10シリーズの継投

遠方の方で東京に出てくるついでがあったために、 10シリーズを途中で引き継ぐ形になりました。それまでのセッションも有意義だったご様子でしたが、そのロルファーからの推薦ということでお引き受けすることにしました。

以下、ご本人の了承を得て、お送り頂いた感想をシェアさせた頂きます。

ロルフィング を受けて、よくも悪くもそれを過程として捉えるということで、何か自分の中でどう表現していいかわからないという状況にあるため、田畑さんからどうですかと尋ねられて、どう答えていいかわからない自分がいました。ジャッジしない、中立であることが大切だなぁと思ったら、よかったと、素直に喜んだりしてはいけないような気がしたり。

ですが、逆にすぐに言葉が出なかったということはマイナスではなかったかも、むしろ、体に焦点がよくいくようになったのかもと勝手に自分でよく解釈しました。

また、体の痛みから解放されたり、思った以上に体のスムーズさが起きたから、一体、自分はどこに不調があったのかということがわからないというような気になったのかもしれなかったかと後から思いました。

体の痛みは少し出るときもありますが、体に柔軟性が生まれたり、姿勢の変化も感じられます。

まず、自分の状態を記述する作業ですが、今まで振り返ったことがないなぁと改めて、体について考える機会がありました。それは具体的にしていくことが、さらに自分の体について敏感になることへのアプローチであったり、気付きにつながる第一歩なのかなぁと思うのと、改めて、体がこれまでいろいろとありながらも、頑張ってきてくれていたんだなぁと思うきっかけにもありました。

初めて受けた田畑さんのセッションはある意味、驚きました。というのは、本当に、触れたかどうかの距離感というか、触れ方が何か物足りなさを感じるんだけれども、それを充足させようと、今度は自分の内側からそれを補おうというものが引き出されているものを感じたからです。

また、姿勢が自分の心の癖を表しているんだという気づきがあったり、それに気づいたら、自分の中で、許可をだし、そして、新しい選択をしようという気持ち、行動に結びつけることができたように思います。

私のパートナーも外国人でロルフィング をアメリカで受けているのですが、今回、私がロルフィング を受けてから、さらに、何か間合いが以前より取りやすくなっているように思いました。

体の内側だけでなく、外の世界でも、不思議となにか、気づくようになったからなのか、自分が欲しい情報を心の中で思っているとそれに関したことが、いろいろと起きたり、出会いがあったり、シンクロが起きやすい状況になっています。

いろいろと今は変化の時で、新しく決めないといけないこともたくさんあるのに、なかなか決まらない状況ですが、以前よりも焦らず、そして、何か目先だけではなく、大きな見方で、情報をキャッチしたり、流れを見ながら進んでいるような気もします。

人間関係の変化もあります。自分に無理しない生き方をそして、楽しもうとさらに思うようになりました。

これからの変化も楽しんでいきたいと思います。

ありがとうございました。

その後のメールで:
田畑さんがブログで書かれていた間合いは、あのときのセッションで身につけていると自覚があります。さらにさまざまなしがらみから解放された気がします。
何だか、ロルフィング って合気道みたいだねぇと私がいうと、表現はいろいろとあるけれども宇宙の真実は一つだからね、と言っていました。
ロルフィング についてはよく知らないのですが、だとしても、私たち日本人はこういった武士道や茶道などの道と呼ばれる文化や、禅や間を大切にした石庭などの文化を持っているので、優劣ではないけれども、日本人であるということは大きいなぁと。

迷走電流に敏感な方への10シリーズ with CS60

ほとんど手を使わず変則的にCS60だけを用いての実験的な10シリーズです。

セッション1

当日は、足が重く感じられ
身体がいつもより
動きづらいように感じました。
左足裏の指の付け根の痛み
仙骨上部の違和感

翌日
腰椎と腸骨のつなぎ目の左上部
違和感
この部分は長年、圧痛があります。

6〜7日目
左側腸骨のあたりが
モヤっと重いです。

セッション2

施術後、左足親指とその付け根が
より明確に意識されました。
数日間、右足骨頭とその関節が
違和感がありましたが
治っています。

セッション3

施術当日
数時間、右膝から下が、今まで感じたことがない違和感があった。
右足骨頭と関節の部分も、氣になる。
左の肩に意識を感じず左腕が動かせる。
2日目
左の肩が軽い。
右肩関節内部の迷走電流が感じられない。
3日目
左耳、一日中耳閉している。
施術の影響ではなく、花粉症による
後鼻漏のためかも。数日間耳閉続くも
改善する。
左肩は軽い。右肩違和感無し。

セッション4

前回の施術後
左の腰に痛みを感じて
腰の上げ下ろしに不自由でした。
数日続きましたが
今は、だいぶ改善しています。
CS60 に関しては申し上げたように
施術中、一度も痛みを感じたことは
ありません。
でも、私は、もともと身体の中に
滞っている微弱電流を感じやすい
のですが、モニターを始めてからは
身体の中が、スッキリしています。
これまでのロルフィングのアプローチは主に外面なのに
Cs60 で同時に内部の雑物を取っていたのでしょうか。

セッション5

施術後、骨盤内の内臓が本来あるべき位置に整った感覚でした。
腸の動きが良くなったようです。
長年の左腰の違和感も数日無くなり、座骨の安定感が増しました。
長年くの字型に
バランスを取っていると思われる私の身体(くの字の曲がっている部分が左腰)ですが
その後、左腰の違和感は
若干戻りました。が、
全体的な骨盤内の内臓のバランスは以前よりも
良くなっていると思います。

CS60で受ける施術として
体内の迷走電流が排除され
身体の中が、より静かです。
この状態が続くと
内臓の感覚を、よりキャッチしやすくなるかもしれないですね。

セッション6

施術後、前回に増して骨盤が安定したと思います。左腰の違和感は、ほとんど無くなり
以前より仙骨の柔軟さを感じます。結跏趺坐の時の両脚の開き具合、骨盤とのバランスも
より安定したと思います。
前回に引き続き
腸の調子も良いです。
体内の迷走電流は静かです。

セッション7

今回は施術後すぐに、身体の後ろ側全体が放射線状に拡がった感があり、感激したのですが、
それから、その状態に慣れたのか、安定感はあり
違和感なく過ごしています。

一度、風呂掃除中に身体を
捻ったらしく、ギックリ腰様に
なりそうだったのに
不思議な動きで?調整されて
大丈夫でした。

ただ、右肩関節の辺り
(私の身体で一番電流が溜まるところ)と
胸中央部から左右脇にかけて
チリチリ、ピリピリと
雨天の気圧の頃に感じました。

ロルフィングでの効果は感じているものの
CS60 の効果は、どうなのか
わかりません。

セッション8

施術後の週末から法事や親の様子見に数日旅行しました。
実家は処分して、ホテル滞在でしたが、ベッドが合わず、肩や腰が歪んだ様で、コリや圧痛を感じました。
2日間睡眠も浅く、3日目滞在地移動でホテルも変わり、睡眠も取れて、体調復活しました。
一日中歩いていたので連日1万歩
以上の運動をしていたこともあるのですが、自己修復力を感じた体験でした。

迷走電流は少しずつ体内に溜まっている様です。
私の場合は、スマホやPCを見る時間の積み重ねかと思います。
後頭部の下部から首の後ろに軋みが出てきました。

様々な違和感があり、様々な療法を試みた方への10シリーズ

5回目を過ぎたところで、以下のようなメールを頂きました。
”まだ10セッションの半分を過ぎたところですが、一回一回非常に多くの体験が起きており、それを自分の外にも出しておきたいと思い、言葉にします。
まとめて感想を書こうと思ったのですがまとまらず、日々自分用にメモしていたものをそのまま転記しました。
改めて全部を書き直してみることで、1つ1つの気づきを俯瞰して全体のプロセスとして見ることにも役だったため、かなりの長文かつ個人的体験で恐縮ですが、このまま送らせいただきます。”

※公開するかしないかは別として、身体感覚を言語化するプロセスには意味がありますので、セッションをお受けになっている方は、ご自分のためにこのようにジャーナルを書き留めることをお勧めします。

■【1回目】
◇セッション中
・初回で緊張の中スタート。
最初に、落ち着く場所(境界)の確認から丁寧に時間をとってもらえたことで安心した。思考から体へ戻りやすかった。
・首の後ろ緊張・硬直が気になりそこばかりに意識が行きがちだった。
・足裏に気づきを向けていると、みぞおちで何かもやっとした感覚が一瞬あり、すぐそれが過ぎ去り呼吸がひとつ大きく入ったのに気づいた。

◇セッション後
・「背が高くなった感じ。見える景色がいつもより位置が高いと感じた。
腹背が広くなり伸びているのに、何も頑張って伸ばしていないという感覚が新鮮だった。
・「体の幅感覚が広い」と思った。
「自分の体と認識する領域」の幅が広いことを感じた。
特に肋骨回りにとても広い空間があるのを感じた。呼吸がとても楽に入る。
・足裏が広い。着地面が広くしっかり地面についているのを感じた。
・左腕が水平より少し上に上がるようになった。
・目に映る世界が変わったようなワクワクする感覚と、内から湧いてくる活力を感じた。

◇翌日
・朝目覚めた時のスッキリ感に気づく。
・左腕が昨日より更に上がる。1年半上がらなかった腕が真上まで上がる。
・体の快調さ・立ちやすさは昨日より薄れている。体の癖が戻ってしまったのかと気になる。
・丹田への気づきが「全くお留守」になっていることに気づく。
普段、重心が上に上がりっぱなしで、お腹、腰、足裏への感覚が全くなかったことに気づいた。
・体に活力と歩きたい気持ちが湧いてくるのを感じて、歩く。

*気づき
・一切の判断批判も非難もされないことに、体の中心が広がる感覚がした。心底ほっとしていることに気づいた。これを感じて、
思った以上に、他のセッションで体へのジャッジや批判を受けたことがこたえていて、自分が自分の体への自信を全く失っていたことに気づいた。
しかしそう気づくと、自分の体への判断基準が外にあったことに気づいた。
「私が私の体に気づきを向けること」を、「気が済むまで」味わえる時間と空間があることが何より自分の栄養になった。

◇2日後
・既に体の快調さが薄れている。
・肩が内旋し首が前に出ている。
首で姿勢のバランスをとって、首で踏ん張っていることに気づいた。
・首の力みに気づいてそれに意識を向けると、首の力みが自然と抜け、首の前傾が戻って顎が引く感じで、首が背骨の上に乗る。と背骨が骨盤に乗る感じ。と、自然と丹田に気力が集中し、お腹が充実する感覚がある。普段、肚に気づきが全くお留守だったと気づく。
・姿勢は既に戻っていることに落ち込むが、そういえば呼吸がしやすい、息苦しさや「吸えない感じ」がないことに気づく。

—–
■【2回目】
◇セッション中
・うつぶせで首の痛みが強くそこばかりに気が行ってしまう。力を抜こうにもますます力が入り硬直していることに気づいた。
・足裏に気づきを向けるとスーと力みが抜け→首〜肩甲骨が開き→硬直した体がベットに沈んでいく変化に気づいた。胸肩が開いたことで首の頑張りが緩み痛みが減った。
・踵を自力で微細に動かすのがとても難しい。足首の固まりを感じた。
・左足首上に触れらるとそこに痛みがある事に初めて気づく。
痛みは強いが止めてほしい痛みではない感じがした。むしろもう少しそこにいてみたい感じ。
とそのタイミングで「ここ大丈夫ですか」と田畑さんからのお声掛けがあり、一人で探求し向き合っているのではないことを感じた。その為安心してそのまま痛みを痛みのまま感じる時間をとれた。そして痛みが薄らいていく感覚にも気づいた。

・仰向けでの右肩甲骨〜肩〜胸のワークの際。
肩と肩甲骨下に手を感じながら十分時間をもらえると、
鎖骨下〜肩関節方向へ何かが広がっていく感覚がし、そのままその動きに気づきを向けていた。
表層よりもっと奥の奥。深部の、感覚としては鎖骨下か小胸筋辺りから腕骨方向への微細な広がるような感覚。
とても微細で、その中に入っていくような同時に外から観察しているような不思議な感覚。自分の体というより何かそれ自体が意図をもった有機体のような感覚。(ごく微細ながら)ただそこに共にい共にそれを体験していた。
田畑さんがパっと離れ距離を置いてくれていることに気づきはしたが、私は私のその体験にいることだけに没頭していて、ただ空間を与えられたことへの有難さをぼーっと外側で感じていた。
その、大きな海で漂っているようなゆっくりとした時間と空間の中で、私の体が体自身のワークを存分にできた。そしてそれを「私が」見守ることができたことが大きい。
体の力を信頼し直していける気がした。
これが十分に行われたそのタイミングで、「今どうですか」とお声がかかり大きなサポートを感じた。
それがあったことで、自分内の体験で終わらず外側とつなげられたようにも思う。

◇セッション後
だるさと疲労感。前回のワクワクと活力が湧く感覚はなく早々に寝た。

◇翌日
・歩きやすい。踵から楽につけて足裏を使える。
・右胸の解放を感じる。
・驚く程、右肩の内旋がない。右肩甲骨の傾きがない。
あれほど、長年、自他共にさじを投げられていた右胸〜肩の萎縮がスペースと時間を与えられたことで、自ら解放が起きていることに、体が広がる感覚がする。
胸という体を守る部分の固まりに体が気づき解放していくプロセスを、あのゆっくりした時間、自分が見守れたのかもしれないとの思いがわき感慨深い。
1つずつ、体との信頼関係を取り戻していく過程にいることを感じる。

*気づき
今回のセッションは、
左アキレス腱と、右胸肩部の2か所のワークが私には大きな体験だったが、
それぞれ違うサポートのされ方だったことがとても助けになった。
左アキレス腱の痛みの部分は、長年違和感がありつつスルーしてきた箇所で、しっかりとフィジカルな体に触れられることで、そこに十分気づきを向けることができ、よりそこへ探求を向ける機会を持てたと思った。
一方右胸肩は、より繊細で深い部分に触れることだった為、もし体に直接触れるサポートであったら、多分TOO MUCHだったように思う。あの時は。
見守られることのこれ以上ないサポートをあの時感じていた。
それがあって、体は体のワークを自ら安心して自分のペースで進められたように感じる。
本当にとても大きな助けだった。

—–
■3回目】
◇セッション中
今回は、いつもより体への気づきと集中が薄いことに気づいたまま終わった。

◇翌日
きのうは大きな体への気づきがなかったが、1日経ってみて明らかな体の変化を感じる。
座りやすい。体側が伸びていて胸が開く。腕を上げた際の肩甲骨の動きと肋骨周辺の空間を感じる。

—–
■【4回目】
セッション前、骨盤の左右差、傾き感を特に感じる。
◇セッション中
・骨盤底へのアプローチの際、
骨盤内のもの(内臓?)がだらっと重みでベット方向に重力に従ってリラックスして下がってくるような感覚がし、骨盤内のものに重みがあることに初めて気づいた。

・仙骨と後頭下に手が当てられた際、
背骨やそれに付随するいろいろな液や波?等が、一気に調整され、体が自ら整っていく感覚を感じた。
仙骨と頭蓋骨のつながりを感じた。

・今までよりも更に、足裏がべったりと、しっかりと地面についている感覚に気づいた。
足裏がしっかりと地面と接し、地面を捉えてその上に体という重さを乗せる土台になっている感覚。

◇翌日
・非常に座りやすいことに気づく。
座骨の下、骨盤底にスペースができて、骨盤の動きに自由さがある感覚。
セッションを受けるたびに、使えなかった所が再び使えるようになる感覚を体験し、一つ一つ体との信頼関係を築き直している感覚。

—–
■【5回目】
2日前に首寝違え、せっかくのワークの機会なのに首が動かず十分味わえないかもしれないと、残念な気持ち。

◇セッション中
お腹へのワークの際、大腰筋に気づきが行くと、ふと「体のことじゃない」という思いがわいた。もっと深くの、体そのものでなく体にため込んだ感情や人生の癖などなど?の、何か深いところに「自分が」触れているという感覚を、体で感じていた。

セッション後、非常に疲れとだるさ、眠気を感じた。夜早々に寝る。

◇翌日
体の重さだるさ。左足の座骨神経痛。

◇2日後
体の痛み、だるさ重さ。しんどい。寒さで気分も重い。体との信頼関係にバラバラ感を感じる。
セッションを受けているのにと自分を非難し落ち込む気持ちに気づく。
強制や矯正されるのを嫌いつつ、自分の中に自分を強制しようとする気持ちがあることに気づく。

(6回目以降に続く)

—–
■全体の気づき
初回後感じたことは、
ロルフィングはかなり能動的なセッションだということ。主体は受け手で、受け手が自分の体のワークを進めるものであること。(私個人の感想です)
またそれを実際体験してみると、体にコンタクトすることは単に物理的な体や個人の体にとどまらず、
カラダという有機体としての意図や流れの中でのことでもあって、
治す変えるでは得られない全体としての健全性のようなことが、本当に今ここで行われているということを、
頭でなく体で、体の内からの実感をもった体験として知ることができた。
これは、自分の体への何にも基づかない信頼を生み、
少しずつ自分の体との信頼関係を取り戻す過程を始められたように感じる。

指圧師の方 Rolfing10シリーズ終了後のAdvancedシリーズ

10シリーズ後に、3回の印象的な体験を経て、さらに次のステップに進みたいというご要望により、CS60を多用したAdvanced5シリーズを提供しました。

Advanced 1/5

うつ伏せからスタート
左肩下に小さなクッションを入れて顔左向き。右肩と首の付け根のところが詰まった感じの辛さを感じる。右ふくらはぎから施術開始。
脊柱の右側際が緩んでいくのを感じる。その後、みぞおちの辺りから身体の中心が3次元の動きで細かく動き出し、小さい単位での各パーツそれぞれがより良いポジションを模索して動いているような感じになる。
右側へのアプローチが終わる頃には、首の付け根の詰まった感はなく、ほぼ同じ姿勢のはずなのに、首を含めてとても楽な姿勢で寝られている。
仰向けでのアプローチを経て、座位になると、下半身と上半身が繋がっている実感がしっかり持てるようになっている。とくに右半身は強く連動を感じる。
翌日
身体の中のセンサー感度が良くなった実感がある。自分のとる姿勢に対して無理があるものかどうか感じやすくなった。
6日後
アドバンス1回目当日に少し気になっていた首や胸のつまり感は改善された状態継続。セルフケアにも身体の反応がよい状態継続。

Advanced 2/5

歩行
右半身はスッキリしていて流れもよい感じだけど、歩くと少しつっぱっている感じ。左半身は感覚が少しぼんやりしている感じ。
施術
横臥
左側を上にした横向き。
下腿外側へのアプローチは、CS60が触れているのはわかっているが、感覚が少し鈍い感じ。ポイントが大腿部に移ってくると、胸椎の1か所に刺激を感じるようになる。響いてはいるが、背中が面として一体化して反応しない感じ。下腿と大腿部への刺激を受けているうちに、少しずつ背中が動き出し、背中のポイントが気にならなくなってくる。同時に仙腸関節が動こうとして制限を受けている感覚になり、尾骨周囲も何となく疼くような感じになる。
ここで歩行してみると、左足の裏の動きに自由度が出て、母指球もしっかり着地している。左の内転筋もちゃんと働いている感覚がある。
右下肢へのアプローチは、左下肢の後ということもあるのか、刺激を直接受けている感覚が最初から感じられる。同時に、左へのアプローチのときに感じた背中のポイントに少し痛みを感じる。けれど、左の内転筋、右臀部・右股関節に施術を受けているうちに背中の痛みは無くなる。
歩行すると、左右の感覚の違いに上手く身体が対応できていない感じで、少し歩行がぎこちない。
仰臥
下腿前面、膝への施術。
膝関節周囲を叩く刺激では、叩く場所によって、股関節や踵まで、骨を通してクリアに響く。
座位
下半身と上半身が繋がっている感覚がしっかりあるだけでなく、左右がそろってる気持ちよさを感じる。
歩行
しっかり安定した下肢の上に股関節が綺麗にはまり、上体がふんわり乗っている感じがする。股関節、膝、足首などが左右が違和感なく動くので、とても気持ちが良い。下半身がバランスよく、力強く感じられて安定してるので、肩、首、腰周りとも、とてもリラックスしていて気持ちがよい。
翌日
首は軽く、すっと上に伸びている。肩は肩甲骨を動かすとゴリゴリと周りの人が振り向くような音がするが、違和感やコリは感じない。身体全体でみると、気持ちよく地に足は着いているが、上半身がフワッとして重心が浮いているような、何となく落ち着かない感じがする。
2~5日後
首・肩、調子良い状態継続。
身体の調子も良いが、上半身と下半身の感覚が差がある。頭も含めて上半身の活動が活発で、何となく落ち着かない感じが続いている。
5日め夕方~
下半身がしっかりしてきて、落ち着いてくる。
今回も、今までとはまた異なる不思議な感覚でした。上半身全体を器として、何かが対流しているような感じで動きを感じる分、身体全体とすると落ち着かないような…….。

Advanced 3/5

フワッとした感じは落ち着いてきている状態
仰臥
右膝を立てた状態からスタート
大腿部の後面外側、鼠径部、下腹部右、腹部…….と右半身を頭に向かってアプローチが進む。実感できる細かい身体の反応は少ないが縦方向への身体の伸びを感じる。
左半身は、首のときに他の部位とは異なる軽い痛みのようなものを感じる。
座位になるときや歩行など、動くと、先週との身体の違いの大きさに驚く。
先週は、仰臥から座位になるときに、下半身に引き付けられるように上半身が起き上がる感じで繋がりが強く感じられた。歩行では、大腿部の力強さが印象的でそこを安定した基点にして股関節が乗り、ふんわり上半身が骨盤に乗っている感覚だった。当然、肩・首はとてもリラックスした状態でポジションに乗っている。とても気持ち良くて、幸せな感覚が得られた。が、翌日気分が仕事モードになると、何となく落ち着かない感覚に受け取れるようになる。頭も働き、体調も良いが何故か上半身にばかり勢いよく気が流れているような、変な感覚であった。
今回は、座位になるときに上半身と下半身の力強い連動は実感がないが、歩行時には、骨盤からずっしりと地面に力強く根を下ろしているような、地面をしっかり押し返して進む感覚がある。
着地の左右のバランスは先週から継続して気持ち良い。
翌日
下肢の感覚がしっかりしていて、ふわりと浮いた感じは全くない。反面、階段の登りは少し足取りを重く感じる。
1週間
足取りの重さなどは慣れたのか、気にならなくなっている。
1日2度便通があるなど経験がないことなので、下痢気味なのかと思ってたが、施術後、とても便通の調子が良いことに気づく。食事の刺激で日に2度もしっかり便通がある日も何度かある。
10日過ぎて…….
驚く程の便通の良さは落ち着いてきているが、胃腸の調子は良い状態継続中。
右足小指球の魚の目のようなものが、最近の1ヶ月くらいで硬さを増してきていて、ここ数日は靴での歩行時に痛みを感じる。

Advanced 4/5

当日

朝 靴を履いて歩く時に、小指の付け根に出来ている魚の目の痛みをはっきり感じて、歩き方を意識せざるを得ない感じ。
首・肩は気にならない。

歩行
靴を脱いでいると、魚の目の痛みはほとんど気にならない

仰臥
右腰・右肩の下にクッションを入れ、左に少し身体が向く。右膝屈曲位で施術開始。
右足の足背部に軽く刺激。
左下肢と右上半身をつなぐ対角線のラインが伸びていく感覚がある。
そこから手に刺激のポイントが移る。
右中指から手背部に繋がるラインは、CS60で今まで感じなかった刺激を感じる。我慢できないような痛みではないが、感じる刺激の種類が違う。ピンポイントで何かピンと張ったスジにCS60が直接刺激をしているような尖った刺激に感じられる。それと同時に、それまでは1本の軸を持った反応(その軸が縦に伸びる感じだったり、軸が回旋する感じだったり)だったのが、細かく多様に反応し始める。腰椎の下部の椎骨単独で小さく調整をしながら回旋するように感じられた。同時に腹部の奥もそれに連動して動くように感じられる。次に頚椎が縦方向に伸びる感じがある。腰椎の下部と頚椎が右手中指の繋がりに施術を受けている間中反応している感覚だった。そして、頚椎のつまり感が取れた。
歩行をすると、右半身がスッキリして安定し、とても気持ちが良い。むしろ、右半身がしっかりし過ぎて左半身が右半身に振り回されている感覚。

左半身の施術では、左肩と仙骨周囲の反応が強く感じられた。左肩が付け根に強く収縮してきて細かく調整をして戻ると緩んでいる感じだった。右の仙腸関節が反応しそうに疼いている感じが長く続いたため、終了時点で疼きが少し残っていた。

座位になると、骨盤周囲の違和感は全く感じなかった。

歩行
不思議なくらい、左右の骨盤の感覚が違う。左がコンパクトに締まっている感じで、右は一回り位左より骨盤が大きいように感じられた。膨張しているような感じでもあった。
左右の足の着地の仕方も大きく異なっている。

先生が腹部と背部から挟むようにアプローチすると、右下肢が自然に小さく内旋した。その状態で、歩くと、骨盤の左右差を感じなくなり、足の着地も違和感なくなる。

首腰はとてもスッキリしている。
肩甲骨が肋骨から肋骨から浮いて感じられ、今までより背骨寄りに位置しているように感じる。その分、肩がストンと落ちて自由度が増している感覚がある。

2~3日後
鎖骨がとても気持ち良く肩先に伸びている感覚がある。

4~5日後
久しぶりに熱が上がり、ゾクゾクとした寒気と足元のふらつきがある。かえってそんな体調の時ほど、以前と比べて、身体がしっかりとしたことがよくわかる。熱に身体が負けないで対応している感じがする。
体調の回復も早い。

1週間後
身体全体の繋がりを感じやすく思える。

左足の小指の付け根の痛み、歩行時もほとんど気にならない。

12日後
床に座っていた姿勢から、立って歩行したときに、骨盤・股関節が気持ちよく静かに収まった感覚がある(とくに右)。骨盤が締まったようにも感じられる。その後は、歩行時に股関節周りが気持ち良く、足裏の着地の感覚も変わる。

13日後
右足首、屈曲・伸展のときの軸が変化していることに気づく。中心を摩擦なく可動する感じ。

身体の左右のバランスも良く、動いていて気持ち良い。歩行の着地も今までとは違う感覚。左右のバランス良く、接地面も安定して感じられる。

Advanced 5/5

当日の感覚
歩いていて、右踵の中心がしっかり地面に着いて気持ち良い。
首の付け根の左骨際が少し気になる。施術
左膝下へのアプローチで、施術開始まもなくから、乳頭ラインより1列上の高さあたりの右肋間に痛みが出る。痛み方が変化するものの、なかなか弱まらず、不思議な感じがする。施術が進み、右下肢、右腹部への施術になるころに痛みが弱まる。右足背部の幼児期の火傷の跡のところではっきりと刺激の感度が変わり、後頭骨が上方に伸びる。前回の右手中指同様、施術の刺激の感じ方が、古いケガ跡だけ明らかに今までとは異なっている。左恥骨際にアプローチがあると、脊柱左際から違和感のある首の付け根のポイントまで繋がり、筋肉が脊柱際から離れる方向に動きを感じる。小学生のときに並行棒上で片足を踏み外して恥骨を強打したときの映像が鮮やかに思い浮かぶ。左恥骨へのダイレクトなアプローチは、首の付け根左にピンポイントに響く。周囲を含めた左恥骨へのアプローチは接触部位にピリッとした痛みがあるが、同様に首の付け根左周囲を中心に左肩や脊柱もそれぞれ意思を持って調整しているかのように動き出し、恥骨の施術による刺激の感覚が弱まるのと比例して、首の動きも良いポジションを見つけて収束していく。
骨盤内をアプローチしてもらうと、さらに恥骨周囲が調整されように感じられた。
施術最終盤になるころ、左足背部の薬指の延長線上にピンポイントに疼きのような、陥没しているような感覚がある。左足薬指が歩行時たまに感覚無くなるのはそのせいだ!と確信に近いものを感じる。座位になり、先生に依頼し、そこをCS60で施術してもらう。直接的な強い刺激を感じる。家具の角などに小指側のつま先を何度かぶつけたことがあるがそのためか…….。
座位になると、気持ち良く胸郭が上に引き上がっている感じがする。
終了後
頸の違和感なく、全身まとまり良くとても心地よい。


最終回である本日は、自分の身体の怪我の歴史を振り返っているようだった。今は痛みも感じず忘れていた古いケガの瘢痕が、このシリーズを経て、浮き上がってきていたかのようだった。それらの部位は、他の部位と明らかに異なって鋭く強い刺激に感じられた。それに伴って、身体のどこかが大きく反応し、自ら調整的に動き出して収束していくように感じられた。当日夜
乳頭の高さくらいの脊柱に違和感を感じる。自然に調整的に動いて収束したときにほんのちょっと微妙にズレて締まってしまったような感じ。翌朝
脊柱のピンポイントの違和感は継続。そこ以外は、全身とても調子良く、歩行の着地もしっかし設置していて気持ち良い。四日後
脊柱の違和感は気にならなくなっている。
前日、久しぶりに正座をする機会があったためか、右脚膝裏に違和感がある。不意に古い記憶が蘇る。幼児期から何度か不意に右膝が屈曲したままロックしたように伸展できなくなったことがあったが、少し時間が経って伸展できるようになった後の感じと似ている。これが、アドバンス4回目5回目で感じた、古い瘢痕を遡って改善されていく過程の最後のパーツなのかな……と感じる。
2~3日で気にならなくなる。10日後
アドバンスの4回目と5回目の施術の間に、右足首の関節の軸が整った実感があったが、さらにしっくりきている。踵骨が気持ち良く立ち上がってる。
施術直後よりもさらに、下半身からの繋がりがしっかり強く感じられる。立位で何かを行うときのスタンスも変化している。

シリーズを終えて

身体は、アドバンス開始時と比べても、さらに身体の末端までしっかり機能してくれている感覚があります。
首は付け根も含めて、詰まり感はなく首周りもスッキリしています。
今後の変化も楽しみながら味わっていきたいと思っています。
”自分の身体”という相棒が、何年間もずっと、とても頼りなく感じられていました。それが、先生の施術をきっかけに、思いも寄らないくらい頼もしい相棒に変化していくので、新たな発見も含めて、ワクワクとして楽しい日々でした。
本当にありがとうございました。
お世話になりました。

指圧師の方 続報

ロルフィング基本シリーズを受けていくなかで、新しいバージョンの身体を手に入れたように感じていましたが、セッション最終日から約1ヶ月の間に、さらに3回ほど大きな変化を実感しました。
1回めは最終日から4日後。
人とのコミュニケーションが前よりも楽になった実感が。初めての環境でも、”場”に対する変な緊張感が無くなっている自分を俯瞰でみて新鮮でした。同時に、人と相対したときに、フィルターを介してやり取りしているような感覚になる時がよくあったのに、直接ストレートにやり取りをしている心地良さを感じられるようになりました。
2回めは、19日後の田畑先生のライブ会場。人口密度が少し高めで、パーソナルスペースが曖昧な空間。今までならば、いろいろな目に見えない軽微な刺激に、無防備な状態で晒されているような感覚でした。けれど当日適当な場所に席を見つけて座り、落ち着いて会場を見回していると、不意に、小さく自分を取り囲むスノードームのような空間を感じました。守られている!と感じられる壁。広くはないのに閉塞感のない安心できる空間。この感じなら、どんな場所でも大丈夫!、そう思えてとても嬉しくなりました。
3回めは、ライブの翌日仕事中の出来事でした。急に、個々の細胞レベルでエネルギーがアップしたような感じで、身体の急なギアチェンジに自分でも戸惑いを感じるほどでした。
最後のセッションからほぼ4ヶ月経つ今も、身体全体の調子の良さは継続しています。身体のセンサーのようなものは、一時ほどクリアでなく少しぼやけてきているように感じています。
前回のセッションによる身体の変化も落ち着いたように感じるため、以前から考えていた次のステップをお願いすることにしました。

CS60xRolfing10シリーズのモニター

生後すぐに腹部の手術を受けた方へのRolfing10シリーズで、全編CS60でワークしました。発達段階の初期に大きな医療処置を受けるとその影響は大きい可能性があります。影響とはつまり、身体に感覚を向け細かくそれを感じにくくなることです。

7回目のセッションまでほとんど、身体の変化を自覚できない状態だったようですが、そういうケースも珍しくありません。身体感覚を自覚するには、地道に身体の変化を捉えようとする、その人にとっては新しい試みエネルギーを使う時間が必要です。私田畑も過去ロルフィングを最初に受けた時には、自分が今どう感じているのか?全くわからず、感覚ではなく思考や過去の経験からのコメントしかでて来なかった経験があります。当時フェルトセンスを感じそれを言語化する作業が当時の自分にはチャレンジすぎる内容だったのです。それでも様々な体験を経て、今では細かく身体で起こっていることを捉えられるようになりました。ですから、どの段階からスタートしたとしても、その方が身体感覚を取り戻す可能性は常にあると信じられます。

ただ、以下の動画に示されるように、身体はセッション後、そこから次のセッション前まで、そして次のセッションというように刻々と変化を続けています。変化を自覚することと実際に変化していないことはイコールではなく、ある閾値を超える必要があるようです。

ご本人も最終セッションの感想で、”私がグラウンディングできるようになったのは、1回目から8回目のセッションが土台にあったからこそたどり着けたのかなと思っています。“と仰っています。

Aさんの10回シリーズの動画

1回目

私が田畑さんのセッションを受けてみようと思ったのは、「人生を創る」よしもとばなな✖️ウィリアム・レーネン著を読んだのがきっかけです。所々に田畑さんのことが書かれていて、「ヒロは、『ソウル・ヒーリング』と呼ばれるヒーリングを行う人です」p110との記述が最も私の心に響きました。

セッション当日、ドキドキしながら指定された場所に向かいました。始まる前もほとんどセッションに関する説明はなく、セッション中も終了してからも、田畑さんの口から多くの言葉は聞かれませんでした。
終了後2-3の質問を田畑さんにして、特に大きな変化も感じないまま、私はお部屋を後にしました。

私は「自分を愛すること」、「愛する」という言葉が大げさであれば、「自分のことを無条件に好きでいること」が大切だと頭では理解していても、なかなか実際には難しいと常々感じています。例えば、頑張っている私なら好きでいられるけれども、サボっている私では好きになれない、と言ったような。
セッションの次の日、ダラっとしていた時に、私の気持ちがあまり焦っていないことにふと気付きました。いつもなら、「こんなことしている時間は無駄だから、前に進まなくちゃ」と焦るのです。劇的に何かが変化したわけではないのですが、なんとなく私の気持ちがほわっとした気がしています。それがセッションを受けたからなのかどうかはよくわからないのですが、今後の2回目、3回目を楽しみにしたいと思っています。

2回目

1回目と内容的には大きな変化はなく、セッションは淡々と行われました。セッション中時々、田畑さんから、自分がどんな風に感じているのかを尋ねられるのですが、精神的にも身体的にも敏感とは言えない私は「ん・・・」となってしまいます。

「身体の、何かを感じるセンサーが敏感になるのではないか?」私が田畑さんのセッションを受けようと思った理由の一つです。敏感ではない身体が急に敏感になるのは難しいのかもしれません。3回目以降に期待したいと思います。

背筋について、少し伸びた気がしています。半年ほど前、子どもに「お母さん、猫背になってるよ」と指摘されたことがあり気になっていました。このまま胸の開きを維持していけるのか、自分のことを観察していきたいと思います。

3回目

セッション中やセッション後には、大きな変化や何か感じたこと等がなかったので、1週間経過観察をしてみました。残念ながら特に言葉にできるようなことはありませんでした。私は身体的に敏感とは言えないので、その辺りはもちろん関係していると思います。

10回コースなので、これから少しでも変化を感じられたら嬉しいと思います。

4回目

セッションの始めと終わりに、「どんな感じですか?」と聞かれます。田畑さんのセッションを受けてみようと思ったきっかけの一つが、「自分の感じていることを少しでもわかるようになりたい」という願いでした。
4回目のセッションでも、自分の体がどう変化したのか、どんな風に感じているのかはわかりませんでした。
ただ、すぐには変化を感じられないこともあると田畑さんから伺ったので、このまま続けてみようと思います。

5回目

5回目のセッションでも、特に変化はありませんでした。毎回、セッションが始まる前と終了時に写真を撮影し、画像を見ながらその変化の説明を受けます。田畑さんはマウスを使って、「このお腹のところに厚みが出た」とか「この胸のあたりが開いた」など、具体的に話をしてくださいますが、私にはその違いが理解できません。何度も何度も同じことを聞くのも申し訳ないので、そのまま帰ってしまっていたのですが、次回から後半に入っていくので、理解できるまで聞いてみようと思います。

6回目

10回コースの後半に入りました。相変わらずセッション前とセッション後で大きく違いを感じることはありません。もしかしてほんの少し足の付け根辺りの動きが良くなったかな?と思いましたが、次のセッションまでの期間に観察してみるも変化なしでした。
ただ、セッション後に「10回コースでは何か感じるのは難しいかも。でも、半年後か2年後かはわからないけど、(セッションによる)変化は感じられるので」と言う田畑さんのお話を聞いて、そう言うものなのかなぁと次回以降に期待することにしました。

7回目

7回目のセッションでした。やはりセッション前と後の変化が感じられず、焦りを覚え始めました。
セッション後に見せていただく、セッション前と後の比較画像では、説明を受ければ、あぁこの辺りが変化したのかな?と思えなくもないので、後3回のセッションで確固たる変化に出会いたいと思います。

8回目

8回目のセッションは、おへそから足の付け根あたりの範囲に重きを置かれて行われました。いつものようにセッション前に写真を撮影し、お部屋の中を歩きました。セッションが終わった後、ベッドの上に一度腰を下ろし「どんな感じ」なのかを確かめます。今まではその時に何も感じられなかったのですが、今回は下腹部あたりが重たくどっしりしたように感じました。実際歩いてみてもその重みは変わらずそこにありました。
田畑さんに尋ねると、赤ちゃんの時に脱腸で手術したことが関係しているとのこと。成長期にそのようなことがあると身体に大きく影響するそうです。
私は50数年間生きてきて、初めて「脱腸」の影響を知り、そのこと意外で驚いたのですが、確かに赤ちゃんの時に手術をすると言うことは身体に何がしかの副作用を及ぼすだろうなと。今までどうして気づかなかったんだろうと、逆にそう思うところがありました。次回が楽しみです。

9回目

9回目のセッションは、足の裏を中心に行われました。セッション前はいつもと変わらず、特に歩く動作も手を挙げる動作も不自由はありませんでした。
セッション後、お部屋の中を歩いてみると足の裏が床にべたっとついている感覚がありました。更にもう少し歩くと、上半身(特に肩や二の腕辺り)がアニメのシュレックになったような…、ズッシリと重く太くなったように感じられました。とても不思議な感覚でした。
田畑さんによると、私の場合、生まれてすぐの手術の時に、足の裏から採血されたと思われ、その影響でグラウンディングされにくくなっていた、とのこと。そのお話を聞いて非常に驚きました。
2年前、緑豊かな環境の中でグラウンディングをすると言うイベント(6回コース)に参加したのですが、上手くグラウンディングができなかったからです。
私自身はエネルギーの流れからグラウンディングできているか否かを感じられるということはないのですが。実感覚として、足が地についている感覚がセッション後10日経過しても失われていません。その実感覚があることによって、グラウンディングが出来ている(エネルギーレベルではグラウンディングできているのか否かわからないとしても)と自分が信じられることは素晴らしいことだと思います。

10回目

10回目のセッションは、全身の細かな(?)調整のようで、私自身は大きな変化は感じられませんでした。
1回目から7回目までは実感できるものがなく、8回目で下腹部のあたりの重さ、9回目で足裏が地についた感じ、そして最終セッション。
9回目のセッション終了後、グラウンディングが出来ている感覚が現在もあります。1回目から7回目のセッションでは、実感できるものはなかったと書きましたが、私がグラウンディングできるようになったのは、1回目から8回目のセッションが土台にあったからこそたどり着けたのかなと思っています。
自分の身体感覚を大切にしてこなかった故に、小さな変化に気づけない自分を発見しました。地に足をつけて、自分を大切にして前進していきたいと思います。ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

3.11の震災後体調を崩された方

震災後、突発性難聴、耳鳴りにお悩みの方のセッションの感想です。

上京された際に、ご住所の地名をいうと、「大丈夫なの?」と言われたり、「その地名を聞くとゾッとする。」と言われたりすることがあって、以前は気軽に東京に来ていたが、今ではとても億劫になったと仰っていました。そのような無神経で失礼なことをいう人間がいること自体ゾッとしますが、心ない言葉が、ご本人の聴覚に影響を与えないはずはないのです。

セッションの意図は、彼女を取り巻く環境が過去いろんなことがあったにせよ、今は安全だということを少しでも実感し思い出してもらうサポートが必要とかんがえました。

1回目

お陰さまで体を動かすのが楽になり、
体調が良くなり体力が少しずつ戻ってきたようです。
睡眠の質も良くなった感じがします。

空間認識のお話をさせて頂きましたが、
10年以上前にロルフィングを受けた時も空間認識が変わり、感動しましたが、
今回は更に深まりを感じました。
雨にぬれたけやきの樹がとても美しく
目には見えませんが、
大地に深く根をはびこらせて
生きていると、想像している自分が
不思議で、素敵な体験でした。

近くの物を見る時の空間認識にも
変化があり、野菜の皮を剥いている時に
鼻先を通して見ていて、あまり首を
下げていないようです。

視野が上下左右に拡がったようです。

それから、巻き肩で鏡にうつすと
手の甲が見えていたのが親指が見える
ようになり、胸が開いて肩甲骨が下がり
座る、立つ、歩くが楽になりました。
寝ると背中の接地面積が拡がり
ゆっくり休息できる感じが継続中です。

日課のテレビ体操をしますと、
背骨に柔軟性がでたのがよくわかります。

家事に没頭してると悪い癖で動いてしまい、
首、肩が苦しくなりますが、
今のところは良い状態にどれるようです。

耳は二日位は楽でしたが、
戻ってしまったようです。

耳鳴り等の改善の可能性はいかがでしょうか。

今の状態をご報告させて頂きました。

素晴らしいセッションを
本当にありがとうございました。
感謝いたします。

2回目

先日のセッション後も空間認識は
良い変化が続いております。
目線が高くなったようですし、
視野が拡がり目が楽に感じます。
新たにピアノ曲をCDで聴いてますと
音に奥行きを感じて深みのある
演奏を楽しむことができております。
知覚の変化は日常を楽しませて
くれますね。感謝しております。

ただ季節の変わり目で
軽い目眩とか体調をくずしがちですが、
体力が少しずつ戻ってきているようです。

介入に敏感な方へのCS60セッション

こちらで10シリーズロルフィングを終了された方が、CS60による3回シリーズを受けにいらっしゃいました。

1回目

「CS60セッションを受けて」

以前に何度か別の場所でCS60を受けた事があり、その中で少しきついなと感じながら、そのまま受け続けた事がありました。

私は介入に敏感なところがあり、その後身体のバランスが崩れたような感覚がありました。CS60によって身体がスッキリとした感覚もあったのですが、身体の繋がりが途切れ、身体の不協和音を聞いているような日々がしばらく続いていました。

痛みを感じるほとんどの部位はかなり痛くても不快さや怖さはなく、シンプルに痛みとして通り過ぎていくのですが、特定の部分の施術では痛みとともに古い感覚や不安のようなものが表れ、その場所を施術され続ける事に少し苦痛が伴いました。

初めてCS60を受けた時はお腹の時にだけ痛みとともに子供の頃の感覚が蘇ってくる経験をし、その時は子供の時の感覚が蘇るだけだったのですが、別の機会に別の方にお腹を施術していただいている時に、古い感覚とともに不安を伴うような痛みが生じ、それ以上受けるのはきついな感じながら痛みがあることはお伝えしていたのですが、とても熱心にされていたので、それ以上私がうまく断る事ができずにそのまま受け続けたことでバランスを崩すことにつながったと感じています。

田畑さんからCS60のセッションを受けて、自分の内側に戻ってきた久しぶりの静けさに安心しています。

身体のそれぞれの部位がそれぞれの響きを発していて、その響きが調和せずに不協和音となり、そこへ意識を向けるとあまり快適ではないこの数ヶ月だったのですが、今はそれぞれの部位の響きに調和があり、気持ちの良い身体の一体感があります。

セッション中は、触れらている起点から離れたところに流れが生まれて、その流れが全体に広がっていくのがとても興味深く、

私の身体的、空間的スペースを大事にしながらセッションを進めていただいている安心感がありました。

静かな波が生まれ、その波の動きの中で不要なものは流れて行き、不要なものを手放した身体が再び統合されていくような、私はただその波に身を委ねているような心地良さの中、セッションが進んで行きました。

セッション後の帰り道では、足の支えがしっかりしていて、支えがあることで安心して肩の力も抜けて、歩行がとても快適でした。

2回目

セッションの後から左腕のだるさ、身体の置き所のない感じがあり、
その日の夜は身体の中から、特に下腹部あたりからこみ上げる感情がありイライラしやすくなっていました。

セッション中に身体の中に流れを感じていたのですが、その流れに抵抗を感じる場所が左手首と下腹部でした。

セッション中に正気に戻った感じするとお伝えしたのですが、CS60を受けながら本来の自分はこんな感じなのかもしれない。と自分の輪郭が見えてきたように感じていたので、それを正気が戻ってきたと感じたのではないかと振り返ってみて思います。

季節の変わり目も影響しているのか、眠くて眠くてしょうがない日々が続いていました。

今回はセッション後に様々な反応が出ていたのですが、
できるだけ身体に起きていることにシンプルに向き合うように
そのプロセスの中で立ち上がってくる感覚にもただ認識しておく程度にして、イメージやストーリーを付け加えないように
そんな事を自然と意識していました。
今まではこんな時、思い出す事があれば過去のことを答え合わせをするように考えて、
今起きていることに意味を与えようとしてきたところがあったのですが
今回はそうする事が今、身体で起きているプロセスを制限してしまうような、
小さくしてしまうような気がしていました。

目の前で起きていることに意味を与えることで
どこまで体を通して体験するのか調整してきたのかもしれません。
少しずつ身体の声に耳を傾ける事ができるように、そして
身体のプロセスに身を委ねられるようになってきてるように感じています。
自分の体への信頼が深まる事で、自分の外の世界との関わり方も変化してきています。
少しずつオープンに、より開いた関係を人や物事と持てるようになってきている事が嬉しいです。

3回目

田畑さんからCSを受けた3回ともに共通していたのですが、

CSが触れたところから離れた場所に流れが生まれ、その流れが全体に広がっていき、一度全てが液体のようになって改めて形作られて統合されていくようなプロセスをセッションの中で感じていました。

3回目のセッション後、歩行時にお腹に芯ができているのを感じた時、もう周囲に頼ろうとしなくていいんだという気持ちになり、自分が大人になったような感覚になりました。

今回のセッションのプロセスでは、自分で好きか嫌いか選べる年齢以前に身体に入ったもの、そこを扱ったような印象があり、

とても古いもののような

念のようなものでもあるような

そんな印象をセッション後に感じていました。

セッションの後半に胃の入口あたりに田畑さんが手を触れられて、そこの感覚への提案をいただいたように身体の置きどころを意識したことで全身に広がる動きがあり、重力への自分の関わり方が変化したように感じました。

触れられた場所は長い間、疲れやストレスに反応しやすいところでした。

今回、田畑さんから3回のCSセッションを受けたことで、CSを扱う時に痛みに囚われないでいいんだ、という事を自分の体を通して経験できた事がとても大きな気付きとなりました。

研修の中では、痛みにとても価値が置かれていたので、身体の中から電気的なものが抜ける反応の一つとして理解しつつも、研修中はポイントが合っているかどうかの確認として痛みを利用した指導を受けるので、どうしても研修生は痛みに取り憑かれてしまうところがあり、そこへ違和感を感じながらも、CSにおける痛みへの理解が自分の中で整理が付かなくて戸惑いがありました。

田畑さんからCSを受けて、身体の変化と統合に『痛み』が伴う事が必ず必要なのだ、という思いから自由になる事ができました。

慢性疼痛がある方へのCS60で行う10シリーズ

ほぼ、CS60だけで行う10シリーズのモニターとしてお申込み頂きました。全身に慢性疼痛があるケースです。

第1回目

施術中とにかくアクビが止まらなかった。
そしてなぜか涙もでてきた。
寝不足では全然ないのだが…こんな事は初めてで不思議だった。
帰りの電車でもアクビが何度もでた。
身体が休息したがっているのか?

仰向けで寝たとき、顔を右側に傾けると痛んだ右肩の付け根が、施術後には痛みがなくなっていた。

帰り道は、足の裏全体が地に着いてまっすぐ歩いている感覚。
いつも整体などに行ってもその日の夜には辛くなるのに、翌日もどこにも違和感なく過ごせた。

身体が楽だと気持ちにも余裕がでるからか、家族にも優しくなれる。そして家族の笑顔も増えて…改めて心身を整える大切さを感じた。

第2回目

2週間ほど前に体調を崩した事もあって、頭や首の痛み、腰の重さが結構あった。

前回と同様、先生の丁寧な施術が続く。前回が身体の前面、今回は身体の背面だそうです。うつ伏せで首を左右に向けたままにすると首の付け根が少し痛む。

施術自体はCS60での痛みを感じることは全くなく、部屋の暖かさとCS60でさすられる気持ち良さでうつらうつらしてしまう。

うつ伏せの状態で足の付け根から膝をのばして足を上げるのに、重くて上がらなかった左足が施術後には軽々と上がりびっくり。終わった後は、頭と首がすっきりして重さが取れた感じでした。

施術の効果なのか、私生活でイライラすることが減ってきている。家族にも優しくなれるし、とてもありがたい事です。

第3回目

この日は特にどこが痛いという場所はなかった。あえて言えば、肩と頭が重いくらい。

横向きになって側面の施術がはじまる。最初、安定した姿勢で施術を受けていたが、なぜか段々と姿勢が不安定な感じ?少しふらついてくる。

CS60に関しては、初めて肩甲骨あたりの施術がちょっとだけ痛い?と思った箇所があった。
ガマンできない痛みでは全然ない。

終わった後は頭がスッキリして、立っている姿勢が楽に感じた。施術前後の写真を見せてもらうと、頭と腰の位置がずれているのが矯正されていた。

正しい姿勢になると、ただ立つだけの姿勢もこんなに楽になるんだな…と思った。

第4回目

朝から左の首が痛い。
今日は骨盤周りの施術の予定の様です。
最近は家事や仕事の後も疲れにくくなった様に感じる。
施術後は骨盤まわりの安定とともに、足の裏全体がぴったり地面についてるのを実感。
帰り道の足の運びが軽やか。

~3週間たって~
気候の影響もあるのか、朝からだるい日が続く。ストレッチをすると少し和らぐ。
頭痛薬を飲む頻度が以前に比べてやや少なくなった。ただ、首まわりや背中の凝りと張りは続いている。
普段の歩く姿勢をより気をつける様になった。

芸術家の方

医師でもあり、美術を中心に活動されている方の10シリーズ体験

1回目

〈セッション中のこと〉
セッションの始まり
繰り返し浮かぶ言葉「ここ(この世界)にとどまるために、ここ(セッション)に来た」

右足
自分の身体が、実はとても良いものだという、あかるい感触。
宇宙船を出航させる前に、クルーを一人一人起こしてもらっているような感覚。
自分で思っていたより有能なメンバーが揃っていると感じる。

腹部
急に腸が喋りだした感じ。べらんめぇ口調。
「オレはもっとすごいんだぜ。どうせうんこの通り道くらいにしか思ってなかったろ」

頭蓋骨
琥珀の色。緑よりの色と、赤よりの色が繰り返し現れる。

〈セッション終了後の変化〉
・歩きやすくなった
・字が大きく書けるようになった
・関節炎になってから、お盆やお皿が持ちづらかったのが、片手で持てるようになった
・腎機能が良くなった気がする(排尿が増え、むくみが引いた)
・重いものを持ったり、無理な姿勢をした後、自分で少しずつ重心を変えたりして、負荷を調整できるようになった
・車の急ブレーキなど、突然の衝撃を少し柔軟に受け止められるようになった
・起きた時に、ひどく疲れていることが無くなった。
・セッション終了後、10日目を越すと変化はおさまって、セッションとの繋がり、集中力のようなものが一度途切れる感じがした。
水槽の水をかき混ぜた後、砂が沈殿して元に戻るイメージ

〈ロルフィングについて〉
自分の身体との通信回路を作ってもらっている感じ。
あるいは、間違った位置のまま根をはってしまった植物を植え替えてもらっている感じ。

2回目

〈セッションがはじまるとき〉
なぜか、「猫がいる」という強い感覚。
焚かれていたセージらしき香りからの連想か。
以前、ユング派の先生に夢分析を受けていたときも、夢のシリーズの最初には、すぐには意味のわからない、暗示的なモチーフが出てきたことを思い出す。
〈はじまってから〉
少し緊張しているかなと思い、なるべく力を抜こうとしたとき、「そのままでいい」という感覚が来る。
「緊張しているのが悪い、リラックスしているのが良いという判断をしないこと。
身体は一枚の絵画と同じように見ることができる。様々な色と質感のバリエーションの組み合わせであり、そのどれもが正しくも悪くもない。ただ隣り合った絵の具の間に不調和があったり、全体の中で浮いている部分があるというだけ。そして、その不調和でさえ、作品としてあえて意図された場合には、的外れではない。きみは、知っているだろう。」
というようなことを、静かに「場」が語ってくれているのをただ聞いている感じ。
前回の腸のおしゃべりについても、
「腸が特別なのは、内側にある外側だからだ」と。
〈頭部への施術のとき〉
前回は、琥珀のようなビジョンが繰り返し現れたが、今回はそれが少し流れている感じ。深い飴色の渦がゆっくりと動いている。
〈セッション終了後の変化〉
・左足を後ろまでけり出せるようになった。
・なぜかずっと、骨盤の中の「腔」について思っていた。でも、思っていただけで、何も分からなかった。
・以前は、痛みが出るまで無理な姿勢をしていて、痛いところを強くさすったり、関節をぐるぐる回したりしていたが、少しずつ違和感の段階で気がつけるようになり、ちょっと重心を変えたり、弱い力で伸ばしたりすることで解決できるようになった。
・ひとつの動きをするのに、身体のいろいろな部分を同時に動かせるようになった。
(そうできなくなっていたことにも気がついていなかった!)
・いつのまにか頭痛が無くなっていた
・前回劇的に良くなっていたむくみはまた少し出てきている感じ

3回目

〈セッションの前〉
1回目2回目と面白い経験をさせていただいて、3回目もとても楽しみにしていたのですが、なぜかセッションの数日前から出かけていくのが少し重たいような感じで、軽い抵抗感があり、不思議に思っていました。
今から振り返ると、セッション開始から終了まで、それから今までの期間を通して、心理的な課題と向き合っていたようです。そのことから起きる抵抗感だったのかなと感じました。〈セッション中のこと〉
横になる体勢で、背中を丸めるか伸ばすか意識したときに、幼い頃、母に打たれた記憶が思い出されました。
フラッシュバックのようなものではなく、水族館で水槽を眺めている感覚です。
平手打ちされるときに、思わず体を縮めて手で頭をかばってしまうことがとても惨めで、なぜ毅然と背を伸ばして立っていられないのだろうと思っていました。気持ちが萎縮して、どんどん背中が曲がっていく私に、父はよく後ろから肩をつかんで胸を張らせるようにして「背筋を伸ばしなさい」と言いました。自分の身体は、縮こまることも伸ばすことも、どちらにしても強制されるのが嫌だったんだと思いました。その後も、姉が亡くなった時のこと、治療家を辞めた時のことなど、人生の大きなイベントがセッションを通して映し出されるようでした。
医師だった時、心理療法の先生から、患者の病的なものを一度自分の中に吸い込んで、そこから解消させていくタイプの治療家なのではないかと言われ、そんな風に意識して患者の治療を手がけることで自分なりのスタイルを作ろうとしていたこと。(でも、その方法では、すぐに限界が来るよなぁと。当時は分からずもがいていたことが、現在、水族館の水槽越しだとあっさり見えて来るのでした)
その少し後、15年間、膠原病と生きてきた姉が急変した時、私は姉の病気を自分の中に吸い込むどころか、病そのものに触れることもできなかった。姉は、大切な秘密の恋人みたいに膠原病を大切に抱きしめていて、そのまま逝ってしまいました。
そのことで自分にがっかりしていたことや、医師の仕事にこだわっていたのは、患者ではなく自分が救われたかったからだと感じて、それ以上続けられなくなっていったことなどが、順番に思い出され、それにただ「そうだったね」とうなづいているような時間でした。〈セッション後のこと〉
帰り道、歩き始めると、身体が3分の2くらい地面に沈んだように重く、それなのにふわふわと軸がぶれて安定しない気持ちの悪い感覚がありました。母との問題に取り組み続けていた30代後半まで、ずっとそんな体感で生きていたことを思い出し、今は恵まれているなと思いました。体は、暴力も他の出来事と区別せずにこうして律儀に保存していて、年月を経ても、心理療法を受けても、母本人が亡くなっても、それは変わらずに私の中に折りたたまれていて、ことあるごとに現れるのです。それどころか、歳がいくほどに、身体は遺伝するカタチを露わにしていくようで、鏡を見るたび親の姿が見えるのではないかと気持ちが寒くなる。なんだか理不尽な思いがしました。
暴力に苦しんだ友人や患者と、彼らに刻まれた傷を思い出したら、圧倒されるような無力感を感じ、そのすぐ後に、肚の底から強く、生命に暴力は必要ないのだという感覚が湧き上がってきました。それから1〜2週間は、仕事などで父に似たタイプの男性に会うことが多く(寡黙で感情表現が不十分。いわゆる理系タイプ)、これまではそういう人に好意を感じることが多かったのに、変に腹が立つことが増えてきました。それで、自分は母に対して感じていたのと同じくらい父にも腹を立てていたのだと気がつくことができました。
全然違うタイプの夫(感情豊かでおしゃべり、コミュニケーション命の男性)と結婚している理由もよくわかりました。心理的には振り返るのが辛い課題でしたが、今までの自分が作ってきた今の暮らしは、なかなかよく出来ていると思えたのが良かったです。
身体は、30代くらいまでの(多分抑うつ傾向が強かった頃の)様子に近く、便秘がちで、動悸がしやすく、ギクシャクとした感じ。
ただ、不眠症は再発せず、仕事や作品制作がハードな時期も動きが鈍ることなく、十分に機能することができました。
制作で立ったままずっと下を向いて絵を描いていたりしたせいか、股関節の痛みと、歩く時のアンバランスな感じがまた出てきてしまいました。
せっかく、微妙な調整をしていただいている時なのに、身体を雑に扱ってすみません。

4回目

〈セッションがはじまったとき〉
1,2回目にもありましたが、普段は思い出さない記憶が断片的に浮かびました。
今回は、30代半ばで一番貧乏だったころのこと。なぜか小麦粉だけはたくさん持っていて、よくパンやビスケットを焼き、うどんを打ち、結局は豊かな食生活だったことなど。
それから、前回のセッションのことを思い出し、両親のどちらにも怒っていたのなら、早く亡くなった姉にも怒っているのかもしれないと考えると、それに反して姉に対する甘い慕情のようなものが激しくこみあげてきました。
すると同時に、死神先生が現れ(私の想像上の存在で、生まれてすぐに凍えて泣いている時に、枕元に立ち、生き残り方を教えてくれた男性)、
「涙は内側へも流れるのだよ、レイコくん」と。
死神先生、変なしゃべり方だなぁと思いながらも、意識を眼球の内側へ向けてみると、たしかに強い流れが頭の中を通って下へ(その時は横になっていたので、耳の方へ)と向かうのが感じられました。
セッションが進んでいくと、身体の感覚が変わり、枠組みとしての硬い骨に肉や内臓が付いているのではなく、皮の袋の中の柔らかい肉の中に小さな骨が浮いているような心持ちになってきました。
そのあと、重心が身体の外にぽーんと飛び出していく感じがしました。
〈骨盤の右側〉
コーヒーの染みがついたまだらな布巾のイメージが浮かび、何か病的なもの、違和感のあるものを連想し、亡くなった母の病気が卵巣癌だったことを思い出しました。
自分が卵巣癌になったら、夫は母に私を奪われたと感じてひどく哀しむだろうと、そのことを潜在的に怖れていたのだと気がつきました。
そしてまた、死神先生。
「その意識と戦ってはならない」と。
鐘が鳴るように、明確な言葉の響き。
私は、卵巣癌に対しても、他の病いに対するのと同じくらい開かれていようと思いました。
〈骨盤の左側〉
左側は、右側とは対照的に、青く透明で空っぽなイメージ。夜の室内プールのような。
〈セッションの後半〉
直径30センチほどの太い筒がうねりながら頭上から出ていくような感覚が数分間続きました。
〈4回目のセッションを終えて〉
身体の重心が変わって姿勢が違うのが、セッション前後の写真でもよくわかりました。1〜3回目までは、先生に説明してもらって、よく見てみるとなるほどそうだなという感じでしたが、今回は自分でも一目で違いが見てとれて嬉しかったです。
〈セッション後の変化〉
新しい靴がなかなか馴染まなくて、いろいろな歩き方を試していたとき、この歩幅
、このリズムで足を運ぶと気持ちがいいという感覚が初めてわかりました。どこかへ行くためとか、運動のためといって歩くことはあっても、気持ちいいから歩くということはこれまであまりありませんでした。
身体の気持ち良い感覚は、見つけようと思いさえすれば、もっとたくさん、いろいろなバリエーションで味わえるのかもしれないと思いました。

5回目

〈セッション開始前〉
セッションに向かう途中のバスの中で、前に座った女性の呼吸が少し早く、それでも苦しそうというわけでなく、リズミカルにコートの襟が上下しているのがなんだか愛おしいと思いました。
そのことから、昔飼っていたチンチラというウサギに似た小動物のことを思い出し、セッションのはじまりからほのぼのと心地よい気持ちでした。
〈セッションのはじまり〉

黄色とオレンジの色が繰り返し現れました。それが、先生の立つ位置によって少しずつ変化し、鮮やかで透明感のある青と緑へ。その色からフィジーへ行ったことを思い出しました。

体験ダイビングで海に潜り、たくさんのきれいな生き物を見せてもらったとき、通り過ぎた他のダイバーを見て、とても嬉しくなり、やっぱり自分は人類の身体が一番好きだとわかったこと。それが、なんだか爽快に負けてしまった感覚で、気持ちよかったのを思い出しました。
色がどんどん変化していき、紫のむこう側や、赤のむこう側のことが気になり始めました。
画家のジャクソン・ポロックやマーク・ロスコーは、色の向こう側を人々に見せようと挑戦してくれたんじゃないかと不意に思いました。
左側の施術。
空っぽのイメージ。
空の部屋に何か並べなおす感覚。
右側は、対照的にいろいろ散らかっている感じでした。それらを左に移すのかとおもったら、さらに右に流して、外へ出してしまう感覚。
左頭部への施術。
墨の黒〜紫のインクのにじみが現れ、じわじわと輪になって遠くへ行く映像が繰り返し現れました。
〈セッションの後〉
いつもバスで帰っていたところ、急にたくさん歩きたい気持ちになって、歩いて帰りました。
途中、喫茶店でランチを食べましたが、スープが胃にまっすぐおりていく感覚があり、驚きました。今まで、食道も曲がっていたのかもしれません。
また、鼓動の響きが気持ち良く感じられるようになりました。
ありがとうございます。

 6回目

〈セッションの前〉

バスの中でとなりに座った小さな女の子が、まだ大きめの学校の制服を着て、じっと座っている佇まいが可愛らしく、とても印象的でした。

これはセッションのプロローグみたいだなと思った時、ロルフィング10シリーズの自分なりの体験の仕方がわかった気がしました。毎回短い物語を読むように、身体や空間が語るものを聴いている、そんな感じです。
〈セッション中のこと〉
うつぶせになっての施術。たくさんの色が感じられました。
先生が立つ位置によって変化し、
右頭部では、彩度の高いこげ茶
左足の時は、濁りのある濃い青
右頭部で、やや濁りのあるワインカラー
そして、その都度何かの流れが、斜めにまっすぐ走る感じがしました。
それから、不意に夫に対して「ごめんね」という気持ちが湧いてきました。何か悪いことをしたとか、悔いていることに対してではなく、ただ明るい心持ちの「ごめんね」でした。
そういえは、さきほどのバスの女の子にも何度か「ごめんね」と言ったことを思い出しました。(荷物が多くて邪魔だったり、降りるのに道を開けてもらったりした時に)
それは、おばあちゃんの「ごめんね」だなと思いました。何か都合の悪いものを相殺するための言葉ではなく、春の明るい空に浮かぶ丸い雲みたいな「ごめんね」。あてどないようでいて、ちゃんとそこにある「ごめんね」。
こんな短かい当たり前の言葉に、こんな大きな違いが隠れていたとは驚きでした。
右上腹部への施術の時は、急に雰囲気が変わり、肝臓がおどけて歌い出した感じがしました。
「レバレバ〜、キラキラエコー脂肪肝♪」と言いながら、ぷうっと際限なく膨らんでいく感じ。
このおかしなテンションは?とたずねると、疲れすぎているから、と。
どうぞおとなしく調伏されてくださいとお願いしていたら、だんだん鎮まっていきました。
作品の制作でお世話になっている先生は、作りすぎの過労で腎臓を悪くされたので、とくに根拠もなく、自分の場合も腎臓に来るのかなと思っていたけれど、肝臓に無理をかけるタイプなのかもしれないなと思いました。
無理をするときの主軸になるということは、その人の強みだった部分こそが病気になりやすいのかなとぼんやりと考えを巡らせました。
それからは、身体のあちこちで起きていた小さな拘縮が解けていく感じ。
最後の写真での確認では、背骨がストレートバックから、自然なわん曲に近づいているのがわかって嬉しかったです。
〈セッション後の変化〉
・しばらくハードなスケジュールが続いていたのですが、風邪もひかず、ほどよく元気に乗り越えることができました。
・外反母趾や股関節の痛みが少なくなりました
・漠然とした感覚ですが、変化に対して開かれていることができるようになった気がします

7回目

〈セッションの前〉
前回、プロローグがあることに気がついたところでしたが、そうしたら今回はそれらしい気配がなく。毎回、ロルフィングってこういうものなのかな?と少し分かったような気がしては、するりとかわされてしまうことの繰り返しのようです。
〈セッション中のこと〉

はじまりはとても静かでした。

コンクリートの壁のデザイナーズマンションみたいに、半分無機質で、半分は人を迎え入れている感覚。
先生の立つ位置が右足の時は、オレンジ〜レンガ色。左足の時はブルーグレーと、色のイメージが分かれました。
足への施術では、頭の方まで一本斜めに通る感じがしました。
手への施術
右手が、次に作りたいものについて語りはじめました。ちょっと上から目線の言い方で、「君は、中西夏之の絵のような、優雅で生命感ある余白を修得するといいよ」と。
左手は対照的に沈黙。そういえば、木彫の作品を作っている間ずっと、よく鑿を持って支えてくれてたなと思い出しました。受け止める左手。ドカベンの山田太郎みたいだなと思いました。(とすると、おしゃべりな右手は侍ジャイアンツの番場蛮でしょうか)
頭、顔への施術では、プラネタリウムの星空のようなイメージが浮かび、宮島達男の作品を思い出しました。
そういえば、10シリーズの最初の頃は、
カラヴァッジォやレンブラント、それからターナーやブラマンクの作品が思い浮かぶことが多かったのですが、今回からは急に現代美術へとイメージが変わっているなと思いました。セッションのプロローグが無くなって、物語性が必須でなくなったこととリンクしているような気がします。
〈セッションの後〉
・よく歩けるようになりました。歩くことが楽しくなって、またバスを使わずにアパートまで歩いて帰ることができました。
・身体のあちこちにコイルみたいな小さなねじれがあるのがイメージでき、それを少しだけほどくのを意識してみました。
・よく歩けるようになった分だけ、膝と股関節が痛むようになりました。40代に入ってから10キロ近く太ってしまったので、そのせいかと思います。そういえば、ロルフィングの4〜5回目くらいから、太っていることへの違和感を感じるようになりました。頭で思う、やせなきゃ!とか恥ずかしいいなぁではなくて、身体で感じる、どうも合っていないなぁという感覚です。
・直接関係があるかわかりませんが、10シリーズを受け始めて、20代の後半からあった首の老人性疣贅(いぼみたいな皮膚の老化現象)が、腫れて痛み、引っ掻いて出血することを繰り返した後、今回のセッションの数日後にかさぶたになって取れてしまいました。
〈セッション前のこと〉
セッション前に疲れのピークが来ました。
身体が分かっていて、深部から表面へ「疲れ」を浮かび上がらせているような感覚でした。
セッションに依存しているのかなと少し心配になりましたが、今回(9回目のセッション前)そういうことは起きなかったので、大丈夫のようです。

8回目

〈セッション中のこと〉
先生が左側に立たれた時のイメージ
大きな直方体が雑然と積み上がった感じ。
右側のイメージ
2〜3個の直方体がバランスよく組み合わさっている。
左はFactory、右はHomeだなと思いました。
右側下肢への施術
植物のイメージ。葉芽が出てくるところが思い浮かびました。
台に付いている左の頬から根が生えてきて、足の方から葉が生えてくる感じです。
実際は平らな台の上にいるのに、顔の方がどんどん沈んで、足の方は上へ上がっていくようでした。
「再生の力はその強度ではなく、制御する能力に拠っている」という声。
以前ゲーテの植物論をベースにした講義を受けたことがあり、その時一瞬だけ植物のからだになった気がしたことがありましたが、それを今回じっくり経験しているような感じ。重力との関係が動物とはまるで違うことが分かりました。
背部への施術。
ぐるぐると地軸が回る感覚。水面をかき混ぜて回転させているような感じがしました。
その後、CS60での施術に変わって、少しずつイメージが動物の骨と肉の世界に戻ってきました。一部には相変わらず葉が繁っていて、しばらく動物と植物のイメージが混在している感覚。
それから、普段思い出さない記憶のいろいろが断片的に蘇り、昔飼っていたチンチラ(ねずみやウサギの仲間の小動物です)がこちらをじっとみている気がしました。生きている時と同じように、少し首をかしげた姿勢で、今でもわたしを見ているような。
動物の、身体を通してしか表せないような感情表現のことを考えて、自分はどちらかというとそっちの国の住人だったなと思いました。
〈セッションの後〉
・目の位置が高くなりました。それが、写真でもわかって嬉しかったです。
・痛みの出ていた股関節もなめらかに動くようになりました
・またバスに乗らずに歩いて帰れました
・余計な力が入っていることに、自然に気づいて力を抜くことができるようになりました。
・「正しい姿勢」と意識するよりも、その時その時に合わせていろんな姿勢でいられるようになりました。

9回目

 

〈セッションのはじまり〉
横になった姿勢で脱力すると息がしにくい感じがしました。
先生に、足の方へ呼吸を意識するよう促されると楽になり、解剖学的な肺の呼吸と、体全体でする呼吸とは次元が違うのだと思いました。
今の制作のテーマである、心臓の作品を作ることを考えました。ハグできる心臓。それを思い浮かべたとき、自分の心臓がとても喜んでいる気がしました。
セッションの中で、足を伸ばす動きをしたとき、はじめて伸ばす筋の感触があり、猫の背伸びを思い出しました。
動物の仕草のまねをしていれば、身体はおおむねいいのかもしれません。
小さい頃、おままごとで人間を演じるのが気恥ずかしく、いつも犬の役をやっていたことを思い出しました。人間の身体には、尻尾はないし、後ろ足で耳をかくこともできないし、四つ足で走るには後ろ足が邪魔だし、ずいぶん不便だと思ったものでした。
色のイメージ。
いつもは使わない色。
霧のような紫、浅いブルー、醒めたピンクなどが、にじむように切り替わるのが美しく、見落としていた色の世界がたくさんあるのを発見しました。
展開
からだの有機的な形が、こまかな立方体に変換されて(平面でのピクセルのように)、それが一度に開かれるイメージがありました。

頭への施術。

頭部の筋肉のこわばりを自覚しました。自分の奇妙な考えがいつのまにかはみ出して、人を傷つけないように、無意識に壁を作ってきたのだと思いました。今からは、その壁は必要なく、むしろ、「奇妙な考え」を十全に発揮できなくては、と思いました。
首への施術。
首の筋肉がイワシになって自由に泳いでいくイメージ。
アジやサンマの方が好きだと思ったけど、形はやはりイワシ。欲張って、もっと高価な魚がいいなと思ったけど、やっぱりイワシでした。
頭から煙

20代から30代にかけて、喫煙していた分の煙がもくもくと左の側頭部から出て行く感じがしました。マボロシの煙なのに、本当に臭いがしてくるようなリアルな感触です。

〈セッションの後〉
・頭からの煙は、その後何日間も続きました。

映画『脳内ニューヨーク』で、主人公の恋人が、いつもどこか燃えている家に住んでいるのを思い出しました。途中、煙はシャボン玉のようなものに変わり、それからいつのまにか無くなってしまいました。
・時々、セッションの最初にあったような呼吸の苦しさがありました。息を吸いきれないような感覚。これも、いつのまにか無くなっていきました。
・気がつけば、結構ハードなスケジュールを割と楽に生きられているようになっていました。
・環境の変化に適応(というか観念してしまうような)できるようになった気がします。