芸術家の方

医師でもあり、美術を中心に活動されている方の10シリーズ体験

1回目

〈セッション中のこと〉
セッションの始まり
繰り返し浮かぶ言葉「ここ(この世界)にとどまるために、ここ(セッション)に来た」

右足
自分の身体が、実はとても良いものだという、あかるい感触。
宇宙船を出航させる前に、クルーを一人一人起こしてもらっているような感覚。
自分で思っていたより有能なメンバーが揃っていると感じる。

腹部
急に腸が喋りだした感じ。べらんめぇ口調。
「オレはもっとすごいんだぜ。どうせうんこの通り道くらいにしか思ってなかったろ」

頭蓋骨
琥珀の色。緑よりの色と、赤よりの色が繰り返し現れる。

〈セッション終了後の変化〉
・歩きやすくなった
・字が大きく書けるようになった
・関節炎になってから、お盆やお皿が持ちづらかったのが、片手で持てるようになった
・腎機能が良くなった気がする(排尿が増え、むくみが引いた)
・重いものを持ったり、無理な姿勢をした後、自分で少しずつ重心を変えたりして、負荷を調整できるようになった
・車の急ブレーキなど、突然の衝撃を少し柔軟に受け止められるようになった
・起きた時に、ひどく疲れていることが無くなった。
・セッション終了後、10日目を越すと変化はおさまって、セッションとの繋がり、集中力のようなものが一度途切れる感じがした。
水槽の水をかき混ぜた後、砂が沈殿して元に戻るイメージ

〈ロルフィングについて〉
自分の身体との通信回路を作ってもらっている感じ。
あるいは、間違った位置のまま根をはってしまった植物を植え替えてもらっている感じ。

2回目

〈セッションがはじまるとき〉
なぜか、「猫がいる」という強い感覚。
焚かれていたセージらしき香りからの連想か。
以前、ユング派の先生に夢分析を受けていたときも、夢のシリーズの最初には、すぐには意味のわからない、暗示的なモチーフが出てきたことを思い出す。
〈はじまってから〉
少し緊張しているかなと思い、なるべく力を抜こうとしたとき、「そのままでいい」という感覚が来る。
「緊張しているのが悪い、リラックスしているのが良いという判断をしないこと。
身体は一枚の絵画と同じように見ることができる。様々な色と質感のバリエーションの組み合わせであり、そのどれもが正しくも悪くもない。ただ隣り合った絵の具の間に不調和があったり、全体の中で浮いている部分があるというだけ。そして、その不調和でさえ、作品としてあえて意図された場合には、的外れではない。きみは、知っているだろう。」
というようなことを、静かに「場」が語ってくれているのをただ聞いている感じ。
前回の腸のおしゃべりについても、
「腸が特別なのは、内側にある外側だからだ」と。
〈頭部への施術のとき〉
前回は、琥珀のようなビジョンが繰り返し現れたが、今回はそれが少し流れている感じ。深い飴色の渦がゆっくりと動いている。
〈セッション終了後の変化〉
・左足を後ろまでけり出せるようになった。
・なぜかずっと、骨盤の中の「腔」について思っていた。でも、思っていただけで、何も分からなかった。
・以前は、痛みが出るまで無理な姿勢をしていて、痛いところを強くさすったり、関節をぐるぐる回したりしていたが、少しずつ違和感の段階で気がつけるようになり、ちょっと重心を変えたり、弱い力で伸ばしたりすることで解決できるようになった。
・ひとつの動きをするのに、身体のいろいろな部分を同時に動かせるようになった。
(そうできなくなっていたことにも気がついていなかった!)
・いつのまにか頭痛が無くなっていた
・前回劇的に良くなっていたむくみはまた少し出てきている感じ

3回目

〈セッションの前〉
1回目2回目と面白い経験をさせていただいて、3回目もとても楽しみにしていたのですが、なぜかセッションの数日前から出かけていくのが少し重たいような感じで、軽い抵抗感があり、不思議に思っていました。
今から振り返ると、セッション開始から終了まで、それから今までの期間を通して、心理的な課題と向き合っていたようです。そのことから起きる抵抗感だったのかなと感じました。〈セッション中のこと〉
横になる体勢で、背中を丸めるか伸ばすか意識したときに、幼い頃、母に打たれた記憶が思い出されました。
フラッシュバックのようなものではなく、水族館で水槽を眺めている感覚です。
平手打ちされるときに、思わず体を縮めて手で頭をかばってしまうことがとても惨めで、なぜ毅然と背を伸ばして立っていられないのだろうと思っていました。気持ちが萎縮して、どんどん背中が曲がっていく私に、父はよく後ろから肩をつかんで胸を張らせるようにして「背筋を伸ばしなさい」と言いました。自分の身体は、縮こまることも伸ばすことも、どちらにしても強制されるのが嫌だったんだと思いました。その後も、姉が亡くなった時のこと、治療家を辞めた時のことなど、人生の大きなイベントがセッションを通して映し出されるようでした。
医師だった時、心理療法の先生から、患者の病的なものを一度自分の中に吸い込んで、そこから解消させていくタイプの治療家なのではないかと言われ、そんな風に意識して患者の治療を手がけることで自分なりのスタイルを作ろうとしていたこと。(でも、その方法では、すぐに限界が来るよなぁと。当時は分からずもがいていたことが、現在、水族館の水槽越しだとあっさり見えて来るのでした)
その少し後、15年間、膠原病と生きてきた姉が急変した時、私は姉の病気を自分の中に吸い込むどころか、病そのものに触れることもできなかった。姉は、大切な秘密の恋人みたいに膠原病を大切に抱きしめていて、そのまま逝ってしまいました。
そのことで自分にがっかりしていたことや、医師の仕事にこだわっていたのは、患者ではなく自分が救われたかったからだと感じて、それ以上続けられなくなっていったことなどが、順番に思い出され、それにただ「そうだったね」とうなづいているような時間でした。〈セッション後のこと〉
帰り道、歩き始めると、身体が3分の2くらい地面に沈んだように重く、それなのにふわふわと軸がぶれて安定しない気持ちの悪い感覚がありました。母との問題に取り組み続けていた30代後半まで、ずっとそんな体感で生きていたことを思い出し、今は恵まれているなと思いました。

体は、暴力も他の出来事と区別せずにこうして律儀に保存していて、年月を経ても、心理療法を受けても、母本人が亡くなっても、それは変わらずに私の中に折りたたまれていて、ことあるごとに現れるのです。それどころか、歳がいくほどに、身体は遺伝するカタチを露わにしていくようで、鏡を見るたび親の姿が見えるのではないかと気持ちが寒くなる。なんだか理不尽な思いがしました。
暴力に苦しんだ友人や患者と、彼らに刻まれた傷を思い出したら、圧倒されるような無力感を感じ、そのすぐ後に、肚の底から強く、生命に暴力は必要ないのだという感覚が湧き上がってきました。

それから1〜2週間は、仕事などで父に似たタイプの男性に会うことが多く(寡黙で感情表現が不十分。いわゆる理系タイプ)、これまではそういう人に好意を感じることが多かったのに、変に腹が立つことが増えてきました。それで、自分は母に対して感じていたのと同じくらい父にも腹を立てていたのだと気がつくことができました。
全然違うタイプの夫(感情豊かでおしゃべり、コミュニケーション命の男性)と結婚している理由もよくわかりました。

心理的には振り返るのが辛い課題でしたが、今までの自分が作ってきた今の暮らしは、なかなかよく出来ていると思えたのが良かったです。
身体は、30代くらいまでの(多分抑うつ傾向が強かった頃の)様子に近く、便秘がちで、動悸がしやすく、ギクシャクとした感じ。
ただ、不眠症は再発せず、仕事や作品制作がハードな時期も動きが鈍ることなく、十分に機能することができました。
制作で立ったままずっと下を向いて絵を描いていたりしたせいか、股関節の痛みと、歩く時のアンバランスな感じがまた出てきてしまいました。
せっかく、微妙な調整をしていただいている時なのに、身体を雑に扱ってすみません。

4回目

〈セッションがはじまったとき〉
1,2回目にもありましたが、普段は思い出さない記憶が断片的に浮かびました。
今回は、30代半ばで一番貧乏だったころのこと。なぜか小麦粉だけはたくさん持っていて、よくパンやビスケットを焼き、うどんを打ち、結局は豊かな食生活だったことなど。
それから、前回のセッションのことを思い出し、両親のどちらにも怒っていたのなら、早く亡くなった姉にも怒っているのかもしれないと考えると、それに反して姉に対する甘い慕情のようなものが激しくこみあげてきました。
すると同時に、死神先生が現れ(私の想像上の存在で、生まれてすぐに凍えて泣いている時に、枕元に立ち、生き残り方を教えてくれた男性)、
「涙は内側へも流れるのだよ、レイコくん」と。
死神先生、変なしゃべり方だなぁと思いながらも、意識を眼球の内側へ向けてみると、たしかに強い流れが頭の中を通って下へ(その時は横になっていたので、耳の方へ)と向かうのが感じられました。
セッションが進んでいくと、身体の感覚が変わり、枠組みとしての硬い骨に肉や内臓が付いているのではなく、皮の袋の中の柔らかい肉の中に小さな骨が浮いているような心持ちになってきました。
そのあと、重心が身体の外にぽーんと飛び出していく感じがしました。
〈骨盤の右側〉
コーヒーの染みがついたまだらな布巾のイメージが浮かび、何か病的なもの、違和感のあるものを連想し、亡くなった母の病気が卵巣癌だったことを思い出しました。
自分が卵巣癌になったら、夫は母に私を奪われたと感じてひどく哀しむだろうと、そのことを潜在的に怖れていたのだと気がつきました。
そしてまた、死神先生。
「その意識と戦ってはならない」と。
鐘が鳴るように、明確な言葉の響き。
私は、卵巣癌に対しても、他の病いに対するのと同じくらい開かれていようと思いました。
〈骨盤の左側〉
左側は、右側とは対照的に、青く透明で空っぽなイメージ。夜の室内プールのような。
〈セッションの後半〉
直径30センチほどの太い筒がうねりながら頭上から出ていくような感覚が数分間続きました。
〈4回目のセッションを終えて〉
身体の重心が変わって姿勢が違うのが、セッション前後の写真でもよくわかりました。1〜3回目までは、先生に説明してもらって、よく見てみるとなるほどそうだなという感じでしたが、今回は自分でも一目で違いが見てとれて嬉しかったです。
〈セッション後の変化〉
新しい靴がなかなか馴染まなくて、いろいろな歩き方を試していたとき、この歩幅
、このリズムで足を運ぶと気持ちがいいという感覚が初めてわかりました。どこかへ行くためとか、運動のためといって歩くことはあっても、気持ちいいから歩くということはこれまであまりありませんでした。
身体の気持ち良い感覚は、見つけようと思いさえすれば、もっとたくさん、いろいろなバリエーションで味わえるのかもしれないと思いました。

5回目

〈セッション開始前〉
セッションに向かう途中のバスの中で、前に座った女性の呼吸が少し早く、それでも苦しそうというわけでなく、リズミカルにコートの襟が上下しているのがなんだか愛おしいと思いました。
そのことから、昔飼っていたチンチラというウサギに似た小動物のことを思い出し、セッションのはじまりからほのぼのと心地よい気持ちでした。
〈セッションのはじまり〉
黄色とオレンジの色が繰り返し現れました。それが、先生の立つ位置によって少しずつ変化し、鮮やかで透明感のある青と緑へ。その色からフィジーへ行ったことを思い出しました。

体験ダイビングで海に潜り、たくさんのきれいな生き物を見せてもらったとき、通り過ぎた他のダイバーを見て、とても嬉しくなり、やっぱり自分は人類の身体が一番好きだとわかったこと。それが、なんだか爽快に負けてしまった感覚で、気持ちよかったのを思い出しました。
色がどんどん変化していき、紫のむこう側や、赤のむこう側のことが気になり始めました。
画家のジャクソン・ポロックやマーク・ロスコーは、色の向こう側を人々に見せようと挑戦してくれたんじゃないかと不意に思いました。
左側の施術。
空っぽのイメージ。
空の部屋に何か並べなおす感覚。
右側は、対照的にいろいろ散らかっている感じでした。それらを左に移すのかとおもったら、さらに右に流して、外へ出してしまう感覚。
左頭部への施術。
墨の黒〜紫のインクのにじみが現れ、じわじわと輪になって遠くへ行く映像が繰り返し現れました。
〈セッションの後〉
いつもバスで帰っていたところ、急にたくさん歩きたい気持ちになって、歩いて帰りました。
途中、喫茶店でランチを食べましたが、スープが胃にまっすぐおりていく感覚があり、驚きました。今まで、食道も曲がっていたのかもしれません。
また、鼓動の響きが気持ち良く感じられるようになりました。
ありがとうございます。

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