に抜けた。これはセッション後まで続いている。手の中に吹く風がとても軽やかだ。
前回左足首の時に感じた劇的な変化はなく、それを正直に田畑さんへ伝えたところ、劇的なことは狙っては起きないとの旨のことを伝えられる。
それを聞いて、そりゃそうだと思い、笑ってしまった。

次は左側に首を傾けた。
首、肩、頭部をCS60で同様に擦られる。
頭を擦られた時、いろんな事をぐるぐる考えていたが、その次に喉を擦られた時、咳をしたくなり、それと共にいろんなことを忘れてしまった。
だから、今回のセッションの前半はよく思い出せない。

セッションが終わり歩いてみて。
かかとの中心を感じられるようになった気がした。
自分の身体はS字だと思った。
目線が高くなった気がする。

駅まで歩いてみて。
とにかく足が軽い。特に左足。今まで感じていた重さはなんだったんだろう。

唾を飲み込む時、ノドのつかえが取れている気がした。

朝起きて。
頭がスッキリしてクリアな感じがあった。

翌日夕方。
理由はわからないが頭痛があった。
左手のしびれも一時あった。

セッション8

足を施術されているにもかかわらず、手の力が抜けているのが不思議だった。

脇のあたりを施術されたのは新鮮な感じがした。

今回は施術中の記憶があまりなく、施術中のレポートを詳細に書くことが出来なかった。

セッションが終わって。

お腹がスッキリしている。軽い。
空気が吸いやすい。
今までにない省エネで歩ける。
背骨がどこにあるかわかる。

存在するのに、そこまでエネルギーはいらなかったようだ。そういう感じがする。

セッション中から頭痛がしていたが、帰り道も痛いままであった。

翌日も痛いままだったので、仕事を休んだ。

なんとなく、私は頭頂の場所が体感としてないのではと思った。

頭痛が引いたので散歩する。
重い荷物を持って歩いていたが軽快だ。

花粉で鼻周りがぐしゅぐしゅであるが、その他の身体の部位は軽やかである。
足の裏が、軽やかな感じなんて初めてだ。

別の日。

履いていると滑りやすい靴下を履いて歩いていたら、足首の強張りが、復活した。
靴下を脱いだけど、なおらない。
足首の力みはどうやって取ればいいのだろう。

と、なんとなくネットサーフィンをしていると田畑さんが、はれ豆で収録した動画を発見して試聴してみる。それを見て、自分の身体のうちで、今1番心地よいところに意識を向けてみようという気持ちになった。実際やってみたところ、右足首の力みが少しとれた気がした。

滅多にかけない眼鏡をかけてみる。
これをかけると、ちゃんと頭頂を感じられる気がする。

仕事場で。

いつもよりお腹に空間を感じる。
だからなのか、目線が高い気がした。

首がスムーズに左右に動くことに気づいた。

前より仕事が楽しいと思う時間が増えた。

セッション9

当日の朝、お腹のあたりが痛みだす。
おそらく生理の前触れ。
4日前にも、これより若干軽い痛みがあった。

いつもより痛みがどこにあるか、輪郭線がハッキリしている。骨盤の形が痛みによってわかる気がした。また、いつもより痛みが強くも感じる。
尾骨が痛みで痺れているような気がした。振動を感じる。響くように痛い。
肛門や会陰の方まで痛みが繋がっている。

仕事を休もうかと思ったが、仕事場の近くに来ていたことと、本日仕事帰りにロルフィングの予約をしていたこともあって、様子をみるために一度仕事場に来ることとした。

まだ経血は出ていなかった。

実は、生理痛の軽減にロルフィングが有効なのではと、今回の10シリーズに期待していた。なぜなら、前回の10シリーズ後、生理痛がほとんどなくなったからだ。
しかし、年月が経つにつれ、生理痛が復活してきた。

今回の痛みは、いつもより強い気がするのだが、なぜか、これが私が女であることの証明だと感じた。
いままで、生理の痛みについて、私が女であるせいでこんなにも痛いと思っていたところがあるなと思った。

その後、痛みはおさまり、いつも通り仕事を行うことができた。

やはり、月経が始まり、経血が出たことをセッション前に確認した。

セッション。

横向きになって行われた。

頭頂があまりかんじられない私に、頭頂とはどこか教えてもらうようなセッションであった。
首を上に動かし、バランスボールの上に載せた手、逆の手をスムーズに動かす。

その後、cs60を頭部、肩、仙骨にたくさん当ててもらった。

なぜか、右手のひらを動かしたくなり、動かしたくなくなるまで動かした。終わると手のひらがスッキリした。

右側面のワークもあった。触ってもらって、とても心地よい感じがした。

セッション後。

首が左右に動く可動域が広がった。
胸が開いた。
右手が開いた。
両膝がくっつくようになった。
カカトの内側に変化があった。スッキリしたような。
肩の力が抜けた気がした。

翌朝。
頭を触ってみて、形が変化していると感じた。平になった気がする。
首の後ろも触ってみた。こちらもまっすぐになっている気がする。

生理開始してからの痛みは少しあったが、あまり気にならなかった。

セッション9とセッション10の間は、4日間しか開いていない。
しかし、精神的にショックなことが2つ起こった。なおかつ、誕生日を迎え、引っ越しを決意した。
誕生日は3月にも関わらず東京で雪が降った。私が産まれた日、出生地横浜でも雪が降ったと聞いている。
今年は年女だし、なんとなく生まれ変わりの象徴のような気がした。

今、私は、最終回のロルフィングの予定があることに安心感を抱いている。セーフティーネットがあった、という感じ。

セッション10

セッションはじまり、私はベットにあおむけに寝転ぶ。田畑さんがいつものように最適な場所を探して、場所移動をする。
はじめ右下に田畑さんが立った。顔をそむけたくなるほど、私はその場所にいてほしくなかった。それを正直に伝える。
これまでのセッションでも、田畑さんがいる場所について快不快をかんじてはいたが、これほどまでに嫌な感じを明確にとらえられたのはこのセッションがはじめてであった。
その後、左下に田畑さんが移動し、いろいろ位置を探った後頭上にたたずまれた。この位置が一番私への干渉が少ない気がしたので、それを伝える。
田畑さんは、その場所から私を見守ってくれることとなった。

今回のセッションは田畑さんからのタッチは全くなかった。田畑さんに見守られたり、言葉をかけてもらうことによって私は自分自身で統合をすすめていったように思う。
振り返ると、最終セッションにふさわしい内容だなと思う。いったん区切りの10セッション、独り立ちできるように。

身体が勝手に動くので、それに任せていた。セッション1~9まで、影響があった個所をまるでおさらいしているみたいだなと思った。
途中、頭の中が、今になく全く別のことを考えるようになった。田畑さんにそれを伝えると、田畑さんは頭上ではなく、足元に位置を移動した。そうすると不思議なことに、土の中にいるような気持になり全く動けなくなった。それを伝えると、少しだけ左側に移動された。そうすると動きやすくなり、再びみままに在れるようになった。
その後、少しだけ田畑さんが動いたことを私は感じた。そのことを言葉に出すと、1センチだけ動いたと教えてくれた。その1センチの田畑さんの移動だけで、私の身体の動きは違う質のものになっていた。足を細かく動かしたくなり、動かした。
セッション中に私の身体、私の姿勢、私の顔は私だけのものであるという気持ちが自然にわいてきた。
最後、胸の中心に黒い重いものがあったのでそれを感じることになった。田畑さんの声掛けで、それとは反対のもの、ぴかぴか光ったものを感じることができ、セッションは終焉を迎えた。
その後も身体が勝手に動くような形で、セッションのクロージングを行っていた。しばらくして、田畑さんと目が合って、このセッションは本当に終わりを迎えたと思った。私と田畑さんが感じた終了のタイミングは同時だった。それもすごいなぁと思う。

次の日の朝。
胸の中心から、自然に何かがにとろける感じ。世界は優しくとろけていると感じた。

コロナウイルスのこととか、私自身の将来のこととか、未来はどうなるかわからないけど、どうにかなるかなぁと今、思っている。
縁がある人、あった人に感謝の気持ちがわいてきている。人と関わるのは、こころ温まること。私が与えられることを無理ない範囲で縁がある人に分けていきたい。
嫌だなぁと思っていて、いつか辞めたいと思っていた今の仕事は、実は自分の望みを叶えているものだと気づいた。
ロルフィング10セッション、前に一度受けたことがある私は、このプロセスで何も変わらないのではないかと不安があった。しかし、きちんとセッション1から変化があった。

約15年前、田畑さんの存在を知ることによって、ロルフィングを知った私。それから、私の行動力とか経済力とか職場の場所とかご縁とかいろいろな要素がかみ合い今、田畑さんからのロルフィングを受けることができました。
田畑さん、技を磨いていてくれてありがとうございました。私にとっての(おそらく)一番良いタイミングで、セッションを受けることができました。

心身を根本から見直す必要を感じて Mさん

セッション1回目

凄い体験をした。

年齢を重ねるにしたがって、いままでになかったような体調の崩し方をするようになり、その都度、内科、耳鼻科、整形外科などに通って対処してきたが、その方法では限界があるのではないか、としばらく前から感じるようになっていた。心身を根本から見直す必要あり、と思い様々調べるなかで、ロルフィングを知った。私は関西在住で、大阪にもロルファーの方はいらっしゃるようだが、ホームページを見てもなんとなくピンとくる方がおられず、そのままにしていたが、年が明けて、もうこれ以上先延ばしにはしたくない気持ちが湧き、前からこの方なら、と思っていた田畑さんにお世話になる決心をした。

初めてのロルフィングを前に多少の不安や緊張もあったが、とにかく自分をなんとかしたい、その気持ちが勝っていたことと、ドアを開けて下さった田畑さんの在り様が、わたしの中の「なにか」を、うまい言葉が見つからないが、浮き立たせてくれた感じがしたことで、これから始まることをしっかりと受け止めようと、前向きな心構えができた。

田畑さんは問診中、言葉数はけっして多くないが、私の言葉の内容というよりも、私の中の「なにか」が訴えることを、丁寧に聴いておられたように、今振り返ると感じる。また、実際のセッションになると、田畑さんと、私の中にある「なにか」とが交流し、私という実在は、不具合を携えた心と身体をただ横たえていただけにすぎなかった、とも思える。

田畑さんが立っておられる場所を変えるだけで、体が受ける感じが全く違うこと(眼を閉じていたので、声でどこに居られるのかがわかった)、どこにも触れておられないのに、左下肢に電流のようなものを感じたこと、左足裏にいたっては、全面が一瞬電流のようなもので覆われたこと、田畑さんが右脚を扱われると、肘を曲げて掌が胸骨あたりに接していた右腕が、徐々に起き上がっていったこと、右股関節が意識下では到底ありえないほどに開いていったこと、しまいには右半身の存在をまったく感じなくなってしまったこと、そして右半身が空間に包まれ、その空間がどんどんひろがっていったこと、途中、右脚に、ブルブルと震えがきたこと、最初、寸詰まりで、全く解放されない違和感を受けていた左半身が、田畑さんが左脚を扱われるにしたがって心地よい暖かさにつつまれだし、しびれに代わっていったことに続いて、まず肩から右腕にかけて、次いで左腕にかけて勝手に動き出したこと。これらの変化を一瞬でも感じ逃すまいと、私は夢中になっていた。

目を閉じた感覚なので、実際どのように見えているのかは不明だが、これらの動きはどれも意識下ではとうてい不可能な動きのように思えた。特に、肩から右腕にかけて動き出した時には、下に落ちるのではないかとも思えるほどの動きに感じたため、最初は動き自体を感じることで精いっぱいだったが、その後左腕に動きが移動したとき、すこし冷静にそれをとらえることができた。そのとき気づいたことは、動きがむやみやたらなものではなく、まず一定の動きを何度も繰り返して、その動きがスムーズにできるようになったら、次の動きが開始され、それをまた何度もスムーズになるまで繰り返す、というきちんとした規則性をもっている、ということであり、非常に感動した。右側での動きよりも、左側での動きにてこずっていたのだが、田畑さんが右側の胸骨部分に触れられると、次第にその動きが改善されていった。

あまりにもこの動きが長時間に感じられて、いつまで続くのかと不安になった私は、田畑さんに、「このまま動いていていいのかどうか」尋ねたが、ゆっくりと動きに従うように、と、とてもきっぱりとした指示があって、ああ、安心していてよいのだ、と、動きに身を委ねた。

そうこうするうちに、こんどは左半身が、右側に倒れた感じに続き、左の脇腹伸ばしを開始した。この動きが今回のハイライトだったと思える。深い呼吸をともなったその動き、それ自体が、「意志」そのものであるかのように感じられたからである。実際にはわからないが、その動きは延々続いたと感じられ、もう十分ではないか、と勝手に判断した私は、その「意志」にたいして、「もうそのくらいでいいんじゃないの?」と話しかけてみた。そうしたら、その「意志」は、まるで怒り狂ったかのごとく、なんと動きの強度を何倍にも増してきたのである。上方向に強い力でその後何度も引っ張られ、私はそのたび台から飛び出すのではないかという恐怖を感じたが、「意志」がそこまでしたかったその気持ちを、私はいままで全く気付いてあげられなかったのだ、と思ったらなんだか悲しくて、そして申し訳ない気持ちでいっぱいになり、ええい、もう落ちるなら落ちてしまえ、とすこし開き直ったような、そしてすっきりとした気持ちになった思ったことを覚えている。

左わき腹の動きが落ち着いてくると、それをまっていたかのように今度は右腕が左腕の動きとともに上にあがり、それを数回繰り返すと、田畑さんの声が、私が伸びを繰り返していた、まさにその方向から聞こえてきた。ああ、「意志」は、田畑さんに見守られ、理解者の田畑さんにむかって、思い切りその存在を主張することができたのだ、よかった、と深く安堵した。

セッション後、気づいた変化としては

・台に座ってみると、明らかに左足が伸びている(10代後半から、体が左に傾いでいくようになり、そのため今日にいたるまで、左脚が短く感じていた)

・歩いてみるよう促され、歩みを進めようとおもうと、左足に力が思うように入らず、よろよろとよろけた。(生まれたての動物の子どもが、初めて立とうとするとよろよろする姿を思い出し、私も生まれ変わったのかの如く感じた)。

・胴回りにしっかりとした力を感じ、ばらばらだった上半身下半身の連動がとれている。歩くと、その胴回りを中心として体が前進し、手脚には全く力みが感じられない。

・体の中心軸が右側へと移動している

・ぎこちなかった左肩右肩の調和がとれている

・すべての体のパーツが調和しあい、自分が一つなのだ、と強く感じる。しかもエネルギーを蓄え、触ると弾力のある生き物と感じる

セッション翌日: 空腹感をまったく感じない。気持ちが非常に落ち着いている。周りのものの存在がとてもよく感じられ、自分はその中によく調和できている。心地よいものに包まれて、守られている感じ。かつ自他の区別がはっきりとできている。ふさぎ込むとか、内向きになるわけではないのに、周りとともに心地よくありながら、かつ自分の内側とずっと対峙している。脳を使って思考するとか、現実的な処理などしたくない気分だったが、ほぼ専業主婦の私はそんなことを言ってはいられない。たぶん、今までだったら、それを不機嫌さとして感じているのにもかかわらず、なかったことのようにして、自分の感情にしっかり蓋をしていたと思う。そのため、その不機嫌さが怒りとなっていつまでも自分の中に残っているような気がしていたが、今回は、その不機嫌さを自分のものとして感じとり、その不機嫌さをなだめつつ行動に移ったためか、怒りなどの感情が残っていないことに気付く。右手の手首からまがってしまう現象が、すこし改善している。

セッション後3日目:

起床時、左顎関節がきしむ。足の各関節がよくまがり、いままでよりも深く沈み込むことが出来るようになっている。しゃがんで立ち上がるときも、楽に立ち上がっていることに気付く。

セッション後4日目:

昨日同様、左顎関節がきしむ。体の軸が右寄りに移動したことに伴う変化だろうか。右側肋骨胸骨を膨らませて、右に広がっていきたい気分。腕を上げたとき、肘がピンと伸びる。左右の肩、腕の動きの調和がより滑らかにおこなわれていると感じる。

セッション後5日目:

起床時、耳の塞がった感じ。日常動作の中で、なんで今までこんな不自由な動きを自分に強いていたのだろう、こうすれば負担がないのに、という気づきがあった。

セッション後6日目:

起床時、耳の塞がった感じはないが、左顎の不具合をまた感じる。右側背中の肋骨が膨らみたがっているのを感じる。首が右に傾いてきているが、より良い変化のための途中経過と感じる。

今朝、家事をしながら、「私が本当に望んできた、またこれから望む幸せとは、思うよりももっともっと小さいものでよかったし、またいいのではないか」とふと思った。

いろんなことにちょっと敏感で、睡眠に関して、どんなに長い時間寝ても、起きてくると「なんか眠い」「いつも眠い」が常である子どもが、今朝は、「ぐっすり寝た」といって起きてきたことに驚く。睡眠に関して、ぐっすり、という形容をしたのは初めての気がする。わたしの変化が子どもにも良いものとして伝わっているのだろうか。

セッション後7日目:

起床時、左顎の不具合を一瞬だけ、そしてセッションを受ける前にしばしば起こしていた、左足のつる感じ、足首の亜脱臼感を感じる。昨日パソコンに向かうときの姿勢が悪かった自覚があるので、それに起因すると思う。

今朝「自分は、よいことも悪いことも含め、過去の出来事に囚われすぎている」という考えがポッと浮かんできた。昨日もそうだったが、朝一番に気付きが浮かんでくる。

胴回りのしっかりとした部分を支えとして、各関節がとても滑らかに動くようになっている。「自由」がしみじみと嬉しい。

今回のセッションでの一番大きな気付き:

いままで自分が「わたし」だと思っていた、つまり、頭で思考し、言葉を介して自分を相手に伝えてきた「わたし」は、実は「わたし」ではないのではないか。セッション最後で現れた「意志」こそが「わたし」で、その「意志」はことばを持たない代わりに、私の身体を舞台として表現したいことを伝えてくる。よく言われる「身体の声を聴け」とは、そういうことであり、私はその表現にことごとくそっぽをむいてきたから、現状があるのではないか。

今回提出する問診票を書くにあたって、今までどんなことが自分にあったか出来る限り思い出してみたのだか、自分でもあきれるくらい大小さまざま、自分が不調ととらえていた出来事があった。それらは実は不調でもなんでもなく、「意志」=本当の自分、の表明で、私はそれを無視し続けていた、イコール本当の自分を認めてこなかったということになるのではないか。ロルフィングを受けて、深く内側に沈み込む行為が続いていて、それはうーむと唸って黙り込みたく時間でもあるし、でも解き放たれていく気持ちよさがぽつりぽつりと浮かんでくる時間でもある。

第1セッション後8日目:

起床時ほんの少し左耳の詰まり感あり。左足大腿部外側にまあまあの痛みを感じるが、立ち上がるとすぐに消える。

なにごともバランスである、今の私にはそれがまったく欠けている。いまからが新しいスタート。自分に大いに期待する気持が自然と湧いてくる。これはいままで感じたことがない感覚。いままでは、頭で考えて自分をむりやり大丈夫だと思い込ませていた。同時に、期待をするが、予断を持たない、とも中の私が言っている。自分を雑に扱わない。

第1セッション後9日目:

起きる前、いつものように布団の中で腕回しなどしていると、左肩がいきなりガクンと音をたてたので、びっくりして慌てて起きて腕周りを確認する。左肩の背中に向かっての可動域が明らかに広くなっている。そのせいか、左わき腹がもっと広がりたがっているように感じる。

第1セッション後10日目:

今朝は左耳の不具合や左顎の不具合はない。左肩に変化があったからか、たまに右足外側に不快感がある。

第1セッション後11日目:

右手の手首の曲がりがまた少し改善されている。昨日肩回しをしすぎたのか、ちょっと左肩付け根が痛い。

ものにたいする間合い、距離、向かい方が今まで適当ではなかったのではないか、という気づきがある。

第1セッション後12日目:

昨晩寝ているときに、左肩がまたすこし音をたてて変化した。首が、おとといあたりから左に向くようになる。

食べ物をよく噛んでゆっくりと食べるようになっていることにふと気づく。いままでは、よく、「ろくに噛まずに飲み込んでいる」と家族に言われていた。

セッション2回目

朝、時間にかなり余裕をもって自宅を出たが、携帯を持ってくるのを忘れる、乗り換えの電車を間違えて発車前に飛び降りる、途中トイレにカバンを置き忘れる、下車時、切符をカバンのどこにしまったのか、探しても探しても見つからない、代官山駅からオフィスまで、正しい道をたどっていたのにも関わらずなぜか不安になって途中から駅までもう一度引き返す、などなど、自分でもどうしちゃったのだろう状態で臨んだセッションだったので、お部屋に入ってから呼吸が定まらず、かなり緊張してしまった。

田畑さんとのやりとりに続き、体の中との対話を始める。前回は動きの最中、私の中の声との対話がかなりあったが、今回は動きたがる体にただただ従って、ひたすら動きについていくことをしていた。今回、起こってくる動き自体をしっかりとこなしてほしい、という声が私の中に聞こえていて、その気持ちに忠実に従いたい、という心持であった。初めから終わりまで、とにかくよく動いた、というのが率直な感想である。途中、田畑さんの、どんな感じがしているか、という問いかけにも、どう動きたがっている、とか、その時に肉体がやりたがっていることしか言葉として浮かんでこなかった。

オフィスを出た直後は、あー今回は最初から最後までよく動いたなぁ、の気持ちしかなかったが、渋谷に向かう電車のなかで、突如、「爽快とはこのことだ!!」の気持ちが体の中から湧き上がってきた。気持ちが変に高揚しているわけでもなく、気分はとても落ち着いているのだが、なにか軽やかな、心にどんなものもまとわりついていなくて、ただ私の中の力を信じられる気持ちとともに、「爽快」の言葉が浮かんできた。前回は、帰りの新幹線の中、深く余韻を体が味わっている感じだったが、今回は空腹も感じたし、結構寝ることもできた。

田畑さんが本当に軽く(と感じる)触れられるだけで、首がその存在をまったく感じさせなくなったり、動きのわるい部分は、水をえた魚のように生き生きとしだしたり、私の体の動きが田畑さんの動きに従っていくのか、はたまた田畑さんが瞬時に私の体の動きを前もって感じられて、寸分たがわずそれにそって導いてくださっているのか、今回もその凄さを体がしっかりと感じた。

特に今回はセッションの開始時、まったく私の体に触れることなく、立っておられることだけで私の中に変化をもたらしておられたことに深く感動した。毎回文字通り‘もがいて’いる私に、本当に必要な時だけ助けてくださる、しかもその助けはその時そこにとってまさに過不足のないものであることにただただ驚かされる。

セッション直後の気づき:

膝から下、足の裏にかけて重みをしっかりと感じる。

右左のアンバランスな感じはあるが、股関節の存在、そして股関節と脚のつながりを感じられる。

楽に沈み込むことができる。

帰宅途中に感じた気づき:

広がりたがっていた右の胸骨肋骨が十分に広がって、呼吸がとても楽になっている。それにともなってか、数日前から感じ出した、左側の肋骨の広がりたさ加減が増している気がする。

一番驚いたことは、視界が広がっていること、場の奥行きが広くなっていることに気づいたことである。電車の中で、なんだか今日は妙に端まで見渡せるなぁ、と思い左右、また上下をなんども見てみたのだが、明らかにいままでとは見え方が異なり、場が立体的に、遠くまで見渡せるようになっているのである。今日のセッションとどんなつながりがあったのか、本当に仰天した。

また、夜、家でくつろいでいたら、突然、右肩のあるべき位置、曲がるべき関節はこれなのか、と感じられる時間があり、これにも驚いた。ただこれは、一晩寝たらその感覚はなくなっていて、とても残念である。ただ、自分の体が覚えていてくれるであろうから、いつか戻ってきてくれるという見通しが自分の中にあるのでうれしい。

第2セッション後1日目:

あちこち体が痛い。腰を中心として、肩が左右に十分に動くのが心地よい。以前に比べて、物事に一喜一憂しなくなっている。今朝、ベランダにあったゴミ袋がカラスにつつかれて、ごみが散乱していたのだが、以前の私ならたぶん大騒ぎしていたかと思うが、まったくもーしょうがないなー、と思いながら淡々と処理している自分がいた。

第2セッション後2日目:

驚くことがあった。レポートを書こうとして椅子に座って目を閉じて何度か深呼吸していたら、なんと体がセッションの時のように自然と動き出したのだ。最初は呼吸とともに胸がよく広がって気持ちいいなあと思っていたら、両腕が自然と上に動き出したのである。えっ、と思ったが、なんだかその動きについていきたい気持ちになり、セッションの時のように体の中の声に従った。椅子に座っていたので横の動きの時には何度も下に落ちそうになったが、たまたま隣にあった椅子が動きを受けてくれたのがラッキーで、途中、昨日のセッションの中で起きた、左腰が曲がって痛いのに右側は左に行きたがっている動き、そして右手指が大きく広がって腕が動き出した動きが再現されて、もしかしたら私の身体はそれがやり足りなかったのだろうか、と思った。とくに右手の動きは、限界まで開いた手指を肩から徐々に大きく回していき、最後はその動きをピタッと止めたことに感激した。最後は、座っている姿勢にきちんと戻ったので、それにも感動だった。1時間弱やっていた。

第2セッション後3日目:

数日前から、起き抜けに背中と顎が少し緊張している感じがしていたが、姿勢が変わって枕があわなくなっているのではないか、と気づく。また、これも姿勢の変化によるのか、右の腰に若干痛みを感じる。

第2セッション後4日目:

夜中にふと目が覚めて、ちょっと耐え難い孤独感?を感じた。怖くなってすぐに目を閉じたらそのまま寝てしまった。

起きると、両足が地面をしっかりと感じていることに気づく。呼吸がとても楽に深くできている。吐き出すほうがうまくできないといつも思っていたが、しっかりと最後まで吐き出すことができるようになっている。

肩の動きがなかなかしっくりこないことの自分なりの考察:

前回も今回も肩と腕に引っ掛かりがかなり感じられている。これは中学の時の部活動のテニス(朝練、放課後、土日)、それと、忘れていたが、社会人になって一時期ゴルフに熱中していたことも関係していると感じる。私はなぜかラケットもクラブも重いものを好んで使っていたことを思い出し、それらを理にかなっていないスイングで振りまわし、体にかなり負担をかけていたのではないかと思う。また、緊張すると胸から肩にかけて力を入れてしまうので、その動きが体に染みついているのかもしれない。

数日前から、重いコートが急に負担に感じ出し、いままでよくこんなものが着ていたなあ、と思うようになっている。重いものも平気で持っていたし、また持てることがなにか凄いことのようにも感じていたし、振り返るといままで自分に随分とかわいそうなことをしてきたなあと思う。

わずか2度の体験で、こんなにも身体と心に変化が起きていることに対して、とても驚き心底うれしい。しかし、昔に読んだ河合隼雄さんのご著書のなかで、「変化が早く表れるクライアントに対し、喜びすぎてはいけない。本当の変化とはゆっくりと徐々に表れるものであって、変化が早く表れるということは、実は重いものを抱えている、ということなのだ」といった意味の文章があったことを思い出す。まあ、この年齢まで本当の自分に気づかずにきてしまったのだから、それもしょうがないな、と思う。

第2セッション後5日目:

足裏がしっかりと地面を感じている。それとともに、脚の位置が前に出たような感触。ジーパンをはいていると、脚の後ろ側に隙間ができた感じ。

第2セッション後6日目:

左首の付け根あたりに痛みを感じる。左側が全体的に広がりたがっている感がますます増している。足裏が地面をしっかりと感じるようになっている。自分の中のひとは、結構いろんなことに対処していけるぞ、という感じがわいてくる。

第2セッション後7日目:

昨日から起床時、食いしばっているのではないが、歯が上下咬み合わさっている。下半身がしっかりしてきたからかどうか、上半身がねじれている感じがする。

第2セッション後8日目:

左半身、腰と背骨にそった筋肉?がかなり痛い。自分で揉んだり、さすったり、あちこち動かして少し運動してみる。

第2セッション後9日目:

昨日の自己流運動がよくなかったのか、起床時、セッション開始以前に時折感じていた右腕のしびれ感を久々に感じる。左肩がまた少し動く。

起きて歩いてみると、昨日まで感じていた、脚の位置が前に出て、脚の後ろ側に隙間が増えた感じが弱くなっている。地面を十分に感じて、地面を踏みしめて歩けることが心地よかったのだが、残念だ、と思っていたら、午後になって、歩いていると上半身が上に引っ張られている感じが出てきていることに気づく。

第2セッション後10日目:

就寝中、左ふくらはぎが一瞬つる。上半身が上に引っ張られている感じとともに、顎が引かれている感じが加わっている。いままでは顎がいつも上がり気味だったので、ちょっと窮屈に感じる。ジャンプすると、それにつれて両肩がとても自然に上下することにびっくりする。

第2セッション後11日目:

明け方にまた左ふくらはぎが一瞬つる。今回、つる前に左足に強く力を入れている瞬間を感じた。また、寝ている間に左側の歯を強く噛みしめていたことにも気づく。起床時、右手のしびれ感を感じる。午前中、右肩が何回か動いているのに気づく。右肩が動いている、と意識して感じられたのは初めてだ。

第2セッション後12日目:

右肩がやはり動いている。右肩の窮屈さが減っている。夜、左手指の骨?が動いているのを感じる。上に引っ張られた感じとともに、足が地面をしっかりと感じながら顎をひいて歩けている。よく言われるよい姿勢に近いのだろうか、それは意識しなくても自分には自然にできる力が備わっているのだ、ということに感激する。

第2セッション後13日目:

昨日感じた左手指の動きによる違和感がかなりある。

第1セッション終了後の、自己統一感、弾力のある体の感じが自分を支えている。途中何があっても、あの感じが自分には持てるのだ、といううれしさが自分の自信につながっていると思う。

今回のセッション中に起きた自分の動きには、赤ちゃんが歩けるようになるまえにゴロゴロする動き、寝がえりをうとうとするときの動き、ハイハイするときに腹ばいで上半身をもちあげる動きに近いものが含まれているなあ、とふと感じた。

セッション3回目

セッション3回目予定日前日から体調を崩し、結局3日間寝たきりであった。ひどく無理をしたわけでもないのに、ここ半年の間で、同じような症状でやはりながく寝ついてしまうことが2回あり、なにか自分の中にひっかかるものがある。

3回目のセッションでは、田畑さんが立たれる位置を決められるやいなや、即座に身体が反応して、追いかけるのが大変だった。というか、前半部、まったく動きについていくことが出来ず、動きにともなう感覚のみ少なくとも感じようと努めた。

田畑さんが触れられると、身体の細胞がそれにいきいきと反応する。今回も、脚に軽く触れられるだけで、そのあたりの細胞がぱーっと嬉しそうにはじけ、その直後、身体の中心からすこし右あたりを白いものがまっすぐに貫き、その部分がすぐに透明に変化した瞬間、身体が「おおっ」と驚愕の声を上げた。

途中、下腹部がそこだけ透明で全く無くなったかのように感じた時、また両肩が白く変わったイメージを感じた時も、やはり身体が「おおっ」と声を上げていた。これらの変化は田畑さんが全く私に触れることなく引き起こされ、田畑さんの凄さをただただ感じた。

途中、台の上から滑り落ち、胎児のように脚を組んで床に仰向けになっている自分。胸、腹部分が、茶色がかったオレンジ色の大きく横にひろがる楕円で満たされ、とても大きく息をゆっくりと吸う。胸のあたりになにか感じるものがあり、気づくと、顎の下から骨盤部分まで、灰色の長方形の、硬さのあるものに覆われている。これはいったい何なのか、必死で探ってみるがどんな感情もイメージも浮かんでこない。すると驚くことに、右目から涙が流れだしていることに気づき、それに続いて左目からも流れ出していた。

「泣くなんてまったく思いもしなかった」というと、田畑さんは「解放されたときにも涙は出ます」とおっしゃる。そのあとしばらく、表現は変だが、静かな、重くない悲しみに包まれ、そののち何ステップかを経て身体を起こす動きとなった。

田畑さんが台に座ることを促してくださり、どこに感覚があるかと尋ねられる。肩周辺に感じた私はそこを指で囲むと「ではそこを感じてみてください」とおっしゃる。じっと感じていると、思いもしないことがどんどん起こっていく。(ここからは、起こったことの時系列が少しあいまいである。)

‐突然顔を覆ってうずくまり、わあわあと声をあげ、なにか身体のなかから丸いものが飛び出すのを感じると、なんと「生まれてきてよかった」と叫ぶ。

‐自分がどんどんどん小さく、ちっぽけなものとなっていき、小さな粒となったとき、上へ上へと昇っていく感覚がうまれ、たどり着いた先は明らかに宇宙のイメージ、その中を落ち着いた気持ちでゆらゆらとたゆたっていた。両手を広げたり、上に伸ばしていったり、身体の前面が広がってとても解放された気分がたぶんこの前にあったと思う。

‐地球に戻ってきたイメージ。もう一度顔を覆う動き。今度は、どんな感情でいるのか探ろうとしてみる。最初は中くらいの悲しみを瞬間感じ、それに続いて胸のあたりが熱くなりだし喜びの感情がこみあげてきて、「みんなにありがとうといいたい」と声にだしていた。この、「みんな」とは、具体的に人をさすのではなくて、もっと根源的ななにか、原初的ななにか、のイメージが湧いていた。

‐私という存在は、もともと宇宙の塵のようなもので、そこに存在するもの達に応援されてこの世にやってきた、というリアルな感覚。

しばらくうずくまっていると、台から滑り落ち、丸くなってじっとしている自分がいた。ここからははっきりと覚えている。

しばらく丸くうずくまったままでいる。身体がよりいっそう小さくきゅっと収斂したかと思うと同時に、床に黒い、すべてのものを吸い込む一点が現れ、そこに床面に接していた頭の部分が強く吸い込まれていくのを感じる。吸い込まれたと思うと、こんどは、ポンッ、と収斂していた身体がはじけ、(その瞬間、両脚がはねたような感触を得る)「あ、自分は種子になっていて、たった今発芽したのだ」と確信する。そのあと、ぐんぐん芽を伸ばし、双葉となり、葉っぱの数を増やし、さらに茎をのばし、どんどん成長する植物の姿を身体で体現していった。最後の部分で、左足をまず地面につき、そのあと右足をついて、成熟した植物になるまでの間、身体をグラグラと前後左右に揺らしていたのは、まるで人間が大人になる前の思春期を再現しているかのごとくに感じた。明らかに私は生き直ししている、と確信し、静かな感動を覚えた。

今回、自分の感覚を感じることにのめり気味で、現実とのつながりが薄く感じられていたので、田畑さんが絶妙な間あいでかけてくださる声によって今に戻るタイミングがうまく与えられ、自分はとても安心して中の自分を感じる行為に浸ることができた。田畑さんがしっかりと今を見据えて私にそっていてくださる感じを私の中のひとはしっかりと受け取り、自由に振る舞うことができていて、とても解放されているな、と感じた。今回のセッションの後半部は、私にとってまるで物語のようだったのだが、それらの出来事を私にもたらしてくださった田畑さんには、今回もただただ感謝の一言でしかない。

セッション終了後:

セッション前よりも、肩が内側にきゅっと収まっている。

帰りの新幹線の中で、胎児の形をして、灰色の部分を抱えた姿の時の感覚にひたすら浸る。新大阪駅につくと、視界がまた一段と開けたように感じ、光のまばゆさ、そして目にはいってくる人の波、情報量の多さに、どぎまぎした。

セッション翌日は、起こったことを自分の中で咀嚼することが難しく、あせらずゆっくり感じてみようと思う自分がいた。また、その翌日には子どもが体調をくずし、その世話でばたばたと過ごしてしまい、自分と向き合う時間がまったくとれなかった。

セッション後3日目:

骨盤内の左寄りの部分で、プチっと何かがはじけたような、切れたような感覚のあと、そのあたりが急に自由になったことを自覚する。背骨にそって左側の部分、慢性的に押すと弱い痛みを感じていたのがきれいに消えている。夜中に目が覚めて、覚める寸前に左足首より下が魚の尾びれのような動きをしていたことに一瞬気づく。モスグリーンの濃淡のある風景が頭にのこっていて、深海魚がゆったりと海底をめぐっているイメージが湧いた。身体、心の深いところを探っているのだろうか。

セッション後4日目:

歯のかみ合わせがますます上下しっかりとしてきているためか、顔の骨格が変化していることに気づく。

セッション後5日目:

右肩、右腕の不規則な動き、違和感がある。咬み合わせもすこしずれた感あり。

セッション中の灰色の物に覆われていた時のことを田畑さんのおっしゃった「解放」という単語とともにずっと感じ続けていたが、浮かんでくるイメージ、思い当たること、さまざまあったが、結局、その物質が灰色の鉛のイメージでなくてよかった、(自分は薄くもなく厚くもないプラスチックのイメージを抱いていた)救われた、と感じるに至った。

セッション後6日目:

右肩の違和感に加え、右足体重が外側にかかって、歩行時の不快感が加わる。

セッション後7日目:

夜中に目が覚め、とてもすっきりした気分でいることを感じる。しばらく起きていると、右手の親指が、そこそこの強さ、スピードをもって曲げ伸ばしを始める。延々続けた気がする。動きの最後数十回には左手の親指も加わる。これに関しては、割とすぐ思い当たるイメージがあり、それに浸っていると「あなたが負うことではない、あなたはあなたを生きるのですよ」との内なる声が聞こえてきた。また一つ「解放」が起こったと感じた。明け方左足が一瞬つり、起きると左足外側に痛みを感じるがすぐに解消される。

セッション後9日目:

ここ3日間、両手で自分をきゅっと抱きしめるかたちで目が覚めていることに気づく。第2セッション後にも何回かあったのだが、たまたまかな、と深く考えなかったのだが、さすがに3日つづくと自分の中を探ってみざるをえなくなる。感覚、感情をたどり、最後に浮かんできた言葉は「努力なんかしたくなかった」。それに続き、身体が自動的に動き出す。右首のあたりを懸命にのばす動き、それと第2セッションでできなかった寝返る動きを成功させ、腹ばいになって反り返ることが出来ていた。起床してからも右腕、右首あたりを中心とした動きがかなり続き、結局、右肩あたりに余裕ができて、動きがかなりスムーズになっていることに気づく。努力なんかしたくなかった、という内なる声に、そうだったんだ、と静かな悲しみがわき、少し涙がこぼれた。

セッション後10日目:

明け方目が覚めると今日は上腹部のあたりを手がおおっていることに気が付く。昨日と同様に、感覚、感情を探ってみる。その気持ちに浸っていると、右肘から下を思いっきり外側に向け続ける動きがしばらく続き、その後右腕回しが始まる。起床後両腕の感覚を確かめると、違和感のある右腕の位置が、すんなりと収まっていることに気づく。ただ、暫くすると、また元の違和感ある感じに戻っていた。でも、あのすんなり収まっている感じが持てた、ということが自分をとても勇気づけてくれ、自分の身体に、すごいなぁ、有難う、の気持ちが自然と湧いてきた。

セッション後11日目:

また夜中に目を覚ます。右腕が自然と回転を始める。かなりの大回しから始まり、腕を伸ばせるだけ伸ばしての回転をかなり長時間続ける。そのあと、左腕の回転に移る。左腕を回しているときには、腕のねじれを修復しているかの感覚があり、左肩甲骨の中の浅いところで、なにかが切れた感覚があった。また右腕の回転に戻り、長時間続ける。最後に、両腕を同時に動かす動き、途中には身体をねじる、両手指を思いっきり開く、寝返る(昨日よりもずっとうまく出来ていた)、など。途中で眠たくなり、動きを止めたくなったほど、長時間動いていた。起きてしばらくして肩回りを観察してみると、昨日よりも両肩の動き、特に内側に丸める動きが格段に良くなっている。左脇腹の骨が、隙間をもって一本一本動いている感覚が持てるようになっている。それに対して右脇腹の骨は依然としてくっついたままの感じで違和感がある。

セッション後12日目:

夜中に目覚め、すっきりとした気持ちでいる。しばらく目を開けていると、左手のこぶしを握って、腕をぐるぐると大回しにし始める。今回は左側の動きが中心、左手首を思いっきり振り続けたり、腕を肩から右に折り返したり、腕を大回しする動きなど。かなり長時間続けたあと、右腕も回転させる動き、寝返りの動き、左体側を思いっきり伸ばす動きなど。

起きてみると、昨日より一段と腕を肩から丸く収めようとする感じがでている。起きてからはことあるごとに上半身を左側に捩じらせたがっている。しばらくすると上半身を不規則に回転させて、元の感じに戻ってきた。

セッション後13日目:

夜布団に入ると、左脚が回転を始める。大きく、小さく、さまざま暫く回した後、今度は右腕の動きに移る。右こぶしを握り締め、肘から下を大きく振る動き、肩から腕全体を大きく回す動き、など、昨晩の左半身の動きが右に移ったような感じ。しばらくすると寝てしまったようで、夢を見る。家の中の様子はいかにも昭和、中学生くらいの不活発な雰囲気の男の子、一人できちんと正座をして食事をとっている。背後には皿洗いなど後片付けをする女性の後ろ姿。私は、その男の子の斜め前に少し離れて座り、興味を持ってその男の子の様子を観察している。食事の途中で男の子が、不器用に、喋りなれない様子で「お、い、し、い」と呟く。それを聞いた私は、皿洗いをしている女の人に、「おいしい、って言ってますよ~」と声を上げると、女の人は、その子が言葉を発したことに驚き、信じられない様子、とても興奮し嬉しそうな顔をして「奥様に報告しなくては」といいながら、昭和の時代の黒いダイヤル電話の受話器を手に取る。そこで目が覚める。右手のひらを、喉のほど近く、右側鎖骨の上にあてていることに気づき、その気持ちを感じてみる。すると、ほのかな赤い色とともに嬉しい気持ちが湧きおこり、続いて背中が上に持ち上がるほど、とても大きくゆっくりと息を吸い、ゆっくりと吐き出す動きを長い間続ける。その後、また右腕を大きく回す動きを暫く続ける。その後、右側に大きく呼気を集める動き。両脚を内向き、外向きに動かす動きもあり。起きてみると、右側が若干膨らみやすくなっていることに気が付く。夢の中の登場人物はなぜ男の子だったのだろうか、と起きてから考えてみたが、それは自分の中の男性性の振り返りに繋がった。

セッション後14日目:

とにかく眠い、と思って布団に入る。寝ている間に何度も目が覚めて、そのたびに手足の指を大きく広げていることに気づく。夜中に、手指を大きく広げて胸の上に手を置いていることに気づき、なにか浮かんでくるイメージがあるか感じようとするが、眠さにまけてそのまま寝てしまう。明け方、なぜ私は一つのことを長く続けるのが好きではないのか、という問いが湧く。それにまつわる感覚、イメージを探り、思い当たることがさまざま浮かんでくるのと同時に、右腕が大回しをはじめ、その後左腕へと移っていく。最後両腕を上に伸ばす。起きてから、なぜ英語だけ例外的にずっと学びつづけているのか、という問いが湧き、この問い、明け方に思い浮かんだ問い、そして昨晩の夢に繋がる自分の中の男性性への気づきとが関連していることに思い当たり、なかなかの衝撃を受ける。

セッション後15日目:

身体は動きたがっていたが、夜更かししてしまったため寝ることを優先してしまった。でも、寝ている間も、身体を思い切って反り返らせたり、左足をいきなり縮めたかと思うと右足を思いっきり伸ばす、など、何回かそのために目が覚めたので、私の中のひとは頑張っていてくれた。

ここ数日ずっと続いている腕の大回しとそれに付随する一連の動きは、自分の今までの思い込みをもしかしたら振り払うためのものではないか、と思えてきた。セッション開始時に撮っていただいた写真のうち、私が一番強烈なショックを受けたのは、右肩をがっくりと落とした自分の後ろ姿で、それを見たとき「一体私は自分に何を背負い込ませてきてしまったのだろうか」という言葉が浮かんできたことを思い出す。

セッションを受け始めて、内なる本当の自分に興味が湧き、関係しそうな本を読んでいるのだが、ある本の中で、過去、現在がどんな状況であろうとも、すべての人はcuriosity, compassion, calm, clarity, creativity, courage , confidence, connectedness を内に資質として持っているのだ、という一文に出会い、なんて勇気をもらえる素敵な言葉なのだろう、と心の底から嬉しさ、前向きな気持ちがこみあげてきた。そして、私はロルフィングを通じて、この資質につながっていこうとしているのかもしれない、と思えてきた。

第3セッション後16日目

夜中にまた目を覚ます。今夜の動きの中でびっくりしたのは、右手で顔をくまなく押さえる動き。強くもなく弱くもなく、最後は輪郭をきっちりと一周して終わった。そのあと、両手で頭の位置を動かし始める。ちょっとぎょっとして、怖い、と感じる。朝起きてみると、ものの見え方に変化。ものの質感をとてもはっきりと感じることが出来るようになっている。すべてのものは一つ一つはっきりと違うのだ、という感覚。

第3セッション後17日目

夜中に目を覚ます。今回は左手で顔をくまなく引っ掻く動き。一通り終えると、今度は右腕の肘周辺に移り、最後は上腕部をつまんで動きを終える。朝起きて鏡を見ると、顔にうっすらと赤く引っ掻いた跡、顔がひりひりとした。

第3セッション後18日目

夜中、右顎から左顎までまんべんなく左手で引っ掻いている記憶。

第3セッション後20日目:

夜中、左手で右上腕を強く叩いていることに気づいて目が覚める。

第4セッション

田畑さんが立たれる位置を決められると、おだやかな、オレンジ色、黄色の小さな花々が咲くお花畑にふんわりと包み込まれているイメージが湧き、本当に心地よいなあ、と感じる。

‐すぐに、身体をくの字にする動きとともに床に転げる。田畑さんが見守って下さる中、身体が自在に動き出す。動きの当初から、落ち着いた質感の茶色のなにかが思い浮かぶ。

‐途中、内臓が上に持ち上がってくる気分、身体に筒のような空間が出来、そこの中はゆったりとものが動ける感じ、脚を開脚する動き。

‐いろいろな動きのあと、自力で身体を起こそうとするが難しく、田畑さんに背中を押し上げていただく。少ししてまた床に伸び、動きを続けていると、三十三間堂の観音様のイメージが突然湧いてくる。冒頭の茶色のイメージとつながる。とても大きなエネルギーをいただいている感覚、それを両手でかき集める動き。

‐再び起き上がろうとするが自力では難しく、やはり田畑さんに助けていただく。両手を合わせて祈りを捧げる動き。強い感謝の気持ちが湧きあがり、号泣しつつ左足を激しく震わせる。自分は大丈夫だ、という強い気持ちとともに、腰に手をあてて立ち上がる。思わず笑みを浮かべてしまうほどうれしい気持ちが湧きあがる。続いて、銀色のまっすぐ伸びた道のイメージが浮かぶ。強い孤独な気持ちも同時に湧き上がるが、後ろを振り向かずに突き進む強い意志を感じ、ふたたび笑みを浮かべてしまう。

セッション終了後:

左脚は内側に、右足は全体的に力を感じる。お腹周りにも力強さを感じる。うれしくてぴょんぴょん飛び跳ねながら歩いていたい心持。

帰りの新幹線、身体が崇高な、威厳のある感じに満ちている感覚。ともかく眠かった。

新大阪に近づいて起きた時に、右首のすぐ下がとても凝っていることに気づく。下車して歩いてみると、右肘下の動きが少し楽になって前よりも腕が振りやすくなっていることに気づく。

第4セッション後1日目:

身体があちこち痛い。眠さが今日も続く。昼寝をしたときに見た夢。二連続で、自分自身の嫌と思う点が示され、起きたときに重苦しい気分であったが、すぐに「これらは自分のものとして自分の内に統合していくものだ」との思い。

第4セッション後2日目:

今日もともかく眠くて昼寝。目覚めて両腕を上に伸ばしたら、左腕だけブルブルと震えが起き驚く。

第4セッション後3日目:

物の見え方に一段と変化がある。空間が丸身をもった空気で満たされている感じ。すべてのものが立体感を増し、質感がアップ、色鮮やかで生き生きとして感じられる。夜中に左手で顔を引っ掻いていた記憶。

第4セッション後5日目:

立っていて、地面に足が引き付けられる感じ。手にもっている荷物が上下にちょうどよいバランスで保たれている感じに気づく。街を歩いていると、建物が地面から上方に伸びている感じがとても強く感じられる。相変わらず眠くて、食事をする、家事をする、以外はほとんど寝ている。

第4セッション後6日目:

地面がいままでよりも上にせりあがって見える気がする。街を行く人々や建物が、それぞれとてもコンパクトにまとまっている感じ。すべてのものが生き生きとしている。すべてのものは地面を起点として空間に広がり、地面に繋がって生きているのだ、という気づき。相変わらず眠い。

第4セッション後11日目:

自分は扇の要に位置し、すべてのものを見回している、という感覚。すべての起点は自分にある、自分と他者とは交わっているが、いつも自分が初めにある、との感覚。物理的なものの見え方が徐々に変化してきて、それと同時に自分のものごとに対する見方が明らかに変化している。

第4セッション後16日目:

セッション後、初めて眠さからすこし覚めてきた感覚。

昨日までは最低限の家事、夜寝ること、食べること、昼寝以外、本当になにもしなかった。それがあたりまえで、それしかない生活に特に疑問を持つこともなく普通のことであるかのように感じていた。まるで乳児のような生活。

人生すでに半分以上終えている自分が、今、たった数か月の間に、容易に言葉にできないような体験をさせてもらえていることの意味を考える。ロルフィング、なにより田畑さんにただただ感謝でしかない。そして、何故か、人間ってすごいなあ、素晴らしいなあ、と思う気持ちが湧いてくるのを止められない。

セッション5回目

4回目のセッションからだいぶ間が空いてしまった。緊急事態宣言期間中、自粛ムードに過剰に反応しないようにしていたつもりだったが、やはり自由な選択が制限されていることを感じ取ってか、身体はかなり緊張していたようで、だんだん就寝時でもリラックスできてないなと思う日が増えていった。

5回目当日、自宅を出てからずっとマスク着用でいたが、オフィスに到着しても、呼吸と、セッションに向かう気持ちをうまく整えることができず、マスクによって生じる様々な負担がとても大きいことが身をもって感じられた。少しイライラした気持ちを落ち着かせようとしていた時、窓が開いていたのか、不意に鳥の鳴き声が耳に飛び込んできた。高原で耳にするような鳥の声で、初めは、ん?なにかのBGM?とも思えた。こんな都会の真ん中で!とびっくりしたが、なんだかスーっとした気持ちが身体に入り込んできて、有難いな、と思った。

いつもよりずっと意識が勝ったままセッションに入ったので、すこし不安で落ち着かない心持がした。右ひざをたてるようにとのお声掛け、その後身体をセッション台にあずけていると、両手指を大きく広げ、両腕が動き出すのを感じる。と同時に、白い衣装を身に纏い、頭にも白い布を巻いた女性が舞台の上で、たった一人でライトを浴びて、顔をくっと持ち上げたまま舞を舞っている様子が浮かんできた。会場に人影はなく、私はその様子を一人で遠くの位置から眺めている。何を踊っているのか見極めようとじっと女性を見ていると、不意に「今日は、私だけのために、私だけの舞を舞うのだ」という強い意志が湧いてくる。その強い気持ちを感じたまま女性を眺めていると、いきなりその姿がバンとクローズアップされる。その時の私は、とても誇らしげで、一心不乱、だれに見せるためでもない舞をただ自分だけのために舞い、自分の気持ちにぴったりと寄り添って自分を慈しみ、深く大きなエネルギーを感じてその女性と一体化していた。その間、田畑さんが右足内側、右足首を丁寧に施術して下さっているのを感じていた。

するといきなり場面が変わる。イギリスの児童文学の本にあるモノクロ挿絵のようなタッチで、それに色、動きがついて現実となっているような絵が浮かぶ。やわらかい緑色の草、ちょっとした湿地のような場所に大きなカエルが一匹、キョロキョロと周りを見回している。私の視線はそのカエルの視線と同じ位置。お茶目で、好奇心に満ちているカエルだなあ、と私は感じている。すると右目からツツーっと涙が伝っていくのを認識し、自分が泣いていることにとてもびっくりする。

また急に場面が変わり、こんどは「愛の賛歌」がいきなり流れてくる。赤いライトを背景に、赤いロングドレスをきた女性が歌を歌っている姿がすぐ目の前にある。誰だろうと思って顔を凝視すると、越路吹雪さん、深く大きくすべてを包みこむイメージ。私は観客としてみているのではなく、その世界に自分が完全に一体化している。歌の続いている間、自分は深いところで十分に満たされ、自分の中に大きな力のようなものを感じていた。歌が終了したあとは、とてもすっきりと軽やかな気分でさえあった。

セッション台に座るよう田畑さんに促される。座るとすぐに、上半身がゆらゆら揺れだす。先ほどまでの出来事を自分のなかで消化、身体におさめていこうとしているように感じた。

しばらく揺れたのち、ピタッと止まって台から滑り落ちて床にじっとうずくまる。じっとしていると、子供の頃に見たカブトムシの幼虫の像が、ぱっと脳裏に浮かび、「カブトムシになるのかな」と思う自分がいた。そしてゴロゴロと床をころがり手をヒラヒラさせはじめたかと思うと、大きなキアゲハの両羽が脳裏いっぱいに浮かぶ。クルクルと丸まった触角まで脳裏にうかんだところで、今度は全身がジンジンとしびれたように感じ始める。最後までしびれていたのは右腕右手。そののちまたゴロゴロと床を転がりながら徐々に立ちあがる。

立ちあがったところ、今度は腹まわりに途方もないエネルギーを感じる。いきなりの状況にどうしたらよいのか、でもとにかく自分はこのエネルギーをなんとかして自分とともにあるようにする、と決める。手のひらを上向きにし、エネルギーのゆっくりとした上方向への動きとともに腕を押し上げながら肩までがエネルギーを満たすことに成功したとき、あぁ一人で何とか出来た、という安堵感があった。わずか数分の出来事だったと思うが、こんなに、と驚くほど上半身そして顔まで汗まみれになっていた。着替えをしながら、最後の動きで蝶の立派な胴体をつくりあげることに成功し、私は一人前の蝶になれたのだ、ということに気づき、言葉にならない、静かな、でもとても大きな何かが自分の中に沸き起こっているのを感じた。

セッション後の写真では、横から撮影したときの胸幅があきらかに厚みを増していた。帰りの新幹線の中では寝ることもなく、しっかりと意識が覚醒している感じ。家に着き、ふと鏡をみたら、目に凄い力が備わっている感じがして驚いた。

第5セッション後1週目:

‐第4セッション後、なんとなく上半身が揺れている感じ、内臓が落ち着かない感じで不快感があったが、それがおさまっている。

‐右腕、右肘下の動きがとてもスムーズになっている。腕が背骨に沿って動いている感じ。腕を上から回してきたときに感じていた右肩のひっかかりもかなりおさまっている。

‐今回は、ものを見ると頭がふらつく感じ、右目左目が統合されてない感が出てきているが、頭の真ん中からものを見るようにするとだいぶ改善される。

‐起床時、うつぶせになっていることが数日あった。

第5セッション後2週目:

‐胴体がピンと伸びたがっている、そしてもっと右側に捻じれたがっているのを感じるが、その動きをすると、首から上のおさまり具合が悪いのか、顔や頭にとても違和感があり、それとともに身体も元に戻ってしまうことがたびたび起こる。

‐寝起きにうつぶせになっていることの頻度が1週目より増している。

第5セッション後3週目:

‐左足首に柔軟性ができてきている感じがする。柔軟性を感じてからはうつ伏せ寝になっていることがなくなっているので、なにか関係があったのか、と思う。

‐左右の目の統合感が徐々に出てきて、頭のふらつき感もおさまってきているように思う。

‐何か行動を起こすときに、ためらいなく出来るようになっている気がする。

第5セッション後4週目:

‐右胸右肩の前あたりの空間が広がってきた感覚。それにともなって右肩がすこし後ろ側に引かれる感じが出てきて、それが心地よい。

‐胴体が右側に捻じれたがっている時に、首より上が心地よいおさまり場所を見つけた気がする。このバランスがうまく取れた時、気になっている左肩の引っ掛かりが軽減する気がする。

第4セッション後までのように、毎日のようになにかしら頻繁に変化が起こる感じはなかったが、大きな枠のなかでゆったりと、感じた変化を徐々に安定させたり、定着させて

こられてきていることが、それはそれで自分の自信となり、心地よいことだな、と思えている。

セッション6回目

今回は渋谷駅からマスクをはずしてゆっくりと歩き、呼吸を整えつつオフィスに向かったので、前回よりもずっと落ち着いてセッションに臨むことができた。

‐田畑さんがスタートの位置を決めるとき、初回からずっと、頭側に立たれるとなんともいえない圧や不快な感じを持つことは変わらない。

‐うつ伏せから始まって、すぐに左手を上に伸ばす動き、右手も回転させて上にもちあげる。水の中の断面の映像が浮かび、クロールをしたい、と思って何度かクロールの手の動きをする。

‐そのあと、首から上を可能なだけ後ろにそらしてそのまま保つ姿勢を、だいぶ長くつづけていた。光沢のあるずっしりとした質感の漆黒のもの、そのなかに鈍く光る金色の不規則な幅のラインが混じっていたが、それが自分の首から上の位置にとって代わっているイメージ。「頭をリセットする、頭で思考するのは止める」との意志が浮かんできた。

‐水中にいるイメージはすぐに消え、こんどは何かの生き物が身体、四肢を思いっきり伸ばして動いている姿が浮かぶ。浮かんできた言葉は「躍動」。「どこかでこの生き物はみたことがあるなあ」と思っているが、はっきりした情報は浮かんでこない。その生き物に自分を重ねて身体を動かしていた。

‐セッション台から床に転がり落ち、いろんな動きをしていたが、まず覚えているのは、伏臥で、腹を支えにして下半身を浮かせ、思いっきり上半身をそらしていたこと。結構長く続けていた感覚、とにかく上半身がなくなったかのように、軽くて、とても気持ちがよかった記憶。終えてから何度も何度も鼻から深く息を吐き出していた。

‐つぎに覚えているのは、下腹部を支えにして、上半身下半身を思いっきり左右に振りつづけている姿。「よくこんなに続けられるなあ」と思っている自分。動きが止まると、やはり深くて長い息を鼻から何度も吐き出していた。

‐最近頻繁に聴いているあいみょんの歌が流れてきて、エネルギーをもらった、嬉しい、と感じていると、そのあと大きな蓮の花、葉が浮かんできた。日本絵具で彩色されたイメージ、とても透明感のある色。つづいて、青みの強い水色系の色一色で覆われた空間があらわれ、軽やかで、でもなんとも言えず気持ちが落ち着き、満たされている心持。「あ、極楽浄土だ」と思う自分。左手を上に伸ばして横たわったままでいると、ギターを抱えたあいみょん、蓮の花、葉、そして水色の空間、の絵が、三場面同時にあらわれる。目から涙があふれ、田畑さんから、今どんな気持ちかの問いかけがあり、「静かな感謝に満ちている」と返答する。

‐そのあとまた身体を動かしていると、今度は大阪の戎橋にあるグリコの看板が現れ、やはり「躍動」の気持ちが浮かんできた。身体を動かし続けている間、赤い衣装に身をまとったフラメンコを踊る女性の姿が瞬間浮かび、そのあと、淡く柔らかいクリーム色がグラデーションとなった光のイメージが一面に浮かび、セッションの始めに登場した生き物がその光に向かって進み、光のなかで思いっきり身体と四肢を伸ばして動いている姿に自分を重ね合わせていた。

そのあと、身体を徐々に起こし、体育座りして上半身の位置を整えるような動きなどを経て、最後は腰に手をあて、立ち上がった。

‐田畑さんに促され、歩いてみると、上半身がとても軽い。背骨も含めて、背中がとても柔らかくなっている感じ。写真を見ながら、田畑さんは肩と骨盤のラインが水平になっていることを指摘される。

‐着替えをしながら、先ほど登場した生き物のことが気になり、考えていると、馬場のぼるさんという方の絵本「11ぴきのねこ」シリーズの猫達のイメージだった、と思い当たった。そんなに思い入れをもって読み聞かせしていた本でもなかったのに、とすこしびっくりした。

‐セッション翌日は、背中、特に首の付け根、腰回りがかなり痛かったが、次の日になると、首の付け根の痛みはすっかりなくなっていた。毎回思うが、セッション後におきる痛みは、いわゆる運動などをしたあとの筋肉痛などとはまったく異なり、その部分が自分に意識されるべき場所なのだ、ということを身体が教えてくれているように感じる。

‐セッション後4日目、腰回りの重苦しさはまだ残っている。ここに腰を落ち着けると痛くないな、という位置は自分なりに見つけられたが、自然にその場所をキープするのはまだまだ無理な感じ。でもその場所に腰をもってくると、両肩のひっかかりが軽減するので、腰のあたりと肩は関係が深いのかな、と感じる。

‐右肩の位置が少し変わったのか、箸やスプーンを持って口に運ぶことがまた少し楽になっている。

‐膝の周りになにかサポートがついたような感じで、曲げ伸ばしや歩行する時に、そのサポートが細かい調節をしてくれるので、とてもスムーズになったような気がする。

‐セッション5回目終了後以降、とてもすっきりとした、透明な心持が続いている。それととにかくこの一瞬一瞬をなんとなくやり過ごしてしまうのではなく、そのときどきの感情をしっかりと感じて、出来事を味わって過ごしていこう、という気持ちがずっとある。

‐いろんな事を、頭で受け取って考えるのではなく、身体で受け止めてどんな行動をとるかは身体が決めている感じ。だからいままでと比べて決断がはやくなっているのだ、これは自分のことながら、すごい、と思う。

‐肉、魚や、お菓子、加工食品など、いままで好きだったものがあまり食べられなくなってきている。

よい英文エッセイを書く上で欠くことのできない要素、と教わった ‘coherence’ 「つながり」と’cohesion’「まとまり」、のことを考えていたら、これってそのまま身体にもあてはまることじゃないか、良い身体にはいろんなレベルでの細胞、器官間の好ましいつながり、そして全体としてのまとまりが大切、と思いあたってちょっと感動した。

セッション7回目

東京都のコロナ感染者数がまた増加してきていたため、4月のように移動が制限されセッションが受けにくくなることは避けたい、と感じ、予定をかなり早めて7回目をお願いすることにした。

‐田畑さんが立ち位置を決められ、セッションのはじめのあたり、私は頭を右に向ける動き。どんな感じか尋ねられ、左顔面のあたりが、スースーする、とお答えする。そのあと、今回はセッションが終わる間際まで、ただただゆっくりと思うままに身体を動かし、その間イメージとして浮かんでくるものは何一つなく、見えている色の変化も全く感じられなかった。

しかし、後半、田畑さんにお声がけをいただいて我に返った時、目にうっすらと涙を浮かべていることに気が付き、少し驚いた感じでいると、前回のセッションの時に見えたクリーム色のグラデーションの光のイメージが突然あらわれてきた。そして、遠いところにおぼろげな像が感じられたので、目を凝らしてよく見てみるとそれは聖母マリアの姿、あっ、と思っていると、いきなり目の前に、ちょっとお茶目な感じの天使(セッションの時は、森永ミルクキャラメルのパッケージの天使だ、と思った)が登場した。天使の姿はすぐに消え、クリーム色の光は、漆黒の空間へと変化した。

暗闇の先にはなにがあるのか、なにが起こるのか、計り知れないものを感じて、ひるむような、立ちすくんでしまうような心持がしたが、それと同時に、右手のひらをドン、と床につく動きがおこり、なにか大きなもの、大地、と自分はつながったから大丈夫だ、という気持ちが沸き起こってきた。その黒さを感じた時、それまでずっと続いていたグレーの景色は、なにも色が見えていなかったのではなく、グレーという色の空間をゆっくりとたゆたっていたのだ、と思った。

終了後、歩いてみると、頭の位置がすっとおさまり、上半身が腰に乗る感じ。前回のセッション後、家でいろいろと試す中で、左肩の引っ掛かりが一番少なく、自分で望ましいと感じていた姿勢での歩きができていて、とてもうれしかった。

新大阪駅に降り立ってみると、間違いなくいつもの駅なのに、なんだか一つ一つのものが大きく見えるように感じたり、見えているものの収まりがとても悪いように感じた。いつもの場所なのに、いつもの場所ではないのではないか、と不安に思ってしまう感じがあった。

‐翌日、鏡をみていてなんとなく顔つきが変わったな、と思い良く観察してみると、鼻腔が広がっていること、眉間が心なしか広がっていること、に気づく。口を動かしてみると、下顎がとてもスムーズに、柔らかく動くようになって、顎がいままでよりも引けている。セッションの時、顔左側面に涼しさを感じた以外、田畑さんがなにか手を触れられたことは一切なかったのに、この変化、そのお力にいつもびっくりすることばかりではあるが、今回も本当に驚嘆させられた。

セッション後1週目

足が吸い付くように地面と接し、両脚前側は上方にしっかりと伸び、重心はいつもの感覚より背中よりの低めの部分にある。足首、膝の柔らかさ、背中の柔らかさをとても感じる。肩に重力を感じる、上半身が心地よく伸びている。膝が少し内側に寄ろうとしている感じがする。今までになかった軽快さで動ける。自然と笑みがこぼれる感じ。

2週目

かなり太めのゴムに左足を引っかけてしまい、このままでは足首をくじく!と感じたので、おもいっきり足をあげたら、足からゴムがはずれ、すこし高い位置から地面に力いっぱい着地してしまう。腰から下がしびれて、左足全体が固まったようになってしまう。

3週目

ずっと左脚の不調が続き、かばうように歩いているため、上半身もなんだか不具合な感じがしてくる。‘予定変更して、田畑さんにセッションを早めにお願いしようかしら…’と不安になってきたが、ちょうどたのんであった「こころのバランスボード」が届いたので、乗り始める。すると、少しづつではあるが改善がみられてきたので、そのまま様子を見ることにした。

4週目、5週目

‐買い物をしていたら、本当に突然に、立体的できれいな、模型にありそうな腸のイメージが頭に思い浮かぶ。それが5日位続いたあと、お腹がとても柔らかくて、こんもりとしていることに気が付く。それまで、私にとってのお腹は、いつも硬いものであった。そのあと、3日間ほど、こんどはふちの装飾の美しい縄文土器のイメージが浮かぶようになり、腰を回してみると、引っ掛かっていた右側の腰骨がスムーズに回るようになっていることに気が付く。そのあと、背骨らしきもののイメージが数日間浮かぶが、前者2つに比べて、浮かぶイメージ像はとても貧弱で、おぼろげな感じがし、しかも背中の真ん中あたりまでしか伸びていない感覚。

‐腰を回していたら、右腰のあたりで、小さくプチっと音がし、後ろ側への回転域が少し広がった。

‐前回よりも立体的で、リアルな感じの背骨のイメージが湧くようになる。前よりも長さは伸びた気がするが、まだ完全ではないイメージ。

6週目

‐首を左に向けると鳴っていたボキボキ音があまりしなくなったな、と思っていたら、右手の薬指と小指が随分楽に手のひら側に曲げられるようになっていることに気が付く。首の右側への回転がスムーズになり、かつ回転域がずいぶん広がっている。

‐横になると右肩付近がバキバキと音を立てる頻度が多い。

‐夜中にふと目が覚めて、左側の鼻腔を思いっきり広げていることに気が付く。鼻の奥のほうで鼻血が出ているような気もしたが、そのまま寝る。翌朝、左目の後ろ側が広がった感覚があり、左側の視界が随分開けた感がある。鼻をかんだら、うっすらと血のあとがあった。広がりを感じる部分に鈍い重さがある。

‐私は右脚のかかとへの意識が薄いのではないか、と突然感じる。右かかとを意識すると、右脚内側に骨盤内部を通って腰あたりまで、いままで感じたことのないほのかな力強さを感じ、それがあると、左側上半身が広がるかんじにつながる。右脚内側、そして右脚かかと部分は、第5セッションで、田畑さんがとてもよく見てくださっていた場所であることに思い至る。右脚かかとを意識して立つと、左上半身の肋骨付近に隙間ができ、左右の鼻腔内に入る空気の量が等しくなり、また多くなる気がする。耳鼻科に行くと、左の鼻の中が曲がっているといつも言われるので、それが多少なりとも改善されるのだろうか。

7週目

‐右肩付近、バキバキと音をたてたり、ガクッと肩が沈む感じがしたり、と変化の大きさが続いている。

‐いくら丁寧に説明しても相手にまったく理解してもらえない状況が何場面も続く、という夢を見る。理解してもらえない流れでそのまま意識が覚醒しだすこととなったが、「わかってもらえなくても、へこたれないぞ、私にはこんなに立派な身体があるのだから」との思いと同時に、力強いエネルギーを瞬間感じて目がさめ、なんだか感動する。

‐体重をかける位置が両脚かかと側に寄って脚に力みがなく、上半身が少し前側に乗っている、という感じが出てきている。そして頭を少し引き気味にすると、見える景色がまとまって落ち着く感じになることに気が付く。セッション後に起こった、既知だとわかっているのに知らない場所のように感じる感覚、物一つ一つが大きく目に入って、見え方全体として収まりがなく、ちぐはぐしている感じがだいぶましになる。

8週目

‐右肩周辺の引っ掛かりが随分とれて、自由度が増した、と感じる

‐朝起きた時、右肩が後ろに引かれて、腕の位置が自然に身体におさまっていると感じる。

‐左腹部でお腹がなって、右側がゆるんだような感覚があったので、腰を回してみると、右骨盤の動きが一層スムーズになっていると感じる。

‐左足前側で、内部でなにかがうごめいている感じが感じられる。左膝が内側に寄ろうとしている気がする。右半身に変化を多く感じてきたが、左半身にもゆるみが出てきたような感じがする。

‐鼻腔内で、表現が難しいが、なにかツンとするような感じ、ともかく何かが起きているな、という気が数日前から続いている。

9週目

‐左足内部で感じられていたなにかうごめく感じが、右足にも少し起こっているように感じる。

‐右わき腹以外、身体の内部の浅いところに隙間ができた気がする。特に胸の上側、左半身に顕著。左側はより広がりができて、呼吸がより一層しやすい。左側お腹のあたりがぐうと音を立てることが多くなっている。背中の柔らかさ、背骨の動きが増していると感じる。

‐左側腰あたりの内部でぶちっとそこそこ大きな音がして、腰を回してみると、上半身の柔らかな動きにつれて、背骨も柔らかく動いているような気がする。右側にはつっぱり感がある。

‐両脚、特に右脚内部に何かがうごめく感じが顕著で、それとともに、右足かかとを使った歩き方ができている、と感じることが増える。下肢全体に柔軟性が出来ている感じ。

‐右手の肘から下の返しが一段とやりやすくなっている。

‐左側のお腹の内部を緩めようとしている感じが顕著。左膝から下の動きを良くすることと、左上半身が伸びて広がりを感じることがセットになっているような気がする。また、寝ている時に左下半身をリラックスさせると、左肩の引っ掛かりが改善される気がする。

‐左背中側に隙間ができて、呼吸をするとその部分にも空気が入る気がする。

‐セッション後の2か月間、膝、首、肩など、身体の至るところで頻繁にボキボキ音がし、身体内部でもなにかがプチっと切れた感じや、脚の内側がもぞもぞする感覚、が続いている。

‐いろんな場所に色んな変化があって、自分の中ではまとまりの悪さを感じてはいるが、それはそれとしてしっかりと受け止めて、それら変化たちが今後どうなっていくかを楽しみに待とう、という前向きな気持ちで今はいる。

‐2週目に痛めた左脚は、セッション直後の心地よさと比較すると、すこししびれた感じが残っていたり、足首も少し動きがぎこちないな、と感じてはいるが、随分改善された。

‐箸を持つとき、なぜか左の方がしっかりと使いこなせているようになっている。色んな場面で左手を試してみるが、右手よりもしっかりしていることも多く、不思議である。

今回、あまり間隔を開けずにセッションを受けたが、前回のセッションで起こったことを十分に味わう時間がなかったことがとてももったいなかったような気がしている。レポートに表現されたセッション中の出来事は、その言葉たちの裏側に、言葉では到底あらわしきれない豊潤なイメージがあって、それをしっかりと自分の中に吸収してからでないと、なんだか先に進みたくなかったな、と感じる自分がいる。

セッション8回目

ふっとセッションに入り込んでいった感じでスタート。

前回のセッションであらわれたのと同じグレーのイメ―ジの中をひたすらさまよっている。しばらくそれが続いて、もうたくさんだ、と思った私は「もうそろそろここを終わりにしたいのだけれど…」とすこし強い調子で私の中の人に尋ねてみる。どうやら聞き入れてもらえたらしく、すぐにクリーム色の光のイメージが現れる。同時に飛び魚の姿があらわれて、空中を気持ちよく飛んでいる。私はその時伏臥で、腹部に空気を吸い込んで、両膝を曲げ、足首を手で掴み、飛ぶような恰好をしていたと思う。飛び魚はそのあと海の中にダイブ。海の色が何とも言えない深い深い青、あまりにも深みが強くて、初めは海と認識するのさえはばかられるような気持ち、「ん?ここは、海、でいいんだよね?」と問うている自分。

飛び魚はそのあと深海魚と思われる魚に数回変化、その後大きなタカアシガニとなる。タカアシガニの動きに合わせて、自分も手をおなじようにうごかしていた記憶。タカアシガニの次は、人魚。大きな岩に身体をもたれさせて、長いまつ毛の目を閉じている。心の底から疲れ切っている様子。その時私はセッション台に同じようにもたれかかって息を吐いていた。人魚はそのあと下半身を黒く丸い形に変化させ、その黒い部分が回転しだし、円錐の形になって、地底深くどこまでも潜っていく。上半身は、表現が難しいが、オーロラを丸めたような形のものが、バラの花びらのように、幾重にも重なりあってゆらいでいるものになる。淡いコーラルピンクの、下が濃くて上に向かって薄くなる色合い、繊細でしなやか、でもそのものの材質は弾力があって、そのものの中をしっかりと血、気が巡っているイメージ。その時の私は、そのもののイメージを身体で精いっぱい表現しようとし、両手をあらんかぎりゆらゆらと動かしていた気がする。徐々にセッション台から身体を起こそうとする動き。ゆらぎながら、身体に嬉しさと充実感がみなぎって熱くなるような体感、笑みをうかべつつ、目に涙をにじませていた。そのあと現れたのは大きなコンブの木、前述のコーラルピンクのものと一緒にゆらゆらとたゆたっている絵。大きなコンブを見て、「私はこのコンブで、この海の生き物たちを養っていくのだ」と決意し、セッション台に完全に起き上がる。

海底から上を見上げると、海面に、赤と青の印の入った小舟の底が目に映り、上昇して舟に乗り移る。水色の空、海上の清々しい空間が気持ちよく、両腕を広げながら、大空に感謝の気持ちを表していると、突然「私は砂となって土に還ってゆく」という思いが浮かび、上半身をバタリと前に倒す動き。しばらくすると、すっとその上半身を起こし、両手を腿の上にきちんとそろえる。身体を起こしながら脳裏に浮かんできたのは、長方形の紙に大きな木の絵。ごつごつとしていながらも、優しさ、温かさ、寛大さを感じさせる太い幹が、紙の一番下ぎりぎりからあらわれ、濃い緑の葉をつけている。木の周りにはかわいらしさを感じさせるいくつもの集落。喜怒哀楽に満ちた人々の生活があることがひしひしと感じられ、その人々の生活ぶりを大きな木はただただ見守っている。木があることの大きな恩恵などたぶん普段、人々は意識することなどないだろうけれど、その木のおかげで人々はなんだかんだあってもつつがなく生活を続けられているイメージ。絵からは、とても懐かしい、温かい、なにがあっても最後は穏やかさに必ず戻ってくるような、そんな雰囲気がただよい、夜になれば、家々で夕ご飯の準備をしているさまが、匂いとして感じられるような絵だった。

セッション後、歩くように田畑さんにうながされる。いつもなら、歩いているときどんな感じがするか、口に出していたかと思うが、今回のセッションでは、特に最後の情景がじんわりと胸に大きくひろがり、言葉を発しようとしてもついそれを飲み込んでしまう感じで、無言のまま両脚に軽快さを感じつつ歩いていた。

新大阪駅に着いたとき、前回は既知の場所なのに、なぜか初めて訪れる場所のような気がして、とても不安な感じにつつまれたが、今回はセッション最後にあらわれたのとまったく同じ気配が駅をつつみ、駅全体が、「おかえりなさい、待っていたよ!」ととても暖かく迎えてくれている感じがして、大変嬉しかった。

セッション後1週目

‐セッション翌日目が覚めると、左上半身だけ不調 ~頭痛、耳が痛い、腹痛~ で、縮んでしまった感じがし、その後数日間体調不良が続き、寝込んでしまった。でも、その最中に、両脚が、骨盤あたりでくっと締まって距離が狭まったような感覚があった。

‐体調が戻ってからは、相変わらずあちらこちらが動いていることを感じる。

‐左膝がボキボキと音を立てる、内側に寄っていく感じが継続しているのに加えて、いままでとりたてて何も感じることがなかった右膝に結構な痛みが走る。その後、右膝に違和感を感じることが増える。両脚の状態を見てみると、立ち方がうまくいったときには、両膝が寄って、O脚が心なしか改善されているような気がする。

‐背中全体に空気が入って膨らんだような気がしていたら、胴回りにしっかりとした硬さができ、胴が筒のようになり、脚が軽やかに動く感じがほんの少しの間ではあったが体感できて、その時自分に対する心強さをとても感じた。

‐プライベートゾーンに不意に近づかれると、たとえ家族であってもとても不快な気分になることがある。

‐首を右に向けると、右首の付け根あたりでボキっと音をたてることは相変わらずであるが、そのまま続けて身体をねじった時、身体のパーツが少しずつほどけて、動きに柔らかさが出ていると感じる。

‐夜リラックスしていると、首を長く回す動きが続いている。首を回したあと、続けて腰も回す動きが続いたこともある。

‐身体を横たえると、下腹部左側、右側、それぞれがぐるぐると音を立てることが多い。

2週目

‐朝起き抜けに、身体に空気が満ちて、脚で歩いているけれどもその感覚があまりなく、両腕も肩からふわっと浮いて力がとても抜けている感じがするときがある。

‐ものを見るときに、そのものの先を見るようにすると、身体がしっかりとして、且つ余計な力が抜けているような気がする。そして上半身が上に伸びていくような感じがでてくる。

‐朝起き抜けに立ち上がった時、左脚の太もも内側がきゅっと引き締まり、力を感じたので、その日から、右脚の踵と内側、そして左脚太もも内側を意識して歩くことにする。

‐朝そろそろ起きようとして、左を下にして目をつぶっていたら、眼球が右側に動いたような感覚があり、ちょっとぎょっとする。物を見てみると、昨日までよりも、奥行きに関してものの見方が変わっている。いままでは見ようとしていたもののみがはっきりと見える感じだったが、その手前、奥にあるものまでもが同時にはっきりと見えるようになっている。この見え方に慣れないせいか、ちょっと違和感がある。複数のものが同時にあると、それらのものの立体感が前よりもはっきりと感じられる。また、街の道路は、いままで平らなものだと思っていたが、実はでこぼこに満ちている、ということに突然気がいくようになった。

3週目

‐歩きたい気持ちが湧いてきて、1日1時間弱歩くようになる。休みなく続けて歩いても、呼吸の乱れをまったく感じないことに本当に驚く。

‐夢。マラソン大会のようなものに出場するため、新しい靴を買おうとする。お店の人が、今はいているよりもずっと小さな靴をすすめてきたので、「これは小さすぎると思う」というと、「いや、これがあなたにぴったりです」と返答がある。ほんとかなあ、と思いつつも、試しに履いてみると、足に吸い付くようにフィットして、すばらしい履き心地、「ああ、これでとても気分よく走れる!」と思うところで終わる。起きてみると、左目から涙がつつっと流れていた。朝起きると左目からだけ涙が流れていることは、数か月前にも何回かあったなあ、と思う。

‐しゃがみこんで掃除をしていた時、左足首後ろがゆるんで柔軟性が出たことを感じる。左足首の動きがすこし良くなっている。

‐歩いて帰ってきて、椅子に座っていると、お腹前面に空気が入ってとても力強さが感じられる日があった。突然肋骨のイメージが湧き、膨らんだりしぼんだりしている様子を思い浮かべるようになる。

‐手を振って歩くからか、右肩右腕が少し下にさがり、身体にそって落ち着いてきたような気がする。

4週目

‐人間のかかとが一番うまく落ち着く部分は、かかとの真ん中ではなく、少し外側で、だから歩くときには足前を少し開いて歩くとよい、と知り、歩くときにそれを意識するようにしていたら、以前から気にしていた太もも内側も自然と良い感じに収まって歩ける気がする。

‐右側腰の後方への回転が、よりしっかりできるようになっている。それにつれて、右脚の自由が前よりも利くようになっていると感じる。また左足首もよりいっそう自由度が増した感じがあって、O脚がさらに改善されてきている気がする。

‐歩いていて気が付いたが、私は身体をねじらせた上に縮ませもしてしまっていて、それを今はもとに戻そうとしている感じがする。特に左側、脚はもっと各部分に隙間を欲して下に伸びたいし、上半身は腹部にもっと隙間を得て上に伸びたがっているように思う。

‐バランスボードに乗っている時や、リラックスしている時に、顔をすこし右側に向けて首をぐるぐると回す動きを自発的にしていることが最近多い。

‐相変わらず首、膝、腰でボキボキと音がしたり、手、脚、背中で何かがごにょごにょしている感じ、そして右、左下腹部それぞれでグルグルとする感じが続いている。

セッション9回目

セッション台に身体を仰向けに横たえ目を閉じると、すぐさま自然と身体が動き出す。

浮かんできたのはおぼろげなバレリーナの姿、「白鳥の湖を踊っている」と思う私。しばらくすると、水の上に浮かぶ白い鳥の風景へと変化、そのあとすぐ、ふちが濃い緑色で、ぐるぐると渦を巻く肌色の沼があらわれる。なにが起こるのか、しばらくその渦を見つめていると、突然あらわれたのはゴッホの「糸杉と星の見える道」、絵の中の糸杉が急にぐわんぐわんと大きく揺れだす。無防備でいた私は、身体が急に熱くなり、いきなり身体ごと思いっきり持っていかれるような体感に、うわっ、と驚きつつ、セッション台から落ちないといいけどなぁ、と思いながら身体を大きく揺らしていた。

身体を揺らしながら浮かんできたのは、心の奥底から湧き上がる、黒く強い力をもったイメージ。うまく表現できなくていままで奥底に淀んでいたような感情。8回目までのセッションでは一度も浮かんでこなかった類の感情が一気に噴き出してきた。その感情は、自分個人のものだけではなく、他の人たちのものも含まれていて、人なら共通して持っているもの、の印象。

このあと、何故か、青く光るスカラベが視界いっぱいにあらわれ、その時私は身体を丸めてスカラベになりきっていた。そのあと続いたのは、スカラベからの連想だろうか、砂漠の絵、太陽が沈みかけていて、ラクダの姿があり、絵一面オレンジ色に染まっている。眩しくて、顔の右側寄りに両手を広げて光を遮る恰好をしていたと思う。身体が熱く感じる。それに続いて、イラストタッチの、ウサギ、月、ススキ、が濃紺の世界に浮かんでいる絵。真夜中のイメージ。やはり月の光が眩しい。先ほどの糸杉の激しい“動”の世界とは真逆の、完全なる”静寂“の世界。シーン、という音が聞こえてきそうなほど。

その静寂を破るかのごとく、突然、冒頭のバレリーナの姿から、最後のウサギ、月、ススキの情景まで、全てのものが、順番に崩れ落ちて上に積み重なっていき、ついで糸杉の絵の基調色の青、スカラベの色の青、そしてウサギ、月、ススキの絵の青が溶け出してすべてのものを染めていく。全てが無と化す情景に、私は「ああ、すべて終わった…」と思っている。

しばらくすると、アイボリーの厚みのあるリネンでできた、長方形の底の浅い入れ物のようなものの中に、白い布でつつまれた人間の姿。「自分は死んで、ミイラになったのか」と思い、じっとその姿を凝視していると、その人間の形をしたものが徐々に起き上がってくる。それは白いボロボロの衣装を身に纏ったイエスキリストと思われるような人の姿、十字架にはり付けにされて頭を垂れる。はり付けにされるまでの間、私は両手を上に伸ばして、全力で天に助けを求めたが、何の反応もなくて、悔しい気持ちでいっぱいになっている。自分自身の感情だけではなく、誰とも特定できない人たちの感情も同時に一身に受けている感覚。はり付けにされるとき、私は両手をゆっくりと真横に伸ばす動きをする。同時に、ぶわっと両目から熱い涙がわき出してくる。十字架から少し離れたところに、この成り行きを見守るかのような、創造主とも思える方の姿、金色の装飾が施された立派な白い衣装をまとい、眩しい光を背負っておられた。私は、セッション台に真横に手を伸ばしたまま、こんこんと湧き出る涙をただただそのままにしておきたい気持ちでいっぱいであった。

どのくらいそうしていたのかわからないが、突然、軽快な音楽が流れ始め、頭上に、真っ白な背景の中に黒い細い線状の渦巻き模様が現れ、それがくるくるとまわっている。ところどころに、8回目のセッションで、船底に見えた、赤と青の模様とまったく同じ色の玉が施されている。私は徐々にセッション台に腰を掛けて起き上がろうとする動き。「ん、一体これはなんだろう?」と思っていると、現れたのは真っ白な、丈の短い衣装に真っ赤なガーターベルト、真っ赤なハイヒール、頭には真っ赤なレースでできたヘッドバンドのようなものを着け、真っ赤な口紅をさしたベティ・ブープの姿、腰をくねらせて軽妙な音楽に合わせて踊っている。「ほらほら、なに深刻な顔しちゃってるのよ~、はい、もうそんな真面目な話は終わり終わりっ」「いっしょに踊りましょうよ~」と誘いかけてくる。ベティ・ブープはしばらく踊り続け、最後に私に向かって「そしたらまたね、バイバイ~」といってウインク、自分で幕を上から下にジャーっと降ろして去っていった。あっけにとられていた私は、最後完全に泣き笑いのまま、9回目のセッションを終えた。

セッション後1週目

‐ふとした拍子に涙がただただあふれる日が続く。

‐左脚にごにょごにょとした感じを頻繁に感じる。座っていて、左脚全体が内側に動くようなことをはっきりと認識することもあった。歩いていて、左足指にしっかりと力を乗せて前に進む感じが出てきている。

‐いつもの緑深い遊歩道、季節柄、金木犀の香りが心地よい。「いい香りだなぁ」と思いつつ歩いていると、前から自転車でやってくる女性、私に話しかけたそうに感じたので、「道でも尋ねられるのかな」と思って目を合わせると、すれ違いざまに「金木犀の香りがいいですね」と一言いって、す~っと走り去っていく。全く見知らぬ人との思いもかけないやりとり、しかも今まさに感じていたことを口にされ、なんと表現したらよいか、胸がほんわか膨らむ感じがした。

‐歩きだしてまだ数週間だが、目に入る空間が自分に溶け合っている感じが出てきていて、いままでは、自分とは自分の身体分だけ、と思っていたが、いやいや、目に入る周りの空間やなんなら人々も、自分なのかもしれないなぁ、という思いがうまれてきていたことと、この女性との出来事がうまく重なり合って、なんともいえない心持がした。

‐夜、ふと目が覚めたので起き上がると、背中側の両肩まわり一帯に膨らみが感じられ、それとともに肩が下にさがり、身体は上に伸びている様な感じがでていることに気づく。

‐左鼻腔の通りが非常によく、空気がとてもスムーズに入っていくなぁ、と感じることが増えている。

‐右手の甲の真ん中あたりが動いた感じがあって、指をみてみると中指の向きが明らかに変わっている。

‐歩いている時に肩のあたりに意識をむけるだけで、身体は上に伸びていくが、肩は下に下がる感じ、そして手、脚は特に意識を向けなくても自然と動いてくれて、なによりも歩くスピードがとても上がることを体感する。

‐両脇腹よりすこし前あたりに縦の筋、そして背中側に斜めの筋ができている。

2週目

‐何に、と特定できるわけではないが、流れている、というイメージを感じ取ることが出てきた。

‐座っていると、左脚が内側に閉じてきて、両膝同士を近づけたがっている感じがある。

‐自分の体にある骨をリアルに感じるようになってきた。今までは気にしたことがほとんどなかった。

‐右手甲の真ん中あたりが動き、続いて左肩がほんの少しだけ外側に動いた感覚。左肩の後ろへの振りがすこし良くなっている。

‐夜中にふと目覚めて、特になんということもなかったので、また目を閉じて寝ようとするのだが、身体がなんとなくそうさせてくれないので、立ち上がってみると、右顎のあたりが音をたてるのと、右耳の痛さを感じる。不快に感じたので、両手をエキスパンダーを広げるような恰好で動かしてみる。右腕側が、思いがけず凄い音をたてたので、すこしスムーズに動くまで動かしつづけてみる。すると、突然身体の骨格がイメージとして湧いてきて、硬いはずの骨が、なんだか柔軟性をもった物のように感じられだし、いろんな動きをしてみると、くねくねと軟体動物になったかのような動きが出来て、なんだかとても楽しくなり、しばらくその感覚を楽しんだ。両手を上にあげて腕を回していると、左腕肘のあたりでバキバキと音がした。朝起きると、鼻の中に、鼻血がでていたかのような感じがある。

‐右手の親指が外側にほんのすこしだけ動いた感あり。

3週目

‐すごい勢いで怒っている夢を見ていたようで、怒りが強すぎてその力の大きさに自分で耐えられなくなり、思わず目を覚ましてしまった感覚。起きると、左わき腹、腰のあたり全体がこっていて、ひさびさに起きたときに、疲れているな、と感じ、なんだかどんよりしてしまう。怒りは心身に大きな影響を与えるということを痛感した。

‐左腹あたりの深いところで何か動きがあった感覚。ググッということばで表せるようなもの。

‐足裏が地面に吸い付いているかのように立つことができている。身体全体の動きが驚くほどにしなやかになっている。

‐歩いていて、右の内腿だけではなく右腹の真ん中寄りの力も抜けている気がしたので、そこにも意識を向けていたら、右腕の振り、特に後ろ側への振りが良くなり、また右足親指にまでスムーズに体重を移動させながら歩くことができている、と感じるようになる。

‐両脚太ももの内側に、ななめの筋が入っていることに気づく。

‐両脚ともに内側にラインを感じて歩けているな、と感じる頻度が増えている。

‐夜中に目が覚めて、主に左側肩、腕あたりをかなり激しく動かす動き。途中、口を閉じたまま顎をおもいきりさげる動きもあり、それと同時に左鼻腔内でプチプチとなにかはじける感覚。鼻血が滲んでいる感触もあり。朝起きて鏡をみると、下顎が下がっているのが明らかにわかるほどの変化がある。

‐最近、首をまず八の字に回し、最後は円錐形のように大きい円から小さい円を描くように回して終わることが多い。

‐左半身と右半身がお互いに寄りあって、上に伸びていきたい感覚がある。

4週目

‐大阪にある山本能楽堂に出かける。能楽師安田登さんが琵琶の音に合わせて“耳なし芳一”を舞われる姿に圧倒されてしまう。そして浪曲師玉川奈々福さんの、聴く者に生きていくための力を授けてくださるような三味線の音とそのお声にすっかり魅了されてしまった。安田さんの、「残念、とは、本来は、‘念を残す’という意味」というお話しが印象に残った。

5週目

‐自分の専門をさらに深めたい、との気持ちで数年前に大学に再び通っていたのだが、その時のクラスメート達(自分は皆の母親のような年齢だが!)と遊びに行く、という夢をみる。少人数に分かれて、時間まで思い思いの場所に出かけて過ごし、また皆で集合する、という段取り。嬉しくて楽しくて、という時を過ごす。再度集合したとき、ある1つのグループが戻ってこない、といって大騒ぎになる。私は「警察に連絡しなきゃ…」と思って電話をするが、自分の名前を名乗ろうとしてもうまく言えないし、状況も全く説明できない、という事態に陥るところで終わる。今のコロナ禍の状況では、海外にも出られないし、職場でも思うようにその能力を発揮できる状況にないのではないか、と数日前に皆のことを案じていた気持ちが夢になったのかもしれない。

その日の明け方に続いてみた夢。自分が今の年齢のままで高校の新任教師になって、同僚の先生と会話をしている。自分の担当している生徒が近づいてくるが、その生徒は前述の大学のクラスメートの一人。新卒時に、教師になってもよいかと思い教育実習もしたが、自分はどうも向いていない気がして企業に就職したのだが、本当は教職に就きたかったのだろうか、よくわからない。

‐光、空の色、空気、木立、鳥の声など、自然を全身で感じながら散歩をしていると、あっというまに「頭で考えている自分」は姿を消し、身体のない自分、とも表現できるものが立ち上ってくる。それは身体を伴った自分よりずっと自分らしくて、自分の「濃さ」がうんと増している存在。

‐遊歩道の散歩道、さまざまに色づいた落ち葉が織りなす色の美しさに目を見張る。自分の好みの色の配置を見つけた時の心弾む気持ち。

‐能から受けたインパクトが想像以上に大きくて、自分のなかで落ち着きどころを見つけることに時間を費やす。なにかとてもずっしりとして、頭で理解するとかではなく、身体の中にとどめておいて、どうなっていくのかわからないけれど、ただ共にあるしかない、そういうもの。

‐9回目のセッションの、前半部が「念を残す」の世界、そして後半のベティ・ブープの部分が、悲しみ苦しみの中にありながらも生きていくための光を人々に与えてくれる浪曲の世界と重なり、セッションの意味が自分の中で落ち着きどころを見つけられた気がした。そして10回目のセッションを田畑さんにお願いしよう、という覚悟がやっとできた。

‐歩くときに、前に進もうというより、上にのびていきたがっている感じ。

‐右わき腹の自由度が増している感じ。右腕の収まる位置が、ポキッと音をたてて、少しずつ変化している、と感じることが頻繁にある。

6週目

‐右の首が上に伸びたがっている感じ。右肩甲骨回りがひらけていこうとしている感もある。右半身の自由度が増していることを感じる。右半身腹部に大きな力、を感じる日が増えている。呼吸をしていても、そこだけ大きく空気が入っていく感じ。右膝内側、右くるぶしに軽い痛みを感じることが時々。

‐明け方に見た夢。長いモップのようなものの柄に、空のバケツなど掃除用品がかけてある絵、そこに「掃除、終わりっ!」という力強い声が聞こえてきた。清々しい夢だった。

7週目

‐日中眠い日が増えている。夜も早く寝てしまう。

‐右首のあたりの、固まった感じがだいぶ改善されている。首も横に倒しやすくなっているし、後ろにもよりまわしやすくなっている。

‐明け方に見た夢。無数の同じ形をした人?物?が集まって何か意見を交わしあっている。「それはいいね!」「そうだね、そうしよう!」「いいアイディア!」など、前向きな言葉だけがとびかっている。その時に発言している人?物?だけが、CGで制作されたような顔を持っていて、とてもいい表情をしている。自信に満ちた笑顔。

‐目がさめたとき、左ふくらはぎが久しぶりにつっている感じ。それがおさまると、左顎あたりがガクッと音を立てる。続いて、左肩が外側に動きやすくなっていることを感じる。いままでは、寝ていると若干左肩が浮いているような感じだったが、それが改善されて、それにともなって背骨が前よりも自由を得た感じがする。寝たままでしばらく右腕、左腕をいろいろと動かしていると、骨盤から脊髄が伸びている絵がイメージとして浮かんでくる。起きて腰を回してみると、そのイメージがより鮮明に浮かんでくる。左側の頭の中に多少重苦しい感じがある。

‐散歩をしていて、肩の振りと骨盤の動きが連動している感じがでてきた。脚と骨盤の動きのイメージ、同時に肩の動きのイメージが湧いてくる。

‐右半身腹部に空気をためるイメージが続いていたが、今度はその位置がもう少し上にあがって右肋骨下あたりを膨らませようとしている。

‐歩くとき、上に伸びようとする動きが顕著であったが、元のように前に進もうとする動きが戻ってきた。

‐物事に対して、変にこだわることがどんどんなくなってきていると感じる。もとの私はどんなだったのだろうか、なんだかよくわからなくなっているなぁ、と感じたりもする。

‐体重計に乗ると、ロルフィングを始める前よりも、体水分率が確実に増している。この項目に大きな変化があったことは今までになかったので驚いている。

8週目

‐左腰あたりを前に動かして胸をはり、左肩の位置を後ろに引こうとする動きが頻繁に起きるが、なかなか苦しい体勢である。

‐朝起きて、左肩の位置が明らかに変化していることに気づく。

‐左手で重い物をもってしまい、肩あたりでなにかがブチっと切れたかのような音がし、その翌日に肩が激痛、腕をかえしたり、上にあげる動きがまったく出来なくなってしまった。

‐あまりの痛さに寝て過ごすしかなくなってしまったが、その時に、青白い光を背景として、子宮に浮かぶ胎児の姿、その胎児はふかふかの子宮にどっしりと身体をあずけていて、とても弾力をおびて生命力に満ちている感じ、続いて、夢の中でみた、ポジティブな発言しかしないCGのような顔が、やはりとてもいい顔をして現れてきて、このアクシデントは良い結果に繋がる、となぜか確信してしまった。

‐腕の痛さのせいもあるかと思うが、とにかく眠くてしようがない感じが続いている。

‐整形外科を受診後、あれほど痛かったのに、数日で痛みがひいてくれたことにびっくりする。

9週目

‐がっちり固まってしまって、まったく動かせなかった左肩だったのに、痛みがひいてから、

バランスボードに乗って、左腕を動くがままにまかせていることたった数日でかなり腕が動かせるようになってきている。数年前に右腕がやはり上がらなくなってしまったことがあったが、その時には痛みがひくまでにも、そして動かせるようになるまでにも、かなりの時間を要した記憶があり、今回この早い快復ぶりに大変驚いている。セッションを9回まで重ねて、身体が整ってきていることと無関係とは思えない。

‐夜中に左脚横のあたりがつる。しばらくじっとしていてもおさまる気配がないので、立ち上がってみようとすると、足首もひっかかった感じで自由がきかず、左脚外側も捻じれた感じで、左股関節あたりが痛くて立てない。バランスボードに助けを求め、右足で立っておそるおそる左足を乗せてみると、左脚をぐるぐる回しつづけ、左脚を内側に寄せて、何とかおさまりどころを見つけた感じ。併せて、左肩甲骨下に引っ掛かりを感じる。身体の変化が新たなフェーズに入っている感じ。

‐寝ても寝ても眠い日々は相変わらず続いている。

10週目

‐先週に引き続き、左脚にいろいろと不具合を感じるが、その一方、右股関節のおさまりがよくなって自由度が増したように感じる。8週目では辛かった、左腰あたりを前に動かして胸をはる姿勢が、右股関節の変化とともに、自然と出来るようになっていると思う。

ロルフィング講師の感想 その2

the Photo before and after the session with Ma

The second time I remember you physically touching me during the session was, near the end of the session, when you asked me to bend my knees so my feet were on the table. You adjusted the placement of my feet and then touched the bottoms of my feet.   What happened then, was an amazing feeling of a flow from my left visceral side, diagonally across connecting with a flow around L3 down the spine and through my pelvis and into my right leg, flowing down and through the entire leg.  My lumbar curve shifted, increasing – returning to it’s more natural way, and with it a beautiful sense of relief, welcoming and ease. I felt more sinuous like a stream in its natural course.  I felt very whole and integrated.

私がセッション中に私に物理的に触れたことを覚えている2回目は、セッションの終わり近くに、私の足がテーブル上に来るように私の膝を曲げるように頼んだときでした。あなたは私の足の配置を調整し、その後私の足の底に触れました。その後、左内臓側から、L3の周りの流れと脊椎を通って、そして骨盤を通って、そして右脚に流れ込むように、対角線上を流れる驚くべき感触が、脚全体に流れ落ちました。私の腰部のカーブは、それがより自然なやり方に戻り、癒され、歓迎され、楽になります。私は自然の流れの中で川のようにより滑らかに感じました。私は非常に全体的で統合されていました。

Standing, you asked me what I was noticing…. I don’t completely remember what I said… I think I mentioned feeling more ease, more anterior-posterior movement of my right illia, more of a lumbar curve, clearer connection to earth, and more open…. and what was most significant for me was the prominent sense of joy.  I clearly remembering sharing that I wanted to dance. – an expression of my joy. Right then!  Dance! The sense of joy was deep, profound, and gentle.  It was a sense of joy within me and around me.  A feeling of connection and belonging – physically, spiritually, and emotionally.  This was a very profound session, Hiro.  Thank you ever so much.

立ってみて、あなたは私が気づいていたことを私に尋ねました…。私は私が言ったことを完全に覚えていない…私は、私の右の腸骨、腰椎のカーブが増えて、地球へのより明確なつながり、よりオープンな、より多くの前脚の動きを感じると述べたと思います。私にとって最も重要なことは、”Joy – 喜び”の顕著な感覚でした。私は踊りたいと思っていたことを覚えています。 – 私の喜びの表情。そう!ダンス!喜びの感覚は、深く、深く、優しいものでした。私の中や私の周りの喜びの感覚でした。身体的、霊的、感情的なつながりとそれを自分にあるという感覚。これは非常に深遠なセッションでした。本当にありがとうございます。

Months after the session, I continue to play with, embody, and evolve the work.  I re-visit “that lying supine with knees bent, Hiro touching my feet…flow of connection and shift of lumbar curve”. I feel even more the vitality it brought and still brings.  I continue to welcome back my lumbar curve.  I remind myself of the joy, the letting go, the allowing. Over these months, I notice that a constant systemic static is diminishing.  I feel more peaceful.  I feel more at ease being seen, being in front of people.  I bring into my practice, and into my life in general, the concept of MA.  And I curiously ask myself,  “What is this work that we call Rolfing Structural Integration?”

Again, I thank you, Hiro.  I hold you and this experience in my heart.

セッションの数ヶ月後、私は仕事を続け、体現し、進化させていきます。私は “膝が曲がって仰向けに横たわっている、ヒロは私の足に触れている…つながりと腰のカーブの移動の流れ”をもう一度感じてみる。私はさらにそれによってもたらされた活力を感じています。私は腰椎のカーブをよろこんで受け容れ続けています。私は喜び、諦め、許すことを思い出します。この数ヶ月にわたって、私は、ある一定したシステムのやる気のなさ(constant systemic static)が減少していることに気付きました。私はより平和を感じます。人々の目の前にいて、もっと見やすく感じます。私は私のプラクティス、そして一般的に私の人生にMA(間)の概念を持ち込んでいます。そして私は不思議なことに、「私たちがRolfing Structural Integrationと呼んでいる仕事は何なのか?と自分に興味深く問いかけています。

再び、私はあなたに感謝、ヒロ。私はあなたと私の心の中でこの経験を持ち続けます。

Note by Lisa : I’d like to provide you with a little more background information, if it is helpful.  About eleven years ago, I had a spinal cord injury.  All my lumbar discs herniated and my L5-S1 disc shattered and migrated up my spinal cord.  I was not able to walk, sit or stand for more than 5 minutes.  I lost the use of my right leg for 1 month until I received surgery to remove the shattered disc from my spinal cord.  In order to remove the disc pieces which were applying pressure and blocking my spinal cord, the surgeon had to remove approximately 3/4 of an inch of bone in the right sides of vertebral  bodies L3 and L4, removed the associated facets on the right side, and parts of the discs.  This intervention returned neurological flow along the spinal cord and I then was able to partially use my leg and begin to learn to walk again.  I am very thankful for the surgery.  The surgery also introduced much instability and new, different, flatter spinal curves.   During the three years that followed surgery, as I gained feeling and strength, I broke my right leg three different times in three different places.  Again, I am thankful for so much.  I have much support and skills, from within myself and with my family, friends and community, that overtime I heal. As you notice, I walk quite well now. I continue to find ways to awaken my body and connections, to find easier movement, to remember joy.  I feel our session together help me find connections and ways of being in my body and spirit that were previously dampened or obscured, perhaps from my injuries.

ノート:もし私が助けになればと思い、もう少しのバックグラントとなる情報をお伝えしたいと思います。約11年前、私は脊髄損傷を起こしました。すべての腰椎椎間板がヘルニアになり、私のL5-S1椎間板が壊れて脊髄に移行しました。歩いたり、座ったり、5分以上立つことができませんでした。私は、脊髄から粉々になった椎間板を取り除く手術を受けるまで、右足を1ヶ月間使い果たしました。外科医は、圧力をかけて脊髄を閉塞するディスク片を取り除くために、椎体L3およびL4の右側の約3/4インチの骨を除去し、右側の関連する側面を除去しなければならなかった、およびディスクの一部。この医療的介入は、脊髄に沿った神経学的な流れを戻し、私はその後、部分的に私の脚を使用して、再び歩くことを学び始めました。私は手術にとても感謝しています。手術はまた、多くの不安定性と、新しい、異なる、よりフラットな脊柱のカーブをもたらしました。手術後の3年間で、私は感情と強さを得て、3つの異なる場所で3回、右足を骨折をしました。再び、私はそのことに感謝しています。私は自分自身の中から、そして家族、友人、そして地域社会から多くのサポートとスキルを持っています。あなたが観ると、私は今かなりよく歩いていることが分かるでしょう。私は身体とのつながりを目覚めさせる方法を見つけ出し、動きを容易にし、喜びを覚えていきます。私達のセッションが、私の身体や精神に繋がりを感じさせてくれるようになりました。

I’d also like to share of how the feelings I experienced during and after our session (those of connection and belonging – physically, spiritually, and emotionally; and the deep, profound sense of joy and peacefulness) were very similar to the feelings I experienced in a near death or “death and back again”  drowning episode years ago.  During that episode, when I realized that, no matter how much I struggled, I could not free myself of the ropes that held me under water, I became very clear.  I let go. I felt free and fluid.  I felt a sense of connectiveness within and around me.  A profound sense of joy enveloped me.  It was lovely.  I do not know how my drowning experience that included near death or death relates to our MA Rolfing session.  I image it may be in the commonality of fundamentally experiencing profound joy and ease, albeit in different manners.  Or perhaps, as I am just beginning to understand, it is MA – the pause, the space, the relationship – that is the commonality.

私はセッション中やセッション後に経験した感情(身体的、霊的、感情的なつながりと帰属感、そして深く深い喜びと平和感)が私が数年前に水難事故で経験した,臨死体験或いは蘇生体験とどんなに似ているかをシェアしたいと思います。そのとき私がもがいても、水の中に閉じ込めたロープから自分を解放することはできませんでした。その時私は,自由で流動的であると感じました。私は、私と周りとのつながりの感覚を感じました。私たちのMA(間)の Rolfingセッションには、異なるやり方ではありますが、(臨死体験と) 基本的に深い喜びと容易さを経験するという共通性があるかもしれません。おそらく私は,MA (間) – 休止、空間、関係 -について,理解し始めたばかりです。

ロルフィング講師の感想 その1

ロルフィング教員会議でデモンストレーション


2017年にRolf Instituteのボールダー本部で開催された教員会議で,間を用いたデモンストレーションを行いました。その際にデモクライアントとなってくれた,ロルフィング講師のリサ(写真上)がその時の体験を送ってくれましたので,ご本人の了解を得て掲載します。

 I am grateful that I stepped forward for the opportunity to be your, Hiro’s, demonstration client for 2017 faculty meeting.  This was a courageous act for me – sharing myself in this way in front of a group – as I am a rather private individual.  My curiosity to understand and experience the work that Hiro brings forward was compelling.  I wanted a felt-sense exploration.  The session proved to be one of my more profound Rolfing® Structural Integration experiences.

私は、2017年のRolf Instituteの教員会議でヒロのデモクライアントになる機会を得たことに感謝します。これは私にとっては勇敢な行為でした – グループの前でこのように自分自身をシェアする- 私はむしろ私的な存在です。ヒロがもたらす仕事を理解し経験する私の好奇心は魅力的でした。私はフェルトセンスを探求したいと思っていました。セッションは私にとって,より深いRolfing®Structural Integrationの経験の1つであることが証明されました。

In response to your question, Hiro, of what I was noticing as I stood in front of the group at the beginning of the session, I verbally shared that I felt a notable and long-lived discomfort deep in my right hip and that I felt more weight in my left side and through my left leg.  When walking, I felt more ease, fluidity, and more anterior:posterior motion of my left ilia relative to my right.  There was a “hitch in my giddy-up” on my right side and my low back ached.

あなたの質問に応えて、セッションの始めに私がグループの前に立っていたときに私が気づいていたことについてコメントしましたが、私の右の股関節の深いところで顕著で長い期間そこにある不快感を感じ、私の左側と私の左の脚を介してより重さを感じました。歩いているとき、私はより快適、流動性、およびより多く前側を感じた:私の左の腸骨の後ろの動きは、私の右と相対的です。私の右側には “ぎこちなく痛い”があり、腰に痛みがありました。

While lying supine on the table, eyes softly closed, I gradual became more peaceful and much more aware.  The growing rich awareness included the physicality of my body, the spaciousness of my being, and a novel type of dialog . I remember a gentle curiosity as I felt into and within my cells. I noticed the space and texture between cells.  There was time of discomfort around the left side of my peritoneal bag – internally with organs and also with visceral connections inside and outside of peritoneal bag.  Some time passed and what I remember next were very intense connections and attentions at my right side in and around L3 to L5 and the associated areas of my spinal cord and dural tube.  It felt like very specific and refined palpations that keenly invited my attention.  The refined “palpations”, connections and attention had a quality of accuracy, clarity and refinement that I do not remember ever experiencing before when touched.   I recall a feeling of building focus and sense of sorting that brought ease and relief.  During this entire time lying supine I believe you physically, hands on, lightly and briefly touched me once on my leg.

マッサージテーブルに仰向けに横たわっている間、目はやわらかく閉じ、徐々に穏やかになって、はるかに認識しました。意識が豊かに広がり、私の体の肉体、私の存在感は広がり、そして新しいタイプのやり取りが含まれていました。私は自分の細胞の中と内部で感じるような穏やかな好奇心を覚えています。私は細胞間の空間と質感に気づいたのです。私の腹膜の左側には不快感がありました。臓器が内部にあり、腹腔内および腹腔内に内臓のつながりが感じられました。いくらか時間が経過し、私が次に覚えていることは、腰椎3番から5番までの私の右側の脊髄と硬膜菅の関連領域に非常に強く結びついていました。私の注意を惹きつけたのは、非常に特異的で洗練された触診を受けている時のような感覚でした。洗練された「触診」、つながり、注意は、実際に触れときにこれまで経験したことのないような精度、明瞭さ、洗練されたクオリティを持っていました。私は、心地よさと安らぎをもたらしたフォーカスと感覚を築く感覚を思い出します。私が仰向けになっている間、物理的に短く一度だけ私の足に触れたと思います。

この後,テ−ブル上でのワ−ク後,深い気づきについての記述があります。

親子で受けて頂いた方の不思議な体験

Rolfer’s Note : まず10シリーズ終了後に80代のお母様にロルフィングセッションを受けて頂いたところ,消化器系や聴覚にも改善が認められ,ダブル遷宮にも親子で旅行されるなどなど,単に身体の調子がよくなるというところに留まらず,生き方や人生の流れに乗るためのきっかけになることがあるロルフィングのプロセスとしての,いわば,お手本になるようなご体験をレポート頂きました。ご本人の了承を得て全文転載します。

田畑先生、ロルフィングに巡り合う所から、不思議な事がいっぱいでビックリ感動、感謝しております。

長くなり申し訳ございませんがお礼と感謝を込めて、書きます。お時間の許す時にでも、目を通して頂ければ…ありがたいです。

これまで母とは仲良しではなくて距離を置いてきたのですが、田畑先生のセッションを受け始めてすぐに、これは母に受けてもらいたい!何故か私がロルフィングを勉強してからじゃ間に合わない!と思いました。(50歳超えてロルファーになりたいなと無謀にも思って調べたらとんでもなくて…)でもあの母が行くかどうか、10回続けられるのか?もわからず、とにかく話してみたらOKで、10回の途中で嫌になったらやめてもいいからと言って連れて行きました。

初回は、まだ電車の西武線が東横線と繋がっていなくて、恵比寿駅からタクシーか、渋谷駅から乗り換えて代官山駅から徒歩と同行して、高齢の母には大変で続けられるのか?と思いましたが、

2回目からは、なんと東横線が西武線と繋がって、楽々一人で通える状況になって、このタイミングの良さにビックリです!

10回終えて、ちょうど待っていたように遷宮のタイミングで伊勢詣りへ、母も私も行った事がなくて、今迄2人で旅行した事も無くて、こんな事になるなんてビックリです!ツアーで他の方々について行くのが大変だったんですが、楽しくて、出雲大社詣り&厳島神社のツアーにも参加してしまいました。

翌年(2014年)5月には、千葉県の神崎寺の主催する西国33観音巡りツアーで兵庫、大阪の9ヶ寺を訪ねました。山登りの所はバスの中で待っていたりしましたが、必死で楽しく付いて行けました。

先生のセッションを受けていなければ、この様な素敵な出来事はあり得なかったと母共々、この不思議な流れに驚き深謝申し上げております。

そしてロルフィングの機関誌に載せて頂き世界デビューとは凄い母⁉︎です。

そして、私ですが、初回セッション受けて、ロルファーは無理、どうしようかなと(事務職をしているのに)何故か思ってしまいました。

急に、ハワイは凄い所だな世界の人が癒されに行くなんて他には無いなとふと思って、…今迄アンチハワイでその上、新婚旅行のカナダ帰りに寄ったオアフ島で元夫が(8年前離婚したんですが)、結婚指輪をハナウマベイで落として無くすなんて事もあり…

ホ・オポノポノのモーナ・ナラマクシメオナさんを調べたらカフナで州宝でロミロミの原型を行っていたと知り、1回目のセッション後、2013年1月からロミロミを学び始めました。通っているスクールで9月にハワイ島のハワイアンのクムさんの所へ約1週間学びに行く企画があり、仕事を辞めて行ってしまいました。

戻って10〜12月先輩のロミロミの店を手伝ったんですが、翌年2014年1月から3月はハローワークの職業訓練校で介護の勉強をして、資格取得し4月から訪問介護のヘルパーとして働き始めました。

ですが、4月半ばに又ハワイ島のクムさんの講習に何故か1週間前に急に参加したくなり、行ってしまいました。それが3月にクムさんの元へ戻ってきたヘイアウのある土地でプライベートビーチで皆既月食の時に行われる最初の講習だと行ってわかりました。

介護で勉強した心と身体の事が、ロミロミとも繋がって何故か楽しく訪問介護ヘルパーの仕事を今しています。ロミロミは出張で将来できればいいなと思ってます。

何故、介護なんだろうと自分でも?でした、一番苦手な所と思ってました、母もなんで?あんたが?とビックリ!そしてまたちょうど待っていたように、母のすぐ下の妹が4月に介護が必要な状況になり、私の学んだ事がすぐ役立ってスムーズに事が運び、母も(私の妹と同居しているのに)介護の申請ができ支援が受けられました。

なんだかわからない物事の自然な流れがあるんだなと感じる毎日です。巡り合うタイミングの物凄さにビックリする出来事がまだまだあって生きることが楽しくなってきました。心と身体と魂との繋がりの不思議さを感じるようになりました。

長くなって申し訳ありません、読んで戴きありがとうございます。

先生に巡り合えたお陰様で、母に思いもよらぬ親孝行ができて嬉しく、深く感謝申し上げます。ありがとうございます。また、宜しくお願いします。

 

○○○○

頸部・腰背部に痛みがある方 (月一ペースで)

新幹線を使って月一度のペースで通って頂いている方のレポートです。頸部・腰背部に痛みがあって姿勢の改善を動機としていらしています。


セッション1

セッション1

セッション2

セッション2

セッション3

セッション3

セッション4

セッション4

セッション5

セッション6

遠方から月一回のペースでいらしている方の第6セッションの感想

セッション7

遠方から月一回のペースでいらしている方の第7回目の感想

セッション 8

第8セッション後の感想

セッション 9

セッション9

セッション10

違和感は悪いものではなく、より自分らしく戻っていくための、ヒントみたいなもの

遠方から通って頂いた,ピアノ演奏家の方から,体験記が届きました。ご本人の許可を得て,以下ご紹介します。

初めてロルフィングを受けたとき、まず一番に感じたのは、こんなふうに繊細に、感覚を大事にしてほしい、という身体の声でした。
いろんなものがこみ上げてきて、泣きそうになったのを覚えています。

外側のことはきっかけにすぎず、自分を縛っていたのは、だれでもなく自分だったんだな、と思います。

最初は、痛みで日常生活もつらく、しっかり寝ることもできない状態でした。田畑さんが、繊細に誠実に身体に接してくださる度に、身体が安心していくようでした。
そしていろんな違和感もゆっくり聞こえるようになり、子供の頃に感じていたことをたくさん思い出すようになりました。

締め付けが嫌で、パンツを履くのが嫌いでよく怒られていたこと。
集団の中で同じ動きをするのが苦手だったこと。
ひとりで何かに向かう時間が好きだったこと。
山でいろんなものを見つけては、感動していたこと。
ピアノを弾くことや、土を触ること、自分が好きなことをするのは、ただシンプルな身体の欲求だったこと。

そんな小さないろんなことが、ふっと出てくるようになって、ゆっくり自分の感覚が戻ってきたように感じています。
大人になるにつれて、少しずついろんなことを我慢したり、周りに合わせなきゃと思いすぎていたり、自分とは違う方向に、気づかないうちにずれていっていたんだなと思います。

痛みが出ることに対しても、自分の身体を無意識に責めてしまっていたんだなと気づきました。その痛みは身体を守って、そっちは違うよーと知らせてくれていたのにな、と。

今は、痛みもだいぶ和らいできていますが、痛みが出ているときも、あ、何を言おうとしてるのかな?とそれを感じながら受けとめて、心地よい感覚を探りながら、今どうしたい?と、ゆっくり身体を見守れるようになってきたように思います。
ときどき不安になったり、イライラしてしまうときも、まぁそんなときもあるよね~と、焦らず気持ちを感じていけるようにもなってきています。
こんなふうに自分のいろんな面に対して大丈夫だよ、と言ってあげられるようになったのは、とても大きな変化でした。
違和感は悪いものではなく、より自分らしく戻っていくための、ヒントみたいなものとして感じるようにもなってきました。
そして心地よい方に意識を向けていくことが本当に大事なんだなと。

自分のことも人のことも、弱い存在として心配の目で見るのではなく、自分で良くなる力を持っている存在として信頼の目で見ていくほうが、どんなに心強いことかと感じています。

ロルフィング中、田畑さんに、今はどんなかんじですか?と聞かれたとき、最初は言葉にしていくのを難しく感じたこともあったのですが、途中から(日常生活でも)すぐに言葉にしようとするのではなくて、自分の感覚をゆっくり見てあげて、それを自分なりの言葉になるまで待ってから、ゆっくり出してあげようと思うようになりました。自分の言葉も、拙くてもいいから大事にしてあげようと。

そうしているうちに、自分はこう思う、と言うこと(嫌なことを断ることや、私は違いますと言うこと)も、身体が一緒に手伝ってくれて、前よりも自然に外に出せるようになってきたように思います。

自分の心地いいペースは、自分が思っていたよりも本当にゆっくり、ちょっとずつだったんだなぁということにも気づきました。
やってみて、なんか違うなと思ったら、いったん止まってまた身体に聞いてみる。やめたいと言ってきたらやめる。嫌な場所からは離れる。そんなふうに、生活の中でだんだんと身体の声を尊重していけるようになってきました。それも、ゆっくりちょっとずつです。

また、周りにいる人たちがそれぞれに心地よくいるかんじが、なんかゆるむし嬉しくなるな~と、こんなふうに心地よさは自然と伝わっていくんだな~と、いろんな場面であらためて感じています。
その度に、自分にできることは、やっぱり自分の感覚を大切にすること、どんなときでも、心地よい方に意識を向けていくことなんだということも。

セッションではいつも、その方向に自然と向かえるような、静かなきっかけをいただいたように感じています。
自分の感覚に気づいて、それをちゃんと自分で信じてあげること。そして自分で進んでいけるように、感覚を通して、身体の深くに届けてもらっているような感じでした。

ゆっくり感じていった自分の感覚は、本当はこんなふうに生きたい、と内側で少しずつ広がっていっている気がしています。
ただじんわりあったかくなるような感覚で生きていきたい。それだけなんだな~と。

これからは、身体の声と自然な流れにまかせつつ、ゆっくりたんたんと、心地よくいることに心を置いて過ごしていきたいなと思っています。
小さく楽しみながら。

たくさんの気づきのきっかけや、あたたかいサポートをいただき、本当に感謝しています。

ありがとうございました。


Rolfer’s perspetive: 上の方がいらしているときに書いたものです。

人生の流れに乗る

オペラ歌手でハープ演奏家でもある方

セッション1

【セッション前】

 

心臓の開胸手術による胸骨の痛みが抜けず、日常生活・歌う際に支障がある。

胸骨が常に固く強張っているように感じ、疲労が溜まると鎖骨に痛みが生じる。改善したくセッションを申込んだ。

 

【セッション当日】

歩く。体の状態を観察する。

→胸骨の辺りが強張っている。

 

マットに仰向けになる。

今日のテーマは「呼吸」

呼吸を意識する。

→胸骨の辺りで呼吸が止まっている。

深く呼吸が出来ていない。

 

田畑さんが、左右上下4箇所に立つ。

どの場所にいる時、体が楽かを感じる。

→立つ場所によって体の感じ方が変化した。右側の頭部あたりにいる時が一番楽だった。

 

首を左右に動かし、どちらが楽かを観察する。

→左側はすんなり動くが、右側は途中で左首付け根が痛み、あまり向くことができない。

 

首を楽なところで止め、呼吸を意識する。

 

ここで、田畑さんが足の裏から膝、背中の裏、肘などを調整する。

 

この時の体の状態を観察する。

→強張っていた胸骨が緩んで、深く呼吸できる。

 

胸骨の傷から、背中の裏の間を観察する

→その瞬間、何かが熱くなって解け、流れ始めた。活性化し始めた。

足の裏、手のひら、胸骨、頭部、肘に、勢いよく血が流れ始めた。

体全体がポカポカしてきた。

胸骨の痛みは無く、とてもリラックスしている。呼吸も楽に深く出来ている。

 

首を左右に動かすと、右側がすんなりと動く。肩周りの力も抜けてきた。

 

膝を立てて、膝と肘を外側に広げる。この時に、空間を広げるイメージでとアドバイスを受ける→空間が広くなったのを感じた。視野が広がった。

 

マットに腰掛けて、骨盤を前に動かし、両足で支えながら胸郭にたっぷり息を吸う。→その後歩くと、左側の胸郭が広がった印象があった。筋肉を使っている感覚がある。胸骨の痛みも気にならない。

 

踵に重心が乗っている感じがして、安心する。足の裏全体が地面についている。

 

肩が楽。ずっとポカポカして、血が巡っているのを感じる。右肩、肘、手の指先までの血の流れが分かる。

 

【振り返って】

物の位置や場所によって、体の反応が変わるのが興味深かった。

普段まったく意識していなかった感覚が目覚めた。ピリピリすることもあった。

 

面白かったのは、途中から胃腸がぐるぐる動き出したこと。

 

首周りや肩がガチガチになっていた。

凝視する癖があることに気づいた。

そのせいで視野が狭くなっていた。

顔も外側に動かすことによって視野が広がった。首の可動域も広がった。

 

空気や空間を感じることを、これからも意識したい。

皮膚や体の感覚、センサーを働かせることが、虫の触覚を思い出させた。感じる能力を忘れないでいたい。

 

【セッション後】

数日間、昔痛めた右膝の半月板が再び痛くなった。

身体全体を意識することが出来る。

周りの空間を意識することが出来る。

首回り、肩に力が入るのが分かる。

左の胸郭を使っている感じがする。

胸骨の痛みが軽減した。

体が元気なのを感じる。

 

【最後に】

たった一度のセッションで、ここまで体に変化があるとは思いませんでした。

胸骨の痛みが減ったことは、本当に嬉しいことでした。他にも気付きが沢山ありました。ありがとうございました。

これから体がさらにどう変わっていくのか、次のセッションも楽しみです。

 

セッション2

〜テーマ 足〜

歩く→左足裏が地面に着いていない。

うつ伏せになり、首が楽な所で止める。

 

田畑さんが上下左右に立つ。

どう感じるか?

左頭 存在感がある

左足 少し押される感覚

真後ろ 楽

 

足に触る。

呼吸と重心はどうなっているか?

首が楽な左側を向き、左胸の下にボールを入れる。背骨が呼吸した時に振動しているのを感じる。→どんどん呼吸が深くなる。声も深く低い声に変わってくる。

 

普段、体の後ろ側を意識することが少ないので、知らない感覚・体の状態があった。背骨、坐骨の意識。膝の裏、足の裏。全部、この瞬間に等しく存在している。何か1つのことに集中しがちだが、同時多発的に色んな場所が感じていることがある。体の状態を観察しようとすると、視点が固まってしまうので動かしながら観察することが課題。

内側だけに集中するのではなく、周りの空気・空間を感じながら。外側と内側のバランスは同じように。

 

*外側にあるものを皮膚の中、体の内側に取り込む感じをイメージする→印象的だった。体の輪郭がハッキリしたように感じた。

 

田畑さんが胸骨・胃の下に手を入れる。重心を乗せる、手のひらに任せる。すると、胃がリラックスした。重さも自然に乗っかる。普段あまり意識しない部分。

固まったまま、力が入ったままの状態が多いのではないだろうか。

楽になると、呼吸も自然に入ってくる。

 

背中がフラット。

 

背中と表側との間を感じる。

段々足の裏まで意識が働いていく。

膝の裏側まで意識したことはない。

同じように背骨・坐骨までも意識したことがない。

 

足の裏までの道筋がはっきり分かるような感覚。

 

上半身に集中すると、足を忘れてしまう。忘れると足の指先が冷たくなる。

全身力が抜けていて、呼吸も深い。

胸骨、胃の下に手を入れた後、そこまで意識が働いてリラックスするので、呼吸も深くなる。途中から声が低くなった。これは、深くまで息を吸えて腹式呼吸が出来ている状態。

 

右腕・右胸を外側に押す。この時、肺をイメージする。心臓から来ると思って。

力いっぱい外側に広げる。しばらく続けると、肺が広がった。背中の筋肉も意識

血が巡り、ポカポカする。手汗。

 

交代。

 

さっきとは逆。

右側を向き、右胸にボール。

ぎこちなく、強張っている。

また足の裏から始める。

徐々にリラックスする。

外側の空間・空気を感じること。

 

途中から、リラックスし過ぎて眠くなる

。胃腸が動く。

左側の肺を広げる際、右側より広がらない。無意識のうちに心臓を守りたいのか

力をセーブしている。無理しなくて良いと言っていただく。左側の空間を広げるイメージを持つ。すると、肺も自然と広がった。左側の空間に対して体も開いた。

 

体が開いていく感覚が面白かった。

 

仰向けになり、両膝を立たせる。

足の裏と肘を感じること。首を左右に動かす。左側はスムーズ、右側が途中で右の首筋が痛くなる。

 

左側に頭を向け、楽な位置で止める。

 

天井を眺めながら、右側に立つ田畑さんの合図などを観察する。じっと見るのではなく、視界の外側を感じること。

この時、足裏、肘を軸として、視界の外側を観察すると、体が感知できる距離が広がったので驚いた。外側の空間を意識できると、視野が広がる。頭上の空間まで認識できる。

 

また、左右に動かす。右側に動かした時に痛みはなかった。そう答えると、痛みを探さないでと一言。あぁ、確かにと思った。痛みを何か悪いものとして捉えようとしていたのですが、そうではない。

体の反応に良いも悪いもないし、痛いからと言ってそれは悪いことではない。

わざわざ見つけようとしなくても良いし、体がどう感じるかだけ、シンプルに観察しようと思った。

 

その後、イスに座り坐骨を前に意識しながら、左右にスライドするような動き。

体と体が斜めの方向によく伸び、距離が感じられた。新しい体の中の距離だった

その後歩く。

 

左足裏が地面に着いている。

足の外枠がしっかりした。

足の指先まで、よく血が巡り、意識が行き届いている。術後、どうしても歩く事が減って、足の感覚が薄れている自覚はあった。軽快な歩み。

 

今日の発見は、体の新しい感覚・位置を知った事。知ってる事が増えた。自分の体の事を知っていく過程はとても面白い。背中、肺、周りの空間が開いた。

背中に意識が宿った。

 

【振り返って】

 

今日は、普段あまり意識しない背中の感覚に集中していたので、言葉に表せない事も多く、返答に困った時もあった。

表面に比べて感覚が鈍いのかと思ったが、単に普段意識していないだけで、いざ1つ1つ観察してみると、1つ1つにスポットライトが当たる感じがして、

感覚の地図が広がったようで、背中は広いと思った。

 

坐骨、背骨、肺、膝の裏、足の裏、肘、外側の空間・空気、呼吸、声。

多くの場所に意識を向けようとすると、頭がパンクしそうになる時があった。

各所、様々に感じることがある。その事が今回本当に良い発見となった。

 

肘の中の骨を楽にしてと仰ったと思うのですが、その瞬間骨がマットにゴロンと転がるイメージが思い浮かび、分かりやすかった。普段、骨もあまり意識しないのですが、肘の骨をリラックスすると、肘が本当に力が抜けた楽な状態になった。ポカポカと手汗が出るほど。。

 

【今回感じたこと】

 

田畑さんは、必要最低限の事しか仰らない。だからこそ、自分の体の声に耳をそばだてることが出来る。どう感じますか?と聞いてくれることによって、そのまま流してしまわないで、どう感じるかを言語化することも勉強になる。

 

全て自分がどう感じているかに委ねてくれる。

 

答えは探さなくて良い。正解はない。

 

【セッション後】

背中・胸郭が開いている。

足が地面に着いている。

視野が広がっている。

体が活性化している。

セッション3

 

【セッション前】

セッション②の後は、身体が元気で、足も地に着いている感覚があった。

当日は、外出が続き身体が疲労していた。鎖骨と胸骨と右首の付け根に痛みがある。首まわりが強張っていた。

 

【セッション当日】

歩く→首・鎖骨・胸骨の痛みが気になる。

 

両腕を真っ直ぐ伸ばし、上下に動かす。→これが未だに一番やりにくい動作。肩、鎖骨、胸骨が痛むので、上げづらい。右側が特に。右腕と左腕では違うもののよう。左腕はすんなり上がる。

今度は左右に広げた状態で、上下に。→右側はぎこちなく強張っている。骨が鳴る。上げると胸骨が痛むのではないかと心配になる。

 

台に移動。右側を下にして横になる。足・腕の下にボールを置く。田畑さんが頭頂部、足元などに立つ。身体がどう感じるか。→背面側足元が楽。初回より感じるスピードが早くなった。

 

台に体の右側の重さを乗せる。右側の肺も下に重みを感じる。鎖骨の付け根まで肺だと思って、とアドバイスを受ける。すると力が抜けた。→力が入っていたことに気付く。胸骨の力も抜けたことを感じる。

身体の内側に意識を向ける。お腹に集中して。それが出来たら外側を感じる。

坐骨も周り緩んで。観察する。台に重さを感じる。→右側側面が、台に重みを感じている。

鎖骨から背中の間、喉元から背中の間を観察する。→またビリビリと電気が走るような感覚があり、ポカポカと血流が良くなった。リラックスした。

 

頭頂部を触っていただく。→ジンワリ暖かくなる感じがしたと同時に、頭蓋骨が緩む感覚があった。今まで力を入れて固くしていたことに気付く。

 

額、眉間、眼球なども緩んで楽になった。頭上の空間も感じられるようになった。また、頭頂部がビリビリする感覚がある。頭頂部から首、背骨を通り、坐骨、足の指先まで長い距離に渡って意識が行き届いている。

足の指先に布地を当てる。→指先にまで意識が行き渡っている。だんだんリラックスしてきて、肩周りも楽になっていく。

 

今度は左側。

右側を向いている間も鎖骨と胸骨が痛かったが、左側の方が少し痛みが多い。右腕は内側ではなく外側の方が楽だったので、そうしてもらった。

同じように肺の重みを感じる。心臓が肺の上に乗っかって休んでいるのをイメージしてとアドバイスを受ける。→強張ってぎこちなかった身体がどんどんリラックスしていくのを感じた。心臓の位置を改めて確認でき、心臓そのものをリラックスさせることは新しい発見でした。落ち着きました。

 

また、胸骨と背中の間を観察する時に、心臓の裏側を感じてみて下さいと仰ったのが、目から鱗でした!

心臓の裏側を意識したのは初めてでしたが、改めて心臓の大きさ、幅、などを観察出来たのが嬉しかったです。リラックスしたので、肩周り、鎖骨、胸骨が緩み、リラックスしました。

 

頭頂部から足の指先まで、ちゃんと意識が繋がっている。長い距離を感じる事ができた。

その後、仰向けになる。呼吸はどうか?身体はどうか?ゆっくりと首を左右に動かす。→この時、右側の首が痛む。

目を閉じて、音を聴いて左右に動かす。すると不思議。痛みもなく、可動域も広がった。→視界が可動域を制限したり、体に力を入れているのかもしれない。

立ち上がり、歩く。腕の上げ下げ→最初よりも鎖骨、胸骨、首の痛みが減った。スムーズに行える。

 

【セッション後】

セッション後は、いつも血行が良く、元気になる。

今回は鎖骨、胸骨、首が痛い状態で体に色々な働きかけを行ったので、セッション中・直後は痛みが減少したのですが、帰り道と帰宅後に、特に首の痛みがマックスになりました。いつも安静にしていると治まっていたので、働きかけたからかなぁと思っていましたが、次の日に起きると、全く痛みはなくなっていました。昨日の痛みは、身体の中で色々調整をしていたからかもしれません。

 

改めて、身体の調整能力やバランスを整える力はすごいなぁと思いました。

 

ありがとうございました。また次のセッションも楽しみです。

セッション4

 

これまで、セッションを受けて変わってきたことは、身体が今どのような状態か気づけるようになったことです。

 

例えば、ハープの練習中に腕や肘に力を入れている、アンサンブルで歌うときに身体を固めている、普段の生活で口周りに力を入れている、など無意識のうちにしていることを意識できるようになりました。

また、ロルフィングを始める前は、ハープを30分も弾くと身体中が痛むので、練習を止めざるを得ませんでしたが、セッションを受けた次の日から、1時間以上弾けるようになりました。

身体が元気になり、活発に動けるようになって、気持ちも前向きになりました。

 

4回目のセッションを受けて思ったのは、身体の痛みや身体が感じていることを共有してくださる方が居ると安心するということです。

 

自分1人では気づけないことに意識を向けてくださる。そのおかげで初めて気づくことがあります。

今日は、足と坐骨周りがテーマでした。坐骨に重さを置いて、骨盤を意識します。そして”骨”にフォーカスしました。骨の大きさ、重さ、幅、長さなどを注意深く観察しました。( 実際に見えるわけではありませんが、人体模型を思い浮かべながら想像しました。)身体の中に骨があることを、改めて感じる時間でした。

骨盤周りを、だいぶ狭くしていたかな?と思いました。坐骨と恥骨、骨盤周りと膝までの間、膝から足の指先までの距離を観察します。すると、足の指先から骨盤までが繋がって、ジンジンする感覚がありました。

 

また、そうする中で首周りに力を入れていたので、田畑さんはすぐに気付いて力を抜けるように促して下さいました。「どうだろう?」「こうかな?」など、頭で考える癖がありますが、頭に手を置いて下さったので、リラックスできました。そして、話していると目が大きくなる癖もあるのですが、ただ単に目に力を入れているだけだと気付きました。力を抜く or 力を入れなければ良いと分かり、良い収穫になりました。

座って、腕の上げ下げをしました。とてもスムーズに動くので驚きました。(手術後、一番やりにくい動作なので)骨盤の位置が、自分としてはかなり前に感じましたが、安定感があります。腕を上げる時も、骨盤、足の踵を支えとして上下に引っ張り合うようにします。今まで腕は腕だけで動かしていました。下の支えがあると、何の痛みもなく動かすことが出来て嬉しかったです。身体は全部繋がって連動しているのだなと思いました。また、ハープを弾くときのアドバイスもいただきました。身体に力を入れてしまいがちですが、足の力が抜けて自由であること、前後の移動も骨盤から動かすこと、など、とても役に立つアドバイスでした。

 

【まとめ】

 

骨盤や周辺の骨が開いて緩んでいると、上半身が安心して乗っかることができる。上半身も開いて、呼吸も深くなる。足先まで意識が行き届いて、身体全体をしっかり支えることができる。(足首、膝、恥骨、骨盤周り、首周り、頭蓋骨、目、口周りに力を入れやすい。気をつける。)

 

今回も新しい気づきをありがとうございました。これからも、新しい発見を楽しみにしています。

セッション5

 

かなり身体がキツイ状態で受けたセッションでした。右半身が縮こまって、鎖骨は痛く、首はガチガチに固まっていたのですが、終わってみて楽になりました。

 

額の骨を緩めること、頭蓋骨を緩めること、目の周りを緩めること。最近、特に力を入れていたところだと思います。

 

私の都合でセッションの間隔が開いてしまったのですが、身体を意識する感覚を忘れてはならないなぁと思いました。意識を向ける時間、観察する時間を持とうと思います。

 

股関節を緩めること、またスペースを感じること。今日はこの ”スペースを感じること” が心に響きました。力を入れて、詰まって、強張っていた状態でした。力を抜いて空間、隙間、スペースがあること。そうすることで、足の指先まで意識が行き届くように思います。

 

大腿骨を感じる。ここも初めて意識したところです。

股間接が緩むことで、隙間が生まれて、自由になる。邪魔するものがない。スムーズに動きました。

両足で違う動き。片足は押す、片足は引き上げる。固まっていた部分に油が注ぐ感じ。

膝を立て、緩めつつ、首まわりと距離を感じる。観察する。首を左右に動かす。左側を向く際に、動き辛かったのがなくなりました。

 

足の感覚が戻って来ました。歩いてる時に、大腿骨、大腿筋、股関節周りを意識したことはあまりなかったように思います。ちゃんと意識が通って足の指先まで感覚があり、足の裏が地面にちゃんと着いているのを感じます。

 

そして今回も感じたことは、血の巡りがよくなり、身体が軽くなる。鎖骨の痛みが取れる。首まわりが楽。リラックス。呼吸が深くなる。周りの空間を感じることが出来る。

 

身体が生き返りました!ありがとうございました。

セッション6

背中を中心に

まず、重心を左足、右足と移動させる。

左足は楽、右足は胸骨がこわばる、引きつる、痛みを感じる。

うつ伏せになる。

肩、腕、肘、を触っていただく。だんだん緩んでくる。

胸骨、胸の辺りの重心を感じる。心臓、肺の重みも乗せる。だんだん緩んで脱力する。

緩んで、呼吸も深くなった。細部の筋肉を意識して働きかける。緩んでいく過程が、子供を寝かしつける時に似ていた。完全に寝つきそうになった。

背中がビックリしやすい事も分かった。とてもくすぐったく感じる。背中のそのような感覚もこのロルフィングを通して初めて知った。

足の裏、ふくらはぎにも触れていただき、ものすごく細かく筋肉に働きかけてくださるので、はじめて意識するような場所もあった。発見だった。

背中が生き返ったような感覚。肘を外に押す感覚で肺も広げる、と言うのが面白かった。肺が広がって、体の中のスペースも広がった。

肩周り、首、背中、頭がガチガチだったのが緩まった。

背中は普段なかなか意識しないので、体の感覚が敏感になったように思う。うつ伏せで視界がないことも手伝ったかもしれない。

座った時の背中を意識する。ゆっくりと目線を降ろす過程で、背骨も一本ずつ下げるイメージ。この時に心臓に痛みを感じる。(下の物を取ったり、しゃがんだりする時に痛みやすい)

前屈はせず、背骨の移動を感じる事にする。体の中の事を意識する。外側だけではなく、内側の微細な感覚は、ほんの少し動くだけで変わるのが面白かった。

背中がシュッと伸びて、上半身が引き上げられているのを感じる。同時に首の長さが伸びたような。背中が丸くなりがちだったのが、背筋が伸びて、視線と顔も少し上向きになった。

下を向く、かがむ際に、胸骨や心臓が痛むのを恐れて、キュッと体を硬くしていたことに気付いた。

 

【セッション後】

背中の感覚が、まったく変わりました。活性化して、ものすごく元気。以前は、横になっていないと動けない状態が多かったのですが、今はその逆で、長く寝ていられなくなりました。手術後の状態から、とても大きな変化でした。歌を歌う際にも、背中が働いてくれて、楽に歌えるようになりました。ロルフィングが、日々の生活の原動力になっています。ありがとうございます。

セッション7

首から上を中心に額の骨の力を抜く頭蓋骨の重みを感じる→頭を左にゆっくり倒していく。手のひらに預ける

 

*力を抜く過程で、今まで余計な力が入っていたことに気付く

 

目を閉じて眼球の力を抜く目が楽に出来るところを探す頭と額に手をあててもらう→緩む

 

*頭の面積が広がった。額、眼球が楽。

 

首を左右に動かす。動きやすくなった。目が開きやすい。

 

口腔内の空間→上顎の重みを感じる→下顎の重みを感じる顎の重み。はじめての感覚でした。

 

鼻腔内、軟口蓋→鼻周りがスッキリした。目がぱかっと開く。食道、気管と繋がっている。頭の空間の広がりも感じる。

 

*全身が繋がってるのを感じた。

 

足を立てる片足ずつ、外側に。重みを載せていく。股関節の付け根から首まで繋がっているのを感じた。股関節もリラックスした。

 

骨盤の位置尾てい骨を感じる→いつもの場所より、もっと上。背骨が伸びて、胸郭の位置も変わったが、落ち着いてバランスが取れている。

 

*視界が広がって、色んな方向に意識を向けることができた。

 

【まとめ】

 

頭蓋骨に力を入れていると、狭くなる。緩めてあげると広くなって楽。余計な力が入っていないと、スペースができて色んなことに気付けるようになる。

 

口の中の空間が広がった。特に上顎周辺が柔らかくなった→力が入っていた。

 

鼻の通り、特に息の通り方が良くなった。歌う時の声の通り方もスムーズに。体との繋がりを意識出来たからかもしれない。

 

骨盤の位置が後ろ過ぎている。もう少し前に、中心を意識する。背筋が伸びて、ぐんと上に向かう感じが有る。歩く時もシャキッとして、良い感じに。

 

【感想】

セッションの途中で、頭をぶつけた事はありますか?と尋ねられた。自分で思っている以上に、ぶつけた記憶を覚えていることに驚く。古くは小学生の頃から、最近のことまで頭をぶつけたシーンがザーッと蘇った。体は、経験したことは忘れずに、ちゃんと記憶して、情報として体の中にある。普段の生活でも無意識のうちに、前にぶつけたようなシチュエーションがあれば、それを避けてくれる。それでも懲りずに頭をぶつける私は、頭蓋骨や眼球、顎、首まわりなどに力を入れているから視界が狭く、周囲に意識を向けられていないと気がついた。これからは余計な力を抜いて、体の声を聞いて、電信柱や看板に頭をぶつけることが無いようにしたいと思う。

 

また、慣れないパソコン仕事を始めた直後だったので、眼球や額や頭蓋骨に相当力を入れていたことに気がついた。完全に力を抜いてみて初めて気づくこともある。ふだん無意識に力を入れていることに、もっと気がつくようにしたい。

 

今日も新しい気づきと、リラックスできる時間をありがとうございました。

セッション8

仰向けになる。背中がベッドにくっついてるか観察する

→最初は固くこわばっていた体がだんだん緩んで来て、背中がベッドにくっついてくる。

片方の足を立てる。首を動かして楽な所で止める。鼠径部の下を流れる血管を感じる。

 

→段々と鼠径部周辺が緩んでくる。外側に倒して重さをかけていく。

 

すると、足の裏・手のひら・体がポカポカして、お腹がグルグル動き出した。鼠径部周辺を緩めたことで、何かが反応したのだろうか。面白かった。

 

反対側も同様に。眼球の重さを感じる。額の骨、頭蓋骨の重さも感じる。

 

→目に力を入れていた。視線が落ち着く場所を探す。見ていて楽な場所をボーッと眺める。

 

片方の足をベッドから降ろし、足の裏に重みを感じる。膝と鼠径部の二箇所から、足のつま先側に向かって矢印を出す(ような意識)。膝と鼠径部の間は楽にする。

 

→鼠径部の内側から膝に向かってビヨーンと伸びたように感じた。距離が長く感じられた。膝の感覚を意識するのは久しぶりだった。逆の足は胸の方に寄せて、双方逆方向にスライドさせる。

 

→足の指先から鼠径部まで、まっすぐにつながった感覚。逆も同様に。

 

途中、鎖骨と背中の間を感じる、胸骨と背中の間を感じる。

 

→力が抜けて血が通った感じ。楽になった。

 

ベッドに腰掛けて、足と足の間に少しスペースを空けて座る。田畑さんが、この辺りはどうですか?と右足を調整してくれる。自分にとって右足が左足と平行ではなく、ちょっと右に逸れていると感じた。いつもの自分の癖でその位置が良いと思っていたけれど、調整してくれた位置はバランスが良かった。いつも同じ場所に落ち着かせていることを発見した。

 

そのままの状態から、上半身を前方に倒す。この時、尾骶骨と丹田の間ぐらいを意識。バランスの中心を探す→私の場合、中心の場所を思っているよりも少し前にすると、ちょうど真ん中ぐらいになる。

 

→普段使っていない背中や腰あたりの筋肉を使っている。上半身を少し引き上げている感覚がある。

 

上半身を戻す時に、両膝を前方に押しながら戻る→前後に同じだけのエネルギーが働き、足先から頭のてっぺんまで一本に繋がっている感じがする。いつも上半身の力だけでやっていた。下半身とバラバラになっていた。一本に繋がっていると少しの力で動ける気がする。

 

歩く。この時、はっきりとセッション前とは違うのを実感。まず、足と頭が一本に繋がっているので、少しの力と歩幅で前に進める。鼠径部の辺りが活性化して働いてくれている感じ。いつもバタバタとガニ股?のように歩いていたが、スッスッと歩けたので驚いた。最近、首ギックリになってぎこちなかった首回りも、スムーズに動かせるようになった。

 

また次回も楽しみにしています。

セッション9

*歩く。

どんな状態か?・合わない靴を履いて足や全身が痛い・慣れないパソコン作業で首周りや肩、鎖骨が浮き上がった感覚があり、痛む

*台の上に仰向けになる左の肩の下にボールを入れて、右側に上体を傾ける。右足を膝立てる

 

心臓手術後は胸骨が痛むので、仰向けにしか寝られなかったのですが、未だに上半身を捻る時は左側が痛みます。

 

*田畑さんが色んな箇所に立ち、身体がどう感じるかを観察する

 

圧迫感を感じる所と、楽な所と楽な所に立ち、体の状態を観察する

 

起こった変化・足裏、手などがポカポカ暖かくなる・力が抜けて、台に重みを乗せられる・呼吸が深くなる 等

 

*田畑さんが、脹脛や膝などを調整・まっすぐ伸びた感覚・緩んだ

 

その状態で、また身体を観察する・背面や背骨が台により重みを乗せている・瞼が重くなった。瞼を閉じて、目を休める・左首から肩にかけて、つっぱっている感じがする

 

*田畑さんが、先ほど圧迫感を感じた場所に移動する

 

・圧迫感を感じない・非常にリラックスしている・腰周り、太腿の裏などがしっかり台に着いている・胸骨の痛みが無くなった・頭に血が通ったイメージ、スッキリした

 

*右膝を伸ばして、左肩の下のボールを外す

 

・左側の首がシュッと伸びている・右側の首周り、頭が太い感じ・右脚がシュッと長くなった・右脚の太腿、膝、脹脛の裏がしっかり台に着く・左半身と右半身が、真ん中で2つに分かれて別物のよう

 

*今度は反対。右肩下にボールを入れて、左膝を立てる。同じように圧迫感を感じない場所に田畑さんが立つ。

 

・圧迫感の感じ方が違った・呼吸が深くなっていく・脚が緩み、伸びる・目を休めたら、途中からパッと瞼が軽くなって頭がスッキリした・眉間の力が抜けた・手足と言わず、全身がポカポカした

 

*肋骨周り、胸骨に触れて、観察する

 

・肋骨の動きを意識できた・胸骨の痛む部分、ほとんど感じなくなったが、触れた後に時折痛みがあった・深い呼吸が出来ていた・喉が疲れていることに気付いた

 

*上体を起こして座る、首を動かして観察

 

・若干フラッとする・首を左右に動かしても、胸骨には痛みもなかった

 

*歩く

 

・セッション前と比べて、一番大きかった変化は、脚がシャンと伸びてしっかり歩けたことです。少し脚が伸びたような感覚。

 

・胸骨の痛みは全く感じなかった・鎖骨は浮き上がっている感じはあるが、痛みは無くなった

 

*まとめ

 

今回のセッションを受けている間に改めて思ったのは、ロルフィングは体と対話する時間だなと言うことでした。体の声に集中できます。今回は、左下の歯茎が痛いからそろそろ歯医者に行け、と言う声が聞こえてきました。あとは、喉が疲れていること、目が疲れていることに気付けたのが良かったです。

 

セッション10回目

【セッション前】

私の都合で、前回のセッションから一カ月半近く経ってしまいました。

その間、疲労が蓄積して身体が重く、足が地に着いていない感じがありました。

 

【セッション】

*マットの上に、うつ伏せになる。

 

左脚の脹脛の後ろを触っていただく。

足の指先まで意識が届いているか?

→段々と呼吸が深くなって、足の指先まで意識が行き届いていく。繋がっている感覚。この時、だんだんと身体がポカポカしてくる。特に手のひらと足の裏。

 

左肘を曲げて、意識が届いているか?

左肘、左肩を中心に触っていただく。

→肩周り、背中がどんどん暖かくなる。

 

尾てい骨を意識する。

→左の手のひら、肘、肩、背中を通って、尾てい骨、脹脛、指先まで、一本に繋がった。血流が良くなり、滞りなく流れている感覚でした。体温は上昇、だんだん眠くなってくるぐらい、身体の力が抜け、全身の重みがマットに乗っかっているイメージ。呼吸も深い。

 

*反対側。

 

今度は右側だが、首を右に傾けると首筋と右胸辺りが強張る感じがしたので、クッションを挟んでいただいた。

 

右脚に意識を向けると、左脚よりも意識が行き届くスピードが遅い。なかなか指先まで行かない。何度か脹脛を触っていただき、ようやく通る。

 

右肘、右肩。こちらも触っていただくと→すぐにポカポカしてくる。呼吸も深く、力が抜けていく。またしても寝そうになるぐらいリラックスしている。

 

右側の尾てい骨を感じながら、右肘、右肩、右背中、右尾てい骨、右脹脛、右足首、指先まで一本に繋がるイメージ。

→やはり、左側より意識が繋がるまでに時間がかかる。

 

☆肘、肩、背中を触っていただいてる時、滞っていた血流が勢いよく流れ出し、ものすごく軽くなった。

 

*仰向けになる。

 

鎖骨から肩、肘まで意識を通す。→強張っていた鎖骨周辺が段々緩んでいくのが分かった。

 

鎖骨と、背中の裏側が縦に繋がるのを感じて、心臓の重みが下にあることを意識する→無意識のうちに緊張していた、心臓周辺が段々と解れてくる。呼吸も深くなった。

 

*起き上がり、マットに座る。

 

この時、両膝が平行になるようにする。

そして、肘を上げ下げする。この時、座骨からスタートして、段々背骨が上がってくるのを意識する。→またしても、自然と背骨が曲がってしまうので、もう少し座骨を引き上げるイメージにすると、プラス何ミリか背骨が伸びる気がする。

この時、ちゃんと呼吸をする。

 

*立ち上がって、右手を壁に触れ、顔は正面を向いたまま、上半身だけ左斜め前に移動させる。→これが中々難しい。首と一緒にスライドしてしまいそうになるが、首と上半身は別の方向を向く。

 

反対側も同じことをする。こちらも、同じ様にそれぞれ別方向にスライドさせる。田畑さんが腰をしっかり支えてくれないと、自分1人では中々難しい。

 

→不思議と、中心軸がすっと通り、右と左のバランスが取りやすくなった。

 

*歩いてみる

 

一番変化したのは、脚の感覚。靴底が浅い靴を履いて疲労していたのが、すっと軽くなった。足が地にしっかりと着いて、小幅でもどんどん前に進んでいく。

 

背筋もピンと伸びて、身体も軽く楽になった。ポカポカ血流が良くなって、身体が活性化した。

 

身体全体が一本に繋がっている感覚でした。

 

【セッションを終えて】

次の日、目が覚めてみると、何だか足が伸びて、背が高くなった気がしました。思った以上に疲労していたこと、地に足が着いていなかったことを再確認しました。歩いていて足取りが軽くて嬉しくなりました。

 

【10回セッションを終えて】

心臓手術を終えて、入院中はリハビリの時間がありましたが、退院後は特にありませんので、自分で何とかしなければなりません。でも、自分だけでは限界を感じていた時に、これだ!と思ったのがロルフィングでした。

 

一番始めのセッションで「胸骨と背中の間を感じて下さい」と言われた瞬間に、ビリビリして、血流が勢いよく流れ出したのを感じた時から、身体が元気に、良い方向に回復し始めました。

 

時には、セッションを受けた後に、首の痛みが最高潮に痛くなったりもしましたが、次の日にはさっぱり痛みが消え去っていたりと、本当に身体の反応と言うのは面白い!と思いました。

 

身体の状態を観察できたことは、貴重な体験だったと思います。こんな感覚があるんだ、こんな場所があるんだ、身体って広いな、でも細かいな〜と思ったりもしました。そんな感覚を知れたことも本当に嬉しかったです。身体と対話する時間をありがとうございました。

 

これからも、時折通わせて頂きたいと思っています。

 

さらに9ヶ月経過して

ロルフィング10回シリーズを終えて、9ヶ月が経ちました。その後の様子を報告いたします。

 

セッションを終えて・身体がとても元気になった。

・たくさん動けるようになった。

・行動的&活動的になった。

・ハープや歌の練習ができるようになった。

・疲れている、休みたいと言う身体の声に従えるようになった。

・身体がNOと言っていることをすると、すぐに反応が出るようになった。

 

1番大きな変化は、身体の声に従えるようになったことです。身体がNOと言うことをすると、熱が出たり、起きれなくなりました。身体にすぐ反応が出るようになったのです。身体が嫌がる事はせず、身体を優先しようと思うようになりました。

ロルフィングを受けたことで、どういう状態がゼロであるかを知れたのが良かったです。

脱力して、無理のない時、身体はどんな状態なのか。身体の基本が分かりました。また、人や物との距離の取り方を感じとれるようになったことは、非常に良かったです。

人や物がいる又はある位置によって、身体が感じる圧迫感や不快感が変わってきます。身体が楽なところにいられるように心がけようと思っています。

胸骨の痛みは、まだありますけれども、痛む時の対処法をセッションの中で教わりましたので、生活の中に取り入れています。(胸骨と背中の間を感じる、など)まだ時々身体に無理をさせて熱を出したりしていますが(実は昨日も)、もっと身体を大切にしたいと思います。

これからも、時々通わせていただきます。ありがとうございました。